暗黒大陸が第二の故郷です   作:赤誠

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過去編
第1話


何これ何これ何これ!!

どうして私はジャングルにいるの?!さっきまで私は通学路を歩いていたはずなのに!!

そもそも、あの巨大な生物達はいったい何なの?!あんな巨大な生物が日本に、いや、この世に存在するはずがない!!

どうしよう。どうすれば……!!あんなのに襲われればひとたまりもない!!

高層ビルを遥かに超える大きさの生物から逃げる術などもたない私は、ただ木々の間に身を隠すしかできなかった。

これは悪い夢だ。だって、こんなことあるはずがない。

そう、夢のはず。

それなのに、鼻腔から入り込む空気の匂いが、遠くから聞こえてくる獣達の咆哮が、踏みしめた土の感触が。そのどれもがやけに現実味を帯びていた。

木陰に入って、ひとまず荒い息を落ち着かせる。こんな精神状態ではできることもできなくなってしまう。まずは状況判断と自分にできることの整理だ。

 

私は、とある公立高校に通っている普通の高校生で、今日は部活もなかったからすぐに帰路についた。別に普段と違うことをしたわけではない。いつも通りに通学路を歩いていただけだった。少し小洒落た住宅街を抜け、学校最寄りの駅へと向かう。そんな普通の帰り道だった。しかし、よく思い返してみれば、普通と違うところが一つだけあった。

目眩だ。あの時、珍しく立ち眩みがしたんだった。視界が暗転し、気付けば意識を失っていたようだ。

目を覚ますと、私は木々の生い茂った、この異様な場所に這いつくばっていた。空を見上げれば、特撮ものでしか見たことがないような光景が広がっていた。まるで恐竜のような生物に、蛾のような生物、そしてイソギンチャクのような生物など多種多様な生物が捕食し、捕食されていた。そして特筆すべきは、その全てが巨大であるという点だった。象でさえも蟻レベルに小さく見えるほどの、スケールの違いに唖然とするしかなかった。

 

これが、これまでの顛末である。

…状況を整理してみたが、やはりわけがわからない。

考えてもわからないことは後回しだ。

とりあえず自身に身体的異常がないかどうかの確認でもしておこう。

しかし、ここで最初の違和感に気付いてしまった。何故か私の服が余すところなく褐色に染まっていたのだ。もちろん最初から褐色のデザインなわけではない。もともとは紺と白のボーダーのトップスに、白のガウチョパンツだったはずだ。お気に入りの服のあまりの変貌ぶりに既に泣きそうだ。いったい何だってこんなドス黒い色に変わってしまったんだ。私は知らず知らずの内に泥水に浸かったりでもしていたのだろうか。無意識で泥水に浸かるとか相当ヤバいぞ、自分。それが許されるのは小学生までだ。

どうやら汚れてから暫く経っているのだろう。パリパリとした服の感触が、どうにも着心地を悪くしていた。

 

とりあえず自分の持ち物も確認しておかなければ。肩にかけていた鞄を下ろして、チャックを開ける。入っていたのは、数冊のノートに教科書、ペンケースぐらいだった。何故かわからないが、一部の教科書が変な風に折れ曲がっていた。雑な入れ方をしてしまったのだろうか。違和感はそれだけではなかった。普段の私ならスマホをもっているはずなのに、鞄のどこにも見つからない。最悪だ。あの中には、人には見られてはいけない画像が色々と入っていたのに。

スマホもないが、教科書とノートの数も減っている気がする。普段の私なら基本的に5教科ぐらいの教科書とノートを鞄に入れているはずなのに、教科書は3冊、ノートは2冊しか見つからなかった。おかしいな、と思いながらノートに手をかけると、またしても奇妙なものを見つけてしまった。残ったノート2冊のうち1冊の表紙に、大きく赤い文字で「重要!!!絶対に見るべし!!緊急事態!!!」と書いてあった。もとは古文のノートであったはずなのだが、私は何をしでかしているんだろう。ここまで堂々とした落書きした覚えがないんだけど。

 

「……」

 

この非常事態に何を呑気に落書きノートを見ているんだろうと思いながらも、好奇心は殺せずに私はつい中を開いてしまった。そのノートは、板書をとっていたのであろう最初の数枚は破り捨てられ、途中のページから日記のようなものが始まっていた。

 

“○月×日

学校から帰る途中だったはずなのに、気付いたらジャングルのような空間にいた。ありえないぐらい大きい生き物に、現実世界ではありえない形状をした生き物が沢山いる。スマホで救助要請出そうと思ったけど、圏外。とりあえず状況整理するために日記をつけてみた。”

 

確実に私の筆跡で書かれた文章に思わず目を見開く。私の勘違いでなければ今日は○月×日であっている。

だけど私はこんなもの、ここに来てから書いた覚えがない。

それに、スマホはそもそも私の鞄から見つけられなかったから救助要請を出す試みすらできずに終わったはずだ。

背筋が凍るような感覚に陥る。

その隣のページには、同じように私の筆跡で日記があった。

 

“○月×日

左ページを私は書いた覚えがないのに何故か今日思ったことがそのまま書いてある。これがスレで見かける「おま俺」というやつか…いや、確かに私だけど。”

 

うん、このふざけ具合は確実に私だ。筆跡も内容も実に私らしい日記だけど、これも私は書いた覚えがない。そしてもう一つ気になる点があった。前のページの日記と同じ日付――今日の日付が表記されている点だ。底知れない違和感に、胸がざわつくのを感じた。

 

更にページをめくると、またしても同じ日付が記されていた。最初の1行は「前ページと前々ページ、お前ら俺か」といったふざけた内容ながらも、わりと整った字をしていた。しかし、その次の行からは一転してミミズがのたくったような文字になっている。それまでとは明らかに違う様子に、思わず生唾を飲み込んだ。

 

“痛い。凄く痛い。大きなゾウみたいなのが倒れた時の巻き添えを食らって、左脚が潰された。多分複雑骨折してる。一緒にスマホも潰された。誰か助けて”

 

その文面を見た瞬間、息が止まった。

これは、本当に私なのか。だって、私は別に左脚を負傷なんてしていない。さっきまで普通に歩いていた。

でも、もしもこれが本当だとするならば、スマホが今ここにない理由が説明できる。

 

次のページをめくる。

 

“○月×日

何故か怪我をしているわけでもないのにガウチョパンツが一部赤黒いなってさっきまで思ってたんだけど…ちょっと待って、前ページの日記見たら怖くなってきた。今私すごくピンピンしてるんだけど”

 

次のページに目を移す。

 

“○月×日

今日ジャングルに気付いたら迷い込んでたって書こうとしたらもう書き込まれてた。これどういうことなの?あと汚した覚えがないのにガウチョパンツが完全に褐色になってる。少しどころじゃなくて完全に全部染まってる。クリーニングで落とせるかな…?そういえば、変な妖精みたいなのから林檎みたいなのもらったけど、怖くて食べれない”

 

そして次のページをめくると、衝撃的な内容が書いてあった。

 

“私へ

もしもこのノートを今見ているなら今起こっていること、思っていることを必ず日記に書け。恐らくそれが次の日の私へ繋がる”

 

まるで遅めの中二病にかかってしまったかのような内容だが、今この時だけは、これを書いたであろう“私”に全力で同意を示したい。

 

それから数ページ読み進めていくと、林檎のようなものを食べてお腹が痛くなっていたり、教科書やノートを武器として使ったりとなかなかにシビアな状況が綴られている。

一番最新のページにきたのだろう。それ以降のページは空白だった。私は、覚悟を決めて最後のページに目を通した。

 

 

 

“わかったことをまとめてみる。

 

・全て私の筆跡。

・全て同じ日付。

・自分より前のページは、書いた覚えのない日記。

・服の汚れ(多分ほとんど血)は蓄積されている。

・怪我や病気になっても、他のページの日記ではピンピンしていたりする。

 

 

考察

私は、恐らくこのジャングルに来てから何日も経っている。しかし、一日経つごとにその日の記憶を失っているために、常にその日がジャングルに初めて来た日だと認識してしまっていると考えられる。

そして怪我をしても次のページの日記では何事もなかったかのように元に戻っていることから、私の身体は一日経つごとに元の状態にリセットされている可能性が高い。このジャングルに来てからの記憶が1日しかもたない原因もこれによって説明可能である。

 

あとは次の日の私、任せた。”

 

 

 

 

 

いや、任せたじゃねーよ。何をしろっていうんだよ。

 

でも、おかげで今の異様な状況を理解することができた。どうして私の服がこんなに汚れているのかも。

恐らく前の日か、前の前の日ぐらいの私が大怪我をしたから今の私の服が全身血で汚れてしまったんだろう。

いや、大怪我どころではないか…もしかしたら私はもう何度も死んでいるのかもしれない。ノートにそんな記述はなかったからその考えを無意識に消去していたが、何らおかしくない考えだ。死んでしまったのなら、日記を書くことは叶わないのだから、ノートに「死んだ」なんて記述が残るはずもない。ノートに残されている最大の被害が、大怪我の報告程度にとどまっているのも当然の結果といえる。

 

俄かには信じがたいが、今の私は不老不死とやらになってしまったのかもしれない。かつての自分にとってはちょっとした憧れの対象であったが、実際に我が身に起こるととんでもない。こんな状況、絶望でしかない。記憶が引き継がれないあたりが、一番納得のいかないところだ。何日も何日も見せかけの同じ日を繰り返す姿の何と滑稽なことか。今の私はこのノートのおかげで何とか状況を理解できたが、もしこのノートを失くしてしまったら、次の私はまた零からのやり直しだ。そう考えるだけでぞっとする。

嫌だ。

忘れたくない。今までの“私”の犠牲を無駄にしたくない。

ここで見て、触って、考えてきた今までの私の行動をなかったことになんてしたくない。

 

そう強く願っていたからだろうか。

 

謎の球体植物が目にも止まらぬ速さで近付いてきていたことに、私は微塵も気付くことができずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、れ………?

 

 

痛い。

 

 

焼けるように熱い。

 

 

痛い。熱い。痛い。熱い。痛い。熱い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!

 

 

 

 

 

 

 

暗い。

 

 

 

何も見えない。

 

 

 

私は、死んでしまったのだろうか。

 

 

 

 

 

また………

 

忘れてしまうのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

そんなの、許せない。

 

 

許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない。

許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない!!

絶対にっ!!!

 

 

忘れない!何がなんでも忘れたくない…!!

 

 

 

 

 

ここでの出来事を……ここで生きて、ここで死んできた私のことをなかったことになんてしたくない!!

 

 

 

 

だから………

 

 

 

 

 

 

 

どうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、気付けば木に背を凭れさせていた。視界に広がる光景は、意識を失う前と同じ鬱蒼としたジャングルだった。

夢じゃなかった、か…。

まだ意識を失う前のことが脳裏に過る。あの時、一瞬で視界が暗くなって、何が起こったのかもわからないまま私は激痛に襲われた。いったい自分に何が起こったのか把握できないほどに唐突な出来事だった。ただ、視界が黒く染められる直前に、視界の隅に何か丸い植物のようなものが映りこんだことを覚えている。

きっとあの謎の球体植物に私は殺されたんだろう。そして、私の身体が1日たってまたリセットされたおかげで、今の私は五体満足でいられているんだ。ノートに書いてあったことは、どうやら本当らしい。

 

 

 

……ちょっと待て。

 

おかしい。何で私は昨日のことを覚えているんだ…?

あのノートを開いたことも、私の身体が一日経てば記憶もろともリセットされることも、謎の球体植物に殺されたことも。全部覚えている。

ここでの記憶は一日経てば忘れてしまうはずなのに、今の私は明らかに記憶が残っていた。

これはいったいどういうことだ。何か原因があるのだろうか。

昨日までの自分と今日の自分の何が違う?何故差異が生じた?

 

 

 

結局考えても納得できる答えは導き出せなかった。きっと考えたところで答えの出ない問いなのだろう。

……今はそれでいい。

確実に私は一歩踏み出せている。その事実だけでも、今の私には十分だ。

 

そう、そうだよ。何を弱気になっていたんだ。まだ諦めるには早すぎる。

こんな所、もうこりごりだ。どうして私がこんな生活環境最悪な場所で危険に晒されながら生活しなければいけないんだ。私がこんな所で過ごさなければいけない道理なんてない。

私は必ずこのジャングルから抜け出してみせる。

普通に学校に行って、普通に友達と遊んで、普通にご飯を食べて普通に暖かい布団で眠る。そんな普通の日々を、取り戻してみせる。私は決意を新たに、両の足で地を踏みしめた。

目を閉じて深呼吸をする。

 

「よし、行こう」

 

私はしっかりと前を見据えて、初めの一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

この時の私は、まだ気付いていなかった。

私がいったい何を犠牲にして、ここでの記憶を引き継げるようになったのかを。

何を犠牲にして、この厄介な体質を手に入れたのかも。

 

何一つとしてわかっていなかった。

 


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