暗黒大陸が第二の故郷です   作:赤誠

3 / 5
第2話

ここでの記憶を次の日に残せるようになってから、5ヶ月ほど経った。

記憶が引き継げるようになってわかったことだが、私はここに来てからほとんど毎日死んでいたようだった。あの日記を見る限りそこまで死んでいるわけではないのでは、と淡い期待を抱いていたが、そんなことはなさそうだ。今のところ、巨大な生物に踏み潰されたり、謎の蔦に身体を締めつけられたり、よくわからない病気のせいで身体が徐々に石になっていったりと、ありとあらゆる方法で死んでいる。多分あの日記を書き続けてきた過去の自分もほぼ毎日死んでいたと見て間違いないだろう。

記憶が残るようになった日から通算したとしても100を優に超える回数死に続けてきた私は、もう死ぬことに対して恐怖を感じなくなってきた。

 

……なんてことがあるわけもなく、私は毎日死の恐怖に怯えながら生きてきた。

 

いくら次の日になれば身体がリセットされるとはいえ、当然死ぬ時に苦痛は感じる。それはたとえ何度味わったとしても慣れるようなものではなかった。できることなら私だって死にたくないし、痛い思いだってしたくない。苦痛すら与えないぐらいに瞬殺してくれる生物と出会えた時はむしろ全力で感謝しているぐらいだ。

ちなみに私の死因第1位は、あの謎の球体植物だった。おそらく私の死因の4割以上を占めているんじゃないだろうか。あれのせいで、最近丸いものがトラウマになってきている。あいつら本当に何なの…まるで親の仇とでもいうかのように、出会ったら即殺しにかかってくるんだけど。そして無駄に遭遇率も高いんだけど。本当にやめてほしい。

 

 

そんな風にただ一方的に虐殺される日々を送っていた私に転機が訪れた。

今日、このジャングルで初めて普通の人間に出会うことができたのだ。

 

彼の名前はドン=フリークスというらしい。彼は、出会い頭に私を見て「ファッションセンスねーな」とほざきやがった。うるせぇ、薄汚い格好のお前に言われたくねぇよ。そもそも私の服が上下揃って褐色なのは別に好きでやってるわけじゃねえ。

第一印象は最悪だったが、滅多に出会えない人間をここで逃すわけにはいかない。私は暴言を吐かずに笑顔で対応してみせた。流石だ、私。最高にクールだ。

 

どうやら彼曰く、ここは暗黒大陸というそうだ。人類最大禁忌の絶対不可侵領域と呼ばれるほど危険な場所で、ここに来るのは命知らずのバカぐらいらしい。だろうな。

しかし、そんなバカだとしても自分が行こうとしている場所の名前ぐらいは当然把握している。だからこそ「ここはどこなのか」と質問した私に、彼は目を丸くしていた。

 

「お前、どうやってここに来たんだ?資格はともかく、許可や契約はもらったのか?」

 

許可や契約とは何の話だろうか。

もしかしたらこのジャングル――暗黒大陸とやらに入るためにはそういった手順が必要なのかもしれない。いや、でも私の場合は不可抗力だと思う。悪気はないから見逃してほしい。切実に。

 

「私は日本という国の高校生をやっていた者です。学校から家へ帰ろうと通学路を歩いていたら、突然目眩に襲われて気付けばこの暗黒大陸に来ていました」

「はぁ?!気付けばだと!?じゃあ、湖を渡った覚えもないってのか?」

「全くこれっぽっちもありません」

「…嘘はついてなさそうだな。そうなると、何かしらの念能力か厄災の力が働いたとしか思えねーな」

「念能力…」

 

それは、何故か聞き覚えのある言葉だった。

ああ、そうだ!HUNTER×HUNTERだ!何故私は言われてすぐにピンとこなかったんだろう。念能力とはHUNTER×HUNTERという漫画に出てくる能力のことだ。一番大好きな漫画なのにすぐに思い出せなかった自分が悔しい。

念能力という単語を出してきたということは、このドン=フリークスとやらも、HUNTER×HUNTER読者ってことか。日本語で話しているわりに日本人っぽくない名前だと思っていたけど、オタク趣味は世界に通じるものだな。きっとこの人もアニメが好きで日本語を覚えたクチだろう。

この人とは第一印象のせいで仲良くなれないと思っていたけど、今なら仲良くできそうだ!HUNTER×HUNTERについてなら語り明かせる自信があるからね、私!

何なら一巻から説明できるよ?まずは主人公の………

 

…………あれ?

 

何だっけ……流れは覚えている。主人公がお父さんみたいなハンターになるためにハンター試験を受けたり、念能力とかいうチート能力を習得したりする話だった。

でも、何故かキャラ名が全く思い出せなかった。HUNTER×HUNTER好きな私がキャラの名前を誰一人として思い出せないなんて、そんな事態があっていいのか…?

何で……何で思い出せないんだ……?

 

「おい、いきなりぼーっとしてどうした?」

「あ、いえ。何でもないです」

「おう、そうか?じゃあ、話を続けるぞ。お前は、いつここに来たんだ?もう何かしらのリターン…人間にとっての利益になりそうなものをここで手に入れたか?」

「ここに来たのは大体5〜6ヶ月ほど前ですね。利益になりそうなもの…食べれると判断したこの木の実ぐらいですかね」

「ああ、それ美味いよな。ふーん、結構長くいるんだな。お前弱そうなのに、よくそんなに生き延びれたな」

 

生き延びてないです。何度も死んでます。しかし、それを言えば混乱を招くだけだと思い、口を噤んだ。

 

「纏はできてるみたいだし、念の基礎に関しては問題なさそうだが、基礎体力が問題ありだな」

 

ん?念?

何を言っているんだ、この人。

念能力は漫画の中の話でしょうに。きっと二次元と三次元の区別がついてない可哀想な人なんだな。仕方ないから、私も彼の話にのってあげよう。

 

「そういう貴方はどうなんです?念能力使いこなせてるんですか?」

「お前、馬鹿にしてんのか?よーし、そこまで言うなら見せてやるよ」

 

ジト目でこちらを見ながらそう言うと、彼は空を飛んでいる巨大な蛾のような生物を指差した。本当に大きい。東京ドーム3つ分はありそうだ。

 

「あいつ倒してくるからよく見とけよ」

「えっ」

 

そう言うや否や、彼は勢いよく地面を蹴って、宙へと身を投げ出した。明らかに人間のジャンプ力を遥かに凌駕している。開いた口が塞がらないとは、このことか。

 

「えっ、いや、えっ?!」

 

そして、蛾のような生物の懐へと入り込み、勢いよく拳を突き出す姿が見受けられた。その瞬間、ドゴッという重低音と爆風とともに蛾のような生物が吹っ飛んでいった。

 

う、嘘でしょ。

 

 

 

 

 

その後、念能力の存在を認めざるを得なくなった私は、この世界を暫定的にHUNTER×HUNTERの世界であると認識を改めることにした。

彼曰く、私は既に無意識に念能力を使えているらしい。確かに、目に意識を集中させると、オーラのようなものが体の周りに纏わりついているのが見えた。むしろ今まで何故気付かなかった私。

 

この世界がHUNTER×HUNTERで、私が念能力を使えるという事実は私にとって朗報でもあり、悲報でもあった。

念能力を極めれば、私の死亡率低下が望める。いや、それどころじゃない。もしも移動系の念能力を作ることに成功すれば、確実にこの暗黒大陸からは脱出することができる。

ちなみに最初は、ドンさんに頼み込めば暗黒大陸からの脱出に付き合ってくれるのではないかと甘い考えをもっていた。しかし彼はまだ暗黒大陸での冒険を続けるようで、話を持ちかけた瞬間にべもなく断られた。鬼か。こいつ、鬼なのか。

まあ、とりあえず暗黒大陸からの脱出は移動系の念能力の開発で何とかなる見通しがついたから良しとする。

しかし、私の最終目標は元の世界で普通の生活を送ることだ。もしも移動系の念能力を開発できたとしても、ここからしてみれば異世界である元の世界に移動することができるかといわれれば怪しい。

それに、もしもこの世界と元の世界の時間が同じように流れているとしたら、私が元の世界からいなくなってから既に5〜6ヶ月経っていることになる。

早くしないと向こうで死亡届が出されてしまうため、一刻も早く異世界へ行ける念能力を開発する必要がある。もしくは、時間指定可能な異世界への移動能力が必要だ。

そんな能力を開発するのに、いったいどれほどの修行と年月が必要なのか。あくまで想像でしかないが、とんでもなく計り知れないものになる予感しかしない。

事態は思ったよりも深刻だ。

 

 

無力な私を暗黒大陸に残すことに多少の罪悪感を感じたらしいドンさんは、修行を見てやると申し出てくれた。中途半端に優しいな、この人。

 

彼曰く、私は基本の四大行は問題ないらしいため、早速念の応用技と基礎身体能力の向上にとりかかることとなった。

念の応用技とは、「円」「周」「隠」「流」「硬」「堅」「凝」のことだ。これを即座に切り替える訓練をするだけでも、相当な集中力とオーラを必要とする。私の今日の修行は、この応用技を2秒ごとに切り替えながら木から木へと飛び移るという実に慌しい内容だった。イジメか。

 

 

「もうやだ」、「帰りたい」、「ハゲろ」など泣き言を並べながらも、私はその日のうちに念の応用技と基礎身体能力を彼の合格ラインまで引き上げることに成功した。中でも「円」についてはかなりの精度でできていたらしく、お墨付きをもらえた。

修行の最中に教えてもらったことだが、ドンさんの実力は世界屈指のものであるらしく、彼ほど念能力に長けた人物に師事するのは本来ならありえないことらしい。自分でそれを言うのはどうかと思ったけど、そこは素直に嬉しいと思ったので感謝を述べる。

 

「今日はありがとうございました」

「いいってことよ。それにお前、なかなか飲み込みが早いと思うぜ」

「あなたに言われると嫌みに聞こえますね」

 

それは紛れもない本音だった。会った時から思っていたが、この人は規格外だった。この暗黒大陸で、私の修行をつけながら生存している時点で只者ではないのは明白だった。だけど、私が念を自分のものにできるようになるにつれて、彼の凄さがそれどころではないことを理解できるようになってきた。

 

この人は、化け物だ。

 

きっと、暗黒大陸で本当の意味で生き残ることができるのはドンさんみたいな人なんだろう。

 

「褒め言葉は素直に受け取っとけ。とりあえず今日のところは寝るぞ」

「そうですね。おやすみなさい」

「ん」

 

久しぶりの一人きりじゃない夜に私は自然と肩の力が抜けるのを感じる。背を向けて地面に寝転がった彼の背中は、やけに大きくて頼もしく見えた。

思えば、今日一日中この人に守られてばかりだった。普段の私なら死んでいるような動植物からの襲撃も、ドンさんがまるで何事もなかったかのように対処してくれたから、私は安心して修行に励むことができた。

本当にこの人には感謝しないとな。

 

空を見上げると、無数の星が散らばっていた。それは、かつて都会で見た夜空よりも輝いて見えた。昨日までの自分だったら、こんな風には思えなかっただろうな。

今日は、この世界に来て初めて快眠ができるかもしれない。不思議と心が軽くなるのを感じた。

暫くしてから私は瞼を下ろして、意識を彼方に追いやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日の私は、多分浮かれていた。久しぶりに人と会って安心して気が抜けていたんだと思う。

そのせいだろうか。

何故今まで何度も死んでいるにも関わらず、今こうして生きているのかを失念していた。

 

だからこそ次の日に起きる事態を想定できなかったんだ。




ドン=フリークスの口調や性格については完全なる捏造です。もし原作で彼が登場したら、修正する予定です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。