暗黒大陸が第二の故郷です   作:赤誠

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死ぬほど更新遅くてごめんなさい…


一次試験

ハンター試験第一次試験の内容は、第二次試験会場までサトツさん――さっきの英国紳士っぽい人――についていくことだった。

 

ドンさんとの修行で似たような内容をやったことがあるため、少し懐かしさを覚えた。あの時は大変だったな…。先にスタートしたドンさんを1秒後に追いかけるという一見簡単そうに思える修行内容だったのだが、私にとっては地獄だった。この「1秒後」ってのがなかなか厄介で、ドンさんに1秒も与えてしまえば、あっという間にその姿は点になってしまうのだ。豆粒どころじゃない。点だ。

更地での直線移動なら一応点となったドンさんを視認することはできるけど、基本的に私達の修行場所は鬱蒼としたジャングルだったし、ドンさんもまっすぐ進んでくれるわけではなかった。こんなの余裕でドンさんの姿を見失うに決まってる。

仕方ないから『円』でドンさんの居場所を探って走り出すも、ドンさんとの距離は一向に縮まらないどころか引き離されるばかりだった。当然だ。あんな野生児と私の足の速さを同列に考えちゃいけない。あれは最早人間ではない。

あの時、あまりの実力差に軽く絶望した私は立ち止まって、そして何故か慈愛に満ちた表情で「ドンさん、森へお帰り…」って呟いたんだっけ。多分、唐突に"匿っていた野生動物を森に放してあげる少女ごっこ"がしたくなったんだと思う。もちろん野生動物役はドンさんだ。気分はさながらハリウッド女優だった。

正直に言おう、あの時の私は大分ふざけていた。 それというのもドンさんとかなり距離があったから聞かれるはずがないと思っていたためできたことだった。

しかし、そのおふざけ気分は目にも留まらぬ速さで飛んできた石が頭に当たったことにより霧散した。多分あの時『硬』してなかったら頭蓋骨突き破られて私の死亡回数が1増えてたと思う。

もちろん石が飛んできた方向は『円』で捕捉したドンさんの位置と一致していた。つまりこれはドンさんからの殺傷力のありすぎるツッコミというわけだ。

あの人めちゃくちゃ地獄耳だな。ていうか煽り耐性ないな、と思わず口に出してしまい、その後二投目が投じられることとなる。

最終的には追う側と追われる側が逆転して恐怖の鬼ごっこと化していた気がするけど、今となっては良い思い出だ。…多分良い思い出のはずだ。もう二度とやりたいとは思わないけど。

 

 

 

 

一次試験が始まってからもう6時間ほど経ったみたいだが、正直ただ早歩きでサトツさんについていってるだけなので、いまいちこれが試験であるという実感が湧かない。

最初は持久力を測る試験かと思っていたけど、それにしてはあまりにスピードが遅すぎるし。いったいこれは何を見る試験なんだ。単調な作業にも不平不満を言わずに成し遂げられる社畜根性でも見ているのか。それとも何か他の要素も絡んできているのか。でも、それなら最初のサトツさんのセリフの中に何かしらヒントがありそうなものだけど、サトツさんは「場所や到着時刻はお答えできません。ただ私について来ていただきます」と言っただけだった。

特に違和感のあるような台詞回しでもないし、やはり単純にサトツさんについていくだけでいいのか。

 

そこまで辛い試験内容のようには思えなかったが、全ての人がそうというわけではなかったようだ。

最後尾にいる187番のナンバープレートの人なんかはそろそろ限界そうだ。蝶ネクタイを首に巻いた肉付きの良いその男性の息は乱れ、顔面も涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。

程なくしてトンパさんに雇われたのであろう三人組が完全に187番の心を折りにかかっているのを尻目に見て、思わず私はトンパさんに物申したくなった。

 

トンパさーん。その人よりもっと妨害するべき人がいると思うんですけどー?どこかのピエロとか、どこかのピエロとか、どこかのピエロとか。

 

全く。目先の受験生減らしにばかり囚われないでほしい。

今対処すべきなのはあのピエロだ。あいつは“問題児”だ。どう考えても“優等生”(わたし)のようにじっとしていられる性質ではないだろう。そのうち奴による傍迷惑な妨害行為が起こるに違いない。

長い目で見れば、ヒソカを消すのが最重要課題だとすぐにわかるというのに…トンパさんにはもっと広い視野を持ってもらいたいところだ。

 

でも、トンパさんの妨害に積極的なところは私も見習わないといけないな。噂を聞く限り、どうやらトンパさんはハンター試験の合格は二の次で、新人潰しに全力を費やしているらしい。なかなかできることじゃない。きっと妨害においては相当なプロ意識を持っているに違いない。

 

私の場合、トンパさんと違って妨害したいのは一人だけだけど、そろそろ何かしらの罠は仕掛けたいところだ。でも、走りながら他の人には迷惑をかけずヒソカにだけ焦点を絞って仕掛けるとなると、奴のすぐ前を走って何か仕掛けていく必要があるから難しいな。その状況だと私が何かを仕掛けているのがヒソカにバレバレだし、常にヒソカが後ろにベッタリ張り付いていることになるから私の精神衛生上よろしくない。何か、こう…生理的に受け付けない。

せめて変装グッズとかを持っていれば、私だとバレずにできるんだけどな。面接マニュアル本ぐらいしか持ってきていない、自分でも驚きの品揃えの悪さである。当然変装グッズなんてものもな……

――いや、待てよ。できないことはないな。

でも、それだけではまだ足りない。もう少し手数が欲しいな。

 

そんなことを考えているうちに、気付いたら列の先頭付近にまで来ていたようだ。

私の前には少年二人とサトツさんぐらいしかいない。少年二人は、この試験中に仲良くなったのか和気藹々とお喋りをしている。

しかし少年のうち黒髪のツンツン頭の方は素直な良い子みたいだけど、銀髪の方はいけ好かないな。ハンター試験受験理由を暇潰しとかほざいている。暇潰し程度の軽い動機なら今すぐ棄権してほしい。こっちは死活問題なんだ。 合格者枠がお前のせいで一個潰れるだろうが。サトツさんがこんなに近くにいなければ、はっ倒してやりたいところだ。流石に試験官に見られながらやる度胸はないからやめておくけど。

 

少し興味が湧いたので暫く少年達の会話を盗み聞きしていたが、ふと黒髪の少年が持っている釣竿が視界に入りこんだ。少年の走りに合わせて上下に揺れ動くそれに、自然と視線が釘付けになり、思わず溜め息が出た。

 

いいなぁ。私も釣り糸欲しい。釣り糸さえあれば、多彩な罠が仕掛けられるのに…!!

ビニール袋とかペットボトルとかロープに関しては暗黒大陸で苦い思いをしてから常備しているけど、釣り糸は盲点だった。釣り糸があればワイヤータイプのトラップが沢山できるじゃないか。

ていうか今思えば面接マニュアル本の代わりにもっとマシな物持ってこれただろうに。何考えてるんだ、昔の私。馬鹿じゃないのか。面接マニュアル本とか面接以外には何の役にも立たないぞ。本当に馬鹿じゃないのか私。

 

私が自己嫌悪に陥っている間にも、歩みを続ける足が止まることはなく、気付けば階段に差し掛かっていたようだ。気のせいか何人か休み始めている気がする。もしかしてここが休憩地点だったりするのだろうか。そんなものを設けるだなんて、意外とハンター協会も優しいな。

 

「ねえねえ、そこの君!」

 

受験生達の足音と息遣いに紛れて聞こえてきたその声は、異彩を放っていた。雑音の中でも埋もれることのない、よく通る声だ。どうやら黒髪のツンツン頭の子が誰かに話しかけているようだ。しかしその誰かさんとやらがなかなか返答しないみたいで、呼びかけの声は次第に大きくなっていく。

誰だよ。いい加減答えてやれよ。少年が可哀想だろ!

野次馬精神からふと少年の方へと目を向けると、何故か目が合う。その瞬間、少年は満面の笑みを浮かべた。

 

「あ!やっと気付いてくれた!」

 

もしかして、私に言っていたのだろうか。確認のために人差し指で自分のことを指しながら首を傾げてみると、笑顔でコクコクと頷かれた。

 

「ごめん、気付かなかった。何か用?」

「オレ、ゴン=フリークスっていうんだ!君の名前は?」

 

ゴン=フリークス。

初対面のはずなのに、何故か聞き覚えがある。ああ、そうか。ドンさんと同じ苗字だからか。案外フリークスって苗字は「田中」とか「佐藤」並に一般的なものなのかもしれないな。

ドン・田中。

うん、なかなか面白い。今度ドンさんに会ったら田中って呼んでみよう。まあ、もう暗黒大陸に行く気はないからドンさんに会うこともないだろうけどね。

 

「私はアズサ=チノネだよ。そっちの銀髪の君は?」

 

ゴンの隣で、さっきハンター試験は暇潰しに受けに来たとかほざいていた少年にも一応声を掛けてあげる。私は優しいからこういう気遣いにも事欠かない。優しい、優しすぎるぞ私。

 

「キルア」

 

銀髪の少年は、こちらに顔を向けることもなく簡潔に答えた。ぶっきらぼうに名前のみを告げてくるその態度にイラっとしなかったといったら嘘になるが、実際本来はこうあるべきなんだ。ゴンみたいに試験中に馴れ合おうという考えの方がおかしい。無邪気を装って、相手の油断を誘おうとしていると言われた方がまだ信憑性がある。

そのはず…なんだけどな。

どうにも彼にはそんな裏があるようには見えない。これが演技だとしたら賞賛に値するレベルだ。

 

「アズサ、さっきオレの釣竿見てたよね?もしかして釣りに興味あるの?」

 

きらきら。きんきらきら。そんな擬態語が聞こえてきそうなほどに、目を輝かせて聞いてくる少年に、私はある確信を得た。

 

この子、やりづらい…!!

 

これでも私は外面はいい方だ。心にもない賛辞を笑顔で言うことには何の抵抗もないし、誰とでも話そうと思えば話せる。ただし、こういう純真無垢な子を相手にすると自分の汚さが浮き彫りになるようで、どうにも居心地が悪くなるのだ。ひきつりそうになる笑顔を何とか気合いで保たせて、私は答える。

 

「うん。実は釣り、結構好きなんだよね」

「やっぱり!じゃあ、後でオレの釣竿で一緒に釣りしようよ!」

 

………言えない。

トラップに使えそうだとか思ってたなんて口が裂けても言えない…!!

あわよくばその釣り糸タダで譲ってくれないかなぁ、とかクズ過ぎることを考えていたなんて絶対に知られてはならない!!ていうか今更だけど私本当にクズだな!!

 

その後、結局ゴンの目を直視できずにいた私は体調不良を理由に二人と別れた。いや、だって実際胸が痛い。

ゴンは一緒に行動できないことに残念そうにしてくれたけど、キルアは露骨に嬉しそうにしていた。おい、ちょっとは隠せよお前。

 

 

階段を上りきると、光が射し込んできた。どうやら地上に出たようだ。

そこには、辺り一面の湿原が広がっていた。

サトツさん曰く、ここはヌメーレ湿原――またの名を詐欺師の塒というそうだ。その名の通り、ここに生息している生物達はあの手この手で迷い込んだ者を騙し、誘き寄せて捕食するのだそうだ。

しかしここでサトツさんの説明を遮るが如く、傷を負った自称試験官の男が突如現れ、サトツさんのことを偽物だと喚いたり、その男とサトツさんに向かってヒソカがトランプを投げて真偽を確かめたりする謎のイベントが始まったが、あまり興味がなかったため聞き流した。だが、その際にサトツさんが告げた一言は私にとっては興味深いものだったため、その時だけ私の意識はそちらへと向けられることとなる。

 

「次からはいかなる理由でも私への攻撃は試験官への反逆行為とみなして即失格とします」

 

ヒソカへと向けられた忠告の言葉。それを聞いて、私は微かに目を細めた。

 

…へえ、それは良いことを聞いた。

ヒソカをその気にさせて、試験官を攻撃させれば勝手に不合格になってくれるわけか。頭の片隅に入れておこう。

 

私のその不穏な思考が伝わったのか知らないけど、ヒソカが私の方に視線を寄越した。こちらを見て、にぃっと不気味な笑みを浮かべているのはいったいどういうつもりなんだ。威嚇か。威嚇なのか。私は優しいから気持ち悪がることもせず、普通にスルーしてあげた。

それにしてもここまで不快感を与える笑顔も珍しい。ある意味才能あると思う。彼と夜道で出会ったら、たとえ彼が何もしてなくても通報する人が何人かいるんじゃないだろうか。ていうか私だったら通報する。

 

 

サトツさんを先頭に再び走りだした集団の中で、私は先程と比べて目に見えて機嫌が悪くなっていた。

こう言うと勘違いされるかもしれないが、けしてさっきのヒソカが気持ち悪かったことが原因ではない。原因はこの場所にあった。

端的にいうと、居心地が悪いのだ。暗黒大陸と比べれば、全然マシだけど……でも、どことなく似ている。あまり長居はしたくない空間だ。ここにいると嫌なことばかり思い出す。畜生、あいつら何度も殺してくれやがって。覚えてろよ。あ、いや、もう二度とあんな所行く気はないです。すみません生意気言いました。もう殺さないでください。

ああ、でもやっぱり無理。本当に、どれもこれもが癇に障る。苺のような赤い実も、触手のように蠢く蔦も、けたたましい獣の鳴き声も。ううん、違う。よく見れば、あそこにいる奴らとは違うことはわかっている。それでも、ほんの少しの共通点に目が行ってしまうのだ。そしてそれとともに数々の死因が蘇ってくる。機嫌が悪くならないはずがない。何なんだここ。私のトラウマ詰め合わせパックかよ。

でも、もしかすると、私みたいに「こんなところで生活してられっか!」と不満が爆発してこちらの大陸に移動してきた種もそれなりにいるのかもしれない。そう考えると少し親近感が沸いて……う、うーん。やっぱり沸いてこない。

まあ、どんなに似ていたとしても所詮紛い物。あちらには遠く及ばない。それなら

 

――利用できるだけ利用してやる。

 




主人公の名前、何気に初公開の回でした。
この主人公はトンパさんリスペクトしてます

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