悪運の女将校   作:えいとろーる

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遅れて本当にごめんなさい!

この場面は本当に難産で難産で、決して直して消して直しての無限ループの結果、こんな事になりました!

そして今回も後半にリード隊のメンバーが数人程名前付きで出てきますが、もちろん覚えなくても結構です!
尾田先生が海兵一人一人に名をつけている事へのリスペクトだと思って下さい。


失策と芽吹

 嫌な予感はやっぱり当たったよちくせう!!

 

「てめェら全員動くなァ!ガープの頭を吹っ飛ばされたくなけりゃ武器を捨てて床に伏せろォ!」

 

 なんで面倒ごとは面倒ごとに連鎖するんだろう…。

 突然鎖を引きちぎってじいちゃんに襲いかかってきたモーガンを、つい鉄の装具ごとぶん殴ってアゴ割れ状態にしてしまった私は、内心で溜息をつきながらじいちゃんに向かって銃を構えるクロを見ていた。

 

 思えばこのクロって海賊は、初めて遭遇した時から大分訳がわからない海賊だった。名もなき島での砲戦と上陸戦でそれぞれの陣営に多大な損害を出したため、休戦の説得に行ったのにもかかわらず、それを無視して斬りかかってきた時の一件が最たる例だ。切りかかってきた時の素敵な笑顔は今でも忘れられない。

 

 あれは多分私を完全に舐めきった上で、自分の早さにはついては来れないだろう、という確信から滲み出た笑顔なのだろうが、完全にその想定から外れてしまった結果から見ると、この男は実はかなりドジっ子な人物なのではないか、という疑問がどうしても浮かんできてしまう。

 

 元々知的な顔つきだし、話し方も今まで見てきた海賊たちと比べると、深い知性を感じさせるものがあっただけに、余計にその一面が際立っているのかもしれない。

 

 そして今回の一件だ。

 この場で最も立場のある人物を人質に取り、周囲の敵を完全に無力化する、という作戦を成功させて、一見すると制圧から逃走までの過程が完全に成立しているように見えるのだが、実はこの作戦には無視するにはあまりにも巨大すぎる地雷が埋まっている。

 

 言うまでもなく、じいちゃんだ。

 

 何でこんなに新兵を含んだ海兵がいるのに一番手を出しちゃいけない人間に手を出すかなぁ…このドジっ子さんは。

 

 いや、やりたい事も行動の意味も十分に判るし、作戦としてが理解できるけど、それでも人質としてじいちゃんを使うのは、どう考えても悪手…いや、最悪というべき手だ。

 

 人質と言うのは、人質とされた人物にとってはどうしても拘束から脱出することが出来ない状況であり、人質に取った側としてはいつでも殺害、ないしは傷害することが出来る状況に出来なければ成立しない。

 

 しかし、今回はそのケースから明らかにかけ離れた状況になっている。今でこそしばらく眠っていなかったせいで絶賛爆睡中だが、もし起きたのなら銃撃など一切意に介さずドジっ子さんの頭を文字通り握り潰すか、叩き潰してしまうだろう。

 

 つまり、人質と犯人の持っている戦闘能力が、圧倒的に違いすぎるのだ。これでは人質など成立するはずがない。

 

 東の海の中だけでこれまで暴れていたクロは、じいちゃんの戦闘能力を噂で聞いた程度でしか知っていなかったのだろう。じいちゃんの事をよく知っているうちの部隊の皆は、『何てことをしやがる。あいつは死にたいのか』とでも言いたげな驚愕の表情を浮かべ、事態を静観していた。

 

「形勢逆転…といったところだなァ、エヴァ・リード。一度は捉えていい気になっていた海賊に出し抜かれるのはどんな気持ちだ?」

 

 ドジっ子さんの盛大な勘違いっぷりに軽い頭痛を感じ始めた頃、じいちゃんに向けていた銃を周囲にチラつかせながら、底まで愉悦に浸ったような表情を浮かべながらクロが問い掛けてきた。

 

 いやぁ…どんな気持ちっていうか何ていうか…正直なところ、どうせじいちゃんはそんな銃じゃ絶対殺せないし、どうせドジっ子さんもじいちゃんに地の果てまでぶっ飛ばされるかボガードさんに叩っ斬られるんだろうからわりとどうでも良い。それに万が一持っている銃を周りの海兵に向けて撃ったところで、いろんな意味で地獄を見るのはドジっ子さんの方なわけだし。

 

 そんな事より私が気になるのは、さっきからモーガンのそばで泣いているヘルメッポだ。

 同じ海兵を父に持つものとして、今のヘルメッポの気持ちは理解できる。私もお義父さんが捕まった上、さらに人を傷つけようとする姿など、見たくもなければ、想像したくもない。

 しかし、生憎、この現状ではヘルメッポに優しい声をかけることも、涙を拭いてやることもできないのだ。

 

 それに私はクロとモーガンの暴れるタイミングに何らかの因果関係を感じてならない。捕まった後では自らの罪を重くする自白は望めないだろうし、ヘルメッポには辛い結果になるかもしれないが、このつながりを明らかにするためには、今しばらく話を合わせ、泳がせる必要があるのだ。

 

「出し抜かれ……あぁ、まぁそうだな。この展開は流石に予想できなかったよ」

 

 しばらく話を合わせることに決め、少し表情を崩して言葉を繕うと、ドジっ子さんは元々愉悦に浸りきっているような顔をより醜い感じに歪めて返して来た。

 

 どうやらこのドジっ子さんは完全に私たちが自分の術中に落ちていると勘違いしてくれているみたいだ。やはり演技とはいえ、割と本心に近い事を言っているのが演技にリアリティを出しているのかもしれない。

 

 形勢逆転は一切していないが、出し抜かれたのはほぼほぼ事実だし、予想外という点に心の底から本心で言っている。

 それはボガードさん達やウチの船の皆も同じ気持ちらしく、みんな似たようなリアクションを合わせてくれている。一番リアルな反応なのはコビーを含む輸送船の人達だ。たぶん彼らは純粋にこの状況が危機的な状態であると思い込んでいるのだろう。

 万が一の際には暴走の危険性を孕んではいるが、しかしそれでも彼らの本気の反応は、私たちの演技によりリアリティを持たせてくれるため、今の場合ではかなり有用だ。

 

 あとは適当に合わせられるところは話を合わせて気分が良くなったドジっ子さんが勝手に自白するのを待つだけだ。このタイプの男は間違いなく自分が優位になっていると確信すると、ペラペラと要らないことまで話す。これでも十年近く海賊と戦っているのだ。それくらいのことは私にだって分かる。

 

「ククッ……何をしている、さっさと武器を捨てろ!こいつの頭を吹っ飛ばされてェのか!?」

 

「あぁ、少し待て」

 

 そんな事を考えながらクロを観察していると、どうやらいつまでも武装解除の命令を出さない私に業を煮やしたらしく、クロは再び怒声を張り上げた。

 

 そのクロに対し一度声をかけ、今度は視界の端に立っていたボガードさんに『一旦ここは合わせてもらっても良いですか?』といった意味を含んだ視線を向けると、ボガードさんも同じ事を考えていたらしく、静かに小さく首肯すると、刀の腰紐を解き、刀身を静かに右手に移した。

 

「全員武器を捨てろ」

 

 ボガードさんの了承を得た私は、少し語気を強めた声で戦場の海兵に命令を出して武器を捨てさせた。

 正直言ってここにいる海兵のうち、ボガードさんを筆頭とする本部の海兵の一部はじいちゃんが率いる部隊なだけあって、素手でも間違いなく私よりも遥かに強い。

 そのため、彼らよりもずっと弱い私にすら勝てないクロからしてみればこの武装解除はあまり意味がない行為なのだが、どうやら本人はそれに全く気づいていないらしい。

 

 それにじいちゃんの部隊の人達以外にも、クロに勝てそうなのはウチの部隊にも何人かはいるしね。特に付き合いの長い副官のギルスさんや五年以上従軍しているくせに未だ二等兵のキンドロ君、それに砲長のジャンクさんの三人組や、狙撃班や戦闘班の班長クラスなら武器が無くても体術だけで勝てるはずだ。

 

 たとえ私がいなくても、皆のじいちゃんに鍛えられた経歴は伊達ではない。中でもキンドロ君に至っては武器を捨てろといったところで、すんなりと武器を全て捨てるような人間じゃないし、どうせ暗器やら隠し武器やらをどこかしらに隠し持っているはずだから多分やろうと思えば上手く隙を突いて事を済ませてくれるはずだ。

 

「さて…それでは次だ、小娘。そこでみっともなく倒れている斧手…いや、もう斧手とは言えないな。モーガンを解放しろ」

 

 武器を捨てさせた私に、クロが要求したのは、まだ仮定の段階だった最悪のケースに現実味を帯びさせる内容だった。

 

『大佐を…!?なんで海賊が……』

 

 クロが出した要求に、輸送船の海兵達がにわかに騒めき立っている中、ボガードさんや事態の真相を察していた数人の海兵が当たってほしくなかった予感が的中してしまったことに表情を険しくしたのが視界に入る。

 

 しかし、私には騒めき立つ海兵や、勝ち誇った表情のクロなどよりも気になる存在がある。

 

「おやじ…なんで?」

 

 それは、モーガンの側で魂が抜け落ちたような顔をしているヘルメッポだ。

 元はモーガンの元で傍若無人の限りを尽していたらしいヘルメッポだが、今は島の皆や海軍の皆と関わるうちに自身の正義を持ち、海兵としてコビーとともに高みを目指すまでになっている。それだけに、今回のこの一件は、彼の胸中に重い鉛の塊を落としているのだろう。

 

 完全に悪と正義に袂を別った父と己。そして、罪人となった父が今まさに自分の目の前で罪を重ねている。それも、よりによって過去に父が自分で捕らえた海賊と結託してだ。

 

 今、彼の胸中に渦巻いているのは、怒りや悲しみでは無く、信じられない、信じたくない、といった感情だろう。

 

 モーガンとクロの背後にある真実を暴けば、彼がこうなることは分かっていたことだった。彼の心象を思えば、この傷口を広げるべきではないことも、理解していた。

 

 しかし、私達は目の前にある真実から目を背けるわけにはいかない。例えそれが、今回のような……ッ!。

 

 俯き、何言か呟いているヘルメッポを横目にそこまで考えを伸ばすと、ずっと頭の片隅にあった疑問のたった一つの答えにたどり着いた。

 

 ……あぁ、そうか。

 

 あのときじいちゃんが言ったのは、この事だったのか。

 

「ゥ……ぐ…ふ…はは…」

 

 私が一つの答えにたどり着くと同時、低い声の男の水気を含んだ笑い声がすぐ目の前から上がる。

 

「お…親父?」

 

 その声に、ヘルメッポがすぐに反応を示す。声は割れた顎や口内からの出血で酷く聞き取り難いが、その声は明らかに、モーガンのものだ。

 

「ぐぶっ…ナ゛にをじデる…おでをばヤぐだたぜろぎザマら…えるべっボォ!」

 

 徐々に声に勢いを増したモーガンは、私の拳骨のダメージでガクガクと震える手をヘルメッポさんに向けながら、周囲に怒声を飛ばす。

 

「親父…ふざけんなよ親父ィ!海賊と手を組んだのか!?本気で海賊の仲間になりやがったのか!?」

 

「ククク…悪党と悪党が手を組んで何が悪い。奴は罪人で俺は海賊。互いの目的のために利害が一致したなら手を組むのは当然だろう?」

 

 モーガンの怒声で我に返ったヘルメッポの怒りにもクロは嘲笑を向け、彼の誇りをせせら嗤う。

 

「さぁ、渡してもらおうか。そいつは互いの利益のためにまだ必要なんだ。想定以上にお前に壊されちまったようだが、それでもまだ利用価値は死んではいない」

 

「クソったれ…!絶対許さねぇぞ!!」

 

「待て!ヘルメッポ!」

 

 モーガンとクロのあまりに身勝手な物言いに、怒りを抑えきれなくなり、飛び出したヘルメッポを一喝し、その動きを制止する。

 

「落ち着け、ヘルメッポ。混乱するな、状況を読め」

 

「…ふん。懸命な判断だ。そいつがそれに手を触れていたなら、まずはそのふざけたキノコ頭に風穴を開けてているところだった」

 

 ーーこいつ…ッ!

 

 余裕綽々といったような面でヘルメッポを見下すクロに対し、怒りがマグマのように音を立てて沸騰した。

 自分の感情だけで判断するなら、ヘルメッポを止めたくはなかった。

 しかし、ここでヘルメッポを動かすわけにはいかない。たとえ現在のような圧倒的優位な状況でも、部下を危険にさらすわけにはいかないのだ。

 

「なぁ、モーガンを渡せば、本当にじい…ガープ中将を解放してくれるんだな?」

 

「あァ、約束は守るさ」

 

「そうか…」

 

 すぅ、と一度自分を落ち着かせるために深呼吸をしてからクロにそう確認し、膝をつくヘルメッポとモーガンの側まで歩み寄り、再びクロへと向きなおる。

 

「ーー海賊、百計のクロ。お前は約束は守ると言ったな?モーガンを解放すればガープ中将を引き渡すと」

 

「…何度も言わせるな!だからさっさとモーガンを解放しろと…」

 

 繰り返す質問に、クロが怒りをあらわにした答えを返してくる。しかし、最早そんな返答など私の耳には入らない。

 

「だが、断る」

 

「なッ…貴様ッ…!!」

 

 ただ一言だけクロに対して言い放ち、今度は倒れ伏すモーガン向き直って拳を構える。

 

 おそらく、じいちゃんは近い将来、こうなる未来を予測していたのだ。息子の目の前で父が葬られる、という必ず起こりうる現実を。

 

「中将が言った言葉の意味が、ようやく分かったよ」

 

「…大佐……?」

 

 私の行動に、ヘルメッポが困惑した目を向けてくる。

 当然の反応だ。今の状況の表面だけを見れば人質が取られている圧倒的に不利な状況なのだ。この状況でまさかモーガンに対してこれ以上の追撃を加える訳がない。クロやヘルメッポを含めた多くの輸送船の乗組員はそう思っているのだろう。

 

 しかし、現状の本質はそうではない。

 だからこそ、私はヘルメッポに向かって口を開く。

 

 

「よく見ておけヘルメッポ。これが、私達の仕事だ」

 

 

「い゛ッ……お゛ぃ!!でめぇ状況ってもんを゛…」

 

 私が拳を完全に握り締め、モーガンに向かって振り上げると、次に自分が何をされるかを理解したモーガンがさっきの傲慢な態度を一変させて喚き散らす。

 

 状況?そんなものは初めから分かっている。チェスでいうならこの現状はどうあってもお前ら二人の詰みだ。

 じいちゃんを人質に取ったその時から、チェックメイトに嵌っているのだ。

 

「動くなッ!貴様から始末するぞッ!!」

 

「撃て」

 

「…なにを…ッ!?」

 

「さっさと撃てと言っているのだッ!!」

 

 脅しにもならない叫びに対し、さらに大きな声で威圧を含めながら言うと、クロは小さく呻き、銃口をわたしとじいちゃんの間で迷わせた。

 

 海賊の中では頭の切れるクロは、わたしが本気で拳を振り下ろすつもりだということにようやく気づいたらしい。そしてそれはつまり、わたしが本気でガープ中将を見捨てるつもりである、という意味を含んでいることに。

 

 ゆえに、クロは葛藤している。私を撃てば私の動きに呼応した私の船の部下達や、本部の海兵達が一斉に襲いかかってくるし、下手をしたらずっと眠りこけているじいちゃんも目を覚ますかもしれない。そうしたら、確実に逃げることは叶わない。

 

 逆にじいちゃんを撃っても同じだ。じいちゃんを殺したとしても、私や本部の海兵達によって確実に殺される。

 

 大方、最初の計画としてはじいちゃんを人質に取ってここにある3隻の船のどれかを奪い、ヘルメッポやコビーあたりを肉の盾としてさらに逃亡を図ろうとしたのだろうが、どちらを選択しても人質を変える時間など、無論与えるつもりなど毛頭ない。

 

「…本当に撃つぞ。俺がお前程度の脅しにビビって撃てねぇとでも…」

 

「中将も海兵なんだ。正義のために死ぬのは本望だろう」

 

 続けて背中越しに言った私の声に対して、低く呻くクロの声が聞こえて来る。

 

 

 そろそろ良い頃合いだ。

 

 クロの声から焦りと葛藤の色は十分以上に感じ取ることはすでに出来ている。そんな意思を含んだ視線を司会の両端に見えていたボガードさんとギルス副官に向けると、両者ともに小さく首肯し、甲板に落ちた武器を拾うためにわずかに腰を下げた。後ろに控える部下達も同様だが、私の挙動に気を取られているクロには、その動きは一切見えていないようだ。

 

「な…舐めるんじゃねェェ!!」

 

 そして極限状態に耐えきれなくなったクロの絶叫とともに遂に船上にけたたましい爆発音が響く。

 

 その音と同時に私が感じたのは、背中を一瞬炎で炙られたような熱と、そして噴き出した血液が服を湿らせる粘着質のぬめっとした不快感。そして、飛んできた銃の破片が露出した首や手に浅く刺さる僅かな痛みだった。

 

「う…うがぁぁぁああぁあ!?」

 

 一瞬遅れて、今度は先ほどのモーガンの再現のような絶叫が耳を劈いた。

 

「何故だッ!?何故俺の腕がァァァ!?」

 

 首だけで振り返ると、其処では棒立ちのままのじいちゃんの隣で手首から先がなくなっている腕を振り回して狂乱するクロの姿があった。

 

 その顔は先ほどまでの狂悦極まりない表情から一転し、突然腕が消えて無くなった事への驚愕と激痛に歪んでいる。

 

 今のクロには、いったい自分のみに何が起こったのかは欠片ほども理解できていないのだろう。状況を完全に理解しているのは、私やボガードさん、そして両船の部下達だけだ。

 

「ーーッ貴様ァッ…この俺に何をしたッ!?」

 

 激痛と混乱で焦点が合わない目を私に向け、クロが吼える。

 

「別に、私は何もしていないさ。すべてお前が招いたことだ」

 

「嘘だッ!これが狙いだったんだろう…だから貴様は私に……ッ!」

 

 クロは完全に混乱しきった様子で周囲に血走った目を向けながら吠え続ける。

 

 これが狙いだった。確かにその一点だけはクロの言葉は正解と言っても良い。確かに、私とボガードさんはクロがじいちゃんから銃を奪った瞬間からこの場面に到達することを言葉無く計画していた。

 

 じいちゃんと深い繋がりがあるものなら誰でも知っていることだが、じいちゃんの銃はいわば飾りなのだ。

 そもそもじいちゃんには銃よりも早く銃弾や砲弾を放つことのできる豪腕が備わっているし、拳骨の威力に至っては山をサンドバッグにした上で崩壊させるほどの馬鹿げた威力を持っている。

 

 そんなじいちゃんにとって銃はいわばアクセサリーのようなものなのだ。別に必要なものでは無いが、付けとくとかっこいいからなんと無く腰に装着している。そんな程度の認識でしか無い。

 

 それ故、元々めんどくさいことが大嫌いなじいちゃんは使わない銃の整備という細かい作業などを自ら行うはずも無く、その銃はもはや引き金を引くと暴発することが約束された、小型爆弾のようなものになっていたのだ。

 

 そしてそんな事を知るはずが無いクロは、私たちに対して今回の脱獄の計画をまんまと全て吐いた挙句、自ら自分の腕を粉々にする、というなんとも間抜けな状況を引き起こしてしまったというわけだ。

 

 本当になんともついていない男だ。

 ルフィに負け、私に捕まり、そして銃の暴発で腕を失う。もはや私と同じ何かを感じてしまうほどにについていない。

 いや、暴発したのがしっかり手で握った状態だったことや、火薬が比較的新しかったことで爆発の威力が上がってしまった結果、腕を失った事を加味すれば私よりもついていないかもしれない。

 

「さて、もう良いだろう。そろそろ終わりにしようじゃないか」

 

「おの…れェ……俺は一人では死なんぞ…貴様も…道連れだ…!!」

 

 聞く事は十分に聞いた。このまま死なすのも一向に構わないが、どうせなら共犯であるモーガンとともにしっかりとした司法の場に引き渡すべきだ。

 

 そう考え、モーガンに向かって振り上げていた拳を収め、クロに向かって構え直すと、クロが呪詛を込めるように言った言葉の一つ一つから私に対する怒りと強烈な殺気が放たれる。

 

 ーーこれが手負いの人間が放つ殺気か…。

 

 殺気に当てられた瞬間、自分の筋肉が反射的に緊張したのが分かった。獣も人も、手負いの状態が一番恐ろしいという事は昔からじいちゃんにも教えられてきたことだが、ここで相対してみて初めてそれを強く実感する。

 

 クロは武器など持たず、むしろ右腕が手首から先を失って酷く弱っている状態だったが、それでいて以前より一層の脅威を感じさせた。

 

 

 これはちょっと…怖いな。

 

 素直にそう実感した。

 

 しかし、やる事は変わらない。

 クロは完全に頭に血が上っている。おそらく繰り出してくるのは残った左拳か、それかかなりの脚力を持つと見える左右どちらかの脚だろう。それも思考の末の一撃ではなく、どこまでも暴力的な渾身のものだろう。

 

 それなら容易い。どんな攻撃だとしても、それに左の拳骨をカウンターで合わせれば良いだけだ。

 

 

「殺す…ッ!」

 

 

 短い言葉とともにクロが動く。

 しかし、いきなり攻撃してきたわけではない。むしろその逆です、先ほどまで獣のように振りまいていた殺気を抑え、腕をだらんと下げてその場で右へ、左へ、と体を揺らしている。

 

 えっと…なにこれ?

 

 敵を目の前にして行っているクロの不可思議な行動にそんな疑問が浮かんだ。罠か、それとも攻撃しても良いものか、クロのあまりに隙だらけな状態に頭の中に迷いが生じる。

 

 押すか、それとも待つか。

 

 その二極の選択肢に一瞬思考を阻まれた今の私の姿は、クロの目には絶好の獲物に見えたことだろう。

 

 私が生み出してしまったその明らかな隙を逃さず、クロは動いた。

 

「行くぞ…」

 

 右へ左へと揺らしていたクロの体が再び右へと傾いた瞬間、空気を切り裂いたその声と共に、クロの身体が一瞬ぶれた。

 

 否、そう見えるほどの超高速の挙動だった。

 ぶれた脚が示すのは『剃』と同等に近い足運び。

 

 これは…拙い!!

 

 クロの奇行に気を取られ、動揺しきっていた感覚の中で、私の脳がけたたましく警報を鳴らす。

 

 以前私がクロと立ち会った際、クロはおそらく今の私と近い状況だったのだろう。普段ならば相手が止まって見えるほどの速度を持っているが故、相手の動きはよく見えているのだが、反応が遅れたせいで体が上手く動かない。

 

 頭の中で響く警報音を聞きながら、爆発的に加速しながらこちらへ奔るクロを見据える。クロの体勢が示す攻撃は左の手刀。

 

 それを見て同じく左拳に力を込める。幸いな事に構えは既に出来ている。それでも間に合うかは分からないが、せめて一撃でも入れば活路は開けるはずだ。

 せめて一撃…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …ってあれ、なに…アレ?

 

 

 

 極限の状態でスローモーションのようになる視界の中、クロの背後から何か太い棒のようなものがにょきっと現れた。

 

 アレはなんだ、そう思考がまとまるよりも早く、その太い棒のようなものは声を上げ、無防備な背中を見せるクロへと襲いかかる。

 

「なんじゃ、人が寝てるのに喧しい!」

 

『…杓sヴェッ!?』

 

 じいちゃんの声が響くと同時にもう一つ、潰れたカエルの断末魔のような声が上がった。宙ぶらりんになったクロの背後に目を向ければ目覚めたじいちゃんの腕がクロの首を荒っぽく背後から掴み上げている。

 今の今まで呑気に爆睡かましていた居眠りじいちゃんがやっと目覚めたのだ。

 

 

 いや遅いよ!

 

 

「き…貴様…いつから…ッ!?」

 

「今じゃ。ついさっきそう言ったろうが!」

 

 

 偉そうに言うな!

 

 頭で考えるよりも早く心がそう叫んだ。

 しかし、同時に心からの安堵が湧き上がってくるのを感じた。どう考えてもじいちゃんが居眠りしていたせいで始まったこの騒動だが、そのじいちゃんに助けられたのも事実だ。正直言ってさっきは本当に怖かった。

 

 あー…怖かったぁ…。

 

 今更震えてへたり込みそうになる脚を軽く叩き、感覚を戻す。

 昔から海賊の前では油断するなと、きつく押しえられてはきたが今回はそれを改めて痛感させられた。以前勝てた事と手負いの状態であることが私の中に油断を生んだのだろう。とにかく一歩間違えればここで殺されていてもおかしくはなかった。

 

 本当は嫌だけどこれからは偉大なる航路での仕事になるし、内容もこれまで以上に気を抜けない物になることだろう。

 右手を怪我して以来、とくにやる事もなかったせいでどうも緊張感が抜けていたような気がする。その結果が今回のコレだ。偉大なる航路に船を浮かべる前にここらで緊張感というものを持ち直す必要があるのかもしれない。

 

「…さまは人の大事な孫娘に手を出しよったんじゃ!無事で済むと思うな!思い知れ!」

 

「やめろ!離せ!!それだけはやめろ!!」

 

 極度の緊張感から解き放たれた私が一人反省をしていると、じいちゃんとクロの争う声が聞こえてくる。じいちゃんはクロの両肩を大きな両の手でがっちりと掴み上げており、怒りで真っ赤になった顔面を後ろに反り返るように大きく振りかぶっている。

 それに対して相変わらず両肩を骨が砕けんばかりに掴まれ宙ぶらりんになっているクロは、その束縛から離れようと必死に手足をばたつかせてもがいてはいるが、山と見紛うほどの巨大鉄球を軽々と振り回すじいちゃんの握力にはとても逆らえず、無駄な抵抗となっている。

 

 本当なら海賊の気持ちなど理解などしたくは無いが、今回のクロの気持ちだけは嫌という程よく分かる。

 昔からじいちゃんとの訓練中に捕まると絶対に振り解くことはできない。それに逃げようとしようものならあの万力めいた握力で骨を砕かれそうになる。あれほど絶望的な代物は他に無い。

 

『わ…私の計画は…絶対に崩れな……ッ!!?』

 

「ふんっ!!」

 

 クロが最期に何かを喚き散らすと、その言葉が終わる前にじいちゃんの頭突きがクロの鼻っ柱に叩き込まれた。

 ぐしゃり、いやぐちゃり、と表現するべきか、とにかく凄惨な音を立ててじいちゃんの頭突きは炸裂した。その光景は、何というか、ただただえげつない。

 

 元々冗談のような腕力を持つじいちゃんに上半身を締め上げられ、その上であの大砲の一撃のような頭突きだ。とても人間が耐えられるような代物ではない。

 そして、数秒間その状態で静止していたじいちゃんがクロの顔面から額を離すと、何か粘液質な血液がじいちゃんの額から糸を引いて落ちた。クロの顔面は元々私の拳のせいで形が変わっていたのだが、そこにさらなる整形手術の手が加わってしまっている。じいちゃんの額が直撃した鼻を中心に顔面は大きく陥没し、見るも無残な姿になり、首や肩がビクンビクンと痙攣してそもそも生きているのかすらわからない状態だ。

 

 これは酷い。なんというか、ただその一言に集約される現場だった。

 

 というか地味に気になっているんだけど、じいちゃんが頭突きの体制になった時のクロの怯え方は少々過剰だったように思えた。

 過去にトラウマになるレベルの頭突きを受けたことがあるのだろうか…。今となっては解決し得ない疑問だが、それが地味に気になっている。

 

 

『大佐ァ!あんた怪我人なんだから無茶しないでくださいよ!!』

 

 ひょっ!?

 

 一人反省会を切り上げ、じいちゃんの処刑ばりの頭突きに疑問譜を浮かべながら呑気にそれを眺めていると、今度は背後から明らかに私に向けた大音量の叱責の言葉が飛んで来た。

 

「あぁ、すまないギルス副官。今のは少々危なかった」

 

 その声に小さく肩を跳ねさせながら振り返って言うと、背後に立っていた声の主であるギルス副官は右手を額に当てて分かりやすく溜息を吐いた。

 

 そりゃそんな反応にもなるよねぇ…。ごめんねギルス君。

 

 内心で苦笑しながら周囲を見れば、既にボガードさんの指示でじいちゃんの軍艦の皆が動いており、荒ぶるじいちゃんを宥める班とそのじいちゃんからクロの亡骸(?)を軍艦に引きずっていく班に分かれて行動を始めていた。

 

 どうやら私がぼうっとしている間にギルス副官が部下たちに指示を出してくれていたらしく、輸送船の海兵達とうちの部下たちは複数の班に分かれて倒れたモーガンの拘束と、周囲の警戒に当たっている。

 

「全く、無茶しないでくださいよ。黙って見てろって言われた私たちの心臓はもう破裂する寸前だったんですから」

 

「本当にすまない。ところで、クロはもう問題ないとして、モーガンとヘルメッポの様子はどうだ?」

 

「…モーガンは大佐が殴ろうとしたあたりで完全に泡吹いて気絶してました。ヘルメッポは……まだあの調子です」

 

 拗ねたように言いながらそれぞれを指差すギルスくんの指す先を見ると、仰向けに大の字になったモーガンを囲む部下たちの姿と、甲板の階段で頭を抱えながら座りこみ、傍にいたコビーから介抱を受けるヘルメッポの姿が見える。

 

 …ヘルメッポには重過ぎる出来事だったか。

 

 未だに騒乱の残照を残す甲板の中で、彼だけ時が止まったかのように映るヘルメッポの姿を見ながら、引き渡しの前に聞いたじいちゃんの言葉が耳の奥から響いてきた。

 

 

 

 

 

『あやつがお前の部下であり、弟子だと言うのなら、お前は奴に教えにゃならんことがあるぞ』

 

 

 

『教えなきゃいけないこと?』

 

 

 

『わしらの仕事(・・)を、じゃ』

 

 

 

 

 

 じいちゃんが言った、『私達の仕事』という言葉。

 いまはその言葉の重さが私の胸を押しつぶそうとしている。その言葉が表す意味を象徴するかのような今回の事件の当事者であるヘルメッポには、なおさら辛いものが頭の中で渦を巻いているのだろう。

 

 もしかしたら軍を抜けてしまうかもしれない。

 

 もしかしたら二度と笑ってくれないかもしれない。

 

 もしかしたら腰に携えた短刀で自分の喉を突くかもしれない。

 

 ヘルメッポを見て後悔が私の頭の中を駆け巡る。

 私が移動になる以前の彼の事は悪意ある噂程度にしか知らないが、過去はどうあれ、今のヘルメッポは責任感と誇りを持った立派な海兵へと成長しようとしていた。

 

 本当にあんなやり方で良かったのか。

 

もっとやり方があったはずだ。

 

 二十分前の自分にそう言って聞かせたいと、ただそう思った。

 

「そうか…すまないが、ヘルメッポを頼んでもいいか?船室に連れて行ってやって欲しい。私はモーガンの後始末に行かなければならない」

 

「勿論です。くれぐれも、気をつけてください」

 

「あぁ、分かった」

 

 最後まで心配そうな表情を浮かべたままのギルス副官と分かれ、私はモーガンの捕縛に向かう。

 

 捕縛と言っても、既に部下たちの手で手錠は掛けられており、あとは頭と手錠に鎖を繋げてじいちゃんの船の折に放り込むだけの状態だ。私が行うのはシェルズタウン基地の最高階級者として、モーガンの身柄をじいちゃんに引き渡す。ただそれだけの事だ。

 

「大佐!お疲れ様です!」

 

「あぁ、ご苦労だったな、あとは私が引き継ごう」

 

「はっ!了解です!」

 

 海兵でごった返す甲板を抜け、目的の場所に着くと、その場にいた部下達が敬礼を向けてくる。どうやら仕事はほとんど終わっているらしく、彼らの中心には、鎖で首と手が完全に繋がれた状態で甲板に倒れ伏すモーガンの姿があった。

 

「鎖はさっきのものから変えたか?」

 

「先ほど使っていたものと同様の鎖ではまた破壊される恐れがあったので、今度は海楼石製のものを使用しています」

 

「少々もったい無い気もしますがね。これなら確実に破壊は無理でしょう」

 

「あぁ、それで問題無い。ありがとう」

 

「いえいえいえいえ!!このくらい当然っすよォ!」

 

 私の問いかけに任務に当たっていたヒッグス伍長、バックス一等兵、ザックス二等兵の迫撃砲班三兄弟がそれぞれ声を上げた。

 

 錠は一度破壊されているだけに質を重視する。確かにバックスが言うように少々念を入れ過ぎているかも知れないが、それでもさっきの事件があった事を考えると、そうも言えないだろう。

 

「よし、ではモーガンも軍艦に引き渡そう。ヒッグス、ザックス、バックス、迫撃砲班を集めて護衛を頼む」

 

『了解です!』

 

 本来ならば引き渡し式が行われるはずだが、この事態ではそんなものはあってないようなものだ。現にじいちゃんの頭突きでスクラップになったクロの身柄はもう軍艦の医務室へと運ばれている事だし、ヘルメッポの事を考えれば、早い所モーガンの身柄も軍艦へと運んでしまうべきだろう。

 

「オラ立てッ!!大佐の手を煩わせるんじゃあねぇぞッ!」

 

「ァウ゛ッ…やべ…やべろォ…オ゛まえラ゛…ぜっだいのごろ゛ジでや゛るがラ゛なァ……ッ!!」

 

 迫撃砲班班長のメイソン分隊長が無理矢理に鎖を引き上げ、モーガンの身体を立ち上がらせる。それに対して呪言を呻くモーガンの目には、もはや憎しみ以外の何物も写っていない。

 

 真っ黒に濁った、憎悪だけが渦巻いていた。

 

 クロと初めて対峙した時と同じ、ぞくりとした感覚が背中を射抜く。心の隙間に入り込んで来るその視線を振り払い、私は声を上げる。

 

『海軍への反逆者、斧手のモーガン。これより貴様の身柄を本部へと……

 

『待って゛下さ゛い゛ッ!!』

 

 しかし、その声は思わぬ人物の声によって遮られた。

 

「ヘルメッポ…」

 

 声の主は、ヘルメッポだった。

 肩で大きく息を切らし、目を真っ赤に腫らしたまま、私たちの少し後ろに立って叫んでいた。

 

『それは…その仕事(・・)だけは()にやらせて下さいッッ!!』

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