「いやあああああああああ‼︎こっち来ないで‼︎お願い、こっち来ないで―――っ‼」」
「このバカ!お前らが呼んだせいだろ!責任とって、お前がカエルの足止めしろっ!」
「嫌よっ!もうカエルに食べられるのは嫌なの!」
2人の後ろのには、腹を空かせたカエルとの命がけの追いかけっこの真っ最中。
こっちはこっちで、複数のカエルに囲まれながら必死にカエルの口から逃げている最中だ。
「あっちも大変そうですね…まさかここまでカエルがいるとは予想外でした」
「全くだ、幾ら繁殖期だと言っても多過ぎだろ」
人ごとのように言っているが、この事態を招いた本人は現在俺の背中にしがみついている。
魔力切れで動けなくなった少女を背負い、2人を捕食しようと口を大きく開けて迫るカエル。図体の割に俊敏に動くカエルの猛攻を必死にかわす。
攻撃しようにも、めぐみんを背負ったままでは反撃どころかまともに剣も振るえない。
「…ところで、ダクネスが喰われたカエルってどれだっけ?」
「確かあそこにいる緑色の…いえ、あっちの赤いカエルだったような…」
囮役のダクネスだが、先ほどまではカエルの口から半分くらいは見えていたはずだが今はその姿がない。
どうやら逃げ回っている間に完全に飲み込まれてしまったようだ。ダクネスが使っていた剣が転がっているだけで当の本人の姿も形も無い現状。
「やばい…やばいです!このままではダクネスがカエルのお腹の中で溶かされてしまいます!」
「やばいのはこっちも同じだろう…っと」
カエルが伸ばしたヌルヌルの舌を紙一重でかわしながら、ダクネスが喰べられたカエルを探す。
ジャイアント・トードは捕食中は動かない、つまり動いていないカエルの中に彼女はいると考えられる。が、めぐみんを背負いながら攻撃をかわし、その中でダクネスを探し出すのは至難の技だ。
「(何より数が多いな…他の冒険者は…いないか…)」
助けを呼ぼうと周りを見渡すが、他の冒険者達は俺たち以外既に撤退している。
何故こんな悲惨な状態になったのか…。
――30分前――
前回の討伐クエストを失敗した俺達は、後日ジャイアント・トードの討伐に来ていた。カエルがトラウマになったあの2人は置いて来ることにした俺達は、今回は3人で討伐にクエストを受ける事にした。
「カズマカズマ、アレがジャイアント・トードか!何と巨大なカエルなんだ!…ああ、これから私はあのモンスターに捕食され、粘液まみれにされるのか……ハア…ハア……ツ!」」
「おいダクネス、お前が変態なのはよーく分かったから少し黙ろうか。あと、嫌なら帰ってもいいぞ」
「断る‼︎」
「…よし、作戦通りカエルを討伐するぞ。ダクネス、覚悟はいいか?」
「問題ないっ‼︎」
「「……」」
白い目で見つめる俺達を置いて、1人カエルに立ち向かうダクネス。
今回の作戦はとてもシンプル、まずダクネスがカエルを引き付け…そして捕食させる。
パクッ‼
「おっ、頭から入ったな」
「ああ、見事な喰いっぷりだ」
鎧を着ていないダクネスはカエルにとって格好の獲物だ。そして、捕食中は必ず動きが止まる。
つまり、安全にカエルを倒す事が出来るという事だ。ただし、囮役は必ずカエルに捕食されなければいけないのが欠点だが…。
「…よし、倒すか」
「ああ、やるぞ海斗」
巨大カエルをサクッと倒し、カエルに捕食されたダクネスを救出する。
「…ああ、このヌルヌルの感じ…、まさしくあの時見た光景そのものだ。…いい、実にいいものだ…ハア…ハア……」
少々心配だったが、この変態なら問題ないだろう。
先ずは1匹討伐完了、全部で10匹討伐できればクエスト完了だ。
「おいダクネス、次の獲物が迫ってきてるからとっとと行け。じゃないと俺らが仕留められん」
「…んんっ‼︎この物扱いされてる感じ。…判った、直ぐに向かおう。じゃあ、行ってくりゅっ!」
顔をニヤつかせながらカエルに突撃する少女、そして再びカエルに捕食される。
「よしっ、次行く―――」
剣を構えてこちらもカエルに近付こうとした時だった。
「『エクスプロージョン』ッ‼︎」
聞き覚えのある声と共に、巨大な爆発と爆音が荒野に響き渡る。
爆発の中心では、巨大なクレーターと巻き込まれたカエルの残骸が転がっていた。
「…ふっ、我が爆裂魔法の前ではいかなるモンスターも無意味。…ああ、今日も気持ち良かったです」
「どーよカズマ、そんなちまちま殺ってないで、私達に任せればこんなものあっという間よ!」
丘の上で、崩れるように倒れるめぐみんと、何もしていないのに自慢げに叫んでいるのはアクアの姿があった。
「あの馬鹿、あんな所で何やってんだ、全く…」
隣で肩を落とす和真。っとその時、地面が不自然に揺れる。まるで、巨大な何かが大量に近づいて来る感じだ。
そっと地響きがする方角を見ると、先程まで散らばっていた沢山のカエルが2人の方に集まって来ていた。
「…あれ、どうしてこっちに来るの?ちょっと待って…あれ…えっと、逃げるわよ!」
「すみません…誰かおぶってくれませんか?」
「「このバカが――――――――――!」」
…と、まあこんな事があって今に至る訳だ。
「さてさて、どーしたものか…」
「…せめてダクネスが無事なら撤退出来るんですが…」
パーティーメンバーのうち、1人が戦闘不能、1人が捕食され戦力も分断されている…。どうすれば全員無事に撤退できるか必死に考えていたが、悲鳴と共にまた1人犠牲者が出てしまった。
「アクア――――っ!」
頭からパックリと食べられた彼女は徐々にカエルに飲み込まれていった。一緒にいた和真は残りのカエルに追われている為アクアを見捨てて逃げ回っている。
「まずいですよカイト、ダクネスに続いてアクアまで…」
「うーん……」
このままでは俺や和真まで捕食されるのも時間の問題だ、何か打開策は無いかと考えながらカエルの猛攻を軽快にかわす。
――ふと思ったのだが、先程から休みなく走り回っているにも関わらず今だ身体は軽かった。
あれからずっとめぐみんを背負って逃げ回っているが、未だ息切れ一つせずに走り続けている。
レベルが上がったことによる恩恵がここまでとは思わなかったが、体力や脚力がここまで上がっているなら、膂力はどれ程上がっているのだろうか。
もし、カエルの注意が別の何かに集中すれば、俺1人でもカエルを倒しきれるかもしれない。
「…仕方ない、めぐみん先に謝っとくわ。……わりー」
「…?カイト、何を言って…っ!」
周りのカエルを無理やり振り切り、和真のいる方へ走り出す。
そしてめぐみんを背中から下ろしそのまま……。
「和真っ!受け取れ―――――――!」
「「ええええええええええええええええええええええええええええっ!!!!」」
全力で投げました。
「カイト―――――――――⁉」
「後は頼んだ」
めぐみんを和真に丸投げした俺は、動きが止まっているカエルに向かう。
和真はめぐみんを無事受け取ったが、前後からカエルが挟み込むように迫って来ていた。
「海斗―――、ぜってー覚えてろよ!」
後ろから悲鳴が聞こえたが、今は時間がない。
ダクネスとアクアが捕食された以上、2人を救出及び撤退するのは現実的ではない。なら、敵を全員倒してからゆっくりもう1人を助ければいいと結論付いた。
俺は動きが止まっているカエルのお腹を全力で蹴り飛ばした。
打撃が効きにくいとされるカエルだが、お腹が大きく凹み、グエッと変な声を上げながらひっくり返る。
「はずれか…次っ!」
このカエルの中にはダクネスは入っていなかったようだ。もう1体のカエルにも全力の一撃をくらわせる。
殴りつけた拳に何か固いものに当たる。
その後、倒れたカエルの口からその固いものを引っ張り出す。
「おっ、当たりだな」
出てきたものは粘液塗れのドロドロヌルヌル状態のダクネスだった。
「おーい、ダクネス生きてるか。……ダクネス?」
呼びかけには応じないが、身体がピクピクと痙攣しているダクネス。顔は紅く火照ており顔が凄くニヤついている。
「……『クリエイト・ウォーター』」
「っ‼…なっ、何をするんだ!?」
「よし起きたな、早速で悪いがまた囮が必要なんだ。お前ってモンスターを惹きつけるスキルの1つや2つ持ってるだろ?」
「???…ああ、私は全スキルを防御スキルに全振りしているからな。もちろん、『デコイ』も使えるぞ」
「なら今すぐ発動しろ。お前をカエルの群れに…」
「任せろっ‼」
目をキラキラと輝かせるダクネスの腕を引っ張りながら、カエルの群れに向かって走り出す。
周りにいたカエルが、ダクネスのスキルによって一斉にこちらを向く。
「カイトっ!カエルが、カエルの群れが私目掛けて近づいて来る!ああ、私はこれからどうなるんだ!また捕食され粘液塗れに……!」
「安心しろ、今度は食べさせないから」
しばらくカエルの周りを走り回り続けこちらに注意を惹きつけた後、ダクネスを近くの岩にロープで縛り付ける。
「…カイト、何故私は縛られてんだ?こういうプレイは嫌いではないのだが…これでは逃げる事も出来ないのだが……」
「何故って、お前が喰われないようにしてるんだが?」
こうして岩に縛り付けて置けば、最悪カエルの粘液塗れになるだけで捕食されることはないはずだ。
「これで良し!じゃ、また後で戻ってくるからしっかりカエルを惹きつけとけよ」
「放置プレイだと‼しかもカエルが迫って来る中で拘束されるとは……カイトッ、こんな焦らしプレイ初めてだ‼」
興奮したダクネスがハアハア言いながら、縛られた身体を左右に揺れている。
ダクネス程の騎士を、ロープ程度の強度では拘束など出来ない。その気になれば自力で脱出出来るだろう…その気があればの話だが。
再び和真の所に戻ってくると、既に残念な結果になっていた。
「――――!―――っ‼」
「くっそ―――!喰われてたまるか―――!」
片方は完全に喰べれられているが、和真は何とか踏みとどまったようだ。
まあ、カエルの口を両手両足で押さえながら必死に堪えている最中だが。
「お待たせ、待ったか?」
「おせ―よ!何見てんだっ、早く助けろよ」
「ッ―――、――――――――ッ!」
カエルの中で叫んでいるようだが、何と言っているか全くわからない。
もう少し見ているのも面白いが、これ以上経つと1人くらい消化されそうなので早々に助け出した方が良さそうだ。
「さてさて、どちらから助けるべきか」
ここは、レディファーストだろうか。しかし、戦力にならないめぐみんを先に助けてもただの荷物になるし、ここは和真を優先するべきか…だが…。
どちらを先に救出するか悩んでいると、不意に頭上が暗くなる。そして―――
パクッ!
後ろから見事に丸のみにされました。
「かっ、海斗―――――!」
「いや~、油断大敵とはこの事だな」
「…一時はどうなるかと思ったが、何とか助かったな」
「私はあと少しで窒息死するところでしたが…」
「………」
「…良い、すごく良かった…。ああ、カエルが…カエルが……」
それぞれ思うところあるだろうが、今回のクエストは無事完了した。
あの後だが、カエルに喰われたが直ぐに脱出。まずは俺を喰ったカエルを、次に和真を喰おうとしているカエルを、そしてめぐみんを喰ったカエルを倒していった。
周囲に群がるカエルというカエルを斬っては捨て斬っては捨てを繰り返し、戦闘は終了した。
「おいアクア、…アクアさーん?」
「……カエル…カエルが………」
カエルから救出されたアクアは、未だ目の焦点が合っていない。座り込んだまま独り言を呟く姿はとても女神だとは思わないだろう。
「なあ、これおいて行っちゃダメか?」
「ダメに決まってるだろ。ダクネス、アクアを背負って街に帰るぞ。…ダクネス?」
「すまないカイト、…その…先の戦闘で…あ、足に力が入らなくてな…」
ダクネスの方を見ると、ぺたんと座り込んだまま頬を紅く染めている。…成程、興奮しすぎて腰を抜かしたのか。
「分かった。和真はめぐみんを背負ってくれ、俺がダクネスを連れて行くから。アクアは何とか自分で歩いてもらうとするか…」
今だ虚ろな目をしているアクアを何とか立たせた後、ダクネスを背負う。
「――‼おいっカイト、俺と交代しろ!」
突然和真の目が大きく見開く。
「別にいいが、大丈夫か?こいつ意外と重いぞ?」
「おいっ!女性にむかって重い言うな!私の場合はその…む、胸が少し重いだけでそれ以外は―――」
「それは私に対する宣戦布告と受け取ってもいいのですか、ダクネス?」
「いや、別にそう言った意味では…」
人の背中の上で言い争う2人。
前のめりになっている為、俺の頭にはダクネスの胸が押し付けられる。その姿を見ている和真は血涙を流している。
結局和真がダクネスを背負おうとしたが、予想通り無理だった為俺が背負って行く事になった。
帰る途中、和真が何度かめぐみんを背負い直す度に、ため息をつきながら俺の方を睨んでいた。
「…カイト、先程からカズマが、餓えた獣の様にこちらを睨んできているのだが」
「お前がエロい姿だからだろ。思春期の男には刺激が強いんだよ今のお前は。あと変に動くなよ、ヌルヌルして気持ち悪いんだから」
出来ればこのヌルヌルを洗い流したかったが、風邪を引くと不味い為街までこの状態のまま帰還している。
「カ、カイトは、今の私の姿を見ても何と思わないのか?」
「…ノーコメントで」
「のーこめんと?」
頭の上に?マークが飛んでいるダクネス、その隣には首を絞められている和真の姿。
「カズマ、何か言い残す言葉はありますか?」
「ペッタンコだな」
「よろしい、このままぎゅっとしてあげます」
「おいやめろ!首がっ、ぐびが…イ、イギガ……」
「おーいめぐみん、殺すのは街に帰ってからにしろ。流石に2人を背負って帰るのは辛い」
「…仕方ありませんね。命拾いしましたねカズマ」
「おい、このまま捨てて行ってもいいんだぞ?」
「その時は、カズマが私のお尻を触った事を街で言い触らしますが良いですね?」
「「……」」
背中合わせで火花を散らす2人。
余談だが、その後数日間、2人は顔を合わせる度のいがみ合っていた。