一話『vsリザード 無色透明の少年』
一瞬、大規模な地震でも起こったのかと思った。
視界がブレ、脳が揺さぶられ、同時に僅かな吐き気を催す。
彼がそう感じた取った瞬間、少年はいつの間にか一面灰色の世界の中で倒れていた。
思考が一瞬停止し、すぐに直前の記憶を思い出そうとするも、まるでフィルターでもかかったかの様にモザイクとノイズが邪魔をして上手く思い出せない。
やがて次第にはっきりとしていく頭を抱えながら、少年はゆっくりと起き上がる。
「……これは、コンクリ……建物の中か?」
薄暗く広く冷たい場所だった。
そこにあるのは静寂と冷気、人の気配をまるで感じさせない所を一見すると廃屋にも思える。
だがそんな考えは、次の瞬間には改めさせられた。
コツン、と足音らしき音が聞こえた瞬間、少年は咄嗟に身を隠す事にする。
その部屋の中には灰色の壁天井、そして一枚のドアと、破壊された石像の他には目に見える範囲ではもう何も無かった。
当然、少年は石像の影に隠れる。
選択肢としては奥に進んでみるという選択もあったにはあったが、更に奥に進んだとして果たして何があるのか、もしかすると更に最悪な状況が待っているかもしれない――そう考えて彼はあえて留まるという選択を取った。
数秒後、建て付けの悪い扉の開閉音が耳に届く。
「全く、どうしてこの俺様がこんな雑用やらなきゃなんねぇんだ」
ボヤキながら表れたのは全身を真っ黒に着飾った男だった。
頭の先から足の先までを黒く染めた男、そしてその男の胸元に大きく描かれた『R』の文字に少年は小さな興味を示す。
(……ハハッ、一体何がどうなってやがるんだこれ?俺はいつの間にコスプレ会場なんかに来ちまったんだ?)
心中そう呟き、少年に気づく事無く歩を進める黒尽くめの男と僅かに光が漏れる扉を数度見比べて、
「……よし」
小さく呟いて少年は黒尽くめの男を追い、更に建物の奥へと進む事にした。
建物の奥はやはり更に薄暗くなっていった。
段々と闇の濃度が濃くなって、一瞬でも気を抜けば少年は尾行中の男を見失ってしまうだろう。
だから細心の注意を払いながら壁伝いに少年も歩を進めていたのだが、
「ッチ、そろそろ視界が怪しくなってきたな……よし、こいつにするか」
(……何だ、腰の辺りから何か出して……)
黒尽くめの男が手に取ったのは丸い球体だった。
遠目にはよく見えないが、それ程大きくない、ポケットサイズのボールの様な物を黒尽くめの男は手に持っている。
「ゆけ! コイル、"フラッシュ"だ!」
黒尽くめの男がそう叫んだ直後、手に持っていたボールが急に発光し、中から"ナニカ"が飛び出してきた。
「……あれは!?」
少年が驚きの声を上げようとするが、その声を掻き消すかの如くボールの中から現れた"ナニカ"は鳴き声を上げながら先のボールの何倍もの輝きで発光した。
部屋の中の闇が見る見るかき消されていく、少年はその光に紛れながらどうにか建物を支える柱の一つの影へと隠れる。
「よし、よくやったコイル。さて……あった、あいつか」
満足気に言って黒尽くめの男は光で満たされた空間を歩いていく。
そしてその後姿を少年はなお注意深く観察する――が、今の少年の心は最早黒尽くめの男、なんかには無かった。
視線こそ外さないものの、チラリと視界の隅に入るその生物に少年は心を奪われる。
(あれは……コイル……ポケモン……!?)
そう、ポケットモンスター、縮めてポケモン。
この世界に存在する不思議な生き物、そしてこの"コイル"と呼ばれた一見機械仕掛けの生き物もその"ポケモン"と呼ばれるカテゴリーに属する生き物なのだ。
「……どういう事だよ、どうしてポケモンなんてものが"実在してやがる!?"」
驚きと喜びの混じった声色の少年の呟きは当然黒尽くめの男には聞こえない。
そもそもだ、この世界ではコイルの一匹や二匹珍しい事じゃない。
世の中にはもっと珍しいポケモンがいるし、伝説級の存在となると、それこそ今の少年の様な反応もするだろう。
だがこの少年は今、"コイル如き"に驚嘆の声を漏らしている。
それは何故か?――それは少年がこの世界の人間では無いからだ。
少年の世界にもポケモンは"在った"、所謂ゲーム、娯楽として子供から大人まで楽しめるツールとして――の話だが。
(……まさか実物をこの目で見る事になるとは……つーかとすると、あれはリアルロケット団って事になるのか!?)
少年がコイルに驚き、ポケモンを知っていたのもそれが理由、唯単に少年がポケモンで遊んだ事があった、というだけの話なのだ。
と言っても、元々飽き性で面倒臭い事が嫌いな性格だった為か、育成は言う程真面目に取り組んだ事等無く――友達との遊びの手段、ストーリーをクリアしたら満足する程度にしか嗜んだ事は無かったのだが、
(おぉ、やっぱ凄いなポケモンって)
それでも一度でも遊んだ事がある少年にとってはやはり、今の光景は気分が高揚する場面だろう。
最初の一匹を貰って、育てたポケモンでジムを制覇して行き、最終的に四天王を倒しライバルと決着をつける。
そんな最初にプレイした時の記憶が昨日の事の様に蘇って来て、高ぶる鼓動を抑えられない。
(でも、となるとじゃあここはどこになるんだ? どこかの研究所でそこで実際にポケモンを現実にする実験を……だけどロケット団まで現実にする必要は無い、となるとやっぱりここは……)
――別世界。
現実にポケモンがいる、ゲームとしてポケモンが存在した少年が生まれた世界とは違う世界。
頭は割と冷静だったらしい、すぐに自分に置かれた状況を分析し、少年は視線の先のロケット団の行ったゲーム内での出来事を思い返す。
すぐに頭に浮かんだのはシオンタウンのガラガラの事、当時プレイしながら複雑な気分になった事も一緒に思い出される。
(……いや、今は俺ポケモンなんて持っていないんだし、相手は仮にもマフィアだ、余計な事には首を突っ込まない方がいいな)
それが正解、少なくともあのコイルだけで人一人位普通に殺せるだろう。ポケモンの一撃でインド象が――そんな説明を昔ゲーム中の図鑑で見た事もある少年はそう判断し、ゆっくりとロケット団の男から後ずさる。
あのロケット団がどんな用でこの建物に来たのかは少年も気になったが、今の少年はそれ所では無い。
最低限に衣服はあるとしてもほとんど身一つで別世界に放り出されたのだ、ポケモンなんて当然連れて無いとして、加えてこの世界で通じる紙幣の一枚も持ってないのだ。
今日の食事にも困るというこの状況で、寄り道なんてしてられないのである。
(そうだな、ロケット団って事はゲーム基準だとカントーかジョウト地方だろ、なら順当にその地方のポケモン博士でも訪ねてみるか)
そう計画立てて、少年が身を翻そうとして、
「ッビッカァァァァ!!」
雄叫びにも近い鳴き声に反射的に振り向いてしまう。
「ッこんの……暴れんじゃねえ!」
「ッ、チャァ!」
男の拳が鳴き声の主の頬にヒットし、鳴き声の主――黄色い体とホッペの赤い電気袋が特徴的なポケモン"ピカチュウ"が殴り飛ばされる。
「っな!」
「あ、誰かいんのか!?」
あまりに光景に少年はつい口を開いてしまった、咄嗟に柱の影に隠れたが訝しげに少年が隠れた柱をロケット団の男が凝視する。
「……コイル、あの柱のとこ見て来い、攻撃するつもりでな」
わざと少年に聞こえる声でロケット団の男がコイルに指示を出す。
指示を出されたコイルはフヨフヨと柱の方へと浮遊して行き、少年は柱の影でゴクリと息を呑んだ。
(ヤバイ、ヤバイ! 見つかった、つーか攻撃するつもりってあいつトレーナーであっても容赦しないつもりなのかよ!?)
正確にはトレーナー未満の少年だが、そうこうしてるうちにコイルは着実に少年へと迫る。
ジリジリと次第にコイルと少年との距離は詰められてゆき、そして残り距離一メートル付近といった所で、
「す、すいません!」
勢いよく柱を飛び出して少年は深々と頭を下げた。
同時に面食らった様にコイルとロケット団の男が固まる。
「今あった事は誰にも言いません、どうか俺を逃がしてください!」
頭を下げたまま早口に少年は言った。
どうやらよほど危険な侵入者を予想していたらしいロケット団の男は一瞬呆気に取られるがすぐに建て直し、
「あぁ? なんだガキかよ、ってか何でお前はこんな所にいやがったんだ?」
少年の周りをコイルがフヨフヨと浮遊する、まるで威嚇するかの様に。
ロケット団の問いに顔を上げた少年は愛想笑いを浮かべて、
「え、えーと、えへへ……ちょっと道に迷ってしまった的な、ちょっとした探検心冒険心もあったり的な」
ペラペラと嘘八百を並べる少年、だがその言葉に信憑性は無くても一向にポケモンを出して反抗して来ない少年の態度にロケット団の男は、
「……それが本当かどうかはどうでもいい、それよりお前まさかポケモンの一匹も持って無いのか?」
「えーと、はい、えへへ、お恥ずかしながら」
低姿勢で愛想笑いを浮かべて頭に片手を回す姿は完全に脇役Aの姿である。
だがそれもこれも生き抜くため、現実銃持ったマフィアに見つかったら媚売り売りで対応するしか無い(少なくともこの少年はそうする)、今はそんな状況なのだ。
「……ふん、お前の様なポケモンも持てないヘタレが何を見た所で関係無いか、俺の気が変わらないうちにさっさと行くんだな」
「へい、ありがとうございやす!」
「ッチ、返事だけはいいんだな」
まるで汚物でも見るかの様な目でロケット団の男は少年を見る。犯罪者にこんな目で見られる少年は、きっとそれほどまでに相手の眼には汚く映っているのだろう。
だが少年はそんな事分かってるはずなのだが、理解出来る頭を持っているはずなのだが、少しもヘコたれる様子も無く背中を見せた。
それは自分が敵わないと自覚しているからか、どう頑張っても
それは分からないが、背を向けたまま少年はポツリと呟いた。
「ん、なんだって?」
声量が小さかったので聞こえなかったらしいロケット団の男が聞き返す。
少年は再び振り向いて、ロケット団の男の傍にある小さな檻と、倒れ起き上がろうとするピカチュウを交互に見る。
「……所で、その"ピカチュウとイーブイ"どうするつもりなんですか?」
「あ? 何でお前なんかにそんな事教えなきゃならねぇんだ」
「いいじゃないですか冥土の土産という奴ですよ、まぁ死ぬって訳じゃ無いですけど」
「……まぁお前に教えた所でどうにかなるって訳じゃ無いからな……こりゃあ商品だよ商品」
「商品?」
「あぁ、ピカチュウとイーブイといやぁ珍しくて人気が高いポケモンだからな、欠陥品の処分も出来て一石二鳥なんだ」
ピクリと少年の右手の人差し指が動く。
「……欠陥品?」
「あぁそうだ、その倒れてるピカチュウは電撃が出せなくて、イーブイに至ってはどう頑張っても進化しねぇんだ、どの"進化の石"を試しても進化しねぇ」
「……どうしてそんな事に」
「そりゃあ俺達ロケット団の実験でだ、ピカチュウは電力供給のエネルギーにしてたらいつの間にかって訳だしな」
「……そうかい」
流れる様に喋ったロケット団の男は気づかなかった、少年の右手が、開いた掌が拳に変わっていた事に。
「だったら、その二匹、俺が貰いますよ」
「……あぁ?」
視線は下げたまま、ロケット団の男の方へ少年は歩き出した。
ポケモンも持ってない生身の人間に、やはりロケット団の男は警戒心を示さない。
「なーに言っちゃってんのお前?金ある?金あるなら別に売ってやっても構わねぇけど」
「……あー、金なんて無いですね」
「だったら却下だ却下、ガキはさっさと家にでも帰ってろ」
「分かった、交渉決裂だなクソ野郎」
「え?」
途端に口調が変わった少年にロケット団の男は目を見開いた。
そこにあったのは先程までのヘタレた少年等では無い、まるで無色透明だった色が燃える様な赤に変わった少年の姿だった。
「っな! お前!?」
「テメェが何を言おうが関係ねぇよ!」
歩みを走りに変えて少年はロケット団の男目掛けて突進して行く。
「まずは歯ぁ食いしばりやがれ!そんでもってテメェボコってこいつら解放して全部丸く解決してやっからなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
咆哮を上げながら少年は握り締めた拳をそのままロケット団の男に突っ込んでいく。
「何だこいつ突然豹変しやがって!?コ、コイル!"でんきショック"だ!」
しかし、少年がロケット団の男に届く前に、少年の周りを浮かんでいたコイルへと命令が下された。
コイルはロケット団の男のポケモン、それがどんな命令でもコイルは淡々と実行する。
本来ポケモンが受ける技を、少年はモロに食らったのである。
「っが、があぁぁぁ!!」
体中を電流が駆け巡った。
焼ける様な痛みと痺れが少年の意識をどこか遠くへ持って行こうとする。
「…っがは!?」
しかし少年は意識を手放さなかった、コイルがでんきショックを撃ち終わり煙を上げながら黒々となった少年をロケット団の男は信じられない物でも見るかの様な目で見つめる。
「お前一体どういうつもりだ? あのまま帰ってたらそんな目には合わなかったんだぞ?」
「どういうつもり……だって? あぁそうだなどういうつもりなんだろうな、正直突発的に動いたから俺でも訳分かんねぇよ」
「…何?」
少年の言葉の真意が理解出来ないと、ロケット団の男は忌々しげに少年を見る。
一方少年は霞む視界の中に映る二匹の影へと視線を向ける。
檻の中で震える薄汚れたイーブイと、傷だらけで不思議そうに少年を見つめているピカチュウ。
「ただな、今ここであいつ等見捨てて逃げる……なぁんて選択肢が出てこなかっただけだよ」
「……」
「そんな選択肢が出てくる前に、足が動いてたんだ……なら!」
再び少年は走り出す。
「しょうがねぇよなぁ!?」
「"でんきショック"」
無慈悲に単調に作業の様に、ロケット団の男はコイルに命令を下す。
次いで再度でんきショックが少年を襲った、焼ける様な痛みが再び肌を焼き、少年の体力を削る。
「……終わりだコイル」
掛け声と共にコイルは放電を止める。
そしてすぐに、ドサリという音が建物内で木霊し、少年は床に突っ伏しる。
「……よし、さっさと仕事を……」
言いかけた時、ロケット団の男の視界の隅でピカチュウが動いた。
そのピカチュウは電撃を使えない、だが言い換えれば電撃以外の攻撃は出来る。
すぐにコイルに指示を出そうとしたが、ロケット団の男はそれを取りやめる。
「……ピカ、ピカチュ…?」
倒れた少年の方へとあのピカチュウが寄って行ったのだ。
「ブイ!」
それにつられる様に檻の中からもう一匹も飛び出した。
イーブイはピカチュウの傍へと寄って行くと、倒れた少年を心配そうな素振りで見つめている。
「ピ……ピカ?」
「ブ、ブイ!?」
少しだけロケット団の男はその光景を見つめた。
ロケット団の男は――この男は知っていた。
今少年に寄り添う様にしているポケモン達は、実験とその為の電力供給にと人間達に酷使されて来たポケモン達だ。
だからあのポケモン達が人間に懐く事は絶対に在り得ない、今の今までそう思ってきた。
だが目の前には一人の少年を気遣う二匹のポケモンがいる、現実としてそこにいるのだ。
「……これは」
その光景を見て、ロケット団の男の心の波が揺れた。
下っ端とは言えない、だがしかし幹部とも言えない微妙な立ち居地のこの男は目の前の光景に笑みを浮かべた。
――尤もその笑みは暖かい、なんて事は無い冷たい冷笑だったが。
「使えるな、あのガキ……上手くやればあの二匹をもっと高額で売り捌けるぞ」
反省の色等無し、否まずそんな心情この男の中には存在しなかったのだ。
あるのはただの物欲、出世欲、"無くなってしまった"ロケット団を再興し、その暁には自分が幹部入りするという夢のみ。
「よし、コイルまずはあの二匹を回収し……何だその目は?」
気づくとピカチュウとイーブイが視線をロケット団の男へと向けていた。
しかもそれは先程までの弱々しい弱者の眼じゃない、火が点いた様な闘志溢れる瞳だ。
まるで先程の少年の様な変化。
「ふ、フハハ! お前等弱小ポケモン如きが、この俺様に歯向かうというのか!?」
「ピッカ!」
「ブイ!」
「っふ、完全に臨戦態勢をとっているな……これもそのガキの影響なのか?」
二匹の傍で倒れる少年へと目を向けた瞬間、二匹のポケモンの戦闘意欲が更に膨れ上がる。
「ふむ、そうだな、仕方無い、せっかくの商品だが楯突くというのなら仕方無い……バトルで徹底的に教育してやる必要があるな! 現れろリザード!」
二匹対一匹、それも最近捕まえたばかりのコイルでは少々分が悪い――とはこのロケット団の男は全く思っていなかった。
いくら二匹対一匹と言えど相手は碌な戦闘経験も無いイーブイと電撃が使えない役立たずのピカチュウのみ。
正直負けるなんて思わないがとりあえず駄目出しでもしてやるか、それ位の軽い気持ちでロケット団の男は追加のポケモンを出したのだ。
そしてポンっと軽快な音と共に表れたのはリザード、しかしその色は普通の赤では無く煌くオレンジに近い色をしている。
「ふん! 驚いたか雑魚共、俺のリザードは特注中の特注よ、ロケット団の中でも色違いのポケモンなんて扱うのは俺ぐらいのものだぜ」
自慢気にそう言うロケット団の一瞬の隙を、ピカチュウは逃さなかった。
「ピッ!」
元々高速戦闘が得意だったこのピカチュウ、素早い動きで高くジャンプしたかと思うと、そのままの勢いでしっぽを宙に浮遊するコイルへとたたきつけた。
「ッチ、"たたきつける"攻撃か!」
気づいた時にはもう遅い、ピカチュウの尻尾で叩かれたコイルはそのまま地面に直撃、そのまま一瞬で戦闘不能へと陥る。
「……ふん、まぁいい。こんな役立たず、"フラッシュ"に使った後はすぐに逃がすつもりだったしな」
そう言ってロケット団の男はコイルのモンスターボールを地面に落としたかと思うと、右足を勢いよく振り下ろした。
当然の様にボールには亀裂が入り、果てに完全に破壊されてしまう。同時に、帰る場所が無くなったコイルは傷ついた体のままどこかへと彷徨い去ってしまう。
「……!、ブイ!」
「あ? なんだイーブイ、この俺様を非難しようってのか?」
「ッ、ィ……」
抗議の声を上げようとしたイーブイだが、男に睨まれた瞬間震え下がってしまう。
「はん、ポケモン如きが人間様に意見しようなんぞ百年早ぇんだよ、リザード"ひのこ"!」
元々イーブイに戦闘経験は皆無だった。
加えてピカチュウは電撃が使えず傷ついてもいる。
勝負は一瞬でほぼ決着はついた。
「……残りHPも僅かってとこだろ、ったく余計な仕事を増やしやがって」
ボロボロの二匹と一人を見下ろしてそう独り言を呟く。
立っている者はロケット団の男と彼のポケモンしかいない。
だからこその独り言だったのだが、
「……そうか、残りHPが、僅かも……あるのか」
その独り言に、途切れる声で少年は返す。
「……ッち、また仕事が増えやがる」
そしてロケット団の男もまた、面倒そうに忌々しげに呟いた。
「……ピカチュウ、イーブイ……やれないなら無理しなくていいぜ……ただ、な……もしもう少し頑張れそうなら………」
ピクリと、二匹の体が動く。
「あと一度だけ、頑張ってくれるか?」
「……ピ!」
「……ブイ!」
立ち上がる二匹の姿に満足そうに少年は微笑んだ。
そしてそんな光景をロケット団の男は呆れる様にため息を吐く。
実際、相手はほぼノーダメージで加えて力量(レベル)差も激しいポケモンが一匹で、此方はボロボロのポケモンが二匹。
どう考えたって勝利はロケット団の男のもの、百人が百人そう言うだろう。
「一撃で決める! ピカチュウ"たたきつける"だ!」
「ピカッ!」
長期戦は返って此方が不利、少年はそう判断したのだ。
しかし、そんな当たり前の戦法じゃこの戦力差はひっくり返せない。
「甘いわガキが! リザード返り討ちにしてやれ!」
当然ロケット団の男はそう来るはずなのだ。
まずは目の前のピカチュウの処理にと、
「だから"今"! イーブイ、トレーナーに向けて"たいあたり"!」
最早反則だな、と内心苦笑を浮かべつつ少年はイーブイに指示を出す。
少年から指示を受けたイーブイは精一杯の力でロケット団の男へ"たいあたり"をする――が、
「分かってんだよそう来るのはな! "リザードは倒さない"って選択でしか俺には勝てないって事はな!」
少年の作戦は完全に見破られていたらしい、不意打ちを完全に見切られていたイーブイの攻撃ははずれ、何も無い空を切る。
「わはは! これで止めだ! リザード"ひのこ"!」
リザードの口から無数の火の粉が飛び出してくる。
"ひのこ"、と言ってもそれはポケモンを倒す為に使う技だ、当然通常の"火の粉"程度の威力しか無い訳は無いのだが、
「かはっ! お前は避けるか! いいぜいいぜ、だが俺は!」
ピカチュウを庇う様に前へと出た少年にひのこがクリーンヒットする。
少年の服に焦げ目がつき、少年はよろけるが、作った笑みは崩さない。
「"あえて受けよう"!」
「何!?」
笑いながら少年はリザードをガッシリと掴んだ。
突然の少年の奇行に流石のリザードも動揺を隠し切れず必死に少年を振りほどこうとするが、少年のどこにそんな力が残っているのか中々少年はリザードから離れない。
「今だピカチュウ! イーブイ! "たたきつける"と"たいあたり"だ!」
「……ピッ!?」
少年の命令に一瞬耳を疑うピカチュウだが、
「早くしろよイエローネズミ! こちとらそろそろ限界なんだよクソッタレが!」
叱咤する少年の声と表情でピカチュウも覚悟を決める。
すかさずジャンプし、ピカチュウはリザードへと狙いを絞る。
「……ば、馬鹿かこいつは!? え、ええい止めだ止め! こんな頭のおかしいガキなんているか! リザード"ひのこ"だ! そのガキに止めをさせ!」
命令を出されたリザードは少年目掛けて大きく口を開けるが一瞬硬直する。
「早くしろリザード! "ひのこ"だ!」
だがリザードも躊躇うがやはり此方はトレーナーと持ちポケモンの関係、トレーナーの指示なのでリザードは言う事を聞く。
「っが!」
次々と"ひのこ"が少年を襲う。
その瞬間にも、ピカチュウが"たたきつける"の技を上空から繰り出す。
更にひのこが少年を痛めつける、ここまで来るとリザードもやけなのだろう、ピカチュウが段々と迫り来る毎にリザードの"ひのこ"は強さと速さを上げていく。
そして、
「……ピッカ!」
ピカチュウの渾身の"たたきつける"がリザードの頭と、少年の肩に決まった。
リザードと少年は同時に倒れ、またピカチュウも今の一撃で全体力を消費したのか倒れ込んだ。
残るは生身のロケット団の男と、
「ブイ!」
「っな!?」
"たいあたり"の命令を受けたイーブイだけだった。
「っく、リザード戻……って
「ブイ!」
仕方なくリザードを戻して撤収しようとするロケット団の男だが、イーブイが邪魔でリザードが回収出来ないらしい。
それでも珍しい色違いのリザード、ここで無くすのは惜しいのだろう、根気良くボールを翳すが、
「ブイ!」
イーブイのたいあたりがロケット団の男の右手、と同時にリザードのボールにも直撃した。
「しまっ!」
ボールの機能が完全に停止する。これで彼はリザードをボールに戻せなくなった。
そして一緒に右手も負傷――、
「ッくしょう! 仕方無ぇ、こういう事ならもっと装備を整えてりゃあ!」
頃合と見たのだろう、ロケット団の男は脱兎の如くイーブイに背を向けて走り出した。
「ブーイ!」
背中にイーブイの声が刺さるが気にしない。
必死に建物、トキワジム跡を走るロケット団の男はとうとう出入り口の扉へとたどり着いた。
視界の端に最初に少年が背中を預けていた銅像を入れながら、扉へと手を伸ばして。
「フッシー、つるのムチ!」
また別の少年の声が彼の耳に届いて、そして彼の悲鳴がジムに響き渡るのだった。
イエローも可愛いけどサカキさまもカッコイイと思います。