ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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十二話『vsハクリュー 二体のエース』

 

「ヤドンさん! ねぎま!」

 

 クリアが二体のポケモンを繰り出し、ワタルもそれに応じる。

 クチバの港でワタルのハクリューを圧倒したヤドンさんだったが、今はむしろ逆だった。

 

「ふん! そんなものか、ハクリュー"はかいこうせん"!」

「ッチ、ヤドンさん"かいりき"で弾き飛ば」

「ならもう一本はどうだ!?」

 

 ハクリューから放たれた縦横無尽に動く"はかいこうせん"を見極め、それを弾き飛ばそうとするヤドンさんにもう一本の"はかいこうせん"が直撃し、それに怯んだ直後更にもう一発が当たる。

 元々ドククラゲ(レヴィ)程の耐久力がある訳でも無く、ましてや進化してる訳でも無いヤドンさん、いくらその実力が高かろうとハクリューの"はかいこうせん"は一気にヤドンさんの体力を奪っていた。

 直撃を貰って涙目で肩膝をつくヤドンさんに駆け寄るねぎま、ねぎまもねぎまで対応しようとはしたのだが、流石にねぎまでは変化する"はかいこうせん"は捉えられなかったのだ。

 

「ヤドンさんっ!」

「ふん、悔しければ反撃してみろ」

「……だったら今すぐ降りてきて戦いやがれぇ!」

「どうして自ら安全圏を放棄する様な事をせねばならんのだ、むしろ貴様がハクリューに向かってくればいいだろう!」

 

 そう言ったワタルのハクリューは今だ空中に漂い、安全圏から"はかいこうせん"を撃って来る。

 対するクリアサイドのポケモンはヤドンとカモネギ、一見対等に戦えそうな面子だが、

 

(……ねぎまは"空が飛べない"!)

 

 ここに来てそのねぎまの欠点が大きく出ていたのだ。

 いくら強くても、強い技を持っていても、当たらなければ意味が無い。

 宙に浮くハクリューに対する明確な攻撃手段がクリアには無かったのである。

 

「何故貴様のカモネギが飛べないか等オレにはどうでもいい、だがそうして地べたを這い蹲るのみというのなら、大人しくオレのハクリューに倒されろ!」

「……だが嫌だね! ねぎま"みがわり"だ!」

 

 クリアが叫んで、ねぎまが実態のある分身を作り出し、その分身に"はかいこうせん"が直撃する。

 

「"みがわり"か……だが時間稼ぎにもならんぞ!」

「ッ! ねぎま! ヤドンさん!」

 

 たったの一度で"みがわり"は破壊された。

 そして再び"はかいこうせん"の雨、爆撃の様な攻撃に白く煙が立ち、そして次に煙が晴れた頃には、最早戦闘不能になったヤドンさんの姿があった。

 

「ヤドンさん!」

 

 叫んで、クリアは走った。

 追い討ちを掛けるが如くもう一発"はかいこうせん"を撃つハクリュー、だが光線が到達する一瞬前に、ヤドンさんを抱えギリギリの所で滑り込みそれを避けるクリア。

 

「どうやらそのヤドンはもう使い物にならないらしいな、貴様のヤドンの"強さの秘密"その真骨頂とも言える"反射速度の高さと見極める能力"も同時多角攻撃には無意味だった様だしな」

「……気づいてやがったのか」

 

 ワタルの言葉に悔しそうな表情を見せるクリア。

 そう、ワタルの言う通りヤドンさんの強さの秘密はそのレベルの高さでは無い、真に注目すべきはその反射神経と観察眼の高さ。

 レベルこそヤドンさんは高いが、それでもそこは進化していないヤドン、ワタルの鍛えられたハクリューと互角以上に戦えていたのは、クチバでの圧倒的な強さの秘密はそこにあったからこそなのだ。

 ワタルの"はかいこうせん"の軌道や光線のどこを叩けば、無数にいたヤドラン達のどこに攻撃すれば最も効果的か、そして視覚外からの攻撃にも対応出来る反射神経、それがヤドンさんの強さの秘密だったのだ。

 

「当たり前だ、クチバ湾で負けたあの時からオレは貴様のヤドンには必ず"二体"のハクリューで相手どろうと決めていたのだ!」

 

 一対一の戦いならばヤドンさんにも勝機があっただろう。

 だが相手が二体となると途端に処理しなければいけない情報量は倍となる、さらに常に動く戦況の中、二体の行動や弱点を見極めながら戦うのは至難の業だ。

 まして此方の攻撃は当たらず、向こうの攻撃のみが続く、疲弊は判断力を鈍らせ、一対の攻撃に反射的に対応出来ても別の攻撃には対応出来ない。

 

 正にヤドンさん封じの戦法をワタルは取ったのである。

 

「……この状態じゃもう戦えないな、休んでてくれヤドンさん」

 

 ハクリューの"はかいこうせん"を何発も食らったのだ、最早ヤドンさんは戦える状態では無い、クリアは静かにヤドンさんをボールへと戻した。

 

「勿論、そのカモネギを狙わなかったのもまずは厄介なヤドンからと決めていたからだぞ、それ程までにオレはあのヤドンを評価していた!」

 

 素直な賞賛の言葉も今のクリアには皮肉に聞こえた。

 残されたねぎまが申し訳無さそうにクリアを見上げる。

 

(……どうする、正直こんなに早くヤドンさんが倒れるのは予定外だったぞ!?……残りのワタルのチームはギャラドスとプテラ、エースとレヴィも苦戦してる様だし、正直戦力差がここまでだったなんて……!)

 

 元々クリアの作戦はエースとレヴィ、そしてヤドンさんを本命として残りのポケモンでサポートしながらワタルのポケモンを各個撃退するのが作戦だった。

 だがここに来て、まずはエースとレヴィで厄介そうなリザードンとカイリューを引き付けておいて、残りはヤドンさんと他のポケモン達で撃退する作戦に変更した。

 ハクリュー程度なら余裕で倒せる、その油断が今回の結果を招いた、完全にクリアの判断ミスである。

 

「もう諦めたらどうだ? 言っておくがもし先の二匹の戦いが互角だと思っているのならそれは単なる思い違いだぞ?」

「……そんな事、まだ分からないぞ!」

「ふん、その内分かる……どちらにせよ、オレはオレの目的の為に動くだけだからな」

「……目的、だと?」

 

 ワタルの目的、思えばクリアもイエローもそれを知る機会が無かった。

 成行きでレッド捜索に出て、四天王と戦い、流されるがままに今ワタルと戦っているのだ。

 それを知ってか知らずか、ワタルは口を開く。

 

「そうだ! 造り変えるのだ! ポケモン達の住み易い世界へ、今の世界を壊して新しい世界へと! 身勝手な人間は全て滅ぼしてな!」

 

 それがワタルの目的、ワタルはこれまでイエローと同じ能力(ちから)で色々なものを見てきた。

 ポケモンの視点から、人の勝手な都合で居場所を奪われ、傷つけられるポケモン達を。

 

「……」

 

 そしてそんな事件に思い当たりのあるクリアも思うところがあるのだろう。

 クリアの手持ちのうちの二匹、PとVは元々ロケット団の実験体だった。

 ただ利益の為だけに――二匹もまた被害にあったポケモン達なのだから。

 

「どうだ? 貴様さえ良ければ仲間にしてやってもいいぞ? オレの目的には同士は多ければ多い方がいい」

「……俺は」

 

 それは新たな可能性か、はたまた悪魔の囁きか。

 PとVがどれだけ苦労して来たか、少なくともクリアは知っているつもりだ。

 電気技が使えないにも関わらず今だ"10まんボルト"を覚えているPや、時折見つける"進化の石"をとりあえず試すよう急かしてくるVがその証拠だ。

 そんなポケモン達が増えないのならば、むしろそれは良い事では無いか?――そんな考えがクリアの中を渦巻く。

 これが一度死ぬ前のクリアだったならそんな考え一蹴していただろう、だが一度命を落としたその時、彼は救ったのは虹色に輝くポケモンだった。

 

 ポケモンに救われた彼は、最早ポケモン達にただの他人の様な感情は持てなかったのだ。

 

「……俺は……!」

「違うよ! そんなの間違ってる!」

 

 迷いながらも言おうとしたクリアの言葉はイエローの叫びにかき消される。

 

「確かに人間が勝手な事をしてポケモンが住処を失ったり、食料を失ったり……そういう場所をボクはこの旅で沢山見てきた!……でもだからといって人間を滅ぼしていい理由にも、街を滅ぼしていい理由にもならないよ!」

「……イエロー?」

 

 明確な意思を持ったイエローの言葉。

 クリアの瞳に、小さな彼が初めて大きく見えた瞬間である。

 

「それにこの戦いの中でも沢山のポケモン達が傷ついているんだ……ポケモンは人殺しの道具じゃないよ!」

「……黙れ!」

「黙らないよ! ボクは本当は戦いが嫌いなんだ、ポケモン達は大切な友達だから……傷つくのも傷つけるのも嫌なんだ……貴方も、そんなにポケモンを大切にしてる貴方もきっとそうなんでしょ? ポケモン達は大切な友達なんでしょう!?」

「う、うるさい! ハクリュー!」

「ッ!……ぶねぇイエロー!」

 

 再度発射されるハクリューの"はかいこうせん"、狙いはイエロー。

 咄嗟にクリアはイエローを抱えその攻撃を避けた、さっきまでイエローのいた場所に光線が当たり、蒸発音が発生する。

 その光景を見て、思わずクリアの顔は強張った。

 勝機はもう絶望的、負ければ死、そんな非情な現実がクリアの心を蝕んでいく。

 そしてその顔に絶望の色が広がり始めたその時だった。

 

 

 

「……諦めちゃダメだよクリア」

 

 

 

 ショックに打ちひしがれそうになるクリアに、そんな言葉を掛ける人物が一人。

 イエローである。

 

「エースとレヴィはまだ戦ってる、ねぎまやPとVだってまだ残ってるんでしょ? だったらまだ大丈夫……ボクだっているんだから!」

「イエロー……」

 

 優しい笑みを浮かべそう言ったイエローも自分の手持ちを全てボールから出す。

 元から出ているピカに加え、ラッタにドードー、キャタピーにゴローン、オムナイト。

 

「……ははっ、こりゃあ頼りになるわ」

「む、それ本心? それとも皮肉?」

 

 お世辞にもワタルに対抗出来るとは言えないチームだが、今のクリアには何よりも頼もしく思えた。

 だがいつもの軽口だと思ったらしくイエローは頬を膨らませている、そんな仕草の一つが、クリアの中に消えかけていた闘志を復活させる。

 

(最悪"にげる"って選択肢も用意してたけど……勝負の最中に背は向けられないよな……)

 

 もうレッドに会うという目的は達成していた、その無事も実はクリアがここで四天王と戦う理由というのは当に消えていたのである。

 正義の為に動くカツラや、グリーンや他の者達の様にそれぞれの目的でこの島で戦いを繰り広げる者達。

 その誰とも、今のクリアとイエローの目的は違っていた。

 

「なぁイエロー」

「何、クリア?」

 

 ガァンッ!という大きな音が聞こえた。

 直後に同じ様な音、先程のワタルの言葉が現実となった――戦っていたレヴィとエースが吹き飛ばされてクリア達の方へ戻って来たのだ。

 ヤドンさん程では無いがボロボロである、いくら強いからといっても相手は四天王のポケモン達、もう一歩の実力差が届かなかったのだろう。

 悔しそうに再び突撃しようとする二匹を、クリアは手で制した――いつもならクリアの言う事をあまり聞かない二体だが、何故だか今はクリアの制止に従う。

 

「お前は、どうして今ワタルと戦っている?」

「クリア、突然どうし……」

 

 その問いの意味を理解出来ず一度聞き返そうとするイエローだったが、クリアの真剣な表情を見て躊躇い、そして答える。

 

「……ボクはワタルを止めたいんだ、同じ能力(ちから)を持つワタルを、そして皆を守りたいんだ!」

 

 そんなイエローらしい答えに、クリアは安心しきった様な表情を見せた。

 主力を一体失い、残り二体もHPは僅か、そして相手はフルメンバーに加えてワタルのポケモンを回復させる力もある。

 戦況は絶望的だった、そんな絶望の中で、クリアはワタルの先程の問いかけに答える。

 元の自身に満ちた表情で、ニヒルな笑みを浮かべながら。

 

「よぉワタル……さっきのテメェの提案だが、答えはノーだ!」

「……何?」

 

 ワタルにとってもその答えは予想外だったらしい。

 当然だ、今この状況でワタルの提案を断るという事は命を投げ出す様なものだから。

 散々四天王に命を狙われてきたクリアだ、仲間にならないのならばむしろ四天王にとって邪魔な存在でしかない、生かしておく理由も無いからだ。

 

「言葉の通りだバカヤロー! たった今俺にも、"戦う理由"ってもんが出来たからな!」

「戦う理由だと?」

「あぁそうさ!」

 

 言ってクリアはいつかの様にイエローの麦藁帽の上に手を乗せた。

 だがそれは乱暴にでは無く、あくまで手をそっと置くといった感じに、

 

「こいつがテメェと戦うってんだ、理由なんざそれで十分だよ」

「……馬鹿か、貴様」

「馬鹿で結構!」

 

 クリアの叫びに感化される様に、吹き飛ばされたエースとレヴィの二体も立ち上がる。

 立ち上がって、クリアの半歩後ろ、右と左につく。

 その姿はまるで、主に付き従う兵、忠臣。

 

 

 

「こいつが"皆"を守るって宣言したんだ!……なら俺は、"皆"を守る"こいつ"を守る!」

 

 

 

 クリアの言葉にイエローは目を見開きクリアを見る。

 当然、その視線にクリアは気づかない、今もワタルに視線を定める。

 

「……フン! いいだろう! ならば望むがままに、死ねクリアぁぁぁ!」

 

 "はかいこうせん"、ワタルのチーム全員が同時に破壊の光線を放つ。

 クリアとイエロー目掛け、だがそんな攻撃の前でも、クリアはイエローの前から動かない。

 

「ピ、ピカ! ゴロす……」

「エェェェェェェェェェス!!」

 

 咄嗟に対応しようとしたイエローだが、途端に叫んだクリアの叫びにその声はかき消される。

 それこそ今までに無い位、これだけの大声を出したのはクリアもきっと初めてだろう。

 呼ばれたエースはクリアの前に立つ、その姿はまるで主を守る剣そのものだ。

 

「む、無茶だよクリア!? エース一人でそんなっ!?」

「無茶で構わない!」

「クリア!?」

「どうせこのまま常識に囚われたままじゃワタルは倒せねぇんだ! ならいっそ、そんな常識ぶっ壊す!」

 

 クリアの心に色が広がる、無色が燃え滾る赤に変わって、

 

「無茶を通せ! 常識を壊せ! 限界を超えろエース! そこまで俺が、"導いて"やる!!」

 

 そしてエースの咆哮と共に、クリアの心の色が激しく燃える"青い"炎へと変わり、その高まる炎の温度によって尾の周りの岩が溶け始める。

 

「行っけえぇぇぇぇぇぇぇ! エェェェェェス!!」

 

 黒い火竜の尾の炎の色が青に変わる。

 青い炎はその輝きと大きさを増して、ついにはエースの体とほぼ同等まで燃え上がる。

 特性"もうか"、この現象はきっとそれに当たるのだろう、尤もこの現象は、特性なんてものを遥かに上回るパワーを出しているのは確実なのだが。

 そして、この次に出される技は――、

 

「"かえんほうしゃ"!」

 

 次の瞬間、六体の竜の"はかいこうせん"と、エースの"かえんほうしゃ"がぶつかり合った。

 拮抗は――しなかった。むしろ押されていた――六匹同時"はかいこうせん"の方が!

 

「っな!? なんだこの威力は!?」

「知らねぇよ! んな事はどうでも良い! 今大事なのはテメェを止めて皆を守って、そしてイエローを守る為の力、それだけだ!」

 

 ワタルが驚く通り、それは唯の"かえんほうしゃ"では無かった。

 本来なら特別な修行が必要な技、"ブラストバーン"、それをクリアとエースは本人達も知らないまま体現してしまっていたのだ。

 まるで最初からそうなる様に出来てたかの様に、まるでエースの中の可能性がクリアによって"導かれる"様に。

 

「っく! カイリュー!」

 

 ワタルの指示で、カイリューの"はかいこうせん"が軌道から外れる。

 そしてそのまま別方向から攻撃動作中のエースを狙った、真横からエースを狙撃しようという思惑らしい。

 ――だが、

 

「レヴィ!!」

 

 光線とエースの間、当たる直前でレヴィが体を滑り込ませる。

 もはや体力も限界、その"はかいこうせん"だけで瀕死は必死なはずだが、それでもレヴィは倒れない。

 

「っ何!? お、押せぇ!奴等はもう虫の息だ! 押し切ればオレの勝ちだ!」

「押し切れば?……それはこっちの台詞だぜクソヤロウがぁぁぁ!!」

 

 更に大きく闘志を燃やすクリアの心が伝染でもする様に、エースの青い炎は更に大きくなり、レヴィはついにカイリューの"はかいこうせん"を弾き飛ばす。

 

「ば、かな……」

「……これで、終わりだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 そして遂に、エースの炎が光線に押し勝った。

 "ブラストバーン"がモロにワタルとそのポケモン達に直撃する。

 地が裂け、マグマが更に活性化され、そしてワタルは、

 

「ムウ!? マグマかっ!?」

 

 地盤が緩み、ワタルの足元が崩壊して、そしてそのままマグマの中へと消えていくのだった。

 

 




 今回のvsハクリューのハクリューは二体目という意味です。
 そして今回の言い回しは少しだけグレ○ラガンを意識していたり、クリアの「"皆"を守る"こいつ"を守る」とか……相変わらずくっさい事言いやがるなこいつ……。

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