ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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十三話『vsプテラ 飛べない鳥』

「……終わった、のか?」

 

 マグマの中に消えていったワタルを見てから、クリアはポツリと呟いた。

 

「……クリアっ!?」

 

 ドサリ、と音を立ててクリアは倒れる。

 クリアの外見に特に目立った外傷は無かった、強いていればワタルのハクリューの"はかいこうせん"からヤドンさんを庇った時に出来た擦り傷程度。

 にも関わらず、酷い疲労感が今のクリアを襲っていた。

 

「ちょ、ちょっとどうしちゃったのクリア!?」

「……疲れた」

「……へ?」

 

 恐らくカンナ戦の時の記憶が蘇ったのだろう。

 狼狽するイエローに倒れたままクリアは呟く。

 そしてすぐに起き上がろうとするがまだロクに力が入らないらしい、まるで生まれたての小鹿の様にプルプルと足が震えていた。

 

「のわっ!?」

「クリア!?」

 

 再度倒れそうになったクリアをイエローが慌てて支える。

 それでどうにか体勢は整えれたらしい、危なっかしくもイエローに支えられ少しは安定しながら何とか二本の足で大地に立つ。

 

「大丈夫クリア!? もしかしてまた怪我してるんじゃ……」

「……大、丈夫……本当にちょっと疲れただけだから」

 

 確かに今のクリアの表情からその疲労感は伺えた。

 だが同時に確かにクリアにこれといって目立った外傷が無い事も彼を真近で支えるイエローは確認し、一先ず安堵する。

 そして落ち着いた所で、イエローは辺りを見回した。

 案の定そこには最早疲労困憊のエースとレヴィの姿、それもそうだろう、先程の戦いは彼等も実力以上の力を出していたはずなのだから。

 

 だがその力が唯の奇跡で起こされたのか、それとも別の力が作用したのか、この時の誰にもそれは分からない。

 

「……とりあえず二体を戻すか、サンキューなエース、レヴィ」

 

 イエローに肩を貸された状態でクリアは言って、二体のポケモンをボールに戻す。

 

「……終わった、んだよな……?」

 

 恐る恐るといった具合にクリアは言った。

 当然だ、もしこれでワタルが生きていたら、まだ戦える状態ならば最早万が一にもクリア達に勝つ事なんて出来ないはずなのだから。

 クリアの主力は全てダウンし、イエローの手持ちははっきり言ってレベル差が酷い、戦力外というもの。

 その展開まで持ってくるだけでも、いや偶然持ってこれただけでもギリギリだったのだ。

 これでワタルが生きていたら、本当の本当に絶望しかない――そんなクリアに、

 

「いくらワタルでも、流石にマグマに飲み込まれたんじゃ……」

 

 はっきりとしない答えでイエローは答えた。

 彼もまた断定出来ないのだ、それ程までにワタルの力は圧倒的だったから。

 

「……今はこの事は忘れよう、そんな事より良いニュースがあるぜイエロー!」

 

 暗い話題から目を逸らして、無理矢理気分を上げながらクリアは言った。

 まだイエローに肩を貸して貰わなければ歩けない状態だが、先程よりも幾分かクリアを襲う疲労感も回復している。

 

「良いニュースって?」

「あぁ……実はさ」

 

 そう言いかけたクリアの背後で、二人の後ろのマグマがボコリと一瞬泡だった。

 

 

 

 その頃、各四天王と戦っていた三人の図鑑所有者達は三人とも各四天王に勝利し、図鑑の導きのもと一点へと集まりかけていた。

 ロケット団ジムリーダーの三人は四天王を撃破すると何処かへと消えてしまい、今は三人共――否レッド以外は単独行動をしていた。

 偶然戦いに参加したマサキを連れて、レッドは自転車を飛ばす。

 グリーンもリザードンに乗り先を急ぎ、ブルーもまた図鑑の音の意味を理解して先へと進んだ。

 "正しい所有者が持った図鑑が三つ集まる時"にのみ鳴る図鑑の音、三人の図鑑所有者達とマサキは先へと急ぐ、恐らくまだ戦っているであろうイエローの元へと。

 

 ――そして、もう一人は既にクリア達のすぐ傍に――。

 

 

 

「……それならもう知ってるよ?」

「……え、えぇぇ……ケホッ!」

「あぁクリア無理しない!」

 

 驚き叫びかけた所で咳込んで、慌てて心配そうに言うイエロー。

 そんなイエローに対しクリアは顔を青くしながら、

 

「大丈夫大丈夫、モーマーンターイ……」

「今にも消えそうな声で言わないで」

 

 いつもの調子で言われたクリアは、薄ら笑いでイエローに返した。

 後はもう帰るだけ、戦いは終わった、時が進むにつれそんな考えがクリアの中で大きくなっていた。

 

(帰ったらしばらく休むかな……)

 

 イエローじゃないけどとりあえずベッドに入って眠りたい、そうイエローが思った時だった。

 掌サイズの泡が彼等の目の前に浮かんでいた。

 

「ん? これって……」

「……嫌な予感がする」

 

 不思議そうに泡を見つめるイエローの傍で、クリアは苦笑いを浮かべ呟く。

 本当に本当の最悪の状況、確信は無いがそんな予感がクリアの中で大きくなって、思わずクリアは笑ってしまっていた。

 人間本当に絶望的な状況では、不思議と笑みが零れてくる事もあるのだ。

 本当にもう、

 

「ッ、ワタル!?」

 

 ――どうしようも無い状況では。

 

 

 ワタルが生きていた。

 その事実はイエローには驚愕を、クリアには絶望を与える。

 大きなシャボンの様な泡に包まれたワタルは火山の中から浮き上がって来て、そして丁度日の出の時間と重なったらしくその背に眩いばかりの日光が当たる。

 そして一度、パチンとワタルが指を鳴らした瞬間だった。

 

「泡が消えっ……」

「……ぐぅぁっ!?」

「クリア!?」

 

 突如目に見えていた泡が視界から消え、その次の瞬間にはクリアが悲鳴を上げていた。

 イエローが驚きながらクリアを見てみると、左腕を押さえながら苦しそうな表情を浮かべている。

 

「どうしたのクリア!?」

「……腕の骨が折れた」

「折れっ!?……って今は処置が先! ピーすけ!」

 

 イエローの判断は中々的確だった。

 うろたえるよりも先に、キャタピーの糸をクリアの腕に巻いて、骨を固定させるギブスを作る。

 だがそうしてる間にも、見えない泡の攻撃は続いていた。

 

「ねぎまっ!」

 

 その一つがねぎまに当たったらしい、まだ戦闘不能には陥っていないものの、その体には着実にダメージが積もる。

 

「ッチ、なんだよこの攻撃、全然見えねぇ……!」

「多分、光の三原色だよ……赤と緑と青の"バブルこうせん"が合わさって"無色"になって、それが太陽光を反射する透明球となってるんだ」

「……へー、中々頭良いんだイエロー」

 

 そんな状況でも軽口を叩く、というかもうクリアも笑いしか出ない。

 

「となると、溶岩から身を守ってたのもあのバブルか……ッハ! そういうのは漫画の中だけにして欲しいね全く!」

「……言ってても仕方無いよクリア」

「イエロー?」

 

 半笑いで言ったクリアにイエローは静かに言った。

 そしてクリアをその場に下ろし、自身のポケモン達と共に一歩前へ出る。

 

「……おい、何して」

「クリアは十分頑張った、だから次はボクの番だよ!」

「……イエロー?」

「今度はボクが、クリアを守るから!」

 

 そう言って振り向いたイエローの笑顔は――クリアには死亡フラグにしか見えなかった。

 冗談等抜きにして、太陽光を前に振り向き様の眩しい笑顔、縁起が悪すぎる。

 

「おいお前それ死亡フラグっぽい……」

「行くよ皆!」

 

 イエローは走り出す。

 同時にクリアのボールからPとVが出てきた、開閉スイッチにはどうやらねぎまが手を掛けたらしい。

 

「お前等、まさか俺を守る為に?」

 

 クリアの問いにすぐさま返事をして、三匹のポケモン達はクリアを囲み大きく技を奮う。

 "たたきつける"、"いあいぎり"、"スピードスター"、広く弱く放たれる技は辺りを漂うバブルをどうにか捉え、クリアへの衝突を防ぐ。

 だがそれが出来るのも、イエローの方にも数が裂かれ、バブルの数が激減している為だ、というより大半はイエローを狙っている。

 ワタルもクリアがもう満足に立つ事さえ出来ないのを感じ取ってるらしい。

 

「……大丈夫かよイエロー……」

 

 不安げに呟くクリア、その視線の先では今もイエローが数あるバブルから逃げ回っていた。

 パッと見闇雲に逃げ回り、過ぎた箇所でバブルが弾ける。

 そしてとうとうイエローが追い詰められた、崖から飛び降り、何とか人一人分あるか無いかの様な場所でその足が立ち止まる。

 

「ねぎま! 俺の事はPとVに任せてイエローの元へ行け!」

「!?」

「早く!」

 

 困惑するねぎまだがクリアに急かされ、急遽イエローの元へ向かった。

 それを確認しイエローの方をクリアが向き直ると、

 

「……なるほど、なるほど!」

 

 そこにあったのは見事にワタルのバブルを攻略しているイエローの姿があった。

 ワタルのギャラドスと二体のハクリューが織り成す無色の泡攻撃、その目に見えないバブルを先程逃げると見せかけて設置していたであろうピーすけの糸で泡の位置を特定し、ラッちゃんの髭で感知して、オムすけの水で通電性を良くした糸にピカの電撃を流し込みバブルを割る。

 良い作戦だった、クリアが見惚れる程に。

 

(……そう言えばあいつ、グリーンと一緒に短期間だけど修行したんだったな……なんだ、いつの間にかまた俺はあいつを足手まとい扱いしてたんじゃないか……)

 

 思い返してみれば、"守ってやる"発言も唯のクリアの自己満足だった事に気づく。

 実力が足らなくても頭でそれを補い、柔軟な発想で対応する。

 そしてここ一発の突破力もレッドのピカがいた、イエローはクリア以上にワタルと渡り合える戦力を持っているのだ。

 

(……師匠か、俺にもそんな人がいれば、ちょっとは強くなれるのだろうか……)

 

 クリアのポケモン達は十分強い、クリアはいつもそう言って来た。

 問題はクリア自身、心の底ではまだまだ自分が弱い事を、もしかしたらクリアは自覚していたのかもしれない。

 

 そしてイエローの作戦が上手くいき、とどめとばかりにゴロすけがドドすけをワタルへと投げ飛ばした。

 ドドすけの"ドリルくちばし"がワタルの泡に直撃する――が、

 

「技が効かないっ!? そ、そんな!?」

「作戦は良かったが……悲しいかなパワー不足だ!」

 

 ぐにゃりとバブルは凹むだけで一向に貫通しない。

 溶岩に耐えるだけのバブルなのだ、イエローのドドすけのレベルでは、貫通力ではまだ足りなかったらしい。

 悔しそうなイエローの顔と、余裕に満ちたワタルの顔がクリアの眼に入って、直後におかしな光景が目に入って、

 

「……はは」

 

 思わずクリアは笑みを漏らした。

 だがそれはあまりの絶望的状況におかしくなったからでは無い、更におかしな光景が目に入ってしまったからだ。

 それはドドすけの足元付近、妙にモコモコとした体毛に隠れてイエローやワタルからは死角になっていた場所。

 

 そこからヒョッコリと突き出ている一本のネギ(クキ)が目に入ったからだ。

 

「流石は意外性ナンバーワン……!」

 

 クチバの時はため息をついたけれど、今は疲れも忘れて高笑いすらしてしまいそうになった。

 

「ねぎまぁ! "いあいぎり"だぁ!!」

 

 ックエ!と元気よくドドすけの体毛から首を出したねぎまに、イエローはおろかワタルすらも驚愕の表情を示した。

 そしてその羽で持つクキで一閃、軌跡が残るような太刀筋をねぎまは一度振るった。

 

 瞬間、パチンっと拍子抜けする様な音と共に、ワタルが再び溶岩へと落ちる。

 が、これは流石に余裕がある、すぐにプテラの背に乗ってワタルは飛び上がる。

 それでも、今の一撃は瞬間的にイエローと、そしてクリアのねぎまがワタルに勝っていた証拠だ。

 その事実にワタルも気づいているのだろう、再びその視線はイエローからクリアへと変わっている。

 

「ね、ねぎまぁ!? いつの間にドドすけの体毛の中にいたの!?」

 

 イエローも驚きながらねぎまに聞くが、ねぎまからすればさほど重要な事じゃ無かったらしい。

 イエローはよくドドすけの背に乗って移動していた、だからねぎまもドドすけに乗ってればイエローの傍にいけると思い、ゴロすけに投げられる瞬間、ドドすけの体毛へと潜り込んだのだ。

 別にワタルを倒そうとか、イエローを助けようとかいう意思はそこには一切無い、ただの偶然――ねぎまの意外性が生んだ一つの奇跡だった。

 

 

 

「……やはりまずは貴様から消した方が良さそうだなクリア」

 

 しかし今の攻防でワタルはクリアを危険因子と再確認してしまった。

 最早動けないクリア等眼中から消えうせていたワタルの眼に、クリアの姿が再び止まったのだ。

 それも最悪な事に、もう動けないクリアの姿が。

 

「プテラ、"はかいこうせん"」

 

 無慈悲なワタルの声が聞こえた。

 その攻撃にイエローが気づいた時にはもう遅い、"はかいこうせん"はクリアの足元の地面を破壊し、先のワタルの如くクリアは溶岩へと重力に引きずり込まれる。

 ――前の一瞬前、一つの影がクリアの傍を駆けた。

 その影は少し離れた所でクリアと共に溶岩へと落ちそうになっていたPとVを抱え上げ、一瞬の所でその場を離れる。

 そして崩れ去る地、だが運が良かったらしくクリアはすぐに下の岩肌へと落ちた、さっきまでイエローがいた人一人分程度しか無いであろう場所、すぐ近くで溶岩が滾るがそれが届く事はまず無い。

 

「お前はっ…!?」

 

 突如現れた人物にワタルは警戒の色を示し、またピカもその人物を警戒する様に電気袋からチリチリと放電させる。

 そしてその人物に抱え込まれたPとVは――ただただ震えていた。

 

「……まさか、サカキか、ロケット団首領の!?」

「ほう、よく調べているな、お前とは会うのは初めてのはずだが?」

「……どうしよう、感謝しなくちゃだけどしたくない」

 

 今PとVがいた場所はクリアと違い、完全に溶岩に飲み込まれる位置だった。

 それを助けたサカキは言うならば二匹の命の恩人――が、一方で彼等の生を狂わした張本人でもあった。

 その証拠に、二匹のポケモンはサカキが降ろした直後も震えていた、Vは仕方無いとしても、初めてクリアが会った時、ロケット団残党に果敢に立ち向かっていたあのPすらもだ。

 それ程までに、この男がこの二匹に与えたトラウマは大きかった。

 

「そんなものは必要無い、俺はただ俺の目的の為にここに来ただけだからな」

「ふん、目的だと?トキワジムジムリーダーにしてロケット団ボスの貴様が態々こんな所へ来る目的とは?」

「決まっている、俺が制圧するはずのこの地で好き勝手やってる連中がいて目障りだったものでな」

「そうか、ならば貴様も敵か! リザードン"だいもんじ"! ギャラドス"ハイドロポンプ"!」

 

 次の瞬間、ワタルの背後に二体のポケモン達が現れサカキ目掛けて大技を発射した。

 

「マズイ! P、V逃げろ!」

「マズイのは貴様もだぞクリア!」

「なっ!?」

 

 クリアの掛け声でPとVはイエローの方へ一目散に走り出し、クリアが安堵した直後ワタルの声が響く。

 ワタルが背に乗るプテラが"はかいこうせん"を撃ったのだ、クリアの足元の足場へと。

 それに反応するのはイエロー。

 

「クリア! 危ない!」

「うわぁっ!?」

 

 サカキへの技の到達とクリアの足場への技の到達は同時だった。

 サカキは身を守る様な体勢になって、近くの岩等の障害物で身を守りながらも、すぐにそれは壊され除々に追い詰められていく。

 一方のクリアは足場を破壊され、しかも先程のミラクルは起こらない。

 真下は完全な溶岩である。

 

「クリアァァァ!!」

 

 イエローの絶叫が聞こえ、クリアは必死の思いで落ちながらゴツゴツとした出っ張り部分を掴もうとするが、掴んだ瞬間それは崩れ去る。

 

「クリアァ! クリアァ! クリア!!」

 

 イエローのポケモンに空を飛べるポケモンはいなかった。

 クリアの手持ちにいた空を飛べるポケモン、エースは既に戦闘不能、そんな状態じゃ人一人を乗せて飛ぶなんて出来ないだろう。

 少なくとも敵では無いサカキも今まさに攻撃を受けている状況、助けは見込めそうにない。

 ――そんな判断する前に、クリアは手元のモンスターボールを全て崖上へと放り投げる――クリアと一緒にエースとレヴィ、ヤドンさんが溶岩に飲み込まれない様に。

 

「……あーあ、やっちまった、これでもう万事休すだ」

 

 

 

 サカキは黙って攻撃を受ける。

 ワタルの高笑いが聞こえ、無言で、静かに、サカキは一個のボールを転がす。

 コロコロと、ボールはワタル目掛けて転がっていく。

 

 クリア!と叫ぶイエローの声が聞こえていた。

 ねぎまは震える身体で、目でクリアが落ちていく様を見つめていた。

 ねぎまは空が飛べない、昔のトラウマで飛ぶ事が出来ない。

 クリアはそんなねぎまに事ある毎に飛ぶ為のチャンスを与えていた、時にはスオウ島で、時にはクチバでイエローとの合流前にエースよりも先にねぎまに飛べるかクリアは聞いていた。

 ねぎまもクリアが好きだった、飛べない自分が飛べるオニドリルに勝てた時、ねぎまは凄く嬉しかったのだ。

 群れから離れ、ヤドンさんと二人きりだったねぎまに、久しぶりに多くの仲間が出来た。

 ――クリアと一緒にいるのが楽しかったから、ねぎまは初めて会ったあの時、迷う事無くクリアについていく事に決めた。

 

 クリアが溶岩へと落ちる、落ちたら確実に死だ、ソレ位ポケモンにだって分かる。

 震える体で、震える翼で、涙で滲んだ瞳をキッと鋭くして、ねぎまはクリア目掛けて――飛んだ。

 

 

 

「ねぎまっ!?」

 

 もう溶岩まですぐそこまで来たって時だ、イエローの驚く声が聞こえた。

 そして最早考える余裕なんて無かったクリアの眼に飛び込んでくるのは驚くべき光景、今まで何度やっても飛べなかったねぎまが、この土壇場で羽をばたつかせている姿。

 その姿が見えた瞬間、まさに溶岩へと落ちる一歩手前という状況で、ねぎまはしっかりとクリアを掴んで更に羽をばたつかせ数メートルだけそこから上昇する。

 

「ねぎまお前……一応"そらをとぶ"は秘伝で覚えさせてたけど、やっぱりやれば出来る子だったんだな……って落ちてる落ちてる!」

 

 悪戦苦闘しながらも、ねぎまは何とかクリアをイエローの元へと運ぶ。

 よろめきながら、たまに高度を下げながらも、確かにねぎまはクリアと共に"空を飛んだ"のである。

 

「す、凄いよねぎま! ついにトラウマを克服したんだね!」

 

 興奮した様にねぎまに抱きつき頭を撫でるイエロー、ポケモンを友達と言っていたイエローも、ねぎまのこの成長は自分の事の様に嬉しいのだろう。

 ――ねぎまの方は汗だくで目を大きく見開きぜぇぜぇと肩で息をする姿の所為で、色々と台無しになっているが、主に感動的な意味で。

 

 

 

「……真下がガラ空きだ!」

「っな!?」

 

 クリアとねぎまがそんな感動ドラマを広げている間、ワタルとサカキの戦いにも変化があった。

 サカキが密かに転がしたボールが、ワタルの真下まで転がったボールの中から現れたスピアーが状況を逆転させたのだ。

 プテラに乗ったワタルへとすぐに移動し、プテラに感知される前にワタルを突き飛ばしたのだ。

 突き飛ばされたワタルはサカキの計算通り、先程イエローが作ったキャタピーの糸の罠にかかり、腕や足が糸に絡まり自然と拘束された形となる。

 そしてすぐさまワタルの喉元にスピアーが針を突き立てる、それによってワタルのポケモン達も身動きが取れなくなる。

 

「本来地面タイプ以外は専門外だが、このスピアーは俺の故郷トキワの森で育ったポケモンだ、もうお前に勝ち目は無い」

「……くく」

 

 自慢のポケモンで、勝利を目前とした状況でもサカキは油断していない。

 逆に一寸先は死といった状況で、ワタルは笑う。

 傍から見ればどちらが勝者か一目瞭然なのだが、全てはワタルの思惑通りに進んでいた。

 

 

 

「あれは!?」

 

 島に巨大な光の柱が建った。そう思った瞬間、巨大な鳥の影が島に上陸する。

 巨大な鳥の影、恐らくポケモンだろう――はその光の柱へ突進し、そしてその光の柱を、その光の柱のエネルギーを吸い取り始めた。

 同時期に、サカキの持つグリーバッジが光を放った一瞬の隙をついて、マグマの中から現れたカイリューに乗って再び飛翔するワタル。

 先のチャンスもこれで潰れてしまい、サカキは少しだけ考え、退散する。

 

 そんな様子を見ていたクリアとイエローは、

 

「あ、あれは……」

「ポケモン……なの?」

 

 唖然とするイエローだったが、クリアにはそのポケモンに見覚えがあった。

 というより、光の所為で詳細な姿は見えないが、そのシルエットはまさに、

 

(ルギア、か?あれは……となるとワタルの目的は、あいつを従える事にあったのか)

 

 だからこそ、ワタルはクリアを誘ったのだ。

 クリアの持つ"導く者"の力、その力はワタルにとって強力な道具そのもの、敵の手に渡れば脅威だが自身の持ち物となれば話は別だ。

 それに加え、クリアがポケモンを大事にしている様もワタルには見て取れたし、ある程度の人間的条件もクリアはクリアしていたのである。

 尤もクリアがそれを拒否してしまった今では、どうでも良い事なのだが。

 

「ワタルは、あのポケモンで恐らく人間を滅ぼそうとしているんだろうな」

「そんなっ!? 今以上にまだワタルは破壊しようっていうの!?」

「それが奴の本来の目的だろ、邪魔な人間(ヤツ)は全部消して、ポケモンの理想郷を作る……その為にあのポケモンを欲したんだろうよ」

「そんなの、そんなの間違ってるよ!」

「分かってるよ、だから今あいつを……あいつを止められる俺達が今止めなくちゃいけないだろ」

 

 クリアとイエローが地上でそんな会話をしていると、プテラに乗ったままワタルが不意にクリアとイエローの方を見下ろした。

 

「最早邪魔等出来ないと思うが、念には念を入れておくか……カイリュー、上で待っている、後から来い」

 

 尖兵としてカイリューがクリアとイエローの前に立ち塞がる。

 そしてプテラに乗ったままワタルは巨大な鳥ポケモン、ルギアの元へと飛んでいった。

 

「っ、どいてカイリュー! ワタルを追わなくちゃ!」

「ちょっと待てイエロー、こいつ……」

 

 二人の前に立ち塞がるカイリューに叫ぶイエローだったが、クリアがその声を止めさせる。

 直後カイリューは、よろめきその場に倒れた。

 無理も無い、ワタルを待って、念の為にとずっとマグマの中にいたのだ。

 相当のダメージを負っていても不思議は無い。

 

「カイリュー、なんでこんなになるまで……」

「それは多分、ねぎまがトラウマ乗り超えてでも俺を助けた様にだろうな」

 

 そんな状態で、カイリューは再びワタルの元へと向かおうとする。

 "上で待っている"そんなワタルから言われた言葉を忠実に実行する為に。

 

「ま、待って!」

「ッ! お前が待てイエロー!?」

 

 無理して動くカイリューを説得するイエローはまさに無我夢中だったらしい。

 飛び立つカイリューの尻尾にしがみつき、そのままワタルの元へと向かう。

 その行動に唖然とするのはクリアの方だ、完全に取り残しである。

 

「……ねぎま、もう一度飛べるか?」

「!?」

 

 そう問いかけられたねぎまは首をブンブンと激しく横に振り大きく拒否反応を起こす。

 さっきのあれはどうやらマグレ、たまたま、火事場の馬鹿力というものらしい、再度同じ事が出来る程、トラウマというものは甘く無いのだ。

 その様子を眺め、クリアは一度だけ、はぁっとため息をついた。

 

「なぁねぎま、今イエローが一人でワタルのとこ行ってんだ、心配だろ? 飛べよ」

 

 ブンブンとねぎまは首を横に振る。

 

「じゃあ何か? さっきのあれはたった一度の奇跡だったとでも言うのか?」

 

 ブンブンとねぎまは首を縦に振る。

 

「じゃあ"二度目"があれば、それは奇跡でも何でも無いんだよな?」

「?」

 

 今度は首を傾げるねぎま、そして直後に、

 

「!?」

 

 今日一番の驚いた顔をねぎまは見せた。

 笑いながら、クリアがマグマへと落ちたのだ。

 重心を後ろに、壁も何も無い、一歩後ろは火口という最悪な場所でまるで昼寝でもする様にクリアは両腕を広げてねぎまの前から消える。

 

「ほらねぎま! 早く助けてくれ! 死んじまう!」

 

 陽気なクリアの声がねぎまの耳に届く。

 一瞬ポカンとなるねぎまだが、そうしていると本当にクリアが死んでしまう、急いでねぎまは火口へと飛び込み、再びクリアを空中キャッチした。

 

「よし飛べた、お前はもう飛べるんだ、自信持て」

 

 笑って言うねぎまだが、当の本人が一番半信半疑である。

 

「まだ信じられないか? なら一度俺を放せ、そしてトップスピードでPとVを連れて戻って来い!」

 

 またしても馬鹿な事を言い出す主人に、流石に口答えしようとするが、クリアがそれを許さない。

 わざと暴れてねぎまの足から離れ、再び落ちていく。

 一瞬それを再び回収に戻ろうとしたねぎまだが、どうせ堂々巡りになるのは明白だ、仕方なく取り残されたPとVを連れて、落ちるクリアを"余裕を持って"キャッチする。

 

 そしてその事実に一番驚いたのは、やっぱりねぎま。ついでに背に乗るPとVも驚いている。

 

「自分の事だよ驚くなよ、お前は元々"制御が出来ずに地面に激突してしまう位速い"んだから」

 

 笑顔で言うクリアに何かを言いたげにするねぎまだったが、クリアはPとVをボールに戻し、エース達同様腰のベルトにつける(密かにボールはねぎまが回収してた)、そして真剣な表情で空を見上げ、そして呟く。

 

「俺は単身向かったイエローを助けたいんだ」

 

 無言でクリアの言葉を聞くねぎま。

 

「協力してくれるだろ、ねぎま?」

「……クエーッ!」

 

 今度こそ、今度こそねぎまは二つ返事でクリアに返し、空を飛ぶ。

 

 




ねぎま回、この話で終わるかと思ってたらそんな事は無かった。

どうしよう……明日も仕事だけど、このテンションで次話も無理して書こうかな、明日死にそうだけど。

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