『えー、今日のゲストはコガネジムジムリーダーアカネちゃんと!』
防音性の高い狭い室内で、三人の人間と一匹のポケモンが一つの机を囲っていた。
椅子に腰を下ろすのは二人の少女と一人の少年そして一人の少女の隣にポケモンドーブル、机の上には無数にばら撒かれた手紙の数々、そして室外の上部、照明に映し出されるは
『皆様のご要望にお答えして!昨日飛び入り参加してくれましたポケモントレーナーのクリアさんに再度、お越し頂きました!』
『どーも! 多数の嬉しいお葉書ありがとうございます! 要望にお答えしてまたまた参上しちまいました! クリアです!』
ラジオに向かってにこやか営業スマイルで語りかける少年、クリア。
そしてその様子を隣で含み笑いを堪えつつ、アカネが番組の進行を図る。
『っぷくく……はい、では早速お便りコーナーに移るでぇ!……では始めに、ペンネーム『永遠の緑』さんから「貴様は何をやっている?」……これもしかしてクリアの知り合いからなんとちゃう?』
『そんな痛いペンネームつける人知り合いにいたかな……緑、まさかね……分からないんで次に移っちゃっていいよ』
少しだけ記憶を掘り起こして、思い当たる人物に心当たりを見つけられずにクリアは次の質問を促す。
一通目から不安が残る回答に、内心ドギマギしながら今度はこのラジオコーナー主役のクルミが手紙を読み上げる。
『そ、そんな適当でいいのかしら……では次は、ペンネーム『秘湯を目指して三千里』さんから! 「……無事を祈ってるぜクリア」……クリア君、君何したの? 身の安全を心配されてるけど?』
『うーん、特に覚えが無いですねー、きっと間違いか悪戯でしょう』
『いやでも名指しされてるし……』
『ほんなら次は順番的にウチが読み上げるで! ペンネーム『後はフリーザーだけ』さんから! 「何がどうなってそうなってるのか知らないけど、少しは連絡寄越しなさいよ、特に誰に……とは言わないわ、思い当たる人物がいるでしょ!」……誰の事やクリア?』
『……心当たりがございません』
『おいなんやその間は? というか連絡ってどれ位してへんの?』
『大体一年位?』
『しろや! 連絡位いれろ! これアンタすっごい心配されとるんとちゃうか!?』
『すっごい心配されてたなぁ……』
『他人事かい!』
『ッ痛!』
つい昨日出会った老人の顔を思い浮かべるクリアの頭を、アカネが勢い良く叩いた音が生放送で電波に乗って配信されていく。
割と痛かったのか涙目でアカネを睨むクリアだが、当の本人は舌をチロリと出して知らん顔だ、クルミもクルミで最早いつもの事と認識したらしく苦笑いしか浮かべない。
一応番組の演出、そう割り切ったクリアは次のお便りに手を伸ばす――が、
『ちょい待ちクリア、まだ話は終わってへんで』
『……終わっただろ、話の流れ的に』
手を伸ばすクリアの腕を掴んでその動きを静止させ、アカネは言う。
『"思い当たる人物"……誰の事やクリア?』
『……黙秘権を行使する』
『却下します』
『クルミちゃん!?』
まさかのクルミの裏切りである。
信じられない物を見るかの様なクリアの視線に、クルミは申し訳無さそうな顔で、自身から見て右を指差す。
その方向はクリアから見て左、ガラスで遮られたラジオ製作の別スタッフ達、主にディレクターやらがいる部屋を指していて、そこに映るのは『面白そうだからそのままGO!』と大きく書かれたスケッチブックを持つお偉いさんの姿が。
『で、クリア君?』
『"気になる人物"誰なんや?』
『おい勝手に改変すんじゃねぇよ……ったく』
最早言わなければならない空気となりつつある、そしてクリアも報酬分の仕事は果たさなければならない。
期待の眼差しを向ける二人の少女に、クリアは頭をガリガリと欠いて、そして仕方無いという感じで話し始める。
『別に面白い話じゃないんだけどさ、俺が一年前……四天王事件に巻き込まれた時』
『ちょっと待て、初っ端から面白そうな話持って来てるやないか!』
『乗っけからツッコムなよアカネ、まぁその話はまた後日って事で……その時一緒に旅した奴がいるんだけどな』
『へぇ、なんや男女二人旅かい、それでその
『だから面白い話じゃないって言ったじゃん、つってもそいつは男なんだけどな』
『なんや男かい』
『男だよ、しばらく名前も教えて貰えなかったから俺は"少年"って呼んでたけど否定しなかったし』
そしてクリアは掻い摘んで話す。
主にイエローとの出来事の事を、身元が割れない程度に、自身の"死"等の後々面倒臭そうになる事も隠して。
時間にして数分間、クリアが話し終わると同時にアカネが、
『だぁーつまんねー!』
『だからつまらんって最初に言ったじゃねぇか』
『でも素敵な話ね、もし私がその子だったらクリア君に惚れてたかもしれないわね』
『はは、冗談上手いなクルミちゃんは』
グダグダになりかけてた場をクルミが上手い具合に纏め、クリアもそれに乗る。
丁度時間もいい具合に経ち、そろそろ次のコーナーに移行しなければいけない、そんな時。
『じゃあそろそろ時間も時間やし、最後はウチがお便り読むでー』
『おい次はクルミちゃんの番じゃ……』
『さぁ最後のお頼りは『ダイナマイトプリティガール』さんからのお便りや!』
『……おい』
『「こんにちわ皆さん、早速ですがウチはどーしてもっ! アカネちゃんとクリアに勝負をして欲しいです! というか是非してくださいお願いします!」……あーこりゃあかんわー、ウチ実はこういうお願いに弱いねん』
『いやそれお前のじえ』
『という訳で、勝負やクリア!』
『結局
放送室内というとてつもなく狭い部屋の中でボールを構えるアカネに、とうとうクリアは堪えきれずにツッコム。
それを口火に、いつものアカネとクリアの口論が開始、一人置いてけぼりを食らうクルミはやれやれと手を挙げ。
「……よし、完璧な流れだ」
先日のアカネとクリアのやり取りは好評を博し、またその展開を期待していたディレクターはその様子に、一人ガッツポーズを決めた。
「ったくテメェは! 通りで放送開始直後何やら企み笑いしてると思ったらこういう事だったのかよ!」
「何の事かウチには分からへんなぁ、そんな事より勝負や勝負! 純粋なリスナー様からの頼みを
「むしろこんな不純なリスナー意見聞いた事ねぇよ! つーか発信側の意見混ぜんな! ラジオなめんな!」
「ちょっ、二人共! そろそろ次のコーナーに……」
いつまで経っても終わらない喧嘩に、痺れを切らしたクルミがとうとう仲裁に入った。
瞬間、転がる様に、一人の少年がドアを破って室内に飛び入って来る。
「はっ!? あのポケモンがクルミちゃんと一緒に……って事は奴はクルミちゃんの、いやそんなはずはねぇ……って事はオイそこの隣の男か女! お前等どっちかが"おや"なんだろ!? どっちでもいいからかかってこいやー!」
二人の喧嘩が白熱して誰も気づいていなかったのだが、実は先程から放送室のドアを叩く音が室内には響いていた。
しかしアカネとクリアの言い合いにその音は見事にかき消されてしまっていて、しかしそんな喧騒の中にとうとう扉は耐え着れなくなり騒音を立てながら一人の少年がドアを破って室内に入って来たのだ。
そして入って早々、勝手な言いがかりで二人の喧嘩に紛れ込む少年。
この少年、ゴールドという名のジョウト地方図鑑所有者にして、実はクリアの後輩だったりする少年なのだが――、
「……あ?」
「……は?」
ゴールドは知らなかった、彼が今しがた喧嘩を売った二人は今現在喧嘩の真っ最中で、つまり気が立っている訳で、
「ほう、いい根性やないかアンタ、砂になる覚悟は出来てるっちゅー事やな?」
「っな、じょ、上等じゃねぇかやれるもんならやってみ」
「何お前? いきなり入って来て、死ぬの? 死にたいの? レヴィ!」
「ちょっ、お前、こんなとこでドククラゲなんて……って顔ちょーコエー!?」
喧嘩を吹っかけて次の瞬間には、傷だらけで隻眼のドククラゲ、レヴィに気圧されるゴールドだが、
「
「安心しろ、骨は拾ってアサギ湾にでも流してやるよ」
喧嘩に無粋な横槍を入れられた二人は容赦しない、する気も無い。
薄ら笑いを浮かべジリジリと迫るクリアとアカネに、思わず後ろへと下がるゴールド、それを更に追い詰めていく二人。
そして終いには壁に背をつけ退路を封じられるゴールド。
それを見てニヤリとする二人は正に追い詰めたネズミを見る猫の様――いや猫なんて可愛い生き物じゃない、もっと獰猛で凶悪なジャガーや豹辺りに、今のゴールドにはそう見えるだろう。
「はいはいストップストップ! この子怖がってるわよアカネちゃん、クリア君」
完全に追い詰め後は止めの一撃を入れるだけという場面で、ようやくクルミちゃんという救世主に救われるゴールド。
そしてクルミちゃんという所謂"常識人"にそう言われたら、いくらクリアとアカネと言えども黙るしか無い。
仕方無しゴールドを許し、放送に戻ろうとする二人だったが――、
「怖、がってる……?っへ! 冗談! 今のは武者震いって奴だぜ!」
「ちょっと!? 君何言って……」
「止めないでくれクルミちゃん……これは男と男の、戦いなんだ!」
「……ウチ女やで?」
やられたら倍にしてやり返す位の気力で臨む少年、それがゴールドという少年。
今までのやり取り全てチャラにして立ち上がり、クリアとアカネを睨むゴールド、勿論クリアもアカネも怯まず睨み返す。
一触即発の空気の中、丁度放送終了のチャイムが室内に流れ、クルミは力無くその場に座り込む。
「あ、あぁ……放送終わっちゃった、これじゃあきっと今頃抗議の電話が……」
「クルミちゃん!」
「あ、す、すみませんディレクター! まさかこんな事に……」
「二時間スペシャルだ!」
「……へ?」
「今の放送で「三人の勝負が見たい!」って内容の電話が殺到してな、急遽二時間スペシャルだ!」
「え?……えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
クルミの絶叫を後に。
睨み合う三人のトレーナー等蚊帳の外で、急遽決まった二時間スペシャル番組。
決戦の日は、近い――というか今日だ。
波乱が波乱を呼ぶ、というか最初から波乱しか無かったこの日のラジオは、更なる混乱を巻き起こして今に至る。
「っへ! 今に吼え面かかせてやるぜお二人さんよぉ!」
「なにおう!? そう言うアンタこそ、今にその顔泣きっ面にしてやるわ!」
「アンタじゃねぇ! 俺の名前はゴールドだアホ女!」
「アホ!? アホにアホと言われとうないわこのアホ!」
「なんだとこのアホ!」
「……帰りてぇ」
ドンパチと街々に上がる小さな花火の如く、二人の少年少女の間では火花が散っていた。
自転車に乗るアカネと、スケボーに自転車のハンドルを付けてキックボードの様にしたゴールドだ。
対象的にクリアの周りには淀んだ空気が漂っていた、先程まで高ぶっていた気分が時間と共に消化され、今となってはこの状況が馬鹿馬鹿しくなっているのだ。
「なんやクリア? 棄権するならしてもええんやで?」
「あらそう? ならそうさせて貰……」
「だけどそれは負けも同じって事でバッジも返してもらうでクリア!」
「出たよ超理論!」
こうしてクリアも嫌々勝負への参加が決まった。
この勝負、勝負方法は至って簡単、言ってしまえばポケモンバトルと自転車
コガネシティをスタート地点とし、自然公園を抜けて、37番道路の看板前というゴールを目指すもので、そして勿論、ポケモンバトルとの混合という事もあってレース中にバトルを挑み挑まれる事も可能でもあるというものなのだ。
ちなみに提供は宣伝も兼ねた"ミラクルサイクル"という自転車屋の提供でお送りしています。
そしていよいよレース直前、実況席から移動して来た開始合図を知らせる笛を手に持ったクルミがスタート地点に現れ――、
「絶対勝つ!」
「それはウチの台詞や!」
「どうしてこうなった!」
三者三様の台詞と共に、甲高い笛の音が街中に響き渡る。
スタートの合図、それと同時に自転車に乗ったクリアとアカネ、そしてキックボードに乗ったゴールドは一斉にスタートして――、
「ミルたん! "ころがる"や!」
「レヴィ! "バリアー"!」
開始早々速攻を掛けたアカネだが、その攻撃を予想していたクリアが悠々とそれを防ぐ。
これはレースであって同時にポケモンバトル、今のアカネの攻撃は開始直後にクリアを自転車から落として時間を稼ごうという作戦だったのだが、クリアもまたバトルとなればアカネの分かりやすい思考は手に取る様に分かる、だからこそクリアはアカネの第一撃を防ぐ事が出来た。
そしてレヴィの"バリアー"に攻撃を防がれ、アカネは悔しそうに、
「ま、またそれや! ええ加減その"バリアー"張るのやめいや!」
「やだよ、そんな事したらお前のミルたんがこれ見よがしに転がってくるジャン?」
「当たり前や!」
「そら見ろ! 悪いがこの"バリアー"は解除しねーぜ、行くぞレヴィ! "バリアー"……"全方位展開"!」
「っな!?」
言って、クリアとレヴィを包む様に薄い透明な半球体が出来上がる。
それは一年前、クリアがカツラとミュウツーのコンビを見た時、ミュウツーの念動バリアからヒントを得て習得したもの。
ミュウツーの念動バリアは全方位を包む丸い球体だった、だからクリアもレヴィの"バリアー"で同じ事が出来ないのかと、ずっと練習していたのだ。
その結果、つい最近ようやくそれは完成され、今では自由に扱える様にまでになったのである。
「ひ、卑怯だぞクリアー! ちゃんと戦えこの引きこもりー!」
「はいはい負け惜しみ負け惜しみ、というかアカネ、お前俺ばっか見てると……」
「え?……キャアァ!?」
「"足元掬われる"……ってもう遅いか」
意外と可愛らしい悲鳴を残して、"エイパム"によって転ばされるアカネを尻目にクリアはその場を後にする。
そしてそれに続くアカネを転ばせた張本人のエイパムを肩に乗っけて、その後を追うのはゴールド。
「ってんめこの野郎! よくも散々俺様の事無視してくれやがったな!」
「悪いな少年、眼中に無かった」
「い、いい度胸じゃねぇかぁ! エーたろう!」
火に油を注ぐクリアだが、これも彼の計算の内だ。
勝負事では熱くなった方が負け、昔ヤナギが呟いたその言葉をクリアはしっかりと覚え、そして試しにゴールド相手にその知識を役立ててみたのだ。
案の定、エイパムを使ったゴールドの攻撃はアカネの時とは比べ単調になった。
先程は相手の隙をついて一撃でアカネの自転車を転ばせたというのに、今となってはその面影は無い。
「このっ! 畜生!」
「はっは……下手糞、しょうがないから"バリアー"も解いててやるよ」
「テメェ! 後悔すんなよ!」
クリアの一言に、更にゴールドの怒りのボルテージが上がるが、それでクリアを仕留めれるかと問われれば別問題。
今もゴールドはクリアを狙って、エイパムの器用に使える尻尾を腕に巻きつけて、エイパムを飛ばしてクリアを襲うがその攻撃をクリアはいとも簡単に避ける。
もしそこに、右や左への揺さぶりが加わればクリアでも避けるのは難しくなって来るが、熱くなっているゴールドにそんな思考回路は存在しない。
今も真っ直ぐにしか飛んでこないエイパムを、クリアは右に避けて先へ進む。
「……む?」
そんなやり取りが何回続いただろうか、流石のゴールドも最初よりはエイパムを周りの木から攻めさせたりと絡め手も使って来ていたが、それでもクリアには届かなかった。
元々チョウジジムと街の往復で自身の身のこなしもいくらか鍛えていたクリアなのだ、そんな一朝一夕の攻撃が当たる訳が無い。
そうしてゴールドと鬼ごっこをしながら自転車を走らせていると、クリアの目の前に一本の木が現れたのだ。
見ると中継用の車等もそこで立ち往生している、どうやらつい最近までは無くて、いきなり現れたものらしい。
「これって……」
「エーたろう!」
「レヴィ」
負けじとぶつかってくるエイパムを、とうとうレヴィに捕らえさせてクリアは目の前の一本の木を見つめる。
「おいこの野郎! エーたろうを離せよ!」
「そんな事より少年」
「ゴールドだ! エーたろう離せ!」
「……はぁ、レヴィ」
ため息一つ、そしてレヴィに指示を出しレヴィも指示通りエイパムを離す。
解放されたエイパムは一目散にゴールドの下へ向かう、よほど信頼されてるらしく、ゴールドもエイパムを受け入れる。
「……で、だ。ゴールド」
「……なんだよ?」
エイパムが解放された事でいくらかは怒りも抑えられたらしい、まだクリアを睨みつけてくるがそれでも一応ゴールドはクリアに口を聞いた。
その事に、話が出来る状態、と判断して、だけどクリアは腰のボールから手を離さずに言う。
「この木……多分」
「こぉらあぁぁぁぁぁ男共ぉぉぉぉぉ!!」
「……また五月蝿いのが来たよ」
怒りの形相で、それでいて自転車を猛スピードで飛ばしてくるアカネの声に、クリアは思わず頭を抱える。
「アンタ等二人共もう容赦せぇへんでぇ!……って何やこの木は!?」
「あぁだから俺が今この木について説明を……」
到着したアカネはクリアとゴールドに怒りを露にするも、目の前に聳える道路を塞ぐ一本の木に驚愕する。
その間を狙って、今度こそ口を開こうとするクリアだったが、今度は巨大な地鳴りが彼の言葉を遮った。
除々に近づいて来るその音に、クリアはイライラを抑えられない様子で、
「……ズシンズシンうるせぇんだよ、一体お次は誰が……」
音の鳴る方へそう言いながら振り向くいた。
振り向いて彼は口を閉じる、閉じて見上げ、見上げた先には一匹のサイドン。
クリア以上の強面の視線で見つめられたら、それは流石に黙るしか無いだろう。
「……なんだサイドンか」
「いや落ち着き過ぎやクリア!」
そんな状況にも関わらず、その血が騒ぐのか思わずクリアにツッコムアカネ。
そんな状況じゃ無ければ、ここからコントにでも突入する場面なのだろうが、相手はそんなのお構い無しだ。
雑魚でも蹴散らす様に腕を振り上げ、そしてクリア目掛けてサイドンは腕を振り下ろす。
「クリア! ミ、ミルたん、クリアを助けるんや!」
「ッ! バッ……余計な事すんじゃ……」
サイドンの初撃をクリアが跳んでかわして直後、アカネのミルタンクがサイドンに向かって突撃していく。
直後サイドンとミルタンクが衝突し、押しつ押されつつの攻防をする様に見えたが、次の瞬間、サイドンはすぐ傍まで迫っていたアカネへと視線を移し、
「ッち」
クリアは舌打ちし、そこへ飛び込む。
サイドンに掴まれそうになったアカネを寸での所で引き寄せ、そして壁になる様にアカネとサイドンの間へ立つ。
「ク、クリア……」
「……さてと」
目の前で何か言いたげなアカネを無視して、クリアは背後のサイドンの方に体勢はそのままに視線だけ移す。
「悪いなサイドン、ここは大人しく帰ってくれないか?」
命の危険に立たされてるというのに、選択権は今はサイドンが握っているというのに、クリアはあくまで冷静に微笑すらも浮かべてサイドンに語りかけていた。
その奇怪な行動に、サイドンも一瞬怯み、だが直後周囲を見回す様に首を動かして再びクリアへと狙いを定める。
どうやら何か探し物をしているらしい、クリアがそう判断した直後、
「っクリア!?」
サイドンの腕がクリアをなぎ払うかの如く振るわれる。
一瞬、目の前に佇むクリア目掛けて振るわれたサイドンの腕は、見事なまでに空を描いて空振りし、少しだけサイドンはよろめいた。
その場にいた全員、何が起こったのか分からなかったが、
「あそこだ!」
一人だけ、ゴールドだけはクリアの事が見えていたらしくすぐに空へと指を差す。
そこにいたのは黒いリザードン、色違いの"エース"に乗るクリアの姿。
先の一瞬で、クリアはサイドンが攻撃行動に出た瞬間にボールを開き、そこからエースを出して脱出していた。
ボール自体には既に手は触れていたし、サイドンとの様子もボールの中からエースには見せていた為指示を必要としていなかった、だからこその早業である。
「最終通告だ」
ゆっくりと下降しながらクリアはサイドンへ言う。
「今すぐここから退くか、ぶちのめされてから退くか……好きな方選べよ」
アカネに手を出した時点で、クリアにはサイドンに手を上げる理由が出ていた。
いくら喧嘩ばかりの仲だからと言っても、特別嫌ってる人物でも無い。
そんな人間に手を出されれば、当然反撃にも出るだろう。
そして、クリアが本気で反撃したらどうなるか――今の出来事でサイドンもそれが判断出来た様だ。
「これにて一件落着、なんてな」
意気消沈に帰っていくサイドンを眺めて、クリアは笑ってそう呟く。
結局、ラジオ番組の企画はサイドン襲撃の影響で完全に潰れた。
今回の企画の頓挫でディレクターは泣きを見る目にあったのだが、当事者であるアカネも、
「あんのクリアめぇ~! ドサクサに紛れてまた逃げよったわアイツ! しかも自転車借りパクしていったで!」
「まぁまぁアカネちゃん、それにクリア君、あの自転車今日のラジオの出演料として貰って行ったらしいわよ?……後何か"道具"もついでにといった感じで貰ってた様だけど……」
「なんやそれ!? どんだけ用意がいいんや……いや待てよ、まさか今日アイツが勝負を受けた理由って、最初から自転車で逃げる為に……!?」
「……してやられたわね、アカネちゃん」
「ッ! 許さへん! 絶対許さへん!」
アカネもアカネで泣きを見る結果となっていた。
サイドン襲撃後、スタッフ諸々すぐにコガネに皆して帰ったのだが、その時にはもうクリアの姿は無かったのだ。
どうやら帰る途中、または帰らずにクリアだけ別れていたらしい、ディレクターも名残惜しそうにはしていたが、クリア自身長居はしないと伝えていた為、納得もしていた。
そして勿論、納得していなかったのはアカネ本人のみなのである。
「でもアカネちゃん?」
「何やクルミちゃん!?」
そんなアカネに、どこか楽しそうなクルミが言う。
「何だかんだでクリア君にちゃんとお礼言ってたよね?」
「……そりゃあまぁ、一応助けて貰った訳やし……って何ニヤニヤしてるんやクルミちゃん!」
「べっつに~? でも良かったね」
「何がや!?」
「クリア君の"思い当たる人"が男の子で!」
「クールーミーちゃーん?」
面白そうにアカネをからかうクルミに、顔を赤くしてジト目で返すアカネ。
そんな二人のやり取りがあった事をクリアは知らず、またこの二人も、"思い当たる人物"が実は女の子である事を知らない。
それもその少女が少なからずクリアの事を意識してる事も、勿論知らない。
所変わって、ここは先程のサイドン襲撃の現場。
ゴールドは手持ちの
「でもまさかだったぜ、あのむかつく野郎がツクシの言ってた"クリア"だったなんて」
誰とも構わず呟くゴールドは目の前の木を凝視しそして、
「頼む、ニョたろう!」
ゴールドが言った直後、ニョロモの"みずでっぽう"が木に直撃した。
だが木はざわざわと少しだけ動き、また動きを止める。
そこでゴールドは再度木に水を浴びせ、
「っ……この木、ポケモンだったのか!」
目を丸くして目の前に立つ"ウソッキー"を眺めながらゴールドは一人呟いた。
『おいゴールド、あの木に水かけてみろよ、面白いポケモンに会えるぜ』
そう言ったクリアの言葉を半信半疑ながら試したゴールドだったが、まさか木自体がポケモンだとは思わなかったのだ。
今もまだ驚いているが、キョロキョロと辺りを見回すウソッキーの様子に、すぐにピンと来たゴールドは、
「もしかしてサイドンを探してるのか? それならもうおっぱらったからもういないぜ?」
そう言ってサイドンが去っていった方向を指差すゴールド。
その彼の言動と行動から、"サイドンをおっぱらったのはゴールド"と勘違いしそうな、というか勘違いしているポケモンが一匹いるが、ゴールドにそんなポケモンの心中を理解する事は出来ない。
実際クリアの戦いはウソッキーのすぐ傍で行われたものだが、ウソッキー自身後ろを向いて、しかも目すら瞑っていた。
その事から、サイドンがどこかへ消えたのは知っていたが、誰がやったかまではこのウソッキーには理解出来ていなかったのだ。
それからウソッキーはゴールドを見て、そして彼に良く懐くニョたろうを何度か交互に見る。
「……一緒に来るか? ウーたろう?」
こうして、新たな相棒を仲間に加えて、ゴールドの旅はまだまだ続くのだった。
そんな頃、もう日が暮れ始めたという時間帯。
歴史の街――エンジュシティに到着したクリアは、今日一晩はこのエンジュに泊まり、翌日チョウジへと帰還する様計画を立てていた。
宿泊先は古びた旅館でも何でも、とりあえず屋根と壁さえあれば良い、そんな考えでこの街へと足を踏み入れていたのだが、
「……今?」
彼はこの街に過去一度足を踏み入れている。
ファントムバッジを手に入れる為、この街のジムリーダーマツバに勝負を挑みに来た数か月前の話だ。
その時には、今の様な現象は無かった。
一瞬空耳かと思い、すぐに忘れ去ろうとした直後、再びそれは今一度"聞こえて"来る。
「……やっぱり聞こえた……何だ、今の"声"?」
"やけたとう"――彼の耳、否頭の中に直接、確かにそう聞こえたのだった。
けどやっぱ最後の最後でシリアスになりやがった。
――おかしいな、アカネちゃんにフラグなんて立てない様にしてたのに、どこで間違えたんだろう。