ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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バトルが無かったら文字数が著しく減る法則。


二話『その名は――』

「…………カ」

 

 靄が掛かった様な白い視界の中だった。

 

「…………ィ」

 

 混濁した意識の中で彼は自分を呼ぶ声が聞こえる気がした。

 いや聞こえたのだ、今確かに。

 

「……ピカ」

「……ブイ」

 

 どこか心地の良い呼び声に、彼の意識は次第に覚醒していく。

 まず瞼がピクピクと動き、指先へと神経を伝って感覚が舞い戻ってくる。

 それは空気の匂い、ヒリヒリとした熱さ、そして口の中のざらつき鉄の味等等の感覚。

 ――具体的には体の傷の痛みや、口の中の血の味だったりする。

 

「……って痛っぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ピ!?」

「ブイ!?」

 

 飛び起きた彼の目の前で、二匹のポケモンが転がるのだった。

 

 

 

「ここは……病院……?」

 

 身なりと周囲の景色を確認した少年はポツリと呟いた。

 真っ白な部屋の中で簡単な手術着の様な着物を着ていてベッドの上で寝かされていたらしい、その事を確認した少年は次に自身のベッドの上で嬉しそうに尻尾を振る二匹のポケモンへと目をやった。

 そこにいたのはピカチュウとイーブイ、少年がいた世界には一匹たりとも存在しなかったポケモンという生き物。

 その存在に軽く現実逃避し掛ける少年だったが、体中を巡る火傷の痛みが嫌でもこれが現実だと自覚させてくる。

 

「……ったくどうなってやがんだよ一体……ッチ、記憶が曖昧で今一覚えちゃいねぇ」

 

 自分がどうしてこんな世界にいるのか、ましてやあんな建物の中にいたのか少年には理解不能だった。

 記憶が途中でブツリと切れ、どうしても少年が目を覚ました建物の中に入った時の記憶や意識が無くなる前の記憶が無かったのだ。

 思い出されるのは数日前までの記憶、地元の普通高に通っていた時の記憶だけ。

 

「……ダーメだ! なーんも思い出せねー!」

 

 しばらく思案してみるがそれでも結果は出ない、ついに少年は不貞腐れる様にベッドに仰向けに倒れ込んだ。

 その様子を覗き込む様に眺めてくるピカチュウとイーブイの二匹、どうやら先の出来事で少年に完全に懐いてしまったらしい、二匹はまたしても倒れ込んだ少年の安否を心配する様な目で少年を見つめる。

 

「……あん? 何心配そうな目で見てやがんだお前等、別に俺は平気だっての」

 

 内心火傷の痛みが中々堪えているがそんな素振りは一切見せずに少年は両の手で二匹の頭を撫でた。

 頭を撫でられてピカチュウとイーブイは二匹共心地良さそうに顔を緩める。

 そんな小動物的な可愛さの二匹に、その二匹をしきりに撫でる少年の顔もいつの間にか綻んでいた。

 

 

 

 そうして数分位経った後だった、病室のドアから音がして少年は二匹の頭を撫でるのを止める。

 

「おぉ、気がついたようじゃな」

 

 ドアを開けて少年を見つけ、入って来た老人は嬉しそうに言った。

 同時にピカチュウとイーブイが少年の後ろへと隠れ、少年も庇う様に二匹の前へと手を伸ばす――が、少年はこの老人が別に恐れる様な相手では無い事を知っていた。

 その老人はポケモン世界では超有名人物の一人、会った事こそ無かったが当然の様に少年もその老人を知っていたのだ。

 

「……はい、助けて頂きありがとうございますオーキド博士」

 

 そう言って軽く頭を下げる少年を見て、隠れていたピカチュウとイーブイも危険が無いと悟ったのか少しだけ体を出す。

 オーキド博士――第一世代と言われる始まりのポケットモンスターのゲームで主人公に最初の一匹と図鑑を授けてくれる人物で、アニメ版ポケモンでも主人公のサトシにピカチュウを渡した人物でもある。

 

「ふむふむ、とりあえず元気そうで一安心じゃ、それと礼はわしでは無く君を助けた者に言うのじゃな」

 

 その言葉を聞いて少年は下げてた頭を上げる。

 

「……となると、俺を助けたのはまた別の人物という事ですか?」

「うむ、レッドという君と同い年位の少年じゃ」

「レッド!?」

 

 オーキド博士が発した人物名に思わず少年は声を張り上げてしまう、小脇のピカチュウとイーブイが突然の声にビクリと体を震わせる。

 だが少年が驚くのも無理も無い、ポケモン世界のレッドと言えば初代ポケットモンスターの主人公の名前を代表する名前の一つ、いわば代名詞的な存在なのである。

 その存在はポケットモンスターソフト、金銀クリスタルでは裏ボス的な立ち居地で多くのゲームプレイヤーを興奮させ、原点にして頂点なんて囁かれる程の人物なのだ。

 

「ほほう、やはりレッドを知っているか、全くあいつも有名になったものじゃな」

「……やはり?」

「うむそうじゃ、レッドがポケモンリーグで優勝してもう一年と半月程か、いやはや時が経つのは早いものじゃな」

「っ! じゃ、じゃあロケット団って組織は!?」

「……うむ、その事なんじゃが……」

「?」

 

 それからオーキド博士は少年に話した。

 レッドがポケモンリーグで優勝した年に壊滅したはずのロケット団が、その残党勢力が今尚活動を続けている事を。

 そしてこの少年が、挑戦状を貰ったレッドが立ち寄ったトキワジム跡で助けられたという事を。

 

 

 

「じゃあ……俺、達が戦ったあのロケット団の男は……」

「うむ、大方ロケット団復活の為の資金でも集めていたのじゃろう」

 

 そこでふと少年はピカチュウとイーブイを見やった。

 ロケット団によって少なくとも幸せとは正反対の生き方をしてきた二匹、その二匹を地獄の底から救い出せた事に少なからずの達成感を少年は覚える。

 そして二匹のポケモンも少年の視線に気づき、幸せそうに少年に身を摺り寄せる。

 

「……」

 

 そんな一人と二匹の光景を眺めたオーキド博士は少し思案した後、

 

「ふむ、君になら託してもいいのかもしれんのう」

「……え?」

 

 唐突にそう切り出して、一個のモンスターボールを取り出す。

 ポケモンが入ってるであろうそのモンスターボールを少年へと手渡して、オーキド博士は話を続ける。

 

「実はあのロケット団の男が持っていたポケモンなんじゃが……って君ならもうそのポケモンを知っているかのう」

「……はい、出て来いリザード」

 

 モンスターボールが光り、中からポケモンが現れる。

 薄いオレンジ色のリザード、色違いのリザードがボールの中から現れ、同時にピカチュウとイーブイが警戒する様にリザードを威嚇する。

 

「そのリザードはもうロケット団のポケモンじゃない、じゃが……"おや"のロケット団の男も無事逮捕されたという事で、うちで預かる事になったんじゃがどうにも研究に協力してくれそうも無くてのう」

「なるほど、それで一応顔見知り程度には知ってる俺に預けようと?」

「まぁそれもあるんじゃが、君はポケモンから慕われる特別な才能を持っているようだしのう」

「……特別な才能、ね」

 

 当然そんな事を言われても少年にはピンと来るものが無い。

 少年自身、廃人と言われる程ポケモンのゲームをプレイした事なんて無いし、ましてや本物には昨日今日会ったばかりなのだ。

 それで自分には特別な才能がある、なんて言われても全然自覚等出来るはずも無い。

 

「……分かりました。このリザードは責任を持って預からせて頂きます」

 

 特に拒む理由も無ければ"ひのこ"を浴びせられた恨みが残ってる訳でも無い、ので受け取ったリザードの頭に手を伸ばすが、ギロリと睨みで返してくるリザードに少年は手を止めた。

 どうやらこのリザード、かなりプライドが高いらしい、元からなのか除々にやさぐれていったのかは定かでは無いのだが。

 

「そう言って貰えると思っていたぞ、さてじゃあそろそろわしは帰るとしよう、こう見えて中々忙しい身でな……あぁこの病院の治療費等は払ってあるから心配ないぞ、そのポケモン達を助けて貰ったわしからの礼と思って貰って構わないからな」

「……すいません、ちょっと待ってください」

「ぬ? まだ何かあるのかの?」

「はい、しばらく博士の所に身を置かせてください!」

 

 頭を下げて懇願する少年と、突然の申し出に目を丸くしたオーキド博士。

 今の少年にはこの世界での知り合いはいない、聞けば少年を助けたレッドという少年も挑戦状を貰い旅立ってしまったばかりらしいし、この世界での接点はこのオーキド博士しかいないのだ。

 通貨の一枚も持ってない少年からしてみればこの出会いは正に天から垂れた蜘蛛の糸の様な物、必死にしがみついて登っていく為の、生きていく為の最初の関門の様なものなのだ。

 

「……まぁ研究を手伝ってくれるというのならわしは構わないのじゃが」

「っ、やった! ありがとうございます博士!」

 

 満面の笑みでお礼を言う少年にオーキド博士は少々たじろいだ。

 礼儀正しいかと思えば、下品な言葉で熱くなったり、太陽の様な笑みで笑ったりもする。

 まるで実態の無い、イメージカラーなんてものとは程遠い少年、それがこの少年が昔から持たれてた周囲からの印象だ。

 

「じゃあ早速研究所に……っていてて! 痛い痛い!」

「あぁ無理をするでない! 無事、退院したらうちに来なさい、いいね?」

「……りょーかいっす」

 

 涙目で弱々しく右手を挙げる少年を眺め、ため息まじりに内心はらはらとしながらオーキド博士は病室を出た。

 素性が一切不明の少年を何故ああも簡単にオーキド博士は受け入れたのか、それは一重に彼がポケモン達と極めて良好な関係を築いていたからなのだろう。

 あのピカチュウとイーブイがロケット団からどんな目に合わされていたのかはオーキド博士も聞いていた、そのポケモン達がまるで長年連れ添った仲の様に彼に付き従っていたのだ。

 件のリザードでさえ、すぐに暴れ出す様な無法者だったが、あの少年の前ではかなりおとなしかった。

 そして自らの身を省みずにポケモン達を助け出した姿勢は、かの少年の人間性を認めるのには十分過ぎる程だったのだ。

 

「……まっ、レッド達の様な危なっかしさはあるが、あれはあれで心地の良い少年だったし、悪い奴でも無いだろう」

 

 そう結論付けてオーキド博士は来た道を戻る。

 マサラタウン、レッドやグリーン、ブルーといった実力派トレーナーを多く輩出して来た場所へと戻るのだった。

 

「む、そう言えば名前を聞くのを忘れていたのう」

 

 正に今更である。

 

 

 

 

 

 

 所変わって、ここは病院、病室、リザードやピカチュウ、イーブイはもうボールへと戻して少年はゆっくりと療養中だった。

 だがその顔は青い、というか凄く落ち込んでいる。

 ようやっと落ち着いた所で、少年は自身の身の変化にこれまたようやく気づいたのだ。

 

 まず少年は高校生だった、年にして十七程、だったのだが――今の少年の身体はどう見積もっても十歳過ぎた辺りのそれである。

 大体十一の頃程か、鏡を見て軽く絶望しかけたのだが、顔までは変わっていなかったのがせめてもの救い――いや昔からその鋭い目付きと人当たりの良さというギャップから気味悪がられていた少年からしてみれば、顔のパーツの変化の無さというのはマイナスポイントなのだろう。

 どうせ縮むならもっと別の人間みたいにして欲しかったのだ、何も某真実は一つ的な名探偵の様にならなくても良かったのだ。

 

 ――だが悔んでいたって仕方が無い。

 どうしてこうなったのか、どうしてこんな場所にいるのか、その訳を少年はこれっぽっちも知る由も無いのだが、それでも腹は減るというものだ。

 病院食を食べながら、これからの事について考える。

 まずどうしてあの場所にいたか、等の事は自分でも分かってない為分からないとしておく事にする。

 この世界にはポケモンなんて不思議な力を持ったモンスターがうじゃうじゃいるのだ、多少の不思議は仕方無い。

 加えて、少年は別世界から来たという事も隠しておく事にした、色々と質問されたりするのが面倒だったのだ。

 

「……で、肝心の名前は、っと」

 

 お世辞にも美味しいとは言えない病院食を全て食べ終えて、少年は昔の記憶を掘り起こした。

 始めてポケットモンスターをプレイした時の記憶、"緑"を買って貰って最初に"ヒトカゲ"を選んだ時の記憶。

 

「そうだな、どうせなら最初につけた名前にしよ」

 

 一番最初に主人公につけた名前。

 これからその名を名乗る事にした少年は、この日からその名で呼ばれる事になった。

 

 

 

 "クリア"、何色にも染まり、何色にもならない、無色透明の少年の名はこうして決まるのだった。

 

 


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