ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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二十三話『vsデルビル 仮面の男』

 

 

 その日クチバシティジムリーダーマチスはとある調査の為、ジョウトチョウジタウンのとある商店を訪れていた。

 その調査とは何を隠そう、彼が所属するカントーを主な活動域としていた悪の組織"(ロケット)団"の今の動向を探る調査である。

 ――というのも今現在ロケット団は組織のボス"サカキ"が敗北、失踪して以来今は事実上の解散状態となっているはずなのだが、そんな中このジョウト地方でその解散状態のロケット団の活動がチラホラ確認されているというのである。

 そしてそんな情報はロケット団元三幹部の一人であるマチスのあずかり知らない所であり、またその活動を行っている団員達はサカキに代わる新たなリーダーを頭に据えて活動しているという情報もあるのだ。

 当然彼はその現状に怒りを感じて――同じ三幹部でありながら一年程前に姿を晦ましたキョウ、療養中のナツメに変わって彼がこのジョウトの地へと足を運んだという訳なのである。

 

 

「あ?……なんだテメェは?」

「人に素性を尋ねる時はまず自分の……ってもうアンタの事は知ってんだけどな、クチバジムのマチス……俺はクリア、まぁよろしく」

 

 そう言って手を差し出すクリアと名乗った少年の手を、マチスは用心深く見つめる。

 数秒して、いつまで経っても握手に応じないマチスの様子にクリアは肩を竦めて手を戻す。

 だがマチスが彼を用心するのも当然だ、マチスがジョウトの、それもチョウジの小さな商店に入っているのは何も特産品の"いかりまんじゅう"目的等では無い。

 

(なんだこのガキは……唯の通りすがりの一般人か? だがこのタイミング、俺がいざ敵の懐に潜りこもうとした瞬間に現れるタイミングの良さ)

 

 そう、彼がこの商店に来た目的は前述の通り何者かによって復活そして掌握されたロケット団の調査と、その何者かの抹殺だった。

 その為の調査の最終段階として、昨今の怒りの湖ギャラドス大量発生事件の際、怪しげな出入りが行われたというこの商店の調査へとやって来た彼だったのだが、いざ怪しい空洞を発見し、飛び込もうとした瞬間にクリアが現れたのだ。

 今この瞬間にも異変が相手に伝わっているかもしれない、そんな一秒すらも惜しい状況での新たな不安要素の出現――疑われて当然である。

 

「おいテメェ、こんな所で何をしてやがる!?」

「……テメェじゃねぇクリアだ、つーかそれは俺の台詞だぜ? 俺の行き付けの饅頭屋でアンタこそ何してるの?」

 

 ピリピリとした緊張感が周囲を漂う。

 片や早々に話を切り上げ、かつクリアの立ち居地を見極めたいマチス。

 片や行き付けの店に、突然現れた他地方のジムリーダーに穴を開けられ不審がるクリア。

 両者とも、疑惑の眼を相手に向けたまま、いつでも戦闘へ移行出来る体勢をとっている、だがそんな状況が続いて不利になるのはマチスの方のみ、従って先に折れるのも当然マチスだった。

 

「……はぁ、これじゃあ埒が明かねぇ! じゃあ俺が手短に事情を話すからその後はテメェが話す番だ、いいな?」

「……あぁいいよ」

 

 マチスの提案にすんなりとクリアは了承し、そしてマチスは口を開く。

 

「俺がテメェの行き付けの饅頭屋だっけか?……に穴を開けたのはこの床下に広がる空間の調査をする為だ」

「床下に……空間?」

 

 少しだけ頭を穴へと近づけてその中を凝視するクリア、その視線の先にはマチスの言った通り確かに新たな広い空間が広がっていた。

 綺麗に整えられた何かの研究所の様な電子機器類が多様に見える場所、勿論クリアはこの商店にこんな地下室があるなんて情報は聞いた事が無い。

 

 ――いや、正確には聞いた事は無くても知っていた。

 

 彼がゲームから吸収した情報の一つに、この商店の地下の情報は確かに存在していた。

 だがそれは所詮はゲームの話、この世界とゲームポケモンの世界は同じ所もあれば全く違う所もあるというのはクリアも重々承知の事実である。

 だから彼は"ある特別な事件"が起こるまではこの場所は放置しておこうと決めていたのだ、根拠も無い唯の推測のみで人様の家の床に大穴開けるなんて事、流石に気が引ける。

 

「この場所は"いかりのみずうみ"で最近起こった"ギャラドスの大量発生"の際、怪しい人物達の出入りが確認された場所だったんでな、それで俺はこの場所に目をつけたって訳だ」

(……そうか、もうギャラドスの大量発生は発生してたんだな)

 

 クリアはポケギアを持たない、故にラジオから流れるニュースを聞く事が出来なかったのが今回の事件の発覚を遅らせる原因。

 そして普段彼はチョウジジムにいて、ジムにいる間ならばラジオ等の情報機器もありはするのだが、今回の事件の発生時には彼が偶々ジムにいなかったのもまた原因の一つなのだろう。

 裏を返せば、彼が"ジムにいない時を狙って発生した"という見方もあるのだが、クリアがその事実に気づく事は無い。

 

「そんで俺はこの店の床下から"妙な音"を聞いて、まぁ電子機器の作動音なんだが、それでこの穴を開けたって訳だ……じゃあ今度はお前の番だぜ、テメェがここにいる理由、教えて貰おうか?」

「電子音……確かに聞こえる、今まで気づかなかったな」

 

 開けられた穴の中から確かに聞こえて来る音、それは穴を開けられる前にも微かにだが発生していた音のはずなのだが、それは所詮は微々たるもの、こうして音の波が更に大きく伝われる様な"穴"でも開けられない限り分からなかった事だろう。

 その事実を確認し、そしてマチスの言葉にも何ら不審な点が無い事をクリアは確認して、

 

「じゃあ俺も、さっき言った通り名前はクリアなんだけど、今はこのチョウジの外れに住んでて……ってちょくちょくジョウト地方を旅してたりもしたんだけどさ」

「……だとするとなんだ、テメェは本当にただの一般人、って訳でいいんだな?」

「うーん、どうだろ? 多分ただの一般人にはならないんじゃないかな?」

 

 少し考える素振りを見せてから、クリアはポケットから一個の携帯型電子機器を取り出した。

 赤い外見でポケットサイズのそれを見て、マチスの表情に驚きの色が広がる。

 

「図鑑を貰った図鑑所有者って言われてるんだけど、これ持ってても一般人には含まれるのかな」

「ポケモン図鑑!?……いや待てよ……おいお前、もう一度名前言ってみろ!」

「クリアだけど、それが何か……」

 

 驚愕しながら、その名前に"心当たり"があるマチスは必死にその名を思い起こす。

 記憶の海に潜り込みながら、数日前数週間前数ヶ月前、と段々と過去の映像を掘り起こしていき、そして――、

 

 

 

『もう一人、多分すぐにもう一人来ると思います』

 

 約一年前、四天王事件の時の出来事が彼の記憶の網にかかる。

 

『もう一人だと?……俺達以外にまだ誰かこの島に来てるというのか?』

 

 それはカントー四天王との最終決戦の舞台、スオウ島にてイエローと呼ばれる小さな子供と、グリーンと呼ばれる図鑑所有者の会話。

 ナツメの運命のスプーンでコンビ相手がいなかったマチスを見て、イエローが言った言葉。

 

『はい、グリーンさん。ボクは"クリア"と一緒にこの島まで来たんです』

 

 イエローが発言した人物の名と今彼の目の前にいる人物の名。

 スオウ島の最終決戦の決着後、事の顛末だけはマチスも聞いていた。

 

 ――四天王ワタルを倒したのは、イエローと呼ばれるトキワ出身のトレーナーと、"クリア"と呼ばれる謎の多いトレーナーだった――と。

 

 

 

「……おいお前、まさかとは思うが"スオウ島"って単語に聞き覚えは……」

「スオウ島? 懐かしいね、もう一年も前だっけか、そういやアンタもジムリーダーだっけな」

 

 一致した、そして間違い無いと、マチスは目の前の子供に釘付けになる。

 一年前のスオウ島での最終決戦で、もしかしたらマチスと組んでいたかもしれないトレーナーで、そしてその事件を解決に導いたトレーナーの一人。

 "図鑑所有者クリア"、マチスはここに来てようやくその事実に気づいたのである。

 

「……じゃあさ、アンタも一つ質問したんだし、俺も一つだけ質問いいよね?」

「……質問だと?一体何を質問し……」

「アンタが言ってたこの店に出入りしてた"怪しい人物達"っての、もしかしてロケット団?」

「ッな!?」

「その様子、ビンゴだね」

 

 突然の的確な質問にマチスは意図せず反応してしまい、その様子からクリアに話さずとも伝わってしまう。

 だがそれでマチスに何らかの不利がある訳でも無し、単純に彼は驚いただけなのだが。

 

「What……テメェ、一体何故ロケット団だと?」

 

 それでも彼は聞かずにはいられなかった。

 今の情報のみで、もしクリアがその答えにたどり着いたのなら名探偵ばりの推理力、なんて話じゃない。

 そこには何かしらの理由が、クリアがすぐに"ロケット団"を思い浮かべる様な事件があったはずなのだ。

 ――そして、もしかしたらマチスがまだロケット団として活動していた頃の図鑑所有者達の様な、そんな活躍がクリアにもあるかもとマチスは考えたのである。

 

「別に、ヒワダの井戸やエンジュの地盤沈下の時に活動してたからなあいつ等、それで何となくそう思っただけだよ」

「……ほう、まるで見てきたかの様な言い方だな」

「見てきたよ、というか戦った……だから多分、ここもロケット団が関係してると思ったの、さ!」

「お、おい!?」

 

 マチスの予想は正しかった。

 クリアは三年前のレッド同様、何度かロケット団と戦っていたのだ。

 しかも一年前には四天王と呼ばれる強者とも戦い、そして勝利した図鑑所有者。

 敵に回れば厄介な存在だが、味方となれば確かに頼もしい存在、クリアもそんな集団の一人だったのだ。

 

 そうと分かれば、今回の調査で不測の事態があった時に彼一人よりクリアと二人でいた方が対処しやすいはずで、共に向かえばメリットもあるだろう。

 ――だがクリアとマチスはそもそもの立場が違う。クリアは恐らくロケット団を捕まえる為、マチスは奪われた団員達を支配下に戻す為に向かうのだ――当然結局は激突は必死だろう。

 果たしてどう判断づけるべきか、その事を思案していたマチスだったが、突然のクリアの行動に戸惑いながらも彼についていく。

 

 

 

「おいテメェ! 何いきなり降りてやがる!」

 

 憤りながらマチスは言って穴へと身を落として、いきなり自分一人で地下へと降りたクリアへと近づく。

 マチスの怒号を聞きながら、だが当の本人は無言で立ち尽くしていた。

 彼の方を見向きもせず、ただ一点のみを見つめている。

 その事に気づいたマチスはそんなクリアの態度を不審に思い、彼の視線の先を追う。

 

『……もう一匹ネズミがいたのか』

 

 追って、その視線の先の人物で、彼の視線も止まった。

 

「……テメェか、ロケット団新首領の名を語る不届き(もん)ってのは!」

 

 そこにいたのは一人の仮面をつけた男だった。

 不気味なオーラを漂わせる顔も体格も分からない人物、だがそんな事はマチスにとってはどうでも良かった。

 周囲にかけられたロケット団団員服、電力工場としても稼動しているらしい周囲の電気機器、そして仮面の男の堂々とした態度、雰囲気から、マチスは彼を新首領と決め付けて、自身のレアコイル達三匹を仮面の男へと放つ。

 

『デルビル!』

 

 しかし唯でやられる程度の相手なら、そもそもマチスも、そしてクリアだってここまで苦労はしていない。

 即座に仮面の男も対応し、デルビルの"かえんほうしゃ"がマチスのレアコイルを襲う。

 うち一体に直撃し、"はがね"タイプも持つレアコイルの体力を一気に奪い戦闘不能に追い込み、更に続けざまに他二体へと攻撃を移す――が、

 

「P! "こうそくいどう"から"たたきつける"!」

 

 クリアは(ピカチュウ)を召還し技を指示する。

 指示を受けたPは"こうそくいどう"で一気にデルビルへと詰め寄ると、なぎ払う様な"たたきつける"を一撃放つ、がそれを寸での所で避けるデルビル。

 そしてデルビルが次の攻撃行動に移ろうして、Pも追い討ちはやめて一旦クリアの所へと戻る。

 それを見て、薄ら笑いを浮かべてクリアは口を開いた。

 

「へへっ、まさかとは思っていたけど……ようやく会えたな仮面の男」

「クリア、テメェあの男の事知ってんのか!?」

「まぁ話に聞いただけだけどね、伝説の三匹を焼けた塔に封印して、かつてはホウオウを操り悪行してたっつー話をな」

 

 目を細め、敵対心をむき出しにしながらクリアは言う。

 そんなクリアの話に、一瞬視線を外していたマチスもまた息をのんで仮面の男の方へ再度視線を移した。

 伝説のポケモンを封印し、そして従える程の実力、少なくともマチスと同等かそれ以上はあると見て間違いない、クリアの話からマチスはそう感じ取ったのである。

 そしてマチスは三匹のレアコイル達を手元へと戻し、そしてライチュウを前へと出して、

 

『フッフッフ、よく調べている……いや、聞いたと訂正した方がいいかな?』

 

 仮面の男が口を開いた。

 相手の心に直接冷気を吹きかける様な、聞いた相手を震え上がらせる様な声で彼は続ける。

 

『そうだ、私がロケット団新首領の仮面の男(マスク・オブ・アイス)……今から消えるお前達への冥土の土産になる名だ』

 

 仮面の男(マスク・オブ・アイス)、ジョウト地方図鑑所有者と幾度か戦い、そして彼らを怒りの湖で葬った人物。

 そしてその正体はクリアの良く知る人物でもあるが、どちらの真実もクリアは知らない。

 知らずにクリアは微笑を崩さずに、

 

「へぇそうかい、だったら俺の名も教えてやるよ、クリア……テメェを冥土に送る名だ、しっかり覚えて地獄に落ちろ!」

「……知っているさ、そんな事は」

 

 最後の呟きはクリアには聞こえなかった、仮面の下の人物にしか聞こえない声量の呟きは、どこか哀愁の漂う冷たいもので、

 

『地獄だと? 生憎ながらそんな所へ行ってる暇等私には無い!』

 

 更に冷たい冷酷な声は、しかとクリアの耳に届く。

 その瞬間、仮面の男のデルビルが遠吠えし、"かえんほうしゃ"を再度放つ。

 

「ライチュウ"10まんボルト"!」

 

 すかさずマチスのライチュウが対抗し、二つ技がぶつかり合う。

 火花が飛び散り、出し続けられる技同士が相殺し合う、その横をクリアのPが通り抜けて、

 

「たたきつけ」

『"シャドーボール"!』

「ッ、P!」

『まだだ、"いとをはく"!』

 

 デルビルに対し"たたきつける"を遂行しようとした瞬間、Pの頭上から"シャドーボール"が放たれPに直撃した。

 体力は残ってるもののよろめき、そして"いとをはく"で体の自由が奪われたPが仮面の男の手にかかる。

 

「……アリアドスとゴース、いつの間に……」

『フッフッフ、攻撃を止めろ、止めなければこのピカチュウは……』

「ッ、マチスさん、攻撃止めて!」

「のわっ!? わ、分かったから離せよテメェ!」

 

 Pを人質に取られたクリアに掴まれ、仕方なし攻撃を止めるマチス。

 放電を止めるライチュウと、同時に放射を止めるデルビル、そして拮抗状態を築いた仮面の男は、

 

『それでいい……ではクリアよ、このピカチュウを返して欲しくばお前の持っている羽を渡して貰おうか』

「……羽だと?」

『恍けなくて良い……私は知っている、貴様が"にじいろのはね"と"ぎんいろのはね"の二枚を持っている事を……!』

 

 仮面の男の言葉に、クリアはチラリと背負ったリュックを見やる。

 彼が持っている二枚の羽"ぎんいろのはね"と"にじいろのはね"、それは彼が偶然手に入れたものだったが、同時にそれは仮面の男がかつて失い、そして喉から手が出る程に欲していた物でもあったのだ。

 その二枚の羽をクリアが持っている、とエンジュでクリアと戦った団員から報告を受けた仮面の男は、その時からずっとクリアが持つこの二枚の羽を狙っていたのである。

 

「羽だと? やっぱテメェ、まだホウオウを狙ってやがるのか、しかもルギアまで!」

『何の事だか知らないが、その二匹は所詮私の目的の為の"道具"に過ぎん、到達手段に執着心等無い』

「道具、へぇ……道具ね」

 

 "道具"、ポケモンをそう言い放った仮面の男にクリアは内心静かに怒りの炎を燃やす。

 クリアにとってポケモンとは言わば恩人にも等しい存在だった――突然この世界に来た彼と誰よりも長い時間を過ごしてくれて、命を救われ、この世界で一人だった彼に数々の出会い、友人(イエロー)達、そして(ヤナギ)にめぐり合わせてくれた存在。

 そんな存在を"道具"と言い放った仮面の男、彼にクリアが憤るのも無理の無い話なのだ。

 

「……仕方無い、か」

 

 一瞬だけ躊躇するも、クリアにPを見捨てるという選択肢はそもそも存在しない。

 仕方なくクリアはリュックを地面に置き、その中に乱雑している道具、傷薬系統のものから先日貰った球体の道具等を掻き分けた先にあった物、二枚の羽を取り出す。

 

『おぉ! それだ! その羽、それが私の求めていたものだ!』

 

 二枚の羽を見た瞬間歓喜の声を出す仮面の男、その一瞬の隙、彼が自分から眼を離した隙を見てマチスは即座動こうと足に力を込める、込めた瞬間。

 

「っは、いつの間に、デルビルの大群だと!?」

 

 マチスは気づいた、彼等を取り囲むデルビルの大群に。

 見渡す限り黒の景色、その強面の顔は皆マチスを睨み、そして次の瞬間、彼等は一斉に雄叫びを上げる。

 

「……っぐ、体が、動かない…!?」

『お前が何か企んでいたのは知っていた、だからその動きは封じさせてもらう……さぁクリアよ、早くその羽を私の所へ持って来るのだ!』

「ッチ……」

 

 複数の野生デルビルによる"ほえる"、その圧倒的な程の数の雄叫びで身動きを封じられたマチスは、悔しそうに羽を持って仮面の男の方へ向かおうとするクリアを見て叫ぶ。

 

「おいテメェ! どうしてピカチュウに電気技の指示を出さねぇ!? 今の一瞬でテメェがそれをやってれば今頃は……」

「出来ないんだよ」

「……何だと?」

「俺の(ピカチュウ)は昔ロケット団に酷使された影響か電気を溜め込む事が出来ない、"外部からの干渉"があればどうにかなるが、アンタのライチュウも動きが取れないしな」

 

 因果応報とはまさにこの事だ。

 かつてマチスが行った非道が、今正に彼へと返って来たのである。

 マチス自身、クリアのピカチュウに身に覚えは無いが、施設の運営等の電力確保の為、電気ポケモンを使っていたのはマチスだった。

 その彼があずかり知らぬ所で、クリアのPの様なポケモンが出現し、マチスの知らない所で下っ端団員に使い捨てられていても何ら不思議は無かった。

 

「そうか……だったら……」

「……?」

『どうした、早くこっちへ来いクリア!』

 

 マチスと何やら話してる様子のクリアを仮面の男が急かす。

 会話の内容は最後のトーンが落ちた所以外は彼にも聞こえていた為、別段気にする程でも無いのだが、いつまでもクリアとマチスを一緒にして妙な作戦を立てられないとも限らない。

 仮面の男の声を聞いて、クリアもすぐに彼の方へ歩を進めた。

 その間マチスはどこか複雑そうな顔でPの方を見つめている、そしてクリアはとうとう仮面の男の目の前までやって来る。

 

「さぁ来たぜ、P返せよ」

『二枚の羽が先だ……!』

「やだね、どの道俺はもう終わりなんだ、最後に頼みを聞いてくれてもいいだろ?」

『……いいだろう』

 

 仮面の男はクリアとマチスが話す以前からPが電気技を使えないと知っていた。

 だからアリアドスの"いとをはく"で動きを封じた瞬間にはもう、彼はクリアの敗北を確信していた、そしてそれは今も同じ。

 クリアにPを返した所で、アリアドスの糸を短時間でそう簡単に、人の力でほどく事等到底出来ない、そう判断した仮面の男はクリアにPを返した。

 

「サンキューな、仮面の男(マスク・オブ・アイス)

 

 フッと笑ってクリアはそう彼に告げて、Pを手元に置いたアリアドスの前で屈み込んだ。

 申し訳無さそうなPの顔を見て安心したクリアは、アリアドスからPを受け取る。

 ――そして、

 

『さぁ早くこっちへ渡せ! "にじいろのはね"と"ぎんいろのはね"を!』

「あぁ分かった」

 

 Pを抱いてそう言ったクリアの表情は、温和な笑みを更に崩したものとなっていた。

 

「欲しいもんなら、自分で取りにいけよ!」

『何っ!?』

 

 まるで悪事を遂行する犯罪者の様な、あるいは悪戯をし掛ける子供の様なそんな笑みを浮かべたクリアは、元々腐敗しない様にコーティングしていた二枚の羽を適当な方向へと投げ飛ばす。

 

『っク、デルビル、あの羽を拾ってくるのだ!』

 

 すかさず慌てた仮面の男がデルビルに指示を出し、指示を受けたデルビルがすぐにその羽をキャッチする。

 その様子を見て安堵する仮面の男だったが、

 

「なーに安心してんだよテメェは」

 

 が、そこまでは完全にクリアの予定通りだった。

 そして後はクリアがこう指示するだけだ。

 

「いくぜP! "10まんボルト"だ!」

 

 ――と、電気技が使えないPに対して、電気技の指示を出すだけだったのだ。

 そして勿論、Pの事をよく知る仮面の男は驚愕して、

 

『なんだと!? お前のピカチュウは電気技が使えないはず!』

「あぁ使えない"使えなかった"よ、今さっきまでは!」

 

 クリアが答えた瞬間、Pの体から漏電する。

 ワタル戦やジョウトジムリーダーマツバとの対戦等、数少ない戦闘以外では全く電気技が使えなかった、一体では完全に使えなかったPの体から放電が始まり、そして、

 

「いっけぇぇぇP! テメェに渡す位なら、"燃やし"ちまった方が百倍マシなんだよぉぉぉ!」

 

 クリアの叫びとPの"10まんボルト"が放たれるのはほぼ同時だった。

 ――Pは電気技が使えない、だが外部からの干渉があれば電気技を撃つ事が出来る、それも元の電力の何倍もの威力で放つ事が出来るのだ。

 その特徴に、クリアとマチスは賭ける事にしたのである。

 クリアが偶然手に入れた道具"でんきだま"は元々ピカチュウを強化する為の道具だ、しかも触った相手を麻痺させる程には"外部に電力が漏れている"道具。

 その微弱な電力をどうにか技に繋ぎ、かつ"でんきだま"本来の力でPの電撃の威力を更に倍増させれば通常程度の威力は出せるんじゃないか?――クリアは先程のやり取りでそうマチスに提案されたのである。

 

 そして賭けは成功したのだった。

 

 Pの電撃が仮面の男のデルビルへと直撃し、同時にデルビルが口に咥えていた二枚の羽にも当然被弾する。

 雨や風等をしのげる様コーティングが施されていても、電気ポケモンの"10まんボルト"には流石に耐えられない、耐えられるはずは無いのだ。

 

『羽が、私の虹色の羽と銀色の羽が……』

 

 "でんきだま"を持ったPの電撃を受け、発火し、燃え尽きていく二枚の羽をしかと見届けてから、クリアはマチスの傍まで戻る。

 

『許さん、もう許さんぞ貴様等……!』

 

 どうやら本気で激昂しているらしい仮面の男。

 二枚の羽をどうにか仮面の男に渡さなかったとはいえ、クリアとマチスが追い詰められている事に変わりは無い。

 辺りには無数の野生のデルビル、いくらクリアが"導く者"と評される人物でも、流石にこの数の野生ポケモンを手懐ける事等で切る筈が無い。

 

 そんな絶体絶命のピンチの中、クリアとマチスはそれぞれPとライチュウをボールに戻した。

 そのままデルビル達、そしてゴースやアリアドスに襲われれば生身の人間である彼等は一溜まりも無いのだが、マチスの作戦は既に完了している。

 

「許さない? それはこっちの台詞だクソ野郎が!」

「右に同じ、こっちだってアンタには怒ってんだよ!」

 

 マチスとクリアもまた仮面の男を睨むが、それで戦況が変わる訳でも無い。

 非情な仮面の男の手が上へと上がり、後はそれを下に下げて合図を出す、ただそれだけの行為の前に、その寸前に、

 

「……だがま、今は退くしか無ぇ、その位俺だって分かる……だがな」

 

 瞬間に、マチスとクリアの周りに無数のマルマインが出現し、仮面の男の手が止まった。

 それはマチスの隠し玉、動けなくたった直後に作動した、非常用の緊急退避の為の策。

 本当なら今すぐにでも目の前の相手をぶちのめしたい、と考えている二人だが、今は戦況が、相手が悪すぎる。

 更には時間も経ち過ぎていていつ増援が来るかも分からない状況だ、仕方なし二人も退くしか無いと頭でどうにか理解しているのだ。

 

「テメェもロケット団の新首領名乗る覚悟なら……この位の覚悟で敵陣に臨みやがれえぇぇぇ!!」

 

 マチスが叫び、マルマインが発光し、そして爆発音が木霊する。

 複数のマルマインによる"じばく"が地面を陥没させ、爆風が仮面の男を遅い、白い膨大な煙が出てそして――。

 

 

 

『……逃がしたか』

 

 その後にはもう、何も残っていなかった。

 倒れたクリアやマチスの姿が無いのは、先の爆発で二人が逃げおおせた証拠、今すぐに二人を追う事も出来るが――、

 

『……まぁいい、警察に嗅ぎ付けられた時の策ももう講じてあるしな』

 

 そう呟いた仮面の男が一個のリモコンを操作した直後、床下、仮面の男から見て天井で僅かな動作音が鳴る。

 そしてその場所を覆う様に厚い木の板、コンクリートの板と順に彼の頭上を塞いでいく。

 その様子を見て満足した彼は、またリモコンを操作し、天上を元に戻してから。

 

『……次はもう、容赦はしないぞ……クリアよ』

 

 孤独な地下にて一人そう呟くのだった。

 

 




電気玉の設定、あってるか不安だけどその時はその時だ。
そしてこれでようやくPが通常電気技を使える様になった……。
ツクシ、アカネ、マツバと――クリアと彼等のジム戦がどんな感じだったのか一寸だけ書いてるけど、その全容を書く事は無いと思います、あるとしたら今までみたいな"何があったか"とか"どんなポケモンで戦ったのか"等です。

ちなみにマツバ戦では"10まんボルト"を使えるゴース相手にクリアはPで戦ったりしてます。

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