ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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サブタイは昔あったアニポケ特別編のオープニングタイトルから、あの話結構好きだったなぁ。


二十九話『vsエアームド 新たなる誓い』

 

 

 とうとう始まるカントー対ジョウト、ジムリーダー対抗戦。

 三年に一度のポケモントレーナーの祭典、セキエイ高原ポケモンリーグにて、最も注目されていたイベント。

 その開幕試合を務めるは、カントー岩タイプのエキスパート、ニビジムのタケシ。

 対するジョウト勢からはアサギジムのミカン、鋼タイプのエキスパートとされるジムリーダーだ。

 ――といっても、彼女の情報を知らないタケシはミカンの出したポケモン達に困惑の色を浮かべている。

 当然だろう、彼女が本番前に調子を見たいと言って出したポケモン達は、デンリュウが一匹にレアコイルとトゲチック二匹ずつ、パッと見電気タイプ使いっぽいが、トゲチックは"ノーマル"と"ひこう"タイプのポケモンだ。

 実際に戦ったクリアは彼女のエキスパートタイプ、"切り札"が何であるかを知っているのだが、その情報は勿論タケシには教えていない。

 いくらタケシとは知人同士といっても、それはクリアにとってミカンも同じ、それにタケシ本人もそんなクリアの助言なんて望んでいないだろう。

 

 だからこそクリアはこのバトルを大いに楽しむ事にする。

 ジョウトもカントーも、両ジムリーダーの大半は彼にとっては友人関係にある者が多い。

 その者達のバトルをクリアは特等(ジムリーダー)席で楽しみながら観戦し、バトルに役立ちそうな盗めそうな技術は盗んで、そして――、

 

「……なぁクリア、なんでビデオカメラなんて持ってきてるんや?」

「ちょっと育て屋の爺さんと婆さんに頼まれたんだよ」

 

 周囲の観客達の注目を集めつつ彼は三脚まで用意して、特等席から撮影を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何やってるのかしらクリア(あの人)

「はぁ……知らねーよんな事は、つーかなんか俺はもう慣れちまったぜアイツの奇行にはよぉ」

 

 空気も読まずにジョウトジムリーダー席に三脚立てて撮影始めるクリアを、立ち見の観客席から眺める二つの人物。

 ジョウト地方新ポケモン図鑑所有者、ゴールドとクリスだ。

 渦巻き島でクリアと別れた彼と彼女は、その後オーキド博士からセキエイ高原で行われるジムリーダー対抗戦、そしてその"真の開催理由"を聞いてこの場へと参じた訳だが。

 早速彼等の先輩とも言える人物の姿を、有ろう事かジムリーダー席に見つけてクリスが呟き、ゴールドがため息交じりに答えていた。

 

「所でどうゴールド、貴方の眼から見て怪しい人物はいる?」

「さぁな、今の所目立って怪しい奴は一人しかいねーな」

「……クリアさんはジムリーダーじゃないから例外として考えて頂戴……」

 

 二人が見つめる先の人物、白熱するタケシとミカン両ジムリーダーの対決――を意気揚々とカメラに収めるクリアの姿を見てげんなりとした様子で答えるクリス。

 この二人がここセキエイ高原に来た"真の目的"、それは何を隠そう、解散したはずのロケット団残党達を束ねた悪"仮面の男"の発見にあった。

 ゴールドと仮面の男が過去ウバメの森で対峙した時、その時仮面の男のから偶然採取したジムバッジの金属粉から、オーキド博士やウツギ博士、そしてポケモン協会理事は、仮面の男はジムリーダーの一人だと断定し、今回の対抗戦を開催してジムリーダー達を一堂に集めたのである。

 そして集められたジムリーダー達の中から、実際に仮面の男と対決したゴールドにその正体を探ってもらおうと考えたのだ。

 ちなみにクリスは、嫌でも目立つ性格のゴールドのお目付け役として使わされたのだが、実際にはその心配は無かった様だ。

 

『イワーク戦闘不能! 試合終了ぉぉぉ!!』

 

 会場内に試合結果を知らせるアナウンスが流れ、ジョウト陣営のジムリーダー達、そしてジョウト組の観客達が歓喜の声を漏らす。

 ――と、撮影終了ボタンを押しながら帰ってくるミカンを迎えるクリア。

 

(……クリアさんが目立ってしまってるこの状況じゃ、別にゴールドのお目付け役なんていらなかったんじゃないのかしら……?)

 

 そう思うクリスの見つめる先では、勝利し帰ってきたミカンと片手でハイタッチを交わすクリア。

 同時に濃くなる会場内の殺気、無論それは男性人のみからの殺気である。

 そしてそれは彼女の隣に立つゴールドからも、

 

「あんの野郎! あんな可愛いギャルとハイタッチなんかしやがってぇ!」

「……はぁ、馬鹿ばっか」

 

 同時に殺気立つ隣の少年の様子に呆れながら、ため息吐いて彼女は呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

『続いての試合は、ハナダジムカスミさん対コガネジムアカネさんです!』

 

「よっしゃ、ウチの出番や!」

 

 場内アナウンスが流れ、クリアの隣に座るアカネが勢い良く席を立ちながら言った。

 ジョウト地方からはノーマルタイプのエキスパートのアカネ、対するカントーからは水タイプのエキスパートであるカスミの登場である。

 タイプ相性的には先の鋼対岩、の様な特別カントー不利という訳でも無い今バトル、ジョウト的には再び勝って勢いを確固たるものとしたい所だが、逆にカントーからしてみれば既に一敗してる状況、まずは流れを掴む為の一勝が欲しいといった所か。

 まぁ所詮はエキシビジョンマッチなのでそこまで勝利に拘る必要は無いのだが、そこは各ジムを任される程のトレーナー達だ。

 

「絶対負けへんでぇ~!」

「おう、まぁ頑張って来いよアカネ」

 

 勝利への拘りというのは並々ならぬものでは無いらしい。

 そしてそう意気込むアカネに適当にエールを送りつつ、再びビデオカメラを回し始めるクリア。

 どうやら今回の試合全てを撮るつもりらしく、合間合間で一旦ビデオを止めるのは出来るだけ容量を食わない様にする処置なのだ。

 

 

 

「……ねぇ師匠?」

 

 アカネとカスミの試合が始まって、順調にカメラを回していたクリアは手持ち無沙汰となりながら自称彼の師ヤナギに話しかけていた。

 

「……なんだクリア?」

「いやぁ、なーんか怒ってません? 凄いピリピリしてますよ?」

「そんな事はない、ただお前がこの場にいた事が予想外だっただけだよ、はてどれ位でジムに帰ると言ってたか……」

「あ、あはは……あ、アカネの勝負がもうじき終わり……って」

 

 話しかけてみると、予想以上に辛らつな言葉が返ってきてクリアは慌てて試合へと視線を戻す。

 言動自体はキツく無いが、むしろ氷タイプのエキスパートである彼の師の返しとしてはその冷静な返事は、ある意味キツく言われるよりもヤナギからにじみ出る怖さと、クリアの自責の念が倍増する。

 氷の様な冷たさで叱られた時には、まるで体の芯から心の底まで凍らされた様な気分になるのだ。

 

 そして話をすり替えた矢先、再度視線を戻してみると試合は終了間際だった。

 カスミのスターミーの"はかいこうせん"がアカネのミルタンクに直撃してそして、

 

『ミルタンク戦闘不能! 第二試合はカントーハナダジム、カスミさんの勝利です!』

 

 勝者はカントー側、そしてアナウンスと同時に盛り上がるカントーサイドの人間達。

 これで試合は一対一の振り出しに戻された。最初こそ先勝して勢いづくかと思ったジョウト側だったが、カントー側も負けてはいないという証拠である。

 そしてそれはここからの激戦を予感させるもので、手に汗握るバトルの行方は誰にも分からないもので。

 

「やっべ……!」

 

 だけどそんな事等今は忘れてクリアは闘技場へと走る。

 理由は簡単だった。彼がコガネジムでアカネに挑戦した際の記憶が彼の脳裏に過ぎったからである。

 それはジム戦に挑み、戦い、僅かの差でクリアが勝って、いざジムバッジを貰おうとした時だった。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁん! 負けてしもうたぁぁ、ウチの所為でジョウトに初黒星がぁぁぁ~!」

 

 その声は会場の騒音にかき消されていたが、勝利したカスミとは裏腹にアカネは瞳を濡らして号泣したのである。

 ペタンとその場に座り込んで泣き出したアカネの下に、その事態を予測していたクリアはすぐ様駆け寄って、

 

「はいはいアカネ、泣くならまずは席に戻るぞ」

「ひっぐ、ぐすっ、クリアぁ…」

 

 そんな彼女の手を引っ張って、クリアは二人で観客席に戻る。

 ――そう、クリアはアカネが意外と泣き虫だという事を知っていた数少ない人間だった、だからこうして涙を流す彼女をいち早く迎えに来れたのだ。

 クリアとアカネが初めて戦ったコガネジム戦で、勝利したクリアがいざバッジを貰おうとした際アカネが泣き出してしまい、ジムトレーナーの一人からアカネが泣き止むまで暫く待って貰う様に言われたのは良い思い出である。

 昔ゲームでプレイした主人公の体験を、まさかその身で味わう事になるとは思わなかったクリアはその時、若干の懐かしさを覚えると同時に小さな罪悪感も持ってしまっていた。

 いくらクリアに非が無いとは言え、やはり女の子を泣かせて平然としてられる程クリアは気丈では無いし、ドSでも無い。

 

 それ以来、クリアは負けるのは当然嫌として、彼女に勝つのも苦手な為アカネとのバトルは受けなくなったのである。

 

 

 

「ほら、もう泣き止めよ、な?」

「えっぐ……うん、うん、ありがと、クリア……」

「……ま、まぁ気にすんな、うん」

 

 席に戻って、微笑ましそうに見つめてくるミカンの視線を無視しつつクリアはアカネの頭に手を乗せて適度に撫でる。

 観衆の注目の的となり若干の照れくささはあるものの、それでも隣で女の子が泣いてるのに何もしない男、というレッテルを貼られるよりはマシというもので、加えてクリア自身も何だかんだでアカネの事が放っとけなかったのだ。

 泣き出す事は多いが、気持ちの切り替えは割と早いアカネである。クリアに頭を撫でられ気持ちが落ち着いたのか、いつもの彼女ならぬ落ち着いた態度でアカネはクリアにそう礼を言って、その様子に少しだけドキリとしつつクリアも彼女にそう返すのだった。

 ――尤も、そんな微笑ましい男女のやり取りも、世の男性陣には不評らしく思った通り会場のクリアへの敵対心は更に深まるのだが。

 

(……こうして大人しくしていると可愛いんだけどなアカネは……ん?)

 

 さて、カントーが勝利で飾った第二試合も終わり、続いて第三試合である。

 カントーはセキチクジムのアンズ、対するジョウトからはキキョウジムのハヤト、二人共まだジムリーダーに就任したばかりの新米ジムリーダー対決。

 その開始直前で、気づくとその試合に出るはずのハヤトがクリアの前に立っていたのである。

 それに気づいたクリアはそろそろ泣き止んだ様子のアカネの頭から手を離して彼へと視線を向けると、ハヤトは自ずと口を開いた。

 

「実はさっき、マツバさんから君の事を聞いたんだが、もしかして君が手に入れたウイングバッジは……」

「多分、アンタの予想通りだよ、キキョウジム前ジムリーダーのハヤテさんから貰ったものだぜ」

「……やはりか」

 

 クリアから出た"ハヤテ"の単語にハッとして、どこか懐かしそうに納得したハヤト。

 更にその"ハヤテ"という単語に反応したのはハヤトだけで無く、少し離れた位置にいるシジマもだが、彼は元々多くを語る性格では無くその動きに変化は無い。

 逆にハヤトはその時の様子を、自身の前任であり、父親の戦いの様子をクリアに聞こうと口を開きかけるが、

 

『では第三試合、セキチクジムアンズさん対キキョウジムハヤトさんの新人ジムリーダー対決です!』

 

 流れ出るアナウンスに我に返り、口を閉じる。

 ハヤトも父親の跡を次いでジムリーダーになった身だ、その前任の最後の挑戦相手となったクリアに、戦いの様子を、父親がどんなバトルをしていたか聞きたい気持ちは強いものだろう。

 だが今は自分がそのジムリーダーで、現在はその責務の一つとしての対抗戦の真っ最中なのである。

 真の意味で彼が父親の跡を次いでジムリーダーとなり、かつその前任を超える為にはきちんと責務を全うする義務があるのだ。

 更に言うと彼は警察官でもあり、仕事に私情を挟むのがどれだけはた迷惑な事かもよく理解している。

 だからこそ、ハヤトは名残惜しそうにその場を去ろうとして、

 

「ハヤテさんは……」

 

 そんなハヤトに、名前の響きからハヤトとハヤテの関係を、彼の事情を察したのだろうクリアは短い言葉で告げた。

 

「強かったぜ、あのエアームドにはタイプ相性で有利なはずの俺のエースが苦戦したんだからな」

 

 その言葉だけで十分だった。

 細かい事や、気になる点等もまだまだ多々あるが、そんな事は仕事が終わってからゆっくりクリアと食事でもとりながら聞けばいい。

 ただ欲しかったのは挑戦者としてのクリアの率直な意見、ハヤテの強さの証明。

 そしてそれは、ハヤトが超えるべき壁として確かに出現して、同時にハヤトの背を押す力にもなる。

 

「っふ、ならばその前任を破った……父を破ったクリア、お前の前で無様な格好等見せられないな……!」

 

 彼には聞こえない呟きを残してハヤトは闘技場に上がる。

 相手は同じく新米ジムリーダーにして、ハヤトと同じ様に父親を前任に持つ少女。

 そんな似通った境遇のジムリーダー同士の対決が今、始まる――。

 

 

 

 第三試合が始まって間も無く、クリアが何の気なしに観客席を見上げた先で、彼は二人の人物を見つけた。

 

(あれは……ゴールドに、クリス?)

 

 試合が始まってすぐ、ハヤトのヨルノズクとアンズのベトベターの勝負が始まってすぐは彼も試合に注目していたが、元々飽き性のクリアだ、時間が経てば次第に辺りへと視線を向ける様になってくる。

 この広い会場で、誰か知ってる顔でもいないものかと、目だけ動かして一人一人の顔を観察してみたりしていたのだが、その最中に二人の図鑑所有者の姿を見つけたのである。

 

(あの二人も観戦か?……いや、それにしてはやけに険しい顔してやがるな……)

 

 最初こそ違和感無く二人の姿を見つけたクリアだったが、次第に周囲と彼等との様子の違いに気づいたのだ。

 まず二人はあまり楽しそうには試合を見ていなかった。周囲の観客達は皆笑顔を浮かべたり、そう思った次の瞬間には驚愕の表情を浮かべたりとコロコロと表情を変えているのだが、この二人に関しては全く表情が変わらなかったのである。

 それはつまり、試合への感情移入が一切無いという事、試合目的で来てる訳では無いという事だ。

 そもそもクリアはクリスの旅の目的は知っていてもゴールドの旅の目的までは知らなかった、コガネ、エンジュ、渦巻き島と何度か遭遇したクリアだったが、てっきりゴールドはリーグ出場でもするものだと思っていた。

 ――だが実際は、彼は選手席では無く立ち見の観客席にいる、その時点でリーグ出場は無いと言える。

 ならばゴールドは何の為に旅をして、何の為にこの会場を訪れたのか、最大の要因とも言えるジムリーダー対抗戦も彼等の表情の変化の無さからほぼ間違いなく無いと言えるだろう。

 

「……すまんアカネ、このビデオカメラそのまま回しててくれるか?」

「ふぇ?……ぐずっ……ク、クリアはどこに行くん?」

「あぁ、ちょっと気になる事があるから、知り合いに会って来る」

 

 そう言って、回し続けるビデオカメラはもう試合が終わったアカネに任せてクリアは席を立った。

 今は皆バトルに夢中な様子で、彼が席を立った事に気づいたジムリーダー達も、所用か何かだろうとすぐに視線を試合へと戻す。

 丁度ハヤトのエアームドとアンズのアリアドスの戦闘に移り変わり、ハヤトがエアームドの羽を用いたブーメラン状のボールでアンズのアリアドスの糸を切断し攻略した時。

 今からが勝負の盛り上がり、これから更に白熱した試合が繰り広げられるといった所で――クリアが観衆の前から姿を消すのと、観客席に"父の姿"を見たアンズが試合を放棄するのはほぼ同時だった。

 

 

 

 そんな頃、人気が全く無いリーグ会場通路に一人の少年の姿があった。

 黒を基調とした服に身を包んだ赤毛の少年、シルバーだ。

 

(今は対抗戦でカントー、ジョウト全十六名のジムリーダー達はエキシビジョンマッチに参加しているはずだ、その隙に控え室を調べて……)

 

 なるべく人目に付かない様に慎重に行動する彼にはある目的があった。

 "仮面の男"その正体を暴く事、新図鑑所有者であるゴールドとクリスの二人と同じ目的でシルバーもまたこの会場に来ていたのである。

 というのも、彼は今まで"とある人物"の指示で動いていた。

 半年間程の時間を、彼は彼の目的の為にその人物の命令の下、エンジュや怒りの湖等に地に赴き、そして最後の任務としてこのセキエイ高原にやって来ていたのである。

 

『ふっ、クリアか……一年前、俺と同時に奴も姿を消したと聞いていたが、まさか奴もこのジョウトの地にいたとはな』

 

 ヒワダの事件の際、シルバーがその人物にクリアの事を報告した時そんな事を呟いた人物。

 

『スオウ島ではやられはしたが、だが俺が久しく忘れていたものを思い出す切欠にもなった……それがクリア、俺と同じ故郷を持つ"イエロー"と共に、一年前俺に挑んで来た人物だ』

 

 一年前クリアとイエロー相手に死闘を演じた人物、四天王ワタルはシルバーにクリアの事についてそう話したという――。

 

 

 

「よっ、誰かと思えば銀色じゃん、何してんだよこんなとこで」

「っ……お前は、クリア……」

「おおう、先輩に対して良い物言いじゃん……って別に俺は気にしないけどねそういうの」

 

 突如後ろから声掛けられ、反射的に飛び退きながらその人物へ視線を向けるシルバーだったが、視線の先にいた人物の顔に、僅かながら安堵する。

 ふとワタルに彼の事について聞いた時の事を思い出していたからか、それとも単なる偶然か、どちらか等定かでは無いしそんな事どうでもいい、問題なのはクリアにシルバーの目的を話すかどうかだ。

 シルバーの目の前に立つ人物クリアは、ワタルの話と、ゴールドのポケギアに通信を入れてたウツギ博士の話では今回の事件とは全く関係の無い者だと思っていいだろう。

 それに加え、先の渦巻き島のルギア戦ではその実力の高さも証明されている――だがそれは同時に、クリアを今回の事件に巻き込む事になるのだ。

 シルバーが知る限り、クリアが今回の事件に関わったのは二度、ヒワダの井戸とエンジュの地盤沈下時、しかもどちらも巻き込まれる、もしくは首を突っ込む形で介入している。

 その性格から、協力を申請すれば快く引き受けそうだが、果たしてそれが正しいのかどうか、シルバーには判断しかねるのだ。

 

「まぁ、そんな事より一つ聞きたいんだけどさ」

「……なんだ?」

「タメ口かよ……ってそれはまぁいい、実はこの会場にゴールドとクリスが来てるんだけどさ……なーんかキナ臭いんだよねこれが、何でか知らない?」

「……それは、この場にロケット団残党を束ねる男が、仮面の男(マスク・オブ・アイス)が来て……」

 

 少しだけ躊躇して、シルバーはクリアに彼の目的を話す事にした。

 それは放っておいてもどちらにしても彼がその事実に行き着くと判断したから、もしシルバーが話さなくても、恐らくシルバーと同じ理由でこの場に来てるのだろうゴールドとクリスがクリアに話すと思っての事だった。

 まぁその事実と、クリアが行動に移すかは別としてシルバーは考えていたのだが、その事を聞いて――正確には"仮面の男"の事を聞いた瞬間、クリアの顔色が変わる。

 

「おいシルバーちょっと待てよ、マスク……まさか、本当に奴がここに来ているのか?…その言い方だと目星はついてる様だな、教えろ」

「……待て、お前は奴と会った事があるのか!?」

「あぁチョウジの土産屋でな」

「チョウジ……」

 

 チョウジタウン、真っ先にシルバーの頭に思い浮かんだのはチョウジジムのヤナギだった。

 氷タイプのエキスパートのジムリーダー、そして今回の仮面の男も強力な氷の使い手――だが共通点はそこまで、背丈等の身体的特徴は全く当てはまらない。

 一応考慮に入れておく程度か、ひとまずシルバーはそう判断して、自身の持ってる情報をクリアへと開示する事にした。

 別にそれで情報が減る訳でも無し、さらに言えばクリアの単独行動で仮面の男の正体を暴く切欠が出来るかもしれないからだ。

 クリアは既に仮面の男と会っていた、その時点でクリアはもう事件に無関係の他人では無くなっている。

 

「目星、一つだけ、奴に関する確実な情報がある」

「……だから何だよそれは」

「ゴールドがかつて奴とやりあった時、微量の金属粉が奴から検出された、そしてそれはワカバの博士から鑑定に回され返ってきた答えは……奴がジムリーダーの一人だという事だ」

「……ジムリーダー、だと?じゃあまさか、お前は今会場にいるジムリーダー達の一人が……」

「あぁ、仮面の男だ」

 

 極めて平坦な口調でシルバーがそう言って、彼はクリアの様子を観察する。

 俗に言う衝撃の事実を突きつけられて、クリアはただ乾いた笑いを零す。

 だが彼がそうなるのも当然だ、ついさっきまで話してた人物達の一人が、彼が良く知る者も多いジムリーダー達の内の一人が、彼や伝説の三匹の宿敵"仮面の男"だと、確かにシルバーはそう言ったのだ。

 一年前の四天王事件では短い間だが共に戦ったカントージムリーダーの四人、加えて共に仮面の男と戦ったマチスと、その彼と親しい間柄の様子のナツメ、そしてイエローの師とも言えるグリーンに、まだあまり話した事も無い新米ジムリーダーアンズ。

 数ヶ月前、ジム戦を挑み戦ったジョウトジムリーダーの面々、中でも知らない仲だったハヤトとは先程友人になれた気もしたし、何よりあのアカネが仮面の男だったなんて少しも考えられない。

 ――そして彼の師匠ヤナギ、普段は謙遜しがちの優しい老人、それがクリアがヤナギに持つ印象だ。

 だがその実態は怒らせたら怖い、氷タイプのエキスパート、そして彼が知る中でも最強のジムリーダー。

 

 そんな人達の中に、ロケット団残党達を束ね、そしてチョウジの土産屋での戦闘でクリアを攻撃した者がいるなんて、クリアには到底考えられなかったのだ。

 

「ははっ、悪い冗談だよ本当に、ジムバッジ? そんなもん俺だって持ってるぜ?」

「それは挑戦者に配られる簡易版だ、今回採取された金属粉は、ジムリーダーのみが持つ純正のものだったらしいからな」

「……じゃあ何か? 本当に、本当にあのジムリーダー達の中に仮面の男がいるってのか? 俺はあの中の大半とは知り合いなのに、だけど本気で攻撃されたんだぞ?」

「……馬鹿かお前」

「な、に?」

「知り合い? そんな事奴には関係無い!奴は自分の目的の為なら手段を選ばない様な奴だ! そんな奴が、ちょっと知り合っただけのお前なんかに手心を加えると……本気でそう思っているのか!?」

 

 激昂する様にクリアの胸倉を掴んでシルバーは叫んだ。

 彼自身、仮面の男に比喩表現無しで人生を狂わされた存在だ。

 何も悪い事はして無かった、ただ彼の出生が、出身地が他とは少しだけ違って特別だった、たったそれだけの理由で彼は九年前に攫われたのだ。

 まだ二歳だった彼のそれからの幸せを全て奪って、仮面の男は自身の目的の為だけに彼を利用しようとしたのである。

 仮面の男がジムリーダーの一人だった、ただそれだけの理由で、そんな存在をクリアは譲護しようとしたのだ、シルバーが怒りを覚えるのも無理は無い。

 

「……奴の目的は時間(とき)だ」

 

 シルバーの言葉にすっかり言葉を失ったクリアに、彼の真横を通り抜けて去り際にシルバーは呟く。

 シルバーも暇じゃない、いつまでも戦う気が無い者の相手をしていても仕方が無い、今から彼は仮面の男について調べなければいけないのだ。

 だから立ち止まったままのクリアを、図鑑所有者としては先輩の彼を、シルバーはその場に残して去る。

 ――がそれでも、彼にその情報だけは残しておく事にした。

 

「奴が何の為に時間を統べる術を求めているかは知らないが、だがこれだけは言える……奴を止めなければ、また無関係の人達が犠牲になる!」

「……」

「目的の為なら……各地から無関係の子供を攫い、エンジュで地盤沈下を起こし、怒りの湖でギャラドスを大量繁殖させる様な奴だ! そんな奴の目的が、綺麗なもののはずが無い!」

 

 シルバーの言葉は確かにクリアの心に響く。

 彼がついさっきまで話して、笑って、そして慰めて、そして戦ったり共闘したりした者達。

 その中の一人がジムリーダー、彼の宿敵、今までの関係全てが偽りだった相手――その事実に支配された彼の頭、心に、確かに染み込んでいく。

 

「お前がどうしようが俺には関係無い……だが俺は奴の正体を必ず突き止めて、俺は俺の宿命に終止符を打つ!」

 

 そうクリアに告げて、シルバーは彼に背を向けて歩き去る。

 クリアに言った言葉は、シルバー自身による自分への確認の様なもの。

 決意の確かめ、彼を縛る過去からの鎖を断ち切る為の最大の難関にして、最後の壁、それを壊す覚悟を今一度、シルバーはクリアに言う事によって固めていった。

 一方で一人残されたクリアは、

 

「……宿命に、終止符をね」

 

 クリアもまた、仮面の男を追う者。

 だがその理由は酷く曖昧なものだった――ホウオウに蘇生された伝説の三匹達同様に、ホウオウを守る為、そしてそのホウオウへの恩返しとしての行動。

 そこに嘘は無かった、無かったのだが、やはり伝説の三匹や、シルバー程必死にはなれていなかった。

 その証拠が今のクリアだ。

 伝説の三匹達が今もまだ共に戦うパートナー探しをしているかもしれないこの状況で、シルバーやゴールド、クリスが必死になって仮面の男の正体を探っているこの状況で――師匠が出るという言い訳で、ジムリーダー対抗戦を見に来ているという現状。

 

「……あぁそうだなシルバー、そんな奴を放っておいて……」

 

 だがそれもこの時までだ。

 今のクリアには、仮面の男を追う為の目的が、死に物狂いになる程の理由が見つかった。

 それはシルバー達が追っているからでは無く、伝説の三匹達同様ホウオウへの恩返しという訳でも無い。

 勿論それらの理由も含まれるが、根本にある理由はもっと単純なもの。

 

「……"大好きな奴等"に何かあったら俺は自分が許せなくなるっ!」

 

 彼の脳裏に浮かぶのはいくつかの知ってる顔。

 例えその中の一人が悪の親玉だとしても、やはり彼にとっては特別な存在のカントー、ジョウトジムリーダー達。

 彼の師ヤナギ、オーキド博士やウツギ博士、それにゴールドやクリス、シルバーも最早知らない仲じゃ無い。

 そして――今ジョウト地方にいる彼が初めて強大な敵と一緒に戦った、初めてこの世界で信じて背中を預けた人物。

 

「誰だか知らねぇが、仮面の男……止めてやるよアンタの野望、それが例え……!」

 

 例え、その先はあえて言わずにクリアは会場へと戻る。

 

 今度は隣にはいない、彼の親友(イエロー)がいる育て屋までせめて敵の手が伸びないうちに。

 新たな戦いの誓いを胸に秘めて、クリアはジムリーダー達の下へと戻る――宿敵の傍へと再度舞い戻るのだ。

 

 




試合内容は書かなくていいかなと思ってカットしました――というか一々書いてたら使う話数が酷い事になる!

ジムリーダー達との交流を増やせば増やす分だけ、クリアへのメンタルダメージが大きかった件。
というかあんな状況に放り込まれたら疑心暗鬼になる自信がある…。

――これでどうにか、GW毎日更新達成かな…。

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