全ジムリーダーの中で最もジムリーダー暦が長い大ベテラン、それでいて圧倒的な実力をいつも謙虚そうな苦笑いで隠していた老人。
――そしてクリアが師と仰いでいた人物、誰も予想していなかった。予想出来るはずも無かった、対抗戦でジョウト側の主将を務めた男が、まさか新生ロケット団の首領だなんて思えるはずが無かったのである。
だが同時にヒントもあった。仮面の男は"氷使い"、その事実と彼が仮面の男時に好んで使う"デリバード"を一目でも見ていたら、氷使いという情報を知っていたなら、クリアも今まで以上の疑惑の矛先を向けていたかもしれなかった――が、それも所詮過去の話だ。
今の彼に、もうそんな仮面は必要無い。必要なものは揃ったのだ。
ルギアとホウオウ、その二匹から取った虹色の羽と銀色の羽の二枚の羽、そしてボール職人ガンテツから奪い取った"時間を捕えるモンスターボール"の製作書。
後は時を待つだけ、その時しかるべき場所に行けば彼の目的は完遂される。
――だからその前に、
「ルギア、"エアロブラスト"! ホウオウ、"せいなるほのお"!」
最後の仕上げに、彼は彼の邪魔となる全てのモノを排除する。
伝説のポケモン、ルギアとホウオウの力を使って、伝説の三匹を、その三匹を操る三人のトレーナーを、そしてクリアを。
何の躊躇いも無く、"最終決戦"開幕の引き金を引いた。
「っ……エース!」
ルギアの口元から放たれた"空気の砲弾"、ホウオウの嘴から放たれた"聖炎の砲弾"、二つの空気と炎、この二つの属性から導き出される答えは容易に予想出来る。
即ち瞬間的な爆発、炎はその性質上、空気中の酸素を燃やしてその形を保つ、だから火を消したいなら何らかの手段で蓋をして空気の流入を止めてやれば良い。
ならばその逆。逆に燃え盛る炎に更に空気を送り込んでやれば、その炎は更に強く燃え上がるのだ。
加えてこの炎はホウオウの"せいなるほのお"、唯の"かえんほうしゃ"じゃない分性質が悪い。たったこれだけの工夫で、図鑑所有者二人を追い詰める程の威力に増大させる事が出来るのだ。
「さらに行け、P、レヴィ!」
だが爆発が起こる寸前で、クリアは即座にエースを外に出して宙へと逃げる、他伝説の三匹達もそれぞれの選んだパートナー達を背に乗せてその場を離れる。
そして次の瞬間に起こる爆発音、その音が耳に届いた時点でクリアはすぐに次の行動に移ったのだ。
マチスとライコウ、電気タイプのエキスパートと伝説の電気タイプの方へPを、同様にカスミとスイクンの水属性コンビにはレヴィを送り込む。
「……ッチ!」
そして自分はカツラの方へは――向かわずにクリアはヤナギへと突っ込む。
「!?……クリア、お前作戦は……」
勿論それは作戦外の行動、単身仮面の男に突っ込むなんて、勝算も無い行動をカツラ達がとらせる訳が無い。
そして今クリアが行っているのは唯の彼の我儘だ。
ヤナギと一緒に過ごした時間、押しかけ同然だったがそれでも彼は笑っていたと、本気でクリアは思っていた。
だからこそ、最後の可能性に賭けてみたかったのだ。
「師匠! もういいだろ、いい加減目ぇ覚ましてくれよ!」
エースに乗って、急速にヤナギへと接近するクリア。
一方ヤナギは尚も余裕を保ったまま、小さな老体で彼が常時乗っていた車椅子に腰がけ、その下は仮面の男としての体、氷の腕と胴、それに足で覆われている。
そしてその氷の体を作っていたと思われる張本人、クリアが絶対に勝てなかった相手、ヤナギのウリムーはチョコンと彼の膝元に座っていた。
そんな彼にどうにか近づいて、あるいは近づける様ホウオウとルギアに攻撃の手を緩めさせていたのか、クリアは叫んだ。
「目を覚ますだと? いい加減目を覚ますのはお前の方だクリア……いつまで師弟ごっこを続けているつもりでいる!?」
対するヤナギはいつも彼が見ていた気弱な瞳では無く、気丈な鋭い視線を彼に向けて答えた。
次いでクリアを襲う"ふぶき"、ヤナギの膝元のウリムーから発せられた猛吹雪をどうにかかわしながらクリアは尚も、
「あぁそうだな師弟ごっこだ、確かに俺と師匠は師弟じゃない……だけどそんな事は関係無い、一人の人間として、アンタに憧れた一人のトレーナーとしてアンタに目を覚まして欲しいんだよっ!」
彼の心の奥底からの叫びを"技"に乗せて、クリアのエースは"だいもんじ"を放つ。
同時にウリムーによる"ふぶき"、タイプ相性では勝っているはずなのに、なのにエースは押し勝つ事が出来ず、均衡に保つのがやっとの様だ。
――そんな相手に、師弟なんて間柄等関係無く、ただクリアが憧れた圧倒的な氷のトレーナーとしてのヤナギに対して、クリアは心の奥底からの叫びを言い放つ。
炎と氷の激突が終わる。均衡した二つの力は相殺されそして――、大空を舞う二つの伝説は大きな影となってクリアの前に現れる。
「ふん、何とでも言うがいいクリアよ、お前が何を言おうと私は変わらん! もう我が目的まで後一歩なのだ! 必要なボールはもう少しで完成し、後を時を待って、その間に邪魔者を排除するのみ!」
「……し、ししょ」
「昔私の二枚の羽を奪っていったブルー、だがあの女が今だに自ら持っているとは思わん。ならば考えられる可能性は多々あるが……そういえばクリア、お前は昔面白そうな話をしていたな? 一緒に旅したという"麦藁帽に羽の様な飾り"をつけた少年の話だ」
「……ま、まさか……!」
「"イエロー"というのだったか……今頃残党共がその少年の下へ向かっている頃だろうな、そしてお前が持っていた二枚の羽ももう存在しない!」
「……ヤ」
「後はここでお前と、伝説の三匹を葬れば、私の野望は完全のものとなる!」
「ヤナギィィィィィィイ!!」
クリアが咆哮すると同時にエースが彼の意思を読み取ってヤナギへと突撃する。
が、それを見越して――彼を煽る事によって冷静な判断力を鈍らせ、猪の様にクリアが突進して来る様仕向けたヤナギは微笑を浮かべて言う。
「言ったはずだクリア」
ヤナギの眼前までクリアが迫ったその時、丁度クリアいる部分に影が出来、そして――、
「勝負は常に"熱くなった方が負け"だとな」
ヤナギが言葉を言い終えると同時に、轟音が会場内に木霊した。
それは上空から落とされた巨大な氷の塊、ヤナギのデリバードが落としたそれが地面へと落ちた音。
丁度クリアがいた部分に、人一人位簡単に
「……確かに、勝負とは常に冷静でいなければならないかもしれない。だがな……」
突如、落ちた氷から水蒸気が立ち込める。
同時に氷の"中"から一人の声が聞こえた。
その声にヤナギが気づいた――直後、落下した巨大な氷が内側から弾け飛ぶ。
「時には"熱く"ならなければならない場合もあるのだよ、勝負の世界にはね!」
その中から現れたのは潰れたはずのクリア、そしてエース。
そしてその一人と一匹の傍に立つは"炎"のジムリーダー、パートナーのポケモンが全力を出せる様予め用意しておいた小型の酸素ボンベを口に咥えたグレン島のカツラと、伝説の炎ポケモンエンテイだった。
「カツラさん……」
「だがクリアよ、いくら何でも熱くなり過ぎだ」
「……あぁ分かってる、ごめんカツラさん」
「……分かっていればいい、気持ちは分かるさ」
そう言ったカツラの微笑は、冷たいヤナギの微笑とは違い暖かさがあった。見た者を和ます暖かさ、その微笑を見てクリア自身も微笑を浮かべ立ち上がる。
「……すまない三匹共、もう暴走は
言葉にして、彼等の傍に降り立ったスイクンとライコウにも聞こえる程の声量でクリアは言った。
それまで彼がヤナギに対して使っていた"師匠"では無く"ヤナギ"、と彼自身も本当に覚悟を決めたという意思表示を三匹、そしてそのパートナー達に伝える。
師匠との決別を、彼の名を呼び捨てで呼ぶことによって、クリアはその決意を固くしたのだった。
「ふ、ふふふ……止めるだと? この私をか、お前が何度挑戦しても勝てなかった私を?」
「……行くぜエース、レヴィ、P!」
「……いいだろう、ならばこれより先、余計な言葉はいらない! 来るがいいクリア、そしてスイクン、ライコウ、エンテイ! そのパートナー達、お前達を潰し私は確実に"時間"を支配してやる!」
そしてヤナギのその言葉を合図に、両者一斉に動く。
「スイクン"あまごい"」
「そんでもって、ライコウ"スパーク"だ!」
スイクンの"あまごい"で大雨を呼び、その雨に"スパーク"を混ぜる事によって、先程のホウオウとルギアの二つの合わせ技の様に威力を高めるカスミとマチス。
更に二人は先程のクリアとヤナギの問答の際の内に、それぞれのエキスパートタイプの技の威力を高める"しんぴのしずく"と"じしゃく"、この二つの道具を予めスイクンとライコウの持たせていた。
結果、更に二匹のコンビネーション攻撃の威力は増す事になる。
「ふっ、我々も負けてられないな、エンテイ"もくたん"だ」
雷雨の中を、雷を避けて飛ぶホウオウとルギア、そしてヤナギとデリバード。
その中からヤナギに向けて、カツラはグレンの炎で焼けたと言われる炎タイプの技の威力を上げる道具"もくたん"をエンテイに投げてその技の威力を増大させ、炎を放った。
だがそれでやれれるヤナギ達では無い、天から落ちる"スパーク"をルギアとホウオウは避け、ヤナギも当然回避行動に出る。
――が、そこでクリアのポケモン達も、予め想定されてた通りの動きを――伝説の三匹をサポートする動きをとった。
「今っ! P、レヴィ!」
クリアの支持でPがまず先程ルギアが通り過ぎた下、ライコウの"スパーク"が落下する場所へと移動。
直でその電撃を浴びる――が、クリアのPは少しだけ特別なピカチュウだ。
その電撃による攻撃は皆無で、加えてライコウの"スパーク"の莫大なエネルギーは確かにPに蓄積され、一撃必殺の雷技と化す事が出来る。
だがこれはあくまでも"とっておき"だ、ヤナギも当然、このPの特性は知っている、知っているからこそこの光景を見ればPを警戒するはずだ、それに加えて今この場には無関係な人達がまだ大勢いる、そんな状況ではPの電撃で二次被害が起こってしまうかもしれない。
だから次に、Pには準備だけさせてレヴィ、そして、
「エース!」
二体の"エースポケモン"に指示を出した。
指示の命令は至って簡単、エースはエンテイの炎の補助だ。エースの"かえんほうしゃ"をエンテイの炎に織り交ぜ、その威力を更に倍増させる。
そしてレヴィも"あまごい"の影響下にあり、ホウオウの炎攻撃を弱らせると共に水タイプの技の威力を増大させる"あまごい"の効果の下、最大パワーで"ハイドロポンプ"を放つ。
その水砲は今現在ぶつかり合っているホウオウの炎とスイクンの水、そのぶつかり合いに文字通り"水を差す"形で、ホウオウの炎を消し去りスイクンの水の勢いを増させる。
「甘いわっ!」
だがその攻撃はホウオウまで通らない。ヤナギの掛け声と共にデリバードがホウオウのサポートに回ったのだ。
デリバードが作る"氷の壁"、"永久氷壁"の二つ名を持つヤナギが作り出す半永久的な氷の壁だ、それは空気中の水分を吸って自動で回復し続ける氷の壁だ。
氷の壁に防がれ、更にスイクンが放ったその水分まで凍結され、吸収される。
そしてスイクンの力をも吸収し、巨大化した氷の壁はエンテイとエース、二匹の炎の攻撃をも防ぎきる。
(ッチ、こうなったらP……いや、でもまだ人が……!)
レヴィとスイクン、エースとエンテイ、二組のポケモン達の攻撃は完全にヤナギのデリバードが作った氷の壁に阻まれた。
残る策はPとライコウによる、ライコウの背に乗り飛び上がったPの"爆発的な電撃エネルギーの爆撃"だが、それではまだ会場に残る人々にも被害がこうむる恐れがある。
――となると、こうなると自ずと手段は最後の策へと絞られる事となる。
チラリとクリアがカスミの方を見ると、彼女もそのつもりなのかコクンと一度だけ頷き答えた。
そしてその様子を見てカツラとマチスも無言で了承する。
仕方が無い、危険は残るがやるしか無いと――。
そう彼等は判断して、
「エース、ホウオウを頼む! レヴィはルギアの方を!」
地面スレスレまでの低空飛行から、クリアはエースから飛び降りエースを単身ホウオウの方へ向かわせる。レヴィも同様にルギアの方へ。
そしてそれに続くエンテイとライコウ。まずは邪魔となるホウオウとルギア、それにデリバードと彼等四体のポケモン達の力で抑え込もうという作戦だ。
次にクリアはその様子を見届ける事無く、今だライコウの電気エネルギーを溜めたままのPを一旦ボールへ、そしてスイクンと共にヤナギへと向かったカスミの方へと見やった。
「貴方はこの先へは行かせないわ! 絶対に……それが私がスイクンとかわした約束だから!」
「……こしゃくな! そんな事出来る訳が無い!」
「いいえ出来るわ、周りをよく見なさい!」
気づけばスイクンに乗るカスミと、氷人形に乗るヤナギの一騎打ちが繰り広げられていた。
今現在はスイクンの"バブルこうせん"とヤナギの"れいとうビーム"が競り合っている――が、すぐにヤナギから打ち出される"れいとうビーム"がスイクンの"バブルこうせん"を破り、スイクンはジャンプで自身へと迫る冷凍攻撃を避ける。
が、今の一瞬で"ほとんど完成"したらしい。あえて技の威力を下げてまでもスイクンが張っていた結界が。
"水晶型の結界"、スイクンが敵の行く手を止める為に張るという"水晶壁"がそしてどうにか完成したのである。
「はぁ、はぁ……これで……私たちの勝ちね」
周囲を完璧に完成された水晶壁に囲まれて、その中のカスミは同じく囚われの存在、ヤナギに向けて勝ち誇った様に言った。
というより、ほぼ勝ちも同然だ。スイクンの水晶壁はどんな攻撃でも敗れない無敵の結界、その結界を解く事が出来るのはスイクンのみ。
加えてその水晶壁の中を自由に行き来出来るアイテム"とうめいなスズ"をヤナギは部下の失態で無くしてしまっている。
当然その事をカスミ達は知らないのだが、だけど現に今のヤナギは"とうめいなスズ"等持ってる訳も無く、イコール、この水晶壁の中に囚われてしまえばいくらヤナギと言えど抜け出す事は出来ないのだ。
――そう。
「……ふん、警戒しておいて正解だった様だな」
――ヤナギがもし、"本当に"捕まっていれば、そこで彼等の勝ちだったのかもしれなかったのだ。
不意に呟いたヤナギの姿がブレる。
驚愕するカスミとスイクンだが、そんな二人を置いていく様に事態は進む。ヤナギの姿はブレて、氷人形の上からヤナギとウリムー、そして彼の乗っていた車椅子が消失する。
それと同時に、水晶壁に捕まった氷人形の上に現れたのは、
「ッ! パウワウ!」
その姿が見えた瞬間、クリアはカスミの方へ走りながら叫んだ。
パウワウ、チョウジジムにいるヤナギの氷ポケモンの内の二匹が氷人形に乗っていたのである。
そして、そのすぐ近くに、水晶壁の"外側"にヤナギはその姿を浮かび上がらせる。
「どうだスイクン、自分の技で出し抜かれた気分は!」
そう、今ヤナギはスイクンの氷の鏡に自分を映して、あたかも別の場所に自分がいる――という技術を完全コピーして使用したのだ。
元々スイクンとの戦闘を想定して、その対策として自身の氷でも体現出来る様にはしていたが、まさかこんな形で役立つとは彼にも想定外の、それでいて嬉しい誤算だろう。
そして、そう言ったヤナギは、今度は近づいて来るクリアの方をグルリと向いて、
「ッ、しまっ!」
「ウリムー、"とっしん"だ!」
不用意に近づき過ぎた、そう感じた瞬間にはもう遅かった。
ヤナギの膝元から跳んだウリムーの全力の"とっしん"、小さいながらもパワフルな攻撃をクリアはモロに受けたのである。
「っが……!」
腹に突き刺さったウリムー、そしてクリアは"くの字"に体を曲げたまま、無造作に瓦礫が落下して、ボロボロになった地面へと倒れ込んだ。
「クリアっ!」
「お前は自分の、いやスイクンの心配をしたらどうだ?」
「なんっ……スイクン!?」
攻撃を食らい気を失ったクリアを気遣おうとしたカスミにヤナギは余裕の笑みをもって答える。
言われてすぐはカスミもその言葉の意味が分からなかったが、スイクンの方を見てすぐに気づく。
予想以上にグッタリとし、その場に音を立てて倒れ混むスイクンに。
ダメージ自体は言う程受けてないはずだ、確かに水晶壁を張る為に多少の労力は使ったはずだが、それを差し引いてもここまでの疲労の仕方は明らかに異常である。
「スイクン! どうして……」
「フフフ、よく見てみろ」
そうヤナギが言った瞬間、スイクンの体から黒いガス状のものが飛び出してくる。
それはゴーストタイプのポケモン、ゴースだ。本来ならセレビィ捕獲用のポケモンだが、ヤナギがパウワウ達と共に自分のダミーの傍に出して残しておいたポケモンだ。
その存在が――水晶壁の存在が露見した瞬間にはゴースの行動は始まっていた、カスミが知らぬ間にスイクンに"のろい"をかけ、ジワリジワリと除々にその体力を奪っていたのである。
そして次に追い込まれたのはカスミの番、先の対抗戦、そしてリニア内での戦闘でかなりの疲労が残るポケモンと、倒れて動けないスイクンと、彼女は水晶壁の中に取り残されてしまったのだ。
水晶壁を解く事が出来るのはスイクンだけ、それはつまり、スイクンが倒れてしまった場合、既に完成されてしまった水晶壁を解く手段は無くなったという事。
スイクンの体力が回復すれば、自ずとそれも出来るだろうが、
「後は任せたぞ、ゴース、パウワウ」
その水晶壁の中には、まだヤナギのポケモン達が、そして彼が作り出した自律する氷人形が一体いる。
最早手立てが無くなったカスミ等ただのサンドバックに等しい、氷人形の殴打が一撃、カスミを数メートル吹き飛ばす。
それを見てもう自分を止める者はいなくなったと判断したのだろうヤナギは、そのままデリバードにウリムー、そして戦いを切り上げたホウオウとルギアと共にその場を飛び立つ。
クリアとスイクンは倒れ、カスミは水晶壁の中に閉じ込めて、今はエンテイとライコウもその救助に尽力を上げ、その傍ではほぼ戦闘不能まで追い込まれたレヴィとエースがボロボロながらクリアの下へと向かっていた。
そして無理だと分かってても尚、時間の無駄だと理解していてもエンテイとライコウはヤナギを追わずに仲間を、そのパートナーを助けようと躍起になっている、ヤナギの思惑通り。
その現状に満足して、そしてヤナギはその場を飛び立つ。
無残にも半壊したリーグ会場を背にして、彼が目指す場所は唯一つ――ウバメの森――正確にはその"祠"。
幻のポケモン"セレビィ"を手中に納めるべく、ヤナギは次の目的地へと向かった。
「……なんてこった」
リーグ会場理事は呆然と呟く。
半壊したリーグ会場を前に、水晶壁に囚われた少女とスイクン、その救助に全力を出すエンテイとライコウ、そしてカツラとマチスも。
その様子を眺めてその様子に絶望した――訳では無く、今彼が見つめる視線の先の少年。
ウリムーの"とっしん"を受けて、肺の中の空気を一気に放出して意識を失った少年、彼の手持ちの
開幕セレモニー第一弾を華々しく飾った少年、クリア、その彼が師匠と謳っていた人物の正体が――ヤナギの正体が真の敵、"
そして同時に、伝説のポケモンを二体も操り、書類上はヤナギと同格のはずのジムリーダー三人、それに加えて伝説の三匹とクリア、これだけの手札が揃っていながら正体を突き止める事位しか出来なかった現状。
そこにあったのは純粋な力の差だった。どのジムリーダーよりも実力が高い、最強のジムリーダーヤナギの強さ。
今の戦い後、後に残るのは無力感のみだったのだ。
「……はぁ、はぁ……は、早く彼女を助けないと!」
そう言って出て行ったのはオーキド博士からの使者、図鑑所有者のクリスタルというクリスと名乗る少女。
過去に同じ様にスイクンの水晶壁に捕まった事のある彼女は身を持って知っていた、水晶壁の鉄壁の守りを、スイクンが解かない限りは絶対にその結界は解けないという事を。
「スイクン!スイクン!目を覚まして!」
必死にスイクンに呼びかけるクリス、彼女が焦るのも無理は無い。今もカスミは水晶壁の中で追い詰められていく。
ヤナギのパウワウとゴース、デリバードやウリムー程じゃ無いがそこはヤナギのポケモンだ。彼女もスターミーを出して対応しているが、連戦続きのスターミーじゃそれも時間の問題である。
更に極めつけはヤナギが残した氷人形、倒してもまた再生するこの物体の所為で、カスミのスターミーは必要以上の苦戦を強いられていた。
「ッ、スタちゃん!」
そしてとうとうカスミのスターミーが力尽きる。
倒れたスターミーを抱え、迫り来るゴースとパウワウ、そしてその後ろに構える氷人形を睨むカスミ。
だがそれもただの気丈なハッタリ、最早彼女には次の手立ては残されていない。
一歩、また一歩と氷人形が彼女に迫り、同時にゴースもそれに連れ添って、カスミの目の前まで来てから、氷人形が腕を振り上げた。
その瞬間、氷人形の上半身が弾け飛ぶ。
「……な、何が……」
一撃を覚悟していたカスミは訳も分からず呟いて、同じ様に現状を理解出来てないゴースに、似た配色の手が迫った。
ゴースト、ゴースの進化系であるポケモンの手だ。そしてそのままゴーストはゴースを水晶壁へと叩きつける。
「秋の風はうつりぎ、ただそれがやるせない……」
そう気障ったらしく言った青年の顔を、出入りが出来ないはずの水晶壁の中に佇む青年の顔をクリスは知っていた。
かつて一悶着はあったものの、彼女が信用に値すると思った人物、ヤナギが持っていた"とうめいなスズ"をロケット団から強奪した張本人。
それでいてエンジュジムリーダーマツバの友人は、まだ水晶壁内にパウワウが残ってる事、不気味な氷人形がいる事に気づいたのか慌てた様子でカスミとスイクンを連れてどうにか水晶壁から飛び出す。
その様子を見て、安堵した様子でクリスは呟くのだった。
「そうだ……いたんだ、一人だけ、水晶壁の中を自由に行き来出来る人……ミナキさん!」
ようやく――彼に登場でようやく彼等へと微かに風向きが変わっていた。
カスミとスイクンは救出し、ヤナギのポケモンと残された氷人形は水晶壁の中、もうその心配をする必要は無い。
今だヤナギが絶対的に有利だということは変わらないが、それでも確かに風向きはクリア達の方へと傾いていた。
「そうだ、ゴールドも一緒に手当てを……」
カツラから手当てを受けるカスミを見て、思い出した様にクリスは呟き、先程までゴールドが倒れていた場所へと目をやり、そして言葉を失った。
同時に――、
「理事! 先に行ったクリア達は!?」
「おぉ君たちは! 本当に大変な事になった……カスミ君達やスイクン達は今ここに、クリア君は……」
ようやくリニアが戻って来たのだろう。クリア達よりも一足遅れてマツバ、ツクシ、ハヤト、アカネの四名も会場へと舞い戻ってきた。
全ては終わった後だが、実力者達が戻って来てくれるのは非常に心強いものだ。その姿にとりあえず理事は安堵して、すぐにクリアの倒れている方向へと目をみやるが――、
「……どないしたんや理事?」
言葉を失った理事に、アカネが問う。
同時に――、
「ゴールドがいない、まさか……!」
「……あの状態で、ヤナギ老人を追っていったのか!?」
同時に、クリスと理事の言葉がリーグ会場に響いたのだった。