ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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過去最長!――すいません、キリ時が分からなくてこうなってしまいました。軽く二話分はあります。


三十三話『最終決戦Ⅲ』

 

 

 リーグ会場から数キロ離れた場所、そこでは今だジムリーダー達とロケット団残党達との戦いが続いていた。

 会場から発車したリニア、その前方車両へと進んでいたジムリーダー達である。

 マチスによって分断され、更に加速を続けるリニア前方車両、その車両内では正気を取り戻した数名のロケット団残党と、ジムリーダー達による洗脳されたロケット団残党達の鎮圧と、

 

「っく、駄目だ! プログラムはどうにか修正出来たがこのままじゃ行き止まりにぶつかる!」

 

 暴走するリニアの停車に全力を注いでいたグリーン等だったが、書き換えられたプログラムを修正する頃にはもう遅い。

 先が行き止まりとなった引込み線にいつの間にかレーンチェンジしていたリニアは、少しずつだがスピードを緩めながらも、しかし十分な加速がついた車両はそう簡単には止まれない。

 リニアの一番先頭、コントロールルームに陣取ってどうにか悪あがきを続けてみるジムリーダー達だったが、

 

「ツブテ達よ、"マグニチュード"!」

 

 タケシの六体のイシツブテが地面に衝撃を与える――が、

 

「駄目だ、そんな小さな力ではっ!」

「クソっ!」

 

 タケシのイシツブテ達でマグニチュードを起こし、その衝撃でリニアを止めようとしてみるもあえなく力及ばず失敗。

 思わず悪態をつくタケシだが、最早そんな悪態をついてる猶予すら彼らには残されていなかった。

 後ほんの僅かの時間で、リニアは猛スピードで行き止まりの壁に激突する。

 その車両に乗ったジムリーダー達も、ロケット団残党達も全てを台無しにする終わりを迎える事になるのだ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「イツキとカリンがこの先で待ってる、一足先に行ってろ!」

 

 一方そこはリーグ本会場から離れた場所、繋がりの洞窟付近にある三十三番道路。

 セキエイ高原にて散々暴れまわった二匹の伝説のポケモン、ホウオウとルギアを連れたヤナギはデリバードを連れて目的地へと飛んでいた。

 向かう先は唯一つ、"ウバメの森"、彼の目的の最終地点にして幻のポケモン"セレビィ"を祀る祠がある場所。

 だがその場所へ向かう前に、一先ずホウオウとルギアを先に行かせ、ヤナギは一旦地面へと降りる。

 

「……フフフ、もうすぐだ、もうすぐ完成する……!」

 

 彼のポケモンが作り出した氷人形、その上体に愛用の車椅子を乗せたヤナギは一心不乱にその手を動かす。

 リーグ会場にてかつての友、ガンテツから奪い取った巻物と、ホウオウとルギアの二匹から取った虹色の羽と銀色の羽、それらを使って作られる彼が目的を達成する為の必需品。

 ――"時間を捕えるモンスターボール"の作成に専念する為に、彼は目的地の眼前とも言うべきこの場所で一時足を止めたのである。

 更に付け加えると、今のヤナギには一時的にだが時間に余裕があった。

 彼の目的であるセレビィは夕刻、ある決まった時間にしか姿を現さない。その時間外では何時いかなる時でも無駄足に終わってしまう。

 だからこそ、件のセレビィを捕まえる為の、"時間を捕えるモンスターボール"の製作にヤナギは――最早完成目前だが気を抜かずにしっかりとボール作りに専念しようというのだ。

 

 

「もうすぐ会える……私の……」

 

 その時ヤナギの頭に浮かび上がったのはとある時代の、まだ彼が若かった頃の風景。

 寒風厳しい氷原にいるヤナギ自身と、二匹のラプラス。

 一度失った愛しい二匹のポケモン達。

 そんな光景が目に見えた様な気がした――瞬間少年の声が彼の耳に届く。同時にヤナギの作業の手が止まる。

 

「……誰に、会えるって?」

 

 そこにいたのは一人の少年だった、黒いリザードンをボールに戻し、その背後では野生だろうか数羽のカモネギが見慣れない顔に警戒の色を示している。

 ヤナギが吐いた唯の独り言、返事なんて期待していないその言葉に対する確かな応え、その応えを言った少年。

 今の瞬間まで彼の頭の中にあった光景が、氷原の風景が一瞬にして消し飛び、そして一人の少年の顔がヤナギの頭に浮かぶ。

 彼を師匠と呼び慕っていた少年の表情が、セキエイ高原で確かに倒したはずの少年の顔が彼の脳裏に鮮明に浮かび上がり、そしてその顔は今まさに彼の視線の先に立っていた少年の顔と一致して――、

 

「……本当に、しつこい奴だなお前は」

「……諦めの悪さが売りなもんでな」

 

 問答はそれだけ。たったそれだけの会話の後、ヤナギとクリアは同時に動く。

 全くの健康体であるヤナギと、既にボロボロの状態のクリア。

 しかも最も高レベルの手持ちは二体共体力は残り僅か、そんな危機的状況でも、クリアは臆せずヤナギに挑んでいく。

 セキエイ高原での勝負の続きは、そして第二ラウンドへと移行するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――時を同じくして。

 

「衝突まで、後一分!」

 

 ようやく大半のロケット団残党達の制圧に成功したジムリーダー達だが、グリーンの言葉で車内は今だ緊迫した状態が続いていた。

 後一分足らずで行き止まりに衝突し、爆発四散するであろうリニア。

 対策を考えようにも思案する時間が圧倒的に足りない、恐らくもう数十秒もすればグリーン達はリニアもろとも木っ端微塵となるだろう。

 リニアを捨てて下車すれば、助かる事には助かるが――彼等はジムリーダーだ、仮にも悪とは言え今リニアで倒れている大勢のロケット団残党員達も人間、見捨てる訳にもいかない。

 

(っく、考えろ! 閃け、この状況を切り抜く打開策をッ!)

 

 そう心の中で呟いた言葉は、グリーンが自らに言い聞かせる様に言ったもの。

 いくら後方と分断されて数は減っているとは言え、それでも前方車両にはまだ多くのジムリーダー達が乗っている、それだけの使い手が揃っていれば、こんな列車の一つや二つ止められるはずだと、そう必死に自分に言い聞かせているのだ。

 だがしかし、いくら考えた所で、考える暇等もう彼等には残されていない。

 考えようと脳を動かす今一瞬にも、リニアは絶望へのタイムリミットを刻一刻と刻み走っている。

 

 

 ――もう駄目かと、誰かがそう思ったその時だった。

 

 

 線路上に一人の人影が見え、直後リニアと衝突するはずの壁の間に一匹のカビゴンが現れる。

 突如として現れたカビゴンはリニアを迫り来るリニアをガッシリと掴み、足に力を入れ、その進行を阻害する。

 カビゴンの足元の地面が捲り上げられ、車内のグリーン達にも激しい振動が襲う。

 そして、轟音をたてるリニアはそれでもカビゴンを押しのけ進み、その背を壁につけるカビゴン――だがリニアの暴走もそこまでとなった。

 

 土煙がたって、僅かばかりの衝突の衝撃で体勢を崩していたグリーン達は起き上がり、その人物を見た。

 赤い帽子を被って、絶縁グローブをつけた少年。

 

「遅れてゴメン、皆」

 

 一年前の四天王事件、その戦いの際に負った後遺症。

 シロガネ山の秘湯にて、その後遺症を完治させたマサラタウンの少年、レッドはこうして完全復活を遂げたのである。

 

「レッド!」

「グリーン!」

 

 そんな彼に、グリーンは真っ先に声を掛けた。

 とは言ってもそれは久しぶりの再会に、という有触れた友情から等では無いし、元々こんな状況じゃなくてもそんな馴れ合いをグリーンは望まないだろう。

 せっかくの復活を遂げた、前年度ポケモンリーグ優勝者であるレッドだ。戦力としてはこれ以上無い程申し分無い。

 そして今は、誰がどう見ても非常事態である事が分かり、彼等が今からどこに向かわなければいけないのかも彼等は理解しているのだろう。

 

「乗れ、レッド! 俺の新しい手持ちだ」

 

 地上にはどんな罠が張られているか分からないからと、そう言ってグリーンはシジマ戦で見せたサイドンを出した。

 サイドンの角のドリル、それを使って地中から目的地へと向かおうというのだ。

 その意見にレッドも同意し、グリーンの後ろに続く。再会したエリカやタケシ達からもいくつかの言葉を貰い、そしてレッドとグリーンは地中へと潜っていく。

 彼等もまた、最終決戦の舞台へと――レッドの持つ"運命のスプーン"の導きによって、ウバメの森へと進むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ……な、何とか撒いたみたいだけど……ピカやチュチュ、おじさん達は上手く逃げられたかな」

 

 レッドとグリーンがそんなやり取りを終えた頃、ウバメの森。

 生い茂る木々が日光を遮断している為、日中でも薄暗いその森の中にイエローはいた。

 リーグ会場に突如出現したとラジオで実況されていたロケット団残党員、その脅威が迫った育て屋から何とか逃亡し、彼女はこのウバメの森まで走ってきたのだ。

 はぁ、はぁ――と、急な運動の所為か既に肩で息をしているイエローは、先程まで自身を追っていた複数の影が辺りにいない事を確認し、一先ず安堵する。

 

「……それにしてもどうして育て屋にロケット団残党が……? ボクの帽子を狙ってた様だけど……」

 

 そう呟き、イエローはキュッと頭に被った麦藁帽の端を掴んだ。

 ブルーから貰った何の変哲も無い麦藁帽子、不思議そうにその麦藁帽を上目遣いに見つめてみるが、それで疑問が解決する訳も無く。

 

「……考えていても仕方無いか……この森のざわめきも気になるし、それに……」

 

 それに――、そう呟いた後すぐに頭に浮かび上がった"彼"の顔、ロケット団の襲撃にあったリーグ会場に確かにいたはずの彼、クリア。

 その実力の高さ、死んでも蘇ってくる程のしぶとさはイエローも重々承知だが、理解していても心配にならないはずは無い。

 

 そして当然、先にドドすけに乗って行かせた彼女の叔父ヒデノリや育て屋老夫婦の事も気になるのだろう。

 まずはヒデノリ達と合流しようとイエローは、すぐに急ぎ足で森を進もうとした。その瞬間――、

 

「……え?」

 

 彼女の頭上に巨大な翼の影が舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「P! "たたきつける"!」

「デリバード」

 

 クリアとヤナギ、二人の対決が再度始まる。

 今まで公式的なジム戦で幾度と無く戦ってきた二人が、リーグ会場にて激突した二人が、今度は一対一での決戦という形で。

 ――とは言っても、その実力差は絶望的な程に大きい。

 全ジムリーダー達の中でも群を抜いた強さを、ジムリーダー最強と呼ぶに相応しいヤナギと、所詮は数多のジムリーダークラスもあるか疑わしいクリア。

 先程までの多対多のバトルでは目立たなかったが、いざ個人戦となるとその実力差は目に見えて出始める。

 

「"ふぶき"だ!」

 

 何とかデリバードの懐に潜りこもうとするPだが、そんなPにデリバードの"ふぶき"が襲い掛かる。

 速さ、技の威力とPを勝り、同時に飛行能力も持つヤナギのデリバードだ。

 タイプ相性だけなら一見Pの方が有利だが、先程からクリアが打撃系の技しか指示を出さない為、そのタイプ相性での有利も無いに等しい状況にある。

 

「どうしたクリアよ、お前のピカチュウはもう一人で電気技を使えるんじゃなかったのか?」

「……とっておきの作戦があんだよ」

「作戦か……大方予想はついている、セキエイでのライコウの"スパーク"が、お前が私に勝つ最後にして最大の切り札なのだろう」

 

 言われて、クリアはヤナギに気づかれない様小さく舌打ちをした。

 出来る限り苦しげな表情を見せないクリアの反応どおり、ヤナギのこの予想は完全に当たっていたのだ。

 セキエイでの戦闘中、ライコウの"スパーク"エネルギーをその身に宿したまま、Pは戦闘から離脱していた。

 その溜まった莫大な電気エネルギー、その力を糧にして、かつてのスオウ島での決戦時の様な電撃を放とうと、そうクリアは思ってこの場までヤナギに見つからない様に、エースに低空飛行で飛んで貰ってついてきたのである。

 

 だがその策もあっさりとヤナギに見破られてしまった。

 そしてライコウの莫大な電気エネルギーも、使える機会は一度キリ、外せばそれこそエースとレヴィがほとんど戦闘不能状態のクリアの勝機は完全に無くなってしまう。

 

 ――チャンスは一度、その一度のチャンスで確実に当てる為、クリアとPはヤナギの猛攻に必死に耐える。

 

(考えろ、考えろ! 何か策があるはずだ、ヤナギの裏をかく最高峰の奇策がッ! くそっ、何でもいいから何か思いつけ……!)

 

 デリバードの"ずつき"がPへと迫り、それをどうにかかわして掠る程度の被害で抑えるP、だが掠る程度でも十分なダメージは行き渡ったらしく、更にPの息が上がってるのが見えた。

 エリカ戦でのウリムーの"こなゆき"程じゃないが、やはりそこはヤナギのデリバードだ。少しのヒットでも決定打になりかねない、直撃でも貰った日には目も当てられないだろう。

 頼むから直撃だけは避けてくれよとPに心の内で懇願して、クリアはこれまでの日々をザッと思い出す。

 

(何か、今まで戦った相手、味方……誰でもいいから打開策になりそうな技を……)

 

 初めて戦ったロケット団の男や、四天王戦、ジョウトでの七回のジム戦に、傍で観戦した対抗戦。

 果てはヤナギ自身との勝負の中にもヒントを見つけようとするが、やはりすぐには良いアイデアは思い浮かばない。

 一瞬、挫けそうになったその時だった。

 

「っ、P!」

 

 完全に後ろを取られたPの姿が視界に入り、Pとデリバードの間に割り込む形でクリアは体を滑らせる。

 Pを抱えて転げ――直後、デリバードの"ふぶき"が先程までPとクリアがいた場所を一瞬にして凍らせた。

 "永久氷壁"と呼ばれるヤナギの氷、例え欠けても自動的に修復する脅威的な氷技に、クリアはゴクリと息を飲んだ。

 

「……もう諦めろクリア、私を追って来さえしなければ、私だってお前なんかに構わないというのに」

「……悪いが、それは出来ない相談だぜ、ヤナギ」

「……ほう、そこまでして私を止める理由があるとでも言うのか? いくらお前が師匠だと言った所で、私はお前とは何の関係も結んでいないつもりだったが?」

 

 その言葉の通り、ヤナギが一度だってクリアを弟子と認めたことは無く、クリアもそれは十分理解している。

 それを差し引いて、クリアは一人の人間としてヤナギを止めたいと言った。それは本心から来るもので、確かにその言葉は何も間違っちゃいない。

 だが同時に、リーグ会場で対峙した時からクリアには、もう一つ理由が出来ていたのだ。

 ヤナギが彼に言った、ブルーが所持する二枚の羽の行方、その見当をつけている多数ある可能性の一つ。

 

(ヤナギがイエローを狙うかもしれないんだ、意地でも止めて……待てよ、イエロー?)

 

 その瞬間、クリアの脳裏に浮かび上がるのは、イエローとそしてイエローが一時的に預かっていたレッドのピカ(ピカチュウ)――"みがわり"を使って上手に"なみのり"をしていたピカの姿。

 そして、偶然か必然か、クリアは丁度一つだけ拾い持ってた"みがわり"の技マシンを最近密かに使ったばかりだった。

 本の気まぐれに、Pにも同じ様に何か出来ないかと考えて――。

 

「……P、今は自分の姿を完璧に真似るだけでいい、一瞬だけヤナギの意識を別に向けて……その隙に奴の懐にどうにか入り込め、出来るか?」

 

 別に今は"なみのり"が出来なくても構わない。ただ一度だけ、Pが自由に行動出来る一瞬さえあれば良い。

 その一瞬に全てを賭けて、どう足掻いても避けきれない至近距離でヤナギに最大パワーの電撃を送り込む。

 そう遠まわしにクリアはPに伝えて、そしてPも了承の意を首を縦に振って答えた。

 

 

「行け! P!」

「馬鹿め! 正面から突っ込んで来るとは!」

 

 ヤナギに背を向けたクリアが抱えていたPがヤナギに向かって走り出す。

 当然ヤナギはその動きを封じる為、デリバードで応戦する。

 拳大の小さな氷の塊を打ち出して、Pを完全に戦闘不能に追い込もうとするデリバード、その攻撃を避けるP。

 右に左に避けて避けて、次第に距離を詰め、Pがとうとうヤナギの眼前まで迫った所で、

 

「惜しかったな、Pよ」

 

 ヤナギの懐にいたウリムーが、Pに向かって"ふぶき"を放った。

 デリバードをどうにかかわした所で意味は無い、その先には更に強力な敵が。

 ヤナギの最後にして最大の切り札、彼のウリムーが常に傍に出張っていた、彼を守る小さな鉄壁の砦となってPを撃退したのだ。

 だからこそ、どんな時でもヤナギは不敵な笑みを浮かべて、自身の安全を確信していたのだ。

 ――全てはクリアの思惑通りに――。

 

「今だ、P"たたきつける"!」

「っな……」

 

 次の瞬間、"みがわり"Pの姿が消えて、いつの間にジャンプしていたのか、上空から現れたPの"たたきつける"がヤナギの懐にいたウリムーを弾き飛ばす。

 そう――クリアの狙いはデリバードにあらずウリムー、ヤナギを守る最後の砦を打ち崩す事にあったのだ。

 クリアもずっと、ヤナギの膝元にいたウリムーには密かに注意を払っていた、デリバード一匹でも危機的状況なのに、そこにウリムーが加われば戦況はほぼヤナギ優勢となる。

 にも関わらずヤナギがウリムーを送り出さなかったのは、一重にヤナギ自身の体力的な問題もあるのだろう。

 流石に高齢、いくら氷人形があるからといっても、クリアにはまだVという一匹が残っている。

 もし迂闊に追撃して、予想外の反撃をされたら――きっとそんな考えがヤナギにはあったのかもしれない。

 

「……チェックメイトだ、ヤナギ」

 

 いつだって用意を怠らず、今回の計画も十年ばかりの歳月を経て用意されたもの。

 だが今回ばかりは、そんな用意周到なヤナギの性格が裏目に出たのだ。

 もしも早めに決着をつけるべくウリムーを出していたら、デリバードとウリムーの二体でPを追い詰めていたらこんな事態にはならなかったのかもしれない。

 だけど今更嘆いてももう遅い――Pは既にヤナギの懐に、ウリムーが先まで居座っていた場所に到達してしまったのだから。

 

「……アンタに十秒だけ最後のチャンスをやる……諦めて自首してくれ」

 

 ヤナギの傍ではいつでもPが電撃を放てる様に準備を完了している。そんな状況ではヤナギのポケモン達も迂闊には動けない。

 ほぼ勝ちは確定した様な状況で、クリアはどこか寂しそうにそうヤナギに問いかける。

 

「……ふふ、相変わらずだなクリアよ」

 

 それはヤナギ本人からすればもう諦めるしか無い状況で、そこまで追い詰められると不思議と笑みが浮かんでしまうものなのだろう。

 どこか自嘲気味に微笑を浮かべたヤナギはそう呟き、その様子に"ほんの一瞬"だけ、クリアもヤナギが改心したと。

 ――そう思った瞬間。

 

 

 

「相変わらず、甘いわっ!」

「ッ何を!?……!」

 

 追い詰められてるのはヤナギの方で、追い詰めてるのはクリアの方だ。

 にも関わらず、ヤナギの気迫に押し負かされクリアは一瞬すごんで、そして何故彼がそう発言したのかを彼はすぐに知る事になった。

 ヤナギが取った行動は単純明快、ただ地中に潜めた氷人形の腕を伸ばして二匹のポケモン達を人質にとった、ただそれだけ。

 ただそれだけの動作で、クリアとPの動きは完全に封じ込められたのである。

 

 しかも――、

 

(あれは、ピカ!? もう一匹のピカチュウは知らないけど、あいつらタマゴなんか持ってやがる!)

 

 クリアの視線の先にいたのは一年前共に戦ったピカチュウ、一時的にイエローの手持ちに加わっていたレッドのピカ。

 そのピカと一緒にいるピカチュウとタマゴ、それだけでクリアにも大方の予想は出来、そして一つの確信が持てた。

 恐らくその一緒にいるピカチュウが、レッドかイエローの手持ちであるという予想が。

 そしてそのタマゴは視線の先の、必死にタマゴを守ろうとしているピカチュウ達のものだという確信が。

 

「さぁクリア、これでも私を攻撃するか?」

「し……ヤナギ! アンタは無関係のポケモン達まで!」

「そんな事は関係無い! 私にとって他人とは、愛すべきものとその他一切の道具! その二つにしか分けられないのだから!」

「……ヤナギ、アンタそこまで……!」

「そしてそれは、ポケモンとて同じ」

「P!」

 

 知り合い(ピカ)の顔に気をとられたのだろう、不意をつかれ氷人形に難なく弾かれ、Pは地面へと落ちる。

 

「当然クリア……お前もだ!」

「っぐぁ!」

 

 人質をとられ、築き上げた優位は脆くも崩れ去った。

 最大のチャンスを潰され、地面へと叩き落されたPの様に、クリアもまたヤナギの氷人形に鷲づかみにされ、そして放り投げられる。

 地面に己の体が落下し、衝撃が全体へと伝わる。"痛い"、という感情の前に、"悔しい"という感情がクリアの心情を支配する。

 

「……くしょう……俺が、躊躇ったばっかりに……」

 

 地面に唇をつけながらクリアは思う。

 自首してくれなんて頼まなければ、ヤナギに直撃を与えれる最大のチャンス時に迷い無くPに指示を出せていれば、こんな事にはならなかったと。

 余裕が出来た瞬間、心のどこかでまだヤナギの良心に訴えかけれると、そう判断した自分がクリアは悔しくてしょうがなかったのだ。

 

「ふふっ、礼を言うぞクリア、このピカチュウ達が通りかからなければ……今のは私も危なかった」

 

 反対にヤナギは余裕の笑みで言う。

 ――が、確かにヤナギの額には薄っすらと冷や汗が浮かんでいた。

 言葉どおりに、Pが彼の懐に入った時はヤナギも内心焦っていたのだろう、まさか十年来の計画を、こんな少年一人に潰されるかもしれないと。

 

 だが結果的に、最後はヤナギがクリアを制した。

 偶然にも"なみのり"を使うピカチュウと"そらをとぶ"を使うピカチュウの、それもタマゴを抱えた二匹がその場に現れるという予想外のハプニングによって。

 

「じゃあまずはクリア、お前のピカチュウを戦闘不能にしてやろうか」

「っやめ……!」

 

 そうヤナギた言った直後、彼のウリムーはヤナギの元へと走り、デリバードはPの元へと向かおうと顔を向けた。

 ヤナギもまずはライコウの電気エネルギーを溜め込んでいるという、厄介な存在から片付けようというらしい。

 地に落ちたPもまだ体力はあるものの、その体力ももうなけなしのものとなっている。

 次の一撃を食らえば、例えそれが掠ったものでもPは倒れる、それを悟ったクリアが叫ぼうとしたのと――同時に。

 

 

 

「だったらこの俺様が通りかかったら、アンタの命運どうなるよ?」

 

 背後に迫ったゴーグルをつけた少年にも気づかないまま、ヤナギは二匹のピカチュウ達へと目を向けてしまう。しまった。

 その瞬間、ゴーグルの少年――ゴールドは言いながら自身の乗ってきたバクフーンは単身、そして自分はマンタインで空を飛び、ピカチュウ達の元へと向かう。

 遅れて聞こえて来るゴールドの声、その声を聞いたヤナギは即座に反応し、一瞬だけゴールドと視線を合わせて。

 

「行っけえぇ! バクたろう、"かえんぐるま"!」

 

 バクフーンの炎が二匹のピカチュウ、ピカとチュチュを掴む氷の手に直撃する。

 氷の手は一瞬ドロリと溶けて、また再び再生しようとした所でマンタインで飛ぶゴールドがピカとチュチュ、それにタマゴを救出する。

 その光景を見て、クリアもヤナギも一瞬何が起こったのか分からなくなり、次に二人は一斉に我に戻って、次の行動に出る。

 

 

 

「P!」

「ウリムー、デリバード!」

 

 このゴールドの登場は、クリアにとってもヤナギにとっても予想外のもの。だがそれは確実にクリアにとってプラスになる出来事だった。

 捕われた人質はゴールドが救出してくれた、後は当初の予定通り、少しヤナギとの距離はあるものの、この距離ならば確実に電撃は直撃するだろう。

 ヤナギの掛け声の前に動いているヤナギのポケモン達が気になるが、そんな事は気にしている場合じゃない、そんな事はクリアも十分分かっている。

 ゴールドが再度生み出してくれたチャンスを、最もヤナギに近づけた今を、クリアとPは最大限に生かさなければいけないのだ。

 

「やれP!」

 

 かつてのスオウ島の時の様な電撃の放流。

 ワタルとの決戦時は、ピカの絶大な電力によって"百万ボルト"の力を生み出した。

 ならば今度はどうだろう、伝説のポケモンライコウの"スパーク"に加え、今のPは"でんきだま"というピカチュウの能力を飛躍的に上昇させる道具も持っている。

 それはつまり――ワタル戦時よりも、更に強力な電撃を放てるという事では無いだろうか。

 十万よりも、百万よりも、千万よりも、更に強い電撃――即ち。

 

 

「一億ボルトオォォォォォォォォォオ!!」

 

 

 クリアの叫びと同時に、Pの最大パワーの電撃がヤナギへと向かう。

 まるで爆発の様な電撃の放流、飛散する電気エネルギーは今にもクリアやゴールドにすらも無差別に襲い掛かる勢いだ。

 だがそれだけこの電撃の威力は凄まじいという証明にもなる。きっと間近でこの電撃を見ているヤナギの眼には白い光しか見えていないはずだ。

 そして最後に、ヤナギのいるはずの場所辺りで閃光がスパークして――、

 

「……やったか?」

「……かもな、多分」

 

 電撃の後には静けさだけが残った。

 白く煙が立ち、視界の確保が些か難しい。

 そんな中、バクフーンをボールに戻し二匹のピカチュウを連れ、タマゴを抱えたゴールドが呟き、クリアもまだ半信半疑のまま答える。

 流石にこれだけの規模の跡が残る攻撃、それを受けたヤナギもタダでは済まないだろうとクリアは考えての事の発言。

 そして最後にクリアが見た時、ヤナギの元にはデリバードもウリムーも戻ってはいなかった。その二匹が今どこにいるのかもこの煙じゃ分からないが、だが電撃が放たれた瞬間、ヤナギを守るポケモンがいなかったのは事実。

 

「……本当に、終わっ」

 

 数秒経っても音沙汰が無く、クリアが半分笑って言いかけたその時だった。

 

 

「終わるはずが無いだろう、この私が!」

 

 

 まるで死刑宣告の様な声にクリアは、同じくゴールドも背筋が凍りついた。

 直後、煙の中から現れた一体の氷人形がクリアの体を捕え、Pに吹雪の様な攻撃が直撃し、同時に煙が晴れていく。

 そして姿を現せるのは、やはりヤナギ。勿論傷一つ負っていない。

 今までの様に車椅子を装着した氷人形に乗って、膝元にウリムーを乗せて、その傍にはデリバードが佇んでいる。

 

「なん……どうやって……」

 

 体を捕まれ、苦しそうに呻きながらも、クリアは混乱する頭でヤナギに質問して、

 

「どうやって……か、その訳はこいつだ!」

「……イノ、ムー……まさか、エンジュの時の……!」

「そうだ、あの時私が貸してたイノムーだ、最も最近捕まえたばかりでジムにも置いていなかった奴だからな、お前も見るのはエンジュの時が初めてだっただろうがな」

 

 そう言ったヤナギの言葉通り、ヤナギの氷人形の足元にいるこのイノムーはエンジュでクリアが出会ったポケモン。

 クリアに倒されたこのイノムーはロケット団残党員達に回収され、ヤナギへと戻っていっていたのである。

 ――そして、イノムーのタイプは"こおり"、"じめん"――そう、地面は電気を完全に無力化するのだ。

 それが例え、どれだけ強力に強化された電撃でも、電気である限り同じ事。

 瞬時に出したイノムーの背に隠れて、ヤナギはPの最大出力の電撃を防いでいたのである。 

 

「……といってもあれ程の電撃、そのフラッシュで全く目が見えない状態なのだがね、だが今となってはそんな事はどうでもいい! 何故ならついに、ついに完成したのだからな!」

「完成したって、一体何が完成したって言いやがるんだ!」

「ふっ、その声はゴールドか……完成したというのは、これだ!」

 

 言ってヤナギが翳した一つのモンスターボールに、クリアとゴールドは目を見開いた。

 それはヤナギが見せたものが、正真正銘完成された"時間を捕えるモンスターボール"だったから、その実物を見た事が無くても、見た事無いからこそその不思議な輝きを放つモンスターボールが特別なものだと分かる。

 加えて、クリアはそのボールが特別だという事を知識のみで知っていた、だから彼もこんなにも驚いているのである。

 GSボール、ゲームでも通常プレイでは絶対に手に入らない特別なボール、それを直に見て、そしてそれがヤナギの目的の品だと分かってしまったのだから。

 

「"時間を捕えるモンスターボール"、そしてどうだっ、この溢れんばかりの力は!」

「なっ、奴の体が宙に!」

 

 ゴールドの驚愕の声が聞こえた。

 当然だ、とうとうボールを完成させたヤナギの体は宙に浮き、そして空間が歪んだと思うと。

 

「ふ、デリバード、イノムー、こいつらの始末は任せる……私は時空の狭間へと、"あの時"へと向かう為出発する!」

 

 言って、ヤナギの体が妙な穴の様な、空間にポッカリと空いた穴に吸い込まれ消えていく。

 氷人形の外観が吸引される際に朽ちて小さくなっていき、その過程でクリアを捕えていた腕も崩れ落ちて。

 そしてその様子を見て、勿論ただ黙っていられるゴールドでは無いが、

 

「…っ野郎!」

「まっ、ゴールド!」

 

 意地でもヤナギを追おうとしたゴールドを、ヤナギから解放されたクリアは体を張ってでも止めた。

 

「何しやがる! 今追わねぇと奴が行っちまうじゃねぇか!」

「今はそんな場合じゃ、無ぇ!」

 

 クリアに掴みかかるゴールドに睨み返し、そして体を捻らせてゴールドもろとも地面を転がった。

 直後その場所に出来る氷の山、デリバードの"ふぶき"による攻撃だ。

 

「今からあのヤナギのポケモン達が俺達を襲ってくる、だから今は奴を追うよりも……」

「あぁ分かってるぜ、あのポケモン達を俺が倒せば……」

「いやお前はヤナギを追え、奴はウバメの森にいるはずだ、セレビィを捕まえる為に!」

 

 予想外の返事にギョッとしてゴールドはクリアの顔を見る――が、クリアには冗談を言ってる風な態度は見えず、あまり見れない真剣な表情を見せている。

 それもそうだ、今ゴールドがこの場を離れてしまったら、クリアは残りV一匹同然で、それも散々ヤナギに痛めつけられたボロボロの体であのデリバードとイノムーに挑まなければならない。

 勿論それは自殺行為にも等しい行為で、

 

「っな、テメェそんな事言ってる状態じゃ……」

「エース!」

 

 当然戦いだそうとしたゴールドだったが、それより早くクリアがエースを外に出すの方が早かった。

 エースもクリアとは長い付き合いで、彼の考えは言葉にするよりも早く伝わっていたのだろう。ゴールドを抱え、途中でピカとチュチュが乗れる程度に減速して二匹を乗せて、そのまま空高く飛び上がる。

 

「ちょっと待てよオイ! ふざけんな! 誰がこんな事頼んだッ!」

 

 エースに掴まれてジタバタとするが当然エースの力は揺るがない。

 加えてゴールドは今タマゴを持っている、冗談でもその高度から落とす訳にはいかなく、自然と行動にも制限がかかる。

 それは必然として、クリアの思惑通りゴールドはピカやチュチュと共にウバメの森まで大人しく運ばれるしか無いという事だ。

 

(セレビィって言えばウバメの森の祠だ、今のゴールドにならこの戦い、託してもいいだろうし、俺は俺で……やれる事をやりましょうかね)

 

 飛び去っていくエースを眺めながら内心そう呟いて、クリアはそのエースを追って飛び立とうとするデリバード目掛けて手頃な石を一個拾い、投げる。

 石は弧を描いてデリバードの目の前に落ち、それでデリバードと、それにイノムーも完全にクリアに的を絞っている様子。

 だが勿論クリアも死ぬつもりは無い。そんな気起こしたら、何故だか本能的に後が怖いと告げている。

 

 

 

 

 

 もしここでデリバードをいかせてしまったら、ゴールドの戦いが不利になる。

 それはつまり、ヤナギの野望が成就する確率が極めて高くなるという事で、同時にどこかの麦藁帽の少年にも危害が加わる確率が高まるという事。

 否イエローだけじゃない、それ以外の多数の人達もクリアと同じ目に会う可能性が潜んでいるという事だ。

 今のヤナギは目的の為なら何でもやる、そして今のクリアよりもゴールドの方が、そんなヤナギを止める確率が高い。

 ただそれだけの理由で、クリアはこの場に残って。

 だけど当然ただでやられる気なんて更々無いから――。

 

 

 

 

 

 だからこそ、クリアは今から全力でデリバードとイノムーから逃げる。

 逃げて、隠れて、それでウバメの森へと向かおうと思った――のだが、

 

「はぁ……やっぱり、そう上手くいかないか」

 

 大体一分位経っただろうか、その頃には既にクリアの前にはデリバードとイノムーの二匹がいた。

 命がけの追いかけっこも、もう少し長引かせる事が出来るとクリアは思っていたのだが、思った以上にクリアの体力が限界を迎えていた様である。

 足に力を入れた瞬間、膝が笑って、崩れ落ちる。

 こんな時"ピッピにんぎょう"でもあればどうにかなったのかもしれないが、生憎クリアは最近"きんのたま"は拾ったが"ピッピにんぎょう"なんて拾っていない。

 

(……あぁ、また怒られるんだろうなぁ)

 

 ――と、どこか危険になれてしまった彼は、目の前で技を構える二匹を眺めながら思う。

 考えたのは当然、つい先日見たばかりのイエローの眠った顔。あまり成長が感じられないその寝顔に、思わず苦笑いが出て少しだけ同情してしまったのは彼だけの秘密である。

 そして、そうしてゆっくりとした体感時間で次の瞬間を待つクリアの瞳に。

 大きく見開かれたその瞳に。

 今にも技を繰り出しそうな二匹の氷ポケモン、その背後に、複数の茶色の羽が映り込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは……ルギア!? と、ホウオウ!?……後の三匹も伝説のポケモンで、あのポケモン達と戦ってるのは……」

 

 クリア達から少し離れたウバメの森の地で、イエローの視線の先では伝説級の戦いが繰り広げられていた。

 ヤナギが先にこの森へと送り込んだルギアとホウオウ、その二匹に乗る"仮面の男(マスク・オブ・アイス)"がかつて攫い、自身の手駒とした子供達――マスクド・チルドレンの内の二人、カリンとイツキ。

 どちらのポケモンもその実力の高さは周知の事実だが、それを操るカリンとイツキもまた相当の実力者だという事が見てとれる。

 

 そして、そんな二人に対抗しているのは――、

 

「ブルーさんにグリーンさん、それにレッドさん!」

 

 イエローが呟いた通り、カントー図鑑所有者でマサラ出身の三人だ。

 何故この三人がこの場所で戦っているのか、それはやはり"運命"という言葉が正しい答えなのだろう。

 上空で戦うブルーに、イエローの視界には映らないが彼女と同じく"元マスクド・チルドレン"のシルバーもまた、ルギアの背上でイツキと対峙し、自身を今だ縛る運命の束縛から逃れようと二人は戦っている。

 それに加勢するレッドとグリーンの二人も、レッドが持つ"運命のスプーン"の導きでこの場所まで来ているのだ。

 

 

 そしてイエローもまたこの場所へと導かれた――しかしそれは、彼等の様な運命的な導き等では決して無く――ある人物達の策略によるものだったのだが。

 

「デルビル、"ひのこ"ッ!」

「え、わあぁ!?」

 

 突如として、背後からデルビルの"ひのこ"がイエローを襲った。

 上空の戦いを見上げてる最中のいきなりの不意打ちである、回避行動は完全に遅れていたが、それでも攻撃自体が掠った程度に済んだのは不幸中の幸いか。

 

「い、一体何が……」

「フフフ、とうとう見つけた……かつて"仮面の男"様から奪われた虹色の羽と銀色の羽!」

「わざわざリーグ会場からここまでやってきた甲斐があったというものだ」

 

 気づけば二人の人物がイエローを見つめていた。その周囲には三対ずつの、合計六体のヘルガーとペルシアン、それと先程イエローを襲ったデルビルが一体構えている。

 

「……ロケット団残党員…もしかして急にボクを追っていた追っ手達がいなくなったのは……」

「ふん、多分お前の予想通りだ。お前を"ここまでおびき出す"作戦が終了した為、持ち場に帰したまでだ、お前の羽を我々が直々に葬る為にな!」

「羽? 羽って一体何の事を言ってるんだ!」

「ほう、どうやら惚けてる様子は無いから本当に知らないのだろうが、そんな事は我々の知った事では無い! お前の羽は私シャムと!」

「カーツが奪い取る!」

 

 その二人は少し前にリーグ会場でリニアを暴走させた張本人の二人。

 ゴールドとクリスのコンビに倒されながらも、リニアのプログラムを改竄し目的を達成した二人は、先のリーグ半壊の騒ぎに乗じて会場内から逃亡していたのだ。

 そして今ここに、仮面の男に忠誠を誓う二人のロケット団残党は、イエローの麦藁帽、正確にはそこに飾られた虹色の羽と銀色の羽を狙ってイエローを襲撃したのである。

 

「何の事か知らないけど……だけど貴方達がロケット団で、どうしても戦わなくちゃいけないのなら……ボクだって!」

 

 そう言って、力強い眼を向けたイエローは腰のボールへ手を伸ばす。

 先程まで追いかけられていたロケット団残党達は複数人いて、倒しても倒してもキリが無いと考え、かつあまり争い事を好まないイエローは逃げるという選択肢をとった。

 だが今、上空で戦っているレッド達を見て彼女もまた戦う選択を選ぶ事にしたのである。

 加えて敵は二人、一人でもまだ戦えるはず、そう考えてボールへと手を伸ばしたのだが――、

 

「……あれ、そんな……!」

「くくっ、どうした? まさか"何かが壊れて"いたりしたのか?」

 

 ボールに触れて焦りの色を見せるイエローに、シャムは可笑しそうに笑って言う。

 カーツも同様に、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべていて。

 

「ボールの開閉スイッチが……まさかさっきの!」

 

 そう言ってイエローは先程"ひのこ"を放ってきたデルビルへと視線を向ける。

 ――そしてその予想は当たっていた。

 シャムとカーツの二人が、デルビルが狙って攻撃したのはイエローでは無く、ボールの開閉スイッチだったのだ。

 いくらトレーナーと言えど、ポケモンを出せなければ唯の人、加えてイエローは一見少年の様でも、体の小さな女の子だ。

 肉弾戦ではポケモン所か、目の前の二人にすら太刀打ち出来ない。

 

「ククク、じゃあ大人しくその麦藁帽子を渡して貰おうか!」

「……い、嫌だ! 来ないで!」

 

 渡してしまえば見逃して貰えたかもしれない。

 もしくはあらぬ方向へ投げてしまえばその隙に逃げ出せたかもしれない。

 だがイエローは、あえて帽子を守る選択をした。

 それはその麦藁帽に、二枚の羽にどれ程の価値があるのかを直感的に分かった訳では無く、ただ予感がしたからだ。

 

(こ、この人達がここまで欲しがるものなんだ! きっと渡したらいけない気がする!)

 

 そう予想して、その予想は大体正しくて、イエローはすぐさま二人から逃げ出そうと走り出そうとするが、

 

「ペルシアン"ひっかく"!」

 

 その足目掛けてペルシアンのが襲い掛かる。

 "ひっかく"を受けて、その場に倒れ、攻撃の痛みに顔を歪ませるイエロー。

 だが苦しい表情を浮かべながらも再度立ち上がり、走り出そうとするが――、

 

「っぐ!」

「止めとけ、もうその足じゃ走れまい」

 

 あまりの痛みに足を上手くうごかせず、再度倒れるイエロー。

 かろうじてよろめきながらも歩く事は出来ても、今の彼女は走らなければいけない状況――にも関わらず、彼女の足は言う事を聞かない。

 それもこれも全部、この二人のロケット団残党、シャムとカーツの作戦通りだ。

 まずはデルビルにイエローのボールを使えなくさせ、次にイエローの行動手段を奪う。

 ここまですれば、相手は手負いの子供一人、まず失敗は無いと、そう二人は考えて行動したのだ。

 

 そして彼等の作戦通り、二枚の羽を持つイエローは身動きを封じらていた。

 この二人の前で、走って逃亡出来ないようじゃ動きを封じられたも同意である。

 

 

「じゃあ渡して貰おうか、虹色の羽と銀色の羽を!」

「やだっ、来ないで、来るな!」

 

 ポケモンを、身動きを封じられて尚、それでもイエローは抵抗した。

 ただ二人に帽子を渡したら大変な事になると思って、確信なんて無いただの予想からの行動。

 その足掻きに――いい加減二人のロケット団残党もイラついてきたのか。

 

「いいだろう、ならばまずは貴様の動きを止めてから、ゆっくりとその帽子を奪うまで! ペルシアン!」

「ヘルガー!」

 

 そう言って、動けない彼女に向けて六匹のポケモン達が放たれた。

 頭上では今も戦っている五匹の伝説の鳥ポケモンと、六人のトレーナー達、彼等に助けを呼ぶ手段も暇も無い。

 普段使ってる釣竿も育て屋に置いてきた為手元には無く、武器になれそうなものは無い。

 だけど絶対に最後まで諦めず、イエローは周囲を観察した。

 ヘルガーとペルシアンが動き出すその瞬間まで、一年前共に戦ったクリアの様に、どんな状況でも決して諦めず。

 

 諦めず、打開策を探していた、その時だった。

 ヘルガーとペルシアンの六匹が動いたその瞬間、彼女の大きな瞳にピンク色の集団が映り込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして。

 

 技を繰り出そうとしたデリバードとイノムーに、無数のカモネギが襲い掛かり、複数の"みだれづき"でクリアからデリバードとイノムーを遠ざける。

 イエローに襲い掛かったヘルガーとペルシアンの六匹を、無数の"みずでっぽう"が襲って、唖然とするシャムとカーツの前でペルシアンとヘルガーの六匹はイエローの前から弾き飛ばされる。

 そして彼と彼女の傍に集まるは、大量にいるあるポケモン達の群れ、茶色の羽と、ピンクの体。

 

「まさか……」

「もしかして……」

 

 どちらのポケモンも、クリアとイエローからすれば一年ぶりの再会を果たしたポケモン達だった。

 

 そのポケモン達は"おや"元を離れ、群れの長となっていた。

 当然自然の中で、今度は自分がリーダーとなって仲間を守る立場になった彼等の実力は一年前の比では無く。

 そして長いネギ(クキ)を持ったカモネギと、頭に大きな貝を乗せたヤドキングに、それぞれの場所で、同時に、クリアとイエローは呟く。

 

「……ねぎま?」

「……ヤドンさん?」

 

 二人の問いに、二匹のポケモン達は昔と全く変わらない返事で二人に返して。

 そしてそんな無抵抗な二人に攻撃を加えようとした二つの敵に、二匹は静かに刃と牙を振りかざす。

 

 




今日書く話のラストはこの二匹だと決めてたんです。その結果がこの長さ、後悔はあんまり無いです。


――茶色の羽って、これだけ聞くとゴキブリ思い浮か(ry

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