一陣の風が彼等の間を吹き抜ける。
三十三番道路の激闘、ヤナギが残していったデリバードとイノムーに対する、ねぎま率いるカモネギの群れ。
その戦いを制したのは、ねぎま率いるカモネギ達だった。
ねぎまはデリバードとの一騎打ち、一進一退の攻防の中、レヴィの助力を受けたねぎまの"ゴッドバード"がデリバードを地へと突き落として勝負を決した。
一方のイノムーとカモネギ達の群れの戦いも、流石に無傷とは済まなかったのだろう少なからず傷を負ったカモネギ達が、それでも最後に立って倒れたイノムーを囲んでいるのが見える。
「……デリバード」
対デリバード戦勝利に大きく貢献したレヴィをボールに戻しつつ、クリアは倒れたデリバードへと声を掛けた。
倒れたまま、デリバードは少しだけ顔を動かしクリアを見上げる。
ねぎまとの戦いで全ての体力を使い切ってしまった様で、それが精一杯の彼の動きに見える。
デリバードとクリア、まだクリアがヤナギの正体を知る以前、ほんの少し前まではチョウジジムで共に暮らしていた程の仲だった一人と一匹。
思えば喧嘩ばかりの日々だった。ツンケンとした態度のデリバードはいつだってヤナギの指示には従うが、クリアの事等お構いなしに、よく"プレゼント"が彼の手元で爆発したものだ。
「お前……いや、やっぱいいや」
その様子をねぎまは唯黙って見守り、クリアは開きかけた口を再度閉じた。
言いかけた言葉を飲み込み、ウバメの森方面へと顔を向ける。
恐らく今まさに行われている戦闘を、ヤナギが向かい、ゴールドとエースが追ったその場所へと視線を送り、
「今はまだ、俺はヤナギを止めなきゃならない……ねぎま」
初めの部分は宣言する様に、もう動けないデリバードに向けて、そして決戦の地へと赴く為にねぎまの名を呼んだ。
呼ばれたねぎまも一度頷き、無数の翼が羽ばたき、ねぎまが自身の周囲に他の仲間達を集める。
その様子をただ眺めて、クリアの近くに転がるデリバードはどこか諦めた様な顔で、コロンとその場に力無く顔を伏せる。
もう力が出ない為か、体力が尽きた為か、抵抗するだけ無駄だと分かっているからか、それとも彼自身もまたヤナギを止めて欲しかったのか――。
本心をひた隠しにして、デリバードはウバメの森へと赴く為の準備が完了したクリア達から、フッと視線を外すのだった。
準備は整った。
デリバードとイノムーの二匹は戦闘不能、邪魔する者は誰もおらず、カモネギ達ももう既に離陸の準備は終えている。
ねぎま含め彼等の体力もかなり削られているが、空を飛ぶ分位はまだ余力を残しているらしい。
一先ず手持ち道具の"なんでもなおし"でねぎまの翼の氷を溶かして、そしていざ二匹のカモネギに捕まりクリアが飛び立とうとしたその時だった。
彼の背後から人の気配、そして――、
「……クリア?」
気配を感じた瞬間、声を掛けてきた相手が"味方"なのか"敵なのか"を素早く判断するべく、クリアは即座に振り向く。
ここに来てまた新手の登場、となるといくらクリアでも、負けはしないまでもいよいよヤナギに追いつけなくなる。
その事に、内心焦りを感じて振り返るが、クリアの前に立っていたのは三人の人間だった。
二人はどちらも年老いたお爺さんとお婆さん、もう一人は見覚えのある中年男性。
その中で、先程彼に声を掛けた人物であるお爺さん、育て屋夫婦の内の育て屋爺さんがクリアへと言う。
「おぉやっぱりクリアか! お前さんはリーグ会場にいたはずなんじゃなかったのか? どうしてこんな所に……」
そう言って、お爺さんは改めてクリアの様子を観察する。
何があったのか大量のカモネギに囲まれた少年、傍にはデリバードが倒れていて少し離れた所にいるイノムーの存在から、彼がこの二匹のポケモンと戦っていたという事はすぐに予想がつく。
お爺さん、同じくお婆さんと中年男のヒデノリもリーグ会場で何が起こったのかはラジオ放送で知っている。
ロケット団残党によるテロ行為、先程同じ黒服の連中に襲われた彼等はその脅威がどれ程のものかも理解していて、
「まさかクリア、お前さんロケット団と戦って……」
言い掛けたお婆さんの言葉に、クリアは首を縦に振って答える。
そして、
「正確にはそのボスとの対決なんですけどね……だから俺は今から、ウバメの森へ急ぎます、奴と……あの人との決着をつける為に」
そう言ったクリアの視線の先に、諦めという言葉は広がっていなかった。
例え幾度と無く敗北の土をつけられても、それでも最後まで諦めない意思を、這い蹲ってでも前へ進む意思を、クリアは育て屋老夫婦に態度で示す。
もし彼等が"危険だから止めておけ"と事前に忠告を発したとしても、それでも恐らくクリアは止まらないだろう。
そんな言葉程度で自分は止まらない、どんな思いをしてでも決戦の地へと向かうという意思表示も込めて、彼らに何かを言われるその前に、クリアは先手を打って老夫婦達の言葉を奪ったのだ。
更に言えば、先に行かせたゴールドやエースの事もあるのだ、どの道クリアには、どう足掻いても先へ進むという選択肢意外残されていない。
「……っへ、クリアって少年がどんなヤローかと思って会ってみりゃあ、中々どうして芯の強そうな子供じゃねぇか。確かにイエローがお前の事を信頼してるのも頷ける」
「イエロー? ……そう言えばおじさん、渦巻き島の時からイエローと一緒にいたけど?」
「お、叔父さんじゃねぇ、俺はヒデノリっていうんだよ!……ってまぁ、叔父ってのは間違っちゃいないがな、イエローは俺の姪っ子だ」
「……へぇー、全然似てないですね」
うるせぇ、と怒鳴るヒデノリに、クリアはコロコロと笑って返す。
思わぬ所で思わぬ人物と会うものだ、今からヤナギとの決着をつけに行くという時に、彼が数日世話になった育て屋老夫婦と、知らずに助けたイエローの叔父と出会えたのだから。
クリア程では無いが身なりが少し薄汚れた三人と偶然出会い、今ここはヤナギの最終目的地であるウバメの森のすぐ近くという事と彼等の様子を照らし合わせて、クリアは目的の再確認をする。
恐らく彼等も理由は不明だがロケット団残党に襲われたのだろう、彼等の様な無関係の良い人達が、ロケット団の様な者達の脅威にこれ以上晒されない様に、クリアはウバメの森方面を見据えて。
「そう言えばおじ……ヒデノリさん、一緒にいたイエローはどこに?」
「あ、あぁ、それが俺達を逃がす為にな……きっと追って来てるとは思うから、今頃はウバメの森辺りか」
ウバメの森、その単語に一瞬だけ目を見開き、微笑を浮かべて、より固くなった自身の決意を認識して。
「そうですか……どうやら理由が一つ増えたみたいだ」
「理由……?」
ヒデノリの言葉に返事は無かった。
クリアは無言でねぎまに目で合図を送り、大空へと飛び立つ。
これから彼等が向かう場所、最終決戦の地、ウバメの森へ向けて。
「ま、待つんじゃクリア! どうしても行くというならこの手紙を持っていけ、オーキドからの預かり物じゃ!」
飛び去ろうとするクリアへ向けて慌てた様子でお婆さんが叫ぶ。
その手紙はお婆さんの言う通り、オーキド博士からの図鑑所有者への手紙、彼が評した図鑑所有者各人の能力についての手紙だった。
"戦う者"、"育てる者"、"癒す者"、"代える者"、"換える"、"孵す者"、そしてクリアの"導く者"。
それぞれ戦闘、育成、回復、進化、交換、孵化といった形で図鑑を持つ者が持つ得意とした特技、または能力に関する事を詳細に綴った手紙だ。
――果たして、そんな手紙が今回の戦いに何の役に立つのか、そんな事はこの手紙を渡された育て屋老夫婦の知る所では無い。
ただ彼等はオーキド博士から、機会があればゴールドやクリアの様な図鑑所有者の誰かにその手紙を渡してくれと頼まれただけなのだから。
「ねぎま、頼む」
その手紙を、最後に飛び立ったねぎまがクリアの指示で去り際にお婆さんの手から掠め取る。
そしてねぎまから手紙を受け取り、宙に浮いた状態で手紙を広げる。
来るべき決戦の前に、二匹のカモネギに肩を掴まれたまま手紙を広げて文面を目を通しながら、そうしてクリアはその場を後にする。
育て屋老夫婦とヒデノリをその場に残したまま、最後の図鑑所有者もまた決戦の地、ウバメの森へと向かうのだった。
クリアが三十三番道路を飛び立った丁度その頃、ウバメの森ではホウオウとルギアの二匹がヤナギの呪縛から解放され、天へと帰っていた。
ジョウト、カントーという枠組みに縛られない想いの力が、トレーナー達の戦いを止めたいという想いを乗せたポケモン達の大群の進撃によって、ホウオウとルギアの二匹を解放へと導いたのだ。
そしてそれは、その二匹と戦っていたファイヤー、フリーザー、サンダーの三匹のポケモンと、そのポケモン達と共に戦っていたグリーン、レッド、ブルーの三名もようやく"目的地"へと向かう事が出来るという事。
同じ時、ウバメの森での同じくマスクド・チルドレンだったイツキとの戦いを終えたシルバーもまた、ブルーのメモ通り"目的地"へと向かい。
またその場所には、スイクン、ライコウ、エンテイの伝説の三匹とクリスもはせ参じていた。
そしてヤドンさんに連れられたイエローもまた、何かに導かれる様にその場所を訪れる。
六人の図鑑所有者と、今回の事件の全ての黒幕であるヤナギが対峙している場所へと。
「へっ、とうとう追い詰めたぜヤナギ!」
そう言った少年の傍らには黒いリザードンがいた。
一瞬、イエローは思わず周囲を何度も見回して、今脳裏を過ぎった少年の存在の有無を確認するも、その姿はここには無く、ホッとする様な若干残念な様な、そんな奇妙な感覚にとらわれる。
ウバメの森祠前、その場所にいたのは七人の少年少女達だった。
レッド、グリーン、ブルー、イエロー、ゴールド、シルバー、クリスタル、六人の図鑑所有者達と一人が今一堂に会したのである。
それに対峙するは仮面の男、ヤナギ。ブルーとシルバーにとっては因縁の、自身の人生を滅茶苦茶にした憎き相手でもある人物。
そんな相手を前にして、少年少女達の目的は一致していた。
全てはこの事件を収束させる為、そしてブルーとシルバーは運命の束縛から逃れる為でもある戦い。
「
「あぁ、テメェを倒して全て丸くおさめてそんで、ついでにあのクリアの野郎の助けにさっさと戻るとするぜ!」
「……え!?」
シルバー、ゴールドと続いて、ゴールドが言った人物名にイエローはピクリと反応する。
――が、今彼にその事について問いただしている時間は無い。
シルバーとゴールドのオーダイルとバクフーンに続く様に、クリスのメガニウムが、レッドのフシギバナとピカが、グリーンのリザードンが、ブルーのカメックスが、イエローのチュチュもヤナギへと攻撃を放つ。
同時にその傍にいた黒いリザードン、エースもヤナギへと炎を吐いた。体力の残りは少ないが、それでもエースには何もしないという気は更々無かったのだ。
どの道今からじゃ手遅れにしろ無事にしろクリアの下へ戻っていたんじゃ遅い――それにエースはクリアの事を少なからず信じていた――死んでも尚蘇って彼の傍にいたクリアの事を。
デリバードとイノムー程度に倒される存在では無いという事を、エースは信じて疑って無かったのである。
六人の図鑑所有者達と一人、七人のトレーナー自慢のポケモン達による一斉攻撃。
普通に考えれば、それでヤナギは終わりのはずだった。
ホウオウとルギアが手元から離れ、ウバメの森に到着するまで彼は手持ちのポケモン達を次々と手放していった、結果彼の手元にはもう小さなウリムー一体しか残っていなかった。
だからこそ、多勢に無勢、ゴールド達は勝利を確信していたのだが――次の瞬間、そんな甘い考えは幻想だったという事を、仮面の男ヤナギの恐るべき実力を改めて知る事になる――。
「な、氷の壁で受け止めただと!?」
ゴールドが驚くのも無理は無い。
壁――物質的な意味でも心理的な意味でも彼等の前に"氷の壁"が立ち塞がったのである。
ヤナギのウリムーが出した氷の壁は、強力なはずの図鑑所有者達の攻撃を受け止め、かつ、
「それだけじゃないぞ! 氷の壁はやがて人形となり、全てを凍結させる!」
ヤナギが声高に言って、その通りに氷の壁は変形する。
周囲の水分を吸い取り、計十体の
彼等のポケモンの合間を掻い潜り、叩き伏せて、彼等本人達へとたどり着き、伝説の三匹へも三体の氷人形が向かう。
当然イエローの方へも一体の氷人形が迫り、それをヤドンさんが返りうちにしようと身構えるが、その瞬間ブルーへと向かっていた氷人形が進路を変えてイエローへと進路方向を変える。
咄嗟の事にヤドンさんが一瞬焦ったその瞬間、イエローへと向かっていた本来の氷人形がヤドンさんもろともイエローへと手を伸ばす。
だがそれでも、どうにかヤドンさんは反撃を試みるが――、
「う……ぁ、ぅ」
少しだけキツく氷人形が彼女を圧迫したのだろう、途端にイエローは苦しそうなうめき声を上げ、その声を聞いて咄嗟に動きを止めるヤドンさん。
そして表情を和らげるイエロー、その様子に歯がゆそうに氷人形を睨むヤドンさんだが、元々氷人形に意思は無く無論その睨みに意味は無い。
そうこうしてる内に、他の六人の図鑑所有者達も全員氷人形に捕まったらしく、伝説の三匹も中でも著しく体力の低下しているスイクンを庇いながら戦っているからだろう、氷人形に思いの他苦戦している。
最後の砦とも言うべき相手を封じて、そんな状況だからかヤナギが歓喜の声を漏らした。
「ふふ、力が、力が漲って来る! 自分でも何故だか分からないがもしかすると、ついに完成したこいつが私に活力を与えているのかな!」
捕まり身動きが取れなくなった七人の図鑑所有者達を見てそう言い、そしてヤナギは懐から一個のモンスターボールを取り出した。
金色に光る上部に、GとSの様に見える文字が小さく二つ飾られたボール。
そのボールを見てクリスは、
「時間を、捕える……モンスターボール……!」
「その通り、そしてあれが!」
その瞬間、祠から光が漏れた。
眩い光を放ちながら、祠が自動的に開かれる。
時間はおよそ六時前後、昼と夜が重なるその時間に現れる、幻の時渡りポケモン。
そして、緑の妖精の様なポケモン、セレビィが祠から現れた瞬間、その瞬間にはもう"時間を捕えるモンスターボール"は既に彼の手元から離れそして――。
「捕獲、完了……さぁセレビィ連れて行ってくれ、私の失った過去を取り戻す時間の旅へ」
気が抜ける程あっさりとボールへと納まるセレビィ、その事実に絶望の色を表情に広げる図鑑所有者達。
だがそれで終わりでは無い、むしろここからが始まりなのだ。
ガチャン、と音を立ててヤナギの座る車椅子の二つの計測器が動き始める。
右の時計の針は逆回転を始め、左の温度計の針は既にマイナス値に達している。
同時に形を崩して、しかしより冷たく強固に固まり出す氷人形達。
絶対零度、全てのモノが凍結し、時間すら止まる空間の中。
「っく! この、離しやがれ氷野郎! 俺はクリアから、託されて来たってのに……!」
「クリア……?」
ゴールドの呟きを誰かが反復した。
それは水に落ちた波紋の様に広がって、彼等の脳裏に浮かぶクリアという人物像を引き出す。
無鉄砲で不思議とポケモンに好かれて、だけど一応の先輩らしさの欠片も無い、だけどいつでも誰かを助けていた人物。
その場にいる図鑑所有者達の中にはこの瞬間が初の顔合わせとなる者達もいる。
だけど彼等には一つだけ全員に共通する接点があった――それがクリアなのだ。
その場にいる全員と顔を合わせた事のある人物、共鳴音が鳴らない唯一つの図鑑を持つ少年。
「クリアか、奴も今頃は私の残したデリバードとイノムーにやられている頃かな?」
「っく!」
悔しそうなゴールドの声が聞こえた。
顔を青くするクリスがいた、シルバーもピクリと反応し、レッドとグリーン、ブルーも彼の身を案じてなのか睨む様にヤナギを見る。
――だがイエローは、そのどれとも違う反応を示す。
「……無い」
「……む?」
「そんな事は、無い!クリアがやられるなんて事は、絶対に無いんだ!」
怪訝そうな顔をするヤナギ、その目は今だPの電撃によって微かにも光を捉えていないが、しかし彼の顔はしっかりとイエローへと向いていた。
ヤナギは彼女に言う、彼女が"イエロー"だという事を知らずに。
「ほう、何故そう言いきれる? あの場の状況を見ていないだろうお前に?」
対するイエローも答える、彼がクリアが"師匠"とかつて呼んでいた人物とは知らずに。
「……それは」
その瞬間、伝説の三匹達が空を見上げた――。
いくら伝説の三匹とて、彼等にとってもヤナギは強大な存在だ。
それに加えて今は祠が開き、セレビィを手中におさめたヤナギの背後には時空の狭間が広がっている、かつてその中に捕われた彼等がここまで動かなかったのは、それを警戒するあまりの事だった。
だがいつまでもそうやって固まったままでいられるはずが無い――いざとなれば、ヤナギが祠へ入ると同時に突撃しようと、そう考えていた彼等三匹だったがそんな折、彼等は三匹同時に"とある気配"を感じ空を見上げたのだ。
――そう、不意に感じ取ったのだ――彼等とよく似た気配を。
「信じているから……」
同時に一瞬、一つの影が彼女の頭上を通る。
一つの影が、そしてそれは複数へと少しずつ、少しずつ増えていく。
そうしていつの間にか、何匹ものブラウン色の鳥ポケモンの群れがウバメの森上空を飛行し、その変化にその場にいたヤナギとイエロー以外の全員が空へと目を向ける。
「いつだってクリアは……」
イエローがそう言い掛けた次の瞬間、影達は一気に下降する。
茶色のシルエットを持った彼等は逆光の中、次々と祠付近へと降り立っていき――そして同時に、ヤドンさんの傍にも一匹のカモネギが降り立って――。
イエローの瞳に一人の少年の背中が飛び込む――彼女とヤナギの間に割り込む様に、二匹の野生のカモネギ達に連れられて。
「……とうとう追いついたぜ、ヤナギ」
そして少年は、イエローが探し続けてきた少年は、再び挑む様な視線をヤナギへと向け降り立つのだった。
「ボクの……え?」
イエローの言葉が止まる。
ヤナギも、その他全ての者が驚愕の表情を少年に向けて、同じ様に一匹のヤドキングが、驚いた様子で傍に降り立ったカモネギと少年を見比べる。
「……クリア?」
少年の背後からそう恐る恐る声を掛けるイエロー、そんなイエローの声を受けた少年は、ゴーグルを額につけたボロボロの格好の少年は、手持ちの
「久しぶり……"少年"」
イエローの方を振り向かずにクリアは言う。
ヤナギの手前だからなのだろう、あえてその名を呼ばず、一年振りの再会に彼は、初めて彼女をそう呼んだ呼び方で少年はイエローに答える。
表情が見えない程度にイエローの方へと顔をずらして、一年前と比べ少しだけ背が伸びた少年は短くそう告げて、彼女が何かを言う前にクリアは動いた。
「V、"めざめるパワー"!」
イエローやレッド、ブルーとの再会を喜ぶ前に、今やるべき事に全神経を集中させる。
目の前に対峙しているかつて自身が"尊敬した人"を倒す為に、その野望を食い止める為に、クリアは最後に残った手持ちポケモン、Vと共にヤナギへと向かった。
先に飛ばしたエースや、ねぎまやカモネギ達は先の戦いでかなりのダメージを負っている為休ませて、周囲のヤドン達に関してクリアは彼等がヤドンさんの仲間という事を知らず、伝説の三匹達も最後の氷人形を相手取っている。
故にクリアは、動けない七人の少年少女達の代わりに単身ヤナギへと立ち向かうのだ。
最後に彼とヤナギが行った公式的なジム戦、皮肉にもその時と全く同じ対戦の組み合わせで。
「ふっ、ウリムー」
一声発して、その瞬間にヤナギとウリムーへとVの"めざめるパワー"がヒット――した様に見えたが一瞬ヤナギ達の方が速かった。
冷気の気弾が空を切り、何も無い地面へと直撃して土煙を巻き起こす。
「っく、上だV! "スピードスター"!」
"めざめるパワー"が被弾する一瞬前、その瞬間に氷人形に乗り跳躍して攻撃をかわしたヤナギへと追加攻撃すべく、クリアも負けじと足元のVへと指示を出す。
上空へと逃げ、飛行手段のデリバードがおらず回避行動に制限かかっている今のヤナギへとVは"スピードスター"を放つが、
「……いいのかクリア、上ばかり見ていると……」
しかし氷人形の両腕を盾に使われ遭えなく攻撃は防がれ更に、それと同時にヤナギが言いかけた不吉な言葉、その言葉の全容を予想する間も無く、クリアの足元の地面が膨らんだ。
瞬間、飛び退くクリアとV、地面から現れるウリムー――それはヤナギの作戦、上空へ逃げたヤナギへとあえて攻撃を誘う事で、留守になった真下から攻撃を加えるという戦術。
互いに手持ちポケモン一体で、ヤナギは時間、クリアは実力差という互いに短期決戦を望むこの戦いで、勝負を急がせようとするヤナギの思惑通りの展開――だが。
「……分かってるよそんな事」
――だがクリアも、その策に一度敗れている身である。
最後となったクリアとヤナギとのジム戦で、彼のVが最後ウリムーから食らった攻撃、地面下からの攻撃。
ヤナギが上へと逃げた瞬間、クリアは咄嗟の閃きでその時の事を鮮明に思い出していたのだ。
同時に、それが分かればヤナギの思惑にも見当をつける事が出来る。
「V! 今だ、出てきた所に……」
ウリムーが地面から顔を出し、跳躍しながらもウリムーへと視線と狙いを合わせるV。
射程距離内、威力も十分溜め込んでいる――撃つなら今。
「"めざめるパワー"!!」
そしてクリアの叫びがウバメの森で木霊して、Vの"めざめるパワー"がウリムーへと直撃する。
避けようの無い一発を最大威力で至近距離から放ったのだ。いくらヤナギのウリムーと言えど、氷の壁による防壁すら出す余裕すらも無かった。
確かにVの"めざめるパワー"は直撃し、ダメージを与え、クリアは完全な勝利を確信して――そしてヤナギは薄く笑う。
「……ッ!」
その時、ウリムーの体に亀裂が入る。
一瞬、やり過ぎたかと思い、言葉を詰まらせたクリアだったがそうでは無かった。
亀裂は見る見るうちに広がり、次の瞬間、地面の土でカモフラージュされた"ウリムー型の氷像"は音を立てて破裂したのである。
クリアの勝利の確信を打ち砕く様な音を立てて、その後に続く"本物"のウリムーへの勝利の音色を奏でながら。
「クリアよ、お前は確かに強くなった」
唖然とするクリアにヤナギは言う。
「だからこそ、私はお前の強さを信じて、そして私は賭けに勝ったのだ!」
「……ぶ、V!」
地面から顔を出した本物のウリムーは、跳躍して回避出来ないVを狙う。
先程とは全く逆の立場、文字通り逆転されたクリアは庇う様にVの傍へと駆け寄りそして、
「"ふぶき"……!」
Vもろとも、ヤナギのウリムーの"ふぶき"がクリアを襲う。
それは、六人の図鑑所有者とイエローらの攻撃を軽々しく防いだ"氷の壁"を形作るウリムーの凍技、無論その威力は絶大でありクリアとVの身体を瞬く間に覆った。
「"永久氷壁"、これで今度こそ私の後は追えまい」
「……っぐ!」
悔しそうな顔をするクリアだったが、事実彼は今ヤナギに手も足も出すことが出来ない状態にあった。
それは比喩表現では無くそのままの意味で、Vを庇おうとした自身の両腕を完全に凍らされた影響である。
それも今も少しずつ、氷は凍結領域を肥大化していく、"永久氷壁"のヤナギの氷攻撃の特徴で本来ならば自動補修機能の様なものだが、この状況ではそれは益々クリアを追い詰める武器にしかならない。
加えて、今クリアを凍結しているのはどんなトレーナーの中でもトップクラスであろうヤナギの氷攻撃だ、それは四天王カンナの氷と同等、もしくはそれ以上のもので。
――結果、解氷を急がないとクリアはかつてのレッドやナツメと同じ症状に悩まされる事になる――。
「では私はそろそろ旅へと出ようか……おっとエンテイ、クリアの氷を溶かそうとするのは勝手だが誤るなよ? 一瞬で溶かしきらなければクリアの命はここで終わってしまう事になる」
これはクリアだけの特別仕様だがな、と最後にヤナギは付け加えて、吸い込まれる様に彼は発光する祠の中へと消えていく。
"時間を捕えるモンスターボール"その内部にいるセレビィの導きによって、彼は彼の"目的"の為に祠の中へと消えていったのだ。
当然クリアもそれを追いたいと思うが、彼の両腕は地面から伸びた氷柱の様な柱に巻き込まれた状態にある。
――それと同時に、
「っ……おいV、返事をしろ! 内部から"スピードスター"を撃つんだ!」
彼は完全に氷の中に囲われてしまったVへと声を掛ける、が彼の声をVには届かない。
凍らされた世界の中で今Vに何が見えているのか、それはV以外の誰にも分からない。
そんな彼等にエンテイが近づくが、その瞬間――、
「ッ!」
音も無くクリアの喉元へと"氷槍"が氷柱から伸びる。息を飲むクリア、咄嗟に彼の傍から離れるエンテイ。
エンテイが離れるとすぐに槍は元の柱へと引っ込み、また出てくる様子は無い。
一体ヤナギがどんな細工をしたのかは分からないが、彼へとある一定量以上の重さのものが近づくと、クリアへと"氷槍"が伸びる仕組みになっている様である。
そうしてる間にも、ヤナギが残した氷は次第に広がっていく。
それは人から地面、木々へと広がり森全体を侵食していく。
絶対的な"永久氷壁"の氷は今だ、留まる事を知らない――。
暗闇の中だった。
一点の光も無い暗闇の中、彼女は迫り来る恐怖心に身を震わせていた。
闇は彼女が最も苦手とするもの、昔彼女が負った過去のトラウマ、そこに出てくる黒服の集団を象徴させる色。
冷たく、暗い世界で彼女は一人ぼっちだった。
過去の闇の中でも彼女の傍には仲間がいた、それから明るい陽の下を歩き出しても彼女には仲間達と、そして友達であり、"
だから彼女は強くなれた、強くなりたいと思えた。
――だが突如として彼女の前から仲間達は、友達であり主である人間が消えた。
そうなる前後で何があったかを思い出せず、一人になった瞬間、"一匹"になった瞬間どうでもいいとさえ思えた。
『……イ!』
だけどそれでも、何故か彼女の足に力が篭った。
冷たい世界で、凍える様な寒気の中で、再び彼女は四つの足で立ち上がる。
何故立ち上がれたのか――簡単だ。
『……返事しろ!』
彼女を必要としてくれてる主――友達がいるから。
倒れていった仲間達の思いを無駄にしたくないから。
そして何より、彼女自身、ここで終わりにはしたくないから。
『……道が見えないなら、新たな可能性に"導いて"やる、だから……』
だから彼女は、確かに彼女の耳に届く友達の声、"クリア"の声に気づけた。
冷たい暗闇、氷の中で、聞こえる筈の無い声を聞く事が出来た。
それは新たな可能性の開花。
氷と一体化していく彼女の、途絶えてしまったかに思えた"
その時は、すぐそこまで迫って――。
「クリア! クッ、早くクリアを解放しないと昔の俺みたいに……!」
「そ、そんな……レッドさん、何か方法は!?」
呟くレッドに焦るイエローは言うが、良いアイデアなんて思い浮かばずレッドは表情を曇らせ、だが諦めない視線をクリアへと向ける。
他の五人も大体同じ様なものだ、大体はクリアとVの様子に焦る気持ちを隠さずに必死に思考を巡らせるか、意地でも"永久氷壁"から抜け出そうとするかである。
ヤドンさんも、仲間達と"サイコキネシス"や"ねんりき"で氷を砕こうとするが、"永久氷壁"の氷はたちまち修復され、ねぎまもクリアに近づく事は出来ない。
自由に動ける伝説の三匹もすぐにでもクリアを救うべく三匹同時に彼へ飛び掛り、"氷槍"が彼の喉元へ向かう前に氷を割って彼を助けるか、もしくは手数を増やす為他の人間達の氷を先に溶かすか、で思案するが、その二つの案には欠点があった。
最初の一つは、クリアが晒される危険のリスクが高すぎるという事――もしスイクン、ライコウ、エンテイの三匹がこの案に失敗すれば、待つのはクリアの死のみである。
二つ目の案は、確実性は大幅に上昇するものの、時間が立ちすぎるというデメリットが目立つ――他の誰かの氷を溶かしている間に、クリアの身に何らかの後遺症が残る確率が飛躍的に上昇する。
その二つに一つの選択肢は、思ったほか伝説の三匹達の行動を縛るものだった、それがヤナギの思惑通りなのかは、果たしてヤナギ本人にしか分からないものだが。
そして、彼等七人の少年少女達が、ポケモン達が打開策を模索してる時クリアは、一つの文を思い出していた。
「……いてやる」
それは手紙、オーキド博士が図鑑所有者達の能力について綴った、育て屋婆さんから受け取った手紙の内容である。
クリア含めた八人の少年と少女が持つ特別な能力、才能、特技、それらを彼等八人それぞれの代名詞としてオーキド博士が称したものだ。
――その中の一つ、"導く者"というクリアの代名詞、その説明文。
七つの能力の説明が終わり、終盤へと近づいた手紙の内容の中で、最後に書かれた"導く者"の欄、カモネギでここウバメの森へと飛来するまでに読んだ文章を、クリアは頭の中で反復する。
『……最後に"導く者"、出身地不明、年齢不詳と謎の多い少年"クリア"の能力じゃが、その詳細まではワシにもまだ分かっていない』
腕の感覚が除々に無くなっていくのを感じた。
氷の中のVはピクリとも動かない。
『じゃが、これまでの彼とポケモン達の様子から、先導者の様なポケモンのみに対する"カリスマ性"のものだと、ワシはつい最近まで推測しておった……じゃが"スオウ島"での一件をイエローから聞いて以来、他の考察がワシの中に芽生えた』
呟く、ただひたすらにクリアは呟く。
どれだけ叫びを上げても決して届かない氷の中のVへ向けて、真摯な思いを言葉に乗せて。
『恐らくそれもあるじゃろう、だがそれだけじゃない、決定的な"特徴"がイエローから聞いたスオウ島でのワタルとの戦いで目立っておった』
ピクリと、氷の中のVが動いた気がした。
『僅かじゃが食らうはずの電撃攻撃を受けて無傷で、それ所かその電気エネルギーを自身の力に換える"P"、ただの"かえんほうしゃ"を奥義レベルの技まで昇華させた"エース"、まだ確認されていないレベルアップでの技の習得の仕方をした "V"……これら三匹に共通する項は"可能性が皆無の事は為していない"という点じゃ』
その手紙の内容を思い出し、オーキド博士の推測が正しいと信じてクリアはVへと呼びかける。
彼女の可能性を信じて、自身の"能力"、"才能"、"特技"、制御なんて到底不可能なその力の可能性を信じてその時を待つ。
『電気タイプが電気エネルギーを吸収した、炎タイプが更に強力な炎技を偶然放った、可能性の象徴とも言うべきポケモンが新技を習得した、どれも可能性がゼロでは無いものばかり……つまりは彼等の底に眠る"潜在能力"の開花、それは単純な力であり、特性であり、技でもあるもの……そしてそれらを強制的に引き出したと思われるのがこのクリアの能力、"孵す者"のゴールドの様な影響を与えるタイプの力"導く者"じゃ……そこでワシは一つある推測を立てた』
それ程の時間は待たなかった、精々一分程度だろう。
一時間の様な一分間、両腕から来るヒンヤリとした冷気を浴びつつ、クリアはVと心を一つにする様に努めた。
いつだって彼のポケモン達が力を開花させたのは、クリアとポケモン達が一心同体となって戦っていた時。
スオウ島のワタル戦でのエース、P、V――もしかしたらその時既に、開花の為の種はねぎまの中に根付いていたのかもしれない――だからこそ、本来なら確認されていないレベルアップでの"ゴッドバード"をねぎまは使えたのかもしれない。
『もしこの"導く者"の能力が技や特性だけで無く……"進化"にも影響を与えるとすると、それは全く新しい種の進化に繋がるという事なのでは無いのだろうか、そして恐らくその影響を最も強く受けるだろうポケモンは……』
「……ちょっと待て、クリア達の様子が……」
その時だった、グリーンが不意に口を開き、その場の全員がクリア達の方へ――亀裂が走る"永久氷壁"の氷へと注目する。
本来ならばすぐに修復されるはずのその亀裂は、直る事無くそのまま割れる様に広がっていき、同時に氷の中にも変化が訪れた。
歪み、亀裂が走り、白く淀んだ氷の中の様子を伺い知る事は出来ない。
だが当の本人、クリアの様子を観察する事なら出来る。
「……クリア?」
イエローが言った。
一方のクリアは微笑を浮かべ、安心した様に一度息を吐く、氷の亀裂が広がる、蒼い氷の中の白が、次第に蒼に染まっていく。
それはまるで溶ける、では無く吸収する様に、"永久氷壁"によって無限の広がりを見せる氷は内部へと内部へと、次第に縮まり小さくなっていった。
その時点でクリアは予測していた。Vの変化を、オーキド博士の言葉の言葉の是非を。
夕刻六時前後、朝と夜の中間地点で起こったVの変化の行く末を。
縮小し、完全に消滅して、白い冷気を纏わせた蒼いVを見て、予測は確信へと変わる――。
「……なんなのあれは、エーフィなの、それともブラッキー?」
ブルーが呟く、"化える者"の少女はまだ知らない未知に目を見開く。
他の六人も同様の反応、否人だけで無くポケモン達まで興味の瞳をVへと向ける。
この一年ずっと寒冷地帯で、氷ポケモンと多く戦い、氷タイプの"めざめるパワー"を使っていたVを。
"永久氷壁"の氷の中で、新たな可能性を見事に開花させたVを――。
『現在のクリアの手持ちで"可能性"の代名詞とも言えるV、種別イーブイのこのポケモンなのでは無いのだろうかと、ワシは推測を立てたがそれはまだ推測の域を出ない』
その場にいた全員に、文面のオーキド博士に返す言葉の如く"導く者"クリアは口を開く。
ほんの少しだけ大きくなって蒼色の姿へと"進化"した、透き通る氷の様なポケモンを抱えて。
「こいつは"グレイシア"……氷タイプの
自由になった両腕を引っさげて、その傍にはグレイシアへと、氷タイプへと進化したVを連れて。
クリアは静寂の中、誰もが息を飲む中言ったのだった、その場にいた全員に、文面のオーキド博士に。
そして、祠へと消えていった――彼が尊敬し師と崇めた"氷タイプのエキスパート"であるヤナギに向けて宣言するかの様に。
フラグ回収って意外と楽しい、すぐ忘れてしまうのが欠点だけど。