ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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三十六話『最終決戦Ⅵ』

 

 

 ウバメの森祠前で再度合間見えたのはクリアのVと、ヤナギのウリムーの二体。

 前回の敗北から学び、一時はヤナギを追い詰めたかと思ったクリアとVだったが、彼等の成長すらもヤナギは計算に入れ戦略に組み込み、一見優勢だったクリア等は一転して絶体絶命の窮地へと追い込まれる。

 自動で修復し、半永久的に溶ける事の無い氷、"永久氷壁"の前に、為すすべも無く凍結されていくクリアとV。

 

 ――だが彼等は諦めなかった、諦められるはずも無かった。

 ヤナギが祠へと消えた後も、クリアが呼びかけ、Vが応えそして――とうとうVは到達したのである。

 進化という境地、"グレイシア"という到達点へと――。

 

 

 

 その様子を、彼等は各々の視点から見つめていた。

 六人の図鑑所有者達、クリアを覗いた三人ずつの少年と少女、カントー組にとっては後輩となる、逆にジョウト組にとっては先輩となる人物の能力(ちから)を。

 そして、彼等の中で唯一図鑑を持っていない少女もまた、祠を凝視するクリアの背から視線を外せないでいた。

 約一年前、一時的に図鑑を預かり図鑑所有者となっていた、麦藁帽子を被ったイエローという少女は、

 

「……クリア……?」

 

 確かめる様に、その存在が夢幻で無い事を確認する様な声色でクリアへと声を掛ける。

 それは虫の知らせの様なものなのか、理由は分からないが何故か彼女の直感が警告音を発していたのだ。

 本当に久しぶりに、渦巻き島での事をカウントに入れないのならば約一年振りとなる彼と彼女の再会――その事に、本来なら心の底から喜びが湧き上がって来ても可笑しくない状況なのだが、今のイエローはどうしてもそんな気分になれない。

 あるのは唯一抹の不安、また彼が――クリアが何も言わずに遠い何処かへと行ってしまう様な焦燥感。

 

「ッ……ちょっと待ちなさいクリア!」

 

 そんな状況で、唐突にブルーが焦った様な声を出す。

 それはクリアが不意に祠へと手を伸ばしたのが原因だった。

 ヤナギがセレビィと共に消えていった発光する祠内部、その中に入る為には二枚の羽――"ぎんいろのはね"と"にじいろのはね"が必要であり、その加護無くして祠の中、"時間の狭間"の中に入ればどうなってしまうのか、それは誰にも予想はつかないが、恐らく良くない事が起きるだろうという事は簡単に推測出来る。

 そしてそんなブルーの推測通り、祠の中へと突っ込んだクリアの腕がグニャリと不自然に捻じ曲がる。

 

「ッチ……でも分かった」

 

 慌てて腕を引き戻し、引っ込めた腕に異変が無いかを見極めて、極めて冷静にクリアは呟いた。

 彼が実験的に自身の腕を"時間の狭間"の中へと腕を入れたのは二つの事柄を確認する為。

 一つ目は彼自身半信半疑だった事だが実際に祠内部に触れてみて、予想は確信へと変わった。それはその場所、"時間の狭間"の内部の場所に見覚えがあったという事だ。

 前後左右どこが前で後ろかも分からない様な、似た配色の景色だけが永遠と続いているかつてエンジュにて伝説の三匹を解放した場所――スイクン達が囚われていた場所と今目の前に広がる空間が同一のものであるという確信。

 そして前回は入れた場所に今回は入れない理由、二つ目の確認事項、かつてのクリアや今のヤナギが持っているもの。

 

「やっぱり"にじいろのはね"と"ぎんいろのはね"が必須アイテムか……つってももうホウオウとルギアはこの場にはいないし」

 

 そう、矢張り必要なのは二枚の羽なのだ。

 内心今すぐにでもヤナギを追いたいクリアがまだこの場に留まっているのはこの為、全ては身の安全を保障する為の必需品の欠如にある。

 

(こんな事なら、飛び去っていくホウオウとルギアの羽を取っておけば……)

 

 ウバメの森から飛び去っていくホウオウとルギア、その二匹をカモネギ達に連れられながら眺めていたクリアは内心そう呟いた。

 と言っても彼自身、飛び去っていくホウオウに呟く程度の言葉で、"いつか"の礼を言っていた身である、流石にその後礼を言った相手の羽を毟り取るなんて所業は出来るはずも無かったのだが。

 

 ――しかし、だからと言って状況が好転する訳でも無い。

 早急に祠内へと入らなければ、もうヤナギには追いつけなくなってしまうだろう。

 そしてそれが今出来るのは、凍結された七人の少年少女達を含め、クリア唯一人なのである。

 その事に少しずつ焦りを見せ始めるクリア、そんな彼を見つめるイエローは、

 

「……"にじいろのはね"と"ぎんいろのはね"……?」

 

 呟かれたその言葉、聞き覚えの有る言葉を反復する。

 少し前、先程二人のロケット団幹部を名乗る男女の組み合わせに襲われた時の事を。

 彼女の麦藁帽子を狙ってた彼等は確かにこう言っていたはずだ――、

 

『じゃあ渡して貰おうか、"にじいろのはね"と"ぎんいろのはね"を!』

 

 ――と、確かにイエローの耳にはそう聞こえていて、その事を思い出した彼女はそっと麦藁帽へと手を伸ばす。

 その手の先にある二枚の羽へと、しかし縫い付けられている為かいくら引っ張っても取れず、少しの間奮闘してみるが、どう頑張っても二枚の羽は彼女の麦藁帽子から取れる様子は無い。

 同時に、祠前で立ち尽くすクリアは、今にも生身のまま"時間の狭間"へと飛び込んでしまいそうな勢いがあった。またしても自身の身を省みずに、だ。

 だからこそイエローは、意を決した様にクリアへと声を掛ける。

 

 

 

「……クリア、もしかして虹色の羽と銀色の羽って、この帽子についてる……この羽の事なんだよね?」

「……あぁ、多分、間違い無いね」

 

 ヤナギがその場から消えた為だろう、彼の標的対象の一人だった"イエロー"に対して、今度こそクリアは彼女の名を呼んで振り向く。

 光溢れる祠前、彼女の麦藁帽子に刺さった虹色の羽と銀色の羽の二枚、その二枚の羽に注目し、そしてクリアはイエローへと近づいて、

 

「えぇと、この帽子はブルーさんが……って今はそうじゃなくって、その、どうしてもこの羽が帽子から取れなくって……」

「そうだろうね、簡単に取れる様には出来てないはずだし」

 

 その二枚の羽が刺さった麦藁帽子、その帽子をイエローへと渡したのは他ならぬブルーだ、用心深い彼女の事だから件の二枚の羽も早々簡単に取れる訳が無いと、そうクリアは踏んでいたのである。

 そしてその予想は概ね正しい、矢張り二枚の羽は麦藁帽子から外れる気配は無く、当の本人であるブルーは今も尚氷付けにされてる為、苦笑いを浮かべる事位しか出来ない始末である。

 

 ――だが彼女の麦藁帽子ごと二枚の羽を持っていく、という選択肢はクリアには無かった。

 それはイエローが帽子を取られる事を知っているからこそ、それをよく知るからこそクリアは彼女の麦藁帽子を無理矢理取って行こうとは思わなかった。

 いくらヤナギを追う為とは言え、過去にその事で苦い思い出がある為、どうしてもその最も簡単な選択肢がクリアには選べなかったのだ。

 ――だったのだが、

 

「うん、だから……だからさ……!」

 

 俯き加減で除々に高まってくる鼓動を必死に押え無視しながら、赤面した表情でクリアへと向いて、イエローは告げる。

 虹色の羽と銀色の羽、二枚の羽が刺さる麦藁帽子へと手を掛けながら、

 

 

「だから、ボクの麦藁帽子をクリアに預けようと思うんだ……!」

 

 

 告げたイエローの言葉、それは言葉の裏に隠された決意――ジョウトの地を踏んでからずっと、強大な敵に立ち向かおうとするクリアの力になりたいと考えてきたイエローの決意の表れだった。

 それは自身の小さな羞恥心よりも、クリアの身の安全を優先して考えた結果。

 同時に、彼女の決意、そして決断の早さにはレッド、グリーン、ブルーといったイエローの正体を知る面々も驚愕の色を示していた。

 そしてクリアもまた、驚きながらもイエローへと訊ねる。

 

「……いいのかイエロー、あんなに嫌がってたのに」

「……うん、もういいんだ、あの時は四天王と戦ってる最中だった時だし、それに今は……その、単に恥ずかしいだけ、だから」

「そっか、何だか知らないがありがとな、勇気出してくれて」

「……ううんいいよ、そ、それと出来れば後ろを向いてて欲しいな……あ、後……!」

「ん、分かった」

 

 言って、クリアは彼女に背中を向ける。

 距離にして数十センチの距離、手を伸ばせば掌をクリアの背中に押し当てる事すら出来る程近くで。

 そしてついに、クリアの背中を見つめながら、イエローは自ら麦藁帽子を取るのだった。

 

 

 

 事の真実を知るカントー組はさておき、何も知らないジョウト図鑑所有者の面々、ゴールド、クリス、シルバーは同時に声にもならない驚きの表情を浮かべて。

 そしてクリアの背後、その場にいたのは、麦藁帽子に隠されていた、風に揺れるゆうに背中まで届く長い黄色の髪、恥じらいからか少しだけ赤みがかった頬の、どこからどう見ても、一人の少年――では無く、イエローという少し小柄な一人の女の子だった。

 

 皆の注目を浴びる中、帽子を外した彼女(イエロー)は――、

 

「絶対に帰って来て……約束だからね、クリア!」

 

 そう言って二枚の羽、虹色の羽と銀色の羽付きの麦藁帽子をクリアの頭へと彼女は被せた。

 突然の事にクリアも一瞬戸惑うが、ただ麦藁帽子を被らされただけ、という事に気づくとすぐに我を取り戻して、

 

「あぁ、勿論そのつもりさ……じゃあ行こうかライコウ、スイクン」

 

 イエローの方を振り向かないまま、クリアは少し離れた所にいた伝説の三匹の内の二匹へと声を掛ける。

 思えば始まりはその三匹との出会いからだった。

 仮面の男を追い出した切欠、同じ境遇を持つ三匹の伝説のポケモン達、彼らもまた打倒ヤナギという目的をもってしてこの場に集まったポケモン達だ。

 しかしクリアはライコウとスイクンの二匹のみへと呼びかけ、声を掛けられた二匹は戸惑いながらもクリアの傍まで寄っていき、呼ばれなかったエンテイは押し黙ったままクリアを睨みつける。

 

「あー、そう睨まないでくれよ、エンテイにはここに残って皆の氷を溶かして貰いたいんだ」

 

 背中越しでも痛々しい視線に気づいたのだろう、後ろ手で頭を掻きながらクリアは前だけを見つめて言う。

 六人の図鑑所有者達とイエローの七人、彼等を現在進行形で凍らせているヤナギの氷は"永久氷壁"、クリアのエースを初めとしてゴールドのバクフーンやグリーンのリザードンがこうしてる今も尚、自身の炎で氷を溶かそうとしているが中々溶ける気配も無い。

 このままでは彼等がウバメの森と共に全身を凍結させてしまうのも時間の問題、そしてもしそうなってしまったら、誰が戻って来たクリアとの約束を果たそうというのか。

 そんなクリアの心情を察したのだろう、エンテイはクリアを睨む視線を外し、最も近くにいたシルバーの氷を溶かす作業へと入る。

 

 その様子を麦藁帽子のつば先から微かに見て、静かに微笑を浮かべてクリアは真後ろにいるイエローへと、

 

「……そうそう、それからイエロー」

「な、何!? クリア!?」

 

 いつクリアが振り向いて彼女を見るか、その緊張からか少し声が裏返っているイエロー。

 そんなイエローを相手に、しかしその変化には気づかないままクリアはまたも振り向かず、あえて祠を見つめたまま言う。

 

「この際だから話しておくけど、ついさっき育て屋の婆さん達と一緒にお前の叔父のヒデノリって人に会ってさ、多分もうすぐこの森にもつくと思う、一応心配してるかもだから教えとくよ」

「そ、そうなんだ、おじさん達無事だったんだ……良かったぁ……」

 

 割と本気で心配してたらしく、クリアの言葉を聞いてイエローは肩が抜けた様に脱力した。

 それもそうだろう、いくらイエローが狙われていたからと言って、それでヒデノリ達への追撃が留まるとも限らない。

 否、もしかすると人質等の目的で更に危険が高まるかもしれなかったのだ。

 そんな予想から解放されて、イエローが一先ず安堵した所で、

 

「でもまさかだったぜ、あの渦巻き島で一緒に助けたおっさんが、まさかイエローの叔父だったとはね」

 

 その言葉に、何か背筋が冷たくなるものをイエローは感じて、

 

「ね、ねぇクリア?……まさかおじさん、他にも何か言って無かった?」

「んー?……いや別に、ただお前がヒデノリさんの"姪っ子"だって事だけだぜ……っと、無駄話はこの辺にしとくか!」

「え!?……ちょ、クリア!?」

 

 姪っ子、その単語に目を丸くして驚愕するイエローだが、時間が押し迫っているのだろうクリアは彼女の言葉を待たずにスイクンに飛び乗り、そして、

 

「……待ってろよヤナギ、今度こそ、アンタに追いついてやる……!」

 

 スイクン、ライコウという伝説の二匹のポケモン達。

 そしてグレイシアへと進化したVと共にクリアは再びヤナギへと挑む為"時間の狭間"へと飛び込む。

 これまでの全ての、ヤナギとの因縁に決着をつける為に、とうとう一切イエローの方を振り返らないまま。

 ――彼女が"女の子"だという事を知らないままに、そして彼等は祠の中へと消えていくのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず初めに、クリアはイエローの正体については気づいていない。

 それは様々な偶然が重なった事による、ある意味奇跡の産物の様な勘違い。

 もし彼がヒデノリからその事実を言われた時、今の様な緊迫した状況じゃなければ、少しでも違和感に気づいて思案していれば、すぐにオーキド博士からの手紙に思考を移さなければ、そして――。

 

 イエローが少年だと言う事をまず念頭に置いて考えていなければ、彼はそんな馬鹿げた勘違いをするはずが無かったのである。

 恐らく言われれば気づくのだろう、気づいて何故自分がそんな勘違いをしたのだろうと思うはずだ。

 まさか甥っ子と姪っ子を混同して考えていただなんて、そんな勘違いを――。

 

 

「……じゃあクリアは、もしかしてボクの事……気づいていたの?」

 

 そんな事実等露知らず、彼に麦藁帽子を預けた少女は唖然としたまま、静かに祠を見つめ続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 "時間の狭間"の空間の中は、確かに伝説の三匹を解放した空間の様な異空間だった。

 前後左右が分からなくなる様などこまでも続く同じ景色、気持ち悪くなりそうなまるで、数種類の絵の具をパレットの上でかき混ぜた様な雑な配色。

 だがしかし、唯一つだけかつて見た異空間内とは明らかに違う特徴もある。

 それは映像、ヤナギを追うクリア等一人と三匹だが、道中様々な過去の出来事が、クリアが経験した記憶達が現れては消えていく。

 デリバードとねぎまの決闘から、ここ数週間程の映像、まだ何も知らなかった頃のヤナギとクリアの日常風景、ジョウトジムリーダー達との試合、そしてスオウ島での戦いとその旅路。

 今にして思えば懐かしい、それでいてつい先日の出来事の様にクリアの脳内でも同じ映像がフラッシュバックしては消えていった。

 

 

 ――そしてそれは唐突に現れる。

 

「……あれはっ!?」

 

 それは薄暗い建物の中だった。

 少し欠けた像が今だ飾られている場所、トキワジム、クリアがこの世界に来て初めて目にした光景。

 その映像の中で彼は見た、倒れている彼自身と更にその近く、僅かに歪んだ空間の歪に存在する"大きな影"を。

 ――そして次第に空間の歪みは消えていき、同時に過去の映像もそこで途切れる。

 

「……今のは」

 

 過ぎ去っていく映像、だがそれも所詮は過去、彼にとっては既に起きた出来事――。

 名残惜しむ様にクリアは背後へと視線をずらした、自分が何故この世界に、そしてどうやって来たのか、その理由を知る手がかりが目の前に転がっていたのだ。気になるのも仕方は無い。

 だがそれでも、クリアは前を見る。過去への誘惑を振り払って、止めるべき敵を見定めて。

 

 雑念を振り払い、そしてクリアはようやく追いついた止めるべき敵へと視線を固定する。

 敵は――ヤナギは一人そこにいた。

 今だセレビィとの時空を超える旅の最中だったのだろう、後ろから追いついてきたクリアに一瞬驚愕の色を示すも、すぐに彼は立ち直って、

 

「……その麦藁帽子」

「あぁ、親友(イエロー)から預かってきた大事な代物……そしてアンタを追い詰める為の、最後のキーアイテムだ」

 

 どうやら既にPの電撃による一時的な失明からは回復しているらしい、クリアの頭で微かに揺れる二枚の羽を差した麦藁帽子を見つめてヤナギは言い、クリアも返した。

 "時間の狭間"の中、チョウジ商店地下、セキエイ高原、三十三番道路、ウバメの森祠前、そしてそれ以前に幾度と無く繰り返されてきた両者の激突。

 過去を振り返る老人と未来を見据える若者の、師と弟子の最終決戦は、そんな二人に最も相応しいとも言える戦いの舞台で――今、始まる。

 

「さぁヤナギ、これが正真正銘最後の"ジム戦"……俺からアンタへの最後の挑戦状だッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 凍結されていた六人の図鑑所有者とイエローの七人、そしてウバメの森ほぼ全域。

 クリアがイエローの麦藁帽子を被り、祠の中へと消えた後、祠前の彼等、そして森自体の凍結も次々とエンテイによって解放されていった。

 エース達普通の炎ポケモンでは決して出来ない所業、伝説のエンテイが放つ"特別な炎"、伝説級のその力だからこそ、ヤナギの"永久氷壁"を完全に溶かしきる事が出来たのである。

 更に彼等、レッドにはその解凍速度を更に速める策があった、その策があったからこそ、彼等はこの短時間で自由の身になれたのである。

 

「でもまさか水で炎を広げるたぁ、流石の俺も驚きましたよレッド先輩!」

 

 解放されてから、もしくは凍結されている間に幾らか話す機会があったのだろう、いつの間にかレッドの事を"先輩"付けと呼ぶゴールドに、

 

「あぁ、シロガネ山の秘湯の別名は"(ファイヤー)温泉"、常に発火性の高いガス纏っているから触れた炎の威力を増大させるんだ」

 

 そう答えたレッドの言葉通り、シロガネ山に共に向かったブルーのカメックス、そのポンプの中に溜めておいたシロガネ山の秘湯の源泉を彼は今ここで使ったのである。

 普通ならば掻き消えてしまうであろうエンテイの炎を、ガスを纏った水流を使ってウバメの森全域へと広げ、凍結されていたウバメの森の氷を一掃したのだ。

 

「イエローさん、その髪……」

「クリスさん!?……これは、その……」

「はいはい、そんな事は後にしなさい!どうせもうバレちゃった事なんだから」

 

 一方此方はクリスに聞かれ、今更ながら風に靡くポニーテールを両手で恥ずかしそうに隠すイエロー。

 だがそんなやり取りも割って入ったブルーによって止められ、

 

「え、えぇ分かってますブルーさん、今は祠に入ったクリアの加勢……ですよね?」

「ふふっ、当然でしょ」

 

 問いかけたイエローの言葉に、自身のカメックスを引き連れてブルーは答えて。

 それと同時に、他の面々も既に外に出してあった自慢の一匹を従えて祠の前へとにじり寄る。

 全ては祠へと入ったクリアの為、虹色と銀色の二枚の羽が無くたって、少しでも彼等全員の攻撃エネルギーをクリアへと送る為だ。

 

 その攻撃が彼の助けになると信じてレッド、グリーン、ブルーは――。

 その攻撃がヤナギを倒す助力になると信じてゴールド、シルバー、クリスタルは――。

 その攻撃が中に入っていった一人と二匹の同胞の力になると信じてエンテイは――。

 

 そして、イエローの傍へとやって来たピカとチュチュの二匹、その二匹を引き連れたイエローもまた、クリアの為に全身全霊をかけて――。

 彼等はその一撃に全てを賭け、発光する祠内部へ目掛けて――放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ、最後の"ジム戦"だと!? まさかまだ、この私を倒せると本気で思っているのか!?」

「倒すんじゃない、俺はアンタを止めたいだけだ!」

 

 "時間の狭間"内部、クリアとヤナギの攻防は最後の(とき)を迎えようとしていた。

 ヤナギの持つ"永久氷壁"の氷の盾、何人の攻撃も許さない絶対防御の前に、クリアが行った行動は至ってシンプルだった。

 

「スイクン、ライコウ! 遠慮はいらない! 思い切りやれ!」

 

 最早ここまで来れば、ヤナギ相手に小技や裏をかいたり等出来るはずも無い。

 それ程までの実力差、経験差がクリアとヤナギの間には立ち塞がっているからだ。

 だからこそ、その実力差を埋める為に行う事――それは唯全力で攻撃する事のみ。

 スイクン、ライコウ、そしてV、三匹の力による怒涛の攻め、相手に反撃の隙すら見せない、防御に徹するヤナギに対し、クリアは攻撃に徹する事にしたのだ。

 

「その程度で、この私が! この盾が破れるはずも無い!」

 

 だがヤナギの氷の盾は強大だ、崩れてもすぐに自動修復される"永久氷壁"の名は伊達じゃない。

 いくつかの氷の盾をウリムーが形成し、スイクン、ライコウの二匹の攻撃を受け止める――だがそれでも。

 ――例え勝ち目が薄くても、限りなくゼロに近くたってクリアはポケモン達と共に戦うのだ。

 伝説のポケモン達による全力、その余波はクリアの身体にも相応の負荷をかけているのだが、それでも尚クリアは攻撃停止の指示は出さずに、全てはこの時の為、彼が尊敬した唯一人の師を止める為には、そんな事で彼自身が止まる訳にはいかなかったのだ。

 

「……あぁ確かに、ヤナギ、アンタの"盾"は強力だ」

 

 届かない、三匹の力を合わせて尚ヤナギには届かない。

 だがしかし、そんな状況でも彼はニヤリと微笑を浮かべて見せる。

 まるでこれから起こる事を、彼の第六感で予感でもしたかの様に、勝利を確信した笑顔でクリアは答えた。

 

「でも俺には、その盾を破る程の"矛"がある……!」

「矛だと?……そんなものどこに……!」

 

 言った傍から、ヤナギは目を見開いてクリアを――否、その後ろへと視線をやる。

 ヤナギの視線の先、そこにあったのはは"力"だ。

 外からやって来るいくつもの攻撃エネルギー、クリアの仲間達が彼へと送った、最高峰の威力を持つ"矛"の数々。

 そしてそれら攻撃エネルギーがクリアの周囲を通り抜け、ヤナギへと到達するだろう瞬間に、クリアは声高に叫ぶのだった

 

「これがアンタに無くて俺にはあるものだよ……"師匠"!」

 

 

 

 ヤナギの氷の盾へとクリアの"矛"、正しくは彼の仲間達の攻撃が直撃する。

 炎、草、水、三種のタイプ攻撃は二乗に威力を増大させてヤナギの盾へと亀裂をいれて、更にエンテイの炎がその亀裂を広げ、そこにスイクンとライコウの二匹も攻撃を加える。

 六人の図鑑所有者と伝説の三匹による攻撃、それは着実に確実にヤナギを追い詰めていき、更にその場所へと三つの電撃が走った。

 それはイエローの指示で放たれたピカとチュチュ、そして今しがた祠の外で生まれたばかりの件の二匹のピカチュウの子供"ピチュ"の放電による攻撃。

 一つ一つは小さな力でも、合わさればヤナギを追い詰める事が出来る、ヤナギが持たずクリアだけが持っている力。

 "仲間"という、極普通に有触れていて、それでいて大きな繋がり――そしてそれは宣言通り、クリア最大の"矛"となって――。

 

「っく!」

「吹き飛べ氷の仮面!!」

 

 クリアの絶叫が"時間の狭間"に響き渡る。

 六人の図鑑所有者のポケモン、三匹の電気ネズミによる電撃、そして伝説の三匹による計"十二匹"による複合攻撃だ。

 それはいくらヤナギの防御が堅く強力だろうが、それでも彼の最強の盾を破る最強の矛になり得る攻撃。

 ヤナギ一人の盾に対抗する為の、"仲間"というクリアが持つ最強の矛の形、そして――。

 

 そしてとうとう――まるでガラスが割れる様に、ヤナギを守る盾と、彼の身を包んでいた氷人形の等身が弾け飛んだのである。

 

「まだだ!」

「勝負は終わってない!」

 

 次の瞬間彼等は同時に動いた。

 ヤナギのウリムーが再度"永久氷壁"の氷の再生を試み、そこへクリアのVが走る。

 疲労し、全力で技を出し尽くしたばかりのスイクン、ライコウを残して、Vは瞬く間に"氷の槍"を形成していく。

 ヤナギのウリムーよりも早く、瞬間的な爆発的を秘めた氷槍、そしてそれはヤナギの元――正確にはヤナギの手元の"時間を捕えるボール"へと即座に伸びて、

 

「やれV、ヤナギの呪縛を凍て破れ!」

 

 その氷はヤナギの"永久氷壁"とは対となる氷。

 クリアだけが、彼のVだけが持つ特殊な氷技、"永遠"では無く"瞬間"に全てを賭けた力――ヤナギの自動修復する"永久"の氷と最も対象に位置する、"一瞬"にして形を成す氷技、そしてその凍結速度はウリムーの"永久氷壁"の再生速度を上回り、壁の間を縫って届いたボールに小さく切っ先をたてて――。

 

 ピキリと、セレビィの入ったボールへと亀裂が入り、ヤナギがそれを知覚した瞬間はもう時既に遅し。

 次の瞬間、捕獲用のボールが破壊された事により、晴れて自由の身となって時の番人"セレビィ"がボール内から外へと飛び出す。

 

「ぐっ……ま、まさかクリア、最初から……」

「あ、あぁそうだ……言ったはずだぜ、俺はアンタを"倒す"んじゃなく"止める"って……うぅ……な」

 

 "時間を捕えるモンスターボール"は虹色の羽と銀色の羽の二枚から作られていた、故にボールが破壊されその加護が無くなってしまえばどうなるか――答えは今のヤナギの苦しそうな表情にあって。

 同時にクリアも息も絶え絶えの中、ヤナギと同じく僅かにうめき声をあげる。理由は明白、気づけばクリアの頭の麦藁帽子、そこに刺さっていたはずの二枚の羽が消えていたのだ。

 それは無我夢中で今の今まで彼自身も気づいていなかったが、先の一斉攻撃の際、スイクン、ライコウの全力の攻撃の反動によるものによるものだった

 そうして彼等は今、"時間の狭間"の中で虹色の羽と銀色の羽を持たない者がどうなるかを身を持って体感してるのである。

 

「っぐ……私は、まだ……!」

「ヤ、ナギ……アンタまだ諦めて……!」

 

 息が出来ないのか、それとも全身を圧迫されているのか、はたまたその両方か。

 どちらにせよ、両者は互いとも苦しそうな表情を浮かべながら、しかしヤナギの眼からは尚も光は消えていなかった。

 その執念、果たして何がヤナギをそこまで駆り立てるのか、それが分からないクリアは不意に一つの疑問に当たる。

 それはこれまでの戦いで、ヤナギが唯一見せていないポケモン、チョウジジムの中でデリバードの様にクリアが接していたポケモンの内の一匹。

 

「……私はまだ、ヒョウガをあの時代に連れていけていない……!」

「ヒョウガ……だと……?」

 

 ヤナギが持つ氷タイプのポケモン、ラプラスの"ヒョウガ"。

 この"時間の狭間"の決戦にたどり着くまで、クリアは様々な場所でヤナギと衝突し、彼のポケモン達と戦ってきた。

 デルビルや、アリアドスといったセレビィ捕獲用の彼の専門外となるポケモン達、デリバードやパウワウ、ウリムーといった普段からクリアとも面識があった氷ポケモン達。

 しかしその中で唯一、この戦いで最後までヤナギが参戦させなかったポケモンがいた、それがヒョウガ――今回の一連のヤナギの行動の目的、その原因となったポケモン。

 

 ――全てはこの一匹の為の戦いだったのだ、この一匹のラプラスを"ある時代"へ連れて行く為に、ヤナギは今までの凶行に及んだのである――。

 

 そしてクリアは見た、"時間の狭間"の中で、まだ若いヤナギが氷原で二匹のラプラスを一緒にいる所を。

 そのラプラス達がクレパスに飲み込まれていくのを、その直ぐ後に後悔の念に苛まれるヤナギの手の中でヒョウガが誕生する瞬間を。

 それら過去の出来事を、"時間の狭間"の中で見てようやくクリアも気づいたのだ。

 

「……まさか、全部……そのヒョウガの為に……」

「そうだ……だから、私は……っぐ!」

「ッ、師匠!」

 

 その時だった、一際苦しそうに呻いたヤナギの表情に、咄嗟にクリアは彼へと手を伸ばす。

 ヤナギへと届かないと分かっていても、それでも伸ばさずにはいられなかったのだ。

 いくらヤナギが悪行を重ねていたとしても、いくらヤナギから何度も傷つけられていたとしても、それでヤナギを見放していい理由にはならない。

 ましてや彼はクリアにとって初めて"師匠"と呼んだ特別な存在、だからこそクリアはここまで傷つきながらも進んできたのだ。

 ホウオウへの恩返し、無関係の人々を守る為、様々な思いこそあったものの、根底にあったのは唯一つの思い。

 

 師匠を止めるのは弟子の役目、伸ばした手は、それはクリアの中で一際強かった思いの表れだったのだ。

 

「……セレビィ?」

 

 そんなクリアへと、自由を手にしたセレビィが近づく。

 本来ならもう彼等の元から離れていてもいいはずのセレビィが、放っておけば消えてしまいそうな脆弱な一人の若者へと近づき、彼の様子を観察する。

 "時間の狭間"に入るまでにいくつもの戦いを経験し、更に先の戦闘でも伝説のポケモン達の全力による反動を受け、今も尚"時間の狭間"の中で苦しんでいる人間。

 そんな彼を、彼等を哀れに思ったのか、それとも単なる気まぐれか――その真意は分からないが、フッと唐突にクリアを苦しめていた息苦しさが消える。

 驚いた様子でセレビィへと目をやり、次にヤナギへと目を向ける、どうやらヤナギ自身もとりあえず命の心配は無くなったらしく、彼自身も驚愕の色を浮かべていた。

 

 

 

「……場面が」

 

 そして、驚きはそこで終わらなかった。目の前に広がる過去の映像が少しだけ移り変わったのである。

 寒風厳しいその場所は先程までと同じ氷原、だが絶対的に違う空間内、クレパスなんて存在しない平らな氷の地面に、二匹のラプラスの姿、それ以外には人っ子一人いない景色。

 それを見てヤナギも察したのだろう、大粒の涙が彼の頬を伝った。

 

「おお……おおぉぉぉぉぉ!!」

 

 同時に、ヤナギの最後のボールから、一匹のラプラスが嬉しそうにその景色へと飛び込む。

 クリアとヤナギの目の前で、彼等がよく知る一匹のラプラス、ヒョウガが。

 幸せそうに、自身の両親の下へと帰っていく。

 そして、青と白の空間の中で、二匹のラプラスが自身の子供を抱いているを見て、

 

「セレビィ……今のはお前がやったのか……?」

 

 ヒョウガは自身の手持ちポケモンでは無い、しかし感傷的にならないと言えばそれは嘘になる。

 チョウジジムではよくクリアもヒョウガの背中に乗せて貰ったりした身だ、少しだけ目頭が熱くなるのを感じたが、彼はあえて涙は見せなかった。

 ――今涙を流すべきなのはクリアでは無くヤナギ、それが分かっているからこそ、クリアはヒョウガとの別れを心を無にして済ませる。

 かつてのねぎまやヤドンさんの様にはいかない、別の時代に生き、もう一生会えなくなるそのポケモンを、クリアはただ無心になって見つめ、そして気を紛らわす様にセレビィへと呟く。

 

「……いや、どっちでもいいさ……ありがとうなセレビィ、ヤナギを……師匠を救ってくれ……て」

 

 急激に体から力が抜けるのを感じるが、その時にはもう彼の意識は途切れる寸前だった。

 無理が過ぎたのが祟ったのだろう、急いで倒れ混むクリアの体を滑り込む様にスイクンがその背に乗せる。

 この場所へたどり着くまでの連戦、そして事が全て終わった事を悟った事で安堵したのか、まるで眠る様にクリアは瞳を閉じていく。

 

 

 

 "時間の狭間"の中、スイクンの背で眠るクリアを見つめ、ヤナギはそっと微笑んだ。

 最早その心にはスイクン達が警戒していた黒い野望等は存在していない、愛した存在(ヒョウガ)の救いから彼の心もようやく解放されたのだ。

 長年彼を苦しめていた、縛り付けていた罪悪感という鎖から――。

 そしてこれもまたセレビィのせめてもの心遣いか、今辺りには透き通る様な歌声が響いている。

 かつて傷心したヤナギの為に彼の友人達が作った歌、育て屋老夫婦、ガンテツ、オーキド、キクコ――彼等の想いが時代を超えて、今のヤナギの凍て付いた心溶かしているのだ。

 

 ――そしてそれは、彼の心の氷を溶かすのは何も彼の友人達だけでは無い。

 

 不意にヤナギは、クリアの傍に寄りそう一匹の氷ポケモン"グレイシア"を、そして続いてクリアへと目をやって、

 

「……羨ましいな、これからも共に沢山の時間を生きる事が出来る若いお前達が……」

 

 そう言って、ヤナギは懐から一個のバッジを取り出す。

 "アイスバッジ"、チョウジジムジムリーダーに認められた時初めて貰える公式のジムバッジ。

 それも純正の、この世に唯一つの"アイスバッジ"をヤナギは何も言わずにVへと手渡した。

 渡されたバッジに若干の戸惑いを見せつつも、しかし確かに"アイスバッジ"を受け取るV、その様子にヤナギは満足気な口ぶりで、

 

「ふふ、もう聞こえていないだろうがクリアよ、今初めて私はお前を認めよう、宣言通り私を"止めた"お前を……クリア、最後のチョウジジム戦はお前の……"お前達"の勝利だ」

 

 そう言ったヤナギの眼から、再度涙の線が零れる。

 ヒョウガが救われる姿を、そして友の想いをようやく肌で感じる事が出来、凍りついた彼の心に暖かなモノが溢れてくるのを感じながら。

 そんな中少しだけ、少しだけ勿体無いと思ってしまったのだ。

 今まで散々迷惑だと思っていた存在を、幾度と無く彼の前に立ち塞がってきた存在との"別れの時"を前にして初めて――ヤナギは気づいた。

 彼にとってクリアという存在がどれだけ大きなものとなっていたかを、そしてクリアと過ごした日々を、無自覚ながら"楽しい"と感じていた事を。

 ――いつの間にか弟子というより、家族の様な存在となっていた彼との日々をもう過ごせないという事が、少しだけ悔しく思えたのだ。

 

「……あぁ分かってる、ではそろそろ行こうかセレビィ……」

 

 だがこれ以上の我儘は許されない、それ程までの行いを、ヤナギは自らの目的の為に行ってきたのだ。

 いくらヒョウガを両親に再会させる為とは言え、その為にシルバーやブルーといった子供達をそれぞれの家族の下から強引に連れ去り、多くの人間やポケモン達を傷つけてきた。

 そんな彼が、今更家族を恋しく思おう等とは、決して許されてはいけない事なのだと――そうヤナギは自分に言い聞かせ、

 

 そして――、

 

「では去らばだクリア……」

 

 ヤナギとセレビィはクリアの傍から離れていく。

 それを見届けた彼等スイクンとライコウもまた、クリアとVを乗せてヤナギとセレビィから視線を外し、振り返り出口を目指して、

 

「ポケモンと共にいるその時間を大切に……我が弟子よ」

 

 そして一気に、駆け出していく。

 最後にヤナギの口から出たその言葉だけを残して。

 正式に弟子と認めた老人は"時間の狭間"へと消え、正式に弟子と認められた少年はスイクンとライコウに連れられて、そうして戻っていく。

 ――彼を待つ仲間達の元へと、約束を交わした少女の待つ場所へと――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれ位眠っていたのだろうか――瞼の裏側から、日光が遮断されるのを感じた。

 何か大きな物体に遮られているのだろう、まだ上手く働かない頭を強引に覚醒させながら、少しだけ身じろぎして。

 

「……ん」

 

 柔らかい土と草の上、生い茂る木々の中、決して光等放っていない何の変哲も無い祠の前で、そうしてクリアは目を覚ます。

 

 

 

「あ、起きた! 大丈夫ですかクリアさん?」

「……むぅ、クリス?……ここは、って!」

 

 起きて早々目にしたのはクリスの姿、どうやら日光が一時的に遮断されたのは、彼女がクリアの顔を覗き込んでいた為らしい。

 目を覚ますと同時に立ち上がった彼女に続く様に、というかむしろ飛び起きる様に彼は上半身を起こす。

 上半身を起こした視線の先、そこにあるのは何の変哲も無いウバメの森の風景、その中には何故かシルバーとつかみ合いの喧嘩をしているゴールドと、その傍に立つグリーンとブルーの姿も確認出来る。

 だが彼が起き上がった瞬間、全員が全員クリアの方を見て、それで彼はようやく状況を理解する。

 

「……あぁ、そうか、終わったんだな全部」

 

 そう呟き、クリアはざっと周囲を見渡した。

 土木の匂いが充満する緑の世界の中、その中にいるのはスイクン、ライコウ、エンテイの伝説の三匹、ねぎま率いるカモネギの群れと、何時の間にやら進化しているヤドンさんと彼の愉快な仲間達、そしてクリスに、ゴールドとシルバー、グリーンとブルーの五名と――、

 

「起きたか、クリア」

「レッド……さん」

 

 声掛けられ、クリアは気の抜けた様な顔のまま彼へと返事し、背後に建った祠を挟んで向こう側にいるレッドを振り返り見上げる。

 そして更にその後ろ、レッドの背に隠れる様に立っている一つの人影に気づき、大方イエローだろう、とすぐにクリアは断定をつけて、苦笑いを浮かべながら頭の麦藁帽子のつば先を少しだけ弄って確信する。

 

(これだけ、か)

 

 戻って来た暖かな景色の中で、彼の自業自得とは言え失ってしまった存在を確かに感じながら。

 "時間の狭間"の中で対峙したヤナギ、最後に分かり合えたはずの人物を思い出し、少しだけ感傷的になりながらも、クリアは無言で一度だけ顔を拭って立ち上がる。

 

「大丈夫、そうだな」

「……あぁ、もう大丈夫だよ、レッドさん」

 

 いつの間にか"さん"付けになっている事が驚きなのだろう、虚をつかれた様なレッドだったが、一つ咳払いし取り直して、

 

「あ、あぁ……じゃあ、って……おいイエロー、いつまで俺の後ろに隠れてるつもりだよ?」

「……ははっ、全くだよ、そこにいるのはバレバレだって……の……」

 

 レッドの背後、その背中に隠れている小さなの人物の姿を拝む為、すぐにクリアは覗き込む様に少しだけ体を動かした。

 何故か一向に出てこない金髪の子と会話する為、"約束"したのだから報告位はする義務があるだろうと思い、彼女の姿を見ようとして、そして彼女の姿を視界に捉えた瞬間――クリアの言葉が止まった。

 より正確には、その少女の可愛らしいポニーテールを見た瞬間、まるで時でも止まったかの様に、クリアの動きと表情が硬直する。

 

 

「えぇと、久しぶり、クリア……クリア? あれ? ねぇちょっと!?」

「……ッハ!? い、いけね、また眠ってたらしい、なんか実はイエローが女の子だったっていう夢を……」

「いや、クリア……それ現実だから」

 

 現実逃避しかかるクリアに、レッドの非情な、というか現実的な言葉が突き刺さる。

 

「……女の子?」

「女の子、というかお前はその事知ってたんじゃないのか?」

「し、知るかよそんな事! なんだよ女の子って!」

「え?……えぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 レッドとクリアの問答に、今度はイエローが大声をあげた。

 だがそんなイエローの反応も当然と言えば当然、決戦へと向かうクリアの為、意を決して正体を告げる決意をし、直後に彼によってその決意が無意味だったという事を告げられた。

 ――が、実はその決意自体全然無意味では無く、同時に最早クリアには知られてる事、と考えていたイエローの中で再度羞恥の心が息を吹き返す。

 彼女からしてみれば、最初にクリアが"姪っ子発言"した時と今ので二度、同様同程度の恥ずかしさを経験する羽目になったのである。

 だからこそ、今だ彼女が羞恥心から顔を赤くしていたって何ら不思議は無い。

 

 

「だ、だってクリアってばおじさんから"姪っ子"だって聞いたって!」

「あぁ聞いたよ、それと何の関係が……あれ、"姪"? あれ、女の子って意味の方が確か……」

「……おいクリア、まさかお前……」

「……クリア?」

 

 ジトーっとした粘っこい視線がクリアへと刺さる。ついでに彼の背後からもいくつか同様の視線が飛んで来る。

 それはクリアが起きるまで、散々イエローが何をどう説明しようかと悩んだ挙句、その相談を受けた面々による視線だ。

 グリーンやブルー、クリスといった三名に、レッド、そしてイエロー自身による無言の圧力。

 

 必死に頭を抱えたのが馬鹿みたいだと、そう言いたげな視線。

 

「……えぇと、いやだってほら、甥っ子と姪っ子って、時々ゴッチャにならない? なりません? なりませんよねー、いやー何で俺もこんな勘違いしたのか理解に苦しみますよハッハッハ……だから皆様その殺気だった目線を止めてくださいお願いします!」

 

 そう懇願するクリアだったが、彼の罪は重い。今の勘違いを生み出した原因、加えて約一年間の彼等の心配、具体的には一年間も音沙汰無しだったという罰的意味合いも相まって。

 そして容赦の無いピカとチュチュの電撃が彼の身を襲い、壮絶な戦いすぐ後のウバメの森で、そうして一人の少年の絶叫が木霊するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いつつ、ったく、少しは手加減して欲しいな、こっちは結構ボロボロなんだからさ」

「ご、ゴメンねクリア、でもクリアだってちゃんと反省するんだよ?」

「分かってる、反省してるよそこの所は……」

 

 制裁終わり、ウバメの森の中。

 電撃に所為か跳ねた髪をそのままにしたクリアは、イエローから傷の手当を受けていた。

 よく見ればかすり傷やら切り傷等が至る所に見受けられて、それに見かねたイエローが今現在クリアの手当てを受け持っているのである。

 ――といっても怪我自体は大した事無く、絆創膏を張る程度で済むようなものばかりなのだが。

 

「……にしても驚いたなぁ、まさかヤドンさんが"ヤドキング"に進化してるなんて」

「そうだね……ん、どうしたのねぎま?」

 

 彼等の周りに集まるカモネギとヤドンの群れ、そしてその長たるヤドンさんとねぎま、ある意味圧巻なその光景の中、不意にイエローへと近づいたねぎまにイエローが反応した。

 どうやら彼女に何か伝えたい事があるらしく小さく鳴きながら頭を預けてくるねぎま、そんな彼の思いに答えるべくすぐにイエローは"トキワの森"の力、"癒す者"の能力を使ってねぎまの心を読んで、

 

「……うん、分かった。君達はこのウバメの森に住む事に決めたんだね」

 

 イエローの言葉に、一際大きな声でねぎまが返答した。

 元々ねぎまは、ジョウトの様々な場所を点々と渡り飛んで住処を変えていた。

 それは必要以上の人間と関わらない為だった、がその渡り鳥生活も今日で終わりにするつもりらしい。

 ヒワダタウンを挟んですぐ近くにあるヤドンの井戸、そこに住むヤドンさんとその仲間達の傍であり、かつ過ごしやすそうなこのウバメの森に、ねぎまは居住を決めたのだ。

 何かあった時に助け合う事が出来る友の傍、群れを守るという意味合いでも、これほど都合の良い場所はそう無いだろう。

 

「ははっ、これからのヒワダはヤドンとカモネギの町になるのか、ツクシが聞いたら驚きそうだな」

「クリア、ツクシって?」

「いつも虫取り網持ってるヒワダのジムリーダーだよ、機会があれば紹介するさ」

 

 適当にそう流したクリアの目の前に、今度は大型のポケモンが三匹、ねぎまと入れ替わる様に現れる。

 伝説の三匹、スイクン、エンテイ、ライコウというクリアとある意味同類のポケモン達。

 

「……あぁ、分かってる……うん……その時は頼むよ……うん、じゃあ」

 

 彼等とクリア、奇妙な繋がりがある三匹と一人はいくつかの会話を交わして、次の瞬間、伝説の三匹は同時に三方向バラバラに駆け去っていく。

 あっという間に、風を切って駆けていく彼等を一頻り見つめるクリアに、

 

「……クリア、あのポケモン達と話してたんだよね?」

「……ふっ、これからは自由に生きるってさ、主のホウオウが帰ってくるその時までね」

 

 彼が伝説の三匹から聞いた彼等の意思を、今度はクリアからイエローへと伝えて彼は微笑を浮かべた。

 クリアがイエローへと伝えた事実の中、あえて触れなかった彼等のクリアへの言葉『共に行こうか?』という言葉の部分だけはあえて伏せて、必要時には頼むとやんわりとその申し出を断ったクリアは、しかし晴れ晴れしい顔で彼等が駆け去った三方向をもう一度見直して、そして次に彼の目の前に来たのは――、

 

「さて、V……悪かったな、色々あって待たせちまって」

 

 クリアの前へと出てくる蒼色のポケモン、グレイシアのV、ずっと彼女はこの機会を待っていたのだ。

 起きて早々再度気絶し、ねぎまやスイクン達の言葉を聞いていたクリアを律儀に待って、そしてようやく彼の渡す時が来たのである。

 彼女がヤナギから渡されたものを、ヤナギからクリアが認められた証である"アイスバッジ"を。

 そしてクリアは、Vの口元から落とされたそのバッジを右手で受け止めて、

 

「……全く、遅いんだよなぁ師匠は」

 

 受け取ったバッジで全てを悟ったのだろう。彼の頬に一筋の涙が走り、すぐにクリアは頬を拭った。

 

「今更こんなもの貰った所で、もうバトルの手ほどきすら教えて貰えねぇってのにさ」

「……クリア」

 

 泣いてる所なんて見せたくなかったのだろう、すぐに表情を元に戻した、それでいてしっかりと赤くなった目をイエローへと向ける。

 そんなクリアに、イエローは笑って告げる事にした。

 無事約束を果たしたクリアに、彼女なりの精一杯の気遣いを込めて。

 地面へと手を置いてあった彼の両手を自身の両手で握り締めて、涙の跡残るクリアの顔をしっかりと見つめて言う。

 

「おかえり、クリア」

「っ……あぁ、ただいま……イエロー」

 

 笑顔で告げたその言葉に、"時間の狭間"の中のヤナギ同様、クリアもまた確かに救われる感覚を感じながら、クリアも笑って彼女にそう返したのである。

 

 

 

「……つーかさぁ、こう目の前でイチャイチャされると、こっちとしても流石に目のやり場に困るんだけどよぉお二人さん」

 

 そして空気を読まずにゴールドが言葉を発した事により、二人の世界は音も無く崩れ去り、クリアとイエローはビクリと同時に肩を震わせて声の方へと顔を向ける。

 そこにいたのは六人の少年少女達、うんざりした様子のゴールド、顔を赤くしているクリスに、相変わらず興味為さそうなグリーンとシルバー、苦笑いのレッド、そしてニヤニヤと顔を歪ませているブルー。

 ――特にブルーのにやけ顔、そこにクリアは危険信号を察知するが、気づいた時にはもう遅い。

 

「あらクリアってば、イエローが"女の子"だって分かった瞬間態度が変わると思ってたけどそうでも無かったわねぇ」

「あぁぁぁ! ブルー…さん! 今その話題禁句! 人には時間が必要な時もある!」

 

 クリアにとって、ブルーとはかつて命を救われた事もある人物だ、だから彼は彼女には頭が上がらない。

 同じ様に過去助けて貰ったレッドはそんな素振りは見せないのだが、ブルーという少女はそんな事等お構いなしに、今最もクリアが気にしてる所を必要に攻めてくる。

 

 それは勿論、イエローが実は"女の子"だという事実だ。

 いつかお姫様抱っこを平然とやっていたり、抱きしめたりもしていたり、臭い台詞も多量に吐いていた、そんな紛れも無い彼の過去の行い達がクリアを羞恥の地獄へと追い込んでいく。

 そしてそれはイエローも同じの様だ、既にクリアから返してもらった麦藁帽子を目一杯に被りながら、赤く染まった顔を下に向けている。

 

「うふふ、もしかしてお互いにわざと意識しない様にしてたのかしら?……でも駄目よクリア、それにイエローも……貴方達は"異性"同士なんだから」

「あー! 分かった今分かった! ブルーさん、アンタ面白がってるだろ!」

 

 高笑いするブルー目掛けて赤面涙目になりながらクリアが言うが、所詮それは負け犬の遠吠えの様なもの。

 どう言ったって、状況的にクリアが不利な事に変わりなく、その事でブルーに弱みを握られてる事にも変わらず、挙句の果てにイエローに至っては熱くなり過ぎたのか、頭から湯気が出始めている。

 

(このままここにいれば……やられる!)

 

 主に精神的な意味で、そう考えたクリアはすぐさま腰のボールへと手を伸ばした。

 ジョウトの渡って以降、日々鍛え抜かれた早業で、こんな状況で役立てる様なものでは無かったはずの修行の成果を存分に振るって。

 彼をからかうブルーや他のレッド達面々に阻まれない様、すぐに外に出していたVを戻し、

 

「エース!」

「あ、こらクリア! また逃げる気!?」

 

 呼びかけてすぐにエースは反応した。

 黒い火竜は即座にクリアの下へと滑空し、クリアもエースの背に飛び乗って、

 

「悪い皆、俺ちょっと用事が……」

「クリアまたどこかに行っちゃうの!?」

「……」

 

 ブルーの玩具にされる前に、青い大空の彼方へと羽ばたいていこうとした瞬間、彼へと問いかけた一人の少女の言葉にクリアとエースは動きを止める。

 スオウ島で離れて、それから約一年も会え無かった事の反動からか、今別れればまた会えるのは一年後とでも思ったのか、そこには不安げな目をしたイエローがいた。

 二人のロケット団幹部との戦闘で怪我した彼女の片足。先程までは歩く程度の事は出来ていたはずだが、恐らく無理に走り出そうとでもしたのだろう、彼女の足は今は微かに震えている。

 すかさずそんな彼女の肩を支えるレッド、同時に攻める様な視線がその場にいた"全員"から投げかけられていた、そしてそれはクリアが背に乗るエースからも同様にである。

 

 

 

「……あぁもう分かったよ! エース、一度だけ"寄り道"!」

 

 ビシッ! っとクリアはイエローとレッドがいる方向を指差し言った。

 その言葉を待っていたのだろう、すぐにエースは彼女等の下へと下降し、その際に出た風圧でイエロー、レッド他全員が動けなくなるのを確認して、

 

「ほら、掴まれイエロー!」

「ク、クリア!」

 

 差し伸べられたその手をしっかりと掴んで、イエローはエースへと飛び乗る。

 同時にイエローのピカチュウであるチュチュもまたエースの背へと飛び乗り、クリアの後ろにイエローとチュチュが座る形でその場に落ち着いて、

 

「じゃあ皆、今度こそ"またな"!」

 

 今度こそ、今度こそクリアは大空へと飛び立った。

 一年前と同様に、決戦後他の図鑑所有者達をその場に残して、"やり残した用事"を済ませる為に。

 一年前とは違い、今度は同伴者(イエロー)を連れた上で。

 

 そして彼は三十三番道路へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「や、やっと追いついたぁ!」

 

 同じ頃、ウバメの森祠前に二人の老人と一人の中年が顔を出していた。

 育て屋老夫婦とヒデノリである。

 クリアの後を追ってこのウバメの森へと入った彼等は、どうにかようやく図鑑所有者達が揃うその場へとたどり着き、

 

「さてと、おーい、どこだイエロー?」

 

 育て屋老夫婦はまず顔見知りのゴールドの方へと向かったらしい。

 ゴールドはゴールドでどこか迷惑そうな顔で育て屋、特にお婆さんの相手をしているがそんな事はヒデノリには関係無い、あのお婆さんの相手がどれだけ大変かという事を知ってるヒデノリだが、だけど今はそんな事は関係無い。

 まずは先に行かせたイエローと合流しようと、そう思ってその名を口にした彼の目の前に一人の少年が現れ出た。

 

「イエローを探してるんですか?」

「む、君は……そうだレッド君だ」

「はい、イエローのおじさんですよね?」

 

 イエロー経由で何度か面識がある二人、何度かと言ってもそれは数える程しか無い程度なのだが。

 

「ヒデノリだ、それよりレッド君、イエローがどこにいるのか知らないか? もう合流出来そうなものなんだが」

「あぁそれなら、あれですよ」

 

 それでも顔見知りに会えた事は嬉しいのだろう、嬉々とした様子で聞いたヒデノリに、何でも無い様子でレッドは答える。

 遥か視線の先、飛び去っていく黒いリザードン、そしてその背に乗る小柄な人物の、頭に見えるは見覚えの有る麦藁帽子。

 ――正真正銘のイエロー、その事を確認すると同時にヒデノリは、

 

「あれか! でもアイツどこに行って……それにあの黒いリザードン、確かどこかで……」

「あれはクリアのリザードンですよ、イエローの奴クリアについて行っちゃって、でも心配は無いと思いますよ、クリアってトレーナーも信用出来る奴だから」

「……な」

 

 可愛い姪っ子との感動の再会、という未来予想図は脆くも崩れ去った。

 まるで妹の成長を見守る兄の様なレッドの対応、だがそんな事は今のヒデノリには関係無いしどうでもいい。

 またしてもクリアである、彼の姪っ子を連れて飛び去っていった人物、同時にイエローの予想以上に早い親離れ、という考えが瞬時に彼の脳内を駆け巡ってそして、

 

「なんじゃそりゃああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ヒデノリの悲痛な叫びがウバメの森に木霊し、勿論そんな絶叫があった事等、クリアとイエローの二人は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えばおじさん達の事どうしよう?」

「大丈夫だろ、あの場にはレッドさん達もまだいた訳だし」

 

 太陽が半分以上沈んだ三十三番道路上空で、そんな会話をする彼等もまた、ヒデノリの絶叫等知る由も無い。

 

 各所に溶け出した氷の跡が残る三十三番道路、そのポケモンはそんな道路の真ん中に横たわっていた。

 ねぎまとの戦闘に敗北してずっと、そうして横たわっていたのだろう。

 何を考え、どう思い、そしてこれからどうするつもりなのか、クリアにはそれを知る術は無い。

 そしてそれを知る術を持つイエローも、成行きとはいえ今一緒にいるが、だが今は彼女の能力に頼るつもりも無かった。

 

 そのポケモンとは一対一で話そうと、最初からクリアはそう決めていたのである。

 

 

 

「ようデリバード、さっき振り」

 

 地上へと降り、イエローはエースの背に乗せたまま、クリアは今だ地面に倒れたままのデリバードへと声を掛ける。

 最早戦う意思等無いのだろう、力を抜いた状態で上半身だけを起こし無言でクリアへと視線を投げる。

 

「まず初めに言っておくぞ……師匠は"時間の狭間"の中に消えていった」

 

 簡潔にそう述べたクリアだが、対するデリバードの反応は驚く程冷静だった。

 主人の失踪に、クリアを攻撃する程怒る事も、涙を流して悲しむ事もしない。

 ただいつもの様な睨む様な表情で、ジッとクリアの様子を見つめる。

 

 そんな観察する様なデリバードの様子に、クリアは薄く微笑を浮かべて、一つのバッジを取り出した。

 純正の"アイスバッジ"、そのバッジを見た瞬間、確かにデリバードに動揺が走るのが見えて。

 手にしたバッジは元の持ち主がもうこの時代にはいないという証として、そして今からクリアが提案する事はただの彼の気まぐれの様なもの。

 約一年間も家族同然にジムで過ごして、ねぎまとの戦いの最中でも狙える距離にいながらクリアを狙わなかった、そんなデリバードだからこそ、クリアは彼へと告げる。

 

「だから今のお前の"おや"もうこの世界のどこにもいない、だから……」

 

 

 

 デリバードからすれば、三十三番道路に置いていかれた時点でヤナギと決別する事は分かりきっていた。

 ヤナギの目的は"時間(とき)"の支配、そしてラプラス(ヒョウガ)を親元へと送る事。

 それが分かっていたからこそ、ヤナギがもうこの時代からはどういう形であれ去るという事が分かっていたからこそ、デリバードはクリアの言葉を聞いても動揺しなかったのだ。

 それはこの三十三番道路でクリアと、ねぎまと対決した時にデリバード自身薄々ながら感じた事。

 

 もしかしたらクリアならば、ヤナギを止める事になるのでは無いだろうか、確証は無い言いし得ぬ予感。その予感は見事に的中したのである。

 

 バッジを見せられた時は流石に驚いた。まさかヤナギがクリアを認める事になるとは思わなかったからだ。

 しかし同時に納得も出来た、それはデリバード自身、理解していなかっただけで、彼もまたヤナギ同様クリアの事を認めていたからなのだろう。

 だからこそ、心の底で認めていたからこそ、クリアとねぎまのペアとの戦闘に楽しみを見出し、クリアの事等放っていたのだ。

 クリアを慕うねぎま、ヤナギを慕うデリバード、そして同じ鳥ポケモン同士――そして結果は――。

 

 

 

「だからデリバード、お前俺と一緒に来ないか?」

 

 そう言ったクリアにヤナギの影が一瞬重なり、デリバードは再度目を丸くした。

 そのデリバードの態度をクリアの言葉の所為だと思ったのだろう、悪戯っ子の様な笑顔を浮かべ、クリアはデリバードへと手を差し出す。

 差し伸べられたその手、もう"おや(ヤナギ)"のいないデリバードにとってその手を取る事は吉と出るのか凶と出るのか。

 

 ――考えるまでも無かった。

 

 元よりヤナギ仕込のその強さだ、野生の中に戻ったとしても安寧な日々にすぐに退屈する事になるだろう。

 ならばいっそ、この人間についていくのも悪くは無いと。

 日々のジム戦や、それに加えてこの少年と一緒ならば、嫌でも退屈とは程遠い日常になりそうだな、と。

 

 そうしてデリバードは、クリアの手へと羽を伸ばし――一個の"プレゼント"を手渡す。

 

 

 

「……って"プレゼント"!? 何、まさか爆発で否定を表現するつもりなのデリバード!?」

 

 以前の経験からか、慌てた様にプレゼントを離そうとするクリアだがもう遅い。

 デリバードの"プレゼント"は既にクリアへと決まっている。

 離す前にクリアの手の中で発光する"プレゼント"、そしてデリバードはニヤリと笑って、

 

「ばくはっ……つしない……それにこの氷は、"とけないこおり"か?」

 

 唖然とするクリアに"とけないこおり"を手渡した。

 "永久氷壁"のヤナギと同質の氷を、その"永久氷壁"の技を叩き込まれたデリバードは、その氷と自身を比喩するかの如くクリアにそれを手渡したのであった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、カントーとジョウト、二つの地方を震撼させた"仮面の男(マスク・オブ・アイス)事件"は幕を閉じた。

 "にじいろのはね"と"ぎんいろのはね"という二枚の羽は失われ、もう二度と、ウバメの森の祠が開く事は無かった。

 また、半壊し、期間中にはもうリーグ会場が使えなくなり予選、本戦共に行われなかった事から、この年のポケモンリーグ優勝者のいないリーグとなり、第七試合が行われなかったジムリーダー対抗戦は引き分けという形で記録されている。

 その後、各地方のトレーナー達の間でバッジ取得によるリーグ本戦無条件出場を目指すべく、ジム挑戦者が激増し、各ジムリーダー達は忙しくその責務を全うする事になった。

 

 

 

 ――そしてそれは、このジムでもまた然り。

 

 

 

「ようこそ、アンタが挑戦者第一号だぜ」

 

 開かれた扉の中、氷の床が敷き詰められたジムの奥で待つ少年は言う。

 三つの部屋からなるそのジムの最奥地に座る少年には、まだ挑戦者の顔は見えておらず、挑戦者にはスピーカーから声だけが届く仕組みになっている。

 本来ならばジムの中にジムトレーナーでも数人程配置したいな等と考える少年だが、少年がこのジムに就任したのはつい最近の事、だから今だこのジムにいるトレーナーが少年だけだという事もまた仕方の無い事だ。

 

 先代のジムリーダーも一人でそのジムを切り盛りしていた事だし、少年もその人物の様に暫くは一人でジムを運営していく事になるだろう。

 

 そして滑る床に苦戦しながらも、挑戦者はとうとう少年のいる最奥の部屋へとたどり着く。

 呼吸を整え、扉を開け、その先に待つ、グレイシアとデリバードという二匹の"氷ポケモン"を従えたジムトレーナーへと向いた。

 そして――、

 

「この勝負、"氷タイプ使い"のチョウジジムジムリーダー"クリア"が受けて立つぜ」

 

 先代"永久氷壁"のヤナギから受け継がれたジムとバッジ、そしてデリバードと共に、別名"瞬間氷槍"と呼ばれる少年は、扉を開けた挑戦者へと静かにそう告げるのだった。

 

 

 雪と氷が溶ければ春が来る、暖かな春の日差しが凍りついた人の心へと降り注ぐ。

 そして季節は、次の冬へと巡っていく。

 

 




多分もうこれ以上長い一話は書かないと思う。多分。

そしてジョウト編終了、後は番外編が書きあがり次第載せて、ホウエン編のプロットでもゆっくり練りたいと思います。


また色々と間違えてそうで怖い……!

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