陰謀と騒乱渦巻いた第十回セキエイ高原ポケモンリーグ大会。
全ての黒幕、"
それら一連の戦いは、"時間の狭間"の中へとヤナギがセレビィと共に消えていった事で、一先ずの解決となった――。
その後、破壊されたリーグ会場はただちに修復の手が加えられ、"時間の狭間"へと消えたヤナギ後、この時代へと彼が残していったポケモン達は"ある一匹"を除いて、いつの間にかその場から消えており、恐らく野生に帰ったものだと思われる。
"ある一匹"、ヤナギの"デリバード"は事件後クリアの下へと渡り、それからすぐにクリアはデリバードを連れてポケモン協会理事の下へと訪れた。
理由は唯一つ、チョウジジム新ジムリーダーへと就任する為。
ヤナギ失踪後、主を失ったチョウジジムへとイエローと共に帰ってきたクリアはジムの前で、それを決意したのだ、自身が新たなチョウジジムリーダーになる事を、ヤナギから受け継いだ"アイスバッジ"を握り締めて。
それからの彼の行動は早かった、一年前の反省から今度は自身のこれからの居場所をイエローに伝えた上で、クリアはすぐにポケモン協会理事の下を訪れ、ヤナギから認められた証としての"アイスバッジ"を見せ付けて直談判したのである。
ヤナギの弟子だったクリアだが、しかしリーグ会場のみならず至る所でヤナギとは対峙しており、ウバメの森での決戦の事もグリーン等他の図鑑所有者から情報は理事へと伝わっている事で、彼がヤナギの仲間だった――という疑いの眼が向く事はまず無く。
加えて、その実力の高さは他のジョウトジムリーダー達が認め、理事自身もその目で直に見ている為疑いの余地無し。
更に、今後のリーグ出場条件の変更内容から、各トレーナー達のジム挑戦数が大幅に増大する事も目に見えて明らかだった。
――それらの理由から理事は特別に、早急にクリアのジムリーダー認定試験を受験する事を承認し、実施したのである。
当然、試験は合格。元ヤナギのデリバードとグレイシアのV、この二匹の氷ポケモンの力で、"永久氷壁"と"瞬間氷槍"、二つの性質の異なる凍技でクリアは合格をもぎ取ったのだった。
そして、仮面の男事件から約二週間の時が過ぎて――。
「ようこそ挑戦者第一号、俺がチョウジジム新ジムリーダーのクリアだ……って」
お世辞にも良いとは言えない鋭い目付きの、今は室内だからか愛用のゴーグルは外してある少年、クリアは一瞬驚き、嬉しそうに、それでいて内心を悟られない様に僅かに口元を歪ませた。
それは彼の目の前にいる人物、黄色いポニーテールを晒した小柄な少女、彼女もまた今は愛用の麦藁帽子を外した姿で登場である。
――約二週間前、彼のこれからの居場所をしっかりとその眼に残してカントートキワへと帰った少女イエローへと、クリアは立ち上がり様に言う。
「あーそう言えば今日だっけ……まぁいいか、態々こんなとこまで来てもらった事だしお茶でも飲む? イエロー」
それが、かれこれ事件後二週間ぶりのクリアとイエロー、二人の少年少女の再会であった。
時刻は大体正午、氷の闘技場のある部屋から更に奥、テレビやテーブル等の日用品が置かれた居間の様な場所にクリアはイエローを招いていた。
冷蔵庫に入れておいた麦茶をコップに注ぎ、それをチョコンと椅子に座るイエローへと出して、
「にしても早かったな、予定の時間はもう少し後のはずだけど」
「え? あ、うん、思ったより早くついちゃって」
問いかけたクリアの言葉に、平静さを装っているものの、しかし目に見えてドギマギとしながらイエローは答える。
その様子に若干の違和感を覚えつつ、クリアは一口自身のコップに口をつけて、
「ふーん、まぁいいけど、それよりイエロー、ヒデノリさんやレッドさん達は一緒じゃないのか? 勿論一緒に来るものだと思ってたんだけど……」
「そ、その事なんだけど、おじさんは仕事が忙しいらしくて今日は無理だって……レッドさん達は……」
「?……達は、どうしたの?」
言葉を詰まらせるイエローに、不思議な顔でクリアは言った。
だが肝心のイエローはそこから先の言葉がどうしても上手く出てこない、というのもそもそも、それは今から数十分前の事。
レッド、グリーン、ブルー、オーキド博士等と共にジョウト入りした彼女は、当然その四人と共にクリアが待つチョウジジムへ一緒に向かうものと思っていた――が、
『ゴメンねイエロー、私ちょっとシルバー待たないといけないから先に行ってて貰えるかしら?』
『ではワシも一緒にクリス君達を待つとするかの』
『じゃあグリーン、イエロー、俺達は先にチョウジジムへ……』
『アンタ達男集は買出しに行ってきなさい!……って訳でイエロー、悪いんだけど"一人"で先にクリアの所に行ってて頂戴ね!』
――という感じで、何やら訳の分からないままイエロー一人でジムまで来てしまったのである。
確かにブルーの言い分も尤もなのだが、しかしその裏には何やら彼女の策略めいたものが垣間見て取れる。
――具体的には先の一人イエローを向かわせて、クリアとイエローを二人きりにさせよう的な、お節介スレスレのブルーの心遣いが。
「えぇと、ブルーさんやオーキド博士はシルバーさんやクリスさん達を待ってから来るみたい、レッドさんとグリーンさんは買出しにって……」
「はぁ、納得。確かに何も用意して無かったからなぁ、ブルーさんにも今回の主役だから場所提供位で良いって言われてたし」
だけど矢張り言葉自体に違和感が無いのも変わらない、そう言ってあっさりと納得するクリアに、同時に内心胸を撫で下ろすイエロー。
(って、何でボクは安心してるんだろう……)
その事に、除々に高鳴っていく鼓動を意識しながらイエローは考える。
レッドを探す旅、その旅に偶然のめぐり合わせで同行したクリア、スオウ島での決戦を共に戦い、彼が一年間も消息を絶った時は本気で心配したりもした。
ウバメの森では勇気を出して麦藁帽子をとって、彼がエースに乗って飛び立とうとした時は、何故か締め付けられる様に胸が苦しくなった。
そして今、ブルーの考えを何となくだが理解出来るイエローは、今のクリアの反応に僅かながらの安堵を示した。それが何を意味するか、それは彼女自身も分からない。
(ブルーさんはきっとボクとクリアを二人きりにさせたかったんだろうけど、それは何故?……どうしてボクはクリアがその事について何も思わなかった事に、こんなに安心してるの?)
何もかもが理解出来なかった。
何故ブルーが彼女とクリアを二人きりにさせたのかも、何故クリアがその事について触れなかったのかも、何故今自身の胸の鼓動がいつもより僅かに早いのかも。
それら理由全てが、彼女には理解出来なかった。
それはたった一つのシンプルな答え、それでいて自分本人は気づきにくい感情。
(……もしかしてボクはクリアの事……ま、まさかね)
経験不足、何よりもその言葉がピッタリなのだろう。
それに加えて、バトルの修行をつけて貰ったグリーンや、もっと幼い頃に助けて貰い、ポケモンは友達だと教えて貰ったレッドの様な存在が、彼女のクリアに対する想いの正体と混合する。
師や兄の様な者達に対する尊敬や好意が、別の意味での好意すらも惑わせる。同類のものと錯覚してしまう。
自身の気持ちに気づかないまま、今はこの少し緊張する心地いい環境に甘んじようと、そうイエローは思ってしまい、次のステップには中々たどり着けないでいるのだ。
その気持ちの正体の自覚、という最初の一歩に。
「……にしても、本当に時間が有り余ってるな」
「う、うんそうだね……それにしても、レッドさん達遅いな、どこまで買出しにいってるんだろう」
「そうだなぁ……だったらさ」
イエローがジムに入って大体三十分は過ぎた、にも関わらず一向にレッド達一向は姿を現さない。
集合時間は予め決めていた為、そう時間の差異は無いはずなのだが、だけど文句を言ってても仕方無い。
来ないものは仕方が無い、ならば何とかして時間を繋げようと、そう考えクリアは提案する。
「どうせ唯待っとくのも暇だ、だからイエロー、せっかくだからホントに俺のジムの挑戦者第一号にならない?」
「……へ?」
先のイエローを出迎えた時のクリアの最初の発言、それを実際に再現しようと言うのだ。
それはただの勘違いで、挑戦者だと思っていた人物は客人のイエローだった訳だが、しかしレッド達一向は相も変わらず姿を現さない。
そしてここはポケモンジム、やる事は一つ、出来る事も一つ、という訳なのだろう。
「で、でもボクバトル苦手だし……」
「大丈夫だよイエロー、例え誰が相手でも、このジム内では絶対に俺は誰にも負けないから、だから結果なんか気にしなくてもいいさ」
軽くそう言ったクリアだが、その言葉自体は決して軽いものでは無い。
"絶対に負けない"、その言葉の裏にあるのは彼の師匠と彼の戦いの日々、約一年間も続いた数多のジム戦の数々、その間無敗を誇ってきたクリアの師匠、ヤナギ。
そんな人物から受け継いだジムとバッジなのだ、例えどんな挑戦者が来ようと早々簡単には、否無敗を貫いたヤナギの様にクリアもまた絶対に負けないつもりで臨む、今日という日からジムを任されるクリアはこの決意を胸に、ジムリーダーとなったのである。
だけどそんなクリアの事情をイエローは知らない。知らない者からしてみれば、今のクリアの言葉はただの挑発以外の何物でも無く、同時に油断の表れとも取れる。
だからイエローは、少しだけ眉尻を平行より下げて、
「……いいのクリア、そんな事言ってたらすぐに負けちゃうよ?」
「負けない負けない、そんなつもりは一切無いから」
「本当に? レッドさんやグリーンさんが相手でも?」
「勿の論、流石にキツイだろうけど……絶対に負けない」
「むぅ……分かった」
最初は忠告のつもりで言ったイエローだったが、レッドとグリーンの下りで尊敬する人達の強さを馬鹿にされたと感じたのか、僅かに頬を膨らませて、
「そこまで言うのなら、ボクがクリアの実力確かめてあげる」
「へぇ、言っとくがこれでも認定試験は結構余裕でクリアしたんだぜ? そう簡単に勝てると思うなよイエロー?」
そう言って二人は飲みかけの麦茶を残したまま立ち上がった。
バトルが苦手、と言ってもイエローには不思議な能力がある、スオウ島での決戦、ワタル戦で見せたポケモン達の同時進化、その事から導かれる答えは彼女のポケモン達の急激なレベルアップ。
普段こそイエローの手持ちポケモン達はレベルが低い、二十台三十台なんてザラである、しかしそれを補うだけの能力が、彼女の感情の起伏に応じてレベルを左右する能力がある為いくらクリアと言えど、彼女との試合は油断出来ない。
対して、クリアも新人とは言えジムリーダーだ、相手が例えイエローでも、ジム戦となれば話は別、全力で相手をする事になる。
彼の前任のヤナギの様に、勝負の時は常に全力で、過去二度の大事件を解決に導いた程の力を。
そうして、イエローとクリア、今まで一度も対峙した事が無かった両者が火花を散らせる中――。
「……ど、どうしてあの子達あんな展開になってるのよ!? 私はもっと面白……イエローの為になる様にセッティングしてあげたのに!」
「俺に聞くんじゃない……」
勇み足で闘技場へと向かう二人の人物等を眺める複数人、その中にそんなブルーとグリーンのやり取りがあったとか無かったとか――。
「ルールは使用ポケモン二体で、内一体でも倒れた方の負けだ、異論は無いなイエロー?」
「うん、大丈夫だよ」
場所は移って闘技場、凍結された床で出来た氷のフィールド、そんな場所でクリアとイエローの二人は向かい合っていた。
お互いに相手の手の内は全て知ってる身――という言い方には語弊がある、何しろその情報は約一年前、スオウ島での決戦までの情報だ。
それから約一年は全く顔を合わせず、ようやく再会したと言ってもまだ数える程しか会っておらず、当然その間の相手の情報は皆無だ。
例えばクリアから見ればイエローのチュチュに対しては些かデータ不足な点が目立つし、イエローから見てクリアのデリバードは同義、加えて進化したVや電気技が使える様になったP等の事柄もイエローは知らない。
条件的には五分五分、トレーナーとしての実力も今のイエローの僅かながら高ぶった感情ならクリアと同程度には上がっているだろう。
そうしてまず、イエローが出したポケモンは――、
「お願い、ラッちゃん!」
「V!」
ラッタのラッちゃん、対するクリアはチョウジジムリーダーとしての心構えからかグレイシアのVを選択する。
ノーマルタイプと氷タイプ、タイプ相性では互角、しかしレベル差で言えばクリアのVが圧倒的に勝っているはずだが、
「"ひっさつまえば"!」
Vがかわすその前に、ラッちゃんの"ひっさつまえば"がVへと直撃する。
苦痛の表情を浮かべながらも、それでも倒れないV、だが受けたダメージは相当に大きかったらしく、倒れないまでもその一撃でもう既に息が絶え絶えになっている。
「ッチ、流石はワタルと渡り合っただけの事はある……だけど」
普段のレベル差こそ大差あるものの、今のラッちゃんはイエローの気を受けて大幅なレベル上昇を見せている。
気の持ちようで強さが変わるという、ある意味全てを気合でどうにかするというトンデモ能力、そしてそのグリーンによって開発された能力は時として、どの図鑑所有者達をも凌駕する力を発揮する事になる。
――しかし、
「こちとらジムリーダー、そう簡単に黒星つける訳にはいかねぇよなぁ、V!」
彼にもジムリーダーとしての意地が、前任から受け継いだ無敗伝説が残っている、負けられないだけの理由が。
そしてクリアが言った瞬間、Vは大きく口を空けて冷気を溜め込み――次の瞬間、
「"れいとうビーム"!」
「ッ、ラッちゃん!」
回避行動を取ろう、そう相手に思わせる前に既にVの"れいとうビーム"はラッちゃんの顔面へと到達していた。
"瞬間氷槍"、彼の師ヤナギをも越える凍結速度、それがクリアのVの凍技、クリアの異名の由来。
凍結され、自慢の前歯が使えなくなったからなのだろう、焦った様子のラッちゃんだったがイエローはすぐに、
「も、戻ってラッちゃん……チュチュ!」
すぐにラッちゃんを戻し、彼女のピカチュウであるチュチュを戦闘へと送り出す。
勿論、そのチュチュもイエローの気の高ぶりから常時よりもレベルが高まった状態での登場だ、ラッちゃんの"ひっさつまえば"を受けた直後のVでは、些か体力的な面で不安が残る。
そう判断し、クリアもすぐにVへ退去の指示を下し、彼が次に繰り出すのは、
「デリバード、"ふぶき"!」
先手必勝とでも言わんばかりに、デリバードの"ふぶき"がチュチュを襲う。
元ヤナギのデリバード、その氷技の威力は湖一面を凍らせ、仮面の男の配下として動いていた時は幾度も図鑑所有者達を苦しめてきたポケモン。
そんなポケモンの"ふぶき"がチュチュへと向くが、しかしその氷は先のVの凍技の様な"一瞬"のものでは無く、その攻撃を予め味わっていたイエローは即座に、
「チュチュ、"そらをとぶ"で上へと逃げて!」
イエローの声が聞こえた瞬間、チュチュはすぐに"みがわり"を使い、"みがわり"を変形させて一個の"みがわり"風船を作り出す。
レッドのピカの"なみのり"用サーフボードの様に、と言っても普段こそチュチュの"そらをとぶ"は本物の風船を使用するが、バトルの時常に風船を持ち歩いているかは分からない。
だからこそ、レッドのピカの様に"みがわり"で風船を代用しているのである。風船自体は本物の様に常時飛ぶ事は出来ず、一時的に飛び上がるだけとなってしまうが、今の様な戦闘時ならばそれで構わない。
一気に宙へと上昇したチュチュはデリバードの真上を取り、電気袋に電気を溜めて一気にそれを放出する準備にかかる――が、
「悪いがイエロー、
ニヤリとクリアが笑った、その直ぐ後、
「あ、あれは……氷人形!?」
デリバードの出した氷人形に驚愕するイエローだが、無理も無い、彼女自身二週間前に全く同じ技をその身に受けた身だ。
ヤナギが仮面の男として行動していた時の名残、デリバードが彼から教わったヤナギの凍技。
氷の盾や氷人形、自動修復する"永久氷壁"、Vの"瞬間氷槍"と対を成す凍技、それを先の"ふぶき"で保険の為デリバードは既に作成していたのである。
避けられた時の保険の為に作成した氷人形、その氷人形は回避されたその瞬間からデリバードの"ふぶき"、ついでといった具合に周囲の水分を巻き込み凍結し、そして宙へと浮かぶチュチュへと迫ったのである。
氷タイプの技の長所、それはどんな形をも形成出来るその変成能力、火炎や電撃の様な大体の場合は放出してそこで終了といった攻撃にはならず、避けられた後も、どんな場合にもある程度の対処が出来るという利点があるのだ。
「動きは封じた、これで終わり……だが、その前に……おいそこの隠れてる奴等!」
ジリリと、身動きが取れないチュチュにデリバードが近づいた所でクリアは一旦試合を中断させる。
試合中のデリバードとチュチュ等から目を離し、イエローの背後、その向こうの半開きのドアの影に見え隠れする複数人へと呼びかけ、その事にイエローも驚いたのだろう、彼女もすぐに後ろを振り返る。
今このジム内にはクリアとイエローしかいないはずだ、他の者は様々な理由からイエローを一人で寄越し、かつ誰もまだジムには訪ねて来ていない。
つまり、そこから考えられる可能性は多数のマイナスの予想、そしてその中で最も可能性の高い可能性――ドロボーの類、最悪強盗等。
大体ジムリーダー兼家主でもあるクリアに断り無くこのジムへ入ってる時点で、ロクでも無い相手である事は明白である。
「ダンマリか?……それならそれ相応の手段を用いるまでだぞ?」
普段とは違う言い方、ジムリーダーとしての彼の態度にイエローは一瞬言葉を失った。
彼女や、レッド達と接する時の様な目付きは悪くて、だけど実は心優しい少年の顔から、ジムリーダーとしての威厳に満ちた表情。
そんな面持ちで他の手持ち、P、エース、レヴィを即座に外に出して、クリアは人影のする扉の方へ一歩一歩、ゆっくりと歩いていく。
相手が戦闘行為を行うのなら戦って倒すまで、逃亡するのなら追い討ち捕える、どちらにしても敵を逃がすつもりは毛頭無い。
そしてとうとうドアの前まで来て、取っ手へと手を掛けようとした瞬間、
「ひ、久っしぶりねぇクリア!」
「っ!?……ぶ、ブルーさん!?……に、レッドさん達も……」
勢い良く開け放たれたドアにビクリと肩を震わせた後、ドアの向こうにいる一人の少女の声にクリアは目を見開いた。
そこにいたのはブルー、カントー図鑑所有者の一人で立場的には所有者としては後に図鑑を貰ったクリアの先輩に当たる人物。
加え、他にも申し訳無さそうな顔のレッドと、いつも通り興味無さげにため息をつくグリーンの両名もいる。
予想外の先輩達の登場に、クリアは目をパチクリさせて、直後バッ!とイエローの方を振り向き、
「……知ってた?」
「……し、知らなかった」
5W1Hなんてお構いなしに、短く彼等はやり取りを終わらせる。
今クリアの目の前にいるのは悪戯がバレた様な、反省の気無しの表情を浮かべるブルーと幾分か反省してそうなレッド、相も変わらない様子のグリーン。
本来なら自身の先輩達を来客として持て成さなければならない所、なのだろうが、今のクリアからしてみれば彼女達は立派な不法侵入者達でしかない。
呆れた様な顔を作って、腰に手を当ててクリアは言う。
「はぁ……で、どうしてブルーさん達がここに? シルバー待ってたり、買出しに行ってたんじゃ無いの?」
「オ、オホホ、買出しならもう終わったわよ、ねぇレッド?」
「あ、あぁ勿論!」
そう言ってレッドは手に持つ買い物袋を掲げて見せ、よく見ればグリーンもちゃっかり同じ様な袋を持っている。
その事にいくらかの納得をして、次にクリアは目の前の少女ブルーへと視線を戻し、
「で、ブルーさん……シルバーは?」
「それならオーキド博士が待っててくれてるから大丈夫よ」
当たり前の様に言い放つブルーの一言に、割りと哀れみに近い感情をシルバーに向けるクリア。
彼がブルーを姉の様に慕っている事はウバメの森での一件で、イエローの治療を受けてた際に傍から観察していれば分かる事だった。
「……そ・ん・な事よりクリア?」
「ん、何ブルーさ……ん!?」
言葉の最後、クリアの発言がおかしくなったのは、いきなり目の前にブルーの顔が迫ったからである。
ガッチリと両手でクリアの顔をホールドして逃がさない様に固定し、両の眼の視線をクリアに合わせるブルー。
釣りあがった眉から何かしらに腹を立てているのは明白なのだが、そんな至近距離まで近づかれればいくらクリアと言えども、正常な思考判断を失ってしまうというもの。
恐怖と羞恥に真っ青の様な真っ赤な様な、どっちの態度を示せばいいのかクリアの体も反応に困っている様で、ただ焦る事しか出来ず、その背後でイエローが少しだけムッとした態度を取っている事も、背中に目が無いクリアには当然それを知る機会が無い。
「アンタは、どーして!……そうなのよ!?」
「な、何が、つーか離し……」
「せっかくの私の配慮で面白……もといイエローと二人っきりにしてあげたと言うのに!」
「ブ、ブルーさん貴女今"面白い"って言いかけましたよね絶対そうですよね! ってか別に俺はそんな事頼んで無い、ですっよ!」
しっかりと押さえつけて来るブルーの両手を、必死に頭を振って振り払いながら、クリアは言った。
急に抵抗が強まりクリアの頭からつい手を離して、振りほどかれた両手を宙に残したままブルーはその場に硬直して。
そして赤くなりつつあった顔を右手で押さえ隠し、ジロリとクリアはブルーの方を見上げて、
「もういいですから、場所は向こうのだだっ広い訓練場を使っていいんで早く準備に取り掛かってくださいよ」
そう言って、クリアはイエローの方へと向き直り、ブルー等もしょうがないと言った具合にクリアの指示した方向へと振り返る。
クリアの指示通り訓練場へと歩みを進めるブルー等に背を向け、イエローへと視線を合わし、かけ矢張り思いなおしたのか斜め上でも見るかの様に視線を逸らし、再度ゆっくりとした足取りで彼女の下へと向かい、
「……悪いなイエロー、試合中断させちまって、何か後味が悪いけどレッドさん達も来た事だし、もう終わりにするか」
「あ、うん……そ、そうだね」
試合は中断、結果はほぼクリアの勝利目前だったのだが、予想外の事態という事で引き分けという形に、そうして彼らの戦いはとりあえずの幕を引く。
とてもじゃないがクリアとイエロー、お互いに試合なんて続けれるコンディションでは無かったのだ。
両者共赤くなった顔を逸らし、お互いの顔も見れない様な状態じゃ、流石にこれ以上の試合は不可能というものだったのである。
訓練場は最近クリアが新設したジムの新たな部屋の一つだ。
クリアのチョウジジムリーダー就任が決定した直後、ポケモン協会からジムの支援金、とも呼ぶべき心ばかりの金銭が舞い込んで来たので、クリアはその金銭を使ってジムを新設したのである。
それは毎月のジム運営金とは別に支給されたもの、決して莫大とまではいかないものの多少の支援金がおりたのは、一重に二週間前のクリアの活躍から、と言えなくも無い。
――が、まぁ実際はチョウジジムの立地条件の悪さから、もっと通いやすくしてくれ、と一般トレーナーからの苦情が相次ぎ、その根回しとして金銭が下りてきた、とクリアは風の噂で聞いたのだが。
かくして、どういう経緯で入ったのかは謎だが、しかしその金は立派なジムの金だ、ならばジムの為に使おうと考えるのが一般的である。
まずは"噂の苦情"に対する配慮として適当な場所に地上からジムへと繋がるエレベーターを設置した。
ジム自体クレパスの穴の様な崖下に存在する為、行き来が非常に困難だったのだが、今はこのエレベーターのお陰で町への買い物も楽になり、そして余った金銭は部屋の増設に使ったのだ。
それが先の訓練場、と言っても部屋自体は使っていなかったものが何箇所かあった為、その壁をぶち抜いて綺麗に整地するだけ、という比較的簡単なものだったのだが。
そうして出来た闘技場よりも多少は小さいだろう、だけど矢張り広い訓練場に、五人は集まっていた。
適当に並べられた既にクロスをかけられたテーブルと、各箇所にいくつか設置された椅子、大方立食的なものをイメージしたのだろう、それらは全てクリアが用意したものだった。
昨晩のうちに、ただ暇だったからという理由、もとい名目で配置した数々の品。
「じゃあ後は料理を用意するだけだけど……誰が作るの?」
「……というかアンタは一体誰が作ると思ってたのよ?」
「てっきりクリスあたりかなと、でもアイツまだ来てないよな、だったら誰も作れる人が……」
「じゃあグリーンは私を手伝って、レッドはお皿でも用意してて頂戴」
顎に手を当てて思考するクリアの事等お構い無しに、テキパキとした様子ですぐにブルーが各人へと指示を出した。
その様子をボンヤリとした表情で一瞬眺め、すぐに慌てた様にクリアはブルーへと詰め掛けて、
「も、もしかしてブルーさん料理とか出来たんですか? あのブルーさんが!?」
「……アンタは私に、喧嘩でも売ってるのかしらクリア?」
「だってブルーさん、貴女どちらかと言うと旦那に家事全部任せて、自分は一人テレビでも見てゴロゴロとしてそうな……あ、すいません冗談です冗談ですから殴らないでマジで!」
口が過ぎたのだろう、というか完全にクリアのイメージが悪いのだが。
無言で胸倉を掴み上げ、ニコニコとした黒い笑顔を見せられれば誰だって恐れおののくものである。
即座に謝るクリアを離して、全く、と呟きながらブルーは厨房へ向かいそれに続く様にグリーンも、
「あ、グリーンさんも料理とかするんですね」
「師匠の所にいた時は炊事も俺の仕事だったからな、和食なら粗方覚えた」
「……へー凄いっすねー、期待してますね」
"師匠"という単語に僅かながらの反応を示した後のそんなクリアの反応に、先に台所へと向かっていたブルーから非難の声が飛んで来るがクリアは華麗にスルーする。
何故かグリーンなら料理の一つや二つ位出来そうな、そんなイメージがあったのだろう、それに加えて先の発言に、一先ず食べれそうな物が出てきそうだとホッと一息つくクリアだったが。
次の瞬間、グリーンに続く黄色いポニテを見た瞬間、その子の肩を柔らかく掴んでその場に静止させる。
そして振り向いた彼女に、青い顔をしたクリアは、
「ちょっと待てイエロー、まさかお前も料理担当か?」
「そうだけど……まさかクリア、ブルーさんの様にクリアの頭の中ではボクまで自堕落な人間になっちゃってるの?」
「いやそんな事は無い……というか多分イエローなら進んで家事とかもやってくれそうだし、結構そういう意味では理想的な女の子と思うけど」
「へ?……えぇ!?」
「だけど……身の危険を感じる」
「……それは一体どういう事かなクリア?」
主にドジ的な意味である。
塩や砂糖を間違えるといったよくあるものから、果ては洗剤を間違えて投入してしまった、的な。
そんな想像が今のクリアの頭の中では展開され、その姿が割りと似合っているからこそ性質が悪い。
そして本当にそんな間違いでも起こされて、目出度く全員救急車入り、なんて事態は避けたいものだったりするクリアであるが、
「ボクちゃんとお料理だって出来るよ! そ、そりゃあレパートリーは少ないかもしれないけど……」
訴えかける様なイエローの言葉、そこに少なからずの罪悪感を感じて目を逸らすと、そこには非難の眼を向けるレッドの姿が。
まるで妹を見守る兄に睨まれてる様な感覚、それは罪悪感と共にサンドイッチの様にクリアを挟み、心の退路を塞ぎ、物質的な退路もレッドの存在に事実上存在しない。
それでも不安気な目をしたイエローは尚も見つめてくる、その事に気づかれない様、一度息を吐いた後、
「じょ、冗談だよイエロー、料理楽しみにしてるからさ、ほらそろそろ行って」
「……う、うん、クリアの為に頑張って美味しく作るから!」
「……お、おう、がんばれー」
「うん!」
クリアの一言で、不安に満ちた表情は陽の光の様な眩しいものとなって、少し頬を赤くした少女はそんな彼女の変化にドキリとしている少年の様子に一切気づく事無く、一つ気合を入れてグリーンの背中を追う。
そんなポニーテールを揺らす少女を見つめる少年は、ポカンと口を空けたまま佇んで、すぐにブルブルと頭を振るった。
(……いやいやいやいやいや、うん、これが所謂ギャップ萌えという奴だな、正直こっちに馴染み過ぎた所為で"向こう"の事半分以上忘れかけてるけど、何でこんな事は覚えているのか)
そう自分に結論付けて、それ以上の思考を停止する。
しかしいくら思考を止めた所で、脳内ハードは止まる事を知らない、決して壊れず擦り切れない映像データが再度頭の中で再生され、先程のイエローの表情が映し出される。
普通から拗ねた様な表情、そこから不安に満ちた目と、最後の照れた様な笑顔というイエロー七変化、実際には四つしか無いがそこは気分の問題だ。
そして一先ず早くさっきのやり取りを忘れようと、一応主賓であるが自分も何か手伝える事はという事で、レッド達が買って来た食料品、その中にあった大量の飲料水を冷蔵庫へと移そうと、そう思って買い物袋の方へクリアが迫った時だ。
「ようクリア」
「レッドさん? どうしたんですか?」
そんな彼に近づくレッドの影、そして彼は不意にクリアの頭へ自身の右手を置き、ワシャワシャと無造作に撫でた。
その行動に、一体何事かとクリアが彼に問いかけようと口を開きかけた、その時にはもうレッドの口は動いていて、
「お前絶対イエロー泣かすなよ」
「泣かっ……一体何の事を……」
「……さぁてな、ただの独り言だ気にすんな!そうだクリア、重いだろうから一緒に持つぜ、
「あ、ありがとうございます……」
二言目にはもういつもの明るいレッドの口調で、しかし一言目は確実に念の篭った言い方だった。
背筋がゾワリとする様なそんな感覚、それが今でも残っているクリアは内心そんなレッドの言動に怯えながら、彼と分担して飲料水を運ぶ。
調理室からは美味しそうな匂いがたち込め、会場作りもほぼ完了した。
シール等を貼ったりする程度な内装と、料理自体もそう手の込んだものは用意出来ていないが、それでもクリアからすれば十分過ぎる程のもの。
仮面の男事件後、加えてジムリーダー就任式と結構忙しかったこの二週間、久しぶりの休暇に集まった仲間達、それだけいれば十分なのだ。
そして、途中で合流したのか決して少なくない数の足音がジムへと近づき、呼び鈴が一回、二回となって――、
「はいはいただいまー、って……もう誰がいるかは分かってるんだけどさ」
言いながら、それでいてどこか嬉しそうな心持でクリアはジムの入り口へと向かう、一先ず氷の床を渡る為の絨毯を出現させる為のスイッチを押す為に。
扉を開け、外へと続く自動ドアがある一つ目の部屋へと入ったクリアの眼には、複数人の人物達の姿が映った。
オーキド博士やクリス達ジョウト図鑑所有者は勿論、ジョウトジムリーダー達や、タケシやカスミ等といったカントージムリーダー達もチラホラといった形で、大体十名以上の大人数が。
生まれて初めてだったのだろうその人数での祝い事だが、しかし背伸びをしたいのかあまり表情や態度には出さず、極めて冷静な口調で彼は言った。
「……なーんか予定より人多くない? まぁいいけどさ、それより入って入って、もう四人は来てるからさ」
そうして、クリアのチョウジジムジムリーダー就任記念パーティは幕を開ける。
キャラ崩壊、かなぁこれ。あんまし崩壊とかはしたく無いんだけど、うーん。
今回の話は一話に纏めるつもりだったんですが、無理でした。どこまで書くのか分からなくなったので、切りの良い所で一旦切りました。
後ジョウト編終了後までのクリアの持ちポケ情報、カントーの様にするなら活動報告でいいかな。でも活動報告ってそういう事をしてもいいのだろうか……活動報告が入ってればいいのか?アンケはいいっぽいし、最近悩む事ばかり……。
やっぱこれキャラ崩壊……でも原作とは違ってこっちは兄貴的ポジだし、これ位は……まぁいいか(適当)
追記:すいません感想今日中はやっぱ無理です、残りは明日また返すとします……でもまさかこんなに感想が来ようとは……(歓喜)