ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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結局番外編という事もあって色々と妥協してしまった。


三十八話『vsゴースト 番外編②-2』

 

 

 二週間前、ウバメの森決戦直後。

 クリアがイエローと共にエースに乗り飛び去ってから、他の図鑑所有者達も各々の帰路についていた。

 ブルーはシルバーと共に、ゴールドは育て屋老夫婦に連行され、クリスタルは今回の事後報告も兼ねてヨシノシティのオーキド研究所へと足を運ぶ為森を離れ、またレッドとグリーンも同様である。

 あからさまに気分が落ち込んでいるヒデノリを連れて、恐らくイエローが戻ってくるであろう育て屋にゴールド達と共に向かった。

 いくらずっとクリアを追ってきたイエローと言えど、流石に泊り込む為についていった訳では無いだろう、彼の居場所をその目で見る事が目的のはずだ、と。実際その通りだったのだが。

 そしてイエローが帰ってきて一日経ってからカントーに帰ればいい、そう判断して皆それぞれの帰路へとついた。

 

 彼等意外の他の者も大体似たようなもの。

 カントージョウト各種ジムリーダー達はそれぞれの街に戻り、ポケモン協会理事は今回の事件の後始末に早速他所に駆り出され、今回の事件を引き起こした側、ホウオウとルギアを操りレッド等とウバメの森上空で戦っていた仮面の男一味のカリンとイツキの二名もまた、四天王事件のシバと元ロケット団幹部のキョウというはぐれ者同士、真っ当な道へと足を一歩踏み出していた。

 "仮面の男"事件、ヤナギが起こし、残した爪跡は大きかった。

 半壊したセキエイ高原リーグ会場や、怒りの湖の大量繁殖したギャラドス、その他にも叩けば埃が出そうな案件がいくつかあったが、しかしそれでも事件は収束し解決した。

 セレビィと共に祠へと消えたヤナギが残した爪跡、それを修復する為、多くの者が明日からの頑張りを決意し、眠りについた深夜の森で。

 

 

 ――決戦終わったウバメの森の地で。

 

「……ヤナギの忘れ形見ねぇ……」

 

 その場に倒れている大量のペルシアンとヘルガー、それにデルビル、二人の男女――ヤドンさんに倒されたシャムとカーツの二名。

 リーグ会場でゴールドとクリスに倒されて、ウバメの森でもヤドンさんに倒されたのだ。体力的にも限界が来ていたのだろう、傍に一人の人間が近づいても起きる気配は無く。

 唐突に、彼等の体が浮き上がる。その周囲に漂う無数のゴーストポケモン、ゴーストやゲンガーの群れが彼等の体を浮かしているのだ。

 ――そして、

 

「"捨てる神あれば拾う神あり"……フェーフェフェフェ」

 

 不気味に笑った老婆は、そして森の奥へと消えていく。

 誰の眼にも触れず、誰にも知られずに。ただ森の木々だけがざわりとざわめく音だけが木霊した深夜の事。

 

 ――それが、かれこれ二週間前に起きた出来事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チョウジジム内訓練場、そこそこの広さを誇っているはずのその場所だが、今は所狭しと多数の人間達が詰めかけていた。

 カントージョウト図鑑所有者達を初め、オーキド博士、ジョウトジムリーダーズ、カントージムリーダーも数名程といった錚々(そうそう)たる面子が集まっている。

 それというのも、今日この日は晴れてチョウジジムジムリーダーに就任した少年、クリアの就任祝いのパーティがあるからだ。

 記念パーティ、と言っても所詮はチョウジジム内で行う身内での立食会――最初はその程度のものと、催しの発案者であるオーキド博士とクリスタル等は考えていたのだが、そこはクリアの無駄に広い人脈だ、どこから噂を聞きつけたのか他のジョウトジムリーダー達全員がいつの間にか勢ぞろいとなり、ついでに彼女等が今回の情報を伝えたレッド、から更に派生してカスミ等カントージムリーダー達へ、と情報は瞬く間に広がっていったのである。

 

 

 

 そうして、騒々しい雰囲気の中クリアの周囲には複数のジムリーダー達がいた。

 各々ブルー等が作った手料理や、他の者達が手土産に持って来た飲み物類や食事等を手に持っている。

 

「まさか君がジムリーダーに就任するなんてね、新人同士これからもよろしく頼むよ」

 

 クリアの周囲に群がるジムリーダーの内の一人、キキョウジムリーダーハヤトが手に持つオレンジジュースをクリアへと向けながら言う。

 一方のクリアも苦笑しつつ、自身のコップをハヤトのコップへと近づけ、二つのグラスのぶつかる音を響かせた後、

 

「新人同士と言ってもハヤトの方が少しだけ先輩なんだけどな、まぁ俺からもよろしく頼むよ」

「っま、お前達二人共分からない事があったら何でも聞くといい、手が空いてる時ならばいつでも相談に乗ろう」

「はい、ありがとうございますマツバさん」

 

 そう言って微笑を浮かべるエンジュジムのリーダーマツバに礼を言って、クリアはコップに口をつけ、同時にハヤトもマツバへ軽く頭を下げた。

 それからクリアは不意に、彼から見て左隣に立つヒワダジムジムリーダーのツクシの方へ目をやって、

 

「あぁそうだ、所でツクシ、ウバメの森のねぎまと井戸のヤドンさんの方はどんな様子?」

「はは、あの二匹ならいつもヒワダの町を練り歩いてるよ。彼等の他の仲間達も合わせたら、もうヒワダはヤドンの町というよりヤドンとカモネギの町って感じだね」

「へぇうん、いやそれよりさ……あいつら二匹が一緒にいるんだ、何かトラブルでも起こしてないかと心配で……」

「いやいや全然! この前だって民家に入ったコソ泥を捕まえてくれたんだ、空き巣に入られた家のお婆ちゃんも凄く感謝してたよ!」

「あぁそう言えば最近あったなそんな事件が……うちの同僚達も、ヒワダは平和過ぎて管轄区域から外してもいいだろう、なんて冗談を言ってる程だしな」

「……そっか、そういう事なら安心かな」

 

 ツクシとハヤトの言葉に本当に、本当に心から安心した様にクリアは言う。

 離れ野生に帰ったとは言え、ねぎまとヤドンさんの二匹はクリアの元手持ちポケモンであり、同時に彼の友人達でもあるポケモン達だった。

 共に苦しい戦いを経験し、一旦離れたクリアと、そしてイエローの窮地に駆けつけた頼れる相棒達。

 そんな彼等の今後はクリアと言えど気にならないはずは無く、早くも周囲の環境に馴染み出しているという事を確認出来た事で、胸のつっかえが一つ取れたのだろう。

 安堵し、それでいて嬉しそうな表情を見せて、クリアは今後同僚となる彼等三人のジムリーダー達との歓談を楽しむ。

 

 

 

 そんなクリアの様子を離れた所から眺める二人の少女の姿があった。

 

「……そんなに気になるなら行ってきたらいいんじゃないかしら? アカネちゃん」

「べ、別に気になっとる訳やないでミカンちゃん! う、ウチはいつクリアに試合を挑もうかと……そう! チャンス! チャンスを待ってるだけや!」

「うふふ、チャンスなんていつまでも待ってたら逃してしまうものなのよ、私もマツバに用があるから一緒に行きましょアカネちゃん」

「ちょ、ミカンちゃん!? そんな強引な!?」

 

 コガネジムのアカネとアサギジムのミカン、二人のジョウト美少女ジムリーダーである。

 料理も飲み物も手に取らず、尻込みした様子のアカネの手を握ってその手を強引に引っ張るミカン。

 目指すは当然クリア、ミカン自身アカネのモヤモヤとした気持ちには当然気づいており、友人である彼女の背中を押したいとも考えている。

 ――それはカントージムリーダーに置き換えると、レッドに好意を寄せるハナダジムリーダーのカスミとその友人タマムシジムリーダーのエリカの様な関係。

 

 そして、人波かわしてクリアのもとへと急ぐ彼女等二人同様、同じ人物を目指す同じく二人の少女の影。揺れる黄色のポニーテールと、彼女の手を引くブラウン色の長い髪。

 

 

 

「クリアさん」

「クリア!」

 

 ハヤト等と話すクリアに呼びかけたのはほぼ同時だった。

 アカネの手を引っ張るミカンと、同じくイエローの手を握るブルー。

 彼女達二人の目的は完全に同一、二人の少女の応援だ。ただしブルーの場合はイエローを応援する理由に自身の楽しみも付属されているが。

 

「ミ、ミカンにブルーさん? 一体何……って何で二人共アカネとイエローを引っ張って来てるの?」

 

 呼びかけられたクリアは驚いた様子で二人の少女にそう問いかけた。当然だ、彼女等が各々二人の少女を彼の下へ連れて来る理由等、今のクリアには到底想像もつかない所にある。

 しかしそれでも、現実二人は鉢合わせした。

 就任祝いのプレゼントだろうか、綺麗にラッピングされた小さな長方形の箱を持ったアカネと、恐らく手作りの卵焼きを乗せた皿を手に持ったイエロー。

 その両者が出会った瞬間、突然雲行きは変わった。

 現状が理解出来ないクリアを置いて、ハヤトとツクシは早々に新たな食料を求めて、という名目で彼の傍から去り、マツバも撤退するタイミングを見計らっている。

 

「初めまして、アサギジムのミカンです」

「これはご丁寧に、マサラタウンのブルーよ、こちらこそよろしくお願いね」

 

 とりあえずの自己紹介、だがそこには不穏な空気等微塵も無い。

 当然だ、彼女等二人に争う理由なんて無い、彼女等二人"には"――だが――そして軽く自己紹介も済ませて、

 

「……じゃあマツバ、私達は行きましょうか」

「さて私もシルバーの所にでも……」

 

 そしてその場から"逃げる様に"ミカンはマツバと、ブルーもまた一人どこかで佇んでいるであろうシルバーを探す、という理由を付けてすぐにその場から離れた。

 彼女達が連れて来た二人の少女を残して、クリアへのプレゼントを持ったアカネと、自身の手料理を持ったイエローを残して。

 無責任、まさしくその一言に限るのだが、元々二人共すぐに彼女達の傍からは離れる予定だった。それがほんの少し早まっただけ。

 彼女達が背中を押す少女二人にとっての、文字通りの意味でライバルの出現という、想定外の事柄から――。

 

「……クリア? 誰やその()?」

「イ、イエローだよ前に話した……つーか何か怒ってないかアカネ?」

「……ふーん、随分と仲良さそうだねクリア、その人の声聞いた事あるよ、確かラジオで話してたよね?」

「そ、そりゃあ無理矢理……ってかイエローさん? なんで笑顔に影差してるのかな!?」

 

 笑顔、笑顔である。二人の少女は笑顔でクリアへと微笑みかける。氷使いのクリアが、震え上がる程の冷たい笑顔で。

 

 ポケギアを持っていないクリアの為、就任祝いという名目を利用して彼の為に空色のポケギアを手に入れたアカネは今日この日の為にミカンに綺麗にラッピングして貰っていた。

 ひょんな事から始まったレースバトル中、助けて貰ったというお礼も込めて、仮面の男事件の際何度も無茶したクリアの身の安全を知る為にも、自身の電話番号を一件目に登録した状態でのプレゼントである。

 彼女自身自分の気持ちが本物かどうか、いまだ理解に苦しむ所があるが、助けて貰った事に感謝している事、彼を心配した気持ちは本心だ。だからこそ、恥じをしのんでミカンにプレゼント選びの協力を頼み、態々ラッピングまでして貰った状態で持ってきたというに、

 

(……はてウチの聞き間違いやろか? 確かクリアはイエローは"男"だって言ってた様な……でもウチの目の前にいるのはれっきとした女の子やで! しかも滅茶苦茶可愛い!)

 

 

 まだ暖かい卵焼きを見つめながらイエローは思い出していた、レッドのジムリーダー就任試験での出来事を。

 無事試験に合格したものの、四天王事件の後遺症から合格を辞退したレッド、そんなレッドの代わりにトキワジムリーダーに就任したグリーン、直後に車内ラジオから聞こえてきたクリアとアカネのラジオ。

 その時の気持ちを、普段滅多な事では怒らない彼女だが、その時は確かに今の様にこう思ってたはずなのだ。

 

(……ボクがずっと心配してたって時に、肝心のクリアは楽しそうに女の子とラジオしてた、ラジオしてた!)

 

 

 

「どういう事やクリア!?」

「どういう事なのクリア!?」

 

 身を乗り出す様な勢いで、二人の少女が同時にクリアへと詰め寄った。

 右手でプレゼントの箱を持ったアカネと、両手で卵焼きが乗った皿を持ったイエロー、そんな二人の少女に挟み撃ちにされたクリアは、隠しきれない動揺を露にしながら、

 

「どういう事って……前にアカネに話した時はイエローがお……女の子、って知らなくてだな! そしてアカネとのラジオは成行きだしというか楽しそうにはしてなかったし!」

 

 今にも襲い掛かってきそうな勢いすらある二人の少女を両手で宥めつつ、そう言うクリア――だがそんな説明で二人の少女が納得するはずも無い。

 

「ほう、それならあれかクリア? アンタはそこのイエローって娘を姫様だっこで助けたりもしてたって事なんか!?」

「わ、わあぁぁぁ!! その事は言わないで! と、というかそういうあなただって、なんですかそのプレゼント!」

「こ、これはお礼とかお祝いとかその……色々……そ、それを言うならその卵焼きもウチと同じ様なもんやろ!」

 

 当の本人を置いて、いつの間にかアカネとイエローによる口喧嘩が始まっていた。

 口火を切ったアカネの言葉を皮切りに始まったその口論は、パーティの主役であるクリアの傍という事もあり、すぐに周囲の注目を集めてしまっている。

 そして当然の様に気づかない二人の少女にクリアは、

 

「お、おいアカネとイエロー、喧嘩は別にいいけどもっと他人の事を考えてだなぁ……」

「誰の所為や!」

「誰の所為だ!」

「ッヒ!?……すいません……!」

 

 注意した途端、反撃に遭い途端に顔を青くするクリアだが、まぁそこは当然クリアの自業自得である。

 イエローの正体が分かってから早急に、アカネにしっかりと訂正を入れておけば今の様にアカネに怒鳴られる事は無かっただろう、きちんと定期的に連絡を入れておけば、イエローにいつかのスオウ島決戦時の様な雰囲気で言われる事も無かったのだ。

 

 

「はぁ、こんな事になる気はしてたんだよなぁ、でもこれはお前の自業自得だから俺はフォローしないぜクリア……一度言った様に無事は祈ってるよ」

「レ、レッドさん……一体何の話を……」

 

 そしてそんなクリアにため息交じりに声を掛けるレッド、彼自身女性関係に関してはクリアの事を言えた義理では無いが、しかし今回ばかりはイエロー絡みだからか妙に冴えているらしく、呆れた様な態度を取っている。

 だが矢張りクリアには理解出来ない領域の話、訳が分からないという顔をするクリアは自然とその横、視線を感じてシジマと共にレッドの右横に立つグリーンへと視線を逸らすと、

 

「……ふん、痛い奴で悪かったな」

「……一体何の話ですかグリーンさん?」

 

 レッドの言葉で何か思い出す事があったのだろう、例えば今共通してる"ラジオ関係"の事で。

 それからグリーンから向けられる刺す様な視線に耐えかねたクリアは今度はグリーンから目を外し、レッドの左横、シルバーと共に立ったブルーへと視線を合わせる。

 するとブルーは面白そうに含み笑いをして、何事かとクリアが思った瞬間、

 

「ふふっ、大変そうねクリア」

「そう思うなら助けて欲しいよブルーさん……」

「でもレッドの言う通り自業自得でしょその状況は……全く、"思い当たる人物"に連絡寄越しなさいって私の忠告を聞かないからそうなるのよ」

「オイちょっと待て……まさか"後はフリーザーだけ"さんはアンタかブルーさん!」

 

 いつかのラジオの出来事、クリアを一時的に苦しめた一通の手紙、その差出人相手にクリアは激昂するも立場的にも当然ブルーに敵う訳無く、恨みの篭った視線だけをブルーへ送る。当の本人は涼しげな顔をしているが。

 ――ちなみに今この場には"秘湯を求めて三千里"さんというリーグ優勝者や、"永遠の緑"さんというジムリーダーもいるのだが、当のクリアがその事に気づく事は無い。

 

 

 

「おぉ修羅場だ修羅場、いいぞもっとやれー!」

「もう、煽らないのゴールド!……それにしても、イエローさんも大変そうね」

「全くだぜ、これだから女心の分からない奴は……ってどうしたクリス? 俺の顔に食いかけの怒り饅頭でもついてたか?」

「……はぁ、いいえ別に何でも無いわよ」

 

 クルクルと彼自慢のキューを回して、ブルーを睨みつけるクリアをそのキューで差して言った帽子の上からゴーグルを被せた少年に、白衣の少女がジットリとした目で見て、そして一度ため息を吐く。

 クリアを巡る騒ぎから少し離れた所で、二人の男女のそんなやり取りがあったとか無かったとか――。

 

 

 

「こうなったら勝負や勝負! バトルで決着をつけようやないか!」

「やっぱり言うか戦闘狂、まさかイエローとバトルつもりなのかアカネ?」

「んな訳無いやろ、勝負やクリア!」

「……うん、何かそんな気はしてた」

 

 目に見えて肩を落とすクリアだが、どうやら今回の勝負は受けるつもりらしく否定の言葉は出さなかった。

 確かにアカネの言葉がこの現状を解決する事に繋がるとは到底思えないが、だがしかしレッドやブルーの言葉通り、この状況はクリアの"自業自得"によって起こったのだ。クリアに拒否権等あるはずも無い。

 

「……で、イエローはどうするんだ? もう一回戦うの?」

「……いい、ボクは戦うクリアを見てるから」

 

 頬を膨らまし顔を背けるイエローだが、何だかんだでクリアの事は気になる様子、それは彼女の言動にもにじみ出ているが、精神的に疲れ切っているからかクリアは気づかない。

 だが気づかないのはクリアだけ、周囲の大半の人達は当然の様にイエローの言葉の裏にある本心に気づき、彼女もまたその事に気づいた様子だ。

 クリアの事を好きな訳では無い、決して無い――そう自分に言い聞かせつつ、されどイエローとクリアのやり取りに、彼女は、アカネは何故か無性に腹が立つのを感じるが、すぐに頭を払ってそんな気持ちを振り払い、気持ちを一新してクリアへの再戦に闘志を燃やす。

 闘争心以外の感情を全て押し殺して、ひとまずクリアとの再戦に胸高鳴らせながら、そして彼女は闘技場へと向かうのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

『はぁ、しょうがないし、ちょっとポケモン達を迎えに行って来るからここで待ってろ』

 

 そんなアカネの微妙に揺れる気持ちに気づかず、クリアはぶっきら棒にそう言って早足で自室へと入っていた。

 訓練場に皆を待たせたままなので、すぐにボールを取って戻らなければいけないのだが、だけどクリアはここで一旦壁に背をつけて一度息を吐く。

 吐いた息にこれまでの気苦労を乗せて、

 

「……ったく、俺って今日の祝いの主役じゃ無かったんだっけ?」

 

 だがその後すぐ、そう呟いて自嘲気味に笑った。

 彼の自室、前任のジムリーダーが自室として使っていた場所で、クリアは静かに微笑を浮かべる。

 

 残されたその部屋には何も残っていなかった。

 家具の類が一切無かった部屋、"何か大きな置物"が置いてあったであろう変色無く誇りも被ってない箇所の有る部屋。

 そしてその部屋の主もまた、既にこの時代にはいない。

 その事を深く感じてしまう場所なのだが、それでもクリアはこの部屋を自室に、最も多くの時間を費やす事となる場所に決めたのだ。

 それは恐らく、全てにおいて前任を継ぐというクリアの小さな意思表示なのだろう――ポケモン、技、ジム、バッジ――彼が、ヤナギが残していったもの全てを。

 

「……さてと、じゃあそろそろあいつ等連れて戻るとするか……」

 

 少しの間感傷に浸った後、すぐに切り替えてクリアはベッドの上に置いたボールを腰につける。

 後々からパーティに合流させようと思っていたVを初めとするクリアのポケモン達だったが、こうも早く向かう事になるとは予想外だったのだろう、彼等のおさまるボールがガタガタと音を立てているのが分かる。

 でもまさかこれから試合をする事になるとは思うまい、とクリアが内心クツクツと笑みを浮かべたその時だった。

 

 

 

「……クリア?」

 

 音を立てて、クリアの自室のドアが半開きで開く。

 咄嗟に振り向くクリアだったが、そのドアの先にいた人物、イエローを視界に捉えた瞬間すぐに肩の力を抜く。

 ――が、先の出来事を思い出したのだろう。僅かに眉を下に下げて大きな瞼を少しだけ細めて怒るイエローの表情を思い浮かべて、すぐにクリアは引きつった笑顔で彼女を室内に迎え入れた。

 

「えぇと、なんだイエロー? 用があるなら早くし……いえ向こうで怒られるのが怖いから、出来れば早急にして欲しいのですが……」

「……なんで敬語なのクリア?」

「怒られるのが怖いから……でしょうか?」

「へー、ボクには敬語禁止だって昔言った癖に?」

「……お、おう、なんだイエロー突然一体どうしたんだい?」

「凄く不自然な返しだよそれ……」

 

 淡々とした口調で言うイエローだが、その様子には先程とは若干の差異が見受けられた。

 もう冷え切った卵焼きを持ったまま、ほんのりと赤く染まった頬、その事に気づかないのかそのままの表情で彼女はクリアにしっかりと視線を送る。

 だが、例の如くクリアは気づかない。

 

「……そ、そんな事よりクリア!」

「は、はい!?」

 

 バタン、と扉が閉まる。

 タンスやベッド、机といった最低限必要なものと、ラジオ位が置かれた室内、クリアの部屋の中、静寂が辺りを包み。

 そしてイエローはクリアと向き合う、自身の作った卵焼きに一度視線を落として、数秒間、そして意を決した様に彼女は口を開いて、

 

「その……ボクを……ボ、ボクの卵焼きを食べて!」

 

 緊張のあまりか、途中何度も噛みながらも、それでも彼女は作った卵焼きをクリアに差し出す。

 先の一件で時間が経ち、もう冷え切った卵焼きを――。

 それを見て、彼女にしっかりと視線を合わせられ、泳がす事も出来ずにクリアは思わずたじろぐ。

 逃げ腰となるクリアだが、しかし彼女がそれを許さない、壁に背をつけたクリアの前へ、更にもう一歩踏み出す。

 更に至近距離までクリアへと詰め寄り、彼の顔の前まで卵焼きを近づけて。

 

「っ……お前、俺に怒ってたんじゃないの?」

「べ、別に、怒ってないよ……ただちょっとムッとしただけだもん……」

「怒ってんじゃん……」

 

 嘆息して、諦めた様にそうして彼は卵焼きへと手を伸ばした。

 その瞬間、改めてさらに大きな緊張が彼女に走るが、もう遅い。

 当然箸等用意してる訳も無く、直に手で取ってクリアは卵焼きを口へと運んだ。

 彼女が彼の為にと作った手料理を、口を噤む彼女の目の前でふっくらとした冷たい卵焼きをしっかりと味わう。

 

 それが――イエローからの、クリアへのジムリーダー就任祝い――。

 悩んだ挙句の、彼女の結論だった。

 

 

 

「ど、どう?」

「……甘い」

 

 三回、四回と数度噛み、味わって、やっと出てきた一言だった。

 少しの沈黙の後、その一言を告げたクリアの顔も僅かに赤みがかっていて、

 

「……あ、あれ、お砂糖とお塩を間違えたりしないように、だしで作ったつもりだったのに……も、もしかして本当にどこかで……間違えた……?」

 

 残り一つの卵焼きを眺めて、震える声でそう呟くイエローだが、無理も無い。

 彼女自身、この卵焼きに全てを込めていたのだ、ろくなプレゼントも差し入れの品も用意せずに、ブルー達カントー図鑑所有者達の助言の結果作られたのが、この卵焼き。

 その渾身の力作に、失敗作疑惑が浮上したのである。

 ――彼女の声が、泣きそうなかすれ声になるのも無理は無い。

 

「っく、はははははっ!……大丈夫だよイエロー、凄く美味しいし、何も間違っていない」

 

 だがクリアはそんな彼女を笑い飛ばした。

 笑って、彼女に言う。それは安心させる為等では無い、本心から来るもの。

 本当に美味しかったからこそ言える、真実味が篭った台詞。

 

「え?……で、でも今甘いって……む、こうなったら最後の一個で確認を……って、クリア!?」

 

 だがクリアが甘いと言った事は事実で、イエローが卵焼きをだしで作ったのもまた事実だ。

 砂糖を入れたならまだしも、砂糖なんて作る過程で彼女は加えていない、だから彼女が困惑するのは当然で、その事実を確認すべく最後の一個となった卵焼きへと手を伸ばすイエローだったが――途端に反対側から伸びた手に卵焼きをたちまち攫われていった。

 一個目を食べ終わってすぐに、もう一個の卵焼きもすぐに頬張る。

 そして唖然とするイエローに向かって、やはりクリアはもう一言、

 

「……うん、やっぱり、甘い……でも何も間違ってないよイエロー」

「……うぅ、クリアの言ってる事が全然分からない……」

 

 とうとう頭を抱え込んだイエローを眺め、可笑しそうにクリアは苦笑を浮かべる。

 だしで作った砂糖を使わない"甘い"卵焼きの謎。もうクリアによって食べられてしまった為解明出来ない謎。

 その答えは、きっとクリアにしか分からないのだろう。多分、今のイエローではいくら考えたって到底分からないだろう、卵焼きについて必死に考える今のイエローには――。

 

 ――何故ならクリアは、"何が"甘かったかなんて、彼女に一言も告げていないのだから。

 

 

 

「じゃあそろそろ本当に行くとするかな……って訳で俺は先行くけど、イエロー?」

「……うん、大丈夫、ボクはもう少しさっきの卵焼きについて考えてみる」

「……そ、まぁ頑張れ」

 

 ――無駄だと思うけど、そう言葉の裏に付け加えクリアは言って、扉を開けたクリアにイエローもまた振り向いて、

 

「うん、クリアも、頑張ってね?」

「あぁ……ありがとう、イエロー」

 

 試合へ向かうクリアの背中へと言って、扉が閉まるその瞬間まで彼の姿を見送った。

 そしてクリアもまた扉が閉まるその瞬間、少しだけ彼女の方へと顔を向け果たして"何に"対して言ったのか、されど確かにそう告げて、皆が待つ闘技場へと急ぐ――。

 

 

 アカネを初めとして、リベンジマッチのつもりだろう明らかに戦闘意欲に満ち溢れていただったイブキ達ジョウトジムリーダー達の待つ場所へ。

 手合わせしてみたいのだろうそっとボールを取り出していた四名のカントージムリーダー達のもとへ、当然の様に戦う気でいるレッドや、その他の図鑑所有者の仲間達、Vに非常に興味を示していたオーキド博士が待つ場所へ。

 五匹のポケモン達を引き連れてクリアは走り、その少し後、続く様に結局謎の解けなかったイエローも彼の後を追うのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁブルーさん?」

 

 雪が溶けて、花が芽吹き、青い若草乱れて、燦々と降り注ぐ太陽の日差しが除々に強くなって来て、少しずつ海の家の売り上げも上がってきている季節。

 

「うん、レッドさんの番号を……え、今そこにいる? じゃあちょっと代わって貰えます?」

 

 チョウジジムにある自室で、クリアは空色のポケギアへと話しかけていた。

 ポケギアに付属している電話機能を用いてる最中、つい先程済ませたジム戦の疲れを微塵も見せずに、高揚する気持ちを抑えつつ彼は口を動かす。

 一年と数月前の事件を切欠に、このチョウジの地で歩みを止めたクリア。

 それから、彼のジムリーダー就任記念パーティ以来色々あった、大きい事件等は無かったが、小さな出来事なら――平和的な事件なら指で数えても足りない位だ。

 

「レッドさん? 俺ですクリアです……えぇ、今日はちょっとレッドさんにお話……というかちょっと旅行のお誘いでもと……」

 

 電話の向こうのレッドは少しだけ息が荒かった、大方彼もバトルの後なのだろう、一体誰と戦っていたのか――バトル好きのレッドの事だ、心当たりが多すぎて見当もつかない。

 ちなみに、彼がレッドを選んだのはただの気まぐれだ。

 別にジョウトのジムリーダー達の誰かでも良かったし、トキワのグリーンでも良かった。

 しかし今挙げた彼等はジムリーダーの身だ、普段のクリア同様基本忙しい身である――となれば、必然的に人選は絞られ、その中でも最も連絡がつきやすそうな、かつ楽しめそうな相手を選ぶのが無難というものだ。

 

 椅子に腰掛け電話を話すクリア、その膝元ではPが昼寝をしている。

 ジム戦を終えたVとデリバードはクリアのベッドで寝息を立てて、恐らくエースとレヴィは今日も訓練場で特訓という名のバトルに励んでいる事だろう。

 挑戦者もここ最近は落ち着いていて、静かに流れる時間が心地良い世界、その中で彼へと舞いこんだ一枚のチケット。

 

 机の上に無造作に置かれた、新たな世界へと導く為の二枚のチケット。

 それら二枚を一つの封筒になおしながら、微笑を浮かべクリアはポケギアへ向けこう話すのだ。

 

 

「……ホウエン地方、興味無いですかレッドさん?」

 

 

 

  季節が巡るのと同時に、物語もまた次のステージへと――豊かな自然を有するホウエン地方という舞台へと移行する。

 新たな冒険の予感と同時に、そして次の戦いの幕は静かに上げられるのだった――。

 

 




今回は過去、現在、未来って感じの構成ですかね。話的には。

それにしてもこれ区切らなかったら前々回の話並の量になってたのか……削ったエピソードも加えて考えたら……恐ろしい。

――今回の話もどこか書きにくかった、矢張り気分の問題なのか。

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