ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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お久しぶりです。
それにしても、一旦休憩挟んでしまうと書けなくなるものですね……。


ホウエン編
三十九話『vsホエルオー 船出』


 

 

 ジリジリと照らす太陽、アスファルトに照りかえる熱気には体中の水分全てを奪う程の錯覚すら覚える。

 しかしそれでいて熱に倒れないのは、一重に海上から来る心地よい風の影響だろう。

 強過ぎない海風に髪が揺れ、そして彼は眼前に浮かぶ一隻の船を見上げて、

 

「すぅーはぁー……うん、久しぶりに来たけど、相変わらず気持ちの良い所だなぁ」

 

 そう言って、一度深呼吸をし肺の中の空気を一新したのは一人の少年だった。

 少し横に伸び跳ねてきた髪の毛を風に揺らされつつ、首の後ろに左腕を回してもう片方の腕と背筋を伸ばすのは十三、四歳位の少年。額には愛用のゴーグルをかけ、傍には"P"と名づけられた一匹のピカチュウをつれている。

 彼――チョウジジムジムリーダー、"瞬間氷槍"の異名を持つ少年クリアが今日この日、アサギの町を訪れていた理由は他でも無く、目の前に浮かぶ一隻の巨大な客船に乗り込む為だった。

 というのも事の発端は一週間前、彼の友人にしてジムリーダー仲間でもあるハヤトから貰った二枚の乗船パス。

 彼、ハヤトが所属する署の年末ビンゴ大会なるもので当てたという期間限定でカントー、ジョウトからホウエン間の行き来が出来るという無料パスを、使う予定も無いからとハヤトから譲り受けた事がそもそもの始まりだ。

 ハヤト自身ジムリーダー業と警察官としての責務との板ばさみでこのパスを使うタイミングが無く、このままでは宝の持ち腐れとなる。そして丁度良いタイミングで休む事無くジム戦に明け暮れるクリアの噂を同じくジョウト地方ジムリーダーのツクシから聞き、ならばクリアの骨休みにでも、という経緯でクリアは成行きホウエン行きのチケットを手に入れたのである。

 

 

 

「さぁてと……っと、待ち合わせ場所は船内だっけか……つか、にしても暑いなぁ今日は、本格的に夏本番ってか」

 

 待ち合わせ時間ギリギリに、ボヤきながらクリアは入船の為タラップを渡る。

 待ち合わせ、その言葉通り今日クリアは一人の人物と会う約束になっている。パスは既にカントーへと送っており、旅の道連れとなるその人は既にカントークチバより眼前の船に入船を果たしているはずなのだ。

 それは赤い帽子がトレードマークの見た目クリアより少し年上の少年。クリアの(ピカチュウ)とも仲の良いピカ(ピカチュウ)という相棒を連れた、マサラタウン出身の――、

 

「レッドさん、確か甲板(デッキ)の方にいるってブルーさんから聞いたけど、まぁ行っていなかったら一度ブルーさんに連絡いれるか」

 

 リーグ優勝経験も持つ図鑑所有者の一人、マサラタウンのレッドその人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 "あの出来事"から約一年以上の月日が流れた。

 "あの出来事"――それは彼クリアがチョウジジムに就任する切欠となった出来事、ジョウトとカントー二つの地方を震撼させた仮面の男(マスク・オブ・アイス)事件。ポケモンリーグ本会場半壊、及びその年のポケモンリーグ自体の中止、その他"いかりのみずうみ"で起こったギャラドスの大量発生といった様なジョウトで多数起こった出来事、それら全ての事件の総称、それが仮面の男事件だ。

 "ある一匹のポケモン"を救う為、たったそれだけの、それでいて大きな願望の元チョウジジム前任ジムリーダーヤナギによって引き起こされたこの事件は、彼に弟子のクリア、そして彼と少なからず因縁を持つブルーやシルバー等といった図鑑所有者達、その他大勢の活躍の下どうにか解決へと導かれた。

 この事件で首謀者のヤナギは時の狭間へと消え事実上の失踪、彼に操られていたロケット団残党達はまるで穴に潜るかの様にいつの間にか姿を消し、まだまだ課題は残されたままだが一応の解決となったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その人物は波間に揺れる船の甲板にいた。

 規則的に上下に揺れながらも、その揺れをほとんど感じさせない程の豪華客船。

 無論、乗船する為には相応の資金が必要になったはずだが、聞いた話ではその人物が手に持ったパスは無料(タダ)で手に入ったものらしく、気にする必要は無いとの事だった。

 ――だがそう口で言われても気兼ねするなという方が無理というものである。大きな麦藁帽子を被る彼女も最初はそう言って断ったものの、

 

『大丈夫よ、というかむしろこっちからお願いしてでも私に付き合って欲しいんだから、女一人の一人旅ってのもイロイロと危ないでしょ?』

 

 と、半ば強引に押し切られてしまい、今この現状である。

 彼女をこの旅に誘った人物、ブルーとはジョウトの港にて落ち合う予定になっていた。シルバーというジョウト図鑑所有者の一人にして、ブルーにとって弟の様な存在に先に会ってくるからという事らしい。

 時刻は昼過ぎ、そろそろ出航の時間帯である。

 同時に待ち合わせ時間もほぼ同時刻、初めこそ彼女もその時間の決定に疑問が浮かんだものの、きっとブルーの事だ、何か考えがあるに違いないとその疑問は飲み込む事にしたのだ。

 

 常識的に考えて、待ち合わせ時間と出航時刻がほぼ同刻というのは可笑しい。普通ならば出航時刻より少し早い時間に待ち合わせ等は済ますべきなのだろう。

 結果的に、そんな提案をしたブルーには矢張りある考えがあった、甲板にて待つ彼女の予想通り。

 ――尤も、その予想は甲板で待つ彼女にとって斜め上のものとなっているのだが。

 

 カチリ、とどこかの時計が数字の一の位置に短針を合わせ、同時に船の汽笛が鳴る。出航の合図だ。

 その音を聞いて、一瞬本当に待ち合わせ人が遅刻したのかと内心焦った彼女だったが、甲板向けて歩み寄ってくる一人の人影を見て一先ず安堵する。

 逆光になってて顔は見えないが、今この船の甲板にいるのは彼女一人だ。そしてこのタイミング、十中八九目的の人物だろう。そう考えて、彼女もその人物の下へと歩を進めて、

 

「お久しぶりです、ブルーさ……」

 

 そこで彼女、イエローの言葉は途切れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『……はい、ではまた後日、それじゃあ』

 

 それはかれこれ一週間程前の事。

 カントー地方マサラタウン、始まりの色と比喩される町で、大体十五歳位の二人の少年少女がそれぞれポケギアへと目を向けていた。

 少年の名はレッド、カントー図鑑所有者の一人にして数年前のポケモンリーグ大会優勝、ヤマブキ決戦でのロケット団壊滅の立役者の一人となった少年。

 少女の名はブルー、彼女もまた正式なカントー図鑑所有者の一人にしてまた、レッドと同じ様にポケモンリーグ大会三位入賞にロケット団を壊滅に追い込んだ一人となった少女だ。

 ――さて、彼彼女等が一個のポケギアへと視線を送っているのは他でも無く、そのポケギアを先程まで使用していた為である。

 先程、最近新しくジムリーダーとなったクリアと名乗る少年から発せられた通信、ホウエン行きのチケット、その誘い。

 新しい地方に、新しいポケモン、それらの魅力は絶大であり、当然の様にレッドは二つ返事でクリアへと答え、電話を切ったの――のだが、

 

「え、ホウエン行きを諦めろって?」

「えぇそうよ、まぁ行こうと思えばいつでも行けるんだし、今回は……ね?」

 

 切って早々、少しの間何かを考え込んだブルーに言われレッドは思わずブルーへと聞き返した。

 当然だ、カントーからホウエンの距離というのは隣同士の地方であるジョウトとは比べ物にならない程離れている――確かに、ホウエン以上に離れている地方も存在するが、だからと言って地方間の移動はそう軽々しく友達の家に行く程度の感覚で気安く出来る程のものでは無い。

 金銭的にも時間的にも、今回のクリアからの誘いはレッドにとっても割りと楽しみになる程には嬉しい誘いだったのだ。

 

「……まぁとりあえず、どうしてそういう事を言い出したのかを聞いておこうか……言っとくけど、今回誘われたのは俺だからな? 間違ってもお前に譲ったりは……もがっ!?」

「はいはい、別に私が行きたい訳じゃないわよ」

 

 上げて落とされた為か、少し口を尖らせるレッドだが、そんな彼の口をブルーは両手で挟む形で閉じて、

 

「生憎私にそんな余裕は無いわ……じゃなくて、良いレッド? クリアが旅行に誘っているのよ?」

「ん、あ、あぁ……それがどうし」

「クリアが! 一人で!……そうと決まればやる事は一つしか無いじゃない!」

「やる事って……一体何をやるんだよ」

「ここまで言ってまだ分からないなんて……まぁいいわ、ちょっとレッドは黙っててね、今から"イエロー"に電話するから」

「イエロー?……あぁなるほど!」

 

 クリアからの電話が切れたばかりのポケギアを操作し、トキワシティ郊外にあるイエロー宅の電話番号を出す。

 そんなブルーの様子を傍から眺めながら、レッドもまたどこか納得した様な顔となる。

 

「……ま、そういう事なら協力しない訳にもいかないしな」

 

 そんなレッドの呟きを聞き、ブルーもまた微笑を浮かべた。

 全ては二人の少年少女の為、関係としては後輩とも言える二人。先程の電話相手と今から電話する二人の為だ。

 レッド自身もその二人の少年少女の内の一人、自身の図鑑を一時的にだが所有していた少女の為ならば簡単にホウエン旅行等諦めきれる。

 それは今だに自身の気持ちにすら気づいていないだろう少女の――そんな、彼にとって妹の様な存在の少女の為だからこそ彼がホウエン旅行を諦めてしまう事も仕方の無い事なのだろう。

 

「……あ、もしもしイエロー? 私、ブルーよ……えぇ、ちょっと貴女にお願いがあってね、実は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリアがタラップを渡り終えた直後、それはすぐに回収されて船の汽笛が鳴った。

 待ち合わせ時間丁度、出航時刻と同タイミングの時間、つまり少し遅刻気味という事だ。

 

「やべっ」

 

 短く呟き、恐らく待たせてしまっているだろうレッドの下へとクリアは急ぐ。

 つい十分程前にブルーに連絡を入れた所、レッドは確かにクチバから船に乗ってジョウトへと向かったらしいとの事だった。ならば当然、今レッドは待ち合わせ場所の甲板の上にいるはずだった。

 だからクリアは少し急ぎ足で甲板へと向かい、もう既に動き始めた船上、甲板へと出たのだ。

 

 開けた場所に出てまず左方へ視線を向ける。誰もいない。

 ――となると、必然的に目的の人物は予定通りならば反対側に存在しているという事になる、だからこそ彼はすぐに右方へと顔を向けつつ口を開きかけるが、

 

「お久しぶりです、ブルーさ……」

「お待たせしました、レッドさ……」

 

 言葉が止まる、動きも止まる。少年の瞳に小柄な少女の姿がしっかりと映り込む。

 顔を向けた先、クリアから数えて大体二メートル程離れた位置に彼女は立っていた。

 外出時の必需品とも言える大きな麦藁帽子を被った一見少年の様な少女。その帽子の下には腰まで届く程のポニーテールが隠されている事もクリアは知っている。

 そしてクリア同様に、視線の先の彼女、年の割りに小柄な黄色の少女イエローもまた、目を丸くしてクリアを見つめていた。というか固まっていた。

 

 当然だ、今日彼女がこの場に来た目的は一つ。ブルーとの邂逅、そしてブルーと共にホウエン入りを果たすという目的の為だ。

 そしてクリアもまた同じ様に、旅の同行に誘ったレッドとの待ち合わせの為にこの場へと足を運んだ。

 クリアはレッドと会う為に、イエローはブルーと会う為にこの船上へと赴いた――ので勿論、今この場で時間が停止した様に固まる二人が出会う予定等最初から存在していなかった。

 だがしかし、結果として彼等は実に久しぶりの再会を果たした。大体一月ぶり位か。

 普段の彼等ならば、偶然会ったからと言って今の様に固まる様な、そんな事は無い。気の合う友達同士、笑って予想外の再会を喜ぶ事だろう。

 

 ――そう普段なら、今がホウエン旅行前という状況じゃなかったら。互いの待ち合わせ人が互いに見当たらないというこんな現状じゃなければ。

 

「……えぇと、あれ?……クリア? なんで?」

「……なんでって、そりゃこっちの台詞だよ……」

 

 凍った時間を強引に動かす様に、おもむろにイエローは口を開く。表情を青くさせながら答えるクリア。

 それから再度、一瞬の静寂。心なしか波の音がいつもより大きく聞こえる。

 

「……あー、えーと、とりあえず一つ聞くけどイエロー、レッドさん知らない?」

「え、クリアだけじゃなくレッドさんも来てるの!?」

 

 一先ず目的の人物であるレッドの事についてイエローに尋ねるクリア、だが今の反応から彼女がレッドの所在を知らないという事は一目瞭然だ。その事に少しだけクリアは肩を落とし、不意に視線をクリアブルーの海へと向ける。

 彼等を乗せて出航した客船は、既に陸地から遠く離れた所を波を掻き分け突き進んでいる。最早引き返す事等ほぼ不可能。

 一応、クリアはデリバードやエースといった飛行能力を持ったポケモン達の手を借りれば戻れない事も無いが、流石に今すぐその手段に出るのは些か早計と思えた。

 何故レッドでは無くイエローがこの場にいるか、そもそも何故彼女は今この場にいるのか――先ずはその謎を早急に片付けようと判断し、そしてクリアはイエローへと視線を戻して、

 

「ふむ、じゃあ次の質問だけど……どうしてイエローがここにいるの?」

「ボ、ボクはブルーさんに旅行に誘われて……そう言うクリアは?」

「レッドさんを旅行に誘っ……ッ!」

 

 その瞬間、妙に嫌な予感が二人の間を漂った。

 嫌、というより予想外、二人の少年少女にとってはそこそこ程度には大きな問題。

 それは彼女を誘った彼女、彼が連絡を入れた彼女の存在からくるもの――そして恐らくはその彼女が考えたであろう今の状況、そのシナリオの到達点を思い浮かべて二人が頬を引きつらせた所で、クリアのポケギアから着信音が鳴り響く。

 その音を聞いた瞬間、即座に空色のポケギアへと手を伸ばすクリア、すぐにダイヤル確認、映し出される文字は"ブルーさん"。その人物の名前を瞳に写した所でクリアは恐る恐る通話ボタンを押し、その横からはイエローが顔を出しクリア同様ポケギアからの音声に耳を傾けた。

 

『はぁ~い、クリア、それにイエローも! 船は予定通りもう出航した? したわよね?』

「……どうもブルーさん、船なら確かに陸地からかなり離れちまってますが……とりあえず今の俺達の状況を簡潔に述べやがってください」

『あらあら言語が安定してないわよクリア? 大丈夫? 何かあった?』

「"何があった"というより、"何かと会った"って言う方が正しいですね……というか分かってるでしょう……ってかむしろこれはアンタの仕業のはずだ! レッドさん! レッドさんもそこにいるでしょそうなんでしょう、ねぇ!?」

 

 途中から声を荒らげるクリア。だがそれも仕方の無い事だろう、今のこの状況が仕組まれたものであるという事は一目瞭然、互いの待ち人が来ないクリアとイエロー、そして出航後すぐのブルーからの電話、ここまで来れば流石のクリアでも理解出来る。

 そしてそれはクリアの横からポケギアへと視線を注ぐイエローも同じなのだろう、どこか疲れた様な表情を見せているのが分かる。

 

『おほほ、アンタが一体何を言ってるか……概ね理解出来るけどあえてスルーさせて貰うわね、じゃあレッドに代わるわ』

 

 ポケギア越しに遠くなるブルーの声、そうクリアが思った直後、

 

『よ、ようクリア、それにイエローも久しぶり!』

「あ、レッドさん! お久しぶりです!」

「いやいやイエロー、今は呑気に挨拶する場面じゃないから、この状況を問いただす場面だから!」

 

 ポケギア越しに聞こえて来るレッドの声に反応し、嬉しそうな声を出すイエローだったが、すぐにクリアによって言及されすぐにハッと我に返る。

 そんな彼女の様子に、気づかれない程度に目を細めてどこか面白くなさそうな表情を露にするクリア、そしてそのまま、眉尻を少しだけ上に上げた状態で不機嫌そうな声で言う。

 

「……で、なんすかこの状況、勿論アンタ等が仕組んだ事っすよねレッドさん?」

『あれ、何か怒ってるかクリア? どっかゴールドみたいな口調に……ってまぁいいか、それはその、な……ってわっ!? ブルー!?』

『それはつまり、たまには二人でのんびりしんこ……旅行にでも行って羽を伸ばしなさいって事よ!』

 

 どこか歯切れの悪いレッドの言葉に痺れを切らしたのか、再度ポケギアから聞こえてきたのはブルーの言葉。恐らく言葉が詰まったレッドに代わって用件だけをバッサリ言う為に彼からポケギアを奪い取ったのだろう。

 

「……まぁそれは分かりますけど、俺はともかくイエローがここにいるのは?……というかどうして騙して引き合わせたりなんか……」

『そうでもしないと二人一緒に行かないと思ったからよ、残念ながらチケットは二枚しか無いんでしょ? それにイエローも昔からホウエン地方に行ってみたいって言ってたじゃない』

「え、ボク一度もそんな事……」

『ちょっとストップ……クリア、悪いけどポケギアをイエローに預けて離れてなさい、大事な話するから』

「大事な話?……まぁ別にいいですけど、はいイエロー」

「う、うん…………あ、もういいですよブルーさん、それで大事な話って何でしょうか?」

 

 イエローに自身の空色のポケギアを預けて、大体二、三メートル程度離れた位置まで移動するクリア。

 その様子を視認してからイエローもポケギアの向こうのブルーへと言葉を促した。

 イエローとクリアの距離、それだけ離れればポケギアからの声なんて聞こえないだろう。イエロー自身どんな話をブルーがするのか想像も出来ないが、態々クリアを離してまで話す事だ、それはきっとクリアに聞かれては些か不味い事なのだろう。

 そう考え、大人しくブルーの指示に従った直後、クリアが船の上から海へと視線を向けてる中、至極自然に何でも無い事の様にブルーは言う。

 

 

 

『うんまぁ単刀直入に聞くけどイエロー、ぶっちゃけクリアの事好きなんでしょ?』

「……へ?」

 

 まず最初に、ブルーが何を言ってるのかが理解出来なかった。次にその言葉の意味を理解した瞬間、彼女は手すりに身を任せ大海原を眺めるクリアへと視線を移し、今の会話を聞かれていない事を確認する。

 ――一先ず大丈夫の様だった。今彼は何やら海の向こう側にいる見た事が無い一匹の大きな青色のポケモンに夢中の様子だ。

 その事にとりあえず安堵し、そして慌てて空色のポケギアに向かってイエローは、

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいブルーさん! ボクは別にクリアの事をそんなす……と、特別になんて思って……」

『……ふーん、まぁそんな所よね……だからこそ、私は騙してでも貴女をクリアと合流させたのよ』

「だから……こそ?」

 

 顔が熱くなるのを感じて、思わず肩を小さくする。そして相変わらずクリアは、まるで子供の様な期待溢れる眼差しを大海原へと向けている為、そんなイエローの微妙な変化には気づいていない。

 

『えぇ、丁度良い機会じゃない、貴女が自分の本当の気持ちを確認する……ね?』

「本当の……」

『じゃあ頑張ってねイエロー、それと……もし本当にクリア(あの子)の事が本当に好きなのなら早めに行動する事……ボヤボヤしてると取られちゃうかもよ?』

「え、取られるってどういう……」

 

 最後に告げられたブルーの発言、その思いがけない言葉に何故か、胸の奥をチクリと針で刺された様な痛みをイエローは感じた。

 その痛みに戸惑いを見せつつも、すぐにイエローは"どういう意味"か、っと即座にブルーへと聞き返そうとするが――もう既に通話は終了したらしく規則的な電子音だけがイエローの耳には届く。

 

(取られるって、一体どういう意味なんだろう……取られる? クリアを? 一体誰に?……もしかしてブルーさん……)

 

 押し黙ったまま、先程のブルーの言葉だけがイエローの頭の中で反復される。

 彼女が告げた意味深な一言、その言葉はクリアとブルーに関係するもので、イエローには何の関係も無い事のはず。

 そのはず、そのはずなのだが、気づくとどこか怖い様な寂しい様な、そんなどうしようも無く言い表せない感情が自身の中で渦巻いているのを感じて、

 

「……そうだ、電話も終わった事だし早くクリアを呼ばなきゃ……」

 

 逃げる様に、彼女はそっとその感情に蓋をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁブルー、お前が最後に言ってた言葉、あれってどういう……」

 

 通話が終わって、ポケギアを自身のカバンの中へと直すブルー、そんな彼女に恐る恐るといった感じにレッドは声を掛けた。

 理由は簡単、今先程の彼女の発言、レッド自身も戸惑いを隠せないでいるその発言の為のもの。真偽の確認。

 そうして声を掛けられたブルーはレッドの方へと振り向いて、いつも通りの調子で言う。

 

「ん? あれならレッド、貴女も"ハナダのジムリーダーさん"から聞いてるんじゃない? コガネのジムリーダーとクリアの話」

「あ、あぁ! その事か!……なんだ俺はてっきり、お前の"取られる"ってお前がクリアの事をイエローから取っちまうって意味かと思ったよ」

「何よそれ、そんな事ある訳無いじゃない」

 

 呆れた様な表情を作るブルーと、頭の後ろに右手をやって乾いた笑いを浮かべるレッド。

 通話中のブルーの発言には確かに驚きはしたが、しかし今のブルーの態度と表情を見れば分かる、彼女の言葉に嘘偽りは無く、本当にクリアに対して特別な感情を持っている訳では無い様子だ。

 その事を確認し、自身の早とちりに少々の羞恥心を覚えるレッドだが、彼はその次の推測には思考を繋げられなかったらしくすぐに今の出来事を記憶の片隅に追いやる。どうやら今の彼の早とちりを出来るだけ早く忘れようとしている様だ。

 

(……確かに思い返せば今の私の言葉は……って事はイエローはもしかして……)

 

 だがしかし、そこはブルーも女の子だ。レッドの気づきに自身も納得し、そしてその先の推測へと到達する。

 今の自身の発言が、捉え方を間違えると"ブルーがクリアの事を特別に思っている"――と捉えてしまうという事に――そして、もしかしたら今頃、イエローも今のレッドの様な勘違いをしているかもしれないという事に気づくが、

 

「っま、いっか」

「ん、どうしたんだブルー?」

「……いいえ、何でも無いわよレッド、ちょっと面白そうな事になりそうだなーって思っただけで」

「面白そうって?」

「それはまぁ、後のお楽しみって所ね……それよりもほら、今日はグリーンのトキワジムへ行く予定でしょ? そろそろ出かけましょう」

「あ、あぁ!?……ってもうそんな時間か、急ごうブルー! 遅れたらグリーンになんて言われるか……!」

「えぇ、急ぎましょう!」

 

 それからすぐに彼と彼女はマサラタウンのオーキド研究所を飛び出した。

 向かう先はトキワシティ、そのジムリーダーにしてカントー図鑑所有者の一人である彼等の友、グリーンの下へと急ぐ。

 今のクリアとイエロー達とのやり取りをもう過去のものにして、だけどしっかりと含み笑いを残したまま、そしてブルーは自身のプリンへと飛び乗るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、終わったのかイエロー」

「うん、それとさクリア……やっぱりボクもホウエン地方へ行ってみたいんだけど……その、駄目かな?」

 

 言いながら彼へとポケギアを返して、あくまで通常通りに振舞う。

 先のブルーとのやり取りで彼女自身、ほんのりと自身の顔が熱を帯びて頬が赤くなるのを感じていた、だがその事をクリアに気づかれない様、最深の注意を払って彼へと近づいたのだが、

 

「うーん、別に駄目って訳じゃないけど……まっ、結局は同行人がレッドさんからイエローに変更になるってだけだし、俺は別に構わないよ」

 

 彼女の心配はどうやら杞憂に終わったらしく、目の前の少年は彼女の変化に全くと言っていい程気づいていなかった。

 ましてやこれから行われるのは男女の二人旅、多少はその事を気にしたり、少なからずの感情の波の変化があってもいい様なものだが、

 

「なんかさイエロー、こうしていると初めて会った時の事を思い出すよな、なんか懐かしい感じがする」

 

 そう言ったクリアは昔を懐かしむ様なはにかんだ笑顔を見せた。

 言われ思い返してみれば確かに、ほんの少しの間だが彼等は一度二人でカントーを旅した事があった。

 それはレッド失踪中の事、非常時であった為確かに今との温度差は激しく、旅の最中もよく離れ離れになっていたりもしたのだが、しかし二人一緒に旅していた事もまた事実。

 その所為だろう、特にクリアは、イエローと二人きりで旅行という事実に特別なものを見出してはいないらしい。あくまで普段通り、本当に友人が別の友人に代わった程度の感覚。

 

「あはは……そう、だね……別に、特別何かを気にする事も無いんだよね……うん、いつも通り」

 

 そんな本当にいつもと変わらぬ様子のクリアに若干拍子抜けしながらも、イエローもまた彼の言葉に賛同する。

 そう、今は別に――今だけはあまりゴチャゴチャと"何か"を考える必要等無いのだ。

 先程のブルーの意味深な発言や、彼女自身知らず知らずのうちに温めてきた感情に目を向けなくとも、今は彼と彼女だけの二人だけの空間。旅路。

 それはただの問題の先送りという事になり、いずれはきちんとした形で決着をつけなければいけない問題なのだが――しかし、今この瞬間、この旅路の間だけはそんな事を忘れて――、

 

 

 

「ホウエン地方、楽しみだな、イエロー!」

「……うん、クリア!」

 

 彼と彼女は、共に新たな地方へと足を踏み入れる。

 カントーとジョウト、彼等にとって特別なその二つの地方に一時の別れを告げて、そして、舞台はホウエン地方へと移る。

 

 




そろそろタグの恋愛?の"?"を外さないといけない気がしてきた。

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