トキワの森近辺の川辺に、クリアと麦藁帽の少年はいた。
麦藁帽の少年は川に釣り糸を垂らし、クリアはというとその近くでトキワシティのショップにて購入した棒についた飴玉を舐めている。
緑のTシャツの上から白の薄い長袖のシャツを羽織り、紺のカーゴパンツ、そして額にはゴーグルという格好でクリアはチラリと麦藁帽の少年の方へ目を見やった。
麦藁帽の少年はどこか眠そうに呑気に糸を垂らしたままである。
二人の傍ではピカとPが二匹で遊んでいるようだ。
こうして見ていると、この二人は本当にレッドを探す気があるのかと問いかけてみたくもなる。
「……なー、少年よ」
「? 何ですかクリアさん?」
「少年よ、お主名を何と言うのじゃ?」
「クリアさんその口調ワザとですよね?それと名前は言えません」
「……」
やっぱりか、とクリアは嘆息した。
この麦藁帽の少年といざ旅に出たはいいものの、この少年一向に正体を明かさないのである。
どこ出身の、どうしてレッドが行方不明になったのかを知ったのかも――まぁ正体自体はクリアも明かさないのだからお相子なのだが。
(それにしても名前位教えてくれてもいいんじゃないか?……いや俺も偽名だけどさ)
クリア自身その事についてこの麦藁帽の少年に正体の事では強く言えない為、今の今までこうして名前呼びは出来ていないのだ。
それで特別困る事も無い為、こうして問題無く続けて来れたが、だけど自分だけが(偽名だが)名前呼びされるのも何か癪になったのか、
「よし、少年、名前が呼べないのなら仕方無い、あだ名でも決めようか」
「……はい?まぁ別にいいですけど…」
「じゃー候補一、"ルフィ"理由はその麦藁帽子から」
「……すみません、訳が今一分からないです」
「そうか? じゃあ麦のんとか?」
「えーと、何か嫌な予感がするのでそれもいいです」
「じゃあ……むーむー?」
「今分かりました! クリアさん凄く適当につけてますよね!?」
思わず声を張り上げた麦藁帽の少年だったが、クリアのそれに悪意が無い事を悟ると「はぁ…」と一度だけため息を吐いた。
クリアと一緒に旅をしてまだ日は浅いが、それでも多少なりともクリアの事が麦藁帽の少年にも分かって来ていた。
まずクリアはよく口調が変化する、それは相手を選ぶし、感情によっても変わる。
丁寧な物腰で喋っていたかと思うと、急に粗暴な言葉遣いになってたりもする。
始めこそ麦藁帽の少年も驚いていたが、慣れればどうって事も無い、それがクリアという人物の特徴だと見過ごす事が出来る様になる――尤も、クリア自身もこの"無自覚な癖"を自覚しているらしく、面倒極まりないが、今みたいにわざと相手の口調を真似たり、
それとクリアを語る上で後一つ欠かせないのが彼のカリスマ性だ。
尤もそれはポケモンに対してのみ有効だが、彼は会ってすぐにピカと仲良くなってしまった、今までレッドや麦藁帽の少年位にしか懐いていなかったあのピカが――だ。
他にも野生のポケモンと衝突する事はほとんど無かったし、もし衝突してしまったとしてもトレーナー付きじゃない野生のポケモンならクリアはある程度は従えてしまうのだ。
ポケモンと"友達"という間柄を大切にする麦藁帽の少年とはまた別の接し方、ポケモン達の先頭に立って引っ張っていく素質、"導く者"オーキド博士は彼のこの才能をそう呼ぶ。
「なぁクリア」
そしてそんなクリアを呼ぶ声が聞こえ、クリアは声の方を振り向いた。
いたのはマサキ、ポケモン転送システムでゲーム内でも有名だった人物だ。
では何故このマサキと知り合いになっているのか、というと事故で川に落ちたマサキをクリアと麦藁帽の少年で助けたのがそもそもの原因だった。
と言っても、クリアが一声掛けるとマサキを襲っていたシードラは活動を止めて去っていっただけなのだが、どうしてそんな事が出来るのか聞かれてもクリアは、
『あぁ、聞き分けの良い奴で助かったよ』
で済ませてしまう為、マサキとしては何としてもこのクリアの力の正体を見破りたいと思っていたりもする。
で、マサキは今ようやく借りたタオルで髪等を拭き終えたので二人の下に歩み寄ってきたという訳だ。
「あんさんのあれ、やっぱ特別な能力なんやろ?そうでなきゃあのシードラが大人しく帰った理由が分からへんもん」
「知らねーよそんな事は、少年も特に追及して来なかったし別にいいじゃん」
「まぁそうなんやけど……」
正直クリア自身、どうして自分にそんな力があるのかなんて分からない。
ただ気づくと身に付いていたのだ、野生のポケモンと手持ちのポケモンと同等に接する事が出来るこの力を。
そしてそれを皮切りにマサキもそれ以降は聞いて来る事は無かった、彼もクリアが本当に何も知らないという事を彼の態度から感じ取った様だ。
「なぁ所でマサキはん」
「それはわいの口調を真似してるんかクリア?」
「そんな事どうでもええねん、そんな事よりほれ、少年……いつの間にか寝てはるやろ?」
クリアが言う通り、いつの間にか麦藁帽の少年は昼寝タイムに入っていた。ご丁寧に竿まで片付けている。
「あぁ、だからなんや?」
「俺っちさぁ、あの麦わら帽子の下、まだ見た事無いざますのよ?」
「クリアその口調疲れへん?」
「だからちょろ~っとだけ……拝見させて貰おうぜぇぇぇヒャッハァー!」
「どうしてそんなテンション高いんやクリア?」
呆れながらクリアの奇行を眺めるマサキ、どうやら彼はクリアの考えには賛同しかねるらしい。
それならそれでいいと、クリアは寝ている麦藁帽の少年へと近づいて、
「むにゃ……む、あれ……?」
帽子へと手を伸ばそうとしたクリアと、その気配を感じてかはたまた偶然か、目を覚ました麦藁帽の少年と目があった。
「……」
「……」
麦藁帽の少年が起きるとは思っていなかったのだろう、突然のハプニングにクリアは固まる。少年も固まる。
「……な」
「な?」
「何してるんですかクリアさん!?」
「ビンタッ!?」
力一杯振るわれた麦藁帽の少年の右手がクリアの左頬を捉えた。
バチーンッ!と気持ちが良い程綺麗に決まり、麦藁帽の少年は赤面のまま思わず立ち上がっていた。
「お、親父にも……」
「……で、ク、クリアさんは一体何をしようとしてたんですか?」
「ぶ、ぶたれた事……あ、やっぱあったわ」
「ごまかさないでください」
「……はい」
あまりの迫力に思わずたじろいでしまうクリア、一方の麦藁帽の少年はジト目でクリアに詰め寄る。
「いやぁ、ちょっとその麦わら帽子の中を拝見しよっかなー的な?」
「え!?」
ニヘラと笑って麦藁帽の少年の麦わら帽子を指差してクリアが笑う。
麦藁帽の少年はそんなクリアの仕草に咄嗟に帽子をかばう様に手で押さえた。
「なぁー少年、なーんか寝る時もご飯食べる時もその帽子被ってるけどさ……中に何か見られたく無いものでもあるの?」
「っう……」
ギクリと肩を震わせる麦藁帽の少年の態度に、クリアの中の嗜虐心が刺激される。
「なーんでかなーなーんでかなー? なーんで君はそんなに必死に帽子を押さえてるのかなー?」
「うっ、こ、この帽子の事はあきらめてください!」
「そぉ言われると、見たくなるのが人間心!」
「ひやっ!?」
とうとうクリアの手が麦わら帽子を掴んだ。
「やっ、離して!」
「だが断る!」
目尻に小さな涙を溜めて懇願する少年だが、むしろクリアはその姿すら楽しんでる様に見える。
あぁ俺ってばこんな趣味もあったんだなぁ、とどこか遠い所から自身の蛮行を自己分析するクリアだが、その蛮行を止める気配は到底見えない。
「や、だ!」
「良いではないかー良いでは無いかー」
傍目に見ればただの漫才だが、麦藁帽の少年の方は本気で嫌がっている。
クリアが腕に込める力は除々に強まってゆく。
「お、おいクリア、その子も嫌がってるようやしもうその辺で……」
なのでマサキが二人の間に仲裁に入ろうとし、ピカに至っては電気袋に電気を溜め始め、Pはやれやれといった感じに両手を挙げていた。
――その時だった。
「危ねぇ!」
叫んで、クリアは麦わら帽子から手を離すとすぐにマサキと麦藁帽の少年を庇う様に押し倒す。
次いで虹色に光る光線が三人がいた付近に直撃する。
「な、何が?」
麦藁帽の少年が呟き気味に体を起こしてその場所を見る。
そこにあったのは氷の世界、光線が当たった場所は完全に凍りきっていた。
(このパワーと、明らかに俺達に向けての攻撃、いや挑発か?…となるとこれは……)
敵襲。
そう判断したクリアはすぐに動く。
まず初めに、クリアはポケモンバトルでは負けなしだった。
特訓の成果か電気技が使えなくてもPは十分強かったし、Vもそれに負けてない、そしてエースはその二匹の倍は強かった。
が、それでもやはりレベル差はあるし、百戦やって百勝出来る者等そうそういない。
勿論、クリアの様な田舎で時たま表れるトレーナーと戦う程度の様な初心者等論外である。
――では何故負け知らずなのか?それは――、
「三十六系逃げるに如かずってねぃ!逃げるぞ二人共!」
「ちょ、クリアさん!?」
「クリア!?」
突然の逃亡宣言に麦藁帽の少年とマサキは目を丸くして驚く、がクリアからしてみればむしろそんな二人の態度の方が不思議だった。
(今の"オーロラビーム"で分かるがこの攻撃の主、滅茶苦茶強ぇじゃねぇか畜生!そんな相手とまともにやって勝てる訳ねぇよ!)
心中そう呟いて二人を連れて急いで逃げようとする――が、
「あら、どこへ逃げようというのかしら?」
「ッチ!」
どこからか聞こえてきた声にクリアは小さく舌打ちする。
直後、今度は激しい寒風がクリア達を襲った。
今の寒風は十中八九"ふぶき"攻撃だ、クリアがそう判断する前に"ふぶき"はピカとPへと直撃し、二匹の体力を奪う。
「……戻れP!」
すかさずクリアはPをモンスターボールに戻した。
まだPには余力は残っていた――が、クリアからしてみれば、相手のポケモンとの力量差から考えて今のPじゃ太刀打ち出来ない――つまり足手まといと考えての事だ。
「おい麦わら! テメェも早くピカ戻しやがれ!」
「それは許さないわ!」
クリアの声に答えたのは麦藁帽の少年では無く相手の方、しかし今度こそ声の発せられている場所が分かりクリアは視線を上へと上げる。
同時に吹雪が止み、凍りついた森の中で顔を上げたクリア達の視線の先には一人の女性がいた。その傍らにはポケモン"ジュゴン"の姿も見える。
メガネをかけた年上の女性で、その表情は氷の様にも思えた。
「どこの誰かは知らないが、どうやらピカが狙いの様だな」
「えぇそうよ、あまり手は煩らいたくないの、よければ貴方の手から渡して貰えないかしら」
「だが断る!……あ、やべつい反射的に」
「そ、まぁ当然そう言うと思ってたわ」
「いやちょっとお姉さん? え、マジで戦う感じ?マジで?」
「ふふっ、見せてあげるわ!"四天王"カンナの
「出来りゃあノーセンキューでお願いしますよガチで!」
そうは言ってもバトルは始まってしまった。
カンナと名乗った女性は自身のジュゴンの背に乗って崖からクリア達の方へ、氷のレーンを伝って滑り降りて来る。
(なるほどさっきの氷の攻撃は威嚇では無くこの
クリアにしては珍しく、焦りながら自身にツッコミを入れて対策を練る事にする――が、上手く考えが纏まらなかった。
(つーかどういう事だよ四天王って! なんで最初からクライマックスなんだよマジふざけんなよ! ゲームの最終ボス共の一人じゃねぇか!)
そう、クリアがいた世界でのポケットモンスターというゲームにおける一先ずのゴールの様な存在。
バッジ八つ集めてようやく苦戦出来るというレベルの相手が今まさに全力で挑んで来ようとしているのだ、手持ち三体バッジ0、おまけに
「クリアさん!」
内心焦りまくりのクリアだったが、麦藁帽の少年の言葉にハッとする。
「……少年」
「来ますよクリアさん! ドドすけ!」
そして麦藁帽の少年がドードーを繰り出した。
「バッ! そんなポケモンでどうしようと……」
「こうします!」
麦藁帽の少年が予め命じていたのだろう、ドドすけと呼ばれたドードーは周囲の氷の一部をその
その合図を切欠に、ドドすけが削り取った氷の塊を防壁の様にクリア達とカンナとの間に押し上げる。
「くっ、無駄よ!」
だがその防壁はすぐにカンナのジュゴンによって砕かれる。
そしてカンナはその下にいるはずのクリア達を見定めようとするが、
「……消えた、か」
そこにはもう、クリア達の姿は無かったのだった。
「全く、今日はなんちゅう日や!?」
先程までクリア達がいた川辺よりそう遠くない洞窟の中にクリア達は非難していた。
中ではマサキが肩で息をしながら真っ青な顔でそう呟き、麦藁帽の少年とマサキが自然の流れで先程のカンナの強襲はレッドへの挑戦状が四天王からのものだったと推測する。
そして直後、麦藁帽の少年がピカを抱き寄せたと思うと、先の戦いで負ったピカの傷が見る見るうちに回復していった。
その様子にマサキは唖然とする。
「な、今の!?……き、君は……」
「まだ説明していませんでしたけど、ボク達はレッドさんを探す役目をオーキド博士から言い付かってきたんです」
先の現象の事については一切触れず、とりあえずの正体だけ麦藁帽の少年はマサキにそう説明した。
その説明でマサキも何故レッドのピカがこの場にいて、この麦藁帽の少年と一緒にいるのかを理解した様子だった。
「……クリアさん?」
そこでふと麦藁帽の少年は先程から全くの無言を決め込んでいるクリアへと声を掛けた。
彼等がクリアとこの洞窟までたどり着くまでも、たどり着いてからも彼は終始無言だった。
その様子にどこか心配した様に麦藁帽の少年は、
「どうしました? まさかさっきの時にどこか怪我して!?」
「………いや、大丈夫」
きちんと返事をして、見た所怪我も無かった様なので麦藁帽の少年は一先ず安堵する。
「それと……さっきはすまなかった」
「え? えぇと、帽子を盗ろうとした事なら別にもういいですけど?」
そう答えた麦藁帽の少年に、フッと笑みを浮かべてクリアは答えた。
普段からコロコロと表情を変えるクリアだったが、今の様な冷たい表情を麦藁帽の少年は一度も見た事が無かった、だからこそ彼は彼の事を余計に心配に思うのだろう。
「……な、なぁそんな事より、なんか聞こえへんか?」
マサキの言葉に麦藁帽の少年も周囲へと警戒の眼を向ける。
クリアも無言のままだが別方向へと視線を向けた。
三人が無言になってみると、確かに何か不自然な音が洞窟内に響いていた。
まるで工事現場にでもいる様な地響き、そして次の瞬間、
「のわッ!?」
マサキが飛び退き、直後先程までマサキがいた場所に大きめの
麦藁帽の少年とマサキはそれを敵からの攻撃、そして自身達の居場所がすでに割れていると感じ取って洞窟外へ逃げようと試みるが、
「で、出口!……ふ、ふせがれた…!?」
恐らくカンナの手によって攻撃が加えられたのだろう。
いくつもの氷の塊によって洞窟はほぼ完全に密閉される。
オマケに、カンナの氷ポケモンの攻撃の影響か洞窟内に次第に冷気が漂い始める。
「寒っ、な、なぁいつまでもこんな所おれへんやろ、さっきのドードーのパワーであの入り口の氷を突き破る事は出けへんやろうか?」
「出来るでしょうね、でも恐らく……出た途端さっきのミサイルで狙い撃ちされます」
「っな、じゃ、じゃあどうすればいいんやぁ~!?」
洞窟内に入れば冷気で駄目になるか、もしくはカンナによって洞窟を破壊され生き埋めにされるかもしれない。
しかし入り口から氷を砕いて出てしまえば途端にミサイルの餌食にされる。
まさに八方塞なこの状況で、クリアは一人地面に向かってぶつぶつと呟いていた。
「……お、おいクリア、お前も一緒に対策を考え……」
「……対策なら、考えた」
「なんやて!?」
「え!?」
平然とした様子でそう答えたクリアに麦藁帽の少年もマサキも驚きを隠せずにいる。
そんな二人を気にする様子も無く、クリアは一体のポケモンをボールから出す。
「……リザード」
出てくるのは色違いのリザード、荒々しい尻尾の炎と気難しい性格のクリアの手持ちポケモンの中で一番の強さのポケモンだ。
「っな!? こ、このリザード色が違うで!」
「うん、クリアさんのリザードは色違いのリザードなんだよ」
驚くマサキに麦藁帽の少年がそう説明した。
普段のマサキならここは是が非でもリザードに飛びつきたい気持ちなのだろうが、今は非常時、どうにか衝動を押さえ込む。
「……よし、二人共、少し下がって」
「な、何する気ですか?」
「……氷を壊す」
「わ、わい等の話聞いてたのかクリア!? 今入り口から出ればミサイルの餌食やで!」
「……聞いてたよ、リザード"ひのこ"」
マサキの制止も聞かず、クリアはリザードに命令を出し、リザードも命令を実行する。
リザードの"ひのこ"は見事氷の塊に当たり、氷を瞬時に溶かし水蒸気を作り出す。
「水蒸気? いや、でもそれあんま意味無いやろ?」
マサキの言う通りだ。いくら水蒸気を作ったからって、入り口は一つしか無い、水蒸気の中から出た瞬間、そこにあるのはやはり死だ。
その事はクリアには分かっていた、水蒸気なんて何の意味も無い、ただの作戦の副産物に過ぎない。
クリアは一人、その水蒸気の中へと歩を進めた。
「入り口の氷を壊してきたのね、でも残念、姿が見えたその時この"れいとうビーム"と"とげキャノン"の合わせ技で葬ってあげるわ」
呟くカンナだが、一向に誰も洞窟から姿を見せなかった。
不審の思うカンナだったが、その絶好の射程場所から迂闊に動く事も出来ず、仕方なく成行きを眺める。
やがて水蒸気が晴れ、そこには一人の少年、クリアのみが立っていた。
「……あんたの負けだ、四天王のカンナ」
水蒸気が晴れ姿を見せて早々、クリアはそう彼女に宣言する。
「……ふ、フハハハハ! 何を言ってるのかしら貴方は? 今この状況で私の負けですって?」
「……あぁそうだ、今すぐ降参しろ」
「何を根拠に! パルシェン、ジュゴン!」
「根拠ならアンタの足元だ!」
急に声を張り上げたクリアに一瞬だけ気押されて、カンナはゆっくりと足元を見る。
「何!?」
同時に驚きの声を上げる。
そこにあったのは二つのモンスターボール、そして、
「ディグダ!?」
そう、二匹の野生のディグダがいつの間にかカンナの足元にいたのだ。
そしてボールの開閉スイッチが地面の凸凹部分に偶然、否そうなる様に仕向けられたボールは開き、中から二匹のポケモン、クリアのPとVの二匹を外に出す。
パルシェンとジュゴンもかなりの
それもゼロ距離で、例えるなら人質の喉下にナイフを突きつけられた状況である。
「……い、いつの間に」
「ついさっき、そのディグダ達に俺のモンスターボールを運んでもらったんだ」
何でも無い事の様に言うクリア、その後ろからはゆっくりとマサキと麦藁帽の少年が洞窟から出てくる。
「クッ!」
「おっと動くなよ、もうその二匹には命令している、もし何か妙な素振りをすればすかさず"スピードスター"と"10まんボルト"を撃つように、ってな」
「……え?」
麦藁帽の少年が驚くのも無理は無い、クリアのPは電気技が使えないピカチュウでイーブイに至ってはまだスピードスターを覚えていないのだ。
その事を知ってる麦藁帽の少年は横目でクリアへと目配せする、するとクリアはその視線に微笑で返す。
(クリアさんのPが電気技を使える様になったなんてボクは聞いてない……となると、まさかフェイク!?)
麦藁帽の少年は思わず身震いした。
一歩間違えれば一発で敵に逆転される様な状況、確かに相手はピカの情報は持っていてもそれを連れてるトレーナーの情報、ましてその手持ちポケモンの情報まで事前に調べてくるという確証は無い。
――だけど裏を返せばその可能性もあったという事だ、にも関わらずクリアは存在しない刃を相手の喉下に突き立てる様な暴挙に出た、自信に満ちた表情と共に。
その強靭なメンタルの強さに麦藁帽の少年は思わず身震いしたのだ。
「ふふ、予想外だったわね、まさか貴方の様なトレーナーがいるなんて」
「……」
「所でさっきのディグダ達、いつの間にか姿が見えなくなったけどどこにいったのかしら?貴方の下に帰ってる様子も無いし」
「……あれは野生のポケモンだったから、多分住処に帰ったんだろ」
「なんですって? だったらあのディグダは野生のポケモンで、貴方はそのディグダ達を自分のポケモンの様に操ったというの?」
「……操ってなんていない、少し手伝って貰っただけだ」
「……そう、何にしろ
興味深そうにカンナがクリアを見る。
当然だろう、ゲットなんてせずに野生のポケモンを手持ち同然に扱ったのだ、そうなるとこのクリアという少年には手持ちポケモン野生ポケモンという概念が非常に曖昧だという事が分かる。
――ゲットせずとも自分の手持ちポケモンの様に野生ポケモンを扱う術――順当にクリアのこの力が成長すれば、それはきっとカンナ達四天王にとって脅威となる。
それに加えて、
「そう言えばそこのレッドのピカチュウ、結構なダメージを与えたはずだけど回復してるわね、何か道具でも使ったのかしら?それともそれも貴方の力?」
「……さぁ? 気づいたら回復してた」
この言葉には思わず麦藁帽の少年とマサキもずっこける。
「く、クリア!? 君は洞窟の中で一体何を見てたんや!?」
「……ディグダ?」
「か、完全にボク達の事は眼中に無かったんだねクリアさん…」
「ボク達……って事は治したのは少年達か?」
「ちゃうちゃう、治したのはこの麦わら君や! なんか触った瞬間ポワ~って感じに!」
「そうか……それはそうとその情報、カンナにも丸聞こえなはずだけど良かったのか?」
「……ってうわぁぁぁ!?しまったぁー!?」
声量調節を全くしていなかったマサキ、失敗したと焦るがもう遅い。
「……そう、その少年も何か不思議な力を持ってるのね」
麦藁帽の少年にカンナが視線を送り、少年もまたカンナに視線を返す。
「……まぁ別にいい、どの道あいつはここで始末する」
「え!?」
平気でそう言ったクリアの言葉に麦藁帽の少年が反応する。
「な、何もそこまでしなくても……」
「……甘い、四天王というからには後三人も奴みたいな奴がいる、それに敵は今も後にも少ない方がいい」
あくまでも冷静にそう言い放つクリアに、麦藁帽の少年とマサキは思わず息を呑む。
「ふふ、冷酷なのね貴方、以外と氷タイプに向いてるんじゃない?」
「……余計なお世話だ……もういいか?」
無駄話は終わった、そう言いたげにクリアは次の命令を口に出そうとする。
別に電気技じゃなくてもいい、PとVの物理攻撃でカンナの体を崖より下に突き落とせばいいだけの事なのだ。
「待って、最後に一つ聞かせてくれないかしら、貴方達の名前を」
貴方――達、それは恐らくカンナは麦藁帽の少年にも聞いている。
「……俺は、クリアだ」
「……ボクは……」
そこで麦藁帽の少年は口を噤む。
ここまで頑なに言わないできた名、一体そこにどんな理由があるのか、クリアもマサキもあえて聞かなかった。
きっと今回も言わないだろう、そう判断してクリアは、
「……こ」
「トキワグローブ……!」
最後の一言を命令しようとした瞬間、ついに麦藁帽の少年がその名を口にした。
「ボクは、イエロー・デ・トキワグローブ!」
イエロー・デ・トキワグローブ――イエローとう名を。
その告白に一瞬だけ、辺りは静まり返る。
その一瞬だけ、クリアは先程から続いていたまるで氷の様な表情を解いて彼、イエローを見つめた。
――が、それも一瞬、
「……じゃあ、四天王カンナ、もう覚悟は出来たな?」
再び元の氷の仮面を被ってクリアは言う。
「待ってクリアさ……!」
その質問に対して、カンナは非常にシンプルな回答を持って答えた。
「……えぇ、だけど覚悟が必要なのは……」
「……?」
「貴方の方よ!」
「ッ!?」
カンナが叫んだ瞬間、クリアの体が宙に浮く。
カンナの回答はただ一つの真実、反撃、むしろ"今からそうなるのはお前だ"という意思の表れ。
「……これは、サイコキネシス……でも一体どこから?」
「っ! あれや!!」
宙に浮きながらも周囲を見回すクリアにマサキが言う、クリアもマサキが指差した方向を視認し、ようやく状況を理解する。
そこにいたのは一匹のヤドランだった、自信の存在が気づかれた事に気づくと、ヤドランはそのままサイコキネシスで浮かべたクリアを――、
「っ……っが!?」
「クリア!?」
「クリアさん!?」
勢いよく地面へと叩きつける。
肺から一気に酸素が抜け一時的に呼吸困難になり、また打ち付けた背中に激痛を感じる。
それと同時に、
「それとこのポケモン達も、返してあげるわ!」
カンナの声が聞こえたと思った瞬間、クリアのPとVが崖から落ちてくる。
「P! V!」
そしてそれを受け止めるイエロー。
どうやらクリアがやられた事に気を取られた一瞬の隙をつかれたらしい、その背中にはカンナの氷ポケモンの攻撃をモロに受けた痕がある。
「あのヤドランはカンナの……でもいつの間に!?」
「最初からよ、私は仮にも四天王よ?」
マサキの疑問に当たり前だと言う風に答えるカンナ、つまりは不測の事態にも備えて最初からヤドランを近場に待機させていた、ただそれだけの事。
そしてそのヤドランがクリアに攻撃出来るまでの時間稼ぎとして、カンナはわざと会話を長引かせていたのだ。
「…っ、ドドすけ! クリアさんとPとVを安全な所へ!」
再びカンナがジュゴンに乗ってやって来る、更にその後ろにはパルシェン、ヤドランに至っては確実にイエロー達は射程距離内にいた。
だからこそ、ヤドランのサイコキネシスをモロに受けたクリア、カンナの氷ポケモンの不意打ちで傷ついたPとV、一人と二人の身を案じて唯一の移動手段たるドードーを手放そうとするイエロー――しかし、
「……リザァァドォ! "ひのこぉぉ"!!」
かろうじて意識が残っていたのだろう、先程までの冷めた態度とは正反対に、力の限りクリアは叫んだ。
次の瞬間、リザードの口から放たれた"ひのこ"が周囲の、カンナが先程まで洞窟内にいたクリア達を追い詰める為に気温を下げ、凍らせていた周囲の全てへと炎を振りまいた。
そして再び、大量の水蒸気がカンナの視界を包む。
「っく、二度も同じ手が通用すると思わない事ね!パルシェン、"とげキャノン"! ジュゴンは"れいとうビーム"!」
ある一点を狙ってカンナはパルシェンの"とげキャノン"にジュゴンの"れいとうビーム"のコーティングという合体技を放つ。
その一点とは水蒸気が視界を覆う直前に見えた場所、余力を使い果たしたクリアが倒れたと思われる場所――。
(ピカに……イエローとクリア! そして今追加された標的の中で最も重要視しなければいけないのは、クリア! 彼の能力は、私達四天王の目的の邪魔になる!)
最悪ピカとイエローにはこの場で逃げられても構わない、それ位の気持ちでカンナは"とげキャノン"を撃った。
クリアの野生のポケモンすらも手玉に取る能力、それを危険視したカンナの判断は概ね正しい――イエローのもう一つの能力を知らなければ、の話だが。
ここでカンナが犯した間違いの一つ、それはイエローにはポケモンを"癒す力"の他にポケモンの"記憶や心を知る"能力も持っていたのだ――だからこそ、ここでカンナはクリアを無視してでもピカ、もしくはイエローを狙うべきだった。
そうしなければ、"レッド対四天王"の記憶をイエローに読み取られるのは時間の問題となり、それは四天王達にとってもマイナスとなる。
そして、最大の間違い、それは――、
「……なんですって?……避けきったっていうの?あの"冷凍とげキャノン"の雨を……?」
水蒸気が晴れた時、そこにはカンナの行った攻撃の跡がむざむざと残っていた。
"とげキャノン"と"れいとうビーム"の合わせ技による攻撃だ、その威力はかなりのものとなる――が、そこにあるはずの倒れたクリアの姿等何処にも無かったのだ――。
カンナの犯した最大の間違い――ーそれはクリアに対しての過小評価そのものだったのだ。
「……はぁ、はぁ、上手く、逃げ…切れたか?」
「っ! 気づきましたか!? クリアさん! クリアさん!?」
「は、はは……うるさいよ、少年……」
「あまり喋らない方がええでクリア……なんせあの四天王のヤドランの一撃を受けたんやからな」
走るドードーの上に、三人と一匹はいた。
クリアとマサキとイエロー、そしてピカ、流石に三人は定員オーバーなのかドドすけもかなり疲弊が早い様子で、しかし走る足は止めない。
何故彼等がどうやってカンナの攻撃から逃れられたのか――、それはあの攻撃の瞬間、パルシェンの"とげキャノン"が見えた瞬間、クリアは逃げずにむしろ仲間達を全て自分の周りへと集めたのだ。
水蒸気のお陰でクリアの行動はカンナには見えていなかった、だからクリアの不審な行動をカンナは見逃したのだ、そしてイエローとマサキとピカを周囲に集め、ポケモンを全てボールへと戻したクリアはあの時、笑いながら"背中に隠してた"ポケモンを彼等に見せたのだ。
「でもまさか、あの土壇場でケーシィなんて隠し持ってたなんてなぁ~、カンナの攻撃から逃げもせず、むしろわいら全員集めた時は道連れにでもされるのかと思うたで~」
やれやれといった感じのマサキだが、実際肝が冷えたのは確かだろう、ケーシィは一日十八時間は眠るポケモン、いくらクリアの能力がポケモンに手助けして貰う能力だとしても、そこはやはり強制力が落ちてしまう。
が、しかしケーシィの図鑑の説明文にはこうもある、『眠ったままでも周りの様子を察知し、敵が近づけば"テレポート"で逃げる』――と、その能力の可能性にクリアは賭けた、そして成功したのだ。
クリアが攻撃地点に仲間を集めたのもその為、リザードの攻撃の際にたまたまテレポートして来たケーシィを捕まえて、そして全員一緒に逃げる為の算段をクリアはあの一瞬でやってのけたのだ。
「それはそうと、あのケーシィはどこにいったんや?」
「……どこかに、また…テレポートしたんでしょ、きっと……」
「なんにしても運が良かったっちゅー事やな!」
「……クリアさん?」
息も絶え絶えの様子のクリア、当然だ、ヤドランのサイコキネシスをその身に受けたのだから。
だがしかし、イエローは気づいた。その様子が少しばかりおかしい事に――予想以上に苦しんでいるクリアの姿に。
「それはそうとここはどこやろ?」
「それは……多分、タマムシ……」
「…クリアさん!?」
崩れ、ドドすけの背から落ちそうになったクリアを、イエローは間一髪で受け止め支える。
そしてクリアの体を支えた瞬間、ぬめりとした感触に違和感を覚えたイエローはその手についた赤い液体を確認し、絶句する。
「なっ、どうしたんやクリア!?やっぱヤドランの攻撃が……」
「……いや」
「……イエロー? どうしたんやイエロー? クリアはどうして……」
「いやだ! クリアさん! クリアさん!」
マサキの問い掛けを無視して涙目になりながら、震えながらイエローはクリアを呼ぶ。
その尋常ならざる様子にようやく異変に気づいたマサキはイエローの手元へと目をやって、
「っな!? なんやその血は!?……ま、まさかそれクリアの!?」
その時、クリアの腕がダラリと垂れた。
その腕によって隠されてた、一本の氷付き"とげキャノン"、恐らく大きさからして砕けた破片の一部だろう、ケーシィがテレポートするまでの僅かな時間の間、地面に着弾し砕けた欠片がクリアの体を貫いたのだ。
元の大きさよりも小さな欠片だが、それでも十分過ぎる程の凶器と化す、クリアの額から嫌な汗が噴出し始める。
「は、早く病院に連れていくんや! イエロー!」
「クリアさん! クリアさん!」
「イエロー!!」
「っ!……マサキさん……」
マサキの呼びかけにようやくイエローが我を取り戻す。
そして振り返ったその顔には、大粒の涙が浮かんでいた。
「ボクの、ボクの所為だ……ボクがクリアさんを止めたから、止めたりなんかしたから…だからクリアさんがこんな目に……」
「そういうのは後や後! いいから今は今すぐクリアを病院に連れていくんや!幸い場所はわいが知ってる、まずはそれからや!」
「……はい……はい!」
あふれ出る涙をグッと堪えて、再びイエローは前を向いた。
クリアはマサキが支え、ドドすけは走るスピードを速める。
そして三人は、ゲートを全速力で突っ切って、タマムシシティへと入っていくのだった。
「油断したわ」
所変わって、その頃セキエイ高原のとある場所にて一人の老婆が"円形の石で出来た何か"を磨いていた。
そんな老婆の下へ通信を入れている人物は、つい先程までクリア達と死闘を繰り広げていた人物、カンナ。
「標的はピカだけじゃない、そのピカを連れてるイエローというトレーナー……そして野生のポケモンを従える能力を持つクリアという少年よ!」
「何? 野生のポケモンを従える能力じゃと!?」
「えぇ、今はまだ簡単なお願い程度を叶えて貰う程度なんでしょうけど、もしその能力が強まれば……」
「捕まえずともポケモンを意のままに操る事が出来るという訳か……フェフェフェ、それはさぞかしワタルに聞かせてみたい話じゃのう」
「……きっと激昂するわね、彼」
「アタシもそう思うがね……でも考えようによってはその能力、アタシらの目的に利用出来と思うがね?」
「……私もそう思うわ、だけど私達の理想からは大きく外れたものよ」
「……まぁそこの所はワタルに任せようじゃないか」
「……それもそうね、まずは逃げた奴等を追わなきゃいけないわね」
そうして四天王のカンナと、同じく四天王のキクコの通信は切れるのであった。
これで負傷したクリアは益々四天王に狙われる事となった――だが不幸中の幸いに、まだ全ての能力が割れていないイエローには、ピカやその癒しの能力の為追撃の手は止まないもののクリア程の猛攻は無いとも捉えられる。
クリアとイエロー、彼等の旅は、まだまだ始まったばかりだ。
……長い、そして一気にシリアスになりやがった……。
という訳でマンボーです。早速主人公に対して批評があったのですが、主人公の性格や口調が変わりまくるのは仕様です、その内多分安定すると思います、多分。長い目で見守ってやってください。
マサキがかっこ良く見えるのは俺だけだろうか。