ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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今回の話はジョウト編のリバウンドだと思います。加減はしたつもりです。


四十話『船内デート』

 

 その船でジョウトからホウエンまでは大体約一日の距離があった。

 前日の昼頃ジョウトのアサギ港を出発して、目的地であるホウエン地方の港町カイナシティに着くのは大体翌日の日が昇って数時間が経過した頃、その間乗船客達は各々好きに自由時間を楽しむのである。

 船内にはゲームセンターから映画館、レストランといったものから船内プール等の様なものまで多種多様な施設が用意されており、多額の資金が投入されている事が目に見えて明らかである。

 本来ならば、これだけの施設と設備が整った船に乗船するとなると相応の元手が必要となるだろう。とてもじゃないがその辺りを普通に歩いている様な一般人等には乗船出来る様なものでは無い。

 そんな本来上流階級を相手として計画、設計、運用されているこの船なのだが今現在、この船内に無数に存在するレストランの内の一つで、小さなどよめきが起こっていた。

 

「ねぇクリア?……何かボク達、凄く目立ってる気がするんだけど……」

「き、気にするなイエロー、気にしたら負けだ……!」

 

 高級そうな、というか恐らく本当に高級ブランド品なのだろうスーツやドレスに身を包んだ男女総勢八人程、いくつかの空席を残して椅子に座り出された料理へと手をつける彼等だが、その視線は僅かながらある一点へと集中していた。

 視線の先、そこにいたのは一組の若い男女のペア。寝癖かそれともわざとなのか判断し辛い横に跳ねた黒髪の少年と、麦ら藁帽子の一見少年の様な少女――そう、どう考えてもこの場に相応しくないであろう格好の二人の少年少女に、上流階級の人々の眼は釘付けとなっているのだ。

 口数を減らし、なるべく肩身を狭くして黙々と料理を口へと運ぶ(クリア)彼女(イエロー)だが、時折チラリと流し目で見つめてくる視線に気づかない訳が無い。今まで食べた事も無い様な絶品とも言える料理の数々を堪能するのだが、味は全く舌を伝わず頭に入ってこず、今彼等にあるのはただひたすらに、その場から退散したいという願望唯一つである。

 

「うぅ、美味しい、美味しいはずなのに味が全く分からないよ……」

「"無"だイエロー、心を"無"にして食すんだ! なぁにそうすりゃあ周囲の目なんですぐに気にならなく……ならない」

 

 金属同士が触れ合う音だけが静かなレストラン内に響く。同時にクリアとイエローの精神的ストレスも積もっていく。

 しかしそれも仕方無いのだろう、唯でさえこんな場所では目立つ風貌の彼と彼女、四天王事件の頃からさほど変わらない至ってラフな格好を好むクリアと、オレンジの上着に灰のジーンズ、加えて乗馬用の様なブーツといった格好のイエローだ、更に加えて、イエローは常に携帯している木の釣竿を今日も勿論の様に持ってきていたりする、これで目立つなという方が無理というものだろう。

 

 

 

 それから約数十分間、周囲の好奇の眼に晒されつつ、彼と彼女は同時に食事を終わらせると急ぎ逃げる様にレストランから出た。

 時刻は午後二時を回った頃、肩身が狭い思いをしてまでもどうにか昼食を済ませ、彼と彼女は当ても無く廊下を歩いていた。

 彼クリアは、チョウジジムのジムリーダーであり、ポケモン研究の権威と言われるオーキド博士からポケモン図鑑を託された図鑑所有者。それと同時に、実はこの世界とは違う別のどこかの世界の元住民であったりもする少年。

 彼女イエローは、一時的にだが一度は図鑑所有者になった人物であり、十年に一度生まれるというトキワの森の力を持った少女でもある。その力により彼女は一切の道具も使わずにポケモンの回復、気持ちの理解といった芸当をこなしてみせる事が出来る、が代償として相応の眠気に襲われるのがたまに傷でもある。よくよく考えれば能力を使わずとも彼女は常日頃からよく寝ているが。

 

 そんな少年少女の二人が何故この船にいるのか、それは率直に旅行の為、ホウエン旅行の為だ。

 唯でさえ忙しい警官業にも励むキキョウジムのジムリーダー"ハヤト"が署内のビンゴ大会で見事に当選した豪華客船の無料パス、明らかに使う機会の無い様なものが景品になってる辺り、一体どれ程の金銭がこの嫌がらせの為に消えているのかは定かでは無いが、何はともあれその嫌がらせの道具はクリアという仕事中毒(ワーカーホリック)なりかけの少年の為有効活用される事となった。

 普段から挑戦者相手に無双し、絶対にバッジを渡さないジムリーダーとして一般トレーナーの間で割りと有名になりかけているクリアだ。その為今頃は、そんな一般トレーナー達からの苦情を受けたポケモン協会が派遣した臨時ジムリーダーがジムリーダー不在のチョウジジムで臨時ジム戦を行い、相応のトレーナーにはバッジを渡しているのだが、あえてその事情は当たり前だがクリアには伏せられている。

 そして、そんな事露程も知らないクリアの横を歩く少女、イエローは"とある少女"の策略の元今クリアと一緒にいるのだが、

 

「あ、クリア! ゲームセンターだって、ゲームセンター!」

「そうだな暇だし入ってみるか……ってか意外、まさかイエローがゲームセンターに興味を示すなんて」

 

 予定とは違う展開、それも男女の二人旅という事もあり、何だかんだで最初こそ不安も大きかったものの、今となってはそれも過去の話。彼女もまた今の船上内の施設を満喫していた。

 尤も、同行人が特に気兼ねなく振舞っているクリアという事も手伝っているのだが、同時に彼女は元々結構マイペースな性格だったりする、なので一旦自身のペースさえ取り戻せば最早いつもの調子に戻ったも同然なのである。

 そうしてクリアとイエローの両名は勇み足でゲームセンターへと入り――ものの五秒で引き返して来た。

 

「……で、"初めて"の感想は?」

「……み、耳がおかしくなっちゃいそう……」

 

 入ってすぐ、というか扉を開けた瞬間から聞こえて来たのは様々なゲームのBGMの数々、折り重なって生まれる奇跡の騒音(ハーモニー)

 その騒音が耳に届いた瞬間硬直し、そして即座に耳へと手を上てるイエローを見てすぐさまクリアはイエローがゲームセンター初心者だと悟った。自分もこことは違う世界で、最初の頃はそんな動作を行った覚えがあるからだ。

 そしてフラフラと扉へと引き返すイエローに続く形でクリアも戻り、扉を閉めてげんなりと肩を落としたイエローにどこか呆れた様子でクリアは感想を問いたのである。

 

「ゴールドさんが楽しそうに話すのを聞いてちょっとだけ興味があったんだけどなぁ」

「まぁ、ああいう雰囲気はイエローには合わないだろうよ、それに……どっちかって言うとイエローにはこっちの方が合いそうだし」

 

 そう言って彼が親指立てて指差したのは彼の後方、ゲームセンターの横のエリア、船内映画館だった。

 

 

 

 館内にはポツリポツリとしか人影は無い、元々座席数すら少ないのだから仕方の無い事だろうが、同時に今彼等がいるのは船上、何が楽しくて陸地の様に締め切った暗い映画館で映画を見なければいけないのかというものである。

 ――まぁその辺りもニーズに応えているのだろうが、どうせ時間を消費するならせっかくの海の上、大海原を望みながらカフェ等に洒落込む方が些か有意義では無いのだろうか――等と考えるクリアであったが、すぐ様その考えは撤回された。

 館内の照明が落ち、とうとう映画が始まるのだろう時間、スクリーン内で不思議な踊りを見せるカメラ人間の不在に寂しさを覚えつつも、この世界の娯楽には疎かった為か、子供の頃の様な胸躍るといった気持ちで彼は映画を楽しむ事が出来た。

 本編自体はよくある冒険ファンタジー物、拾った指輪を捨てる為に旅する映画に似たものがあるかもしれない、大体そこにこの世界独特の世界観でもあるポケモン要素を組み込んでほとんど完成だ。

 どうやらこの映画は章等で分かれる事無く単体完結らしく、場面は目まぐるしく変わっていく、冒険に出発し敵やライバルが現れ、時折恋愛描写を混ぜつつも最後の決戦、ラスボスを倒したかと思ったら実は主人公自体が偽者でラスボス、そして本当の主人公は今まで彼に付き従っていた従者の一人だという謎の大どんでん返しがあって終了となった。

 最早言葉も出ないとはまさにこの事、今まで散々感情移入させられた主人公がヒロインを手にかけつつ、

 

『一体何時からハッピーエンドだと思っていた?』

 

 等と、明らか視聴者に対し言い出し最後は真の主人公である従者に魂まで浄化され、消滅して終了なのだ。そこまでの感動を返せとはこの事、むしろここまで来ればギャグとして成り立っていると言えなくも無い。

 上映が終わり、虫食い状態の館内にいた僅かな人々も次第に立ち上がり去っていく、皆それぞれ微妙そうな表情を浮かべている事は言うまでも無い。時折満足気な表情を浮かべている者もいたが、きっとあれは特別な少数派なのだろう。

 

「……ふぅ、まぁギャグとして見れば中々……うん、イエローはどうだっ……」

 

 言いかけた所でクリアの言葉が止まる。そしてすぐにどこか諦めた様なため息を一つ吐く。

 映画館に入った瞬間から、映画を提案した時から薄々は思い始めていた。館内の照明が落ちた段階で隣に座る彼女が目を擦り始めた段階で薄々には気づいていた、しかし彼は気に留める事も無かったのだが。

 ――まさか上映中ずっと眠っていたとは、今の作品の監督さんが見れば怒り出しそうな光景である。

 

「おーいイエロー、朝……つーかまだ昼だけど、とにかく起きろー」

 

 揺らしてみる。肩に手をかけ少しだけ力を込めて左右に揺らす。大体二、三秒程が過ぎた頃合いだろうか、閉じた瞳がピクリと動いた。

 それを見てクリアも彼女を揺らすのを止める。直後閉じられた瞳を薄っすらと開くイエロー、すぐには現状を理解出来なかったからなのか一度ずつ左右を見回し、今自身がいる場所を確認した所で、

 

「うーん……え、あれ?……もしかして映画ってもう……」

「うん、終わっちまったよ……それにしても凄いなイエロー、まさか一時間半の上映中ずっと眠っているなんてな」

「えぇ!? な、なんで起こしてくれなかったのクリア!?」

「いやーまさか上映開始早々寝るなんて誰も思わないだろ、普通」

 

 言ってももう遅い。現に上映はもう終了し、次の上映までは三十分、それもまた同じ映画の上映だ。イエローはまだしも今しがた見た映画を再度続けて見る気力等流石にクリアでも無い。

 大きなショックまでは受けてないまでも、しかし見れなかった事は多少は悔まれる様だ。普段明るい彼女が少しだけ気分が落ち込んでいる様に見える。その事に気づき彼もまた多少は申し訳なさそうに頬を欠いた、いくら鈍感な部類に入るのだろうクリアでも、目の前の大きな変化位は見逃さないのだろう。

 尤も、このイエローのショックはせっかくクリアが誘ってくれた映画であまつさえ寝てしまった事、その事でクリアに不快な思いをさせていないかという心配事から来るもので、クリアもクリアで彼女が寝落ち始めた時にきちんと起こしておけば良かったと後悔していて、結果的に互いに相手の事を想って自身の落ち度から気が沈んでいるのだが、その決定的な理由に気づかない二人が当然その事に気づく事は無い。

 逆にイエローはせっかくの映画鑑賞中に勝手に寝落ちしてクリアを怒らせていないか、一方のクリアは知っていながら起こさなかった事でイエローが不機嫌になっていないか、と割と本気でその事に悩み、

 

「とりあえず、スマン、イエロー」

「ううん、こっちこそ、ゴメンねクリア」

 

 まるで低年齢層の形式美の様に、互いに謝りあう事で事なきを得る。無論、互いに何について謝られたのかについては知る由も無いが、余計な事を言って深く言及しない方が吉と考えたのだろう。両者共それ以上の詮索をする事は無かった。

 そうしてまるで引き寄せられる様に、二人は次のエリアへと歩きつく。

 その場所は船内の中、雨の日でも利用出来る様設置された屋内プール、海沿い側は一面透明のガラス張りで大海原を一望出来、かつガラスから入り込んでくる太陽光にキラキラと水面が宝石の様に光り輝いて見える。

 船自体揺れが最小限に抑えられているからだろう、揺れる波間は本当に小さな物で、周囲に他の乗船客の姿が見えない事から今使えばほぼ貸切状態となっている模様だ。

 

 だが二人はその場に固まったまま動かなかった。

 今日この日、太陽は傾き始めているもののまだまだ蒸し暑い真夏日、今目の前のプールに入ればそれはさぞ気持ちの良いものだろう。

 手ぶらであるという点も問題無し、言えばその場で水着を格安で購入出来るとの事、一応購買という形はとっているものの、それは主な商売相手である上流階級の客人のプライドや"無料"という言葉に付きまとう衛生面等での様々な問題に対する配慮、なので文字通り本当に格安で近場のデパート等で買うよりは確実に安い値段で上質の水着が手に入る為、むしろ経済的にも健康的にも精神衛生面的にも、もう様々な面から入らなければいけない空気になっているのだが――だが今この場にいるのは年頃の若い男女だ。少年と少女だ。それも無自覚に互いに意識し合ってる同士という絶賛思春期真っ盛り中の男と女だ。

 つまり何が言いたいのかと言うと――、

 

(……イエローと二人でプールとか、何それ恥ずかしい)

(どうしよう……入りたい、入りたいけど!)

 

 相手に悟られない様に顔を背けあう二人の男女の姿が、そこにはあった。

 

 

 

 僅かに濡れたプールサイド、足元の床を少し擦ってみると確かに滑りやすく、子供の頃口をすっぱくしてまで言われた"プールサイドを走るな"といううたい文句がどれだけ重要だったかが理解出来た。

 確かにあまり使用されてないこの船のプールサイドで気をつけないといけない程なのだ。これが腕白だけが自慢の様な活気溢れる小学生のプールサイドだったらどうなるか、考えただけでも恐ろしいものである。

 だから学校のプールサイドは石造りで滑りにくくしてあったのか、等とひたすら身近に潜む安全性への脅威について考え逃避する事約五分、立って待つ事に若干の疲れを覚え、座り水面に足を付けて待つクリアの下に小さな足音が近づいて来る。

 よくある海パンタイプの水着で、膝元まである丈を眺めながら冷たい水に足をつけつつ、その気持ち良さに僅かながらの不思議な高揚感を覚える。

 

「……ク、クリア?」

 

 もうすぐそこまで来たのだろう、雀の無く様なか細い声で声掛けられ、彼もとうとう決心がつく。

 大半を占める羞恥の気持ちと、僅かながらの先程生まれた高揚感、そしてその他の雑念を振り払いつつ、彼はその人物へと目を向けた。

 

「……ど、どうかな? どこか変じゃないかな?……ねぇ、クリア?聞いてる?」

 

 無言で見上げた先の人物に、思わず目を奪われた。

 露出が少ないオレンジ色の強い赤色黄色の可愛らしいフリルの付いたワンピース型の水着、それでも普段目に付かない部分が露になっている事は明白で、あまり日焼けしない性質なのか普段ジーンズや長袖の下に隠された肩の先、太ももから指先まで変わる事の無い白い素肌、所々寂しい部分はあるもののそれでも十分、今のイエローは可愛い女の子だと言えるだろう。

 続けて言うと今彼女は麦藁帽子を被っていない、泳ぐのだから当然とも言えるが、常日頃から彼女の最も少女らしい部分を隠してある麦藁帽子を取ってしまうと、そこから現れ出るのは腰まで届く程の柔らかそうな金色のポニーテール、その髪型より一層目の前の彼女が"女の子"であるという事を自覚させて来る。

 言葉を失って数秒、その間イエローが不安げな目で問いかけて来ているが、今のクリアはそれ所じゃない。何せイエロー自身、普段と変わらない仕草と表情で語りかけてくるのだ。いつもの軽く手堅い男装姿からのギャップは、ある意味彼の中のもう一人の自分を覚醒させるかの様に強く何かを訴えかけてきて、

 

「ねぇクリア? 聞いてる? おーい?」

「ん、あ……えと……」

 

 片言になりながらも必死に真っ白になっていく頭を整理しつつ、彼はどうにか言葉を振り絞ろうとする。

 もしもここで不審がられて、万が一一瞬でも目の前の彼女に見惚れていたなんて知られたら後でどんな反応されるか、言われるかでは無くどんな反応か、そこが重要。そしてこの事が恐らくカントーにいるであろう彼にとって一番の天敵とも言える少女に伝わったらどんな反応で何を言われるか、想像するだけでも恐ろしいものである。

 だからこそ、空洞の様な脳内で何とか言葉を搾り出す、どこか様子のおかしいクリアに目の前の少女が可愛らしく小首を傾げるが、そんな事を一々気にしていられない。

 まずは何でもいい、何でもいいから早くすぐにでも思いつく言葉を言おうと、そう決心して彼は乾いた口を開けて、

 

 

 

「……随分と貧相な体つきを……」

「ていっ!」

 

 彼が言いかけた瞬間、間髪入れずに金髪ポニーテールの少女の突き出した手がクリアの体を押した。

 そのまま彼は、重力に逆らう事も出来ず一面に張られた水面へと引き寄せられ、ドボンっと鈍い音が彼の耳に届き、直後に耳と鼻の穴から侵入して来る水に不快感と少しの痛みを覚える。

 彼がプールに落ちるのと同時に、此方はクリアが聞いた音よりもやや高い音がイエローの耳へと届き、彼女はハッと我に返る。

 

「わっ!? ゴメンクリア……ってちょっとクリア!今凄く不快な言葉を聞いた気がしたんだけど!」

 

 謝るのと同時に怒りを露呈させるというイエローの高等テクニック。どうやら今先の行動は無自覚によるものだったらしい、ただ本当に反射的に手が出てしまっただけか、それともそれだけ彼女にとって彼の一言は彼女のコンプレックスに触れるものとなっていたのかは定かでは無いが。

 言いながら彼女もすぐに水面へと足指をつけ、その温度の変化に僅かに華奢な体を震わせながらも、すぐにプールへとダイブした。

 水深自体はそこまで深いものじゃ無い様で、背丈の低いイエローでもどうにか足をつけて酸素を補給出来る程の深さ、そしてつい先程クリアが落ちた、というか彼女によって落とされた場所へと視線を向け、

 

「……っぷはぁ! い、いきなり落とす奴がいるか……!」

「そ、それはゴメン……でもクリア、ボクが落とす前何か言って無かった? ねぇ?」

「……き、気のせいなんじゃないですかねー、私目の記憶にはございません、多分水面に着水した時のショックでここ数秒程の記憶は失われたきっとそうですハイ」

「むぅ、どこか納得いかないけど……でも許してあげる」

 

 僅かに頬を膨らませるもそれは一瞬の事、すぐにイエローは元の人懐っこい穏やかな表情で微笑んだ。

 彼女自身、つい勢いでプールへと落としてしまった事に対し多少の反省はあるらしく、それとこれで帳消しチャラにしようという考えらしい。

 ちなみにその笑顔を見たクリアは自身の頬の温度が上昇するのを感じて顔の半分まで水へとつけ隠れるが、イエローがその理由に気づく事は無い様子だった。

 

「何してるのクリア?」

「……冷ましてるんだよ、"瞬間氷槍"らしくさ」

 

 

 

 約一時間程それから、一頻り二人きりでプールで遊んだ。

 泳いだり、借りたボールで水中バレーをしてみたりと、とりあえず思いつく限りの事を。

 そうして一緒に楽しむ二人だったが、そこでクリアは気づいた。彼も彼で普段からジム戦の為、ジムと町との行き来の際はあえてエレベーターは使わず険しい崖を使って上り下りをしたりして鍛えたりはしていたが、そんな彼の体力について来るイエローもまた実は隠れて体を鍛えてるんじゃないかと思える程だったのだ。

 プールでの水中バレー、文字通り水の中でやるバレーなのだがこれが中々体力を使う。どんな動きをするのにも、特に下半身に力を入れる時は日常生活の中の数倍の労力を必要とする、始めこそ何も感じないが、慣れてくれば次第とその腰下辺りの水に除々に足を取られ始め、最後にはもう動けなくなって水面に浮かんで休憩したりもするものだが、彼を相手どるイエローが全くと言っていい程疲れを見せないのだ。

 本当に、心の底から楽しんでいる様で結構なのだが、彼も男の子、女の子相手に疲れたから休憩しよう――等とは妙なプライドからか言い出せず、結果水中バレーは惨敗。体力を使い果たした彼は今の今まで、傍に置いてあった椅子に座って休憩を取っていたのである。

 

「つーかあの小柄な体格のどこにあれだけの体力がついてんだよ、見た所筋肉なんてろくについてない様に見えるし……」

 

 ボヤきながら水面へと目を向け、再度足先を水へと突っ込む。

 もう温度の変化にも慣れたのだろうすんなりと上半身まで浸かって、今は浮き輪に乗って漂流しているイエローの下へと疲れた足を運んだ。

 

「おーい? ……おーいイエロー、もうそろそろ上がって部屋に戻ろう……ぜ?」

 

 呼びかけてみるも返事は無く、その事を不思議に思いながらも彼は彼女の下へとたどり着く。

 漂う浮き輪の上から、彼女の長い金髪が水面へと垂れて漂っている。それを確認し、毛先の先まで見える位の位置まで近づいても彼女の様子に変化は無い。

 

「……おい、イエ……ッ!?」

 

 嫌な予感が彼の脳裏を駆け抜ける、何の根拠も無いその予感に戦慄を覚え、すぐに彼は彼女の浮き輪を動かした。

 まずは目の前の少女の安否の確認を、そう思って浮き輪を動かした先にあったのは――少女の安らかな寝顔だった。

 軽い寝息を立てて、気持ち良さそうに胸を上下させる少女の姿、それを見たクリアは思わず、

 

「……え?」

 

 思わず、つい素っ頓狂な声を漏らす。強張っていた肩の力が抜け、溜め込んでいた不安を吐き出す様に一度肺の中の空気を捨て、深呼吸し、

 

「ほっ、良かった、寝てただけか……って何水場で寝てやがんだよお前は、危ないな」

 

 注意する様に言いながらも、その顔に怒りの表情は見えない。眉は釣り上がってないし、声も荒立ってはおらず逆に穏やかなものになっている。

 

「……おーい起きろよイエロー、起きなきゃ置いてくぞー……まっ、置いてかないけどさ」

 

 誰とも構わず独り言の様に彼は呟いた。

 否、それは本当に独り言だったのかもしれない、普段見せない裏の表情を、はにかみ笑いをした彼はいつか見せた彼女が眠っている時にだけ見せる柔和な笑顔を浮かべ言う。

 

 

「……はぁ、何か寂しいなこれ……ったく、本当に置いてくぞ、イエ……」

 

 再度クリアの言葉が止まる、しかし今度は目の前の少女に何か違和感があったから――では無い、むしろ逆、彼の中での違和感の為。

 今この場に人間はたった二人、たった二人の男女、少年と少女、そして少女は眠っていて見た目分からずとも矢張りかなりの体力を使っていたのか、そう簡単に起きる気配は無い。

 更に目の前の少女、イエローは今水着である。水に濡れ、着衣が肌にフィットしその細い線を鮮明にしてあり、ゆっくりと上下する胸は慎ましながらもそれでいて僅かに彼女が"少女"であるという証明にもなっており、そして濡れた唇や白い素肌は柔らかそうに湿り水気を保っていて、

 

「……ぁああもう!」

 

 そんな状況に遭遇してしまっては、彼も理性を保つのは必死、見た目幼く日頃は男装している為意識しないが、矢張りこういう場所、シチュエーションだと特別意識してしまう。

 そして彼は、少々乱れた呼吸を正常に戻しつつ、震える手を眠る彼女へと伸ばして――、

 

 

「起きろ! イエロー!」

 

 

 勢い良く、それこそ容赦なく彼女から浮き輪を引っ手繰った。

 

「むッ!?……ぷあぁ! な、何々どうしたの!?」

「"どうしたの"じゃない……!」

 

 ビクリ、と小さな肩を震わせ、金髪のポニーテールが僅かに揺れる。

 浮き輪から水中へと一旦落ちて、すぐ様頭を出した彼女を待っていたのは、眉を少しだけ吊り上げたクリアの姿だった。

 彼女自身、どうして今自分が怒られているのか理解していないだろう。彼女からしてみると、ただ浮き輪の上で何時もの様にお昼寝をしていただけなのだ、クリアだって彼女がよく眠る事は知っているし、その事について呆れる事はあっても特に咎める事も無かったのだ。

 

「全く、こんなとこで寝てて、もしそのまま溺死しちまったら大変じゃないか……少しは気をつけてくれよ」

 

 そう言ったクリアは本当に心配そうな顔をしていた。

 しかしそれでいて、ほんの少し声が上ずっていたのだが、先のショックと目の前のクリアの心配そうな表情の所為かその変化に気づかないイエローは、

 

「……ゴメンなさい……」

 

 素直に謝る事しか出来なかった。それ以上の言葉は不要だったのだ。

 何にせよ、確かに水場での居眠りは危険だ。寝ている時は人間の最も無防備な時間の一つなのだから。

 それを理解して、謝るイエローの姿に、クリアは一度嘆息し、

 

「本当に気をつけろよな……俺じゃなかったらどうなっていたかと」

「……え、それってどういう意味?」

「なんでもねーよ」

 

 彼の言葉に疑問を持ったイエローだったが、それ以上の答えは返ってこなかった。

 彼女の目の前の彼は本当に心配した様子で、そして少し怒っていて、しかしその怒りは何も彼女自身にだけ向けられていた訳では無い。

 ただ一瞬でも"そう思ってしまった"事が、きっと彼には酷く許せない事だったのだろう。

 

「あぁ、それとさイエロー」

 

 だけど、そんな怒りは飲み込んで、経験は次に生かす為に記憶の中に取っておいて、

 

「今日一日楽しかったよ、明日からもまたよろしくな」

 

 短い間になるだろうが、これから暫く共に過ごす"友人"へ向けて、彼は静かにそう告げるのだった。

 

 




……これ位の描写なら指定つかないでしょう(震え声)

後書き終わって気づいた、今回一匹もポケモン出てない!……なのでvsシリーズは空欄になりました。
多分、こんな事は今回限り――だと思いたいです、元々今回のはプロットにない話でしたし。

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