ホウエン地方、人とポケモンが行き交う港町、カイナシティ。
カイナ市場やクスノキ造船所、ポケモン大好きクラブといった数々の施設が現存する場所。そしてそれら数々の施設の中でも一際目立つこの町一番の観光スポット、それがポケモンコンテストハイパーランク会場だ。
ノーマル、スーパーと二つのランクを制した者のみが出場出来る文字通りのハイレベルなポケモン達の技の魅せ合い、一般的なポケモンバトルを"闘"と例えるならポケモンコンテストは言うなれば"美"、美しさを競う競技であり、その魅力にバトル以上の価値を見出す者も少なくない。
そして、そんなポケモン達の魅力を競う施設の入ってすぐの入り口付近に二人の少年少女は立っていた
クリアとイエロー、ジョウトとカントーというそれぞれ別々の地方に腰を据えている二人は今、クリアの持つ無料の乗船パスを利用してこのホウエン地方へと旅行に訪れている。
旅行と言ってもガイドもそして計画さえも定まっていない旅、そもそもパスの有効期間以内にジョウトへと戻れればいい為、ホウエンについてしまえば後は彼等各自の判断によって旅行の道筋予定は決まる。
そこで彼等は、まずカイナについてすぐコンテスト会場へと足を運んだ。理由は単純に、ジョウト地方でも最近ではいくつかの町でコンテスト自体は行われているのだが、しかし両名共もそれらの大会を見に行った事が無かった為である。
だからこそ、期待に胸を膨らませコンテスト会場へと足を運んだ二人だったのだが、
「すいません、この辺りでカクレオンを見かけ無かったでしょうか? これ位の緑色のポケモンなんですけど」
いざ会場に入ってすぐ、その日のコンテスト開催状況を確認していた二人の前に一人の少年がそう言いながら現れたのだ。
それは彼等より少し年下位の明るい緑の髪の若干顔色の悪い少年、ジェスチャーを交えつつ言った彼の言動から察するに、手持ちポケモンとはぐれてしまったのだろう。
問いかけられた二人だったが、当然今会場へと到着したばかりの二人がそんなポケモンの行方を知るはずも無い。
「いえ、ボク達は今来たばかりなので見てないですけど……はぐれてしまったんですか?」
「……うん、ちょっと目を離した隙に……あ、どうもありがとうございます」
イエローが答えると、少年は二人に頭を下げて礼を言い、再度ポケモンの名前を呼びながら辺りを探し始める。
その様子を少しの間眺めて、イエローとクリアは一度だけアイコンタクトを交わすと、
「ねぇ君、もし良かったら俺達も君のポケモン探し手伝うよ、次のたくましさコンテストまで少しのインターバルもあるしさ、そのカクレオンはこの会場内にいるんだろ?」
心配そうな顔で呼びかけ続ける緑の少年にクリアは言った。
彼の言葉通り、今は五つある各種目のコンテスト間に休憩時間中であり、コンテストを見に来た彼等には少しの暇があった。
だがしかし、恐らくそんな場合じゃなくとも、彼等は目の前の少年へと声を掛けたのだろうが。
「え、えぇはい! ありがとうございます……えーと」
「クリア、俺がクリアでこっちがイエロー」
「クリアさんとイエロー君ですね、僕はミツル、よろしくお願いします」
クリアの提案に戸惑いを見せつつも、だが一人で探すより多人数で探す方が遥かに効率的であり、また名乗った少年"ミツル"自身の体力的な問題からもこの申し出は嬉しい。
その為ミツルもクリアに礼を言って互いに自己紹介を済ませる――のだが、ミツルの言葉にどこか困った様な表情を浮かべるクリア、その表情の変化に疑問を覚えるミツルだったが理由は直後に分かった。
「えーと、まぁ気づかないよね……クリアだってずっと気づかなかったんだし」
言って、おもむろに頭の麦藁帽子をとるイエロー、すかさず現れる長い金髪のポニーテール、一瞬目を見開き驚きを隠せないでいるミツル。
「え、あれ!? もしかしてイエロー……さんって」
「君の思ってる通りだよミツル、後イエローは俺と同い年位だから多分君よりも年上だ、一応先に言っておくよ」
「えぇ!?……す、すいませんでしたイエローさん! てっきり年下だとばかりに、それに、その……すいません女の子とは思わなくて……」
「い、いえ大丈夫です! 慣れてますし! 気にして無いですから頭を上げてください!」
苦笑を浮かべるクリアに、慌てふためくイエローとミツル。
だがミツルが勘違いするのも頷ける、イエローは基本誰に対しても敬語で見た目も実年齢より幼く見られがちだ、更にクリアと肩を並べる事によって比較対象も出来てより一層、そんな考えを助長させる。
しかし見誤って年上のイエローに対して砕けた口調で、それも男性と勘違いしていたのも事実、その事で頭を下げるミツルと突然の事に慌て言うイエローだったが、すぐにクリアは手を一度叩き合わせて、
「よし、じゃあ挨拶はこれ位にしてそろそろミツルのカクレオンを探そうか、カクレオンの特徴から考えて探すのは大変だろうし」
そう言って周りをキョロキョロと見回し始めるクリアにイエローは、
「クリア、特徴って?」
「イエローさん、カクレオンは周囲の色に自分を擬態させる能力を持ってるんです、多分クリアさんが言ってるのはその事だと思います」
「その通り、流石に持ち主だなミツルは、じゃあそんな擬態したカクレオンの見つけ方も当然知ってるよね?」
「はい、お腹の赤いギザギザ模様を探せば見つける事が出来ます……というかクリアさん、やけに詳しいですね、もしかしてクリアさんもカクレオンを……?」
「んにゃ持ってないよ、知識として知ってるだけさ」
生憎今は競技が行われていないという事もあり、周囲には少なからず人やポケモンが溢れている。その中で探すという時点で一苦労なのだが、探す対象は隠れる事が得意なカクレオンだ。
だからまずはカクレオンの特徴を――ミツルには当然知ってるだろうという確認、そしてカクレオンの特徴と見つけ方を知らないだろうイエローに教える為、あえて確認する様な質問をクリアは投げかけて、
「固まって探しても効率悪いな……よし、俺は向こうの方探してみるからイエローとミツルはここら一帯を頼むよ」
カクレオンの特徴と見つけ方は既に確認済み、そして捜索は一つの場所を多人数で探すより広い範囲を別々に探した方が効率的だ。
故にクリアは早口にそう言い、イエローも、
「うん分かった、見つけたらまたここで!」
走り去るクリアに、去り際叫び伝える。
「にしても"ミツル"か……確かゲームでもいたよなそんな奴、という事は同一人物か? もう
イエローとミツルの二人と別れて、ブツブツと独り言を呟きながらもしっかりと周囲を見回しながらクリアは会場内を歩いていた。
「確かゲーム版では病弱設定があったよな……となるとさっきのミツルも……確かに顔色悪かったし」
過去の出来事を思い出しながら呟く彼、クリアはこの世界とは違う世界の人間である。
どういう訳か、気づいたらこの世界で倒れていた彼は、それから様々な出来事と出会いを繰り返して、今この場、この時間に至っている。
だからこそ、先程あったミツル少年はクリアにとって初めて出会う人物であったが、同時に全く知らない人物でも無かったのだ。
ポケットモンスタールビーのゲームをプレイした時、その時からある意味クリアは彼ミツルの事を"知識"としてならば、既に知りえていたのである。
「……まっ、ゲームと同人物だとしても関係無いか、結局この世界とゲームの世界は同一じゃない、その事は十二分に理解しているつもりだしな」
四天王事件、仮面の男事件、どちらも彼のいた世界にあったゲーム内では存在しなかった事件だ。
四天王ワタルやチョウジジムのヤナギが悪人であったという事実は少なからずの衝撃と、同時に彼が今いる世界がゲームと似て非なるもの、同じに見えて全く違う世界という印象も彼に与えていた。
だからクリアは、先程のミツルやレッドやグリーン達といった"知識"として知り得ている人物と出会ったとしても、それは彼が知っている彼等とは別人だと、出会った時からそう思う様に心がけているのである。
「……さてと、気を取り直してカクレオンカクレオンは……っと」
頭を切り替え本格的にカクレオン捜索に身を乗り出す。
周囲を散策し、特徴的な赤いギザギザ模様を目で追って探すも矢張りそう簡単には見つからないらしく、少なくとも彼の視界内には影も形も無い。
はぁ――と一度ため息をついて、今度は別の場所で捜索しようと彼が振り向いたその時だった。
『……会場内の皆様にお知らせです』
唐突に、彼の頭上のスピーカーから会場アナウンスが周囲に響き渡る。
クリアと別れてイエローとミツルの二人は共にミツルのカクレオンを探していた。
普通ならここで、クリアと同じ様にイエローもミツルの下を離れ探すべき場面なのだろうが、今のミツルは目に見えて顔色が悪い。
恐らく元々悪かった体調に加え、手持ちのカクレオンが迷子になっている事で精神的にも疲弊しているのだろう、その事からもしも万が一の事があった時の為に、イエローはミツルの傍についていたのだ。
「ここにもいないみたいだ……中々見つかりませんねミツルさんのポケモン……ミツルさん?」
先程クリアと別れて出入り口付近、そこから少しずつクリアが向かった方向とは逆方向に進みながらカクレオンを探す二人だったが、気づくとミツルは廊下の隅の方、植木の前にしゃがみ込んで俯いていた。
一瞬疑問に思うイエローだったが、すぐに彼女はミツルの体調が優れない事、先程までの今にも倒れそうだった彼の顔色を思い出し、慌てて彼へと近づくが、
「ミツルさん! 大丈夫ですか!?」
「あ、イエローさん……すいません、ちょっとこのポケモンが気になって」
「ポケモン?……あ!」
言われてからイエローも気づいた、彼の見ていた場所、植木の陰にいた一匹のポケモン。
可愛らしい緑を基調とした、両手に薔薇の様な花を持つ小さなポケモンだった。今は何かに怯える様に植木の陰に隠れ震えており、そんなポケモンに対しどうにか安心させようと弱々しい笑顔を作ってミツルは話しかけていたのだ。
「ほら出ておいで、何も怖いものは無いから」
そう言って右手を差し伸べるミツル、数分の間、強い警戒心を持ってミツルに察していた緑のポケモンだったが、彼の気持ちが伝わったのだろう、やがて緑のポケモンは安心した様に彼の右手へと乗り、ミツルはそのままそのポケモンを自身の肩へと移動させる。
「可愛いポケモンですね! 誰かの手持ちなんでしょうか……」
「それが分からないんです、見た所誰かがポケモンを探してる感じはありませんし……このポケモンも、何て名前なんだろう、見た事無いから名前が分からないや……イエローさんは分かります?」
「いいえ、ボクも見るのは初めてで……クリアならもしかすると分かるかもしれないですけど」
「そうですか……それにしてもクリアさん、さっきのカクレオンの事もそうですけど、随分とポケモンに詳しいみたいですね」
そう言って肩に乗せた緑のポケモンの頭を優しく撫でるミツル、撫でられたポケモンは心地良さそうに目を細めた。
「まぁああ見えてクリアはジムリーダーですから、だからきっとポケモンにも詳しいんだと思います」
「え、そうなんですか!?」
「えぇ、ジョウト地方の……あ、クリアはジョウト、ボクはカントーから旅行で今日ホウエン地方に入ったんですけど……」
「はぁどおりで……クリアさんとイエローさん、凄く仲が良いんですね、二人きりで旅行になんて……ってどうしたんですか?」
「いえ……何でも無いです……!」
ミツルに指摘され、少しだけ朱色に染まった頬を隠す様にイエローは麦藁帽子を深く被った。
こうして他人から指摘されると矢張り羞恥の心が強まるのだろう、普段一緒にいる事が多く、今では一番の親友同士の様な二人だ。それが別視点、第三者から改めてその仲の良さを言われると、何とも言えないこそばゆい様な感情がイエローの胸に渦巻いた。
「ミ、ミツルさん! 良ければそのポケモン、少しボクに貸して貰えませんか!?」
「は、はい! どうぞ!」
まるで誤魔化す様に声を荒らげてミツルに言うイエロー、気圧される様に緑のポケモンを肩から両手に乗せイエローへと差し出すミツル。
しかし差し出された緑のポケモンはまだミツル以外の人間には慣れていないらしく、一向にイエローへは移ろうとしない。
困った様な顔をするミツルだったが、そんな彼と緑のポケモンにイエローは優しく微笑みかけてから、
「そのままで大丈夫ですよミツルさん、それに君もね……ボクは君の事をほんのちょっと知りたいだけだから」
「え、はい、イエローさん一体何を……?」
疑問符を浮かべるミツルだがそれも仕方無い。彼はイエローの能力を知らない。
彼女の能力、十年に一度現れるという特別な"トキワの森の力"を持つという彼女の能力を――。
そしてイエローは緑のポケモンへと手を翳し、ミツルの掌に乗った小さなポケモンの心を読み取って、
「……分かりました。どうやらこのポケモン、野生のポケモンみたいでこの会場に迷い込んでしまったみたいです……でも何だろう、何か恐ろしい存在がこのポケモンの心の中に見える」
緑のポケモン、その心を読んだイエローは読み取った情報をミツルへと口頭で説明する。
彼女の言葉通り、今ミツルの手の中にいる緑のポケモンはここカイナ周辺に生息している野生のポケモンだった。そして矢張り彼女の言葉通り、このポケモンは臆病な性格ながら好奇心には勝てなかったらしくカイナの町を興味本位で訪れ、そして最も人の出入りが多く"楽しそう"なこのポケモンコンテスト会場へとやって来ていたのだ。
だがそこで、その場でこの緑のポケモンは予想外のトラブルに巻き込まれた、それもこのポケモンにとっては思い出すのも恐ろしい様な出来事に、それは思い出すのも嫌な恐怖体験。
イエローの能力はポケモンの回復、そして心を読み取る能力だ。しかしその能力も万能という訳では無く、そのポケモンがその時考えている記憶しか覗けない為、そのポケモンが思い出せない記憶までも読み取る事は出来ないのである。
「イエローさん……貴女は一体……」
何者なんですか? そうミツルが声に出そうとしたその時だった。
彼等の頭上のスピーカーから、放送の知らせを告げるチャイム音が響き、続く様に高い女性の声でアナウンスが流れ出る。
『会場内の皆様にお知らせします。ただ会場内で出場予定だったポケモン達が暴走するというトラブルが発生しました、大変申し訳ありませんが観客、トレーナーの皆様は最寄の出入り口もしくは非常口から速やかに退去をお願い致します。繰り返します……』
スピーカーから再度繰り返される避難勧告、その放送を聞いて彼等の周りにいた観客、トレーナー達は次々と出入り口に向かって退散を開始する。
流石にポケモンに関するトラブルには慣れているのだろう、それを差し引いても今は件の暴れ出したポケモンはこの場にはいない、故に人々は特にパニックに陥る事無く、会場内から姿を消していく。
除々に姿を消していく人の気配に、少々の焦りを感じ始めるミツル、だが彼は今手持ちのカクレオンを捜索している状況だ、彼の大事なポケモンを置いて自分だけ避難するという訳にはいかなく、その焦りを表情に出しながらも、必死にカクレオンを再度探し始める。
「カクレオン! どこにいるの、出てきてカクレオン!」
出入り口へと向かい流れていく人の悩みを掻き分けながら、ミツルとイエローの二人は必死になってカクレオンを探す。
が、呼びかけ続けるが一向にカクレオンは現れない。その事に次第に焦りを表情に出し露にしていくミツル。
――そんな時だった。
「おおぉぉぉぉ! そこの少年達よ、早く外へと出るのじゃ~!」
「え……カクレオン!」
発せられた声に、ミツルとイエローは同時に振り向く。
そこにいたのは一人の老人、黒のハットとサングラス、ブランド物らしき服装に身を包んだ老人、そしてその老人の肩に乗っていた腹の部分に赤いギザギザ模様を持つ緑のポケモンを見つけるとミツルは歓喜の声を漏らした。
だが喜んでいるのも束の間、次に老人達の後ろから現れた白と赤の物体にミツルは、そしてイエローもまた驚愕の表情を浮かべる。
「心配したよカクレオン!……それと貴方は……」
「ぜぇぜぇ……ウォッホン、わしはとっても偉~いポケモン大好きクラブ会長の……って今はそれ所じゃないですぞ! 会場で暴れ出したあのザングースがわし等を狙って~!」
会長を狙い現れた白と赤のポケモン、ザングースは会長に加え、ミツルとイエローにも狙いを定める様に一度ずつ視線を送る。
そして彼等より先に窓際へと周りこみ、ジリリと少しずつミツル達を壁際へと追い距離を詰めていく。
そうして追い詰められながら、イエローは流し目でミツルと会長を一度ずつ見て、次にミツルの手の中の緑のポケモンへと目をやって、
(この怯え様……もしかしてこの子、目の前のあのポケモンに怯えてる?)
まるで吹雪の中にいるような身の震わし方に、イエローは確かめる様に再度緑のポケモンへと手を翳す。
能力を使って影響で激しい眠気に襲われるも、グッと堪えて緑のポケモンの心を読み取って、
「会長さん、ミツルさん、ここはボクが……その間に逃げてください」
緑のポケモン、その心の中にハッキリと目の前の白と赤のポケモン、ザングースの姿を読み取ってから、イエローは前を見据えて言った。
どうやらこの緑のポケモン、町に入りコンテスト会場に迷い込んだしまったまでは良かったのだが、どういう訳か暴れ出していたザングースに見つかり、狙われたらしい。
体格の差、元々の臆病な性格も相まって必死に逃げ、そして先程の植木鉢の場所で、イエロー達一行と出会ったらしかったのだ。
「イエローさん!? 何を言って……!」
「そうじゃぞ少年! 無茶じゃ!」
「多分、大丈夫だと思います、それに会長さんはボク達の事少しだけ知ってますでしょう」
「へ?」
ニコリと笑い言ったイエローだったが、当の会長本人には彼女が何を言っているのかが理解出来なかった。
それもそのはず、彼女は過去一度クチバの町でポケモン大好きクラブ会長とは知り合っているのだが、しかしそれは目の前のクラブ会長とは別人、見た目全く同じ様に見えるのだが、紛れもない別人なのだ。
当然イエローからそんな事を言われても、今この場にいる会長には何の事だか分からず、無論安心なんて出来る訳が無い、結果逃げずに二人共その場に留まってしまうが。
「……頼んだよ、ピーすけ」
それでも構わないと判断したのだろう、イエローは即座に自身のポケモンであるバタフリーの"ピーすけ"を外に出し、ザングースと向かい合う。
新しい敵の出現で、更に闘争本能を掻き立てられたのか、先程よりも深く目を吊り上げるザングース。
そして、最初に動いたのはザングースだった。
ピーすけへと飛び掛ったザングースは自慢の三本の爪を用いて"ブレイククロー"をピーすけへと向ける、がその攻撃は空を切り、縦横無尽に飛び回り攻撃をかわすピーすけ、しつこくそれを追うザングース。
「おぉ!……じゃがイエロー君、逃げてばかりだとすぐにバタフリーの体力が……」
「大丈夫です、すぐに終わらせます」
笑みを崩さずに言うイエロー、その姿に最初こそ不安に思っていた会長と、そしてミツルだったが、彼女の自信に満ちたそんな笑みを見せられ、いつの間にか――何故だか彼女を信じてみたくなってしまった彼等がいた。
不思議な安心感をもたらす彼女の姿、その姿はカントー、ジョウトと旅してそこに巣食う悪と戦った一人でもある彼女だからこその安心感、尤もそんな事、少年と老人は知る由も無いのだが。
「今だ、ピーすけ!」
瞬間、ザングースの動きが止まり、イエローが叫ぶ。
何事かと身を乗り出した会長だったが、理由はすぐに分かった。ザングースの周囲を囲うキラキラと光る無数の細く丈夫な糸、その糸にザングースは身体を絡め取られて動きを封じられていたのだ。
そしてそれはピーすけが外に出て間もなく放出し続けていた"いとをはく"攻撃、ピーすけは逃げるフリをしながらも気づかれない様に着々と糸を形成、放出しながら、ザングースの周囲をまるで結界の様に糸を張り巡らせ、丈夫なその糸を何重にも使ってザングースの動きを封じたのである。
だがそれで終わるザングースでは無い、乱暴に爪を振り回し、強引にピーすけが仕掛けた糸の結界を切り裂いていこうとする――が、
「"ねむりごな"!」
その隙を狙ったイエローの、ピーすけの"ねむりごな"がすかさずザングースへと降り注ぐ。
そうして無数の粉を浴びて、消えない闘争心をむき出しにしながらも数秒、次第にザングースから力が抜けていき、重くなっていく瞼には逆らえなかったのだろうザングースはその場へと眠り込んで、
「……終わりましたよ、ミツルさん、会長さん」
イエローの下へと戻ったピーすけをボールに戻して、彼女は笑顔のまま彼等にそう戦闘の終了を告げた。
「……凄い、あんなに暴れていたザングースをああもあっさりと……」
「えへへ、いつもはこんなに上手くはいかないんですけどね」
恐る恐る倒れ伏したザングースの横顔を覗き込むミツルだが、確かに目の前のザングースは一寸やそっとの事じゃ起きない位には熟睡しており、先程のイエローのピーすけの"ねむりごな"の威力の凄さがその状況に色濃く現れている。
その事について呟くミツルだったが、しかしイエローは謙遜する様に小さく笑う程度、彼女の実力の高さは目に見えて明らかだったのだが、どうやらイエローは彼等にはあくまでそんな謙遜とした態度で押し通すつもりらしく、ミツルは、そして会長もそれ以上の言及は止める事にした。
――といっても、イエローがバトルが苦手という事は本当である。彼女自身も自分でそう思い疑っていない。
しかしだからと言って弱い訳でも無い、イエローの手持ちのポケモン達は普段こそレベルが軒並み低く、彼女自身も普通のバトルじゃ碌な指示を早々出してやれないが、今の様な緊急事態の場合は別だ。
特に人助けに関わった時や、彼女の故郷でもあるトキワの森が危機に晒された時は、彼女の気持ちの高ぶりに呼応して、彼女のポケモン達もまた普段は隠し秘めている強大な力を発揮する事が出来るのである。
「ありゃ、これは一体どういう事だ?」
「あ、クリア!」
倒れたザングースを取り囲む三人、そんな三人に近づく一人の影、先程別れたばかりのクリアだった。
まずはイエローが彼の声に真っ先に反応し、続く様にミツルと会長も彼の方を振り向く、そこにいた少しだけ横に跳ねた黒髪黒眼の少年、その少年が歩いてくる方向へと。
「見てくださいクリアさん、イエローさんが暴れてたポケモンを鎮めてくれて! 凄かったですよイエローさんは!」
「うん、それは知ってるけど……それだけか?」
「え? それだけって?」
「あぁ……」
今のイエローのバトルを間近で見た事に軽く興奮を覚えたのだろう、最近ポケモンを手に入れたばかりの少年ミツルは純粋な尊敬の念をその瞳に写し輝かせて言った。
が、ミツルの言葉にクリアはその場に立ち止まり、先程までの歓喜の雰囲気が一片する。
再度重苦しい空気へと変貌しつつある辺りのムードに、イエローは重くなっていく瞼を一度擦って、そこでクリアが、
「さっき暴れていたポケモンは"二体"いるって聞いたんだけどさ……?」
その時だった。
そう告げたクリアの背後、そこに大きな黒く動く物体の姿がミツルの視界に入る。
クリアに気づかれない様に彼の真後ろへと少しずつ這いずる黒く長い生き物、大きく伸びた牙――ポケモン、ハブネークは明りが最も届かない暗がりから這い出ると、目の前のクリアに狙いを定めて、
「ッ! 危ないクリアさん!」
ミツルが言った直後、振り返る間も無くクリアにその毒牙が襲い掛かって――。
目の前で、彼、クリアの頭一つ分位丸ごと飲み込めそうなほどに口を大きく開けたハブネークを見て、ミツルは先程の放送を思いだしていた。
確かに先程の放送では"出場予定だったポケモン達が暴走"とアナウンスされていた、暴れているのは一匹のポケモンでは無いと――それを聞いていたはずなのに、失念していた。
イエローがザングースを無力化した時点で、安心し浮かれていたのだ。自分よりも小さな女の子が上手にポケモンを使う姿に、その姿に自分の姿を重ね合わせて。
元々身体が弱かったミツルだったが、つい先日、友達が出来た。その友達はそんなミツルにポケモンを貸してくれて、あまつさえポケモン捕獲も手伝ってくれたのだ。
その時はぐれてしまったそんな彼とはぐれてしまったミツルだったが、彼が療養の為引っ越したシダケの地で一人の老人から自分のいるキナギタウンへと来る様に誘われ、彼はそのままその誘いを承諾、あわよくばポケモンを借りたまま別れてしまった彼の友達の"ルビー"と出会えるかも、という期待を込めて、彼は弱る身体を引き摺り友達となったポケモン達の力を借りて、このカイナまでどうにか旅をして来たのだ。
何故かそんな過去の思い出が、命の危険は無いはずの彼の記憶の中にまるで走馬灯の様に現れ、次に訪れる惨劇を前に一瞬目を閉じそうになるミツルだったが、しかし次の瞬間、彼は――彼を含めた彼等は逆に目を見開く事となる。
ただ一人、クリアという少年を知っているイエローを除いて――。
「……なんだ、こんな所にいたのか、お陰で探す手間が省けたよ、これで被害は最小限に抑えられそうだし」
振り返らないまま彼は呟く、彼の頭上には大きく伸びた牙が今にも閉じて彼の頭へと切っ先を立てようとするのだが、プルプルと震えるばかりでそれより先には進めそうにも、そして戻れそうも無かった。
それもそのはず、今のハブネークの身体は、
「とりあえずはサンキューV、助かったよ」
巨大な氷のアート、まるで氷山の如く聳える巨大な氷の塊に飲み込まれて尻尾一本動かすのも困難な状況になっていたからである。
それから、すぐに警察やポケモン達のトレーナー達が現れて事態は収拾した。
事の発端は何の事も無い、単純な喧嘩、ハブネークとザングースという天敵同士が出会ったしまったばかりの実にありきたりな話。
互いのポケモン共、遺伝子レベルで戦いがプログラムされている様な性である。そんな事情もあってトレーナー達には厳重注意、これからはしっかり自分のポケモン達の管理はする様にという説教だけで済まされていた様だった。
そして、事件が解決した後クリアとイエロー、それにミツルと会長の四人は――会長のポケモン大好きクラブにいた。
「むほぉ~! この艶この毛並み、何とも美しいポケモンじゃなぁ少年よ!」
「そうですか、それは良かった?……です、Vも喜びますよ」
「クリア君、このポケモンわしに譲っては……」
「駄目です」
「即答とは少し寂しいぞ少年……」
警察からの事情聴取に思った以上に時間を食ってしまい、彼等が解放される頃にはすっかり夜になっていた。
流石にそんな暗闇の中動くのは昼間と比べ旅の危険が遥かに跳ね上がり、またクリアとイエローの旅路も急ぎの旅では無い、という事から、そして会長切っての頼みという事もありクリアとイエローの二人は共に会長のポケモン大好きクラブのビルに泊まる事にしたのである。
まぁ一番の理由は、能力を使った影響もあり、今にも眠ってしまいそうなイエローを連れて夜間の旅は危険だったから、というのが一番の理由であるが。
「あはは、会長さん、凄く嬉しそうですね」
「そうですねミツルさん……お水飲みます?」
「あ、頂きます」
相も変わらず体調が優れないらしいミツルにイエローはコップ一杯に溜め込まれた水を差し出した。
クリア、イエローの二人と同じく、警察からの事情聴取が終わる頃には乗る予定だった船がもう出港時間を過ぎていたという事もあり、緑の少年、ミツルもまた大好きクラブに泊まる事となっていたのである。
そして差し出されたコップを受け取り、一口だけ水に口をつけて、そして息を吐くミツル――そんな彼に、彼の胸ポケットに納まった緑のポケモン"ロゼリア"が彼へと向き直ると、
「あれ、何だか身体が……」
「ロ、ロゼリアの"アロマセラピー"みたいだな、初めて見たよ」
ロゼリアが両手に持った花をしきりに動かした直後、不思議と気分が良くなっていくミツルにクリアは言った。
「クリア君! この色違いのリザードン君を是非わしに……!」
「だ・か・ら! お断りしますって言ってますでしょうに!」
言った直後、エースに手を伸ばす会長から守る様に引き離すクリア、その様子を多少の呆れを混ぜた表情で見つめるイエローとミツルがいた。
――それというのもクラブに入った直後、会長がクラブ内では手持ちのポケモン達は全て出しておくようにと告げた事がそもそもの原因、彼の言い分ではポケモンを愛し、共に暮らす事を信条とした大好きクラブ内ではポケモンをボールの中に閉じ込めておく事はマナー違反になるらしい。
そう言われ、クリアとイエロー、ミツルはそれぞれのポケモン達をボールから出した。そして訪れる会長からの猛烈な愛情表現。
ミツル、イエローのポケモン達へと続いた会長の進撃は一度クリアのポケモン達を見た瞬間に止まった、それで疲れて終わりだと、その時はそうクリアは判断したのだったが、
「うおぉぉぉ! なんと"かっこよく"、"うつくしく"、"かわいく"、"かしこそう"で"たくましい"ポケモン達じゃ!」
等と更に興奮ゲージを振り切って、クリアのポケモン達に突撃していったのである。
どうやら"かっこよく"はエース、"うつくしく"はV、"かわいく"はP、"かしこそう"はデリバードで"たくましい"はレヴィの事を言ったらしく、クリアのポケモン達は会長の眼に止まったらしい。
「クリア君! 君、ポケモンコンテストに出てみてはいかがかな? 君のポケモン達ならば優勝いや、マスターランク出場だって夢じゃ無いぞ!」
「ふっ、お断りします」
「え、これも!?」
先程までの会長からのポケモンの譲渡を断り続けた時と同じ表情、否それ以上に満面の笑みを浮かべてクリアは全力で会長の言葉を拒否する。
更に会長自身も今の申し出を断られるとは思ってなかったらしい、先程までの申し出は軽い冗談だったとしても、今のクリアの拒否は割りと本気で衝撃だったらしくつい声を荒らげている。
「元々そういったものとは無縁ですし、俺はジムで忙しいんでね、今回の旅が終わったらまた暫くは
「むぅ~、せっかくの逸材じゃったのにポケモンバトルとは……きっとルビー君もこんな気持ちじゃったのかのう」
「え、今会長ルビー君と言いましたか!?」
どんなに言われても自分がポケモン達と戦う場はポケモンバトルの場所だけだ、そう遠まわしに宣言され、ショックを受ける会長だったが彼が何気なく言った言葉、その人名に意外にも強く反応を示したのはミツルだった。
だがそれも当然、ミツルにとって"ルビー"という名は特別な友人の名であり、同時に初めてのポケモン捕獲を手伝って貰った恩人の名なのだから。
「む? あぁ言ったが、もしかしてミツル君、ルビー君と知り合いなのですかな?」
「はい! その、このRURUは元々ルビー君のラルトスで、このRURUをルビー君に返す為もあって僕は自分の足で旅して来たんです! それでさっきのコンテスト会場にも行ったんですけど……」
「むぅ、だが残念ながらルビー君は……」
「え、ルビー君が……どうかしたんですか会長!?」
「それがなミツル君、ルビー君はつい先日確かにカイナに来て、わしとも意気投合した素敵なトレーナーじゃったのじゃが、この間の潜水艇が奪われる事件、その時にルビー君はわしらと悪者を離す為に一緒に潜水艇でどこかへと消えてしまって……」
「ふわぁ……潜水艇って、もしかしてこのニュースの事ですか会長?」
自身のポケモン達に囲まれながら一度欠伸をしたイエローが垂れ流しになっているテレビを見ながら言う。
確かにテレビの中では、女性リポーターによる現場での状況説明、そして赤装束の集団に注意と勧告が行われていた。
「おぉこれじゃこれですぞ! この時謎の赤装束の集団に襲われてそれでルビー君は……」
「そんな……ルビー君……」
「だ、大丈夫じゃぞミツル君! ルビー君ならきっと無事でいる、少なくともわしはそう信じていますぞ! だからミツル君も……!」
「……はい、そうですね、ありがとうございます会長」
相変わらず心配そうな表情は消えないまでも、しかし会長の言葉で希望は持てたらしくミツルも首を縦に振って会長に応える。
今もこのホウエンのどこかにいる彼の友人、その友人にラルトスのRURUを返す事をミツルは再び心に誓うのだった。
そして、そんな光景にどこか既視感を覚えたイエローだったが、そこでふとある事に気づく。
「……あれ、会長、ミツルさん……クリア達はどこに?」
「え、あれクリアさん?」
「おぉ! クリア君のポケモン達も消えてしまっていますぞ~!」
二人の疑問符と一人の老人の悲壮な声が重なった瞬間だった。
「……ったく、付き合いきれないっての、なぁV」
一声、疲れきったVの声が夜の闇に響き、クリアは苦笑を浮かべる。
夜のカイナシティ、光るネオンにジョウトのコガネとそこのジムリーダーの怒り顔を思い出しつつ、クリアは一人、手持ちポケモンの"グレイシア"のVと一緒に歩いていた。
特に目的も無い夜の散歩、会長からの申し出があまりにもしつこかったのでさっきの一瞬、皆がテレビへと目を移した瞬間を見計らって彼は大好きクラブを脱走して来たのである。
と言ってもある程度ほとぼりが冷めれば戻るつもりなのだが。
「さて、あともう少し歩いたら戻ろうか……V?」
歩きながら、気づくと先程までクリアの右隣を歩いていたVが、今は彼の左側に位置移動していた。その事に疑問を覚えたクリアだったが、答えはすぐに現れる。
それは人影、ポツリポツリと明りが途切れる街灯道の真ん中を歩く人影であった。どうやらその人影を感知し、出来る限り離れる様に反対側へとVは移動したらしい。
元々人の手によって非道な扱いを受けたVだ、昔と比べ今は遥かに人には慣れていたが、それでも見知らぬ他人相手となるとまだ矢張り気を張るらしく、その事を察して、クリアもまた何も言わずに歩きながら一度安心させる様にVの頭を撫でた。
「……あぁ、どうやら……」
そうして一つの消えた街灯の下、クリアと人影が交差する。ポケギアに向かって何やら呟くその人影だが、何を言っているのかその正確な情報までは掴めない。
そして一度クリアは立ち止まり、後ろを振り返って街灯の下、映し出される人影の全体像を見やる。
赤いフード付きの装束に身を包んだクリアよりも年上らしく、聞こえた声の低さから男性だと分かる事以外は何も分からない人物。
最早後姿しか見えない為顔すら分からない男だったが、何故かクリアはその人物に視線を集中させて――、
「ブイッ!」
「っと、すまんなV、じゃあ行こうか」
聞こえた声で我を取り戻し、平謝りしつつ彼はVと共に再度歩き始める。
そしてその日、彼が振り返る事はもう無かった。
『……どうした、何かあったか?』
ポケギアから聞こえて来る男の声に、蒼のポケモンを連れた少年、歩き去っていくその少年を眺めていた赤い装束の男は、振り返っていた顔を戻し再度ポケギアへと向き直る。
「いや、何でも無いぜ
『アクア団……アオギリの野郎か……!』
「恐らくな、どうすんだ?
『無論、取りに行くさ、そんでもって力尽くでも奪い取る、あのアオギリの野郎からなぁ……!』
「……で、俺は次は何をすればいいんだ
『いや、それは後だ"ホカゲ"、今は復活させた後の事も考えて、カガリ達が取って来た"探知機"の修繕に専念しろ』
「ウィース、了解だぜ
それで会話は終わったらしい、"ホカゲ"と呼ばれた男はポケギアを操作し、通話を終了させポケギアを直してすぐ、ボールから一羽のオオスバメを出して、そしてオオスバメの"そらをとぶ"で彼はその場を飛び離れたのだった。
これが、この出会いが彼、マグマ団
ホカゲは出番的な意味で優遇されると思う。主に作者の好きなキャラ的な意味で。