ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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四十六話『vsソルロック&ルナトーン 石の収集人』

 

 トクサネシティ、周囲を海に囲まれた島の町。自然豊かなこの町の印象とは裏腹に、島にはホウエン地方を代表する施設の一つ"トクサネ宇宙センター"もあり、週に一度はロケットを打ち上げるホウエン地方で最も宇宙に近い場所でもある。

 それと同時にホウエン公認ジム施設の一つ、トクサネジムもあるこの街に、二人の少年少女が足を踏み入れていた。

 予想外の"友達(タマザラシ)"と出会った朝方の"ホエルコウォッチング"を終え船を降り、真っ直ぐとトクサネ宇宙センターに向かう二人の人物。一人は傍らにチュチュと呼ばれるピカチュウを連れ、もう一人もPと呼ばれるピカチュウを連れたポケモントレーナーの二人。

 カントー地方トキワシティ出身のイエローという少女と、ジョウト地方チョウジジムに公認ジムを構える少年クリア、彼等二人の旅路の範囲はここトクサネの街にまで及んでいたのだ。

 

「……もう悩みは吹っ切れたみたいだな」

「うん、もう大丈夫、心配してくれて……ありがとう、クリア」

 

 気にすんな、と微笑を浮かべて返すクリアだが、彼は知らない。

 今彼に礼を言った少女の頬が僅かに朱色に染まっていた事を、そしてその悩みの種が、正真正銘彼女の目の前にいる彼自身だったと言う事を。

 そうしてそんな彼女の心境の変化等微塵も理解しないまま、クリアは歩きついた眼前の建物を見上げた。

 

 トクサネ宇宙センター、一階と二階の一部分だけなら一般解放もされているトクサネシティ随一の観光スポットの一つ。

 トクサネの町の中でも一番の高地に聳え立つその巨大なビルを見上げ、クリアとイエローの両者はその外観の壮大さから一度息を飲み、そしてビル内部へと進入する。

 一階一般解放エリア、平日の昼間という事もあってか見物客は少なく、確認出来るのは数人程度の一般人とその倍はいるだろう研究員等の従業員位のものである。

 

 入って、二人はひとまず辺りの展示物に大雑把に目を通してみる。

 ――が、

 

「……なぁイエロー、今度は二階行ってみようぜ、二階」

「……ふわぁ、うん、そうしよう」

 

 一階にあったのは主にトクサネ宇宙センターが出来た経緯や、尽力した人々の紹介文が主。

 無論、宇宙や隕石等に関する展示物、そして目玉となる着工中のロケットの見学に来た二人にとって、それはあまりにもつまらなくまた眠気を誘うものだった。

 故に二人は早々に一階分の見学を終了させ、二階へと続く階段へと歩みを進めた。

 まずはイエローから階段を上り、朝早くから起きていたからかやたら眠そうなイエローに気を配りつつクリアもそれに続く、そして彼等の背後からもう一人、一人の青年が少し後に続き二階へと上がるのだった。

 

 

 

 そしてビルの二階、着工途中のロケットの作業風景と主に隕石を中心とした宇宙に関する記録写真、説明文、展示物等がひしめくフロア。

 

「おぉ! この階は一階と違って結構面白そうだ!」

「うん、ボクもあまり眠くはならないよ……はふっ」

 

 ――到着早々揃いも揃って失礼な二人である。一人はさらりと本音を暴露し、一人は何だかんだ言いながら欠伸を欠かさない、少しは一階の宇宙センターの歴史にも興味を持ってもいいだろうに。

 そうやって一先ず製作途中のロケットを強化ガラスを隔てながら二人は見学する。綿密な計画の上作られている一ミリの誤差も許されない作業、それらの作業を手際よく行う人々の様子、そしていずれは暗い闇の中を突き抜けていくのであろう目の前の鉄の塊。

 

「ねぇクリア、ロケットって言えばさぁ……」

「よしこれでこの話は終わりにしよう、次は隕石でも見てみようぜ」

「……うん、そだね」

 

 始めのうちは興味深そうに見ていた二人だったが、どこか苦い顔でそう呟いたイエローの言葉を遮る様にクリアは言って、そのまま眼前のロケットに背を向け展示物の方へと向かいイエローもそれに続く。

 "ロケット"、彼等が単語から即座に連想出切るものと言えば唯一つ――"ロケット団"。

 かつてトキワの森を利用し生態系を荒らした彼等の行いは決して許されるものでは無く、またクリアのPやV等を始め様々なポケモン達が彼等の理不尽なエゴの犠牲になっているという事もまた然りだ。

 気づくとクリアとイエローの傍らにいたPとチュチュの二匹がどこか苦しそうな表情をしていた事もあり、眼前のロケットには何の罪も無い、分かっていながらも彼等は背を背ける事しか出来なかった。

 人には誰でも、関わりたくない、苦手意識を持つものの一つや二つはあるものなのだろう。

 

 そうして早々にロケット見学は切り上げて、クリアとイエローの二人は展示物とその説明文のコーナーへとやって来る。

 そこに展示されているものはホウエン地方に落下したと言われるいくつかの小さな石ころ、素人目にはその辺りに転がってそうに見えるそれだが、しかし専門家から見ればそれは貴重な一石だ。

 彼等が今住む星、その星の外、宇宙という限りなく無限近く広がる空間からやって来た小さな訪問者。

 

「……石に興味があるのかい?」

 

 声が掛けられたのはそんな数々の石達を唯漠然と、興味深そうに彼等が見ていたその時だった。

 まず素早くクリアが反応し声の方へ顔を向け、遅れてイエローも同方向を向く。

 

「あぁすまない、見慣れない顔だと思って珍しくてね……観光の人かな?」

 

 そこにいたのは一人の青年だった。

 赤い瞳と赤いネクタイ、銀に近い様な水色の髪、何故か紫のギザギザ模様のラインが入った黒のスーツ、そしてこれまた何故か腕にはめられた鉄製の輪。

 それでいて物腰柔らかそうな紳士的な人物、一見すると良い所のお坊ちゃんという印象が持てる。

 

「いえ……じゃなかったはい、そんな所です……貴方は?」

「あぁ、これは度々すまない、僕はダイゴという者だ、石の収集人(ストーン・ゲッダー)をしている」

 

 "ダイゴ"、その名前を聞いた瞬間、クリアは何時もの様に過去の情報を引き出す。

 目の前のダイゴ名乗った青年の風貌、そしてダイゴという名前――それはかつて彼が遊んだゲームに出てきたホウエンチャンピオンの人物の名前、特徴と一致したもの。

 ――だがそれはあくまでルビー、サファイアというソフトバージョンまで、確かエメラルドではチャンピオンは名乗らず一般トレーナーの部類だったはず。

 

(だとしたら目の前のこの人が……ダイゴが俺の知識として知ってるダイゴだとすると、この人はチャンピオン、それとも……)

 

 一瞬、そう思考を張り巡らせるも、すぐにクリアは考えるのを止めた。

 どちらにしてもそんな事はすぐにでも分かる事、考える時間も労力も無駄というものだ。ましてや彼が今いるこの世界はゲームでは無く、紛れもない現実の一つ、ゲームの常識等通用するはずも無し。

 そう判断し、クリアは元来悪い人相をなるべく抑えるべく密かに練習した人当たりの良い笑みを浮かべて、

 

「これはご丁寧にどうも、俺はクリア、それでこっちは……」

「ボクはイエローです、所でダイゴさん、ストーン・ゲッダーって……」

 

 互いに自己紹介を終えた所で早速、イエローがダイゴにそう質問を投げかけ、彼女の言葉が終わる前に、ダイゴは目の前にあった一つの展示物の隕石、その一つに視線を落として口を開く。

 

「あぁそれはね、僕はこういった隕石含め、とにかく珍しい石や宝珠(たま)を探し集める事が好きでね、そしてそれが同時に僕の職業"石の収集人(ストーン・ゲッダー)"となっているのさ」

 

 言われ、クリアとイエローは同時に"へぇー"っと感嘆の声を漏らした。

 確かに、石と言ってもその価値は千差万別、道端に落ちてある様な石ころから、高い値段がつく"天然鉱石"、果ては"化石"なんかも当然"石"の部類に分類されるだろう。

 更にこの世界特有と言っても"石"、"進化の石"も無論ダイゴが狙う"石"という事になり、それらを見つける職業となれば確かに、収入は安定しないまでも当りは大きい立派なもののはずだ。

 

「へぇ、凄いですねダイゴさん、でも石の採集って中々大変じゃありません?」

「ふふっ、そうでも無い、結局は僕の趣味としての範疇が大きいからね」

 

 そう言って笑うダイゴに、クリアとイエローの二人は互いに目を合わせ、そして同じ事考えたのだろう同タイミングで笑いあう。

 クリアもイエローも、そしてレッドやブルー、グリーンといった彼等が関わった者達は全員ポケモンに関する職業に携わる者ばかりだった――ポケモン研究のオーキド博士、転送システムのマサキ、ジムリーダーのクリアやグリーン。

 その仕事自体、キツイ事が無いと言ったら嘘になる、だがそれでも続けていられるのは一重にポケモンが好きだから、それに関わり職とする事が楽しいから。

 そんな彼等と目の前のダイゴ、対象となるモノは違えど、しかし彼等とダイゴの根本は変わらないのだ。

 

「そうだね、例えばこの石は"つきのいし"、特定のポケモンを進化させる石だ」

「はい、ピッピやプリン等の進化に主に使われる石ですね」

「へぇ、詳しいじゃないかクリア君……ならこの石は何の石か分かるかい?」

「うーん、これは……このどこか太陽を彷彿させる形……ヒマナッツ等のポケモンの進化に効果がある"たいようのいし"ですか?」

「ご名答、中々物知りじゃないか」

「浅い部分だけです、深く突っ込まれると何も言えませんよ」

 

 そう言ったクリアの言葉は真実だった、確かに彼は少しなりともポケモンによる知識は持っているがそれはあくまで常識の範疇、例えばポケモンの詳しい生態について聞かれたりなんかすれば、ポケモン図鑑片手でないと答えられる自信が無かった。

 そうして、いつの間にかダイゴによる石講座となっている場だが、為にもなり質問形式のダイゴの説明に飽きも来る事が無いのでクリアとイエローは大人しくその場の流れに身を任せる。

 

「まぁそう謙遜する事も無いのだけどね……君達はこのホウエン地方、いやこのトクサネには宇宙センターを見る為に来たのかい?」

「……いいえ、特に予定も決めずに流れるままに来ましたけど、それがどうかしたんですか?」

 

 壁に掛けられたいくつもの額縁、その中で鈍く輝く石の数々。

 その中でも更に隕石の事について多く飾られた一枚、その前で止まり唐突にそう聞いてきたダイゴにイエローは疑問符を浮かべながら答える。

 彼の言葉の真意が読めなかったのだろう、そしてダイゴは彼女とクリアの疑問に答える様に、

 

「そうか、だったらこの場所はよく見ていくといい、特にホウエン地方は隕石が頻繁に落ちる事で有名だからね」

 

 どうやら唯彼等の旅の思い出の協力を、心の底からそう思っての言葉らしい。

 隕石のはめられた額縁に手を翳しながらそう言ったダイゴに、クリアとイエローは同時に肯定の言葉で答え、それを聞いたダイゴは、

 

「特にこの"隕石"という"石"も興味深い、この星の石とはまた違った魅力がある、そうは思わないかいクリア君?」

「……はぁ」

「宇宙にはまだまだ知られてない謎が、未知のパワーが満ちいてるからね、千年に一度目覚めるという幻のポケモンの言い伝えも宇宙や星に関するものだし、ポケモンは宇宙から来たという学説まであるものだ、非常に興味深い……!」

 

 どうやら語る内に彼の石好きとしての魂に火がついてしまったらしい、マシンガンの様に発せられる彼の言葉は、最初こそ耳に入っていたのだろうがそうペラペラと話されると集中力も途切れてくるというもので、クリアとイエロー、二人の耳に入ってはそのまま通過していく。

 

「あ、あのーダイゴさん?」

 

 そんな止まる事無く言葉を発する彼にイエローが声を掛けるも、ダイゴは止まる事無く言葉を紡ぎ、

 

「特に僕はこの"隕石"に関してはまだまだ収集不足でね、あぁ隕石を降らす事が出来るというポケモンの技、是非とも伝承してみたいものだよ」

「あぁ"りゅうせいぐん"ですね」

「ほう、究極技であるこの技の名前まで知ってるとは、流石だねクリア君」

「えぇ、でもその技の修得は結構苦労しますよ……」

「ふっ、このダイゴにそんなお節介は不用だよ」

 

(……あれ? 今、俺……)

 

 そうクリアが言った直後、彼の中に言い知れぬ不安感が蘇る――現れるでは無く、"蘇る"。

 何ともしれないモヤモヤとした感覚、まるで心が自分のものでは無い様な違和感、自分が発した言葉なのだが、まるで自分以外の誰かが発した様な矛盾。

 ダイゴとイエローの二人はどうやら特に何も感じ取る事は無かったらしく、今だダイゴはイエローに石について熱く語っている。特に問題は無い。

 問題は無いはずなのだが、後味の悪い気持ち悪さだけがクリアの中には残った。

 残って、今一度自身の言葉を思い返してみるが不自然な所は見つからなかった。

 ――見つからなかったから、彼はそのまま今の異変を一旦は忘れる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変だったね……」

「そうだな……」

 

 トクサネ宇宙センターから出たクリアとイエローの二人は、並べた肩を深く落としながら"目的地"まで歩いていた。

 目的地、トクサネジムへと――。

 というのもいつまで経っても終わりそうに無いダイゴの言葉、小一時間は聞いてみたもののいい加減我慢の限界に来たクリアはそこでトクサネの他の観光地の話をしてダイゴの語りを終わらせようと考えたのだ。

 だがどうしたものか、いくら考えてもトクサネ宇宙センターの他に思いつく施設が無かったのである。後に残るは自然豊かなトクサネ周囲のみ、そうなればその自然の中でダイゴは石に関する話題を拾うに決まっている。

 ――となれば向かう場所は一つ。

 

『あぁそうだったー、すいませんダイゴさん、俺達ちょろっとそろそろジム戦行こうと思ってたんですけどー』

 

 芝居がかった口調で言ってみたが、どうやら効果はあったらしい。

 

『む、そうか、それは悪い事をしたね、頑張ってくれクリア君、イエロー君』

 

 すぐに話を中断しそう告げたダイゴの言葉に、クリアとイエローの二人は彼には見えない様心の中で胸を撫で下ろしたという。

 そうして永延と石の話を聞かされた彼等はその疲労を残したまま、口数少なくもトクサネジムに歩きついた。

 そしてそんな疲労の原因となったダイゴは、もう少し宇宙センターで隕石を見ておくと言って今この場にはいない。

 

「ねぇクリア……ホントに入るの?」

「まぁ、あの乱射(マシンガントーク)から逃れる為とは言え言い出しちまったものはなぁ……それにほら、イエローのチュチュも」

「え……あ!」

 

 気づくと、イエローのチュチュが彼女のズボンの裾を引っ張って何やらアピールしていた。

 その様子からチュチュの心を読まずとも察するクリアだったが、一応確認の為イエローはチュチュに手を翳して、

 

「クリア、チュチュも戦ってみたいって!」

「よし、そうと決まればやるか、P!」

 

 チュチュがその気になったと言う事は、ポケモン達を自身の友達と考え大切にしているイエローもチュチュの感情を優先するという事になる。

 従って、Pもその気になっているという事でジム戦を決行するのはほぼ確定、"挑戦者としては"久しぶりのジム戦に、クリアは高鳴る鼓動を直に感じていた。

 いつもはリーダーとして挑戦者を迎える立場の彼だが、矢張りいつも同じポジションだと新鮮味も薄れるのは必然、たまには挑戦者として初心に戻って戦ってみたいという気持ちがあるのだろう。

 ――しかし、

 

「だけどクリア、"ジムリーダー"ってジム戦に挑んで大丈夫なの?」

 

 そう、クリアはジムリーダーだ。いくら他の地方のリーダーだからと言っても、本来バッジを渡すはずのリーダーが非公認の手合わせならいざ知れず、公認試合を早々簡単にやっていいはずも無い。

 そんな事になれば今頃、定期的に行われるポケモン界最大のイベントとも言える"ポケモンリーグ"に毎回、本戦からジムリーダーがゴロゴロ出場するという事態になりかねない。

 その為原則的にジムリーダーの公式的なジム戦は禁止事項の一つとされている――のだが、

 

「大丈夫だイエロー、バレなきゃ犯罪じゃないし、規約は破る為にあるもんだろ?」

 

 どうやらそんな常識は、チョウジジムのジムリーダーには通用しない様子である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうやら挑戦者が来たみたいだよ、ラン」

「……どうやら相手は二人のようね、フウ」

 

 ジム内部、行儀良く正座をしたまま、まだ年端もいかない二人の小さな少年と少女が目を閉じたまま呟いた。

 薄い水色のチャイナ服の様な格好をして、後ろで髪を纏めた顔の造形が似通っている二人、フウと呼ばれた少年とランと呼ばれた少女、二人共このトクサネジムのジムリーダーとなっている二人だ。

 二人で一つのジムリーダー、その就任背景には一寸した彼等なりの特別な事情があるのだが、その事情を知る者は指で数える程度である。

 

「今日は挑戦の予定は入って無いけどいいわ、わたし達」

「僕達が貴方達の相手をします、トクサネ神秘のコンビネーション、あなた達にお見せしましょう!」

 

 ジムの扉を開けて入って来た二人、ゴーグルを首から下げた少年と、麦藁帽子を被った一見少年の様な少女に対し、トクサネジムの二人は宣言するのだった。

 

「トクサネジムのジムリーダー、フウと」

「同じくトクサネジムリーダーのランで!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 トクサネジムに入った彼等を迎えたのは二人の小さな番人、フウとラン、トクサネジムの二人のジムリーダーだった。

 入って早々のトクサネジムの二人のリーダーから言われた自己紹介を混ぜつつのジム戦了承の意、どうやら態々口に出さずとも此方がジム戦に来たという事は向こうに伝わったらしい。

 まぁポケモンジムに来るのだから、むしろジム戦以外の用事の方が少ないと思われるが。

 

「いきなりの訪問だったけど、どうやら相手は取り合ってくれるらしいな、ラッキーだったぜ」

「あはは、本当にジム戦やる事になっただねボク達……それでどっちから先に戦えばいいんだろ?」

「そんなもん、二人一緒にダブルバトルで良いじゃないか……そっちのリーダーさん達もそれでいいだろう?」

 

 対戦の順番に悩むイエローにそう言って、続けてクリアは少し離れた位置に立つフウとランの二人に叫ぶ。

 通常ジム戦とは挑戦者とジムリーダーの一対一のバトル、チョウジジムでもクリアは常にそのバトル形式でジム戦をとりおこなって来たが、しかし別に頑なにそのルールに縛られる必要は無い。

 一対一の試合と言ってもその中から更に"入れ替え制"か"勝ち抜き戦"を挑戦者に選ばせたり、試合方式を手持ちの一体でも瀕死になったら試合終了のワンノック制か、または手持ち全員総出で行うフルバトル制かを決めたりと、その試合方式は細部まで見ると非常に幅広く多岐に渡っている。

 だからこそ、ジム戦にダブルバトル方式があっても、更にそれが挑戦者二人、ジムリーダー二人の二体二のダブルバトルだとしても、ジムリーダーが一度"OK"のサインを出せばそれはもう公式のジム戦、誰にも文句は言われない。

 

「えぇいいですよ、元々このトクサネジムはダブルバトルのジムです。特例としてあなた方二人の同時挑戦権を認めます」

 

 そしてどうやらそれは認められたようである。

 フウの了承の意を聞いて僅かに緊張を膨らませるイエロー、だが隣に立つクリアはそんな彼女とは反対にむしろこのジム戦を楽しんでるらしく笑いながら、

 

「そっか、サンキュー少年……えぇと、君がフウで、隣の子がランって名乗ってたよな」

「はい、では挑戦者さん、あなた方の名前も教えて貰って構いませんか?」

「あぁいいよ、俺はクリア、"チョウジタウン"のクリアだ」

「ボ、ボクはトキワの森のイエローです!」

 

 ランに言われて、クリアと直後にイエローの二人は自身の出身地と名前を言って、それぞれ自身のピカチュウを前に出す。

 元々ジョウト地方のジムを一人で周ったからだろう、クリアの笑みには余裕の表情が見て取れ、逆にイエローの顔には若干の焦り、緊張の色が浮かんでいる。

 そして彼等の出身地を聞いたフウとランの二人はその事に、驚愕の色を顔全体に広げて、

 

「ふ、二人共随分と遠い地方からジムリーダー戦に来たんですね、あなた達二人共、出身地方にジムはあるのでしょうに」

「君は……ラン、女の子の方ね……つっても向こうでは俺、超個人的な都合上気軽にジム戦が出来なくてね、それで腕試しにとでも今日ここに来たわけさ」

 

 その都合というものが彼自身がジムリーダーというもので、今この場に彼が立っているのもかなりのマナー違反、場合に寄ってはリーグ規約に違反するものだが、そんな事微塵も思っていないランは彼の言葉にただ疑問符を浮かべるだけである。

 そしてその会話で戦闘前の余興も終わりらしい、クリアの言葉の真意は理解出来ないだろうが、相手は挑戦者、今から始まるのはジム戦、フウとランの二人も手持ちのポケモン、ソルロックとルナトーンの二体をフィールドに呼び出し構えて。

 ――そして次の瞬間、ジム内部に響いた開始の合図となるアラーム音と共に、イエローを除いた三人が一斉に動き出す。

 

「ソルロック! "コスモパワー"!」

「ルナトーン! "コスモパワー"」

 

 流石はダブルバトルに特化した双子のジムリーダーといった所か、開始早々に自身の"特殊攻撃"と"特殊防御"を上げる"コスモパワー"を秒単位で同時に行い、まずは二人のポケモンとも一斉にその能力を高める。

 クリアが"こおり"を専門とする様に、フウとラン、この二人が得意とするタイプは"エスパー"、超常的な力で為す術も無く相手を行動不能に追い込む神秘の力。

 

「P! 長引かせるのはマズイ、"でんじは"で奴等の動きを封じろ!」

 

 まずは着実に、そう考えて"でんじは"の指示を出すクリアだが、その程度の考えは既に読まれてるらしい。

 今だ"コスモパワー"を続けるルナトーンを残し、既に技を解いて次の技の構えを取っていたソルロックがルナトーンの前に立ち塞がり、

 

「ソルロック、"まもる"で守って、続けざまに"サイコウェーブ"だ!」

 

 フウの指示でソルロックはすぐに"まもる"の体勢に入り、見えない障壁の様なもので弾かれるPの"でんじは"、そして間髪入れずに繰り出される"サイコウェーブ"。

 使うたびに威力が変わる渦上の念動力の攻撃、Pの直前まで迫っていたその攻撃は見事にPに決まり、宙に浮くP、更にそこに、

 

「今よルナトーン"サイコキネシス"!」

 

 "コスモパワー"を終えたルナトーンの追撃がPを襲った。

 先程の"サイコウェーブ"の力よりも更に強力なエスパーの力、念波の塊をぶつけて来るルナトーン。

 だが避けようと思っても今は空中だ、周りに障害物も無ければ碌に動きを取る事も不可能、そしてこうしてる間にもPには"サイコキネシス"が迫りつつある。

 そんな一秒も無駄に出来ない時間の刹那の中、クリアはイエローへと顔を向けて、

 

「イエロー、チュチュに"10まんボルト"の指示を!」

「え、でも上手く当てれるか……」

「いいや大丈夫だ、"技を出す"事に意味があるんだ、早く!」

「わ、分かった! チュチュ"10まんボルト"!」

 

 展開の早さについていけず棒立ち同然だったイエローと彼女のチュチュ、そこにクリアの言葉が加わり初めてチュチュは技を放った。

 ――が、所詮はそれはただ闇雲に放たれただけのもので、当然ソルロックとルナトーンを捉える事は出来ない。

 電撃は念波よりも断然早くソルロックとルナトーンに迫るが、しかしその電撃は、上に逃れるソルロックと下に逃れるルナトーンに悠々と避けられた。

 

 だが先に彼が言った通り、クリアの狙いは別にある。チュチュの放った"電撃"、この闇雲に発射された"電撃"があればそれで良かったのだ。

 

「P! チュチュの電撃を全て吸収して、サイコの力を迎え撃て!」

 

 Pが持つ特性"ひらいしん"、尤もこのPの"ひらいしん"は"ちくでん"にも似た効果も付加された様な特別なもので、Pが電撃を放つ事が出来るのもこの特性のお陰だ。

 Pが持っている"でんきだま"の微弱な電力を、Pの特性で何倍にも底上げして、今では通常攻撃程度の電撃ならば自身の力だけで撃てる様になり、更には他者の電撃の力を引き寄せる性質も持っている。

 だがこのPの特性自体、味方のみならず敵の電撃すらも吸収し、己の力に変えるこの能力は本来ならばダブルバトル用の様なもの。

 従って、今この場における彼等のピカチュウ同士のダブルバトルでの相性はすこぶる良いのだ。

 

 そしてチュチュの放った電撃は急激にPのいる上空へと方向転換し、上方向へ逃げたソルロックを巻き込みながら、電撃は"サイコキネシス"よりも早くPに届きPの電撃の威力を底上げさせて、

 

「っ……今! P"かみなり"だ!」

 

 次の瞬間、上空からの落雷がルナトーンを襲ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう二人共、とっても楽しかったよ」

「いえ、こちらこそ、久しぶりに全力で戦えて楽しかったです」

 

 そう言って握手を交わすクリアとフウ、その隣では疲れ切った表情のイエローと苦笑を浮かべるランもまた握手を交わしている。

 結果から言うと、クリア達はあの後本気を出したフウとランのペアに敗北した。

 Pの特性を利用した奇襲が上手くいった所までは良かったのだが、矢張り相手はダブルバトルの、その道の専門家でありプロでもあって、対する此方は急作りな即席ペア。負けるのは当然だろう。

 一応二人のジムリーダーからも、初めてでこれなら素質はある、と褒められたりもしたのだが、今のイエローの様子から考えて、またクリアが次のダブルバトルの相方を務める事があるかすら微妙である。

 元々バトルが苦手と言う彼女だ、今のバトルでも十分頑張っていた方で、常日頃からジム戦に慣れているクリアやフウとランの様に平気な顔をしている事等出切るはずも無かった。

 

「にしても、疲れてるなぁイエローは」

「うん……凄く眠いや」

「そういえば朝も早かったし、今日はトキワの力も使ったものな……となれば早目に宿を取らないと……なぁ二人共、このトクサネでオススメの宿って無い? 出切れば安眠出来そうな所」

 

 完全に意識半ばで、いつ眠りに落ちても可笑しくないイエローの肩をさり気無く支えて、クリアはジム戦を終えたばかりのフウとランの両名に聞いた。

 聞かれた二人は互いに目を合わせて、少し考えた後、

 

「そういう事なら僕達の家に泊まっていきませんか? 部屋ならいくつも空いてますから」

「それは嬉しい提案だけど、いいのか? 俺達みたいな見ず知らずの他人を、というか親御さんだっているだろう」

「多分大丈夫だと思います、もしあなた方に邪気があれば、それはソルロックが感じ取ってるはずですし、それにわたし達も嬉しいですから」

「……そういう事なら、時間も無いからお言葉に甘えるよ……ほらイエロー、寝るなー、起きろー?」

 

 言って、フウとランから寝床の提供を受けた事で宿の心配も無くなったので、クリアは除々に彼に体重を預けつつあったイエローの身体を僅かに揺らしながら彼女に呼びかける。

 揺さぶられ、眠気眼のままぼんやりと虚空を見つめるイエロー、よほど眠たいらしく今だ意識は半覚醒のままだ。

 朝早くから起きてイベントがあって、宇宙センターでダイゴの語りを聞き、今のダブルバトル、確かにこの日一日は彼女にとって中々ハードな一日だったのかもしれない。

 そしてようやく意識が大分戻ったのか、今の自分の状態、立ったまま背中から完全にクリアに寄りかかっている状態という事に気づいたイエローは、

 

「わ、わっわっ!? ク、クリア!? あれボクなんでどうして!?」

「やぁおはようイエロー、今日はやけに元気がいいな……とりあえず今日はこの二人が家に泊めてくれるっていうから、一先ずそこまで我慢しような?」

「なっ、そんな子供みたいに扱わないでよ!……もう」

 

 顔を赤くしてクリアから即座に離れるイエローだが、それで今の行いが消えた訳では無い。

 確かに彼女は悩みから吹っ切れ、何時もの様な調子でクリアと接する事が出来ている、しかし矢張り今の様なアクシデントには弱いらしい。

 そして恐らく、少なからずクリアという少年の事を意識してしまっている事で、彼女のリアクションも何時もよりオーバーになっているのかもしれないが。

 

 そんな二人を、クリアの言葉に珍しく少しだけ頬を膨らませて拗ねるイエローを見たランは一言、

 

「……所で、お二人は兄弟か何かですか?」

 

 素直に疑問に思ったのだろう。見た目背丈的にも流石にクリアと小柄なイエローでは同世代には見えない。

 そんな当たり前の疑問、聞きなれた疑問に更に少しだけ機嫌が悪くなったらしいイエローを眺めて、思わず苦笑を浮かべつつクリアはランに返す。

 

「ククッ、いいや違うよ」

「え、すいません、てっきりイエロー君はクリアさんの弟さんか何かだと……」

「やっぱ君もそう思ってたのかフウ、まぁ仕方無いだろうけど……そもそもイエローは女の子だよ」

「え?」

「は?」

 

 面白おかしく含み笑いをするクリアが一言発した直後、二人のジムリーダーの素の声が聞こえそして、突然の突風で飛ばされたイエローの麦藁帽子、その下から腰まで届く金髪のポニーテールが現れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 フウとランの家に招待され、まずは彼等の両親に挨拶した所、クリアとイエローの二人は予想外にも彼等の両親から気に入られた。

 フウとランの二人に久方ぶりに本気を出させたという話と、イエローの人当たりの良さ、クリアも初見ではかなり警戒されたが、どうにか誤解はすぐに解く事が出来た。

 まず子供のフウとランの二人がクリアの事を警戒していなかったのだ。それはエスパー使いの二人の第六感、ソルロックの能力の影響という証拠もあっての事。

 クリアも表には出さなかったが内心、初めて子供から怯えられずに済んだ事にガッツポーズをしていたという事は内緒だ。

 

 そうして深夜、皆が寝静まった時間にクリアは一人彼等の家を抜け出していた。

 家から歩いて五分程の小高い丘の上、そこに待っていた一人の人物の下にやって来る為だった。

 

「お待たせしました、ダイゴさん」

「来たねクリア君……いや、チョウジジムのジムリーダークリア」

 

 クリアがダイゴからメッセージを受けたのはジム戦後、フウとランの二人の家に向かっている時だった。

 さり気無くズボンのポケットに入っていた一枚の手紙、それにすぐに気づいたクリアだったが、差出人がダイゴであった事も踏まえてこの事は誰にも言わず、指示通りに今この場にも深夜帯に一人で来ていた。

 そして今目の前にいるダイゴの雰囲気、昼間会った時よりも遥かに重い空気を纏った彼に何かを感じてまずはクリアから切り出す。

 

「それで、態々こんな時間に呼び出したって事はただ事じゃないですよねダイゴさん、いや……ホウエン地方チャンピオン殿?」

「フッ、やはり僕の見込んだ通りの男だな、君は」

「多分、見込み違いだと思いますよ、まぁ用件位は聞きますが」

「では単刀直入に言おう、君の力を貸してほしい、このホウエンに巣食う二つの巨悪を討つ為に!」

 

 否定が無かった所を見ると、ダイゴは本当にチャンピオンらしいと、否チャンピオンなんだとクリアは予想を確信に変えた。

 チャンピオン、その地方で一番の実力を持つ者の代名詞。力の象徴。

 ――そんな人物が今目の前で、クリアに助力を申し出てきたのだ。

 俄には信じがたいが、チャンピオン程の実力があってもどうにもならないもの、それ程の邪悪、その存在をダイゴは今口に出したのである。

 

「そうですね、俺に出来る範囲なら別に構いませんが……だけど、頼りになるとは思いませんよ、俺みたいな子供」

「確かに僕はスカウトするなら十六歳以上と決めていたが、現役ジムリーダーの君は別だ、トクサネジムの戦いも見事だった事だし」

「あー、やっぱ見られてましたか」

 

 クリアがジム戦中、何かの視線に気づいたのはPに"かみなり"を指示する一瞬前、何かの視線に気づき窓に視線を送る時間があった為、ルナトーンに的確な攻撃を送るタイミングを見誤ったのだが、今更そんな事を言ってもしょうがない。

 それからクリアは、少しだけ考える"フリ"をしてから、

 

「……いいでしょう、どうせ滞在期間に余裕はあるんだ、あくまで俺に出来る範囲で力を貸します……ただし」

 

 ただし、その一言を言う瞬間、クリアの目付きが少しだけ変わる。

 元々鋭かった瞳に鈍い光を宿し、目を少しだけ細めて、

 

「この話を俺にだけしたって事は、イエローは関係無いって事ですよね……なら彼女は今回の事からは除外させて貰いますよ」

「分かっているさ、僕も実力が伴わないトレーナーを必要以上に巻き込むつもりは無い」

「なら、決まりですね」

 

 言ってダイゴから差し伸べられた手、その手に自身の手を差し出して、そしてこの夜クリアはダイゴのスカウトを受けた。

 ホウエンに巣食う二つの巨悪、マグマとアクアの二つの組織、その組織を壊滅させる為の助力の提供。

 一見クリアには何の得も無い様に見える二人の協定だが、しかしこれでクリアは大きな貸しが一つダイゴに出来た事になる。

 現役ホウエン地方チャンピオンであり、巨大企業の息子でもある彼に対する大きな貸し――それは後々クリアにとって大きなプラスになるはず、そんな打算的な考えも確かに彼には少なからずはあった。

 だがそれ以上に、カイナ、キナギ、ミナモ、トクサネ、ホウエン地方に来て訪れた四つの街々、これらの都市に住む人々、今日会ったフウとランの様な人達の為に無償で行動するのも悪くないと、むしろ動きたいという感情、それがクリアの決定の大部分の理由だったのだ。

 

 そうしてクリアはこの夜、ダイゴへの協力を約束して静かにフウとランの家に戻った。

 寝静まった廊下を歩き、自身の割り当てられた借り部屋へ戻る――道の途中、通りかかったイエローの借り部屋。

 そこで彼は一度立ち止まって、そしてすぐに自身の部屋へと戻るのだった。

 

(悪いなダイゴさん、俺にはイエローを巻き込め無い……もしもの時は、その時は俺は残ってイエロー一人で……)

 

 本気になればクリアの力等軽く上回る実力を持つ、四天王事件の立役者の一人であるイエロー、彼女の実力をクリアはあえてダイゴに包み隠したまま、そして夜は更けていく。

 

 




どうでもいいけどポケスペ読み直してたらマイちゃんの可愛さに気づいた。

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