ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

48 / 81
四十八話『vsマグマッグ 送り火山の戦い』

 

 

 それはフウとランの二人が送り火山にて侵入者と遭遇する少し前、彼等二人がトクサネシティを後にした直後の事。

 海上を行く二人の小さなジムリーダーの背後を追う一つの影、その影は対象から気づかれない様ひっそりと海中に身を隠しながら、それでいて確実にフウとランの二人の後を追っていた。

 無数の触手と数々の戦いで受けた消えない傷跡を持つ水ポケモン、クリアのドククラゲ、通称レヴィ。フウとランの二人の様子の異変に気づいたクリアが、密かに差し向けていたポケモンである。

 二人を追ったレヴィは送り火山に到着後、それからすぐに追いついたクリアと、未だ少しだけ瞼が重そうなイエローを迎えて、彼の今回の仕事は完遂となった。

 

 フウとランが持つ使命、送り火山で密かに守られ続けている秘宝"べにいろのたま"と"あいいろのたま"を守りかつ侵入者の撃退という使命、クリアもイエローもそんな彼等の事情等微塵も知らない――否、クリアのみならばその使命の存在だけならば人づてに知ってはいるのだが、矢張りその内容までは知らなかった。

 故に、今の自身達の行動は必要以上のお節介であり出過ぎた真似である事は二人共重々承知だった。

 だがそれでも彼等二人はこの場所を訪れた、送り火山――結局、フウとランの二人から僅かながらに漂っていた不穏な空気をこの二人は見過ごす事が出来なかったのである。

 それはクリアとイエローの二人が過去に四天王事件や仮面の男事件に深く関わり、悪やそれに順ずる者を見す見す見逃す様な性質ではいられなかったという事であり、そして――彼等二人が一度はポケモン図鑑を手に取った"図鑑所有者"であった事が原因だったのだろう。

 

 そして彼等は過程はどうあれ再び巨悪と接触する事となった。

 ロケット団、四天王、仮面の男、それらの組織に勝るとも劣らない二つの組織、その一つであるマグマ団と、まるでそれが運命(さだめ)であるかの様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ク、クリアさん!?」

「それにイエローさんも、どうして!?」

 

 フウとランの驚愕の声が響く。相対する二匹のマグマッグへの注意を怠らない様意識を向けつつも、しかし矢張り突如として現れたクリアとイエローの二人が気になってしまう。

 彼等は今頃、トクサネ宇宙センターでもう何度目かになるロケットの打ち上げを見ているはずであり、彼等ジムリーダー二人はその事を信じて疑っていなかった。

 彼等二人から僅かに漂う不穏な空気を微かに感じて、クリアが彼の手持ちポケモンに彼等の後をつけさせていた事等夢にも思っていなかったのである。

 

「"どうして"? それはこっちの台詞だぜお二人さん……ってまぁ、そっちにはそっちの事情があるだろうけどさ」

 

 コツン、と足音が煌々と燃える炎が揺らめく空間に響く。

 最初に足を踏み出したゴーグルを首から下げた少年に続く様に、麦藁帽子の少女もまた足音を響かせた。

 普段と変わらない足取りで自然とフウの横までクリアは歩き、イエローも驚くランの横にまたつき、敵のマグマ団の二人は、その様子に警戒の色を示す。

 

「マグマッグ、"かえんほうしゃ"!」

 

 先手必勝。先のクリア達の明らかにフウとランの味方をする様な動作の所為だろう、数の上で互角だったのが転じて圧倒的不利となったのだ、彼等としては一人でも多く敵を戦闘不能に追いやりたいのだろう。

 マグマッグの口から放たれた業火はそのまま真っ直ぐクリア達四人の方へと伸びる。

 その攻撃に反応して、すぐにランがルナトーンで対処しようとするが、

 

「大丈夫だよ。オムすけ」

 

 ランの行動をその小さな手で制し言って、いつも彼女が持ち歩いている木の釣竿を持ってそれを即座に振るう。

 

「"みずでっぽう"!」

 

 直後、釣竿から伸びる糸、何時の間にそんな場所まで転がっていたのか、"かえんほうしゃ"を放つマグマッグのすぐ傍にあったモンスターボールから飛び出たオムスターのオムすけの"みずでっぽう"が完全に油断していたマグマッグを襲った。

 

「クッ、何時の間に! "のしかかり"!」

 

 今度はマグマ団の男の内の一人が驚愕の表情をとって、仲間のマグマッグを救うべくもう一体のマグマッグに指示を出す。

 指示を受けたマグマッグは勢いよくオムすけの真上へジャンプし、それを察知したオムすけはすぐに攻撃を止めて距離を置く、直後先程までオムすけがいた位置に勢いよく着地するマグマッグ。

 "みずでっぽう"は水タイプの技の中では比較的弱い技だが、しかしそれを受けたマグマッグは炎タイプ、相性的には効果が抜群だ。

 当然、"みずでっぽう"を受けたマグマッグの体力はかなり消耗しており、それを見るマグマッグのトレーナーの表情は苦虫を噛み潰した様な顔になっている。

 

「……凄い、今のオムスターの動き、それに一体何時の間にボールをあんな所まで……」

 

 その様子に、イエローの横に立つランはそう呟くしか無かった。フウもまた同様の反応を示してる様である。

 だが当然と言えば当然なのだ、イエローは過去に四天王事件を解決した一人、四天王のワタルを倒した実績を持っている。

 加えて彼女は十年に一度現れるというトキワの森の能力を持った少女であり、彼女の意思はポケモンの強さをも左右する。

 普段こそ温厚で優しく闘争心が欠片も無い様な性格の彼女故、ポケモン達も軒並み弱いレベルのままでいるが、だが彼女の感情が高ぶった時は話は別だ。

 

「……テレビで見ました、あなた達が赤装束の悪い人達ですね」

「ふん、だったらどうしたって言うんだ」

 

 肯定とも取れる赤装束の男の言葉、その返答に対しイエローは、可愛らしい外見はそのまま、しかしいつもと違い少しだけ眉尻を上に上げた少女は言う。

 

「攻撃を止めて、この山から出て行って、そしてもう悪い事は止めてください」

 

 その場に似つかわしくない言葉だった。

 そんな事を言われて、"はいそうですか"とマグマ団側が答える事等当然無いだろう、見ず知らずの子供の言葉に簡単に諭される様なら、彼等も今こんな事はやっていないのだから。

 だがしかし、同時にその言葉はイエローの心からの本心だった。

 争いを好まないイエローだからこそ簡単に出る言葉、戦わずに済むならそれに越した事は無いという、彼女の心からの願望。

 

 ――だが、矢張り現実は彼女の思ってる通りにはいかないものである。

 

 

「……マグマッグ、"いわなだれ"!」

 

 それが彼等の答えだった。二体のマグマッグから放たれた"いわなだれ"に対し、クリアとフウ、イエローとランの四人はそれぞれ二方向へと避け難を逃れる。

 

「……言っても無駄ですよイエローさん、彼等から感じた邪気は全く薄まってない」

 

 クリアとフウの二人と分断されながらも、"いわなだれ"を避け、傍にルナトーンとオムすけを従えて、彼女達は目の前の一人の敵へと目をやった。先程オムすけの"みずでっぽう"を食らったマグマッグのトレーナーの方だ。

 ランから言われ、イエローは一度頷いて答える。いつもの温厚そうな表情とは打って変わって挑む様な視線を敵へと向けて。

 そして彼女達がルナトーンとオムすけへと指示を出そうとした、同時に動こうとしたその時だった。

 

「あ、待て!」

 

 次の瞬間、マグマ団の男が一歩後ろへと引いたのである。

 当然戦闘になると踏んでいた二人の少女からしてみれば少し肩透かしな気がするが、しかしランは目の前の男が何の目的を持ってこの山に侵入したのかを知っている。

 

(マズイ! このまま逃がしたら紅色の宝珠と藍色の宝珠が!)

 

 元々彼等の目的は彼女達との戦闘では無く、二つの宝珠、ならば今此処で目の前の男を逃すのは得策では無く、むしろここで迎撃しなければいけないはずだ。

 山頂には二人の老人が二つの宝珠の前で守護しているが、だが流石にその二人が一戦を交えるには年を重ねすぎている、そんな二人の老人に無理をさせない為にも彼女とフウの二人は宝珠を守護する役目を負っているのだ。

 それらの事から、彼女等二人は慌ててマグマ団の男を追う。

 先程から噴出されていたマグマッグの炎の所為だろう、周囲に無数にあった蝋燭の蝋が凄まじい勢いで溶け大粒の汗が嫌でも額に浮き出る。

 まるでサウナの様な空間の中、彼女等は数メートル走った所で、不意に立ち止まる。

 丁度"いわなだれ"による落石や土砂によって遮られていたバリケードが無くなった付近で、その向こう側に二人のマグマ団の男の姿を目視したからである。

 

「……もう一人? ちょっと待ってよ、じゃあクリアさんは……フウは……?」

「ッ! 来ますよランさん! オムすけ"みずでっぽう"だ!」

 

 熱の所為か、はたまた目の前の非情な現実によるものの為か、クラリと体勢を崩しそうになるランに素早くイエローは言って、目の前の二匹のマグマッグの内の一体から放たれた"ひのこ"に対し、再度オムすけの"みずでっぽう"を繰り出す。

 二つの技がぶつかり合い、相殺し合い、技を出した者同士は互いににらみ合った。

 どうやら相手もイエロー達の動向を伺っているらしい、切欠さえあればすぐにでも動き出しそうな戦局の中、相手の方を向いたままイエローはランに呟く。

 

「大丈夫です、クリア達は無事ですよランさん」

「……分かってます、分かってはいるんですけど……」

 

 最悪の事態が頭に浮かび消えないのだろう。イエローに返答するランの声は微かに震えていた。

 相方のフウの強さはランが一番よく知っており、そしてここ最近一緒にいたクリアの強さもランは十分に知っている。

 知ってはいても、いざ目の前に二人の敵が現れてしまえば、その強さに疑念を感じてしまうのだろう。ジムリーダー、宝珠の守護者、どれ程の肩書きを持っていようと、彼女はまだ幼い少女なのだ。気持ちが現実に追いつかない事があっても仕方の無い事。

 目の前の敵に対する闘争心は消えないまでも、表情に余裕の無い様子のラン、そんな彼女に対し、イエローは相変わらず確信を持ったまま言う。

 

「まずは目の前の相手に集中しましょう、ランさん」

「イエローさん……でも、イエローさんはクリアさんの事が心配じゃないんですか?」

「心配、ですけど……だけど、信じてますから……」

 

 その言葉にランは不思議と重みの様なものを感じる。まるで心の直接響くような言葉。

 何度も何度も何度も、危険に飛び込み巻き込まれていく少年の身を案じ、そして信じ続けた少女の言葉。

 

「クリアはいつだって、最後にはボクの隣に帰って来てくれますから」

「イエローさん……」

「……ただまぁ、いきなりフラッといなくなる時もありますけど……」

 

 最後の言葉はどこか哀愁漂う感じがして、ランは訳が分からず小首を傾げる。そんな少女の疑問を知ってか知らずか、イエローは雑念を振り払う様に一度息を吐いて、そして目の前の敵を見定めて、

 

「じゃあ、まずはあの人達を倒しましょうランさん!」

「えぇ……そうですね、イエローさん!」

 

 イエローとラン、二人共この数日で心の距離こそ縮まったものの、イエローはクリアと違ってあまりポケモン修行も行っておらず、その手持ちの実態はラン自身も掴めてはいない。

 それに加えてイエロー自身も、感情が高ぶれば高ぶる程ポケモン達が強くなるといってもバトル自体は言う程上手くは無い。

 不安要素が圧倒的に多い二人のペアは、しかしそんな事等微塵も感じさせない程、同時に重なった声でそれぞれのポケモン達に技の指示を出すのだった。

 

「オムすけ"ハイドロポンプ"!」

「ルナトーン"サイコウェーブ"!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「"ソーラービーム"!」

「"めざめるパワー"!」

 

 ソルロックの"ソーラービーム"とグレイシアのVの"めざめるパワー"が二匹のマグマッグから放たれた"かえんほうしゃ"にぶつかる。

 威力は共に互角、再度相殺し合った後、クリアとフウの二人は目の前に立つ"二人"のマグマ団相手に憎々しげに視線を送る。

 

「こいつら、まさかラン達を……!」

「落ち着けよフウ、怒ってるのはお前だけじゃない」

 

 目に見えて怒りを露にするフウをなだめる様に言うクリアだが、しかしその声色は彼もまた穏やかな様子では無く、フウ以上の敵意の視線をクリアは目の前の相手に送っていた。

 "いわなだれ"によるイエロー、フウのペアとの分断後、突如として逃げたマグマ団を追った彼等が見たもの、それはイエロー達と相対してるはずだろうマグマ団と合流し、二人となったマグマ団達の姿だった。

 その瞬間予想されたのは彼等が大切だと思う人物達の危機、当然それで心穏やかでいられるはずが無い。

 出会って早々、即座にボールからグレイシアのVを外に出したクリアは、当て付け気味にすぐに"スピードスター"をVに指示、その攻撃に対し敵のマグマッグも"ひのこ"で応戦した様子で二つの技がぶつかり相殺し合い――そして今、今度は向こうから"かえんほうしゃ"の洗礼を浴びたのである。

 

「フウ、こうしていても埒が明かない、早く奴等に決定打を与えないと」

「ハァ、ハァ……分かってますよクリアさん、僕もランの事が心配だ、短期決戦と行きましょう」

 

 そう言ったフウの様子にクリアは少しだけ目を細める。

 いつもより息が切れるのが早く、そして荒い。恐らく辺りを包む炎の熱によるものだろう。本人は気丈に振舞っているものの、無理をしている事が一目で分かる程だ。

 

(これは、どちらにしろ長期戦はこちらに不利、不自然に見当たらないイエロー達の様子も気になる……なら!)

 

 少しずつ身体がフラついてきているフウに一瞬見やり、すぐにクリアはVへと視線を送る。

 送られたVは、現在の状況、戦況からのクリアの視線、それでクリアの意図が分かったらしい、首を縦に振り了承の意を唱える。

 

「よし、まだ練習段階の技だが一か八か試してみるか……フウ」

「は、はいクリアさん!」

「左の方は頼んだ、俺達は右を狩るから」

「わ、分かりました! ソルロック!」

 

 短い作戦タイムを終了させ、クリアとVは前へと飛び出る。

 それと同時に、フウのソルロックが"サイコウェーブ"を撃つのが目に見え、視界に入れたままクリアはその技の行く末を見守る。

 クリアとフウはダブルバトルでは即席とも言えるコンビだ。当然、ジムリーダーであるから一個人としてはその実力は並のトレーナーよりも高いのだが、しかしそれもダブルバトルとなれば話は別。

 ダブルバトルでは相方との連携が最も重要となってくる、それも仲間が次にどんな技を出すか、その技をサポートする為にはどんな技を放てばいいのかという、相方の思考すらも計算に入れて戦わなければならない。

 そしてそれは即席コンビで行うには非常に難易度が高いものであり、それはダブルバトルを専門とするフウと、トクサネジム戦にてダブルバトルで敗北したクリアもまた十二分に理解している。

 だからこそ、彼等はそれぞれ一対一で戦うというスタンスを取る事にしたのである。

 ダブルバトルが苦手ならば、ダブルバトルを行わなければいいのだ、何も無理にダブルバトルで勝負をつけなくても良い、ましてやこれはルール無用の野良バトル、正式にルールに則ったジム戦とは勝手が違うのだ。

 

 そして、ソルロックの"サイコウェーブ"が敵のマグマッグの内の一体に直撃――、

 

(よし、直撃し……)

 

 直撃した。そうクリアは確信したのだが、土煙が晴れた後そこにいたのは傷一つ無いマグマッグ。

 熱の所為か視界が揺れる。振り返ると技を出したソルロックとフウもまた驚きの表情を浮かべていた。

 

「どういう事だ、今確かに……ッ、V、れいとう……」

 

 確かに、マグマッグに"サイコウェーブ"が直撃した事をクリアは見届けたはずだった。しかし現に敵のマグマッグは怪我一つ無く、悠々とした佇まいでフウを見つめている。

 その事に疑問を覚えるクリアだったが、だが敵もそんなクリアの都合を待ってはくれないらしい、まぁ当然と言えば当然だが。

 前へと飛び出したクリアを迎え撃つべく、マグマ団の一人もまたクリアへと接近して来たのである。

 それに気づいたクリアは、即座にVの"れいとうビーム"で対処しようとして――唐突にその指示を取りやめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「一人前に出てきたよ、イエローさん!」

「えぇ……行くよオムすけ!」

 

 彼女等が放った"ハイドロポンプ"と"サイコウェーブ"の二撃はすぐに打ち落とされ、その直後、次の手を考えていた彼女等に近づく為か、敵のマグマ団の一人が彼女達に近づいてきたのだ。

 恐らく接近戦に持ち込もうという魂胆だろう、そしてその仲間を援護する様に、もう一人のマグマ団から"かえんほうしゃ"が放たれるが、その技は宙に浮くルナトーンのすぐ真下へと直撃するのみで終わる。

 

「どうやらあの人達も疲れてるみたいだ、ランさんはそこからサポートをお願いします!」

「う、うん、ありがとうイエローさん……」

 

 珍しく進んで戦いの場へ身を投じるイエローだったが、そこには彼女なりの理由があった。

 それは今彼女に礼を言った少女、ランの体調の様子だ。

 目に見えて足元がフラつき始めた彼女に近距離で戦わせるのは些か酷だと、そう判断しての行動である。

 実際、その判断は正しい。それは仮にもジムリーダーのクリアもまた考え実行する行動だったからだ。

 

「オムすけ、れいとう……」

 

 そして、彼女のオムすけの"れいとうビーム"もまた、指示途中で中断される。

 彼女と目の前の彼との周囲にある炎が一際強く燃える、目の前の男のシルエットが赤く染まる。

 

「……まさか」

 

 彼女がそう呟くのと、目の前の"少年"が同じ事を考えたのは同時だった。

 確かめる様に、警戒心を強く持ったままゆっくりと彼女と彼は歩を進めた。

 

 炎の勢いが弱まった、瞬間、

 

「……クリア?」

「……イエロー?」

 

 少女は少年を見つけ、少年は少女を見つける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬混乱しそうになる頭を数秒で無理矢理整理し、猜疑心は一先ず引き出しの奥へと仕舞う。

 目の前に立つ少女、麦藁帽子を被った金髪の少女の姿を垣間見たのはほんの一瞬だった。

 だがその一瞬、その一瞬さえあればクリアの闘争心は途端に弱くなる。ただし警戒の色は以前として赤色に設定したままに、彼は確かめる為に目の前の人物へと近づいたのである。

 

 そしてそれは、少女も同じ、そうして彼等は自身達が今まで戦っていた相手を知るのだった。

 

「……クリア? 本当にクリアなの?」

「……そういう君こそ、本当にイエロー?」

 

 確証も確信も持った訳では無かった。エスパータイプのポケモンの幻覚という線も考えられるし、もし今目の前に立つ人物の存在が敵の罠であったら最悪の状況である。

 最早逃れられる状況じゃない、互いにポケモン達はいつでも技を撃てる様臨戦態勢をとってはいるが、とてもじゃないが、もしも目の前の人物が虚像だった場合、その時はクリアにとってもイエローにとっても終わり、敗北を意味する。

 しかしそんな状況下でも、一度顔を合わせてしまうと、口調がいつもの掛け合いの様に柔らかくなるのは、彼彼女等だからこそなのだろうが。

 

「ク、クリアは最初ボクの事をどう呼んでた?」

「……"少年"と初めて会った時俺が頭に乗っけてたものはどうなったでしょう?」

「クリアのハットは旅立って早々にエースとの修行で灰になっちゃったよね」

「あぁ、あのハット高かったのにな……」

「だからボクは"帽子は脱いだ方がいい"ってあの時言ったんだよ?」

 

 いつの間にか、二人の強張った表情が柔和なものになっていた。

 彼等の敵が知らない様な情報を問題として出し合い、相手の素性を明確なものとする、その問いかけ合いで彼等はようやく目の前の人物が"本物"だと確認出来たのである。

 

「て、今はそれ所じゃないよイエロー、早くこの事をフウにも伝えないと……っ」

「そうだね、ボクもランさんに……え」

 

 確証を得て、先程までの彼等のパートナー達にその驚愕の事実を伝えるべく振り返った先、そこにあったのは二人の男の闘争だった。

 互いにマグマッグを出して、"かえんほうしゃ"を撃ちあっている。

 先程までは確かに味方同士だった赤装束の男達の戦い、その事実に再度混乱状態に陥りそうになるイエローだったが、対してクリアはそれで疑念が確信へと変わる。

 

 ふと、周囲で燃え盛る炎へと目をやる。

 熱く赤く燃え上がる無数の炎、蝋燭の蝋はドロドロに溶け、白い絨毯が一面に広がる様が広がる。

 それを見て、クリアはイエローに向けて、

 

「イエロー、オムすけは確か"ふぶき"が使えたよな?」

「え、う、うん、大丈夫。使えるよ、だけどそれがどうかしたの……っていうかあれってフウさんとランさんじゃ……!?」

 

 少し遅れてイエローもようやく事態が飲み込めたらしい。

 先程まで彼等が戦っていた相手は、クリアとフウの相手はイエローとランで、逆もまた然り――要は仲間同士で潰し合いをさせられていたのである。

 恐らく全て、先のマグマ団から仕向けられていた事なのだろう。"いわなだれ"でクリア達を分断させて、二人同士に分断させた事を利用して、彼等を味方同士潰し合わせる。

 そしてそれが、マグマ団の彼にとって最も効率的かつ、確実な作戦だったのだ。

 

 何故ならこの送り火山に侵入したマグマ団の男、"ホカゲ"の目的は紅色の宝珠と藍色の宝珠の奪取、その為の時間稼ぎが出来れば上々、その上味方同士同士討ちをさせて戦闘不能まで追い込めれば完璧である。

 どちらにしろ、クリア達がイエロー達を、イエロー達がクリア達を敵だと認識した時点で、彼の作戦は達成されていたのだ。

 

「多分、これはこの辺一帯の炎が原因だと思う。蜃気楼ってあるだろ、あまりの暑さで無いものが見えるって奴、これはその一種みたいだ」

 

 そう言ったクリアの言葉は概ね正しい。

 クリアの言った通り、彼等の周囲の炎はホカゲのマグマッグが持つ特殊な炎、極限まで高められた熱エネルギーによる幻覚攻撃はホカゲが最も得意とする戦法だったからだ。

 そして、今回その炎によって作り出された幻覚はポケモンとトレーナーの偽装、一定以上の距離を離れると対象の人物がマグマ団の男に、そしてポケモンはマグマッグに見えるというものだ。

 更に繰り出される技も炎に似せて幻覚を被せる仕様にしていたらしく、彼等が"ハイドロポンプ"や"ソーラービーム"を"かえんほうしゃ"だと思っていたのもこの為。

 尤も、ソルロックの"サイコウェーブ"が虚像のマグマッグに直撃し、宙に浮かぶルナトーンには傷一つ無く、また技を受けたマグマッグも無傷という"綻び"もこの幻覚の中には無数に存在していたのだが、流石にそこまでの完成度はいくらホカゲでも無理だったのだろう。

 どちらにしても、ホカゲの目的は時間稼ぎ、それが達成出来ている時点で、勝負はクリア達の負け、という事になるのだが。

 

「まぁ今はそんな事はどうでもいい、まずは早くこの幻覚攻撃を解くぜイエロー」

「幻覚、炎、"ふぶき"……うん、分かったよクリア……オムすけ!」

 

 クリアの意図を理解したらしいイエローがオムすけに呼びかけ、そしてクリアもまた満足気にVへと視線を逸らし、Vもクリアに頷く。

 

 ホカゲの幻覚攻撃は全て周囲の炎による高い熱エネルギーによるものだ。

 ならばその突破方法は簡単解明、ただその熱エネルギーを下げてやればいい、その熱量すら上回る圧倒的な氷の力で。

 そしてそれは、クリアが最も得意とする力。

 

「"ふぶき"……!」

「V、"ふぶき"!」

 

 そして次の瞬間、大規模な水蒸気が辺り一面に立ち上る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 送り火山山頂付近、深い霧が立ち込める中、赤装束に身を包んだ男が紅の球体と藍の球体を確かに手にとってほくそ笑む。

 その付近には二人の老人達が悔しそうな表情を浮かべ力なく倒れており、当分は目を覚ましそうに無い。

 

 送り火山中腹にて、四人のトレーナーから見事身を眩ませた男、ホカゲはそうして無事に二つの宝珠の奪取に成功していたのである。

 マグマ団三頭火、幹部のホカゲは自身のポケギアを取り出し、彼をこの場所に差し向けた頭領(リーダー)、マツブサに連絡を取る。

 

「頭領か、予定通り紅色の宝珠と藍色の宝珠、確かに頂いたぜ」

『よくやった、ならば一旦戻れホカゲ、そろそろド派手に動くとするぞ』

「……了解」

 

 通話を終え、ポケギアを短く操作して仕舞い、そして、

 

「オオスバメ」

 

 彼の傍に這い寄っている二匹のマグマッグをボールに戻し直後にオオスバメを出して、二つの宝珠を大事そうに持ったまま彼はオオスバメに足を掴んで飛んだ。

 "そらをとぶ"、山頂付近は霧が深く危険な為、低速で麓まで移動し、そこからは海を渡って移動する算段である。

 

(そういやさっきのトレーナー……いや、どうせもう会う事は無い、気にする必要も無いな)

 

 一瞬、先程送り火山中腹で出会った少年の顔に見覚えがある様な気がしたが、彼は気に留める事無く山を降りた。

 見覚えがあると言っても街ですれ違った程度だろうと、自身の幻覚攻撃に嵌って手も足も出せない様な相手は気にする程でも無い、そう判断しての事だった。

 そして彼は予定通り山から降りて、そこからは彼のアーマルドに乗って海上を渡り、そうして送り火山を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うぅ」

「あ、フウさん、気がつきました?」

 

 点々とした残り火と、同じ量の氷が支配する世界の中、トクサネジムのジムリーダー、フウは意識を取り戻す。

 彼の横では今だランが眠っており、彼等の面倒を見ていてくれたのだろう、起き上がった彼にイエローが人の良さそうな笑顔を向けて来た。

 

「ここは、確か僕達送り火山に来てて……」

「はい、それで赤装束の人達と戦って……」

「ッ! そ、そうだ! イエローさん、敵は今どこ……って、わ、あだっ!」

「あぁ危ないよフウさん! 軽い熱中症みたいだから安静にしておかないと!」

 

 無理に起き上がり立ち上がろうとしたフウだったが、足元が覚束無いのか立ち上がった瞬間、体勢を崩して倒れこんでしまう。

 それを見たイエローが慌ててフウを強引に寝かせ、そして次にVの方を見る。

 そしてイエローが何かを言うよりも先に、Vはすかさず小さな氷の塊を瞬時に作って、それをイエローに差し出した。

 

「うん、ありがとう、V……フウさん、これを額に当てといてください。それともう少し良くなるまでそのまま寝てて貰いますよ」

 

 受け取った氷を、緊急時の為にと持ち歩いていたタオルに包むと、イエローはそれをフウへと手渡す。

 有無を言わさぬイエローの物言いに、普段が普段故か気圧され、素直に氷入りタオルを受け取り額に乗せるフウ。

 その様子を満足気に見て、そしてイエローはすぐにVのもう一つ小さな氷を要求し、生成されたそれを持っていた未使用のハンカチに包んで、顔を歪ませ眠っているランの額へと置いた。

 

「……赤装束の人達の事なら、今クリアが追っていますから大丈夫です……多分、もうすぐ何か知らせが来ると思います」

「そう……ですか、すみません、巻き込んじゃって」

「いえ、ボク達が勝手に首を突っ込んじゃっただけですから」

 

 そう言って先程の戦いが嘘みたいに笑うイエローに、フウは不思議と安堵感を感じていた。

 フウの使命は紅色の宝珠と藍色の宝珠を守る事、今まさに、その二つの宝珠の危機であり、あるいはもう既に持ち去られた後かもしれない。

 そんな絶望的な状況ながら、不思議とフウが自暴自棄にならず、自信の身を優先して安静にしていられるのは恐らく目の前の少女、"癒す者"と称されるイエローと、そして敵を追ったという"導く者"のクリアという謎の少年の影響故だろう。

 一般トレーナーながらも並外れた実力を持つクリア、先の戦いでも危うく同士討ちとなる所を、イエローと、そしてクリアのポケモン達の力でどうにか乗り切る事に成功していた。

 ホカゲの炎を超える程の氷の力で、クリアとイエロー、二人の氷技で幻覚現象を引き起こしていた炎を粗方消し飛ばす事に成功していたのである。

 

 だがそれと同時に、極度の疲労と軽度の熱中症から倒れたフウとランの二人を放っておけないという事で、二人の事をイエローと、そしてクリアの手持ちである氷ポケモンのVに任せる形でクリアは敵を追う事に専念していた。

 そしてそんなクリアが姿を消したのが大体十分ほど前、そろそろ事が動いても可笑しくない時間、そうイエローが感じ始めた頃、確かに事は動いた。

 

 彼女等に近づく一つの影があったのだ。

 

 それは空を飛んできて、一瞬イエローは身構えるも、その姿に見覚えがあるという事ですぐに警戒は解く。

 

「デリバード、クリアからのお使いかい?」

 

 そう、彼女の下にやってきたのはクリアのデリバードだった。

 元はクリアの師であり仮面の男と呼ばれた老人、ヤナギの手持ちだったデリバード、今ではクリアの大事な一匹でもあるポケモンだ。

 イエローの下までやって来たデリバードはすぐに自身の頭を差し出す。

 突き出す様に頭を向ける様を見て、すぐにイエローは、トキワの力を使って"デリバードの記憶にある"クリアの伝言を読み取る、という事を察しすぐに彼女はデリバードの頭へと手を翳す。

 

「……イエローさん、一体何を……」

 

 トキワの森の力を使ってデリバードの記憶を読み取るイエローだが、フウからしてみればただイエローは目を閉じてデリバードの頭に手を翳してる様にしか見えない。

 そんなフウの疑問を置いて、数秒後デリバードの頭から手を離したイエローは、先程までとは打って変わってやけにどんよりとした空気を辺りに漂わせながらフウの方を向いた。

 どこか残念そうな、それでいて怒ってる様な、だけど心配してる様な、なんとも言えない表情、その事からフウは何事かとゴクリと一度息を飲んで、

 

「……クリアが」

「ク、クリアさんが……?」

「クリアがまたフラっといなくなった、しかもまた危ない事してる……!」

「……え?」

 

 最後の言葉の声色の変化に、少しだけ寒気を覚えたフウだったが、本人は額の上や周囲に残った氷の所為だとそう思う事にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 山頂から降りてきたのだろう赤装束の男を見たのは、山内部から新鮮な外の空気を吸える場所まで上った所だった。

 向こうは此方に気づいてなかったのが幸いか、恐らく立ち込める霧がプラスに働いたのだろう。

 だがその男が抱えた二つの宝珠、その宝珠には覚えがあり、見過ごす事等出来なくなった。

 すぐに彼はデリバードを外に出し、赤装束の男を追うも、霧や慣れない地理の所為か追いつく事は出来ず、結局デリバードには今見た事、そして伝言だけを残して彼女達の下へと向かってもらう事にしたのだ。

 

「えーと、コホン……イエロー、悪いけどフウとランの二人は頼んだぜ、俺は奴を追うから、多分危ない事はしないから、何も心配せずに待っとく様にな!」

 

 その姿はきっと今までで一番無責任に見えたのだろう。先の激闘の後、更に今は緊迫した場面なのにやけに軽薄に親指を立てた姿がまた何とも言えず、彼のデリバードすらも彼に冷ややかな視線を送っていた。

 そして彼はそんな視線に負けず、すぐにドククラゲのレヴィを海へと出し、自身はその上に乗って、気づかれない様にアーマルドとその上に乗った男を尾行する様に指示する。

 指示してすぐに、そうして彼はホカゲを追って送り火山を後にした。

 その様子を見届けたデリバードはイエローの下に向かった。

 結果、イエローは静かに怒りの炎を燃やした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、マグマ団とアクア団、一時的に手を結んだ彼等がいざ海底洞窟へと向かおうとする時、場面。

 カイナシティで奪われた潜水艇に次々と乗り込んでいくマグマ団下っ端集団の中に――彼はいた。

 赤の装束に身を包んだ、チョウジジムのジムリーダー、現マグマ団下っ端――に扮した少年、クリアは誰にも気づかれない微笑を浮かべて、潜水艇へと乗り込んでいく。

 

 




今日は不思議とキーボードが叩けた。
そしてこれでようやくホウエン編前半終了、後はひたすらシリアスになると思います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。