ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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五十二話『vsレックウザ 第三の超古代ポケモン』

 

 

 ホウエン地方全土を巻き込んだ二匹の超古代ポケモン達の戦い、その戦いはこう着状態を維持したまま、しかしその莫大なエネルギーだけはその地に着々と溜めつつあった。

 マグマ団とアクア団、二つの組織によってその眠りから目覚めたグラードンとカイオーガの二匹はルネシティにおいて遂に激突、そして一時はグラン・メテオの力で災厄は回避されたのかと思われたが二匹の戦いだったが、しかし二匹は尚も戦い続けた。

 その拡散するエネルギーを封じているのがホウエン四天王と彼等を率いるダイゴ、そして新チャンピオンのミクリだ。

 レジアイス、レジロック、レジスチルの伝説の三匹を目覚めさせた彼等はその力を以ってして、"ばかぢから"で拡散する超古代ポケモン同士の激突のエネルギーを一点に留め、何とか被害を最小限に食い止めているのである。

 全ては二つの宝珠を持って再び現れるだろう二人の少年少女、彼等に全ての希望を託しての行動、精一杯の時間稼ぎだった。

 

 そんな状況下で、ホウエンの命運を託された件の二人の少年少女であるルビーとサファイア、そして特別な才能を持つイエローと名乗る少女はマボロシ島の地にて今も尚修行に励んでいた。

 時間の経過が外界とは異なるマボロシ島の地、極端に遅い時間の流れが極端に速い時間の流れとなるその間、丁度外界と時間の流れが同調するその瞬間までという制限時間の中、三人の少年少女達は各々の想いを胸に抱えて、そしてその時は――もうすぐそこまで来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、イエローという少女の旅の連れ、否どちらかというとイエローの方が連れになるのだがそんな事は些細な事だ、彼女の親友とも言うべき少年、クリアは空の柱の最上階にて明確な"敵"の存在と対峙していた。

 アクア団幹部、SSSのシズク――今クリアが手持ちに加えているタマザラシが本来懐いていた人間である。

 この空の柱での修行の中、どうにかタマザラシの説得には成功したものの、矢張り敵として対峙する事に多少の戸惑いがあるのか、ボールの中のタマザラシは僅かに震えていた。

 その様子の変化に気づきながら、クリアはミツルを共に修行していたトウカジムリーダーのセンリの方へと逃がしつつ、シズクへ睨む。

 此度の修行の目的は未だクリアもセンリの口から聞いてはいないが、十中八九その理由とは三匹目の超古代ポケモンであるレックウザだ、となるとカイオーガを目覚めさせたアクア団のシズクは絶対にその目的を阻止してくるに違いない、否もしかするとレックウザを我が物としてグラードンとの相打ちを狙う可能性だってある。

 どちらにしても目的を知られてはならない、だからこそ冷静に脳内で言葉を選別するクリアだったが彼が何かを発する前に、

 

「……にらみ合いは後にしましょう、まずはこのドククラゲの"処置"の方が先です」

 

 "敵"であるはずのシズクが真っ先にそう言った。

 当然訝しげな表情を見せ、反論しようとするクリアだったが、それより先にシズクの傍らにいたレヴィが唐突に体勢を崩すのが目に入り、それまでの事情の何もかを全て忘れて、彼は自身の仲間(ポケモン)の下へと慌て駆け寄った。

 

「レヴィ!」

「いくら海のポケモンとは言え、貴方を探して約三週間もの間ずっと、ホウエンの全海域を彷徨っていれば体力だって限界を迎える……いや、むしろ今まで立っていられた事を褒めるべきでしょう」

 

 一瞬、シズクが連れたレヴィを視界に捉えた瞬間クリアが考えた事は"人質"――シズクが弱ったレヴィを捕え戦闘を優位に運ぼうとしているのかとクリアは考えたが、どうやらそんなクリアの予想とは正反対の事をシズクは行ったらしい。

 

「まずは早く体力を回復させてあげる事です、でないと手遅れになるかもしれない」

「……レヴィ、"すごいキズぐすり"だ、悪かったな探させて、一先ずボールの中で休んでいてくれ」

 

 体力回復の道具を使い、短く詫びを入れてから素早くレヴィをボールの中へと戻す。

 モンスターボールの中ならばこれ以上の体力消耗はとりあえず抑えられる、その事に安堵し、そして自身の考えの浅はかさにクリアは思わず唇を噛んだ。

 クリア自身、レヴィから嫌われてはいないまでも、まさかこれ程にレヴィから大切に想われていた等とは思わなかった、だからこそまさかレヴィが体力の限界までクリアを探しているとは考えられなく、優先してレヴィの回収も行わなかったのである。

 レヴィの強さはクリアの手持ちの中でも一二を争う程のものだ、それこそ野生ポケモンの脅威等限りなく少なく、そして海はレヴィにとって庭の様なもの、適度な休憩さえ挟めばこれ程の体力低下は無かったはずだった。

 だがレヴィはその必要分の休憩すら挟まなかった、それは恐らく、海へと放り出されたクリアの身を案じての事なのだろう、だから彼に休憩する間等ありはせず、今回の様な無謀な行動に出てしまった。

 全ては、そんなレヴィの行動、考えを読めなかったトレーナーの力量不足故の結果だったのである。

 

「……なんなんだよ、アンタは」

 

 ポツリと、震える声でクリアは呟き、

 

「礼は言う、だけど解せない! どうしてレヴィを助けたんだ、俺の手持ちの……敵のレヴィをどうして……!」

「……人、いや誰かを助けるのに、理由なんていらなかったのでは?」

 

 あくまでも淡々とした口調で言われたその言葉に、クリアは言葉を失う。

 潜水艇の中でクリアが言った言葉、彼はその時には"人"と言ったが、当然今のシズクの語り通り彼の言葉にはポケモンも含まれる。

 ならばこそシズクがレヴィを助ける事もまた自然な事、クリアの持論からいけば、誰かを助ける事に理由等必要無く、だからこそシズクはレヴィを無償で助けたと言える。

 

「……どっちなんだよ一体、"アンタ等"は敵なのか味方なのか、何をしたいんだよ畜生! どうして善人が悪事なんか働くんだ!」

 

 だがクリアがその事を理解する前に、彼の思いは言葉となってシズクへと放たれた。

 押し黙りその叫びを聞くシズクは知る由も無いが、クリアは一度、身近な人物を目の前で失っている。

 

 それはきっと、彼が"師匠"と呼び、そして仮面の男と呼ばれた人物と、目の前で彼のポケモンを助けた"悪人"の姿が彼の目には重なって見えたのだろう。

 

 簡単な事。

 当初はイエロー含めた図鑑を持った仲間達に痛んだ心を救われ、今も心の片隅に残していた記憶だったのだが、ここに来てクリアのその想いが爆発したのだ。

 セレビィと共に時間の狭間へと消えたヤナギは簡単には許されない程の悪に手を染めた、だから叫んだ所でどうなる訳でも無いという事をクリアも分かっている、だから今まで大切な記憶として覚え続けてきた。

 そんな中でのシズクのこの行い――元々シズクが悪人であると知る前、少しの間だがシズクの事を善人だと思っていたクリアだ、その姿が彼の前では善人を演じていたヤナギと被って見えても仕方の無い事だった。

 そして被って見えてしまったからこそ、どうしてヤナギが最終的に悪に手を出し、消えてしまったのか、その答えをクリアは思わず問いかけたのだった。

 ヤナギの答えなど、彼の眼前のシズクに問いかけた所で答えられるはずも無いというのに。

 

「貴方が言う"アンタ等"が誰なのかは知りませんが、私個人の考えで言うと……迷っています」

「……迷っている?」

 

 またしてもクリアを思考の渦へと突き落とす言葉、そんなクリアの葛藤等気に留める事無くシズクは続ける。

 

「私はアクア団SSSのシズク、私は総帥アオギリに忠誠を誓った身……ながらにして、私はアジトの場所を敵のジムリーダー達に教えるという"裏切り"とも言うべき行為をしてしまった」

 

 それはホウエンジムリーダーの内の三人、ナギ、アスナ、テッセンがアクア団のSSSと激突した時の事。

 ルネシティへ向かう途中のカイオーガの進撃を食い止めていた彼等はその場でアクア団幹部の三人と衝突、戦闘となり結果軍配はジムリーダー達に上がったがアクア団幹部は全員取り逃がし、カイオーガの進みも許す結果となった。

 その戦闘後、シズクは彼等に一つの計器を転がしたのだ、船の航行を記録する機械――ミナモシティから出発した記録を彼等に提示し、彼等の考えをアクア団アジトへと結びつかせる為に。

 だがシズクの言った通り、それは最大級の謀反行為である。

 自身達のアジトを教えるという事は帰る為の場所を手放し、蓄えた装備を全て投げ捨て、アジトに残っているだろう仲間を売るという行為。

 

「元々私は総帥に忠誠を誓った身です、海の事情等は二の次だった、だから分からなくなった、私自身どうすればいいか……分からなくなったから、この場へと来たんです」

 

 だから彼は自分自身が分からなくなった。元々海を広げる事では無く、アオギリに従っていた彼は、海を広げるという行為にも価値を見出せず、しかしアオギリには裏切られ、シズクも裏切りとも言える行為に出てアオギリを裏切った、そして彼自身、自分自身でその裏切り行為に驚きを感じていたのだ。

 そして、だからこそ、彼はこの空の柱を訪れたと言った。

 

「あの時、海底洞窟で私欲の為に私を切り捨てた"総帥(アオギリ)"と、自分の身を犠牲にしてまで私を助けた"貴方(クリア)"どちらが正しかったのかをハッキリさせる為に!」

 

 そして、だからこそ、彼は自身の疑問に終止符をつける為、クリアの下を訪れたのである。

 言いたい事は言った、後は行動で示すのみ、シズクの動作にそんな意図を見出して、クリアは一度目を閉じて深く息を吸い込んだ。

 掻き混ざる様な感情の渦、まずはその感情を無視して、一旦気持ちをリセットする。頭を冷やし、今目の前にいる人物を見据える。

 眼前に立つシズクという人物を見定め、彼がヤナギでは無いという事を再確認し、ヤナギに対する疑念をシズクに向ける事はお門違いだという事をハッキリと心に刻んで、

 

「そうだな、俺も変に考え過ぎる所だった。そうだよ、答えを知るにはこれが一番ベストなんだ……俺とアンタは、"敵同士"なんだから」

 

 微笑を浮かべてクリアは言った、釣られる様にシズクの表情も少しだけ和らいだ。

 そしてクリアは、真っ直ぐに左手の人差し指をシズクへ向けて叫び、

 

「"アクア団SSS"のシズク! 俺は俺自身の気持ちに踏ん切りをつける為に、そんでついでにセンリさんとミツルの為の時間稼ぎの為に、アンタをここから一歩先にも進ませやしない!」

「臨む所です、私は私の為、そして我が総帥の悲願の為、私は貴方を倒して"その先の答え"を見る!」

 

 その叫びにシズクも答える。

 そして彼等は互いの思いの丈を言い合って、同時に互いのポケモンを召還した――タマザラシとテッカニン、出し合って一秒後、そして即座に彼等のバトルは開始されるのだった。

 

「テッカニン"こうそくいどう"!」

「タマザラシ"こなゆき"!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「来ましたアダンさん!」

 

 フウの声がアダンの耳に届いた丁度その頃合、彼等の周囲の雨風が急激に強くなり始める。

 普段のマボロシ島なら、外界がどんな気候だろうがお構いなしの晴れ模様、心地よい風が吹く天国の様な場所だが、今は嵐が強まり、草花が不安げに揺れている。

 それは合図、マボロシ島とその外の世界との時間差が縮まり、修行を終えた彼等が外へと飛び出る絶好の機会、恐らくこの時を逃せば次彼等が外に出る頃には、ホウエン地方は滅んでいるか、奇跡的に原型を留めているかの二択だろう。

 恐らくは外の世界、空の柱を含めた周辺の地域でも薄っすらとマボロシ島の外観が見え始めた頃、外へと出る少年と少女達は海岸沿いに集まっていた。

 

「いよいよだね、それにしてもイエローさんはどこへ行ってしまったのだろう」

 

 アダンとフウとランの三人のジムリーダーがその場から姿を消し、一向に現れないイエローを待ちかねたのだろうルビーがそんな呟きを吐く。

 三人のジムリーダー達は彼等が嵐の中、外界へと飛び出すタイミングを間違えない様に、残って合図を送ってくれるのだと言う。

 実際、数分でもタイミングを逃してしまえば、今まで通り外界との同調時期を待つ事になり、また最悪の場合、時間の狭間の中を永延に彷徨う事となる。

 故にイエローがこのまま現れなければ二人だけで出発しよう、そう考えていたルビーだったが、不意に彼の横に立つ少女、サファイアが意を決した様にルビーを見た。

 

「……ねぇ、ここば出る前に、話しときたい事があるけん」

 

 急激に強まっていく嵐の中、上から下までビッショリと濡れながらもその時を好機と思ったのだろう、そして少女(サファイア)少年(ルビー)へとその想いを告げる。

 

「あたし、あんたの事が……好きったい……」

 

 

 

 ――そしてその様子を、離れた茂みの中からイエローはしかと見届けていた。

 

「え、わ……え!?」

 

 目に見えて顔を紅潮させ、先程サファイアが言い放った"告白"の意味を、彼女は心の中で細かく吟味していく。

 

(えぇと、"好き"って事は、友達同士でって事? いやいや、でもあの雰囲気はどう考えても……)

 

「へぇ、ありゃ間違いなく"告白"だねぇ……適当な答えで結局話をはぐらかせたどこかの誰かさんとは偉い違いだ」

「カ、カガリさん!」

 

 そんなイエローの驚き慌てふためる態度に対し、カガリと呼ばれた赤色のマグマ団服を纏った女性は茶化す様にそう言った。

 

 マボロシ島にいた人物はイエロー、ルビーとサファイア、そしてアダンにフウとランの六人――では無く、実際には七人だった。それが彼女、七人目の人物"カガリ"。

 マグマ団として活動し、グラードン復活の際にはホウエンのジムリーダー達と交戦までした彼女だったが、今はイエロー達に協力的な態度を取っている。

 それというのも、元は何度かの戦いから目をつけたルビーを追っていた彼女だったが、激化する超古代ポケモン達の戦いから身の引き時を感じたらしく、今ではこうして自身もまたイエロー達と共にこの戦いに決着を付けるべく、密かに出発の時を待っていたのである。

 

「おっと合図が上がった、行くよイエロー」

「告白……サファイアさんがルビーさんに……」

「何やってんだい、グズグズしてると置いてくよ!」

「あ、わ、分かってますすぐ行きます!」

 

 一瞬、呆ける様に片言に何かを呟いていたイエローだったが、カガリに叱咤されバタフリーのピーすけに背中を預け、そしてカガリと共に先に出発したルビーとサファイアを追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 タマザラシの"こなゆき"を、テッカニンは余裕を持って避けて、

 

「"みだれひっかき"」

 

 シズクが指示を出した直後、三、四と続く鋭い爪を利用したテッカニンの"みだれひっかき"がタマザラシを襲った。

 

「ッチ、"まるくなる"でガードだ!」

「ならば"つるぎのまい"から"きりさく"で一気に畳み掛けなさい!」

 

 負けじと防御指令を出すクリアだったが、まるでその返しを読んでいたかの様に、シズクはテッカニンに攻撃補助の技と一撃が重く、急所ヒット率も高い技を指示して来る。

 クリアは一瞬の躊躇の後、そのままタマザラシに防御の形を取らせ、そしてテッカニンの爪がタマザラシに食い込み、その小さく丸い身体が数メートル弾き飛ばされた。

 

 クリアとシズク、交戦を始めまだ数分と経っていないが、戦況は圧倒的にクリアが不利な状況だった。

 それというのも、矢張り彼のタマザラシ、生まれたばかりという事もあり、未だ戦闘経験が不足している事も致命的か、シズクのテッカニンにやや押されっぱなしなのである。

 更に付け加えればクリアはカントーを旅立ちジョウト地方を訪れた頃辺りからずっと、レベルの高い、また戦闘慣れしたポケモン達と共に戦ってきた。

 四天王ワタルと戦ったポケモン達とジョウトジムリーダーズや仮面の男の軍勢と戦い、新規にクリアのチームに加入したデリバードも元はヤナギの手持ち、そのレベルは当然の如く高い。

 しかしこのタマザラシは違う。これまでクリアが扱ってきたどのポケモン達よりも、良い意味で成長段階、悪い意味で実力不足だったのである。

 四天王と戦った当時のPやVも半年間の修行期間があったが、それすらもこのタマザラシには無かった――だからだろう、クリアの指示とタマザラシの動きが点でバラバラなのだ。

 今の"きりさく"の攻撃にも、クリアは当然の様に氷技で反撃しようとした、がタマザラシはまだまだ攻撃のモーションに入るには体勢が整っておらず、だから仕方なく、クリアはそのまま"まるくなる"で防御した方がまだマシという結論に達したのである。

 

「……厚い体毛が衝撃を和らげましたか、だが防戦一方のその状況で、一体どうやって私を攻略するつもりですか」

 

 何とか起き上がるタマザラシを見て、シズクは言う。

 彼の言った通り、タマザラシは元々は寒さ対策にある深く厚い体毛に救われる形と、高い体力のお陰でどうにかまだ元気に動けるらしかったが、だが矢張り、戦闘自体には段々と敗色の色が見え出していた。

 それはクリアとタマザラシのコンビネーションが最悪な事もさることながら、しかし最もな原因は予想以上に高いシズクの実力故だろう。

 シズクが下っ端程度の実力だったならば、クリアも少しは肩の力を抜いて余裕のある指示をタマザラシに出せていたかもしれない、だが相手は仮にも悪の組織の幹部クラス、ジムリーダーと渡り合う実力だ、当然手を抜いて勝てる相手でも無く、かと言って全力を出しても今の状況では勝機は薄い。

 

 だがクリアはこのシズクに勝つ方法を、最初から一つだけ思い当たっている。

 それは最も簡単かつ、一番の勝利への近道、それを行えばほぼ必ず勝てるだろうという選択。

 ――タマザラシで勝てないのなら、十分な余力を残しているエースやPに交代してしまえばいいのだ。

 エースやPならばクリアの本気の指示についていく事が出来、勝利の見込みは飛躍的に上昇する。

 だがクリアは、交代する気等更々無かった。それも最初から。

 

(この建物自体、老朽化が進んだ脆い塔だ……なら)

 

 それは何故なら、シズクとの勝負を決心したその瞬間から、タマザラシのみを使う事を決めていたから。

 この勝負は唯の勝負では無い、クリアにとってもシズクにとっても、一つのケジメとするべく始めた決闘、ならば――ポケモンではあるが、元々はシズクについていきたがったタマザラシにもまた、この勝負を戦い抜く資格があるはずなのだ。

 

「"アイスボール"!」

「ふ、当たりませんよ、"こうそくいどう"で素早さを高めたテッカニンの前ではね!」

 

 数度に渡るタマザラシの"アイスボール"、だが冷気を纏ったタマザラシの転がりは、いとも容易く悲しく虚空を切る。

 

「では詰めと行きましょうか、テッカニン"いやなおと"で相手の防御をガクッと下げて、"れんぞくぎり"で止めを刺しなさい!」

 

 シズクの指示通り、"いやなおと"がフロア内に響いた。

 鼓膜を叩きつける思わず目を瞑ってしまいそうになるその音に必死に耐えるクリア、手を叩いて音を中和するタマザラシ、彼等の後ろではセンリとミツルが急いで何かを始めていたが、そんな光景等今クリアとシズクの両名の瞳には映っていなかった。

 今はただ、目の前の戦闘に全力を以って挑む事、彼等の頭にはその事しか無いのである。

 

「さぁテッカニン、行きなさい!」

 

 そして無情にも下されるシズクの言葉、その直後、"いやなおと"を再度鳴らすテッカニン。

 シズクの指示した内容は"れんぞくぎり"、その指示に反するテッカニンの行動、その矛盾に一瞬呆気に取られるシズクだったが、途端に彼は納得した様に、

 

「なるほど、さっきのタマザラシの行動は……」

「あぁそうだ"アンコール"だよ、そして! 今、アンタのテッカニンが出してる"いやなおと"も俺達の勝利に有効な働きを見せてくれてるぜ!」

「何ですって……?」

「聞こえないのかアンタには……このそこら中から聞こえて来る"悲鳴"が」

「"悲鳴"……私の耳にはテッカニンの"いやなおと"と、貴方のタマザラシが撃った"アイスボール"が壁に打ち付けられる音しか……!」

 

 言いかけて、ようやくシズクも気づいたらしい、先程から始まっていたクリアの作戦に。

 タマザラシの"アイスボール"と、それを避けるテッカニン、避けられた"アイスボール"となったタマザラシはそのままの勢いを乗せて壁へと打ち付けられていく。

 老朽化して脆くなった空の柱の壁、そして"アイスボール"という技は撃てば撃つ程に威力を高めていく技、一度は中断したものの、それもタイミングが良かった。

 テッカニンの攻撃の手を封じ、あまつさえ"いやなおと"でフロア全体を震わせてクリアの作戦の手助けをして貰っているのだから。

 

「そろそろだぜタマザラシ」

「ス、ストップだテッカニン! これ以上"いやなおと"は……」

「"みずでっぽう"で……壁をぶち壊せぇ!」

 

 そうしてクリアの狙い通り、タマザラシの"みずでっぽう"が空の柱の壁の一部を破壊するのと、テッカニンの"いやなおと"の"アンコール"が止まるのはほぼ同時だった。

 威力が増加するタマザラシの"アイスボール"でテッカニンを狙う、というカモフラージュをしつつ空の柱の壁にダメージを蓄積させ、またテッカニンの"いやなおと"で壁全体に震わす様な振動を与え微弱ながらも破壊に補助とする。

 それも衝撃が直接の打撃より伝わりやすい分、"音"による補助は有効な手となって、またテッカニンの"いやなおと"が強力であればある程、空の柱の壁に与えるダメージは強く、結果壁は壊されそして、

 

「いい具合に降って来たな、"あられ"だタマザラシ!」

 

 それこそがクリアの本当の狙いだった。

 振付けてくる無数の雨、その雨を利用した"あられ"攻撃こそが真にクリアが待ち望んでいたもの。

 過去クリアが手にしたゲームと違って、現実での天候を利用した技を行うには当然、相応の環境が必要となる。

 伝説級の様な純粋なパワーの強いポケモンならばその様な事は気にする必要も無いのかもしれないが、そんな力技はタマザラシには望めない、ならばタマザラシが戦いやすい環境にクリアが調整してやればいい。

 タマザラシをクリアに合わせる事が難しく、クリアがタマザラシに合わせる事が難しいのならば、周囲の状況を彼等好みに変えてやればいい、ただそれだけの事だったのだ。

 

「やりますね、"あられ"の小さな氷晶による小さなダメージも蓄積すれば大きなダメージとなる、その壁の様に……ですか」

「……次で決めてやる、タマザラシ"オーロラビーム"で止めだ」

 

 シズクの言葉を無視してクリアは、今タマザラシが使える中で最も威力の高い技を指示し、タマザラシもその指示に答える。

 気づけば彼等は心底楽しそうに微笑を浮かべ、タマザラシもまたシズクと戦う事にいつの間にか喜びを感じている様であった。

 もしかすると、どんな形でも"再会"というものは、当事者にとっては心の底から嬉しいものかもしれない。

 

「当たると思っているのですか! テッカニン、すぐに避け……ッこれは!?」

「"あられ"による極小の氷晶で僅かでもテッカニンの機動性を削いで、そして本命はそれだ」

 

 タマザラシの"オーロラビーム"の準備が出来る瞬間、クリアは言った。

 シズクのテッカニン、よろめきながら"あられ"の中を飛行する、"身体の大半を凍らせた"、クリアが想定した最も最善の状況の中でテッカニンを直視しながら。

 恐らく"答え"が見つかったのだろう、二人の男達は"勝利"と"敗北"という反する二つの結果を目に前にして、しかし互いに心に靄のかかった様な不快な気分は払拭された様だった。

 

「先の"みずでっぽう"の時に大量放出された水は、嵐に乗ってまたアンタのテッカニンに降りかかっていたんだ、そして"あられ"による急激な温度低下……結果残るは……」

「"こおり"状態……ですか」

「あぁそうだよ……そんで楽しかったぜ、"シズクさん"!」

 

 そう言って、戦闘終了間際、笑顔を見せてクリアは"最後となる指示"をタマザラシへと言い渡す。

 

「"オーロラビーム"!」

 

 

 

 決着はついた。

 結果はクリアとタマザラシの勝利、その差は恐らく、長らくこの空の柱で過ごしていたかそうでないか、唯それだけの差だったのだろう。

 そして勝負後の彼等は、どこか晴れ晴れしい表情で先程と同じく互いに微笑を浮かべていたが、しかし今はもうシズクの姿はその場には無い。

 というのも、クリアとの勝負で自身の結論を――アクア団脱退という結論を見出したシズクは、この荒れた海には自分にも責任があるとして、数分前に既に決戦の地、ルネシティへとぺリッパーの"そらをとぶ"で向かってしまったのである。

 結果、結局タマザラシはクリアの手元に置かれたままだが、去り際クリアはシズクに、

 

『全部終わったその後、大事な話があるから逃げないでくださいよ、"シズクさん"』

 

 そう言って別れたので未だタマザラシの持ち手が誰になるのかの決定は流されたままである。

 シズクもクリアのその言葉に、

 

『えぇ、分かりましたよ"クリアさん"』

 

 と、そう言って別れたのでこの話にも決着は着くのだろう。

 互いに"さん"付けとなった呼びかけが、一体何を意味するのか、それは恐らく次に彼等が会った時、近い未来で分かる事なのだろう。

 

 

 

 そして現時点での問題は今、クリアの目の前にある。

 クリアとシズクがドンパチやってる間に、センリとミツルもどうやら自身達の任務を全うしてしまったらしい。

 元々はそろそろの時期だとセンリも思っており、シズクの襲撃等は関係無く、今日中にはこの任務に取り掛かるつもりだったのだが、仮定はどうあれ結果彼等は無事に超古代ポケモンを解放する事に成功した様だ。

 第三の超古代ポケモン"レックウザ"、今クリアの眼前にはその長い緑の龍と、その龍を手に取る様に操るセンリの姿があったのである。

 

「セ、センリさん! センリさんもルネシティへ!?」

 

 クリアの問いに、センリは短く首を縦に振って答える。

 

「……さっきの男はどうした、クリア君」

「シズクさんなら、もう大丈夫です! 今はこの騒動に当事者として事態の収拾に向かっています!」

 

 クリアの言葉に、納得した様子で、センリは彼に背を向けた。どうやら今すぐにでも飛び立つらしい。

 が、このまま見す見す彼を行かす訳にはクリアにはいかなかった、それは彼がこの空の柱に居残り続けた最も重要な理由。

 彼自身、今のこの荒れ狂う海を越える事等到底出来ず、そうなれば決戦の地へ赴く事さえ出来ない。

 そして、クリアには一刻も早くこの事態を解決する必要があったのだ、それは彼の連れである少女、麦藁帽子の少女を長期に渡って放置している、という色んな意味で恐ろしい事態の為、今すぐにでも彼女に自身の存在を知らしめる必要があったのである。

 

「行くなら俺を連れて行ってください! 炎タイプのエースや体力少ないレヴィじゃこの海はとても……!」

「クリア君」

 

 言いかけたクリアの言葉を、センリに鋭い声が阻む。

 そして一瞬の間の後、

 

「私はここに来てから、ずっと"強大な力"を感じていた」

「……あ、当たり前じゃないですか、現に"レックウザ"がこの空の柱にいたのだから」

「フッ、君は少し、"上"ばかりを見過ぎている様だな」

 

 センリの言葉に、小さな疑問の声がクリアの口から漏れたが、その程度の声量ではセンリの耳には届かなかった様だ。

 既に離陸準備を終えたレックウザが今にも飛び立ちそうに身を屈め、

 

「クリア君、たまには"下"も見てみるがいい、それが私に出来る最大限のアドバイスだ」

 

 最後にそう言い残して、レックウザは一気に上昇した。

 天高く昇り、そしてセンリもまたシズク同様にルネシティへと向かう。残されるのは役目を終え疲れ切った様子のミツルと、彼の身を案じるゲム老人、そして途方に暮れるクリア。

 これまで、レックウザ目指して上へ上へと進んできたクリアだ。そのレックウザを目の前にしても、センリやミツルと修行して、いざ空の柱から脱出出来ると思ったら、またしてもチャンスを逃がしてしまったのだ。

 途方に暮れるのもまた仕方なし、まずはセンリの言った言葉の意味を考えよう、そうクリアが思った矢先、

 

「そう言えばクリア、センリの言った事と関係あるかは分からんが、さっきまでいたあの坊主頭、奴は海を渡っていた所を導かれる様にこの場所へ辿り着いたらしいぞ、君のドククラゲを連れた状態でのう」

「……ゲム老人、それを世間ではヒントって言うんですよ」

「……はて、何の事やら」

 

 相変わらず食えない爺さんだと、自嘲気味にクリアは笑って、先のシズクの戦いの直前にボールへと戻したエースを再度外へと出した。

 とは言ってもこのまま飛んでルネシティまで飛ぼうという訳では無い、塔の最下層まで、ひとまずセンリの言った通り、ゲム老人のヒント通りに行動を起こしてみようという訳だ。

 

「じゃあミツル、俺はそろそろ行くよ」

「……う、うん、ケホッ……クリア君も、気をつけて」

「……あぁ、ま、辿り付けるか分からないけどな」

 

 そうして二、三のやり取りの後、クリアはエースに乗って一気に急降下する。

 ゲム老人がついて、センリが何の気兼ねも無く飛び立ったのだから、とりあえずミツルの容態の心配は無いはずだ、ミツル自身、この修行期間で驚く程鍛えられている。

 だからクリアも、彼に残った最後の難題をクリアする事に専念する。

 陸地へと足をつけ、風雨に炎タイプのエースが長時間晒されない様ボールへと戻して、先のセンリとゲムの言葉、その中のキーとなる言葉を選び出す。

 

「上ばかりを見ず、下を見ろ……シズクさんは海を渡ってきた……となると、やっぱ問題は"(これ)"か」

 

 眼前に広がる荒れに荒れた大海原、泳ぐなんて愚の骨頂と言わんばかりに白波となった高波が押し合いを繰り返し、いくつもの巨大な渦が飛び込んだ者全ての命を吸い込む様に回転している。

 思えば、クリアはどうやって自身がこの空の柱へと流れ着いたのかを覚えていない、だからなのだろうか、その答えもこの"海"にある――そんな気がして、そうして暫く、クリアはその場に立ち尽くして――。

 

 




本当は後一話書きたかったけど時間が無かった…。
そしてホウエン編も後二、三話で終了予定――ナナシマ編までの間、出来るだけ空けない様にしたいです(震え声)。

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