ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

53 / 81
後一話で終わらせきれる自信が無い。


五十三話『vsグラードン&カイオーガ 想いは銀翼をひろげて』

 

 

 時間の狭間、何とも形容しがたい不可思議な景色の中、カガリのすぐ後ろを飛んでいたイエローは極端に無口になっていた。

 その原因は明白、先程サファイアが告げたルビーへの告白、その景色を思い浮かべ、その光景に自身達を投影させては、強く頭を振って妙な考えを抹消する。

 自身達、とは紛れも無くイエロー本人とクリアの事である。

 カガリとの出会いと再会、それが無くともこのホウエンの地を二人で訪れてから、クリアとの関係について考えさせられてきたイエローだったが、先のサファイアの告白は今までで一番衝撃を受けるものとなった。

 何しろ、イエローが誤魔化す為に用意した答えである"方向性は分からないがとりあえずクリアの事は好き"という考えを、真っ向から否定する様なものとなったのだ。

 年齢的にも後輩にあたるサファイアが思い切った行動に出たのである、覗き見する様な形ではあるが、その光景を間近で見たイエローには、それはこれから始まる最終決戦と同等程に重要な事だった。

 そんなイエローの様子の変化に気づいたのか、不意にカガリが口を開く。

 

「どうしたんだい、そんなに悩んじまって、そんなにさっきの娘の告白が気になったのかい」

「カ、カガリさん、ボク……」

「アタシが言えた義理じゃないけどさ、今はその事を考えるのは止めな」

「ボク……え?」

 

 意外そうに返すイエローだったが、カガリは至って真面目な顔で答える。

 

「これからおっ始めるのはホウエンの命運を左右する戦いだ、そんな戦場に、そんなどっちつかずの気持ちは不用だよ……ってこれもアタシが言えた立場じゃないけどさ」

 

 カガリの言葉は、イエローの小さな胸に深々と刺さる様に感じた。

 確かに、今はサファイアの告白で動揺してる場合では無い、これから起こる戦いはかつての四天王戦や仮面の男との最終決戦の時の様な規模の戦いだ。

 気を引き締めて臨まなくてはならない、それが多分、今最も簡単なクリアへの近道にもなるのだから。

 その事を理解して、イエローは気を引き締める様に両の手で頬を二、三度叩き、その様子を見たカガリは満足そうに、

 

「フフ、そうだよ、それでいいんだ……とは言っても、その気持ちに自信を持てるのなら、むしろそれはプラスに働くのだろうけどね」

 

 時間の狭間を抜けるまでの間もない時間の間、彼女達は互いに感情の整理をつける様に言葉をかわした。

 イエローはクリアへの気持ち、その事をひとまず忘れて、クリアへの近道となり、また最早他人事には考えられなくなったホウエンの地を救う、その手助けをする為に。

 そしてカガリもまた、自身の犯した罪の尻拭いをする為、そして彼女が"気になった"少年であるルビーと共に戦う為。

 そうして時間の狭間を抜けたその瞬間だった、彼女等の目の前で、ルビーがサファイアを彼女のトロピウスから突き落としたのは、正にそんな時だったのである。

 

「カガリさん」

「分かってるさ」

 

 だがそれも彼女達の予定通り、カガリが提案し、サファイアを危険に巻き込みたくないルビーが承諾した予定。

 マツブサとアオギリ、マグマとアクアの二つの組織のリーダーすらも一時は完全に取り込んでしまった紅色の宝珠と藍色の宝珠、二つの宝珠の制御には当然相応の危険(リスク)が付きまとう事となる。

 故にルビーは、サファイアを戦線から外したのだ。

 サファイアに、まずは彼女の中に存在していた藍色の宝珠を取り出して貰い、その直後サファイアを、彼女と共に乗って来たトロピウスの上から突き落とし、即座に彼の師であるミクリのエアカーを移動させ彼女をその上に着地させると同時に、エアカーの扉を閉じてその中に閉じ込める。

 そうしてルビーは、イエローのサポートの下、マグマ団のカガリと共に戦う選択をしたのだ。

 

「さぁ、行きましょうか……カガリさん、イエローさん」

 

 アダンやミクリ達の予定とは全く異なる彼等の行動、だが起こってしまった事は最早変える事は出来ない。

 サファイアをエアカーに閉じ込めて、その場へと残したルビーの後方から接近するカガリとイエローの二人。

 そして、ルビーの掛け声と共に合流したカガリ、イエローの三人はルネの上空を舞い、激突する超古代ポケモン達の戦いへとはせ参じる。

 

 

 

 ホウエン地方で起こった未曾有の大災害。

 眠りから覚めた伝説の超古代ポケモン、グラードンとカイオーガの激突によって起こった此度の事件だったが、その騒動にもようやく収束の兆しが見えてきた。

 二匹の超古代ポケモンを操る事の出来る紅色の宝珠と藍色の宝珠、二つの宝珠を現在所有しているルビーと、彼と共に戦うカガリとイエロー、彼等が辿り着いた先は最終決戦の地であるルネシティ。

 ルビーとサファイアの修行が終了するまでの時間稼ぎ、その為にホウエン伝説の三匹であるレジロック、レジスチル、レジアイスを呼び起こし、その力を使って拡散する超古代ポケモン達の衝突のエネルギーを抑えているホウエン四天王とミクリとダイゴの新旧Wチャンピオン。

 そして空の柱からも戦いを終結させるべく、自身の意思で事を決めたシズクと、レックウザを駆ってトウカジムのジムリーダーセンリの二名が飛び立ち、決戦の地へと到着するのも既に時間の問題となっていた。

 

 

 

 そして、ルビー達三名がルネシティ上空へ到達したその時だった。

 驚愕する周囲の人々を置いてけぼりにして、突如として"ルネシティそのもの"が天空へと上昇したのである。

 それはホウエン四天王達とミクリとダイゴ、ホウエン地方の伝説の三匹達によって塞き止められていた衝撃のエネルギーが溜りに溜って起こった誰しもが予想外だった事態。

 拡散するはずのエネルギーはルネシティの中で長期間溜り続けて、そしてとうとう、そのエネルギーは解放を求めて天空へと、ルネシティ全土を巻き込んで昇り始めたのだ。

 無論、ルネシティ内で戦い続けるグラードンとカイオーガの二匹も同様に天空へと浮かぶルネの街と共に浮かび上がる。浮かび上がっても尚、一切気に留める様子も無く戦闘を続ける。

 

 その戦いを目の当たりにし、眼前で繰り広げられる災害規模の戦闘を前にしてルビーは一度息を飲んでから、

 

「いきます、カガリさん! イエローさんはサポートを頼みます!」

 

 己に課せられた使命を全うするべく、紅色の宝珠を手に取り、またカガリもルビーと同じ動作で藍色の宝珠を取り出す。

 ルネシティ目覚めの祠の前で、一人の少年と一人の女性は、そうしてこの長期に渡った決戦に終止符を打つべく宝球を持った手を掲げて二人は同時に、

 

「紅色の宝珠の名の下に命ずる!」

「藍色の宝珠の名の下に命ずる!」

 

 その後方で金髪の麦藁帽の少女、イエローが見守る中で、ルビーとカガリの二人は次の瞬間、声を揃えて叫び声を上げた。

 

「超古代ポケモン、グラードン、カイオーガ! 静止せよ! 戦いを止め、安らぎの地へ帰れ!」

 

 紅色の宝珠と藍色の宝珠に僅かに光が灯り、ルビーとカガリの両名の意思を二匹の超古代ポケモンへと伝える。

 ――が、どうやら完全に伝わりきれなかったらしい、二人の命令が背中の目覚めの祠まで響いて数秒、依然としてグラードンとカイオーガの二匹は戦いを止めなかった。

 二匹の眼には倒すべき相手の事しか映っておらず、それ故か宝珠から伝わる命令にも反応を示さない。

 

「チッ、どうやらまだ相手の事しか見えていない様だね……イエロー!」

「は、はい! オムすけ"ハイドロポンプ"、ドドすけは"トライアタック"!」

 

 ここぞとばかりに、ルビーとカガリの前へと身を出し、イエローはボールから二匹のポケモンを手早く出した。

 イエローが呼び出したオムスターとドードリオの二匹は、ボールから出た瞬間、一気に攻撃のエネルギーを溜め、それぞれが使える最大級の技を二匹の超古代ポケモンへと放出する。

 オムすけの"ハイドロポンプ"とドドすけの"トライアタック"、どちらもマボロシ島に滞在していた中でイエローが共に磨いた技だ。

 だがそれでも効果は薄いらしく、矢張り二匹の超古代ポケモン達は争いの手を全く緩める様子は無い。

 

「まだ力が足りないみたいだね、あたしらも行くよルビー! それとイエローも、狙うはどてっ腹だ、頭や背中の様な頑丈な部位への攻撃は避けるんだよ!」

「分かりましたカガリさん……ZUZU!」

「はい! オムすけ、ドドすけ!」

 

 見かねたカガリがルビー、イエローへと指示を出し、自身もキュウコンを外へと出した。

 本来ならば、彼女達は宝珠の使い手として宝珠に削り取られ続ける精神を正常に保つ為、出来る限り別の作業はしない方がいいのだが、今はそうも言ってられない。

 どちらにしても時間が経てば経つほど彼等には不利になる。だから急ぎ足で勝負にケリをつける。

 ルビーもカガリに続いてラグラージのZUZUを出し"だくりゅう"の技を、カガリもキュウコンに"はかいこうせん"の命令を下し、二匹のポケモンもはすぐ様彼等の命令に応える。

 グラードンに"ハイドロポンプ"を放つオムすけの攻撃に、ZUZUの"だくりゅう"が加わり、カイオーガへの"トライアタック"の攻撃にも"はかいこうせん"が加わる。

 更に三人は攻撃目標を二匹の超古代ポケモンの腹部に集中させ、最も防御の薄い部分を的確に狙い――これでようやく準備は整った様だ。

 先程までとは打って変わり、グラードンもカイオーガも明らかに技によるダメージを受けてると分かり、戦いへの集中が途切れかけていた。

 ――しかし、

 

「っぐ……!」

「あぐっ!」

「ルビーさん! カガリさん!」

 

 うめき声を上げたルビーとカガリに、イエローが必死に呼びかける。

 超古代ポケモンを操る二つの宝珠、当然その宝珠には危険が伴う。

 心の弱い者が使った場合、その者は宝珠から流れ来るグラードン、カイオーガの意識に逆に自分自身を支配されてしまう。

 その副作用に対する精神修行を、ルビーはマボロシ島で行っていたのだが、だがしかし宝珠の力を完全に押さえ込む事等到底不可能らしく、紅色の宝珠はルビーの腕の中に、藍色の宝珠はカガリの腕の中に吸い寄せられる様に、彼等の意識を蝕む様に彼等の内へと入り込んだのである。

 

「だ、大丈夫ですイエローさん、まだ……やれる!」

「ルビーさん……」

「全く心配性な嬢ちゃんだねぇアンタも……さぁルビー、もう一発だ、奴等に取り込まれない様に、気合入れていくよ!」

「カガリさん……」

 

 カガリの言葉に、脂汗を額に滲ませながらルビーは微笑のまま頷いた。

 そして再度腕を掲げて、宝珠による命令を下そうとするルビーとカガリ、そんな二人の姿を見て、

 

「ッ……じゃあボクも、出来る限りあの二匹の注意を払って見せます!」

 

 そう言い残し、何事かと聞き返そうとするカガリの方を視界に入れず、イエローは背中にピーすけを預けて宙へと舞う。

 向かうはグラードンとカイオーガ、二匹の超古代ポケモン達の――真正面。

 

「オムすけとドドすけは戻って……そしてお願い……今だけでいいから力を貸して、V、デリバード!」

 

 オムすけとドドすけをボールへと戻し、入れ替える様にイエローはグレイシアとデリバード、二匹の氷ポケモンを場へと出した。

 そのポケモン達は本来ならばイエローの手持ちでは無い、クリアの代名詞とも言える二匹のポケモン達、成行き上今はイエローと共にいる二匹のポケモン。

 そんなポケモン達を外へと出して、デリバードには自力の飛行を負かせ、そして空を飛べないVはイエローが抱きしめて、そうして二匹の氷ポケモン達は二匹の超古代ポケモンと向き合った。

 ひんやりと冷えたVの冷気を感じつつ、イエローはマボロシ島での特訓を思い出す。

 マボロシ島での特訓、その際彼女がこの二匹の氷ポケモンと練習した技は、以前からクリアがこのVとデリバードと共に練習していた技、一度は送り火山で披露しかけた技。

 最もその技は、現時点でグラードンとカイオーガの二匹に通用するか分からない為、イエローは既に完成させたこの技の指示は止めて、

 

「"ふぶき"!」

 

 最もポピュラーかつ強力な氷タイプの技の指示を出す。

 それもグラードンとカイオーガの眼前で、最も効果が期待出来る顔面へと放つ。Vとデリバードの放った寒波の波がグラードンとカイオーガ、二匹の顔の表面を覆う。

 そしてイエローの攻撃の直後、グラードンとカイオーガの二匹が思いがけない事態、突然顔面の薄皮を覆った薄い氷に戸惑いを見せた瞬間、

 

「おおおお!」

「止まれ! このデカブツ!」

 

 再び静止の命令を下すルビーとカガリ。

 それも先の一度とは違い、十分にグラードンとカイオーガの注意を散漫させ、宝珠との結びつきもより強くなった状態での静止命令だ。

 響く様な、甲高い音が鳴った気がした。

 そしてルビーとカガリの静止命令を耳にして、イエローは一旦Vとデリバードをボールへと戻す。静寂が場を支配する。一秒、二秒と音の無い時間が続く。

 

「止まった……?」

 

 ルビーの掠れる様な声が辺りに木霊し、それでも微動だにしないグラードンとカイオーガ、その二匹の様子に、一同が"成功"を予想した。

 ――予想した、次の瞬間、ギロリとカイオーガとグラードンの眼が動いた。

 

「マズイ! イエローさん!」

 

 カイオーガの視線は目前のイエローへと、グラードンの視線は目覚めの祠前のルビーとカガリの方向へと向けられ、その瞬間、二匹の超古代ポケモンが動き出す間際、一斉に彼等は自身等の危機を感じ取った。

 グラードンとカイオーガによる戦いの邪魔をした三人の人間へと向けられた明確な"敵意"、強大なプレッシャー、その力を肌で感じたルビーは何よりも先にイエローへと叫んだ。

 自身やカガリにも危機が迫ってはいるが、そんな自身達よりも最も危険な位置にいる、カイオーガの眼前にいるイエローへと警告の声を出す為に、ルビーは声を振り絞ったのだ。

 

「ピーすけ! 今すぐここから離れ……わあっ!?」

 

 ルビーの警告を受ける間もなく、カイオーガから強い敵意を感じたイエローは即座にピーすけへと回避行動の指示を出しかけるが、それよりも先にカイオーガの行動力の方が上だったらしい。

 突き刺さるスコールの様な豪雨、カイオーガの特性"あめふらし"の影響だろう、突如として降り出した雨の水がイエローとピーすけの身体は一気にずぶ濡れとなって、

 

「くっ、頑張って、ピーすけ!」

 

 よろめきながらも羽ばたくピーすけを必死に励ましつつ、イエローは背後のカイオーガへと目をやって、その動きをよく観察する。

 正確に見極めれば、カイオーガの攻撃は避けきれるはずだ。トレーナーのついていないポケモンだからこそ、その攻撃は単調で、そしてイエローはどうにかカイオーガの攻撃範囲から逃れれば、天空へと上昇すれば一先ずの危機は去る。

 加えてカイオーガの注意をイエローに向けてさえいれば、グラードンに狙われている為安心、とまでは言えないまでもルビーとカガリの負担も半分程度は軽減出来るはずだ。

 しかしその為には、イエロー自身がまずはカイオーガの追撃から逃れる必要がある。

 ――あるのだが、羽に大量の水っ気が付着して飛行が極端に困難になっているのだろう、先程からピーすけの飛行速度が極端に減少し、更に空中での安定感さえもが危うくなっているのである。

 

「こ、この雨の中じゃピーすけが……こうなったらデリバードに交代して貰って……!」

 

 これ以上のピーすけによる飛行は不可能。

 そう判断して、呟きながらボールへと手を伸ばすイエローだったが、その瞬間、一筋の閃光が歪な線となって頭上から下りて来る。

 

「これは"かみなり"!? ピーすけ!」

 

 彼女が言った通り、それはカイオーガが放った"かみなり"だ。

 そして"かみなり"は一直にイエローへと降りかかり、その背に付いたピーすけに直撃したのだ。

 当然、体勢を崩すイエロー、一撃で体力がゼロとなるピーすけ。

 ボールへと手を伸ばすイエローだったが、少し遅い、もう既に下から顔を覗かせたカイオーガの開けた口はすぐそこまで迫り、

 

「……え?」

 

 視界いっぱいに広がる綺麗に並ぶ鋭い歯を見て、危機に陥ったイエローがそんな呟きを発した直後だった。

 一瞬、カイオーガが勢いよく口を閉じた瞬間、その前、突然白い羽に乗って飛来した一人の男が空中に放り出されたイエローをキャッチし、すぐにその場を離れる。

 直後、鼓膜を揺さぶる甲高い音が響き渡る、カイオーガが勢いよく口を閉じた音だ。

 その音を聞きながら、突然の事に何が起こったのか理解出来ていないイエローはまず目覚めの祠の方向を見る。そこでルビーとカガリがグラードンを相手にどうにか踏ん張っている姿を見て、そして、不意に出た呟きと共に彼女を抱えた男へと視線を送って、

 

「クリア……?」

「残念ながら私はクリアでは無い……私は、元アクア団SSSの、今は唯のシズクです」

 

 ぺリッパーに乗って決戦の地へと飛来した男、シズクの姿はかつての四天王事件の際、ワタルと初めて対面した時のクリアの姿と、イエローには重なって見えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 窮地に陥ったイエローがシズクによって助け出された丁度その時。

 ルネシティへと真っ直ぐに進路をとった"ソレ"は、エスパーの力によって身体の周囲に薄いバリアーを張って、飛ぶ様に海底を突き進んでいた。

 空の柱海域付近から真っ直ぐと、一人の少年をその背に乗せて。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは、アクア団の……」

「みたいですね。だけどイエローさんを助けたって事は、味方って事でいいのでしょう……か、ってZUZU"がむしゃら"だ!」

「キュウコンは"だいもんじ"だよ!」

 

 カイオーガの攻撃から、イエローがシズクによって救出される様を眺めてルビーとカガリの二人は言い合う。

 一方で此方もグラードンによる追撃を受けているのだが、イエロー側とは違って二人で相手をしてる分、イエローの読み通り負担はかなり抑えられているらしい。

 こうしてる今でも勝負に水を差した二人を始末し、カイオーガとの対決を再会しようとするグラードンを相手取っているが、どちらかというとルビーとカガリの方に勝負の分はあった。

 と言うのも、"勝負の分"があると言っても、それは勝ち負けの問題では無く、一先ずの所はまだ命に危機が迫る様な事態では無いという事だが――。

 

 そして、勝負の流れと同じに、ポケモン達の状態と同じく人の状態とは常に変化していくものである。

 

「グラードンの追撃がきましたよカガリさん……カガリさん? カガリさん!」

 

 ルビー達側にとって有利に事を運んでいると言っても、伝説のグラードン相手に多少特別な事情があるとは言え一般トレーナー二人では、到底グラードンの体力をゼロに持っていく事等出来ない。

 故に先程と同じ、緩むことの無い攻撃がカガリを襲い、ルビーが注意を促すが、当の本人であるカガリの動きが妙に鈍いのである。

 グラードンの鋭い爪がカガリが先程までいた地面へと食い込み、同時に周囲の建造物等も破壊して、カガリの足場が崩れ、瓦礫がカガリへと降り注ぐ。

 

「ZUZU"だくりゅう"でグラードンを引きつけて! カガリさん!」

 

 足場が崩れよろめいた拍子に、カガリの背中に人の頭程はあるだろう岩の塊が直撃するのをルビーは見た。

 その次の瞬間、カガリの足場が完全に崩れ、一瞬カガリは宙へと放り出されるが、寸での所で彼女の手をルビーはどうにか掴む事に成功する。

 

「カ、カガリさん! 強く手を握って! 汗で滑り落ちそうだ!」

「……ルビー」

 

 宙ぶらりんとなった状態で、ルビーはカガリの青くなって、少しだけ血管が浮き彫りとなった表情を見て絶句する。

 思えばそれは当然な事だったのだろう。

 カガリは宝珠に選ばれた人間という訳では無い、宝珠が操る人間を選別するという話が眉唾物かどうかは定かでは無いが、どちらにしても今のカガリは宝珠から拒絶された状態となっていたのだ。

 とは言っても、未だその意識を手放す事無く、宝珠に抗っている辺り相当の精神力の持ち主だと分かるが。

 そしてルビーがカガリから視線を外し、ZUZUへと目をやった瞬間、彼の目の前でZUZUがグラードンに弾き飛ばされるのを視界に捉えた。

 

「ッ、ZUZU!」

 

 グラードンの腕が横に薙ぎって、そこそこの重量を持っているだろうZUZUがまるで子供の様に弾き飛ばされる。

 そして、次はお前らだと言わんばかりにルビー達へと眼光を飛ばすグラードン、一方のルビーはカガリの手を掴んでいる為身動きが取れない。

 大地を揺るがす音が聞こえ、着々とグラードンがルビー達の方へ近づいて来るのが嫌でも分かる。当然ルビーも必死にカガリを引き上げようとするが、完全に力を抜ききっているのかまるで鉛の様にカガリの身体は重かった。

 

「……もう、いい……どうやら私はここまでの様だ、ルビー……散々偉そうな事言っておいて、もう宝珠に抗うのが精一杯みたいだよ」

「諦めないでください……! 早く上がって、一旦この場を離れましょう、大丈夫です! どうにかなります!」

「ふふっ、現実思考のアンタにしては、随分と楽観的な意見じゃないか」

「たまにはこういうのもいいかな、ってね!」

 

 目覚めの祠の入り口はルネシティでも高地の方に設置されている。

 故に今のカガリは地上から数メートルの所で吊り下げられた状態であり、今の宝珠によって精神を削られ、弱ったカガリの身体ではそれ程の距離が十分な脅威となる。

 それを分かっているからこそ、ルビーは何があっても絶対に離さない様、しっかりとカガリの手を握り締めているが、

 

「……もう、来ちまったのかい」

「グラードン……!」

 

 最早悠長に構えている様な事態では無い。

 既に超古代ポケモンの一角、伝説のグラードンはもう目の前まで来ていたのだ。

 カガリの手を握り締めたまま、忌々しげにグラードンを見上げるルビーだが、そんな彼の鋭い視線等全く意に返さない様に、グラードンは大きく腕を振り上げる。

 その一撃で、全てを台無しにしてしまう為に、その一撃で戦いの邪魔となる者等を排除する為に。

 

「ルビー!」

「嫌……です!」

 

 振り上げられた腕を見て、ルビーに声掛けるカガリだったが、ルビーは頑として手を離さなかった。

 それは人として当然の事、人が人を助けるのに理由なんていらない事と同じ、人が人を見捨てる理由なんて、ルビーの中では存在しない事と同じなのだ。

 だがその優しさが、時として正解とは限らない。

 最後の時まで手を離さなかったルビーの視線の先で、振り上げられたグラードンの腕が降下しようとした――その時。

 

 一瞬、グラードンの眼が大きく開いたかと思うと、グルリとグラードンは正反対の方向へと向きを変えた。

 ルビー達を見下ろしていたグラードンの背中の方向、天空の方向へと。

 

「……あれは!」

 

 つられる様にルビーも天空を見上げて、すぐにその答えを理解した。

 そこにいたのは一匹の竜、緑色を貴重とした細長い身体を持った、グラードンとカイオーガの二匹に負けず劣らない威圧感を放つポケモン。

 そんなポケモンが、突如として天空より現れたのだ。見ればカイオーガと対峙するシズクとイエローの方も、カイオーガもグラードンと同じく天空を見上げていた。

 

「……第三の古代ポケモン"レックウザ"、という事は、あそこにいるのは……」

 

 そしてその竜、レックウザの姿を見て、カガリもまたポツリと呟く。

 それはルビーですら知らない事実、マボロシ島へ到着する前、トクサネの宇宙センターを密かに襲撃したカガリだからこそ知っている事実。

 レックウザの名前や、そしてそのレックウザを駆って操る人物が誰であるかという事、その予測。

 

「ルビー、よく聞きな。あのレックウザを駆って空の柱からやってきたのは、恐らく……あぐっ!」

 

 だから彼女は口を開く。宝珠によって今も尚、まともな精神を保つのが精一杯の状況だが、その事実をルビーは知る権利を持つ、そう信じて疑わない為、少しでもルビーの力になる為に彼女は言葉を話しかけるが、一方で宝珠の影響が少しずつ彼女の心を蝕み、正常な判断を鈍らせてしまう。

 しかし彼女は諦めない、話す事が駄目でも、彼女はルビーに"その事実"を伝える手段を持っているのだから。

 

「……ルビー、これを、記憶のライター、私の見てきた炎の記憶をアンタに……グッ!」

「これは……カガリさん、一体何を……!」

 

 カガリの手を握るルビーの手に滑り込ませる様に、空いたもう一方の手でカガリはルビーへと"記憶のライター"を渡す。

 それはカガリの古くからの腐れ縁とも言える人物"ホカゲ"のマグマッグの炎によって、その人物が"過去に見た"記憶を見せるライター。

 ルビーも震える左手でどうにかカガリから記憶のライターを受け取り、それを満足そうに見たカガリは、

 

「それじゃあ、そろそろアタシも……ッ……限界の様だからね」

 

 そう呟いて、最後に残った全精神力を使い果たして、

 

「カ、カガリさん!?」

「……しっかりやんな、ルビー」

 

 そしてカガリは、自身の腕に取り付いた藍色の宝珠を強引に取り出した。

 カガリの体内から出た藍色の宝珠は当然、取り込んだカガリの腕、右手から放出される。

 それはカガリとルビーを繋いでいた唯一の命綱でもある右手、そこから再度カガリの中から出た藍色の宝珠は、すっぽりとルビーの手の中に納まりそして、

 

「……カ、カガリさぁぁぁぁぁん!!」

 

 掴み場を失ったカガリの手は虚空を掴んで、そしてカガリは重力に従って落下していったのだった。健康体ならば確実に助かるであろう崖下へ、空中で意識を失いながら、ルビーの叫び声だけを残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは一体……」

「私にも分かりませんが、ですが一応、警戒はしておきましょう」

 

 唐突に天空から飛来した翠の竜、レックウザを見上げて、イエローとシズクが口をそろえた。

 ルビーとカガリがグラードンと対峙している中、カイオーガと対峙していたイエローとシズクだったが、突如として現れたレックウザの姿に、カイオーガ共々見入っていたのだ。

 事情を知っていたカガリや、カガリから"レックウザを駆ってきたのはルビーの父、センリである"という事を知らされたルビーとは違って、イエローとシズクはレックウザとセンリの事情を知らない、知らないが故に彼等を敵として見ていいか、味方として見ていいか判断に困っているのだ。

 尤も、シズクがもう少しだけ空の柱に滞在して、クリアと共にレックウザの姿を視認していたら事情は違ったのだろうが、それだと彼がイエローを救出する事も無く終わっていた為、結果的にはこの状況が最善と言えるだろう。

 

「ま、まぁでもカイオーガはあのポケモンに注意を……シズクさん!」

 

 イエローが叫んだ。次の瞬間、三匹の超古代ポケモンの咆哮がルネの街に響き渡った。

 だがその咆哮はレックウザとグラードンがぶつかり合って、そして再度カイオーガがイエロー達を狙った咆哮のもの、イエローとシズクの予想と反して、カイオーガはまず目の前の敵に再度目的を定めた様である。

 一方でグラードンはレックウザの方へと進撃を開始し、レックウザも一先ずはグラードンを相手取る体勢を取っている。

 援軍は期待出来ない。だからこそ、再びイエローはシズクと共に、たった二人でカイオーガ相手に生き残る必要が出てきたのである。

 

「ぺリッパー"たくわえる"です!」

 

 カイオーガが再びシズク達を目標に定めるのと同時。それを察知した瞬間、シズクはぺリッパーに技の指示を出した。

 

「……"たくわえる"!」

 

 だがカイオーガも黙って待っていてくれはしない。今にもシズク達を押しつぶさんとする勢いで"のしかかり"を仕掛けてくる。

 それをシズクとイエローの二人を乗せたぺリッパーはどうにかすれ違う様に避けて、

 

「"たくわえる"……そして」

 

 カイオーガの真横を横切って、真正面まで飛んだぺリッパーとシズクとイエロー。その瞬間、交差するシズクとカイオーガの視線。

 

「"はきだす"だ、ぺリッパー!」

 

 直後、三度に渡って溜め込んだ"エネルギー"を、ぺリッパーは真正面から一気にカイオーガへと放った。

 "たくわえる"によって溜め込まれるエネルギー、それは"のみこむ"で体力回復の用途に使うか、または今の様に"はきだす"で攻撃技として使用するかの二つの選択肢がある。

 そしてシズクは、迷わず攻撃の選択を取った。

 それはこの争いを終わらせようという明確な意思表示、少しでもカイオーガの体力を削ぎ、出来るならば戦意まで削ぎたいと思っての行動。

 さらに三度にも渡る"たくわえる"後の、ゼロ距離からの"はきだす"だ。もしかすれば、これでカイオーガだけならば無力化出来たかもしれない、そんな"甘い"考えが一瞬、シズクの脳裏を過ぎって、

 

「まだですシズクさん!」

 

 イエローの声に現実に呼び戻された直後、シズクとぺリッパーを襲うのはカイオーガの尾ひれによる打撃攻撃だった。

 下から上へ掬い上げる様な攻撃に、シズク達はその攻撃を食らい数メートル上昇、そして落下しながらもどうにか体勢を立て直す。

 直前で気づけたのが功を労したのか、一先ず直撃だけは避けられたものの、伝説のポケモンの攻撃であるその余波は大きく、一撃でぺリッパーの体力はごっそり持っていかれた様だ。

 更に悪夢は一度では終わらない。

 体勢を立て直した直後、最も無防備な一瞬、その瞬間を狙ったのだろう大きく口を開けて、その中に荒れるような激流を溜め込むカイオーガの姿がイエローとシズクの目に映った。

 

「"ハイドロポンプ"……!」

 

 シズクが口にした通り、カイオーガが今にも放とうとしている技は"ハイドロポンプ"。それも伝説級のポケモンによる水タイプ最大級の技。

 無論、そんなものを至近距離で食らえば、ポケモンのぺリッパーはまだしもイエローやシズク等の人間は一溜まりも無いだろう。

 レックウザはグラードンを相手にしながら、少しずつルビーへと近づき、他に近くに人の気配は無い。故に救援は期待出来ない。

 一瞬でそれだけの状況判断をして、

 

「ここまで、ですか……」

 

 ポツリと、シズクは呟く。

 アクア団として、アオギリに忠誠を誓った者として、海を広げる為このホウエンの地で様々な悪事を働いた彼だったが、今となってようやく、その心に罪の意識が芽生えつつあった。

 クリアと出会って、アオギリに見捨てられ、自身の考えが理解出来無くなり、そしてクリアと戦って自身の気持ちと決着をつけて。

 何もかも失って初めて、澄んだ透明の心でホウエンの地を見た時、彼は言葉を失ったのだ。

 己のやった事の重大さを思い知って、だからこそ彼はこの場へと現れた、だからこそ彼はイエローを"理由も無く"助け、カイオーガと対峙した。

 

 精一杯やった。出来る限りの事はやった。だからもう思い残す事は無い。そう感じて、諦めて、そっとシズクは目を閉じかけて、

 

「まだです、まだ終わっていません」

 

 閉じかけたその目をシズクは再度見開いた。

 自身よりも遥かに幼い背中が眼前に見えた、諦めかけた彼の前で両手を広げて、庇う様にカイオーガの前に立っていたのだ。

 生命力に溢れたその行動に、シズクは一瞬呆気に取られ、直後微笑を浮かべて、

 

「……ふ、そうですね、あなただけでも逃げてください、私が囮になって」

「大丈夫ですよ、ボクは信じてますから」

「信じてる……とは?」

 

 シズクが問いかけて、そしてイエローはシズクの方を振り向く。

 溢れんばかりの笑顔で、まるでこれから起こる事が分かっているとでも言うばかりに。

 

「いつだってクリアはボクの事を助けてくれる、だからボクもクリアの事を信じて、そして力になりたいと、"ずっと傍にいたい"と想えるんです……!」

 

 まるで天使の様な笑顔だった。三匹の超古代ポケモンが激突するこんな戦場には相応しくない、太陽の様な煌きの、失うには惜しいとさえ思える様な、そんな笑顔でイエローはシズクへと振り向いた。

 それと同時に、イエローはようやく自身の感情に気づいたのだ。

 本当に、気づく事さえ出来れば簡単な事だった。"好き"だとか"愛"だとか、そんな言葉で表さなくても出来るただ簡単な、素直で心の底から溢れる想い。

 "ずっと一緒に、傍にいたい"と思える相手と出会えた喜びという名の感情、そうしてようやく、イエローはその想いに気づく事が出来たのである。

 

(想いの力……ですか)

 

 逃れようの無い危機に瀕してようやく感じた想いの姿、その想いを堂々と口にしたイエロー。

 そんな素直な彼女に触発されてか、シズクの心にも不思議と暖かなものがあふれ出た気になる、"癒す者"の傍にいるからなのか、透明となったシズクの心に彼だけの色が染み込んでいく、そんな感覚。

 カイオーガの視線がイエロー達に定まる、攻撃の前準備が整ったらしい、しっかりと準備を終えたカイオーガは、ゆっくりとイエローとシズクの方へと照準を合わせる。

 打つ手立てが最早皆無の、それでいてどこか自信に満ちた笑顔を浮かべるイエローへと、そんな彼女の影響を受けてかどこかおかしそうに微笑を浮かべるシズクへと。

 完全にイエロー、シズクへと目を向け、口を向けた。カイオーガが口を開きかけた、その時だった。

 

 イエローの腰のボール、クリアから預かったVとデリバードが入ったモンスターボールが僅かに動いた。

 

 瞬間、カイオーガの身体がブレた。横からの"見えない攻撃"による奇襲を受けて、右から左へとその巨体が移動したのである。

 カイオーガクラスの重量のポケモンがボールの様に吹き飛ばされる程の攻撃、見えない攻撃――。

 ――空気の弾丸(エアロ・ブラスト)

 攻撃が飛んできた方向へイエローとシズクが同時に目を向ける、するとそこには二枚の羽が浮かんでいた。

 まるでイエローの想いに応える様にひろがる二枚の銀翼(はね)、イエローにとっては四天王事件、仮面の男事件と遭遇し、馴染みの深いポケモン。

 そしてそのポケモンを駆って、飛翔する少年もまた、イエローにとっては馴染みが深すぎる人物。そしてシズクにとっても特別な少年。

 

「遅くなってごめん、イエロー、それにシズクさん……ここからは、俺達に任せてくれ」

 

 そして少年は数メートル程吹き飛ばされたカイオーガへと視線をぶつけ、カイオーガもまた彼等に視線を送る、凄まじい程の敵意の視線を。

 

「"海の王"カイオーガか、相手にとって不足無しだ、さぁ行くぜ"海の神"……ルギア!」

 

 四つ目の咆哮がルネの街に響く。それは開戦の合図。"導く者"クリアによって"導かれ"、またルギアによって自身もまた空の柱、そしてこのルネシティへと"導かれた"クリアの参戦。

 海の王と海の神という二匹の海を司る伝説のポケモン達による戦い、ルギアの咆哮はその戦いを告げる合図となって、超古代ポケモン、グラードンとカイオーガの激突によって始まった戦いは、レックウザとルギアという二匹の伝説を巻き込んだ四つ巴の戦いとなって、第二ラウンドは開始されるのだった。

 

 




戦闘シーンやら、カガリさんやら結構改変してます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。