ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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ホウエン編の主人公プロフィールはまた後日上げます。


五十五話『vsヒンバス 未来へ向けて』

 

 

 ホウエン全土を揺るがせた超古代ポケモン達の脅威、グラードンとカイオーガによって齎された壊滅の危機は、幾人もの人々が傷つき倒れながらも、遂に最悪の事態は未然に防がれた。

 だが喜びも束の間、本当の脅威の出現によって彼等の事態は一変する。

 生き残っていたマグマ団とアクア団の二人のリーダー、マツブサとアオギリの凶行により、シズクは倒れ、ルビーとイエローの二人も身動きを封じられてしまう。

 そんな絶望的な状況下の中、しかし彼等にはまだ希望が残されていたのだ。

 

「このマントにかけて、ホウエンをここまで蝕んだお前達を、絶対に許しはしない!」

 

 チャンピオンマントを身に纏った新チャンピオン、ミクリの登場によってまたも事態は急変したのだ。

 ミクリは登場と同時に二つのボールの開閉スイッチへと指を掛け、自身の手持ちであるアズマオウとナマズンをその場へと召喚する。

 現れた二匹はルビーとイエローの両名を拘束するドククラゲへ瞬時に襲い掛かり、その対応に追われたドククラゲは仕方なしに彼等の拘束を解き、そして次の瞬間、三匹の水ポケモン達はぶつかり合った。

 

「ミクリさん、あたしも……」

「こっちはいい! サファイア、君はルビー達を頼む!」

 

 サファイアの助力を断り、悪の組織のリーダー二人を相手に余裕の態度を見せるミクリだが、彼の実力からしてもそれが驕りでは無いという事は手にとって分かる。

 倒れたルビー、イエローの下へと走るサファイアを横目に、ミクリは更に畳み掛ける様にポケモン達に指示を出す。

 アズマオウの"みだれづき"がアオギリのドククラゲへと穿つ様に連続で突きを放ち、その体力を確実に奪っていく。

 ミクリはこの戦いの前に、ダイゴからチャンピオンの椅子を譲り受けた身だが、故にミクリがダイゴよりも実力が劣っているかと問われるとそうでも無い。

 ミクリは本来、過去リーグ優勝経験もある実力者にして、ダイゴとの実力の差も僅差、彼等の実力の優劣は非常に曖昧で、そしてその高さは、どちらも群を抜いて非常に高いのである。

 

「くっ、凄まじい強さだ、流石はホウエンチャンピオンと言った所か……」

「あぁ流石ホウエンの頂点、チャンピオンなだけはある」

 

 実力の差は歴然だった。マツブサとアオギリが徒党を組んでも、ミクリの実力にはまだ少し届いていない。

 だがしかし、彼等の目に焦りの色は無く、その表情には余裕の色さえ見える。

 そしてアオギリとマツブサはそう言い合い、下卑た笑みを浮かべると、

 

「ククク、だがこうなる事を予想しなかった我々では無いぞ、我等にはお前を退けるだけの切り札がある!」

 

 そう言ったマツブサの言葉に、ミクリは怪訝な表情をして答える。当然、彼には彼等が何を言っているのか、その意図が理解出来ていなかった、この時までは。

 

「分からないか! 超古代ポケモンの激突の邪魔をしたもう一人の登場人物を!」

 

 マツブサの言葉を繋ぐアオギリの言葉、そして彼のドククラゲが勢い良く掲げた触手の先、その先にいる女性の姿を見てミクリは絶句する。

 

「ナギ!」

 

 彼女の名を叫び、駆け寄ろうとするミクリだが、その進路はドククラゲの触手によって阻まれた。

 先の時、マツブサとアオギリがルビーとイエローを妙に簡単に解放した理由、それが彼女、ヒワマキジムのリーダー"ナギ"の存在だった。人質は一人いれば十分、そう考えての行動だったのである。

 そして彼等の目論見通り、彼女の姿を出されて迂闊な攻撃が出来るミクリでは無い。ジムリーダー仲間以上の想いをナギに抱くミクリが、ナギ一人を犠牲にして彼等を倒す等という選択を、そう簡単に取るはずが無いのだ。

 出来る事と言えば、彼等に対し精一杯の睨みを利かせる事のみだ。そんな無意味な行動しか今のミクリには取れなかった。

 

「物分りが良いじゃねぇか、ならまずはポケモンをボールに納めて、足元に置いて貰おうか」

 

 悔しそうに歯噛みしながら、マツブサとアオギリの指示に黙って従う。今のミクリにはそれしか出来ない、反撃すらも許されない。

 そして彼が言われた通りに足元にポケモンを納めた二つのボールを置いてから、

 

「おりこうさんだ」

 

 悪の組織の二人のリーダー、彼等の逆襲は始まる。

 

 

 

 

 

 

「ルビー! イエロー先輩!」

 

 ミクリが交戦してる最中、ぐったりと横たわるルビーとイエローの二人の名を必死に呼ぶはサファイア。

 本来の予定とは違うものの、最終的にこの決戦の舞台に踊り出る事となった彼女だったが、状況は彼女の予想を遥かに超えて悲惨なものだった。

 終わったはずの戦いは二つの巨悪によってロスタイムにもつれ込み、戦える実力者達も既に半数が脱落し、倒れたこの状況。

 

「……うぅ、サファイア……さん?」

「イエロー先輩! 気づいたんやね!」

 

 その華奢な身体を急に強い力で締め上げられ、いつの間にか気を失っていたイエローだったが、サファイアの言葉が気つけとなったのか、ゆっくりとした動作で身体を起こす。

 目を覚ましてまず、イエローはサファイアの存在に気づき、直後先程までの出来事を思いだして慌てて左右に首を振る。

 そして彼女の眼に飛び込んでくるのは、倒れたシズクとセンリ、そして足元に置いたボールの開閉スイッチを破壊され、手立てが尽きたミクリがドククラゲに蹂躙される姿。

 

「……ミ、ミクリさん……」

 

 ドククラゲによって、押し付ける様に岩肌を滑るミクリの姿に、彼女の傍にいたサファイアは奥歯をガチガチと鳴らして怯えた表情を見せる。

 鮮血が飛び、頭が流血したミクリが無様に倒れ込み、その様子にアオギリとマツブサは満足気な表情で、高台から地上を見下ろす。

 最早彼等の目にイエロー等の姿は映っていないのだろう、取るに足らない存在だと、その程度の認識でしか認められていないのである。

 そして直後、イエローに続き目を覚ますルビーだったが、彼もまたその惨状に悲痛な表情を作る。

 残っていた唯一の実力者にして、最高い実力を持っていたミクリの脱落、その現実がまだ十を過ぎたばかりの彼等に襲い掛かる。

 立ちはだかるは万全の状態の二つの巨悪、対するルビーはイエローと共に既に身体の節々に痛みが走り、サファイアも恐怖に怯えきってしまっている。

 

「父さん、師匠、ナギさん、ダイゴさんも、それにカガリさんやアクア団の人も……皆、皆倒れてしまった、戦えるトレーナーなんて、もう一人も……」

「その通り、最早我等の邪魔を出来る者等一人も……」

 

 言いかけたその時、アオギリの頬に非常に弱い"みずでっぽう"がかけられる。

 かけられた水を拭い、水が発射された方へとアオギリは目を走らせ、そこにいた一匹のヒンバスを視界に捉える。

 

「ミ……!」

 

 そこにいたのは、少し前に、ルビーの下から去ってしまっていたヒンバスのMIMI(ミミ)だった。

 カイナのコンテスト会場で、ルビーから八つ当たり気味の叱責を受けたMIMIはそれ以降、ルビーの下から逸れ行方を晦ませていたが、ここに来て、ルビーのピンチに彼女は決戦の舞台へと上って来たのだ。

 だが所詮、一匹のヒンバスが出来る事等たかが知れている。

 "じたばた"と暴れた所で、アオギリ達には鬱陶しい存在としか認知されず、終いにはその行動に怒りを覚えた彼等に、

 

「雑魚がぁ!」

「この晴れがましい舞台に薄汚い姿を晒しおって!」

 

 虐げられ、毒を吐かれ、叩き落され、踏みつけられ、最後には叩き捨てられる。

 ヒンバスとは常に、その見た目の小汚さから良い目で見られる事は少なく、今のアオギリ達の様な仕打ちも、これ程とはいかなくも受けた事のあるヒンバスも少なくは無いだろう。

 大体は見向きもされず、嫌な顔だけされてまた自然へと逃がされる。

 その真の価値を知らない者達はそうやって、見た目の綺麗さだけに拘ってヒンバスを蔑ろに扱う。

 かつてのルビーもそうだ。

 出会った当初からあまり良い印象を持たず、終いにはこのMIMIの心を酷く傷つける形をとってしまった。

 

「このまま朽ち果てろ」

 

 弾き飛ばされ、ルビーの前に転がったヒンバスは何時にも増してボロボロだった。

 か弱い身体には、レヴィのものとはまた違う、痛々しい生傷が見えている。

 そんな彼女をそっと手に抱いたルビーを頭上から見下ろしながら、アオギリは冷酷な物言いで言う。

 

「弱く鈍く、不快なまでの不恰好さ。そんな醜い存在は、生きている価値すら無い!」

 

 突きつけられた言葉の剣は、その切っ先をルビーの胸元へと深々と刺して来る。

 以前の彼も同様に、不恰好なMIMIの姿をずっと、心の底で馬鹿にしていた。見た目だけは重視して、ミクリと出会ってからはそれも変わったものの、それでも、彼はMIMIを心から信頼等していなかった。

 

「醜いか、このMIMIが……そうだろうな、以前の僕もそうだった。酷い言葉で突き放した」

 

 だが今となって、ようやくルビーは気づいたのだった。

 外見の小汚さに隠れた真の美しさ、醜い姿をしていても、弱くとも大切な人の為恐れず強者に立ち向かう強さ、外見だけでは判別出来ない、MIMIの心の美しさ。

 そんなMIMIの想い、決して信頼の心を失わなかったMIMIの純粋な想いが、ルビーの心に染み込み、彼の心境に明確な変化を齎していく。

 

「優しい人はその場にいるだけで人を慰めたり、励ませたり出来る、その事を僕は知った。だからお前達も知ってくれ」

 

 か細い呼吸を続けるMIMIを胸に抱き、涙を浮かべた瞳でアオギリとマツブサを見上げて、ルビーは叫ぶ。

 

「本当の美しさは心の美しさなんだ! 誰かを愛し想い遣る心なんだ! だからどうか、強大な力に飲み込まれる前に、そんな気持ちを思い出してくれ!」

 

 ルビーの嘆きが、心の叫びが、辺り一面に木霊する。

 抱きかかえた腕の中、MIMIの体温を感じながら、アオギリとマツブサに懇願する様に願い叫んだルビー――しかし彼の言葉は既にアオギリ達には届かない。彼等の欲に塗れた瞳に映るのは、己の願望ただそれだけ。

 だがその叫びを聞いて、心打たれる者もいた。恐怖に打ち勝つ者もいた。イエローとサファイアの二人は、いつの間にか動けなかった身体に力が入る事に気づく。

 そしてまたその叫びを聞いて、かろうじて意識を繋ぎとめていたミクリがルビーへと声をかける。

 

「……よくぞ言った、私の……自慢の弟子……さぁ、これをYOUのMIMIにつけてやれ、MIMIがつける、はずだった……"ハイパーランク"の美しさリボン……」

 

 途切れ途切れの言葉、流血に塗れた顔は美しさとは正反対のもの、そのはずなのだが、その時のミクリは何時にも増して力強く美しく、そうルビーの眼には映った。

 そうしてミクリから手渡されたリボンは、ルビーが前に取り損ねた、彼自身のリボン。MIMIがつけるはずだったリボン。

 そのリボンを受け取りMIMIへと贈って、一呼吸置いて。MIMIへと謝罪の言葉は一言次げて。

 

「例えその身が朽ち果てゆけども……」

 

 今まで一度も読んだ事の無かったMIMIの前口上をルビーは読み上げる。

 傷つき倒れたMIMIを労わる様に、謝る様に、感謝の言葉を述べる様に、言霊に乗せてルビーはMIMIへと語りかけた。

 

「変わらぬ心の美しさ、身に付けたるは……」

 

 瞬間、MIMIの身体に変化が起こる。

 進化の光に包まれて、急激な体積変化が起こり、除々にその輪郭は形を模していきそして、ルビーのMIMIは変貌を遂げる。

 薄汚かった仮の姿を捨てて、美しき曲線、見る者全てを癒し虜にする様な神秘なる水ポケモン"ミロカロス"へと進化を果たしたのである。

 

 そしてその変化は当然、ルビーを驚愕させるものだった。

 何故ならミロカロスとは、ルビーがここ最近、ずっと追い求めていたポケモンだった。だからこそ、追い求めていたポケモンが常にルビーの傍にいた、ルビーを最も慕っていたMIMIだと知ったこの瞬間、ルビーは言葉を失ったのである。

 優しげにルビーへと目をやってから、そしてミロカロスへと進化したMIMIはアオギリとマツブサへと視線を向ける。

 ルビーへ向けた視線とは全く逆の、勇ましい程の眼光を。逞しい雄叫びを上げて。

 そしてルビーもその想いを汲み取る、沈みかけてた闘志が、気力が沸き上がり、自然とその目はイエロー、そしてサファイアへと流れる。

 

「二匹の超古代ポケモンは去った、今度こそ一緒に戦おうサファイア」

 

 先までの弱々しい眼差しは最早見る影も無く、サファイアの知る戦うルビーの姿が、そこにはあった。

 そしてその姿は、サファイアにも勇気を与え励ましとなる姿であり、彼女もいつもの彼女らしく、威勢の良い返事でルビーに答える。

 その返事を聞いて、次にルビーはイエローへと向き直り、

 

「そしてまたもう一度、力を貸してくださいイエローさん!」

 

 告げられたルビーの言葉に、イエローは考える間も無く答える。

 

「勿論です! あの人達を、これ以上野放しには出来ません!」

 

 アオギリとマツブサ、彼等に視線を向けながら答えたイエローの様子に、ルビーとサファイアは思わず二、三度瞬きをして、その光景に疑いを持った。

 幻島で少しの期間、共にいた彼等だったが、この時程闘志と怒りを態度に表すイエローを見るのは、彼等はこの時が初めてだったのである。

 

 イエローという少女は基本、争いを好まない。

 バトルも苦手で、ポケモン達とのんびりと、平和に暮らしていければいい、そう常々考えている少女だ。

 だからそれ故に、今の光景には感情の高ぶりを押え切れなかったのだ。ポケモンのMIMIが淘汰される様、傷つけられる様、それを見たイエローの心中が穏やかであるはずが無かったのだ。

 そして彼女の気持ちが高ぶった時、その変化は彼女の手持ちポケモン達に訪れる。

 

「あなた方の企みは、今ここで止めます!」

 

 そう宣言して召還されたポケモン達は、ルビーとサファイアが幻島で見たポケモンとは思えない程に――強かった。

 切って落とされた戦いの火蓋、総力戦とでも言う様に繰り出されるマツブサとアオギリのポケモン達。

 軍を為して襲い掛かってくるヘルガーとトドゼルガの群れ、更に続くドククラゲやバグーダ、そんなポケモン達を前に、イエローのゴロすけが使う"マグニチュード"は全体的に彼等のポケモンにダメージを与え、またドドすけの"ふきとばし"は彼等のポケモン達の連携を分断させる。

 その他のポケモン達も、幻島で見たものより、先のグラードンとカイオーガとの戦いでルビーが見たものよりも遥かに強い攻撃を仕掛けている。

 "癒す者"、ポケモンの心の声を聞き、ポケモンを回復する能力を持つ彼女の想いはそのまま、ポケモン達へとフィードバックされ、その想いの強さの分、彼女のポケモン達もまた力を増すのだ。

 

「凄いったい……幻島で特訓した時は本気じゃ無かったと……?」

「いえ、あの時はあれが全力でした……それよりサファイアさん、あの人達の様子が少し変です」

「イエローさん、変というと?」

「ワタルみたいに全力って感じがしない……まるで戦う気が無い様な……」

 

 一匹のトドゼルガとバグーダに、サファイアのバシャーモが"スカイアッパー"を決め、浮き上がった二匹へ即座にルビーのラグラージが"だくりゅう"を打ち込む。

 幻島の特訓を存分に発揮しながらバトルを優勢に進める少年少女達だったが、そんな中、不意にイエローがそう呟き、サファイアとルビーも乱闘の中彼女の言葉に耳を傾ける。

 過去大きな戦いを経験しているイエローからしてみれば、今のアオギリとマツブサの戦いぶりには疑問を覚える程の不自然さがあったのだ――追い込まれた者、最後の決戦に掛ける者の"必死さ"というものが、今の彼等からは圧倒的に感じられなかったのである。

 

 それもそのはず、現に今、彼等はサファイアが乗ってきたエアカーに乗り込み、離陸の準備を推し進め始めたのだ。

 

「正直ここまで粘られるとは思わなかった、その踏ん張りに免じてこの場は引いてやる」

「それに藍色の宝珠と紅色の宝珠は我等の手に戻った、お前らの始末等いつでもつけれる事だしな」

 

 マツブサ、アオギリと口々にそう言って、エアカーは浮上する。

 地上では未だ彼等のポケモン達との決着がついておらず、また彼等はそんなポケモン達を回収する素振りすら見せない。

 

「……ポケモン達を囮にしてまで……!」

 

 その行動が更にイエローの、イエローの手持ちポケモン達の戦闘力を上昇させる。

 普段こそ優しく、いつもは笑っている彼女だったが、怒る時は怒るし、戦わなければいけない時は、クリアやレッド顔負けの闘志を燃やす事もある。

 

「……ルビーさんとサファイアさんはあの人達を止めてください、ここはボク達が食い止めます」

「うん、任せるったいイエロー先輩!」

「お言葉に甘えます、イエローさん……!」

 

 事態は一刻を争う、愚図愚図していればマツブサとアオギリに逃げられ、またホウエン地方で同じ悲劇が繰り返される。

 その悲劇を未然に防ぐ為に、ルビーとサファイアはサファイアのトロピウスとプラスル、マイナンと共にエアカーへと向かう。何かしらの策があるのだろう、そしてイエローは、

 

「君達は下がってて! もう準備は終わってるから!」

 

 残っていたラグラージとバシャーモにそう言って彼等を自身の後ろへと下がらせる。

 一瞬、判断を鈍らせたルビーとサファイアのポケモン達だったが、一先ずはイエローの言う事に従うらしく、大人しく彼女の背後へと周る。

 当然、未だ残っているトドゼルガとヘルガー、ドククラゲはイエローへと襲い掛かった。

 トドゼルガが三匹、ヘルガーとドククラゲが一匹ずつ、総勢五匹と言った所か。だがイエローは次の手で、彼等五匹を無力化する算段を既に立てて、ピーすけに頼み仕込みはもう終わっていたのだ。

 

 イエローへと急接近した彼等悪の組織のポケモン達の身体に、無数の細い糸が纏わりつく。

 それはピーすけが予めイエローの周囲に張り巡らせていた糸、無論ルビーとサファイアのポケモン達の周囲の糸は切られているが。

 イエローへと近づいた直後その身に纏わり付いた糸の存在に気づき、疑問符を浮かべる悪の組織のポケモン達だったが、その時既に、イエローの作戦はもう終わっていた。

 ピーすけの細く、頑丈な糸で素早い動きを封じ、その上からまたもやピーすけの、

 

「"ねむりごな"だ!」

 

 その一言で勝負はついた。

 どこまでも優しい少女の勝負の終わらせ方は矢張り、ポケモン達が極力傷つかない終わらせ方となったのである。

 だがそれが彼女の長所であり、特徴でもあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ルビーとサファイアの方も勝負様である。

 アオギリ、マツブサのポケモン達を全て無力化した後、急いで彼等の下へと向かったイエローが見たものは、安らかに眠る彼等の寝顔。

 その傍には紅と藍の小さな破片がいくつも落ちており、それが"宝珠(ナニカ)"を想像するのは容易い事であり、同時にどちらの勝利で終わったのかを想像するのもまた容易い。

 何の心配も無く眠るルビーとサファイアの寝顔から、全ての事に決着がついたとイエローは考え、一先ずは安心して胸を撫で下ろす。

 だが、安心してばかりはいられない。

 

「……クリア……!」

 

 勢いよく振り返る彼女が見つめる先は、今にも崩れ落ちそうな目覚めの祠、クリアがホカゲに攫われていった場所。

 ホウエンの危機は完全に去った――が、その場所では今尚彼女が想い続ける少年が未だ戦っている。

 当然、イエローが取る選択は一つ、クリアを助ける、その為なら、その少年の為なら少女は何だって出来る自信すらある。

 

「チュチュ」

 

 だが眠ったルビーとサファイアをそのまま放置する訳にもいかない、そう考え、イエローは自身の手持ちであるピカチュウのチュチュを呼んでから、

 

「皆、ボクはクリアを助けに行って来る……だからボク達が帰ってくるまで、ルビーさんやサファイアさん、それに他の人達の事、お願いしてもいいかな?」

 

 そして、ラッちゃん、ドドすけ、ゴロすけ、オムすけ、ピーすけの快い返事を聞いて、彼女は目覚めの祠へ向けて走り出す。

 その後ろ、少しずつ迫り来る影に気づかずに。

 ――そして、絶命したはずのダイゴの指が、ピクリと動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目覚めの祠の中、炎の幻影を操るホカゲは自身が宿敵と定めた少年、クリアと対峙していた。

 勝負は地の利を最大限生かせるホカゲが驚く程に有利に事を進めていた。

 パワータイプのエースでは祠全体に負荷を掛けすぎてしまう為場に出せず、レヴィは消耗している為無理をさせる事が出来ない。

 従って、残された手持ちポケモンであるPで勝負に臨んでいたクリアだったが、二体のマグマッグを相手に、目覚めの祠の様な熱が逃げにくい場所で戦うのは少々分が割りすぎた。

 ホカゲが見せる炎の幻覚、その術中に見事に嵌ったクリアとPは項垂れ、夢を見る。

 遠い記憶、近い記憶、いずれにしろ彼等が見るのは最も辛い記憶。例えばPが見る悪夢は、ロケット団にいた頃の夢だ。

 来る日も来る日も、電力供給の為の仕事と、調整の日々、クリアに出会う前までの記憶がPの精神を苛む。

 

 一方のクリアも、俯いたまま一言も言葉を発さなくなり、その姿をホカゲは見下ろす形で見ていた。

 

「……ふっ、久々に熱くなっちまったな」

 

 呟いたホカゲはどこか満足気な表情を浮かべていた。

 彼がクリアに目をつけた理由、最初は単に彼のプライドを痛く傷つけられたからだった。

 自身の失敗は、成功で取り戻す。その為にクリアという不穏分子は排除する。それがマグマ団三頭火であるホカゲの目的だった。

 ――だがそれも、マグマ団自体が機能しなくなった今では果たす必要が無い仕事だ、執拗にクリアを狙う目的とは成り得ない。

 

 だがそれでも、ホカゲは人知れずルネシティへとやって来てしまった。決戦の地にいれば、クリアと決着を着けられると考えて。

 目覚めの祠に立ち寄った際、変わり果てたマツブサ(リーダー)の姿も見たが、彼等の邪魔だてせず、むしろ邪魔者を排除するかもしれないと教えると、彼等がホカゲに攻撃する事は無かった。

 元々マグマ団なんて入って好き勝手やってたのだ、今と昔、変わるとすれマグマ団幹部という肩書きだけ、ならばそんなもの、今更必要無い。

 今はただ、この不完全燃焼となった闘争心を癒してやる、その為に彼はクリアという少年と戦うのだ。

 目覚めの祠という、最終戦に相応しい場所で――。

 

 

 

 

 

 夢を見ていた。ホカゲの炎の幻影によってクリアが見せられていた過去の映像。

 しかしそれは彼の記憶には全く無く、心当たりも無いものだった。

 ノイズがかった音声と、砂嵐のテレビを見ている感覚。それが自身の記憶だと教えられても、彼は首を傾げて疑問を唱えるだろう。

 

(……訳が分からない)

 

 率直な意見を心中述べてから、一先ずその光景へと集中する。

 暗い空間の中、浮かび上がる映像はどこも虫食い状態の様な、途切れ途切れで、穴が空いた様な状態となり、古いフィルム映画を見ている方がまだマシだと言えなくも無い映像。

 誰かが何かに手を伸ばす光景が浮かぶ。誰かの高笑いが聞こえる。だが肝心の部分には、ポッカリと黒い穴が空いて見る事が出来ない。

 誰かが手を伸ばした何かは、人の形をしていなかった。ポケモンだろうか、だがその種類までは特定出来ない。

 

『……来るから』

 

 手を伸ばした誰かが言った。

 

『もう一度、一緒に……』

 

 そしてそこで、映像は途切れる。

 

 

 

 映像が途切れた後は、幻覚から抜け出すのに言う程の労力は必要としなかった。

 幻覚の力が弱まった一瞬を狙って、唯ひたすらに意識を集中させる、自身の現実(いま)を明確に想像し、足に、腕に力を入れる。

 こういう時、心の支えになるのは矢張り彼女の存在だ。そして既にクリアはその想いを自覚している。

 いつからか――恐らくワタル戦で心折れそうになった時に支えてくれた事や、ヤナギとの別れの後に慰めてくれた事から――否、以上の出来事は芽生えに過ぎず、共に過ごす時間の中で、照れて、泣いて、怒って、笑った顔の彼女を見る度に、クリアはイエローという少女の事を"好き"になってしまっていた事に。

 

「何をしたいのか知らないけど、"訳の分からない幻覚"じゃあ俺を惑わせる事すら出来ないぜ……!」

 

 だからクリアは立ち上がる。どんな脅威に晒されようと絶対に諦めたりはしない。

 例え自身の片思いだとしても、彼女の傍にいれる為なら、クリアは何だって出来る。

 

 

 

 立ち上がったクリアを見て、ホカゲだけが気づいた事実。

 記憶の欠如、二度と思い出せない過去、周囲の人間のみならず当の本人すらも知らない真実。

 尤も、その事実に驚愕するホカゲだが、その事を親切にクリアに教えてやる義理は無い。今はバトルの最中、それもお互いに相手を"敵"と認識しての勝負だ、無駄な配慮を敵にしている場合では無い。

 

「……ふ、面白ぇじゃねぇか、言っとくが、まだ俺の技は尽きた訳じゃねぇからな」

 

 過去のトラウマを見せる幻覚は効かなかった、ならば別の精神攻撃を与えてやればいい。それがホカゲの出した結論だ。

 Pの目を覚ますクリアを眺めながら、尚もホカゲは勝利を確信する。

 先のクリアの言動、真実には流石に驚きを隠せなかったホカゲだが、所詮はそれだけの事、バトルとは関係の無い話での出来事だ。

 こうしてる間にもホカゲのマグマッグはこの狭い目覚めの祠の内部に炎の明りを灯し、温度を上げ、攻撃を与えやすい状況を作り出している。

 対するクリアは切り札級のポケモンを扱えない、そもそも目覚めの祠に連れ込んだ時点でホカゲの勝利は確定しているもの、だからホカゲは余裕の笑みを浮かべて、

 

「マグマッグ! 次は……」

「そ、その勝負待ったー!」

 

 次の指示を飛ばそうとした矢先だった、目覚めの祠内部、ホカゲとクリアしかいないはずの空間に、突如として少女の声が響き渡ったのだ。

 その現象に、怪訝な顔をするホカゲだったが、声の正体はすぐに分かった。

 声の後すぐに、祠の出入り口へと繋がる通路から聞こえて来る走る足音、そして現れる一人の女性と一人の少女、黒髪と金髪のポニーテール。

 

「カガリ?」

「イエロー!?」

 

 ホカゲとクリアが同時に驚愕の色を浮かべて叫んだ。

 彼等の言葉通り、現れたのはホカゲの元同僚にして元マグマ団幹部のカガリ、そして先程自身の想いを再確認して、その少女の為に頑張れると少年の支えとなっていた少女、イエロー。

 現れた二人の姿に、ホカゲは面倒そうに舌打ちを、クリアは先の今で急に恥ずかしくなったのか、紅く染まった顔を隠す様にホカゲの炎の傍に自ら近寄り、照らされる炎の光を一杯に受ける。

 

「……何しに来やがったんだ」

「ふふっ、決闘邪魔されて怒ってるなら謝るよ、アタシとしても助けて貰った身だし、別にアンタの勝負邪魔立てする気は無いけどさ……」

「だけど、なんだよ」

「"こういう勝負"ってのはフェアにやるもんでしょ、イエロー」

「はい!……クリア! クリア……クリア?」

 

 腕を組んで意味深な笑みを浮かべるカガリと、面倒そうに彼女から視線を逸らすホカゲ。

 その傍らで、二つのモンスターボールを持ったイエローはカガリから頭を振ったジェスチャーを受けると、そんな彼女に応えて、彼女は彼女の想い人の名を呼ぶ。

 まるで焚き火でもしてるかの様に、中腰で炎を見つめるクリアへと声を掛け、駆け足でそんな彼へとイエローは駆け寄って、

 

「どうしたの? というかクリア熱くないの?」

「……熱いからこうしてるのさ、そういうイエローはどうしたんだよ」

 

 クリアの言葉の真意を理解出来ず、可愛らしい動作で首を横に振って、そしてその動作でクリアのハートを気づかぬ内に完全に射止めてから、

 

「あ、うん、この子達! クリアに返さなきゃと思って!」

「……あー、うん、ありがとうイエロー、預かってて貰って」

「ううん、別にいいよ!」

 

 ホウエン大災害の、全ての発端となった巨悪を退けたからか、もう心配事が何も無い為か何時もの様な笑顔で、屈託の無い笑顔でイエローはクリアに二つのボールを差し出す。

 差し出された二つのボールをおずおずと受け取り、そしてクリアはその二匹のポケモンを外へと出す。

 

「デリバード、V」

 

 デリバードとV、二体の氷ポケモン、チョウジジムのジムリーダーとしてのクリアを象徴する様な二匹。

 外に出したデリバードは、相変わらずつれない態度で微笑を浮かべてクリアからそっぽを向き、逆にVは久しぶりのクリアとの再会からか、身体一杯使って甘えてくる。

 クリアもクリアでその二匹の反応は嬉しくもあり懐かしくもあるが、だが少し待って、思い出してみる。

 ――今は確か、シリアスな場面のはずだった。ホカゲと命のやり取りをしていたはずだった。なのにどうしてこうなったのだろうか。

 

「クリア、クリア!」

「え、あ、どしたイエロー?」

「頑張ってね!」

「……うん、うん?」

 

 本当に、クリアにはイエローの言っている意味の訳が分からなかった。

 

 

 

「……は?」

「だからさぁ、あの子には……アンタとクリアは、この目覚めの祠で"超古代ポケモンを眠らせる最後の儀式"をやってるって事にしてるんだよ」

 

 一方カガリは間の抜けた表情を見せるホカゲを内心含み笑いで馬鹿にしつつ、おかしそうに話していた。

 とりあえずそれまでの状況を、マツブサとアオギリは失踪し、ホウエンには再び平和が訪れて未だ戦っている馬鹿はクリアとホカゲの二人だという事。

 そしてホカゲによって救われたカガリは動けるまでに回復した後、散策していた所でイエローを見つけ、彼女の話を聞いてホカゲとクリアを追ってこの目覚めの祠に入ったという事。

 ――そして、クリアの身を案じるイエローに余計な心配をかけない為か、余計な嘘までついたという事。

 

「……い、いやいやなんで意味分かんねぇ……」

「儀式の内容はチョー簡単、二人でバトルをしてグラードンとカイオーガの代わりを演じて、超古代ポケモンの二匹がつけれなかった決着を、最終的に人間側でつける……という設定」

「何でそんな嘘を……つーかそんな嘘、本当に信じたのかよ」

「あぁ、あの子らホウエンの事には何も詳しく無いし、何よりあのイエローは驚く程純粋だからね、騙しややすいったら無いよ」

 

 最低だコイツ、とホカゲもまた内心カガリの評価を落として顔を青くする。

 先程のやり取りから、てっきりそこそこ程度には仲が良いのかと思っていたカガリとイエローの関係、そんなホカゲの予想を覆すが如く、カガリはイエローの事を騙しやすいと言い放ったのだ。

 まぁ尤も、今のカガリから悪意や、それと似た負の感情は感じられないのだが。

 

「まっ、そーゆー事さ、つー訳でさっさと決着つけて来なよホカゲ」

「チッ、しょうがねぇなぁ……て、何もかもぶち壊しやがって! そう簡単に今までの雰囲気取り戻せる訳が……」

「全く、男がグチグチ言ってじゃないわよ! それに向こうは準備出来た様だしさ」

「は、はぁ!?」

 

 最早完全に流れは女性陣の方に流れているらしい。ホカゲの視線の先ではどこか気の抜けた顔をしたクリアが、後ろに笑顔の少女監督を残して立っていた。

 完全にその表情には、もうどうでもいいから早く終わらせたい、という思いが詰まっており、同じ様な状況のホカゲにも今のクリアの気持ちは手に取る様に分かった。

 だがホカゲとしても、割りと本気で憎しみにも近い感情を持って追って来た相手だ、今の様な神の悪ふざけの産物としか言えない状況下での決着は彼自身、求めるものでは無い。

 ――だが、

 

「ほら、早く行きなっての!」

 

 傍らに自身のキュウコンを立たせたカガリが見ている手前、迂闊に逃げる訳にもいかない、昔から自身の意見は押し通すものとするカガリの意見だ、この時点でホカゲに選択権は無い。

 

 

 

 そうして仕方なく、偽の儀式ごっこを演じる事となった二人。

 先程まで漂っていたシリアスな空気等塵も残らない程破壊され、脱力感だけが支配する空間の中、そんな中、クリアは一度咳払いをしてから、

 

「えーと、ホカゲさ……あー、やっぱいいやホカゲ」

「おいコラテメェ、何で言い直しやがった」

「なんかアンタには"さん付け"じゃなくていい気がするからだよ……じゃ、いくぜ」

「はぁ……もうどうでもいいか、結局"決着"ってのは、俺も望んでいた事だしな!」

 

 そうして彼等は再びぶつかり合う。

 二体のマグマッグを連れたホカゲと、デリバードとVを新たに出したクリア、炎と氷、ホウエンの地で因縁めいた出会いと戦闘となったこの戦い、果たして勝利の女神が微笑むのはどちらなのか。

 ――そんな、最早普通の試合と化した彼等の命の取り合いを、カガリとイエローはいつのまにか一緒に眺めていた。

 

「……でも良かったです」

「ん、なにが良かったんだい」

 

 ポツリとイエローが呟く。

 彼女等の視線の先では、デリバードとVが氷の塊を出して祠内の温度を下げつつ、マグマッグへ直接ダメージを与えようと活躍し、対するマグマッグも全ての氷を溶かす勢いで炎を吐く。

 そして、いつの間にか、そんなポケモン達に指示を出すトレーナー達もどこか楽しそうに笑いを浮かべていた。

 

「またクリアが危ない目に合ってるかもって思ってたから……カガリさんに教えて貰わなきゃボク勘違いしたままでした」

「へー、それは残念、でもその物言いなら、とうとう自分の気持ちは固まったんだな」

 

 彼女達がやって来る前まで、本当に命のやり取りを行っていた彼等だったが、イエローがそれを知る事は無い。

 嘘を吐いたカガリが自身から教えるはずも無く、面倒臭がるホカゲがイエローと話す事も当然無く、彼女に心配させまいとするクリアもまた話さないだろう。

 だからカガリは平気にそんな冗談めいた様な言葉を言ったのだが、

 

「はい」

 

 イエローから帰ってきた答えは、彼女の予想を反するものだった。

 

「ボクはクリアの事が好きです、カガリさんになら、正直な気持ちを言えます」

 

 グサリと胸に罪悪感という刃が突きたてられるのをカガリは感じた。主に"カガリさんになら"の部分で。

 少しだけ申し訳無さそうに曖昧に笑うカガリと、ニコニコとした笑顔を絶やさないイエロー、そんな二人の女性の前では未だにホカゲとクリアは戦っている。

 クリアが――イエローが幻島で共に特訓をしたポケモンであるデリバードとVと共に戦っている。

 そんな彼に向かって、イエローは口元に手を当てて息を吸い込んでから、

 

「クリアー! クリアが練習していたあの技、幻島での特訓で完成したよー!」

 

 笑顔は崩さず、照れて火照った顔は炎の所為にして、内心心臓がバクバクと音を立ててるのを感じ取りながら、クリアに向けてイエローは精一杯に叫んで――そして、次の瞬間、目覚めの祠内部の温度が一気に下がる。

 同時に彼等の動作も止まる。ホカゲのマグマッグが二匹共倒れる、残り火は全て氷へと変わり、クリアとイエロー、二人で完成させた技によって彼等の勝敗は決したのだった。

 "ぜったいれいど"という、一撃必殺の氷の大技によって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから約十二時間後、クリアとイエローはカントー・ジョウト行きの船の中にいた。

 それというのも急遽、クリアがジョウトのポケモン協会から呼び戻されたからである。

 ホウエン大災害時当事者だったクリアから、当時の話を聞きたいらしく、また当初の予定よりも滞在期間が延びていた所為もあって、急ぎで戻らなければいけないらしい。

 本当なら、ルビーやサファイア、それにミツルや"ダイゴ"といったホウエンで出会った人達とちゃんとした別れを済ませたかった所だが、協会からの命令となれば仕方なく、彼等は今船の甲板で遠くなっていくホウエンの地を眺めているのである。

 

 思えば本当に色んな事があった。

 最初こそ観光目的で訪れたホウエンの地、送り火山での戦いからは二人にとって相当に大変な日々だった。

 マグマ団とアクア団との戦いに巻き込まれ、超古代ポケモンが復活して――。

 そして、その中の一人、元アクア団の男は遠くなるホウエンの地を物憂げな表情で眺めていた。

 心残りがあるのか、それとも思いいれの強い地から離れるのが内心嫌なのか、どちらとも分からない彼の心境を察して、クリアはイエローを連れて部屋へと戻ろうとするが、

 

「大丈夫ですよ、少し感慨深いだけです」

 

 そう言ったスキンヘッドの男は元アクア団の幹部だった男。

 騒動後、ジョウトへと戻る前、クリアがホウエンの理事に駄目元で掛け合ってみたのが正解だった。

 高い実力を持つ者を束縛しておくには丁度良いと、協会側は判断したらしく、審議の結果今回の処置が彼に置かれた。

 ――尤も、クリアにとってみればそんな些細な事情はどうでも良い事、元よりクリアは、"ジムトレーナー"の存在を前々から求めていた、そして今回、その適任と思った男を引っ張りこめたのだ。これ以上無い収穫である。

 

「これから、よろしくお願いします……"シズクさん"」

「忠誠は……誓いませんよ、"ジムリーダー"」

 

 一匹のタマザラシを傍らに連れた男、シズクはそう言ってクリアに返答する。

 日が落ちかけた夕暮れ時のホウエンの海、真っ赤に染まった大海原を進む船の上で、クリアとシズクはそう言い合って、直後不意にイエローと目が合ったクリアは、クリアと目が合ったイエローは、

 

「結局さ、色々苦しい事もあったけど……楽しかったな、ホウエン地方」

「うん、ボクもそう思うよ……クリア」

「……だな、イエロー」

 

 互いが互いに、紅く染まった頬を夕焼けの所為にして微笑みあうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、夕暮れ時のホウエン地方某所。

 真っ赤な団員服を脱ぎ捨てたホカゲとカガリの前で、一匹のブースターが投げかける様な視線をホカゲへと向けていた。

 恐らく今回の騒動で仲間と逸れてしまったのか、それとも親元から離れてしまったのだろう。その視線の中には彼の寂しさと哀愁が漂っていた。

 少しだけ躊躇した後、ホカゲはそのブースターを拾う。その動作に特に意味は無い。意味は無いのだが、拾われたブースターは、ホカゲの事が気に入ったのか、身体を擦り付けてコミュニケーションを取ってくる。

 慣れない動作に戸惑いを覚えつつ、ホカゲはカガリへと目を向けるが、

 

「……ま、好きにしたらいいよ、拾うも捨てるも」

 

 そんな事を言って、興味無さげにカガリはいくつもの木の実の袋を見比べている。

 菜園でも始めるつもりなのかと、再度助力のサインを視線に込めて送ってみるが、カガリは反応を示さない様だ。こうなれば致し方なく自力で解決するしか無い。

 それからホカゲは少し考えて、その後少しだけ躊躇して、最終的に、

 

「チッ、仕方が無ぇなぁ、連れて歩いてりゃあ、こいつの"おや"が向こうからやってくるだろ」

「ふーん、その"おや"が現れなかったらどうするつもりだい?」

「……その時はその時だ」

 

 そう言ったホカゲの様子から、カガリは確信した様に思う。何かが変わったと、自身も、元アクアのシズクという男もだ。

 それがあのクリアやイエローと関わったから、という確証は無いし、証明も出来ないものの、それでも何かしらの変化が彼女達にあったのは事実だ。

 その結果が――目の前にいる不良のなり損ないの様だったホカゲが、ポケモンを私欲の為に自身のものにしなかった事、とするなればその変化は悪くない。

 そんな考えが、カガリの中に生まれたのである。

 そうして、少しだけ上機嫌になったカガリは"きのみ"弄りを止めて意地悪そうな笑みを浮かべると、

 

「それじゃあ、そろそろ行こうとするかね」

「行く? どこに?」

「決まってるだろう」

 

 そしておもむろにホカゲの襟を掴んで、強引に自分の下へと引き寄せる。

 引き寄せられた本人は何事かと暴れ出そうとするが、ブースターを抱えている為碌に暴れる事も出来ず、仕方なしカガリの言いなりになってしまう。

 

「アンタはあの"決着"で満足してるのかい」

「あぁ? そんな訳無い……」

「だろうと思ったよ、それじゃあもう一度鍛えなおすしかないね、あのクリアに勝つためにはアンタの今までの戦い方だけじゃ足りない」

 

 言って、そしてホカゲの腕の中でキョトンとして状況を把握出来てないブースターを指差してカガリは言う。

 

「もしその子の持ち主がアンタになったその時は、私の炎をその子に叩き込んでやるよ。アンタの炎とは訳が違う、全てを焦がす劫火の炎をね」

 

 そしてホカゲを離して、カガリは歩き出す。

 彼女自身、ポケモンコンテストに再出場するという密かな目標があるが、寄り道するのも悪くないと考えてしまう。

 どちらにしてもマグマ団が無くなった時点で、ホカゲにもカガリにも帰る場所が無いのだ。

 ならばまずは初心に戻って、ホカゲを使ってポケモン育成でも初めてみようと考えて、そしてカガリは渋々といった感じのホカゲを強引に連れて未来へ向けてと進む。

 

 




……シリアスをずっとやってて疲れてたんだと思います。
まぁ一応再戦フラグは立ってますし、ガチバトルはその時になるかなーと。

イエローヒロインに書いてたつもりが主人公がイエローに攻略されてた。

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