ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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極力オリキャラは出さないつもりだったけれど、話しの都合上二人程出します。オリキャラ苦手な方はすみません、もうこれ以上減ったり増えたりは無いので、そこは安心です。

まさか捨てキャラにこんな役割が回ってくるなんて……確信は言えないけども、作った時は本当に適当にキャラ設定してました。

9/8 サブタイの書き方がおかしかったから訂正。


五十六話『vsブースター 番外編③』

 

 

 ホウエン地方ルネシティ郊外。

 ホウエン大災害、超古代ポケモンの二匹であるグラードンとカイオーガの衝突、その収束から一日程の時間が経過した夕暮れ時、波打ち際に打ち上げられた二つの石を手に取る人物がいた。

 元トキワジムリーダーにしてロケット団首領、かつてレッドと戦い、イエローと共闘した過去を持つ男。

 そして彼が手に取った石こそ、二匹の超古代ポケモンの戦意が完全に消失している事を形付ける証拠、かつて宝珠の形を成してる頃は紅色の宝珠と藍色の宝珠と呼ばれた石だった。

 

「行こう、サキ、チャクラ、オウカ」

 

 二つの石を手に入れたサカキはそう言って彼の背後に付き従う様に立つ三人の部下の名を呼んだ。

 ロケット団三獣士と呼ばれる三人、彼等もサカキの言葉、行動に意を唱えるはずも無く同意の意を見せる。

 血色が悪く"ンフフ"と特徴的な笑い方をする三獣士の唯一紅一点のサキ、小柄で軽く騒々しい性格のチャクラ、大柄でのんびり屋なオウカ――現在のサカキの親衛隊を務める彼等三人をロケット団員達は総称として"三獣士"と呼んでいた。

 

 ホウエン地方で起こった大災害、その裏で密かな活動を行っていたマグマ、アクアに続く"三つ目"の組織――それがこのサカキ率いるロケット団、そして誰にも知られる事無く"とあるポケモン"の入手に成功した彼等は、機会を待って、こうして二つの石の入手にも成功したのである。

 紅色の宝珠と藍色の宝珠を元とした二つの原石、ルビーとサファイアの入手に、手に入れた"ポケモン"の能力を百パーセント発揮する為に。

 

「……サキ」

「はい? サカキ様」

 

 そして、二つの石を持ったサカキ率いる彼等ロケット団は自前の飛行艇へと乗り込んでいく――が、その途中、最後に乗り込んだサキをサカキは呼び止めて、三獣士残りの二人であるチャクラとオウカに気づかれない様声を潜めて、

 

「お前にはこの作戦の前に一つ、やって貰いたい事がある」

「やって貰いたい事……とは?」

「あぁ……」

 

 チラリとサカキは横目でチャクラとオウカの方を見る。見られた二人はサカキとサキのそんなやり取りに全く気づく様子無く、雑談しながら飛行艇内を突き進んでいた。

 その様子を見て、再度サキへと視線を向けて、

 

「一人、脱獄の手引きをして欲しい奴がいる。俺がいない間にヘマをやらかした……"無色(カラーレス)"の奴をな」

「……そう言えば、トキワのジムで捕縛されて今は囚役中の身でしたね、彼は」

「そうだ、奴の存在を知ってる者は少ない、必然的に頼める者も少ないという訳だ」

 

 そう言ったサカキの言葉に、サキは軽く頭を下げ、腰を四十五度曲げてから、

 

「サカキ様、このサキ確かにその任仰せつかりました、"カラレス"の回収には後程、期を見て向かう事にします」

 

 仰々しく承認の意を唱えて、そしてサキもその場に立ち尽くすサカキに一礼してから、飛行艇の奥へと向かう。

 後に残されるのはサカキ唯一人、彼自身今回の作戦の決行は"個人的な事情"による部分が大きいが、だが矢張り、その大元の理由となりえるのはロケット団の繁栄の為、強いては彼の野望の為という行動理由も大きい。

 そして今しがたサカキがサキに命令した任務、ある男の脱走の手引きという任務も、これからのサカキの野望には必要となる事柄なのだろう。

 黒髪で黒眼の、トキワのジムで育成途中だった"リザード"を失い前科者となった"下っ端でも幹部でも無い微妙な立ち位置"のロケット団員、"カラレス"の回収、それが終わってようやく全ての準備は終了となる。

 彼の個人的な事情である"息子の捜索"、大本となるサカキ自身の野望、その為の準備――そしてそれを可能とするポケモン"デオキシス"。

 

 ナナシマを舞台とした新たなる戦いの足音は、密かに、着実に、六人の図鑑所有者達へと迫っていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 元マグマ団三頭火であるホカゲは困惑していた。

 それは一月前にリーダーが消息を絶ち、マグマ団が自然消滅した為――では無く、今彼の目の前に広がる光景にである。

 彼は一月前、昔馴染みで腐れ縁の女性、カガリと共に一匹のブースターを拾っていた。

 その後彼等は、マグマとアクアの両組織の残党を捕まえるべく現れる、ホウエンポケモン協会の刺客と時には交戦、時には逃亡を図りながら、ホウエン中を回っていた。

 だが結果は全て空ぶり、ブースターの持ち主は今日の日まで現れる事無く、持ち主探しは打ち切り、結果ブースターはホカゲの手持ちポケモンとなった。

 ――手持ちとなった。それまでは良かったのだが、

 

「よーしよし、気持ちいいかい? 気持ちいいだろう、アンタのモフモフな毛並みはアタシが完璧に仕上げてみせるから覚悟するんだよぉ」

 

 今彼の目の前には件のブースターがいた。そして彼の連れである女性、カガリもいた――どこかの麦わら帽子の少女がゴーグルの少年に向ける表情の様に、ほんのりと火照った頬を釣り目を細めデレた笑顔を見せるカガリが。

 その光景に、ある意味ホカゲにとっては未知の光景に、ホカゲは一瞬自身の視神経がおかしくなったのかと錯覚する。次いでエスパーポケモンの幻覚でも見ているのかとも考えるが、しかし周囲に彼等以外の生き物の気配は無く、今彼が見ているカガリが本物のカガリという事は紛れも無い事実らしい。

 ホカゲにとってカガリとは、劫火の様な炎を操る豪快かつ、気性の激しい女性――だったはずだ。

 どこか物事に対し適当に真面目にならないホカゲと、どんな事にも全力に女でありながら男らしくぶつかるカガリ、"幻の炎"と"力の炎"、それが彼等二人の特徴だったはずだ。

 だがクリアと出会って、ホカゲは変わった。

 カガリの様に一人の人物に対し執念を燃やし、再戦(リベンジ)を使う程に熱くなった。ホカゲ自身、そんな変化を心の何処かで楽しんでいた。

 久しぶりに出会った"勝ちたい"と思える相手、その相手に勝利すべく、今日この日から、ブースターがホカゲの正式な手持ちとなったこの瞬間からその為の特訓が始まる――そう思っていたのだが、

 

「よしブースター、出場する部門はどれにしようかねぇ……"かっこよさ"、"うつくしさ"、"かしこさ"、"たくましさ"、"かわいさ"、アンタならどの部門でも優勝出来るよ」

「おい待てカガリ、話がおかしい」

 

 とうとう我慢が出来なくなったらしくホカゲはカガリの肩に手を置いた。

 彼が焦るのも当然だ、今から彼が行おうとしていたのは"バトル"の特訓、だがカガリが口にした言葉は明らかに"コンテスト"用語だ。ホカゲの求めているものとは正反対にある強さだ。

 だがカガリは手が置かれた肩を回してホカゲの手を振りほどくと、

 

「うるさいなー、ちょっと黙っててくれよホカゲ、今からこの子の衣装考えるんだから」

「え、い、いやちょっと待てカガリ! お前一月前に俺に言った言葉覚えてねぇのか!?」

「……一月前?」

ブースター(そいつ)にお前の"力の炎"叩き込んで、クリアの奴にリベンジするって話だっただろうが!」

「あー、言われればそんな話もあったねぇ」

 

 思わず絶句する。

 その時かわした、というか強引にかわされた誓いは確かカガリから提案されたものだったはずだ、その提案に渋々ながら目的と一致しているホカゲは賛同した。

 そのはずだったにも関わらず、言うに事欠いてカガリは今完全に思い出した様な物言いをしたのである。

 その事に、忘れられていた事に、何だか無性に怒りが沸いてくるホカゲ――だったが、

 

「……プ、あはははははっ! なーんて冗談だよ、何本気にしちゃってんのさ!」

「……は?」

 

 またしても唖然、思わず目を丸くしたホカゲの顔を見て、今度はカガリは腹を抱え目尻に涙を溜めて笑い出す。

 

「ふふっ、大丈夫、安心しな。別にアタシは約束を反故にしようって訳じゃないさ、ただちょっと気になっただけだよ……この子がコンテストに出たら、一体どうなっちまうんだろうってね」

「コンテストってこのブースターがか? まぁ無くはねぇと思うが、つーかだったらお前がこのブースター引きとりゃいいじゃねぇか、別に俺は今のメンバーでも十分……」

 

 言いかけたホカゲの口にカガリはそっと自身の指を置いた。

 突然のカガリの行動、自身の口元に置かれたカガリの右の一指し指の感触に思わず口を噤んでしまうホカゲ、そんな彼に、まるで子供に言い聞かせる様な態度でカガリは、

 

「それ以上は言っちゃあいけないよホカゲ。そのままのアンタじゃ絶対にあのクリアって子には勝てない」

 

 言われて、黙り込むホカゲ。そしてその様子に満足した様子で、カガリはまたしてもブースターに絡み始める。

 ブースター自身、むしろカガリに構ってもらえるのが嬉しい様でしきりに尻尾を振って対応しており、傍から見ればカガリのポケモンの様にすら見えた。

 

(なんだ? 一体俺の何が悪いってんだ?……つーかカガリもカガリで変わり過ぎだろ、何だよそのキャラ)

 

 口には出さない、心の中でだけツッコンでおく。きっとホカゲがそれを口に出した途端、彼はカガリの返り討ちにあってまともな目には合わないはずだ。昔からそうだった。

 だがそれでもツッコまずには入られなかった。それ程までに今のカガリはホカゲ視点で見るとおかしく見えたのだ。

 

「……なぁカガリ」

「あ? 何だよホカゲ?」

「ちょっとそのブースター俺に返せよ」

「…………やだ」

 

 ツンと拗ねた様にそっぽを向いてブースターを抱く姿は、彼女の年齢を若干低く見せるものがあった。

 だがそんなカガリの見え方の違い等心底どうでもいいホカゲは、一先ず今の問答で確認を終える。

 何故カガリが変わってしまっているのか、何故ブースターを放さないのか――その二つの要点は一つに結びつき、最も簡単な答えを丁寧にホカゲに提示して、ホカゲは悪態を付きつつもその答えを受け取る。

 

(こいつ単に俺のブースターに骨抜きにされてるだけじゃねぇか!!)

 

 普段の彼女が女番町顔負けの力強さを見せるからこそだろう。そのカガリの変化に本気で気味の悪さを感じたホカゲであった。

 

 

 

 それから数日経った。

 ホカゲが懸念していたカガリと共に行う"ブースター強化特訓"は予定通り開始され、ホカゲの懸念は杞憂に終わった事が確かめられた。

 カガリもあれで優秀なトレーナーだ、そしてそれは"バトル"と"コンテスト"だからと言って差別する事無く、平等に、どちらの勝負でも勝ち抜ける様鍛えるのが彼女のやり方だったらしい。

 

「違う! もっと気合いを入れなブースター! 炎の出力はキュウコンを真似るんだよ!」

 

 カガリ等から離れた場所で、二匹のマグマッグと共に、自身達もまた更に強力な精神系の攻撃を行える様鍛錬を積むホカゲだったが、そんな彼の耳に鳴り響くカガリの怒声が突き刺さる。

 普段こそ馬鹿みたいに可愛がり、骨の抜かれた様な表情を見せていたカガリだったが、今の様子なら何の心配も無い様にホカゲは思えた、思って、微笑を浮かべて自身の鍛錬に集中する。

 

「マグマッグ、俺が"アイツ"との再戦にお前達を使うかはまだ分からねぇが、それでもお前達は俺にとって特別な二体だ。カガリがブースターの訓練を行うのなら、俺はあのブースターに負けないお前達を育て上げるが……異論がある奴はいないな」

 

 否定を許さないホカゲの言葉、だが彼がそんな脅しの様な言葉をかけずとも、この二匹のマグマッグにはホカゲに逆らう気等毛頭無い。

 精神系の攻撃に特化して育てたホカゲにとって特別なマグマッグ、それと同様に、二体のマグマッグにとってもホカゲというトレーナーは無二の存在、トレーナーとポケモンとの間に知らぬ間に出来る強い絆の形、その存在がマグマッグのホカゲへの信頼を強固なものにするのである。

 

「よし、じゃあまずは弱点の克服といくぞ。お前らの炎はどうしても熱の高さに頼ってしまう部分が大きい、室外での戦闘には不向きだ、だから当然相応の対策がいる、まずはそれを考える事からだな」

 

 的確に自身の弱点を整理し、克服する為のプランを立てるホカゲ。

 彼自身気づいていないが、毎日どこか気だるそうな様子の彼がここまでやる気を見せた原因は、矢張り再戦相手への闘志のお陰なのだろう。

 

 今彼等が特訓を行っている場所はフエンタウン近くにある洞窟、通称"ほのおのぬけみち"。炎タイプの修行には相応しい場所だ。

 一度は休火山と成り果て、ホウエン大災害後はその火口で眠ったグラードンの影響から、再び活動を開始した火山である"えんとつ山"の影響を多大に受けているこの洞窟、侵入した者の体力を著しく奪う程の高温の洞窟で、終いには洞窟内部のあちこちで泡が噴出している様な場所なのである。

 その洞窟は、炎タイプのポケモン達にとっては自身の炎の威力を極端に高める絶好の場所となるが、逆に人間にとっては地獄とも言える様な場所である。

 

「はぁ、はぁ……まだ、まだ! 休憩せずにガンガンいくよブースター!」

「そう……だな、まずは進化だ、マグマッグ……!」

 

 体中の水分が洞窟に奪われる感覚を覚えながら、ホカゲとカガリはポケモンの修行を続ける。

 マグマ団の団服を脱ぎ去り、一般のトレーナーに戻った彼等が、マグマ団にいた頃の数倍もの気迫で修行を続けている。

 そんなトレーナー達の姿はポケモン達の眼に焼きつき、より一層の集中力を発揮し、そして成果は何倍にも上昇する。

 だから例えどんなに喉が渇いても、体力に限界を感じても、ギリギリまで粘り続ける。体力切れを起こす瀬戸際、その瞬間をよく見極めて、

 

「……ふぅ、そろそろ、休憩しようかねぇ」

「休憩だ……マグマッグ」

 

 各々の鍛錬を一度切り上げ、二人は同時に、崩れる様に座り込んだ。

 

「はぁ……はぁ、情けないねぇ、こんな暑さ程度で根を上げるなんて……」

「……ったく、面倒ったら、無いぜ……」

 

 背中合わせに相手の鼓動を感じながら、口々にそう言って、持参した水筒で喉の渇きを癒す。

 流れ込む常温水に"水"の有り難味を感じながら数分、やがてホカゲは切り出す様にカガリに告げる。

 

「なぁカガリ、別にお前は俺に付き合ってこんな事やらなくていいんだぜ、それこそブースターはお前が引き取ってよ」

「……はぁ、全く、アンタは何を勘違いしてんだか……」

「あぁ?」

「どうしてアタシの言う事理解出来ないのかねぇ……ホカゲ、アンタ自分の足元見てみな」

 

 唐突にカガリに言われ、おもむろに自身の足元へと視線を向けたホカゲはその視線の先、いつの間にか自身の足元に寄り添っているブースターの存在に気づく。

 

「……なんだこいつ、この暑苦しいって時に」

「ふふっ、可愛い奴じゃないか、よっぽどアンタに懐いてるんだねぇホカゲ」

「ふん、懐いてるだと、別に俺はポケモンに好かれたくてこんな事やってる訳じゃねぇよ」

「アンタはそうかもしれない……だけど、ポケモン達はどうなんだろうねぇ」

「……何が言いたいんだ」

「要するに、だ。アンタも少しはポケモンの気持ちになって考えてみなって事だ、そうすれば見えなかったものも見えてくる……少なくともアタシは見えたよ、あのイエローに会ってからね」

「……その結果があの間抜け面かよ」

「あぁ? 何か言ったかいホカゲ?」

「別に何も……って、痛っ! この、問答無用で仕掛けてきやがって!」

 

 聞き返しておきながら、ホカゲの呟きはしかとカガリの耳に届いていたらしく、腹いせにと言わんばかりにホカゲの耳を引っ張るカガリ。

 その後ろでは若干涙目となったホカゲがカガリに抗議の声を出していたが、彼の声はカガリの耳へと入るとそのまま、反対の耳へと突き抜けていき、カガリの頭には入っていなかった。

 今彼女の脳裏に浮かんでいたのは一つの記憶、ポケモンを友達と言った麦わら帽子の少女の様子。

 

『ボクにとって、ポケモン達は皆友達なんです』

 

 そう言ったイエローにバトルのセンスなんてものは存在し得なかった。

 しかしどうだろうか、彼女はかつてスオウ島という舞台で四天王相手に立ち振る舞い、また数々の悪の組織との戦いも経験している。

 果ては一月前の大災害、カイオーガ相手に彼女は確かに十分に活躍をしていたし、マツブサとアオギリのポケモン達も見事無力化に成功していた。

 そして恐らくそれらの現象を可能としたのは、バトルの技術云々の問題では無い。

 彼女の想いに応えようとするポケモン達の底力、秘めた実力、それを引き出すイエローのバトルスタイル。ポケモンとの絆の強さによって初めて生まれる強さ。カガリの知らなかった強さの証明。

 

 そんな強さを見せられたら、カガリもその力を欲しくなってしまうのは道理であり、またイエローという少女が心からポケモン達と触れ合ってる様を見た後だと、自身の手持ちポケモンへの見方も変わってくる。

 例えば彼女のキュウコンは、今のホカゲのブースターの様にカガリに今以上に暑い思いをさせない様自ら距離を置いている。

 しかしだからと言ってホカゲのブースターが悪いと言えば、そうでも無い。このブースターだってホカゲの為に死力を尽くして戦うだろう、一人の時、自身を抱えたホカゲの為に。

 

 

 

「……さてと、休憩は終わりだ。また特訓の続きといこうじゃないか」

「のわあっ!?」

 

 言って、カガリは立ち上がる。急に背中の支えを失ったホカゲが体勢を崩し倒れる。

 その様子に、彼のブースターは驚いた様にビクリと一度身体を震わして、次の時にはホカゲの様子を心配げに眺めていた。

 当然、ホカゲはそんなブースターの変化に気づかない。まだまだ彼等は出会って間もなく、ホカゲに変化が訪れるのはまだ先だろう。

 だからこそ、正反対のそんな彼等の姿が面白おかしくカガリの目には映り、クスリと微笑を浮かべて、

 

「全く何やってんだか、ほら立ちな」

 

 差し伸べる。自身の手を、眼前に仰向けに倒れたホカゲへと、断られるのを承知の上で。

 

「あ? 別に手助けなんていらねぇ……」

「ほら」

 

 数秒の沈黙、そして有無を言わせぬカガリの態度に圧倒されてか、最早ホカゲの思考回路がカガリに逆らえない様に出来ているのか。

 一度深くため息をついて、渋々とホカゲは自身の手を差し出し、カガリがそれを引っ張る。

 昔からそうだった、いつも流されるままだったホカゲを引っ張っていたのはカガリだった、もしかしたらそれが習慣となっているのかもしれない。

 

「……うん、それじゃあ行くよブースター」

 

 何に納得したのか、繋いだ手を離したカガリはすぐにホカゲに背を向けて早足で彼から離れる。

 鍛錬の邪魔にならない様、修行に入る際は二人共離れた場所で各々の技を磨く。

 そしてホカゲは、カガリについて行こうとするブースターを見下げてポツリと、

 

「……期待してるぜ、ブースター」

 

 瞬間、ピクリとブースターの耳が動く。

 次いで急にやる気が満ちた様に駆け足となったブースターの姿を興味深そうに眺めて、ホカゲもすぐに自身の事に専念する。

 ホカゲ自身、どうしてこの時そんな言葉を掛けたのか分かっていなかっただろう。

 そもそもブースターにホカゲの言葉は通じているのか、というか本当に聞こえていたのか、今となっては知る由も無い。

 

 ――だが少なくとも、半年の月日が流れた後のホカゲならきっとこう言うはずだ。

 

『トレーナーがポケモン達(こいつら)を大切にするのは普通の事だろう』

 

 ――と。カガリと半年の修行を行い、ポケモン協会のトレーナー達と戦闘を繰り広げた後の、彼等だけの彼等の冒険を繰り広げた後のホカゲならば、迷う事無くそう答えるはずなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして。

 

 ホウエン地方のマグマ団とアクア団の暗躍、結果出現したグラードンとカイオーガの激突、その激闘から約半年の月日が経過していた。

 壊滅した両組織のリーダーは消息を絶ち、下っ端、幹部の大半は捕まるか、もしくは実力の高い者はポケモン協会に多様な形で尽力する事を条件とされ、今に至る。

 

 そして事件の舞台となったホウエンを遠く離れたジョウト地方、チョウジタウン、その町の協会公認ジムにも一人、元アクア団の幹部だった男がいた。

 

「タマザラシ、"アイスボール"」

 

 "かいがらのすず"を持ったタマザラシの"アイスボール"が挑戦者であるエリートトレーナーのロコンへと直撃する。

 三、四と回数を重ね、五回にも渡るタマザラシの全身を使った冷気による転がる様な体当たりは確実にロコンの体力を削ぎ、更にそれまでに負ったダメージさえ、"かいがらのすず"で回復されて、

 

「"みずのはどう"で終わらせなさい!」

 

 炎タイプのロコンが苦手とする水攻撃の技を、連続攻撃で隙を生んだロコンへと放ち、体力的にもほとんど完勝状態でシズクの勝利は決定した。

 

 

 

 チョウジジムのジムトレーナーであるシズクは、元々はアクア団幹部SSSのメンバーだった男だ。

 リーダーアオギリの片腕として、ホウエンを舞台に海を広げる為の活動を行っていた彼だったが、ホウエン大災害時、チョウジジムリーダークリアとの出会いを経て彼はアクア団を脱退、その後はチョウジのジムトレーナーとして、ポケモン協会に貢献する事を条件に自由の身となっていた。

 そして今しがた行われたジム戦、シズクはその際、ジムリーダーへの挑戦資格が有るか否かの、その資格を見極める役目を負っており、今のバトルもその為のものだった。

 チョウジジムの現在のバトル方式は、まずは一対一のジムトレーナー戦に勝利した後、続けて二体二のジムリーダー戦に勝利して、もしくはジムリーダーにその実力を認められて初めて、公認ジムバッジであるアイスバッジを入手出来るシステムになっている。

 前々まではジムリーダーに勝つ事を必須条件としていたのだが、それでは難易度が極端に高く、"健全なトレーナーの育成を目指す"ポケモン協会の協議に反する為、ここ最近ようやく、"ジムリーダーであるクリアに認められて"の項目も、バッジ入手条件に追加された。

 ――まぁ尤も、ジムトレーナーに就任しているシズクの実力は非常に高く、彼自身、アクア団時代に一度はジムリーダーと戦い、勝利を収めているトレーナーだ。

 確実にジムリーダークラスあるシズクの実力は、ジムリーダーであるクリアとそう大差あるものでも無く、またシズク戦で敗北してしまうとジムリーダーに実力を見て貰えないというチョウジジムのルールの特性から、バッジ入手の難易度は、シズクが来る前より実は密かに上がっていたりする。

 

「ご苦労様シズクさん、これで二十一連勝でしたっけ」

「すみませんジムリーダー……それと、確か二十二連勝です」

 

 チョウジジムに同じ挑戦者が挑戦出来るのは一日一回まで、クリアが決めたそのルールに従い、トボトボと肩を落としてジムを去るエリートトレーナーの青年を見送って、クリアはシズクへとタオルを差し出し、タマザラシには氷水の差し入れを出す。

 シズクがチョウジジムに来て約半年、その間訪れた挑戦者は二十二人――つまりシズクはこれまでに戦った全ての挑戦者に勝利している事になる。元々実力の高いシズクの力も大きいだろうが、その功績の一端に彼のタマザラシの力が関与している事も否定は出来なかった。

 生まれたばかりという事はまだまだ伸び代があるという事だ、最初期こそは危ない戦いが続いていたものの、ここ最近は今の様にほとんど完勝状態での勝利をもぎ取るのも珍しくは無かった。

 

「まっ、この様子ならちょっとの間ジムを任せてても問題無いですね」

 

 氷水を浴びて気持ち良さそうに涼むタマザラシの傍ら、タオルで顔を拭ったシズクにクリアは切り出す様に告げた。

 そう言って手に取るのは、挑戦者配布様に量産された多量のアイスバッジ、クリアの持つ唯一つの純正のものとは違う贋作であるそれをクリアはシズクへと差出し、

 

「大体二、三日で戻ってくるだろうけど、その間、シズクさんはジムリーダー代行をお願いします」

「……別に構いませんが、どこに?」

 

 配布用ジムバッジをクリアから受け取りつつ、不審そうに言ったシズク。

 そんな彼に対し、クリアは一枚の手紙を見せてからチョウジジムの出入り口の扉、来客用エレベーターが設置されてる方の扉を開きながら言うのだった。

 

「カントーナナシマ、その第1の島に……有耶無耶だった決着をつけに行くんですよ」

 

 "挑戦状"と書かれた手紙と、"ホカゲ"と差出人の欄に書かれた名前の手紙を見せてから、そしてクリアはアサギシティへと向かう。

 半年前の戦い、シズクとは空の柱で決着をつけたがホカゲとのバトルはイエローとカガリの乱入によっておかしな形となっていた。

 だからこそ、ホカゲとの本当の決着をつける為クリアはナナシマへと向かう――その先に待ち受ける未来の形を知らぬまま。

 目的地はカントーナナシマ、第1の島――ともし火山。

 

 




カガリさんも可愛い(確信)。

イエローとクリアの話しを書こうとしたらカガリさんとホカゲの話しになってた不思議。
本当はホムラやアスナとの戦闘とかも入れようと思ったのですが、サクッと終わらせたかったので止めました、そこまでいくとポケットモンスターHOKAGEになりそうでしたし……。

次回からはナナシマ編に入ります。

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