ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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ナナシマ編スタート。
作中時間が短いからか、結構早く大雑把な構想は練れました。後は要所を話の展開に合わせて調整していくだけ……。


ナナシマ編
五十七話『vsホカゲ 1の島の挑戦者』


 

 

 カントーナナシマ、その言われは七つの列島からなる島々、という意味では無く七日の間に生まれ出来たという言い伝えから来るものらしい。

 そしてその中の一つ、1の島、火照りの道を辿った先に聳えるともし火山の地に、彼等はいた。

 ホウエン地方で暗躍していた二つの組織、その一つであるマグマ団の元幹部三頭火の男性と女性、ホカゲとカガリの二人だ。

 超古代ポケモンであるグラードンとカイオーガが衝突し、リーダーの失踪、組織の消滅を受けた二人はある目的の為この半年間、ポケモン修行に専念していたのである。

 

「よう、来たなジムリーダー」

 

 複数のオニスズメが羽を休めていたともし火山の山頂にて、傍らにブースターを連れたホカゲが一人の少年へと告げる。

 彼ホカゲの前にいた、首からゴーグルを下げ、一匹のグレイシアを連れた、ホウエン地方の騒動の際にも一役買った人物。

 チョウジジムリーダーのクリア。ホカゲが強者(ライバル)と見定め、彼に僅かばかりの変化を促した少年であった。

 

「ま、ご丁寧に"トライパス"まで手紙に同封されちゃ来ない方が失礼かなーってね、カガリさんもお久しぶりです」

 

 クリアが受け取ったホカゲからの挑戦状、その手紙の中に同封されていた"トライパス"と言われた紙の定期券、それはクチバ港とナナシマを結ぶ大型船"シーギャロップ号"の乗船券である。

 大型船、という様に中々に割高の買い物だっただろうが、ともし火山を決着の地に定めてクリアを呼び出す手前からか、ホカゲ達は自腹を切ってクリアにそのパスを提供して、そうしてクリアはナナシマへの上陸を果たしたのである。

 ――彼より一足先にナナシマを訪れた三人のカントー図鑑所有者の事情を知らずに。

 そしてクリアからの挨拶を、フーセンガムを口に含んで微笑を浮かべ、手を上げて応えてから、カガリは黙って対峙する彼等から離れ、まるでそれが合図となったかの様に、一人の男と一人の少年、二人の人物の纏う空気がガラリと変わる。

 冷たい凍気を放つはゴーグルを首から下げた少年のグレイシア、熱く焼気を燃やすのはマグマ団服とは違う、赤を基調としたフード付きの上着を身に纏った男のブースター。

 

「……そのブースターを見る限り、勝負は一対一がお望みの様だなホカゲ」

「あぁ……にしても相変わらずムカつくガキだなテメェは」

 

 至極当然の様にホカゲに対してはタメ口を決め込むクリアの態度に、少しだけ怒りのボルテージを上げつつホカゲはブースターへと目配せし、彼に応える様にブースターはホカゲの前へと出る。

 

「V、出番だ」

 

 一方のクリアもグレイシアのVへと声を掛けて、ホカゲ同様自身の眼前へとVを出す。

 そして睨み合うホカゲとクリア、ブースターとグレイシアのV。勝敗の判定はカガリがつけるらしく、離れた場所から彼等の行方を見守っている。

 唯の消化試合、最早マグマ団では無いホカゲには本来クリアと戦う理由等とうに無くなっているはずだった、だが彼はこうしてクリアという少年の前に立っている。そしてそれは、ただ決着をつけたいというだけの理由からでも既に無かった。

 マグマ団が消滅し、行く当ても無いホカゲとカガリだが、だからと言って彼等は別に悲観する事など無かった、彼等程の実力があればポケモン協会に取り入る事も出来るだろう、そして協会側も実力者の手綱は極力握っておきたいはずだ。

 

 ――だからその前に、彼は古い自分を脱ぎ捨てる為にクリアと戦うのだ。過去との清算を全て果たし、これからの未来へと向かう為に。

 

 そして、クリアへ向けて吹いていた風向きが一瞬にして変わる。正反対であるホカゲへと風は流れ、その風を待っていたかの様に複数のオニスズメ達は飛び立ち――同時にホカゲとクリアの両名は動いた。

 

「"ほのおのうず"!」

「"ふぶき"!」

 

 小手調べにといった感じで、互いに大技の指示を出し合う二人の男達、それに応えるポケモン達。

 渦上に逆巻く大火が突風の様な猛吹雪をいとも容易く飲み込みVへと迫る。

 炎と氷、その戦いで矢張り絶対的に優勢となるのは炎の方だった、約半年もの間鍛えられた、カガリによって叩き込まれた"力の炎"がVを飲み込むべく迫り来る。

 ――が、当然クリアとVとて簡単には終わらない、終わらせる気等無い。

 

「"でんこうせっか"で逃れろV!」

「ならこっちも"でんこうせっか"だブースター!」

 

 まずは炎から逃れる事、そして欲を出せば次の攻撃にも繋げる事、以上の事柄からクリアは回避と攻撃を同時に行う事を判断、そのどちらも行える技をVへと指示する。

 が、その考えを見越しての事だろう、考える素振り等一切見せずにホカゲは同じ"でんこうせっか"をブースターに指示する。

 そしてぶつかり合う両雄、両ポケモンの勢いに乗った体当たりの衝突で互いに飛ばされるが、無様に地面に身体を擦りつけたVとは違い、ブースターは宙で体勢を立て直し華麗に着地を決めた。

 どうやら純粋なパワーではブースターが上だったらしく、結果受けるダメージもVの方が遥かに上だったのである。

 

「くっ! ならV、まずは距離を詰めるんだ!」

 

 頭を振って立ち上がるVの様子に戦闘続行を判断したクリアの言葉にVは従い、一気にブースターに詰め寄る。

 先の一撃を食らい、普通ならば接近戦はVに不利だと判断しそうなものだが、それでもクリアはVに接近戦を指示した。

 

「何をするつもりかは知らねぇが、来るってんなら容赦はしねぇぞ、ブースター!」

 

 待ち受けるホカゲとブースター、勇猛にその一人と一匹に突っ込んでいくV、クリア。

 

「"かえんほうしゃ"を至近距離からぶち込んでやるぜぇ!」

 

 射程距離内に入った、そう思った瞬間、ホカゲはすぐ様言葉を口に出し、ブースターも口から勢いの良い炎を吹き出す。

 Vの透き通る様な身体目掛けて迫る炎、だが直撃する一瞬前、その合間を見極めてクリアは、

 

「"あなをほる"んだV!」

 

 微笑を浮かべたクリアの眼の先で、瞬時に地中へと潜り"かえんほうしゃ"をかわすVの姿が映る。

 ブースターとグレイシア、炎と氷のタイプ相性は氷の方が圧倒的に不利、そんな事が分からないクリアでは無い。

 では何故クリアは相手が炎タイプと分かっておきながら氷タイプのVを選んだのか、それはブースターとグレイシアという組み合わせでの戦闘を楽しんでみたかったから、前回同様氷タイプのポケモンを使用したかったから、以上の二つの点も多少は含まれている。

 だが彼がVを選んだ最大の理由、それは"意外性"である。

 まさか本当に大事な決着の場面で炎タイプを相手に氷タイプを選ぶとは些か考えにくいものがあるだろう、そしてその理由が上記二つの点で片付けられたとしても、今の様な"こおり"タイプでは無い技を披露する事が出来れば、それだけで相手はたかが一瞬にせよ、隙を作るはずだ。

 ――だがそれは一般トレーナーレベルの相手の話となるのだが。

 

「ふ、テメェならそれ位やるって思ってたぜ、何の策も無しに苦手タイプを使わないだろうってな」

 

 地を裂いて現れたVを見下げながら、ブースターは口に溜めた炎を一気に放出すべく身構える。

 全てはホカゲの予想通り、クリアのVならば、自身のブースターの弱点となる技を使い対応してくると踏んでいたのである。

 そしてVがブースターを狙って地中から現れる瞬間、その瞬間を狙って溜めた炎を放つ為の準備も既に終えていた。

 

「あぁ、俺もアンタがこの程度で終わる奴じゃないって分かってるさ」

 

 V目掛けて噴出された炎の塊を眺めながら、クリアは微笑を崩さず呟く。

 氷タイプのV等一撃でノックアウト出来る程の力技、燃え盛る大火、それを見て尚クリアは微笑を崩さない。そして思い出す。

 以前の戦いを、ウバメの森での彼の師との対決、まだイーブイだったVは今の様に地中から現れたウリムーに対し"めざめるパワー"を放って、それでクリアは油断したのだ――今のホカゲの様に。

 

「だからこそ、俺はアンタの強さを信じて賭けに勝ってんだぜ……やれ、V」

 

 瞬間、水の振動が大火を打ち消しブースターへと届いた。

 

「"みずのはどう"!」

「なっ! く、一旦引けブースター!」

 

 驚愕の声を出すホカゲの前で、ブースターの身体を水の振動が奮わせた。

 炎タイプのブースターが不得意とする水、突然の予想外の攻撃にブースターもホカゲも現状を把握出来ず、一先ずホカゲはブースターを下がらせる。

 正体不明の攻撃、何よりも今大切なのはその第二撃を防ぐ事、そんなホカゲの読みは確かに当たっていた。今ホカゲが無理にブースターに反撃をさせていれば、クリアのVが更なる"みずのはどう"をブースターに打ち込んだだろう。

 地中の中から、自身の形を模した氷像を打ち砕きながら。

 

「……そうか、さっき出てきたのはダミーか」

「良い策だろ、まぁ俺も一度やられてるんだけどさ」

 

 まるで昔を懐かしむ様に髪をくしゃりと掴んで、はにかむ様に笑ってクリアは言う。

 そんな彼の心境とは裏腹に、ホカゲはチラリとブースターの様子を確認し、再度クリアとVへと視線を向けた。

 現状、負ったダメージ量は恐らくブースターの方がクリアのVより大きいだろう。

 "でんこうせっか"によってVに多少の傷を負わせる事は出来ているが、気にする程では無いにしろその時はホカゲのブースターも共にダメージを負っている。

 それに加え、今の"みずのはどう"、水攻撃の技だ。効果は抜群の技を受けた時点で、ブースターの体力はかなり削られている。

 

(今の奴の様に、俺も奴の裏をかく必要があるな)

 

 思い出す、自分の立場を。

 今ホカゲが対峙している相手は一度破れた相手だ、それに付け加えるとクリアはジムリーダー職につき、ホウエン大災害の時にも活躍している人物。

 今回のホカゲは挑戦者だ。普通に当たっていっても、地力でクリアを超える事は出来ない。

 ならば、クリアの予想を遥かに超えるアイデアを以ってして叩く。幸いタイプ相性ではホカゲの方が有利なのだ。

 ――クリアに出来て、ホカゲに出来ない事道理は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、カントーナナシマ4の島"いてだきの洞窟"、三人のカントー図鑑所有者の内の二人であるレッドとグリーン、そしてポケモン転送・預かりシステムの開発者であるマサキはそこにいた。

 それというのも、何かしらの所用があるとオーキド博士に呼ばれた彼等は、その日久方ぶりにマサラタウンの実家に帰って来ていた。

 そしてオーキド博士の研究所に立ち入った彼等を待ち受けていたのは――襲撃である。

 謎の襲撃者による攻撃を受けた彼等は、事態を把握する為、一先ずオーキド博士の指示に従うという判断を下し、その場に残されたオーキド博士の伝言に沿って、図鑑を手放し、クチバ港からシーギャロップ号に乗ってこのナナシマへやって来ていたのである。

 だが乗船中、1の島に到着する頃、再度彼等は災難に巻き込まれる。もう一人のカントー図鑑所有者であるブルーが何者かに襲われていたのだ。

 一人の所を襲われ、両親を目の前で失ったブルーは肉体的、精神的なショックからその場で意識を失い、その場で彼等はオーキド邸、シーギャロップ号で彼等を襲った謎の敵、謎のポケモンと戦う事を決意した。

 だが事態は何も悪い方向へばかりへは進まなかった、彼等にとっては救いとなる出会いが、"ご縁が集まる結び島"と言われる1の島であったのだ。

 

『あんた達なら継げるかもしれない、わしの……究極技を!』

 

 "キワメ"という"三つの究極技"の伝承を守っている老婆との出会いである。

 そう言ったキワメに強引に連れて行かれた先、"きわの岬"の修行場に案内されたレッドとグリーンの二人は、そのまま究極技の修行を行う事となった。

 三種の廊下を渡る過酷な修行、トレーナーとポケモン共にかなりの体力を必要とされたその修行だったが、だがレッドとグリーンは驚く程早く究極技を身に付けた、"ハードプラント"、"ブラストバーン"、草と炎の究極技を。

 

『ありがとうございました! 究極技、確かに受け取りました!!』

 

 頭を下げて礼を言った後、レッドとグリーンはマサキからの連絡を受けて4の島へと足を踏み入れ、そしてブルーの|メタモンの"へんしん"能力で敵の姿形を確認し、マサキの受けた情報によって彼等は敵の正体を知る事となった。

 胸にRのマークをつけた、黒のスーツ姿らしき格好、忘れたくても忘れられないその姿――ロケット団サカキの情報を得て、レッド達はようやく自身等を襲った敵の正体を知る事となったのである。

 ロケット団、それも仮面の男ヤナギが集めた残党達では無い紛れも無い精鋭部隊――それが彼等の、戦う相手だったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 1の島ともし火山におけるホカゲとクリアのバトルは熾烈を極めていた。

 

「ブースター"かみつく"!」

「ジャンプして避けろV、そしてそのまま"スピードスター"!」

「"ひのこ"で蹴散らせ!」

 

 炎が上がり、氷晶が煌き、一見可愛らしい外見の二匹がぶつかり合う。

 戦いはクリアが優勢に進め、ホカゲとブースターは必死に食らいつくのが精一杯だった。

 矢張り序盤の駆け引きが大きかったらしい。Vの"みずのはどう"をモロに受けたブースターは驚く程体力を削られ、決定打となり得る一撃を受けていないVに動きで負けている。

 

(ここは一か八か、俺も賭けてみるしかねぇな……)

 

 このままジリ貧に、長期戦になればなる程不利になると、ホカゲは確信していた。

 実際、クリアのVは先程から小技の連続で確実にブースターの体力を少しずつ奪う作戦できている、大技振るって隙を作らず、先の奇策の後はそれに続く策らしい策も無い。

 堅実なバトルスタイル、悪く言い換えれば、攻撃後すぐに回避の体勢をとるヒット&アウェイ戦法か。

 

「ブースター、奴の攻撃なんて気にするんじゃねぇ、一直線に突っ込みやがれぇ!」

 

 だからここで、ホカゲは勝負に出る事にする。

 矢張り彼のブースターならば接近戦あるのみ、そう判断したのだろうか、だがどちらにしても危険な賭けだ。

 形振り構ってられなくなってきたホカゲとブースターと違い、クリアとVはまだ体力的にも余裕を残して、余裕を残しつつ堅実な戦い方(バトルスタイル)を取り続ける、それはホカゲとブースターが捨て身の戦法をとっても尚だ。

 

「ふっ、ならたどり着く前に倒すまでさ……"スピードスター"!」

 

 小出しに"スピードスター"を撃ち続け、一定の距離をとる。

 

「チッ、ならもっと速くだ! 攻撃を避けようなんて考えるんじゃねぇ!」

 

 故に、否クリアのその行動は予想済み、だからこそホカゲは回避行動すらも惜しんだ。

 迫り来るは星型のエネルギー弾の群れ、一発一発ならまだしも、複数弾を一気に食らうとそれだけで瀕死状態になってしまいそうな弾幕。

 だがホカゲも何も特攻しようなんて言うつもりは無い、一か八かの賭けというものは、本当に最後の最後まで取っておくべきものだ。

 走りVへと迫るブースター、そんな彼に避けようの無い数の"スピードスター"が迫って、

 

「"まもる"でガードしろ、そしてそのまま進め!」

 

 ホカゲの指示で、ブースターは守りを固めて更に突き進む。

 "まもる"の技は相手の技から一度だけ、自身の身を守る為の技だ。ホカゲの作戦、それは"まもる"を使って攻撃を防ぎつつ、Vが逃れるよりも速くVに近づく、ただそれだけの事。

 ――だがその技にもリスクはある。

 

「なるほど、だけどホカゲ、"まもる"は複数回続けて発動すると、失敗率は段々と上がっていくんだぜ」

 

 知ってるよそんな事は、とホカゲは内心呟いて、クリアの言葉を無視して"まもる"の指示を続ける。

 一回、二回、三回、除々に減っていく成功率を前に、しかしホカゲとブースターは恐れる事無く、減速する事無くVへと迫り、

 

「とうとう追いついたぞ……!」

「ちぇ……参ったなこりゃあ」

 

 そしてとうとう、ホカゲはクリアに追いついた。

 ブースターの口から炎が燻り、その眼前ではVがその口元を眺めている。

 何か技の溜めをしている様子も無く、小技程度のものなら、ブースターの力の炎が全てを焼き尽くしてしまうだけだろう。

 直後、何の躊躇いも無い"かえんほうしゃ"による攻撃がVを襲った。

 ゼロ距離からの"かえんほうしゃ"、並の氷タイプのポケモンでは、否並以上の氷タイプのポケモンでも、この"かえんほうしゃ"をゼロ距離から浴びれば一溜まりも無いだろう。

 

 そう、浴びていれば。Vがブースター同様、"まもる"でその身を守っていなければ、そこで勝負は決していたのかもしれない。

 

「楽しかったぜホカゲ、だけどこれで終わり……あの時と同じこの技で決めてやる」

 

 今度はVのターンだ。それもブースターの位置は彼が攻撃時と同じVの真正面、逃れられ様の無い距離。

 どんな技でも確実に当たる、そんな距離だからこそ、クリアは目覚めの祠での決闘、その際に勝負を決めた氷タイプの大技で、またしてもホカゲに引導を渡そうというのだ。

 

「"ぜったいれいど"!」

 

 氷タイプの一撃必殺となる大技"ぜったいれいど"によって。

 Vの放った冷気、"ぜったいれいど"が、ブースターの身体を包み、見る見る内に全身を白で埋め尽くしていく。

 とは言え"ぜったいれいど"は当てればレベルの低い相手ならば一撃で瀕死状態へと持っていく技だが、しかし強過ぎる力にはリスクが伴い、一撃必殺クラスの技ともなると、その命中率は他の技よりも極端に低くなる。

 当てる為にはそれなりの苦労が必要となる大技――尤も今のクリアには命中率の心配等無く、だからこそクリアはこの攻撃を行い、そして――失敗したのである。

 

「……やれ、ブースター」

 

 瞬間、氷が砕ける音が辺りに響いた。

 

「"だいもんじ"……!」

 

 

 

 ホカゲとクリアの再戦、結果はホカゲの勝利という形で終わった。

 最後のVの"ぜったいれいど"、命中率こそ低いが到底技を外せる様な距離では無く、現にブースターに直撃はしたのだが、しかし決定的に足りないものがあったのだ。

 一撃必殺の技が持つ、命中率以外の弱点、即ち自身以下のレベルのポケモンにしか通用しないという効力。

 結論を言うと、ホカゲのブースターの方がクリアのVよりもほんの僅かばかりレベルが上だった、ただそれだけの話なのである。

 そもそも半年間、みっちり修行を積んでいたホカゲとブースターの一人と一匹、それに比べてクリアとVはというと、この半年間ほとんど修行らしい修行はしていなかった。

 シズクがジムトレーナーとしてチョウジジムに入った事で、クリアはジムリーダーとして、挑戦者の挑戦を受ける事も極端に無くなり、Vのレベルも半年前とほとんど変化が無かった。

 故に彼等はホカゲとブースターに負けたのだ。努力を惜しまなかった彼等の炎に。

 

「ふぅ、すっかり遅くなったな」

 

 だが当の本人であるクリアは、少しだけ悔しそうな顔をしながら、すっかり日が落ち、現れた星空を眺めそう呟いた。

 少しだけ――敗北の事をさほど気にしていないのはクリア自身、今の強さに満足している部分もある為である。

 彼自身、最初期に強くなりたいと願った理由は自身の為、ポケモンが闊歩するこの世界で生きていく上で、ポケモンが強いという事は必ずプラスに働くと、そう感じたからだ。

 その結果、確かに彼は数々の騒動に巻き込まれ、その度に強さを求め強くなっていった、悪に対抗する為、そして何より大切に想う人を守る為、手持ちのポケモン達と鍛えていたクリアだったが、ここ最近はその強さへの願望も薄れていたのである。

 元々"守る為"に求めた強さだったのだ、その為に、もう十分に強くなった今となっては、クリアが現状に満足するのもまた致し方無いのかもしれない。

 

「それで、カガリさん達はこれからどうするんです? 今のホカゲの戦いぶりから見て、多分この半年間ずっとポケモン修行してたみたいですけど」

 

 ホカゲの地力の上昇幅からホカゲとカガリの半年間を推測する辺り、クリアの実力も高まってはいないにしろ、下がってはいないという事が伺えた。

 バトルが終われば、最早彼等にはいがみ合う理由等どこにも無い、否最初からさほど存在していなかったが。

 マグマ団という組織が解体してしまった以上、ホカゲもカガリもクリアにとっては一般のトレーナーと然程変わらない存在、むしろそのクリアを凌ぐほどの実力の高さは評価出来、思わずジムトレーナーに誘いたくなる程の腕前だ。

 いや、恐らく彼等が炎ポケモンの使い手で無かったらクリアはまたしてもジムトレーナーとして彼等を誘っていただろう。誘っていたはずだ。

 

「そうだねぇ、実はアタシ等も、あまり深くは考えて無かったんだけどねぇ」

 

 クリアに聞かれ、カガリは考え込む様に腕を組み、ホカゲも見た目変わって無い様に見せて、そっぽを向いて考え込んでいる様子が伺える。

 実際、彼等の場合はあまり深く考える事でも無いだろうと、クリアは考える。

 事実ホカゲはジムリーダーであるクリアと均衡し、そのクリアを上回る実力を見せ、そのホカゲのブースターを育て上げたのはカガリだと言う。これだけの実力があれば、ポケモン協会に所属する事等そう難しい事では無いはずだ。

 だがその案を考え付かない程、ホカゲとカガリも馬鹿では無い。その事はクリアも重々承知の為、あえて何も言わず彼等の思案の邪魔をしない様、彼等から少し離れる。

 

「それにしてもカントーナナシマか、自然が多くて綺麗な所だなぁ、イエローが喜びそうな……試しに誘ってみれば良かったかなぁ……!」

 

 言ってから、慌ててカガリとホカゲの方を振り向く。

 未だ今後の予定について考え、話し合ってる様子の二人の男女の姿を視界に映し、そしてクリアは一先ず安堵した。

 

「……はぁ、なぁに呟いちゃってんだろうね俺は……」

 

 彼が抱き続ける想い、イエローへの明確な好意を確認したのは彼がホウエン地方にいた時だった。

 ルギアと共に決戦の舞台へと躍り出たその時、イエローの無事を確認して、心の底から安心したその時、不意にクリアは気づいたのである。

 もう何度もそうやって心配と安心を繰り返して見てきた少女への想いを、誰よりも近くにいた彼女の存在、そこから来る暖かな幸せを。

 絶対に彼女に気づかれる訳にはいかないその感情の正体を認知して、そしてクリアは自身が抱えた想いを受け入れた。

 イエローという少女の事が好きだという自身の気持ちに嘘をつく事無く、その気持ちをひた隠しにして、彼は彼女の笑顔を守る事を心の中で密かに誓っていた。

 

「……でも本当に、自然が豊かな……」

 

 言いかけた、その時、突如として島の放送塔から金きり音が流れる。

 時間にして約二秒程だろう、まるでテスト放送とでも言いたげに流れた金きり音、その音を黙って聞くクリア、少し離れた所ではカガリとホカゲも突然の放送に耳を傾けていた。

 そして一旦音は切れる。静寂が辺りを支配し、再度放送のスイッチは入って、

 

『こちらロケット団三獣士じゃ~ん! この放送はナナシマ全島にお送りしてますから~~~!』

 

 突如として流れ出た放送、一瞬自身の耳を疑う様な放送を聞いて、クリアは完全に全ての動作を止めた。

 放送塔から流れてきた"ロケット団"というワードが、クリアの頭に反復する。

 かつて彼の師であるヤナギが、仮面の男として操っていた組織の残党達、その残党達が所属していたロケット団、その組織が今こうして大々的に活動しているという事は、ある一つの事実をクリアに突きつけていた。

 即ちロケット団の復活、ヤナギの失踪の際、残党員達はかなりの数が逮捕されたはずだったが、こうして放送を乗っ取って、彼等の話が本当だと仮定してナナシマ全島に放送を流しているのだとすると、まだまだ組織としては衰えていない事が理解出来る。

 

「おいクリア、ロケット団って確か数年前に壊滅したっていう……」

 

 そう言ってクリアの肩に手を置いてくるホカゲ、そしてクリアが彼の質問に答えようと振り向こうとしたその時、またしてもロケット団からの放送は流れる。

 

『これからナナシマ全島に僕達ロケット団が一斉攻撃しますから、ナナシマの皆さんはどこかに隠れているマサラ出身のレッド、グリーン、ブルーの三人を差し出すじゃ~ん!』

 

 今度こそピタリとクリアの動きが完全に止まった。何もかもが予定外、想定外の事に彼自身情報処理が追いついていないらしい。

 クリアは今日この場にホカゲとの決着をつけるべくやって来た、そして予定通りに一つの決着はつけた。

 後は一日二日ナナシマ観光でもして帰る、そのはずだったのだ、彼の予定にロケット団の襲撃等含まれていなかった。

 しかもだ、彼の先輩に当たるレッド、グリーン、ブルーの三名がクリアと同時期にナナシマ入りしている事等、考えられるはずも無かったのである。

 

『繰り返すじゃん、これからナナシマ全島を僕達ロケット団が……手始めに5の島は僕、チャクラが! 6の島はオウカ! 7の島はサキが壊滅させに行きますから覚悟するじゃ~ん!』

 

 再度流された放送、その放送で全てがクリアの幻覚等では無く現実である事を認識させ、またより詳しい情報は混乱していたクリアの頭を整理する余裕を与える。

 狙われているのはどうやらカントー図鑑所有者の三人、襲われる島は5、6、7の三つの島、そしてロケット団は現在、クリアがこの場にいる事を知らない。

 つまり、彼等にとって予定外の奇襲をかけるなら――今という事になる。

 

「ゴメン、カガリさん、ホカゲ、俺行かなきゃ」

「ふぅ、まぁアンタならそう言うと思ってたけど、本当に行くのかい? さっきの放送が本当なら相手はロケット団、正直アタシ等みたいなマグマやアクアみたいな組織とは規模が違うよ」

「知ってます、その残党となら戦った事ありますから……だけど、相手がどれだけ強大だろうと、さっきの放送を聞いたなら俺も黙っている訳には尚更いかなくなった」

「……どういう事だクリア」

 

 カガリ、ホカゲと交互にクリアに質問を投げかけて来て、クリアもなるべく手短に、感情を高めない様注意を払いながら答える。

 

「さっきの放送で名前を呼ばれたマサラの三人は俺の先輩達なんです」

 

 そう言って、クリアはおもむろに一つの機械を取り出した。

 ポケモン界の権威であるオーキド博士が作った、ポケモンの生態を自動で記録する超ハイテク機械。

 人呼んで"ポケモン図鑑"と呼ばれる機械。

 

「俺だってこうでも図鑑所有者の一人なんだ、先輩達が何かしらの危機に陥ってるってんなら、助けに行くのが道理ですよ……それに、どっちにしてもロケット団の悪事は放っておけませんしね」

 

 彼のその変わり様を、一体どれ程の人間が知っているのだろう。

 図鑑を貰った当初は、それをどこか当たり前の事の様に感じ、恩義あるオーキド博士への暴言も少なくなかった。

 それがいつしか、数々の激闘や、人やポケモンとのいくつもの別れを経験して、そしてクリアは変わった。

 オーキド博士から図鑑を託された"図鑑所有者"の一人、その誇りと自覚が、彼自身も気づかぬ内に彼の中に芽生え育っていたのだ。

 そして、何も変化があるのはクリアだけでは無い。彼に関わったカガリとホカゲにもまた、明確な変化は既に訪れている。

 

「だとすれば、アンタは5の島だね、アタシは6、ホカゲは7だ」

「……カガリさん、どうして……」

「"どうして"だと、決まってるじゃねぇか」

 

 つい先程、ロケット団の危険性をクリアに示唆したはずのカガリが、有ろう事かクリアの助力買って出ていたのだ。

 誰に頼まれるでも無く、自らの意思で、自身等が危険と判断したロケット団との戦闘を。

 そしてそんなクリアの疑問に、ホカゲは至極簡単な答えを持って答えた。

 

「"人を助けるのに理由なんていらない"……だろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリアは一足先にリザードンのエースに乗って飛び立った。

 色違いである黒いリザードンのエースならば、上手に闇に紛れる事が出来、クリアだけは最初から単独行動をとった方が得策だと判断した為である。

 そしてその後、ホカゲとカガリの両名は共に6の島、7の島へと向けてオオスバメの"そらをとぶ"で移動していた。

 二人一緒に行動しているのは、途中で敵と遭遇した場合にツーマンセルで対処する為、カガリとホカゲのコンビならどんな相手でも、それこそ組織のボスクラスで無ければ早々相手に出来ないはずだった。

 そう、"だった"のだ。

 

「"はどうだん"」

「カ、カガリィィィィィィ!」

 

 星々の明りだけが照らす夜空の下、ホカゲとカガリは先程とは打って変わったボロボロの状態で上空にいた。

 ホカゲとカガリだけで無く、彼等のオオスバメもまたかなりのダメージを負っており、回避能力も段々と落ちてきておりそして――とうとうカガリのオオスバメが敵の容赦の無い一撃をまともに食らってしまったのだ。

 ホカゲの叫びも虚しく海上へと落ちていくカガリ、その様子を歯噛みしながら見て、再度ホカゲは敵の方へと視線を向けた。

 全身を黒のコートに身を包んだ男性だった、そのコートの下からは"ロケット団"の証であるRのマークが見え隠れしている。

 

「大体さぁお前達が悪いんだぜ、俺様は仕事を終えて帰る途中だったってのに、お前達がちょっかい出してくるからよぉ」

 

 彼の言った通り、彼は任されていた仕事を無事に完遂し、自身の担当する任地へと戻る途中だった。

 長い間組織に預けていた彼の主メンバーとなるポケモン達を回収、そして彼がこのナナシマにおいて任された任務の遂行――ナナシマに現存する七つの石室、その封印を、アスカナの鍵の破るのが彼のナナシマでの仕事だったのだ。

 

「ブースターはさっきのバトルの疲労から使えない……なら、マグカルゴ、"かえんほうしゃ"だ!」

 

 呟き、ホカゲは男の頭上へとボールを放り、その中から進化した一体、マグカルゴを召還してすぐ様攻撃の指示を出す。

 ボールから現れたマグカルゴは直後すぐに体内温度を急上昇させ、一気に炎の噴出を開始した。

 非常に高温の炎がロケット団の男と、彼の二匹のポケモン達へと降り注ぐ――が、まるで蝋燭の炎が掻き消える様に、マグカルゴの"かえんほうしゃ"は跡形も無くかき消される。

 空気の渦を巻いて男ともう一匹のポケモンを空中に押し止めるダーテング、その手に持つ葉のうちわによって。

 

「なっ……」

「ふん、ダーテングのうちわは風速三十メートルの強風を起こすらしいぜ、まぁ実際の数値は知らねぇがな」

 

 何でも無い事の様に言って、男の傍らから一匹のポケモンが跳んだ。

 凄まじい瞬発力で、ロケットの様に打ち上がったそのポケモンは、落ちてくるマグカルゴをホカゲの方へ勢い良く蹴り飛ばす。

 タイプに格闘が混じったポケモンによる打撃攻撃だ、レベル差も相当あるらしく今のホカゲのマグカルゴではとてもじゃないが太刀打ち出来る気さえしない。

 仕方なしに、飛ばされてきたマグカルゴをボールに納め、そして次の手にすぐに移行しようとしたホカゲ――だったが、唐突に出来た影にホカゲの動きが止まる。

 いつの間に移動したのか、気づけば男はそこにいた。

 ホカゲには見慣れない一匹のポケモンと、一匹のダーテングを連れたロケット団、カガリとホカゲのタッグが全く通用しなかった相手。

 

「ルカリオ」

 

 男がそのポケモンの名を呼ぶ。同時にホカゲの止まっていた時間も動き出す。

 頭上で佇む危険で強過ぎる男、その男をここで倒しておくために、出来る行動は全て実行する、そうホカゲが決断して、実行しようとするのだが、しかしそれを許すロケット団の男では無い。

 彼は過去の経験から、どんな些細な反撃でも、やらせる前から潰す事に決めていた。

 なるべく時間もかけない、経てば経つほど非常事態に陥る可能性が生まれてくる。

 

「"あくの……はどう"!」

 

 次の瞬間、黒の衝撃波がホカゲの身体を貫く。

 為す統べなく海上へと落下していくホカゲ、そしてその姿が完全に着水するのを見届けて、男は自身の帰る場所へと戻っていく。

 サカキに"カラレス"と呼ばれ、サキによって脱獄させられた男は、ホカゲとカガリという二人の強力な正義のトレーナーを葬り去り、シンオウ地方へ向けて飛び去っていくのだった。

 

 




カラレスの出番終了。次に出るのは大分先になりそうです。
……ホカゲとカガリさんがかませっぽくなってしまった……。

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