ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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五十八話『vsハガネール 宇宙からの襲撃者』

 

 

 ホカゲとカガリの二人が"カラレス"と名乗るロケット団に撃墜されていた頃、別進路から5の島へ向けて飛んでいたクリアとエースの方にも異変があった。

 闇夜の中に黒のシルエットを浮かべ、尻尾の炎が赤々と燃え盛り、その上に跨ったクリアは目の前の光景、その先にいる生物を見定めて極度の緊張状態を保っていた。

 

「ははっ、ロケット団の襲撃と言い、先輩達のナナシマ来島と言い、まさか全ての発端はお前だって言うのかよ」

 

 赤と青だけのシンプルな配色に、そのポケモンの生命エネルギーそのものと言うべき水晶体。DNAポケモンと分類された、幻の一体。

 

「デオキシス……!」

 

 乾いた笑みを浮かべクリアが呟いた後、デオキシスは行動を開始する。

 立ちはだかる者は全て敵だと言わんばかりに、情けも容赦の一切も無く、唐突にエースの腹部へと強烈な猛打を複数発打ち込んできた。

 瞬間、呼吸が止まり、完全に動作を止めるエース、そこへ続けてデオキシスは、

 

「ッ、戻れ!」

 

 デオキシスの攻撃よりも一瞬早く、クリアはエースをボールへと戻し、戻り際のエースの背を蹴って高く跳び上がる。

 その直後、デオキシスの水晶体から放出され、圧縮された高エネルギー弾がクリアの真下を通過した。

 "サイコブースト"、クリアの知る限りデオキシスが持つ最高位の攻撃技、まともに食らえばエースといえど、かなりの深手を負ってしまう事は必死だ。

 その事から、重力に引っ張られ、少しずつ落下の速度を上げ始めたクリアは少しだけ考えて、

 

「デリバード、頼む」

 

 大柄なエースよりも小柄なデリバードで極力攻撃を回避しつつ、氷タイプの技での無力化を試みる事にする。

 見た所目の前のデオキシスのトレーナーらしき人物は辺りには見られず、また、突如として襲ってくる辺りも、野生ポケモン特有の傾向だとも言える。

 デオキシスと言えば、真っ先に想像されるのは矢張り隕石、宇宙、地球外から飛来した全く未知の新種ポケモン。

 何故そんなポケモンがナナシマの上空を飛行しているのか、何故ロケット団がナナシマを襲撃し、カントー図鑑所有者達を狙うのか。

 その理由までは分からなくても、しかしこのタイミングでのデオキシスの登場、その存在がそれら全ての要素を結びつけるには十分な理由だった。

 

「単純に考えればロケット団の目的は強い力を持つデオキシス、だからその為に図鑑所有者達を必要としている? だけど何の為に……」

 

 デリバード背に乗って、デオキシスと対峙するクリアは単身そう呟き思考を巡らせようとするが、だが相手もクリアに考える時間を許すほど優しくも無い。

 またしても"アタックフォルム"の形状を維持したまま、デオキシスはクリアとデリバード目掛けて向かい迫り、クリアも頭の働きを目の前の相手へとシフトする。

 そして、デオキシスとクリア、一人のポケモンと一人の少年の空中戦が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 耳を劈く様な爆発音がナナシマの中の一つである5の島にて鳴り響いた。

 各所から火の手が上がり、家屋等の建物や"おもいでのとう"といった建造物までもが、目に付くもの全てを破壊しながら鉄蛇は侵攻を続ける。

 ハガネールを手足の様に用いて5の島で破壊の限りを尽くすのはロケット団三獣士が一人"チャクラ"、まるでゲーム感覚で人々の財産を荒らしまわる様は、蹂躙される側の人々にとっては憎らしくも、それ以上に何をしでかすか分からない恐怖を植えつける。

 そしてチャクラは、ただハガネールで島を練り歩く事に飽きたのか、自身のフォレトスを5の島のポケモンセンターへと突撃させて、

 

「"だいばくはつ"! ドッカーン!」

 

 ド派手な大爆発の衝撃と熱風で、一瞬にしてポケモンセンターを粉々に吹き飛ばそうと画策した。

 球体状のボディが発光し、次の瞬間、チャクラのフォレトスがポケモンセンターを粉々に吹き飛ばし黒煙を大々的に上げる――事は無かった。

 ただフォレトスは、不発弾の様にプスプスと小規模な黒煙を吐き出しているだけである。

 その様子を外から眺め、不審に思ったチャクラが内部を覗き込む、そこにいたのは、

 

「また"だいばくはつ"か? もう同じ手は食わないぜ!」

 

 赤い帽子がトレンドマークの、赤い瞳と黒髪の少年、ポケモンリーグ優勝経験を持つカントー図鑑所有者の一人、"戦う者"マサラタウンのレッド。

 "きわの岬"でキワメから草の究極技"ハードプラント"を受け継ぎ、4の島で三獣士と交戦、その際故郷へと帰還していた"カンナ"の助力でどうにかその場での危機を脱した後、クリアやホカゲ、カガリも聞いたナナシマ全島に響いたロケット団からの放送を聞いて、そして彼等は自ら戦いの場へとはせ参じた。

 ロケット団との戦いは避けられないレッドは5の島、グリーンは6の島、そして故郷をこれ以上荒らされる訳にはいかないカンナは7の島へと、彼等はそれぞれの戦場へと向かったのだ。

 5の島に降り立った直後、レッドはすぐにチャクラとハガネールの姿を確認し、ポケモンセンターに突撃したフォレトスの対処をまずは優先して行ったのである。

 

「どうやってフォレトスの"だいばくはつ"を防いだのかは知らないですけど、僕の邪魔をするお前の態度が気に食わないですからァァァ!」

 

 チャクラの理不尽な怒りがレッドへと向けられ、チャクラのハガネールがレッドへと突進する。

 大口を開けて、ポケモンセンターへの損害等気にも留めずにチャクラのハガネールはレッドへと迫り、そして一気に口を閉じる。

 レッドを丸ごと飲み込み、口を閉じる。

 呆気なさ過ぎるレッドの最期に、チャクラは大笑いをしてハガネールの上で転げまわる――も、すぐにチャクラのハガネールに異変が起きた。

 ブルブルと身体を震わせて、閉じた口を再度開く。その口内にいたレッドとその相棒、ニョロボンの力によって閉じられていたハガネールの口は強引にこじ開けられたのだ。

 ニョロボンは水タイプのポケモンで"しめりけ"という爆発系の技を封殺する特性を持っている、つまりは先のフォレトスの"だいばくはつ"を防いだのもこのニョロボンだったのだ。

 そして同時に、ニョロボンは格闘タイプも同時に合わせ持った格闘戦士、

 

「食らえ! "きあいパンチ"!」

 

 ニョロボンの"きあいパンチ"がハガネールに直撃し、超重量級のハガネールの巨体を数メートル程吹き飛ばして、ポケモンセンターの外へと弾き出す。

 ハガネールは鋼タイプを持ったポケモンであり、今しがたニョロボンが放った"きあいパンチ"は格闘タイプの技だ。当然、その高い防御力を持っていたとしても、それなりのダメージは通用する。

 それもリーグ優勝者であるレッドが幼い頃から一緒に居るニョロボンだ、その強さは他のニョロボンと比べても頭一つ飛びぬけて高く、結果、ハガネールは飛ばされ、チャクラの沸点の低い怒りは忽ち頂点へと上り、

 

「ゆ、許さないじゃ~ん! 口が駄目なら、尻尾で串刺しにするだけですからァー! "アイアンテール"!」

 

 矢を射る様な速さで、ハガネールの鋭く尖った鋼の尻尾がニョロボンへと迫る。

 ――が、突きつけられたその尻尾を、ニョロボンは"こころのめ"でハガネールの動きを見切り、そしてしっかりとその尻尾を掴んで、

 

「受け止めたぁ!?」

 

 そしてそのまま、背負い投げの要領でチャクラをハガネールごと一瞬持ち上げ一気に地面へと叩きつけた。

 轟音を奏でて倒れ込むハガネール、その上に乗っていたチャクラは衝撃で飛ばされ、そして気がつくと彼の眼前には黄色の尻尾が突きつけられていた。

 レッドのピカチュウであるピカが、いつでもチャクラに電流を放出出来る様、身構えていたのである。

 

「島を、無関係な人々をこんなに酷い目に……! これ以上被害を広げる訳にはいかない、答えろ! 何故俺達を狙う、お前達の計画に邪魔だからか!?」

 

 チャクラの胸倉を掴んでレッドは激昂する、無関係なナナシマの人々を傷つけた彼等ロケット団へ、巻き込んでしまった自身への怒りも感じながら。

 だが問い詰められたチャクラはレッドの意見に反対する様に言う。

 

「……ぎ、逆じゃん、お前達が邪魔だなんてとんでもない……むしろ必要なんですから」

「……何?」

「ぼ、僕達に命じられた作戦は"お前達を使って"デオキシスをおびき寄せる事、だから何としてもお前達を確保する必要があったじゃあん!」

 

 呆気に取られた。予想外のチャクラの返答に、レッドは自身の考えと逆だったチャクラの返答に動揺を隠せないでいた。

 ロケット団を壊滅に追い込んだのは、実質三人のカントー図鑑所有者、レッド、グリーン、ブルーの三人だった、だから当然、ロケット団は彼等三人を排除する為に自身達を狙っていると、そうレッド達は自然と考えていたのだ。

 だが、実際は違った。

 チャクラは彼等が必要だと言った、それもデオキシスという未知のポケモンの名称を使って、そしてその未知のポケモンに、一つだけ心当たりがあるレッドは尋ねる。

 

「デオキシス、ってまさか、だけどどうして……!」

「そ、そ~じゃん、シーギャロップ号に現れたあのポケモンじゃん」

 

 レッドの問いに、チャクラはあっさりと肯定する。そもそも拘束されて、一切の反撃が出来ない状態だから当然と言えば当然か。

 そしてレッドの二つ目の問いにも答える様にチャクラは、

 

「"デオキシスとマサラの図鑑所有者は引かれ合っている。レッド、グリーン、ブルー集まる所に奴は現れる"って、確かにサカキ様はそう言ってましたからぁ!」

 

 確かにチャクラはそう言った。そしてそれが、彼等ロケット団の目的。

 クリアの推測通り、彼等ロケット団はデオキシスの捕獲を目的にしていたのだ、そしてその目的を達成する為、ロケット団三獣士はカントー図鑑所有者達を狙い、ナナシマを襲撃した。

 全てはデオキシス捕獲の為、不思議と引かれ合うカントー図鑑所有者とデオキシスの性質を利用して。

 驚くべき情報にまたしても衝撃を受けるレッドだったが、チャクラから更なる情報を引き出そうとした矢先、彼の耳に助けを求める声が届き、彼の瞳に助けを求める人々の姿が映った。

 

「大丈夫ですか!? この島を襲った奴なら捕えましたから、もう心配はいりませんよ!」

 

 そして自身のフシギバナにチャクラの拘束を任せて、ナナシマ島民のフォローへと回ったレッドを待っていたのは、

 

「"心配はいらない"、ですって……! 冗談じゃないわ! 一体誰の所為でこんな目に合ってると思っているのよ!」

 

 彼が助けに入った女性から、レッドは差し伸べた手を叩かれ、更に彼を取り囲む様に殺気だった島民達が集まってくる。

 

「放送を見たのよ! このナナシマが今襲われてるのはアンタ達が原因だって言うじゃない! だったら今襲った奴を捕まえた所で、アンタ達がいる限りまた襲われるかもしれないって事でしょ!」

 

 それは唯の言いがかりであり、八つ当たりであり、そして同時に的を射た言葉でもあった。

 彼等島民からしてみれば、よそ者であるレッド達の来島によって平和だった日常を崩され、様々な物を無くして傷ついた。

 それがロケット団という悪人の集団の所為だと言われ、捕まえたと言われた所で、壊されたものはもう戻ってこない、負った傷が即座に癒える訳では無いのである。

 しかも先の放送を見聞きした限り、レッド達がいる限り襲撃は続くと簡単に予想出来る、夜安心して眠る事すら許されない。

 そんな非日常を持ち込んだレッド達へ、たとえ彼等が悪い訳では無いと分かっていても当たってしまう――。

 

「おー、流石やなーレッド! さっそくこのチビを撃退したんやな……って、どないしたんやレッド?」

 

 遅れて到着したマサキが暗く落ち込んだレッドの様子の変化に気づき、声をかけたその時だった。

 

()っ!」

 

 投げ込まれた投石を肩に受け、レッドは顔を歪ませた。

 だが投石を行った女性、彼女は瞳に涙を浮かべて敵意の視線をレッドへ向けていた。

 他の島民達も皆が皆、怒りの形相を浮かべてレッドを見ていた。まるで敵を見るかの様な目で。

 ――否、敵なのだ。彼等島民達にとって、破壊を行ったロケット団も、その元凶となったレッド達も、全てひっくるめて総じて島の敵。

 淘汰すべき敵としてしか、彼等の目にはレッドの姿は映っていなかったのである。

 

 罵詈雑言が飛び交い、口々に罵りの言葉を彼等はレッドへと投げかける。

 そんな島民達にマサキが、レッドはオーキド博士から図鑑を託された図鑑所有者である、と説明しても、今のレッドの手元に図鑑は無い。ナナシマを訪れる前、オーキド研究所でどこかへと転送してしまっている。

 そして当然、証明が出来ないマサキの言葉を島民達は"嘘"だと判断し、嘘吐きだと怒りの声を更に荒らげる。

 島民達のそんな言葉に、売り言葉に買い言葉で怒りを露にするマサキだったが、当の本人であるレッドはどこか冷めた様子で、諦めた様子で俯いていた。

 結局、島に災厄を持ち込んだのは自身達だと、そう納得する様に――。

 

 そしてその時、風の動きが変わる。

 同時に、レッドの心臓が一際大きく脈打った、離れていても感じる威圧感が辺りを支配しそして、

 

「ガアァっ!」

 

 うめき声を上げた一人の少年が地面へと激突する。

 その場にいた全員が突然の来訪者の方へと顔を向けて、墜落した少年は傷だらけの身体を引き摺ってどうにか起き上がり、空へと視線を向ける。

 ゴーグルを首から下げた黒髪黒眼の少年、彼の傍らでは瀕死状態のデリバードが横たわっており、そしてその少年の顔を見たレッドとマサキは同時に呟く。

 

「クリア……?」

「……誰?」

 

 立て続けに起きる予想外の出来事に、レッドとマサキは驚きの声を上げて、一人チャクラだけは予期せぬ登場人物に首を傾げる。

 彼等と同じくレッド達の存在に気づいたクリアだったが、だが残念ながら彼にはレッドとマサキの存在に驚愕の声を上げる事も、ましてや彼等との再会を喜ぶ時間も無かった。

 上空から勢いよく落ちてくる存在――デオキシスの攻撃がまだ止んでいなかったからだ。

 

「レヴィ"バリアー"だ!」

 

 まずはデオキシスの攻撃を防ぐ事を最優先にして、ボールからドククラゲのレヴィを召還し、その自慢の防御力でデオキシスの特攻を待ち受けるクリア。

 だがしかし、衝撃を撒き散らしながら飛来したデオキシスの強烈な突きは、レヴィの"バリアー"を突き破ってレヴィの身体にダメージを与え、そしてそのまま、腕の先から"はかいこうせん"を放出してクリアごとレヴィを吹き飛ばす。

 

「クリア!」

 

 あまりの光景に一瞬呆けるレッドだったがすぐに我に返って、吹き飛ばされたクリアの方へと駆け寄る。

 その戦闘の壮絶さから、既に島民達は散り散りに逃げ去り、周囲には縛られたチャクラ、マサキ、レッド、そしてクリアしかいない。

 瀕死状態となったレヴィを見て、そしてクリアへと目を向けてからレッドは、

 

「お前、どうしてここに……というかどうしてあの"デオキシス"と……」

 

 そう呟いてクリアへと手を差し出す。差し伸べられた手を受けて、立ち上がったクリアは少しだけ間を置いて、

 

「俺は俺の用事で来てたんですよ、このナナシマに……そしてロケット団の放送が流れて来て、この5の島に向かっていたら……」

「海上でデオキシスと接触して交戦となった、って事か」

 

 首を縦に振って頷くクリアの様子にレッドは確信した。矢張りデオキシスはカントー図鑑所有者と引かれ合っている、だからクリアと戦いながらもこの5の島を訪れているのだと。

 クリアを襲ったデオキシスは、恐らくレッドを狙って5の島へと向かっていた、その途中でクリアと出会い、彼等は戦闘へと突入したのだ。

 そしてそのままデオキシスは変わらず5の島を目指しながらクリアと戦闘、最終的に終始優勢に立ちながらクリアを蹴散らし、5の島へと到着したのである。

 

「クリア、奴をこのまま放ってはおけない」

「分かってますよレッドさん、頼むP」

 

 言わずともクリアは戦意を無くしていなかった。少しだけ心配になったレッドはそれが杞憂となった事に僅かながらも安堵する。

 目の前の強敵の相対しながら、既に手持ちを二体も瀕死に追い込まれながらも戦意を失わないクリア、並のトレーナーなら根を上げる所だろうが、そこは彼の経験が生きた。

 これまで数々の激闘を経験し、本当に様々な方法で死に掛けたクリアからすれば、まだこの程度のピンチはピンチだと呼べないものだったのだ。

 そして体勢を立て直したクリアと、レッドは互いのピカチュウを前に出して、デオキシスに狙いを定めて、

 

「"10まんボルト"!」

 

 二つの"10まんボルト"がデオキシスへと到達する――も、尖った様な姿をしたデオキシスはその瞬間、体型を一変させる。

 丸みを帯びた防御型の姿、周囲の状況や相手の戦術によって姿形すらも変えるその能力。

 そして二匹のピカチュウの電撃攻撃を防いだその姿を見てチャクラが、

 

「出た! フォルム……」

「"フォルムチェンジ"か」

「チェン……は?」

 

 自信満々にチャクラが呟こうとした時、ポツリとクリアが呟く。直後、驚愕の色を浮かべてレッドとマサキ、ロケット団のチャクラまでもがクリアを見つめるが、当のクリアはその視線に気づかない。

 

「防御特化の"ディフェンスフォルム"、さっきの"アタックフォルム"も厄介だったが、やっぱ二種同時に使えるのか……」

 

 戦闘に集中してる為、彼等の視線に気づかず、クリアは"至極不自然な台詞"をペラペラと口にした。

 

「"分身体"を出してないだけまだマシか、だけどさっきは"サイコブースト"も撃たれたしアレには要注意だな……いやそもそも、"スピードフォルム"と"ノーマルフォルム"には何故ならないんだ? 矢張り何かしらの条件があって初めて"フォルムチェンジ"が出来るのか」

 

 そもそもデオキシスとは、ホウエン地方の隕石である"グラン・メテオ"に付着していたウイルスが突然変異を起こして生まれたポケモンだ。

 そのポケモンをロケット団がグラードン、カイオーガによる大災害の混乱時に入手し、作り上げたロケット団にとってもまだまだ未知のポケモン。

 全くの未知数だからこそ彼等ロケット団は、グリーンを釣る餌としての理由をついでとして、生態を調べる機械を作り上げる為に研究所を襲いオーキド博士を攫っていたのだ。

 故に今レッド達三人の図鑑はロケット団が所有しており、そしてその図鑑を元とした新たな機械、黒いポケモン図鑑の様なものをデオキシスの調査に当てる為に開発した。

 

 そこまでしてようやく調べ上げられるだけの情報、いやそれ以上の情報をクリアは軽々と口に出したのである。少なくとも"分身体"という情報をロケット団は所有していない。

 

「レッドさん、奴の弱点は胸の水晶体……"多分、そのはず"です」

 

 どこか歯切れの悪いクリアの言葉、だが彼とてデオキシスと対峙するのは今日が初めてであり、その言葉に自信が持てないのも仕方が無い。

 散々ゲームと現実の違いを見せ付けられたクリアは、矢張りどうしても疑いの念を持ってしまう。自信の持っている情報が本当に当てはまっているのかを。

 ――自身に向けられている疑念の目に気づかずに。

 

「っ……プテ、ギャラ、ゴン! クリア、奴には総戦力で挑んだ方が良い、要はそういう事だな!?」

「えぇ大体そんな感じです! 俺も……ッ」

 

 迷いを振り切る様に残りの手持ち全てを出したレッドがクリアに言って、クリアも答えてから、Vとエースのボールへ手を掛けようとした。

 その時、デオキシスと戦う為に一時的に拘束を緩めた一瞬、その一瞬でチャクラはフシギバナのツルの拘束から抜け出し、クリアに急接近して、

 

「お前、何者じゃん?」

 

 威圧する様なチャクラの態度に、クリアは一瞬身じろぐ、小さいながらも悪の組織の幹部クラス、キレた様な何をするのか分からないチャクラの動作に――クリアはその日一番の隙を作ってしまったのだ。

 瞬間、ジロリとデオキシスの眼がクリアへと向けられる。

 

「クリア!」

 

 この場において、今最も危険だったのはレッドでもチャクラでも無い、クリアだったのだ。

 クリアとデオキシスは海上から戦闘を続けて5の島へとやって来ていた、つまりはまだ彼等の戦闘は続いていたのである。

 レッドの叫びが耳に届くと同時にデオキシスもまたクリアへと届いて、そして尖ったデオキシスの触手が尖り槍状へと変形する。

 その瞬間、クリアの脳裏に浮かぶのは過去の記憶。初めて強大な実力者と戦った時の、カンナとの戦いの記憶、そして――思い出す、鋭く貫かれる感覚。

 

「…………がはっ」

 

 鋭く細い槍がクリアの身を突いた。

 クリアの左胸部へと刺さった触手を眺め、すぐにデオキシスは腕を振りぬく、直後に地面を転がるクリアの姿、マサキは真っ先にそんなクリアへと駆け寄り、一方ロケット団のチャクラは、

 

「クリア、おいクリア! しっかりせい! あぁもう、どうしてわいがいるといつも貫かれるんやお前さんはぁ!」

「はぁ、なーんでデオキシスの事知ってたのか問い詰めたい所だったけど、死んでしまったら意味ないじゃ~ん」

 

 途端に興味を無くした様にクリアから視線を逸らし、デオキシスへと顔を向けて、彼等ロケット団が開発した黒いポケモン図鑑の様な機械を取り出す。

 そして、マサキからそんな事を問われた所でクリアに分かるはずも無い。というか望んで貫かれている訳でも無い。

 吐血して、ぐったりと意識を混濁させていくクリアの様子を見て、デオキシスは目標をレッドへと変更する。

 レッドへと顔を向けて、本来の標的である彼へと敵意を向けて佇む。

 そして、一方のレッドもまた、

 

「くっ! フッシー、ニョロ、ピカ! 皆で奴を倒すんだ!」

 

 例え疑惑の念を向けていたとしても、それでもレッドにとってクリアとは図鑑所有者としての後輩の一人であり、そして、彼が妹の様に思っているイエローの大切な人である。

 その彼を目の前で無残に倒されて、そしてレッドはデオキシスとの戦いへ望むのだ。

 彼のベストメンバー、リーグ優勝の経歴もある六匹の精鋭達と共に、そして――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 6の島での戦いを終えたグリーンと、目を覚まし、暴徒達からどうにか逃げ遂せたブルーの二人が5の島のレッドの下へと駆けつけた頃には、既に彼等の戦いは終わっていた。

 彼等が見た光景、それはボロボロのレッドと彼の手持ちポケモン達、そして左胸部から血を滲ませ意識を失ったクリアと、彼の様子を見るマサキの姿。

 何故クリアがその場にいるのか分からない彼等だったが、しかし一つのはっきりとした事実だけは哀愁漂うその場において、彼等にレッド達の現状を語りかけてきていた。

 

「負けたんだ、俺達……クリアも、深手を負って……」

 

 搾り出す様なレッドの言葉を聞いて、グリーンとブルーは同時にクリアへと視線を移動する。

 ピクリとも動かない横たわるクリアを、真っ青な顔で見つめるマサキの姿、そして心臓のある左胸から血を滲ませているクリア。

 ただそれだけの要素で、彼等は最悪のシナリオを想像した。

 レッドは喪失感から表情を作る事が出来ず、マサキも同様に顔を俯き、グリーンは僅かに口を開けて佇んで、ブルーは目尻に涙を溜めていた。

 例えクリアと言えど、もう何度も死にかけ一度死んだクリアと言えど、心臓を貫かれれば一溜まりも無い。そんな事は、子供でも分かる事であり、故に彼等は突きつけられた現実に、打ちひしがれていた。

 

 ――のだが、

 

「っ……かはっ!」

 

 彼等の期待を裏切る様に、クリアは急に意識を取り戻したのである。

 呆然とする一同が見守る中、苦しそうに息を吐いて、吸って、何度かの呼吸の後、彼は何事も無かったかの様に起き上がる。

 

「……し、死ぬかと思った……いや一度死んで、む?」

 

 呟きかけてからクリアは気づいた、自身を見つめる四つの視線、彼等の視線は四者が四者、訳が分からないとその瞳に訴えかけてきている。

 

「あ、グリーンさんブルーさん、お久しぶりです」

「……おいクリア」

「はい?」

「お前、今、確かに心臓貫かれてたよな? そやろ、そのはずやで!」

 

 場違い感も甚だしく、久方ぶりに会ったグリーンとブルーにニコリと笑って挨拶するクリアに、マサキは慌てた様に問い詰めた。

 当然だ、つい先程まで完全にお通夜モードだったのだ。完全にクリアが死んだと彼等は認識していた。

 デオキシスの圧倒的な力の前に為す術無く破れ、焦燥感で一杯だったレッドでさえ、驚きの視線をクリアに向けている。

 そんな中、クリアは思い出した様に上着の胸ポケットに手を入れて、

 

「そうだねマサキ、貫かれていたらヤバかったな……これが無ければ」

「……ポケモン図鑑」

 

 クリアが胸ポケットから取り出したそれを見て、マサキはその名称を呟く。

 綺麗に中心を貫かれ、打ち壊れたポケモン図鑑、それが無ければクリアは確実に心臓を貫かれていたのだろう。

 ポケモン図鑑がデオキシスの触手の槍の勢いを殺したからこそ、槍は心臓に届く直前で留まり、そこから伝わる激しい痛みと衝撃で一度クリアは意識を手放してしまっていたのである。

 

「本当、今回もギリギリ繋ぎとめられ……ってあれ、皆さんどしたの?」

「いいや、もう、本当何でも無いわ……」

 

 状況が分からずそう言ったクリアに頭を抱えてマサキは返す。

 そう言えばそうだったと、マサキは改めて思い出していたのだ、初めてクリアと出会った時も、マサキはクリアのその予想外の行動に散々振り回されていた気がする。

 そしてマサキがクリアの予想外で奇天烈な行いを思い返し終わる時、最後に再び彼は思い出した。

 つい先程のクリアの言動を、まるで最初からデオキシスの事を知っていたかの様な言動を。

 

(だけどちょっと待て、もしここでさっきの事そのまま伝えたらブルーもグリーンも混乱するとちゃうやろうか、いやわいもレッドもさっきまでそれ所じゃなかっただけで、正直大分混乱して……)

 

 言葉を発する前に考えて正解だった。

 先の出来事を正直に話してしまったら、恐らくクリアはブルーとグリーンから疑いの眼を向けられるだろう。どうしてそんな事を知っているのかと。

 まぁだからと言って敵だと即判断付けされる事も無いだろうが、それでも一度疑惑の目を向けられると、そこから戦闘での信頼を取り戻すのは難しい。

 敵の力が強大がある故に、必然的にジムリーダー級のクリアの力は必要となってくる――となれば、ここは先のクリアの語りをマサキとレッドだけの秘密にして、まずは敵との対決に備え、今から少し経った後皆が落ち着いたその時、改めて切り出せば少なくとも今言うよりは波風も立たずに済むのでは無いかと、瞬時にマサキは思案した。

 クリアの不審過ぎる言動、だが行動から見ればクリアはロケット団の仲間などでは無く、立派な彼らの味方だ。

 しかしそれを見ていないブルーとグリーンがクリアの事を即信じるかと問われれば、答えはノーだろう。何しろグリーンもブルーも家族を戦いに巻き込まれている、それだけ気が立っててもおかしくない。

 だからこそマサキは彼等の連携を崩さない最善の策を提案し、実行しようとした――のだが、

 

「それにしても、"本物のデオキシス"がまさかあれ程強いなんて予想外だったなぁ」

 

 マサキの企みはクリアの何気無い一言であえなく気泡に化す。

 相変わらずの、まるで以前からデオキシスの事を知っていたかの様なクリアの言動に、当然グリーンとブルーが見て取れる程の反応を示しているのがマサキにも分かった。

 マサキの失敗、それは恐らく先の戦闘時、クリアに彼の言動の矛盾を指摘して無かった、ただそれだけの事だったのだろう。

 

 




原作知識をフル活用したら疑われる罠。

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