5の島の端、七人の人間と七匹のポケモン達は、各々神妙な顔つきで煌々と燃える一つの焚き火を囲んでいた。
三人のカントー図鑑所有者、究極技の伝承者であるキワメ、ポケモン預かりシステムのマサキ、シーギャロップ船の船員のふなのり、そしてクリアの計七人。
それとキワメの手持ちポケモンであるメガニウム、バクフーン、オーダイルの三匹に、グリーンのリザードン、ブルーのカメックス、クリアのPとエース、計七匹。
それだけの数の人とポケモンがその場に居合わせながら、しかし、とてもじゃないがその場に雰囲気はどんよりと雨雲の様に重く、冷たい空気に包まれていた。
理由は当然、先程のロケット団三獣士達による襲撃による為である。
ナナシマ全島を攻撃目標だと宣言したロケット団三獣士に対抗する為、レッドとグリーンはその場に居合わせたカンナと、そしてクリアもホカゲ、カガリ等と共に別ルートから三獣士討伐に乗り出した。
だが結果は――彼等の惨敗だった。
レッドは手持ちのポケモン達の全てをほぼ戦闘不能の状態まで追い込まれ、カンナ、ホカゲ、カガリの三名とのその後の連絡は途絶え、クリアも運が悪ければ即死しており、それでなくても本来の目的であるホカゲとの戦い、そしてデオキシスとの偶然の戦闘でV、デリバード、レヴィは倒れ、今はクリアが倒れた為デオキシスとの戦闘を取りやめたPと戦闘時ほぼボールに入っていたエースのみしか満足に動けない。
唯一戦いに勝利したグリーンも、自身の祖父であるオーキド博士が囚われの身であるというこの状況に、悠長に勝利を喜んでいられる状態でも無い。
そして更に不運は続く様に、彼等が今滞在している5の島における唯一のポケモンセンターは、三獣士の一人であるチャクラの襲撃により多大な被害を受けており、今現在は利用停止の状態となっていた。
それはつまり、瀕死となったポケモン達の回復を行う事も、預かりシステムを使ったポケモンの入れ替えも出来ない状況にあるのだ。
元から五匹しかメンバーのいないクリアと違い控えのポケモンを複数匹待機させてあるレッドやグリーンには痛手となる事態、特に手持ちがほぼ壊滅状態となっているレッドにとってはその不幸を呪いたくなる様な状況、せめて傷ついたポケモン達の傷を癒してやる事さえ出来ない、そんな何とももどかしい状況にあった。
そんな中、静まり返り一言も誰も言葉を発さない状況の中、皆の視線は一人の少年へと注がれる。クリアである。
視線を向けられた少年はどこかバツの悪そうな顔で、焦りと自嘲を交えた微笑を浮かべる。
それもそのはず、彼は先程、恐らくこの世界を訪れてから初めてにして大きな失敗をしたのだ。
「そろそろ説明して貰うぞクリア」
焚き火と星の明りだけが光源となる島の夜闇の中でグリーンはクリアを真っ直ぐと見て言う。
「どうしてお前はデオキシスの能力を知っている……いやそもそも、お前は一体何者だ!?」
祖父を人質に取られた怒りが表に出て現れたのか、後半からは強い口調で責める様に言ったグリーン、そんな彼の質問に、クリアはただ黙って目線を逸らした。
その行動が気に入らなかったのだろう、グリーンは更に鋭くクリアを睨む。
一人物静かに虚空を見つめるレッド以外、その場にいた全員がクリアを見つめていた。ブルーをはじめとして、マサキ、それに彼とは初対面となるキワメやふなのりまで、十の瞳に囲まれて、クリアは唯思案する、この場を切り抜ける最高案を。
クリアという少年は、元々この世界にいた人間では無い。この世界で生まれた訳でも育った訳でも無い、否そもそも元の彼はもう少し身体的に成長した姿をしていた。
それが"どういう訳か"、気づけばトキワのジムで倒れており、成行きとその場の思いつきのみで生にしがみ付き、そして少しずつ周囲の世界に彼という存在を溶け込ませてきた。
カントーにおけるスオウ島の戦いで信用を得て、ジョウトにおける仮面の男事件で彼だけの人間関係を形成し、ホウエンにおける超古代ポケモンの激突という激戦で彼という存在は、この世界において唯一無二の存在となった。
尤もそれらの出来事は全て偶発的に彼の周囲で起き、彼自身もその状況を利用するつもりが最初からあった訳では無かったが、結果的にそうしてクリアという存在は、皮肉にも"世界を脅かす巨悪"の存在によって、"世界に溶け込んでいった"のである。
だがここに来て、クリアは失念していたのだ、自身が別世界――ポケモンが存在しない世界の人間だと言う事を。
と言ってもどういう訳か、ゲームやアニメ等といった娯楽コンテンツとしてのみでならば、彼の世界にもポケモンが確かに存在し、またレッドやグリーン達といった人物、この世界で起きた事件等も、多少の誤差はあるもののゲーム内でキャラ、イベントとして実装されていたものばかりで――だけど矢張り、今の世界と彼の世界のポケモンに関する事情は全くと言っていい程違う。
彼の世界の子供の大半は、ポケモンの存在を知り、また伝説や幻といったポケモン達の情報も容易に知り得る事が出来た。
ミュウが全てのポケモンの先祖という説はゲーム内の情報に載っていた、それと同じ様に先程レッド等が初めて遭遇したデオキシスの情報等、ある程度ポケモンというコンテンツに触れている者であれば、当然の様に知識として持っている情報だった。
故にクリアも当然知っていた。デオキシスにフォルムチェンジという能力がある事なんて当たり前、影の様な分身体を出すという情報もアニメ映画で披露されていた。
そして長い期間、約三年以上もの年月の中で少しずつクリアの中の"今の世界"と"彼の世界"の境界線は曖昧なものとなっていって、遂に今日、クリアは口を滑らせてしまったのである。
この世界ではデオキシスはつい最近誕生した新種であり、生み出したロケット団達もその能力を時間をかけて研究していた。
――にも関わらず、何の接点も無いはずのクリアはその情報を持っていた、知っていた、"その情報を本に対処してしまった"。
そしてその事を切欠に、今まで彼等の内に沈んでいた疑念が再び舞い上がったのだ。
そもそも、クリアという少年は一体何者なのか?
どうしてクリアはデオキシスの能力の詳細を知っていたのか。
どうしてクリアはポケモンも持たずトキワのジムに倒れていたのか。
どうしてクリアは自身の事をほとんど明かさずまた、いくら調べた所でクリアの過去の経歴は一切出てこないのか。
共に戦っていたからこそ、その戦いの中で信頼は生まれ、多少の事では揺るがなくなった。
だからこそ、戦いの中で出来たほんの小さな綻びが、彼等の信頼をいとも容易く破壊したのである。
「……それで」
ポツリとクリアは呟く。
先程まで一切の言葉を話さず皆についてきた少年は、微笑を浮かべて口を開く。
「話した所で、どうなるんですか、"グリーン先輩"?」
顔を上げたクリアという少年の顔は、どこか開き直った様にニッコリと笑みを浮かべていた。
笑み、と言っても、だがそこには温かみ等無く、あるのは氷の様に冷たく閉ざされた彼の本心、本性、心。
最早、軌道の修正など不可能。どこかで必ずボロが出て、疑いは更に深いものとなる。
ならばと――クリアは開き直ることにした。隠し事がある事など、当に皆に知れ渡っていた事、違うのはそれが"信頼"から"疑い"に変わった、ただそれだけ。
「あなた達に話して、"俺の世界"の事を話して、それで俺が"この世界"にいる理由が分かるって言うのなら、俺は喜んで話しますよ……本当に、何もかも包み隠さずね」
瞬間、クリアの脳裏に浮かぶのは麦わら帽子の少女、彼が密かに想いを抱くイエローという存在。
現状どの様な経緯でこの世界に存在しているのか分からない少年は、故にその想いを成就させる事は無いと考えていた。
当然だ、どうやって今の世界に来たのかが分からない少年は、だからこそどのタイミングで元の世界に帰る事になるのかも分からない。
いつ蒸発してもいい様な"準備"こそ既に済ましているものの、周囲の人物達と深い関係になればなる程、彼にとっても、そしてその周囲の人やポケモンにとって味わう痛みは倍増する。
だからクリアは友人は作っても、親友と呼べる関係を持ったとしても、それ以上になるつもりは無い――例えそれが、偽りの答えだとしても。
「……本当に、ホントの、本当に……」
不意にグリーン等は気づく。
本人自身は気づかず、ただ彼は震えていた。
いつ訪れるかも分からない"決別の時"を恐れて、予告すらあるのかも分からない最終回を心底恐れて。
一方で彼の元いた世界に生きている"彼の親権を持った人達"や"友人"等の事も思い返して、そしてまた複雑な心境となる。
"帰りたくない"という思いと、"帰らなければならない"という使命感が相互にぶつかり、必死に目を逸らしてきた現実にクリアという存在を引き戻す。
オーキド研究所にいた頃のクリアは、すぐにでも元の世界に帰りたかった。
ジョウトに渡る頃には、今いるこの世界を純粋に楽しみたいと思った。
そして仮面の男事件が収束した時、ヤナギと決別してからのクリアには、最早"帰りたい"等という気持ちはほとんど存在していなかった。
二つの相反する思い、一つしか選択出来ない現実、しかし選択権等クリアには与えられていない。
そんな不条理な現実に、クリアは為す術も無く押しつぶされながらも今まで戦ってきたのだ。
ヤナギの後を次いでジムリーダーになったのも、師の後を継ぐという思いの他に、彼がこの世界にいたという証を残したいという気持ちがあったのかもしれない。
そしてイエローという少女への想いを自覚した時、彼は人知れず後悔した、自身や彼女の想いとは関係なく"選択権"は自身達には無いという現実から、こんな事なら友達のままに意識していたかったと。
それでも彼が彼女の傍にいた理由、そして他の仲間達やシズクとういジムトレーナーを迎えた理由、それは色々あって――この世界で生きた証や、安心してジムを任せられる後継者を早い内から見つけておきたかったという理由の他に、
「……俺はあなた達の事が好きになってしまったから、だから絶対に話さない、俺自身ですら"忘れてる過去"を取り戻すその時までは……!」
結局、それが一番の理由だった。
初めは右も左も分からない世界で生きていく為に必要だと判断して、クリアはオーキド研究所へと転がり込んだ。
しかしそれからの彼が常に人と関わって生きてきた理由、それは単なる彼の我儘。彼等と仲間として一緒にいたいと、切に願ってしまったからであった。
故にクリアは自身の意思を強固なものとしてグリーンに告げた。
先程、バトルの後でホカゲから話された事実――"欠けた記憶"、そこに全ての答えがあると信じて、全ての解答を得るその時まで。
例え拷問されたとしても絶対にクリアは口を割らない、"クリア"という人物の存命の選択権を手に取るまでは、彼は"クリア"のままでいる。
元の世界に置いて来た"本来の名"を語る事無く、図鑑所有者クリアとう存在として、彼は今からもこれからも、彼等の仲間で有り続ける。
「"忘れてる過去"だと? クリア、お前の記憶は……」
「えぇ、俺の友……知人の話じゃあ俺は"一時期の記憶"を無くしてるらしいです、俺もそいつに言われて初めて知ったんですけどね」
「……だとすれば、お前がデオキシスの情報を持っている事と、その消えた過去とは関係が無い、って事でいいんだな?」
「えぇそうですよ、たださっきも言った通り、俺は……」
「もういい」
「因縁に決着つけるまでは絶対に……へ?」
「もう良いって言ったんだ、二度も言わせるな」
思わず半口開けて丸くした視線をグリーンへと送るクリアだが、それ以上グリーンからの言葉は無かった。
だが今グリーンは確かにこう言ったはずだ、"もう良い"と、これ以上の詮索はしないと。
「え、へ、え!? ちょ、待ってグリーン先輩! 今俺凄く疑われていたんですよね! なんで追求やめる!?」
「……秘密とやらを話す気になったのか?」
「い、いやそれは……」
「なら聞くな」
ピシャリと間髪入れずに言われ、クリアは唯々疑問符だけを浮かべてその場に立ち尽くした。
今のクリアの状況は最悪、敵であるロケット団でしか知らないはずのデオキシスの特徴をいくつか持っており、また過去の一切が不明な完全なブラックボックスである事実。
どう見ても怪しい状況にも関わらず、しかしこの場において最もクリアを疑いかかりそうなグリーンが彼への疑惑を解いたのだ、それは嬉しい反面、クリアにとってはどこか不気味なものでもある。
訳も分からず呆けていると、急に真後ろからほんのりと甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
「ふふ、グリーンの態度に疑問を持ってる……って顔してるわよ、クリア」
「……ブルー、先輩?」
気づくと、カントー図鑑所有者の一人であり、その中でも唯一の女性である少女、ブルーがクリアの後ろに接近していた。
だが普段見慣れた黒いワンピースでは無く、水色のノースリーブの服や赤いスカート、白の帽子といったブルーの大胆なイメージチェンジに、クリアは一瞬、彼女が誰か分からなかったという。
そんな彼女が彼に近づき一体何をしたのかというと、クリアの後ろから腕を回して丁度首の前辺りでクロスさせて、既にクリアの耳元まで顔を近づけている。
ただ背中に女性特有の柔らかい感触、というものは無く、実際ブルーもそこまでの密着はしていないらしい――尤も今のクリアにはそこまで気を回している余裕も無く、ただされるがままにポカンと彼女の方へと横目を流しているだけだった。
そしてクリアは少しだけ押し黙った後、まるで罪を告白する様な面持ちで、
「……はい、自分で言うのも何ですが、俺って今凄く怪しい身の上じゃないですか、最悪ロケット団のスパイって線もありますし……」
「あら、だとすれば随分とお間抜けなスパイもいたものね、自分からボロを出しちゃうなんて」
「……もしかしたら別の組織の人間で、あなた達とロケット団両方罠にハメようとしているのかも」
「うふふ、受けて立ってやろうじゃない」
「……じゃ、じゃあ実は俺自身がどうしようも無い悪党です、なんて言ったら?」
「そんな"冗談"通じる訳が無いじゃない」
あくまでもあっけらかんと笑うブルー、どうして彼女がこれ程までに余裕でいられるのか、どうしてグリーンがクリアへの追求を中途半端にやめたのか、矢張りクリアには分からなかった。
「だって、疑う理由なんて無いんだもの」
そんなクリアの疑念を一掃する様にブルーは言った。
極々当たり前だと言う風に、解答なんて、最初から決まっていたとでも言いたげに。
次の瞬間、クリアの頭に何かが乗る、暖かな何か、ブルーの腕から伸びたそれは、まるで父親に叱られた子供をあやす母親の様な仕草でクリアの頭を撫でて、
「アンタが今までどれだけ頑張ってきたのかも、どれだけ真剣に戦ってきたのかも、アタシ達は全部知ってるんだからね」
そう言ったブルーの言葉は本心から出た言葉だった。
彼女が今まで見てきたクリアという存在、それは何度も傷つきながらも、仲間や大切なものの為に頑張って、頑張って、ひたすらにもがき続けてきた姿だったのである。
間違ってもそこには邪悪な意思等見えるはずも無く、その事をブルーは、グリーンは重々分かっていたのだ。
故に彼女達は最後の最後で、クリアを信じる事にした。
クリアが抱える問題、それは彼自身が解決するのを待つ事にした、その答えが――先のグリーンの態度であり、今のブルーの言葉だったのである。
「ブルー先輩……俺……」
「はいはい、泣かないの」
「な、泣いてなんかいない!」
「ふふ、アンタと話してると、まるでシルバーと話してる気分になるわ」
噛み付く様に反論したクリアの動作に合わせて、スルリとブルーはクリアから離れる。
「元気、出たみたいね」
そう言って優しく微笑を浮かべたブルーに、クリアは少し遅れて吹っ切れた様に此方も微笑を浮かべて頷いた。
クリアにとって、彼の素性を探られるという事は心の内側をスプーンでガリガリと削られる様な、そんな感覚と言っても過言では無い。
自身と世界との違いをむざむざと見せ付けられ、また自身の内に確かに存在する"全てを打ち明けたい"という願望に勝った後、仲間の信頼を裏切るという行為を働かなければならない。
その行動が、何よりもクリアを苦しめていた。不確定要素が多い中、"話す"と"話さない"の両方のリスクを常に天秤に掛けて生きる毎日、そこから来る疲労感。
その重みが今、ほんの少しだが彼等によって解消された、それがクリアの心を大分楽にしていたのだ。
「……はい、ありがとうございますブルー先輩……グリーン先輩」
そう彼等に礼を言った後、彼の震えは、いつの間にか止まっていたのだった。
そして今、クリアとブルーは右手首にリングをはめて向かい合っていた。
クリアへの疑念が解消されてすぐ、クリアが知り得る、覚えている限りのデオキシスの情報を提示し、そしてブルーがオーキド博士が残したメッセージを彼等その場にいた全員へと伝える。
ブルーのボイスチェッカーにのみ残されていた、ロケット団三獣士オウカによるオーキド研究所襲撃の際の音声、そしてオーキド博士が彼等カントー図鑑所有者のポケモン図鑑を集めた真の理由。
図鑑はバージョンアップの為に集められたという情報、クリアによるデオキシスの情報、そして戦いで得たオーキド博士の生存の情報、様々な情報が一気に開示され、そしてその一つ一つが現状打破、モチベーションの向上等様々な効果を齎す。
一人になりたいと言ったレッドはそのまま一人どこかへ、グリーン、マサキ、ふなのりは作戦会議、そしてクリアとブルーの二人は――、
「さて、じゃあ始めるとするかのう……究極技の修行を!」
レッドによる推薦を受けたブルー、そしてグリーンによる推薦を受けたクリアの究極技の修行を、キワメは了承したのである。
ブルーのカメックスであるカメちゃんは水の究極技"ハイドロカノン"、クリアのリザードンであるエースは炎の究極技"ブラストバーン"を。
『戦力は多いに越した事は無いんだ、しっかり修得してこい』
短くそう言い放ったグリーンの言葉を、クリアは自身の壊れたポケモン図鑑を眺めながら思い出す。
既に炎の究極技である"ブラストバーン"を修得しているグリーン、彼の推薦が無ければ此度のクリアの究極技修行も敵わなかっただろう。
図鑑所有者の絆、その輪の中に自身が組み込まれている事に、クリアは誇りにも似た何かを確かに感じ取る。
「クリア、それって……」
「……はい、さっきマサキさんに見て貰いましたが、多分もう……」
図鑑とは、データ以上に所有者の想いが詰まった奇跡の箱であり、ポケモン達との軌跡が鮮明に残った記録物だ。
故に彼等は図鑑所有者と呼ばれ、他のトレーナー以上に特別視される。オーキド博士に認められた、数少ないトレーナーとして。
それが壊れたという事は、彼はもう図鑑所有者では無いという事、マサキによると、断定は出来ないが人に例えると"打ち所が悪い状態"らしく修復すら不可能な状態らしい。
最早クリアの図鑑は機能しておらず、新しい図鑑をオーキド博士が作ってくれるとも限らない、一時的に図鑑を所有していたイエローが今は不所持状態なのが何よりの証拠だ。
にも関わらず、グリーンはクリアに期待した。期待したからこそ、可能性を感じたからこそ、クリアを推薦したのだ。
「でも、別にいいんです」
だからこそだ、クリアは絶対に修得しなくてはならない、一度は使ったその技を、今度は完全に自身の物とする為に。
「俺も、それにイエローだって、図鑑が無くてもブルー先輩やグリーン先輩達の仲間だって、ちゃんと認めてもらえているから」
そうして図鑑を無くした少年は、図鑑所有者クリアから唯のトレーナークリアとなった。
尤もジムリーダーという肩書きこそは残る為、"唯の"は流石に残らないが、しかし図鑑所有者では無い事に変わりは無い。
だが今更後悔はしない。
どちらにしろ、クリアは図鑑が無ければ死んでいたのだ、まだ少し痛む胸の傷がその証拠。
ともなれば、やる事は簡単、ブルーと共に、一刻も早く究極技を我が物として、そして決着をつける。
ロケット団とデオキシス、このナナシマで起きた彼等との戦いに――終止符を打つ為に。
そして夜は終わって陽が昇る。
「う……こ、こは?」
「ようカガリ、どうやら俺達、生き残ったみたいだぜ」
太陽が顔を出し始めた頃、5の島の避難所で二人の男女は目を覚まして。
そして同じく5の島の端で、二人の少年少女と一人の老婆は各々様々な表情で
水の究極技"ハイドロカノン"を完成させた少女は荒い呼吸を整えつつ、自身に満ちた表情で自身とそのカメックスが空けた大穴を見て、そして老婆は驚愕の表情で、
「信じられん! 技を身に付ける速さ、その威力! 全てがみらくるじゃ!」
そしてその隣では、黒いリザードンを連れた少年もまた究極技の修行を行っていた。
苦しそうに大きく酸素を吸って吐いてを繰り返し、エースと同時にしきりに身体を動かして、エースと心を、動きを一つに合わせる様心がける。
究極技の取得でポケモンと心をかよわせる事等基本条件、一人と一体がバラバラな精神状態で究極技等取得出来るはずも無い。
だからこそクリアはエースと心も体も一つにして、技を打ち出す――が、
「それに比べて、あんた等は才能皆無じゃな」
真っ赤に燃える打ち出された唯の"かえんほうしゃ"を見て、冷たい現実をクリアとエースに突きつける様にキワメは言った。