ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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すいません、ですが下手な言い訳はしません。

ポケモンX超楽しいですハイ。


六十一話『vsジュペッタ 雨音の中で』

 

 

 高所特有の強風を吸い込むトレーナータワーに空いた大穴、エースの"だいもんじ"から進化した新たな炎攻撃を受けて空けられた風穴を見て、キワメは静かな口ぶりで言う。

 

「……失敗じゃな」

 

 オレンジ色の混ざった炎が更なる赤みを帯びた結果現出したエースの新技、それは究極技"ブラストバーン"では無く、炎タイプの技の中でも一二を争う威力を持つ"オーバーヒート"だった。

 特殊系の技の威力が下がる事と引き換えに、強力な威力の炎を放つ事の出来る大技、それは一朝一夕で到底得る事の出来ないであり、この短期間でゼロから修得した事は、本来ならば誇っても良い事なのだろうが、しかしそんな事実とは裏腹にクリアは僅かに唇を噛む。

 当然だ、クリアの目指す本来の技は究極技の"ブラストバーン"であり"オーバーヒート"等では無い。その事実が――未だ目標の通過点にしか過ぎない場所で足踏みしているという事実がクリアの心に焦りを生んで、余裕を奪う。

 

「クリア、それにキワメおばあちゃん!」

 

 だがそうは言っても、今はロケット団との戦闘中という非常時だ。いつまで経っても修得出来ない究極技に焦りを感じていたとしても、クリアはその内心を欠片も見せない様努めて振舞い、声上げたブルーへと視線を向けて、

 

「ブルーさん! 良かった、全員無事みたいですね」

「ブルーの両親とオーキド博士の救出にも成功したようじゃな。だがせっかく助かっても、こんな所にいては何が起こるか分からん、わしのカイリューで安全な所へお連れしよう」

 

 再会も束の間、今はまだロケット団との戦闘中、そしてそこは敵地の真っ只中だ、安心なんてしてられない。

 故にキワメの提案で、ロケット団に人質にとられていたブルーの両親はキワメのカイリューで急遽避難する事となった。オーキド博士はまだやる事があるらしいとの事でタワーの中に残るという。

 涙を浮かべて両親に"必ず帰る"と約束を言うブルー。それと同時に、

 

「その様子じゃあまだ修得出来ていないようだな」

「……はい、すみません、期待に応えられずに」

 

 クリアの右手首にかかったままのリングを見て言うグリーンに、クリアは困った様に笑って返す。

 そして続く様に、

 

「……だけどまだ俺、諦めてませんよ。生憎と舞台は整ってる様ですし、ここを最後の修行地にしてみせます」

 

 少しずつ動作を大きくしていく複数体の"影"を眺めてクリアは言い、グリーンもそれに微笑で返した。

 デオキシスディバイド、デオキシスの作り出す"影"、劣化コピーの様な分身体。

 一体一体に苦戦する程の強さは無いものの、それが対処出来ない程の多さで襲い掛かってくれば話は別である。現に今、数分前にディバイド達を残して飛び立ったサカキとデオキシスを是が非でも追いたいレッドやグリーン等はこのディバイド達に苦しめられていた。

 頼みの綱のミュウツーも、ロケット団の作り出した"対ミュウツー"の切り札となる拘束具である"M2バイン"によって大きく力を制限されており、アリの子の様に群がるディバイド達の対処に駆られ、レッド等は中々サカキとデオキシスを追えないでいるのだ。

 

「よく言ったクリアよ、ならば共に戦おうぞ! カンナよ、わしのカイリューは扱えるな」

 

 勿論と返したカンナの言葉で、タワーに残るトレーナー達が決定した。

 レッド、グリーン、ブルー、そしてオーキド博士とキワメ、クリアの六人。

 ディバイドの活動が再開し、また他のディバイドがなだれ込んで来るのと、カンナがカイリューで飛び立つのは同時だった。

 そうして――彼等は再び闘争の渦へと飛び込んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 カントー公認ジムの一つであり、現ジムリーダーにグリーンを迎えているポケモンジムのトキワジム。

 かつてロケット団首領サカキがジムリーダーを務め、クリアという少年の始まりとなった場所から一人の少女が歩み出てくる。

 

「うーん、グリーンさんまだ帰ってきて無かったなぁ……オーキド博士の所で大事な用があったりして、それで戻ってくるのが遅くなってるのかな……はぁ、残念だったねチュチュ、レッドさんも一緒だろうからピカにも会えると思ったのにね」

 

 それは一輪の花飾りを片耳につけた一匹のピカチュウを連れた黄色のポニーテールの少女、独り言を呟き歩く彼女だったが、まさかそのグリーンがナナシマでロケット団との戦いに巻き込まれているとは考えてもいないだろう。

 まして、彼女が密かに好意を抱く相手、クリアという少年もまたその騒動に巻き込まれているなんて、夢にも思わないはずだ。

 

「……え、ボ、ボクの事はいいの! クリアは今日もジムで忙しいだろうし。そりゃあ、会えないのは少し……ううん、凄く寂しいけど」

 

 周囲に人の気配は無く、話し相手が手持ちのポケモンという事もあり、多少なりともいつも以上に彼女の本音が言葉となって出る。

 トキワの森のイエローと呼ばれる彼女には特殊な能力がある。ポケモンの気持ちを理解し、ポケモンの傷を癒す力だ。

 多少のデメリットはあるものの、かなりといって良い程に使い勝手の良いその能力を使い、彼女のピカチュウであるチュチュの心を読んだイエローは頬を赤く染めた。

 波乱に満ち溢れたホウエン地方での二人旅、その旅で自身の恋心を自覚したまでは良かったものの、結局今日に至るまで彼女と彼の関係は頭打ちとなったまま、時間だけが過ぎていた。

 尤も、イエローという少女とクリアという少年は密かながら両者共に両想いなのだが、元より恋愛方面には鈍感な二人は、両者共々互いの気持ちに気づかず今日に至る。

 

「もうすぐクリアの誕生日だし、その事もレッドさんやグリーンさんに相談しようと思っていたのだけど、また今度出直そう」

 

 一人そう呟き、イエローはチュチュと足並みを揃える。ちなみに件のクリア少年はただ今ロケット団のナナシマアジトにて絶賛究極技修業中だ。

 五月五日、ホウエン旅行中に彼女が聞いたクリアの誕生日。

 とある理由から自身の情報を極力隠しているクリアが告げたその日に向けて、大好きな男の子の誕生日を思い出に残る様な大切な一日にする為に、イエローは今日トキワジムを訪れていたのである。

 それというのもクリアの誕生日を祝うのはこれが初めて、その最初の一回目ともなるとイエローで無くても、良い悪い関係なく当事者を除いた皆もそれなりに気合が入るというものだ。

 

(ふふ、クリア喜んでくれるといいなぁ……まぁブルーさんやゴールドさんは何かサプライズを仕掛けてきそうだけど)

 

 とりあえずブルーやゴールド辺りはクリアにとっては良からぬ方向で彼の誕生日を祝いそうな気がするが、それもまた良い思い出となるのかもしれない。

 ――と、そんな事を考えながらトキワジムを後にしようとした、その時だった。

 

(……あれは)

 

 彼女は不意に動かしていた足を止めた。

 理由は簡単、彼女の視界に一人の少年の姿が映りこんだからである。

 一度立ち止まり、互いに同時に同じ道の線上に立った二人の少年と少女は相手の顔を確認した所で、

 

(……シルバーさん?)

(……あれは、確かトキワの森のイエロー?)

 

 そしてジョウト図鑑所有者の一人シルバーと、トキワの森のイエローは予期せぬ再会を果たす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わって7の島、トレーナータワー内部。

 クリア等の奇襲によって止まっていたディバイド達の動きが再び活発化し、依然として激しい戦闘が行われるその場所で、クリアは究極技が封じられている腕輪の件もあり、キワメと共に行動していた。

 

「エース!」

 

 クリアの掛け声とほぼ同時、エースの"だいもんじ"が一体のディバイドを焼き尽くす。

 今、彼等二人はレッドやグリーン等と共闘するでもなく上層階に昇る様にタワー内を駆け巡っていた。

 それというのも、クリアが共に行動する事を強いられているキワメが、此度のロケット団との戦いとは"関係無く"何か目的を持って行動しているらしく、それに渋々とクリアも付き合っているのである。

 ――とは言ってもタワー内のディバイドの数は変わらない。よってクリアとキワメが無数のディバイド達を捌いていれば、それは結果的にレッド等の助力にもなり得る。

 

「ふん、まだまだ"ブラストバーン"には遠いのうクリアよ」

 

 キワメの声が聞こえた。その瞬間、クリアの眼の端に凄まじい程の剛炎が巻き起こる。

 それはキワメのバクフーンが放った"ブラストバーン"が十余りのディバイドを纏めて吹き飛ばした場面。

 

「でも、確実に経験地は溜ってるはずなんです、"例えどんなに遅くても"必ず修得しますよ……というかキワメさん、俺達一体どこに向かって進んでるんです、か?……っと!」

 

 言いかけた所で頭上から降って沸いた二体のディバイド、その奇襲を右肩をガクンと落として体を強引に右に捻ってかわし、直後素早くモンスターボールからPを解き放って、

 

「"でんじは"からの"たたきつける"!」

 

 まずは一体のディバイドの動きを完全に封じ、直後にPの渾身の"たたきつける"でディバイドを殴り飛ばす。

 飛ばされたディバイドはもう一体を巻き込み転がり、最終的に四体のディバイドの塊を作り上げてから、

 

「今だ!」

 

 畳み掛ける様にエースの"オーバーヒート"とPの"10まんボルト"が炸裂、直後無数のディバイド達が宙を舞った。

 

「よし、今じゃクリア!」

 

 それを視認してすぐ、上階へと続く階段を駆け上がるキワメ、そんな彼女の背中に張り付く様に後を追うクリアは、

 

「キワメさん! さっきから気になってんですが、一体全体俺達はどこに向かってるんですか!?」

 

 叫ぶ様に言い放ちながら、指差しでPに攻撃の指示、直後襲い掛かってきたディバイドの二体をPの"でんげきは"が押し返す。

 

「一緒に戦うとか言っておきながらレッドさんやグリーンさんと共闘する様子も無いし、どこかへと向かったブルーさんや博士の援護をする様子も無し……一体何の目的、で!?」

「うむ、見つけたぞクリアよ。ここがわしの目的の場所じゃ」

 

 クリアが言い終える前、急に止まったキワメの背中にぶつかる。

 場所はとある部屋の前だった。階数で言えばかなり上階まで上った所、その場所でクリアは涙目になりキワメとぶつかった時に盛大に噛んでヒリヒリと熱を持った舌の心配をしつつ、そう言って室内へと入るキワメの後に続いた。

 

「……ここは?」

「ロケット団の資料庫、奴らが集めた極秘資料の数々が保管されてる場所……であってるじゃろう」

「ひどく曖昧ですね、最初から見当をつけてここに来たんですか」

「いいやそんな訳無いに決まってるじゃろう、わしら全員ここに来るのは初めてなんじゃぞ」

 

 そう言って、辺りにあるものを物色し、価値のありそうなものは片っ端から懐へと回収していくキワメ。

 そんな老人の姿に、

 

(あぁなるほど、火事場泥棒にでもきたのね)

 

 と勝手に、そして見事に的中している解釈をして、すぐにクリアは背後へと鋭い視線を向けて、

 

「エース!」

 

 そしてクリアの声とほぼ同時に、今日何度目かになるエースの炎がディバイド達を焼き尽くしていく。

 元から持っている圧倒的な火力でディバイドを一掃していくエースと、多彩な電撃で援護に回るP、順調に見えるディバイドとの攻防戦だが、やはりそれでもクリアの焦りの色は消える事は無い。

 流し目で見るクリアの瞳には、究極技を中心とした防衛戦を展開するキワメのバクフーンとオーダイルの姿が映り、彼は歯痒そうに思わず歯軋りをした。

 

「……ヒントをやろうかクリアよ」

 

 そんなクリアの様子に気づいたのか、はたまた"最初から"気づいていたのか、振り返らずにキワメが言った。

 その言葉にクリアは返事を返さず、同時に拒否の言葉も返さないまま静かに耳を傾ける。

 

「簡単な事じゃ」

 

 キワメはそう切り出して、彼へと告げる。ヒントという名の答え、クリアがこれ程までに"異常な程技を修得出来ない理由"を、

 

「技の修得の早さには、それこそ各個人の能力の差はあるがそれ以前に、その前に誰にでも求められる必須条件とも言えるものがある」

 

 まるで簡単な事だと言わんばかりに、

 

「クリアよ、お前さんは本当に、本気で究極技を修得しようとしておるのか?」

 

 そうキワメが言った直後だった。彼らの世界が轟音と共に巨大な振動に揺れたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 永遠の緑と比喩されるトキワの森の中で、二組の男女が敵対心むき出しで向かい合っていた。

 図鑑所有者とロケット団、正義と悪、決して相容れないはずの両者。

 

「お迎えにあがりましたよ」

 

 ゴーストタイプのポケモンのジュペッタを連れた血色の悪い女性、ロケット団三獣士が一人、サキの冷たい言葉が森に響いた。

 

 トキワジムの前で偶然にもシルバーと再会したイエローは、そのままシルバーが何故トキワへと足を運んだのか、その目的を彼自身の口から聞いた。

 曰く、今は闘争に巻き込まれてはいるが、それでも無事に家族との再会を果たしたブルーの様に、シルバーもまた自身の家族、自身のルーツを探している最中だと言う。

 そして幼いながらも自身の記憶の断片に残っていたという景色、トキワの森の外観を頼りにトキワシティを訪れたシルバーを、イエローは笑顔で受け入れ、かつ自身の能力が彼の手助けになるかもしれないと進言した。

 ――イエローの能力、トキワの森の能力。その能力によって幼い頃からずっとシルバーが連れていたニューラの記憶を辿ろうというのだ。

 だがその結果、普段クリアという少年の前では出されない彼女のスケッチブックに描かれたのはトキワジム内にある銅像の姿だった。

 図鑑所有者グリーンの前任のトキワジムリーダーにして現ロケット団頭首、サカキの銅像。

 それが何を意味するのか、自身は一体誰なのか、その事について思案する時間は、今のシルバーには無かったのだった。

 直後に不安がる様にざわめき出したトキワの森、その変化に不安を覚え様子を見に行くイエローと共に来るシルバー。

 

 そのすぐ後ロケット団のヘリにから降下した三獣士のサキとオウカの二人、そして現状は今に至るのである。

 

「サカキ本人、じゃないのか」

「えぇ、サカキ様直属の親衛隊、サキとオウカです、以後お見知りおきを」

 

 眼前へと降り立ったサキとオウカの二人のロケット団、シルバーの問いに丁寧に返すサキだったが、返されたシルバーの行動は至ってシンプルだった。

 

「お前達に用は無い、今すぐサカキを出せ!」

 

 今にも命令するかの様に、色違いの赤いギャラドスを従えてシルバーは言い放つ。

 泣いてる子供も声を失うかの様な雰囲気、形相、だがその程度の脅しでは悪のカリスマであるサカキその部下である二人には通用しない。

 

「フフ、あの方に似て鼻っ柱が強い様で……ですがいけませんね、これから上に立つお方がそうすぐに熱くなっては」

「何を訳の分からない事を!」

 

 無論、彼等にそんな問答等無意味だった。

 自身のルーツを探り、そこに何らかの形でサカキが関係していると知ったシルバーは何としてもサカキにその事を問い詰めなくてはならない。

 だが一方のサキとオウカ側も、サカキにシルバーを会わせる、という目的は被ってはいるものの、今のシルバーをそのまま会わせてはサカキ本人に万が一にも危険が及ぶ可能性がある。

 互いに一歩も引けぬ状況、水と油の様に反発し合う両者は、唯一の無関係者であるイエローをも巻き込んで、まるでそれが宿命だと言わんばかりに戦闘へと発展するのである。

 

「いいでしょう、ではやってみますか"タッグバトル"」

「望む所だ!」

「えぇ、ボクもですか!?」

 

 イエローの驚きの声は、流れに流されるまま虚空へと消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 "そうして、一つの物語は結末へと向かう"。

 

 

 

「み、見つけたで! ここが……!」

「ロケット団の倉庫……まさか俺達がいる5の島(この島)の中にあるとは、とんだラッキーじゃねぇか」

 

 5の島内部では木々の中に隠されたロケット団倉庫へと辿り着いたマサキとニシキ、そしてホカゲとカガリ等は警備の下っ端達相手にモンスターボールを構えた。

 

「サカキ、デオキシス……!」

「さぁ、降りて来い"チャンピオン"!」

 

 トキワシティ上空のロケット団飛行艇の上では、どうにか一人、サカキに追いついたレッドとミュウツーのコンビはサカキ、デオキシスのコンビと相対していた。

 

「後は、レッドに賭けよう……!」

「うん、レッドなら……きっと、やってくれる!」

 

 ミュウツーによって文字通り横に"両断"されたタワーの下層、そこに残ったグリーンとブルーはそう言い合って、カントー図鑑所有者に新ポケモン図鑑三つを託したオーキドは、空となった三つの旧図鑑を懐に入れたまま彼等同様空を見上げた。

 

「サカキ様は、貴方の父君ですよ……シルバー様」

 

 そして、トキワの森にて告げられた残酷にして衝撃の事実、シルバーの実父がサカキというその事実に動揺を隠せないでいたシルバー。

 その一瞬の隙を突かれたシルバーは瞬く間に三獣士の二人に攫われ、それを追うイエローもまた、三獣士、シルバー同様飛行艇内へと入っていった。

 

 

 

 そうして"様々な思いが交差した長い様で短かった戦いは、やがて一つの結末へとたどり着いた"。

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨が降っていた。

 窓を打ちつける雨脚は尚も強まるばかりで、流れる雫はゆっくりと下へ下へと垂れてゆき、やがて為すすべも無く地へと落ちる。 

 石像があった。

 良く出来た、出来すぎた、まるで"今にも動き出しそうな"位に精巧に作られた五組の石像は、冷たく重い空気を更に重くしながらその場にただ立っていた。

 少年がいた。

 五組の石像の前で、ただ無言で膝を抱えたまま佇む少年、その傍らには壊れた図鑑と二匹のポケモンが入った二つのモンスターボールが置かれている。

 

『本気で究極技を修得しようとしておるのか?』

 

 "後悔先に立たず"とは良く言ったものだ。

 先の戦いで、少年は良く戦った、しかし"良く"止まりだった。

 

(どこかで余裕があったんだ)

 

 今まで彼が関わった戦いの中で、彼は常に瀬戸際の中で戦っていた。

 四天王という絶望的に実力の差が離れた相手との戦い、一度も勝利する事が出来なかった自身の師との戦い、遠い地方で頼りになる仲間も先輩もいない場所での戦い。

 全ての戦いの中で、彼は常に生死の境を彷徨う様な戦闘を経験し、その度に自身の能力を開花させ、数々の奇跡を起こした。

 "奇跡を起こした"、それは必然であり、偶然では無い。その"奇跡"とは彼自身が、死に物狂いになって初めて手に出来る産物だ。

 だがしかし、今回の戦いの状況が、皮肉にも"何よりも頼りになる者がいる"という今までに無い"余裕のある状況"が、彼から"生や勝利という事柄への貪欲さ"を奪っていたのである。

 ――否そもそも、ここ最近の彼は戦いに触れる機会すら稀だった。

 

 新しくジムトレーナーを迎えた事によりジム戦を行う回数がめっきりと減った。

 無意識に行っていたトレーニングを放棄し、いつの間にか楽な道ばかりを選ぶ様になっていた。

 結果ホカゲとの試合に負けても、敗北の悔しさを後悔する事はおろか、"その時点での強さ"にどこか満足してしまっていた。

 

 だからこそ、クリアは究極技を修得出来なかった。

 故に彼は、一人だけ生き残ったのである。

 いつまで経っても究極技を修得出来ず、キワメと行動を共にしていたクリアは、幸か不幸か"その場"に居合わせる事が出来ずに。

 

(俺がもっと、もっと"早く"に……)

 

 次にクリアがイエローと会ったのは、倒壊したタワーからキワメと共に何とか脱出しトキワへと辿り着いた時。トキワへと向かったクリアが見た彼女は石の如く冷たくなっていた姿。

 そして彼の開いた瞳孔の先にあったのは、動かなくなった五人の図鑑所有者達と、冷酷な微笑を浮かべる女性、サキの立ち姿だった。

 

(もっと早くに"ブラストバーン"を修得していれば……!)

 

 ――その瞬間、自身の中の枷が外れたのをクリアは確かに感じていた。

 いつかのワタル戦の時の様に、満身創痍となった上での感情の高ぶり。

 だがその時とは違って、此度のクリアの色は"怒り"に染まって、その決意の色を受けたエースの炎もまた、ワタル戦の際に"ブラストバーンを"撃った時同様に"青く"燃え広がったのだ。

 全ての事が終わった直後、何もかもが遅いタイミングで、結局仇を討つ事すら出来ずに。

 事件の一連の流れの中で、クリアという少年はただただ無力で、役立たずな少年だったのである。

 

 

 

 事が終わって一週間程経った今でも、残った焦燥感は消えなかった。

 全てが後手に回ってしまったナナシマから始まった戦いは、五人の図鑑所有者の石化という形で幕を下ろした。

 唯一残ったクリアという少年もまた、心に大きな傷を負った、という診療結果が残っており、しかし当の本人はと言えばその日を境に姿を消した。

 残されていたのは一枚の手紙と二つのモンスターボール、PとVという彼の手持ちポケモンが入ったモンスターボールと謝罪の言葉と二匹のポケモンを頼むとだけ書かれた手紙。

 ただそれだけを残して、その日チョウジのジムリーダーは姿を消した。

 

 




そして本編がまるで打ち切り漫画の様な展開に……!

と言ってもここから先、特に原作と変更点がある訳でも(予定的には)無く、書く事に悩んで気づけば一月以上。
そして悩んだ末に、ではまた違った書き方を試してみようと思ったらこうなりました。今でもまだ後一話使うか悩んでるんですが、恐らく次はまた番外編を挟んでバトルフロンティア編に入ると思ってます。

まぁでも気が向けば、どこかでナナシマ編ラストのクリアがサキと対峙した場面も書くかもです。

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