ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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バトルフロンティア編
六十三話『vsジュカイン バトルフロンティア』


 

 

 カントーナナシマ2の島"きわの岬"。

 草、炎、水の三種の究極技である"ハードプラント"、"ブラストバーン"、"ハイドロカノン"の伝承者が住まう岬であり、三種の究極技の伝承を正式的に行う場所でもある場所。そして同時にかつてカントー図鑑所有者の二人、レッドとグリーンが共に修業に励んだ場所でもある。

 そんな場所に、二人の少年少女はいた。

 

「はぁ、はぁ……ど、どんなもんだいコンチキショー!」

「フフッ、お疲れ様"ゴールド"」

「ん、おう、あんがとよ」

 

 汗だくの少年が叫びながら倒れこみ、そんな少年を見下げた少女が一人微笑む。

 究極技の修業の一環で使われる約三キロはあろうかという恐ろしく長い廊下、そのゴール地点で、滝の様な汗を流し倒れる少年の名を言ってタオルを差し出す少女の名は"クリスタル"。捕獲の専門家と呼ばれる程に捕獲の技術に長けた、ジョウトのポケモン図鑑所有者の一人だ。

 最近ではポケモンの権威オーキド博士の助手を務め、普段ならばヨシノシティの第二研究所で白衣を纏っているはずの少女なのだが、今は修業の為白衣を脱ぎ動きやすいスパッツという、より活動的な服装でいる。

 そして、差し出されたタオルを引っつかみ、短く礼を言って、乱暴に自身の汗をふき取る少年"ゴールド"もまた、クリスタルと同じくジョウト図鑑所有者の一人でもある。

 

 さて、では何故そんな二人が、主な用途が究極技の修業位しか無いこの岬にいるのか。

 その答えは唯一つ、究極技修業の為の場所にいるのだから、"究極技の修業の為"であるに決まっている。

 究極技、その必要性を感じて、今彼ら二人はこうして究極技の修得に至ったのだ。

 

 

 そもそも――。

 かれこれ約二ヶ月前に起きた一つの事件、それが事の発端となった。

 "ナナシマ襲撃"、真のボス"サカキ"率いる復活を遂げた本物のロケット団がカントーナナシマ、及び初代図鑑所有者を襲撃した事件、それがそもそもの始まりだった。

 ゴールドとクリスタルは、かつて仮面の男ヤナギ率いるロケット団の残党と戦った経験があるが、ナナシマでのロケット団の戦力はその時の比では無かった。

 急ごしらえのボス率いる残党か、真のボス率いる精鋭達か、いざ比較してみるとどちらの戦力が強力かは言うまでも無い。

 そして更に、ロケット団にはある一つの切り札があった。

 宇宙から来たポケモン"デオキシス"。フォルムチェンジを得意とした、どんな局面にも対処出来る戦闘スタイルを持つ未知のポケモン相手に、ナナシマの図鑑所有者達は苦戦を強いられる事となったのである。

 復活の狼煙を上げた恐るべきロケット団の力。だが図鑑所有者も決して負けてはいなかった。

 遺伝子ポケモンのミュウツーと共闘戦線を張った彼らは、ボスであるサカキの親衛隊"三獣士"を退け、遂に初代図鑑所有者レッドとミュウツーは、デオキシスを従えたサカキと激突した。

 一進一退の攻防、実力差は僅差、そして勝敗を分けたのは、サカキ側の唯一つの誤算。

 ナナシマ5の島に位置するロケット団倉庫、その場所をマサキとニシキ、そして僅かながらの反撃としたホカゲとカガリに襲われ、デオキシスのフォルムチェンジ能力を支えていたある装置を破壊され、それが結果的に決定打となった。

 そうしてレッドとサカキの再戦は、再度レッドの勝利という事で幕を下ろしたのだった。

 

 図鑑所有者とロケット団との対決はレッドの勝利で終わった。だがしかし、事件は依然終わってはいなかったのである。

 元々今回のナナシマ襲撃は、元を辿れば一人の男の純粋な願いから始まった。

 息子の捜索という、唯一つの、唯一人のサカキという"親"の願い。

 そして結末の一つとして彼の息子、ジョウト図鑑所有者のシルバーは自身の実の父親であるサカキと本当に久方ぶりの対面を果たしたのであった。

 ナナシマの襲撃、遺伝子ポケモン対DNAポケモン、飛行艇の暴走、いくつものプロセスを経てそして。

 

 

 そして――"全てが終わったその後に、全てを台無しにするその者は再び舞台の上へと姿を現す"。

 

 

 ロケット団サカキ親衛隊三獣士の一人"サキ"。また裏では四天王キクコに師事を受けている人物。

 自由を得て、仲間を探しに飛び立ったデオキシスを再び狙おうとしたサキと、その行動を阻もうとしたレッド、グリーン、ブルー、シルバー、イエローの五人の図鑑所有者は最後の最後で再度激突する事となる。

 結果的にサキはデオキシスを取り逃がし、四天王カンナの凍技を受け足を負傷した。

 だがその代償として、五人の図鑑所有者は石像となってしまったのである。

 

 原因不明、その一言で片付けられた診断。

 事態を聞いたゴールドとクリスタルの両名が、ジョウトから急ぎ飛んで来て最初に聞いた言葉がそれだった。

 手の施しようが無いとは正にこの事、過去の事例が一つとして無い突然の石化現象に対応しうる人材は、唯の一人としていなかったのである。

 石化した四人の先輩、ジョウト図鑑所有者としての唯一人の仲間。

 その現実に、当然二人はショックを隠しきれなかった、悔しさが胸を打ち、次に出てきた感情で、二人の少年と少女はすぐに行動を起こしたのだ。

 目の前の現実に打ちのめされる前に、まずはやれる事をやろうと、今自身達に出来うる事へ打ち込む事に決め、そして究極技の修業へと参ったのである。

 図鑑所有者は巨大な陰謀と戦う宿命を持つ、彼ら二人が今回の緊急の事態にも即座に対応出来た理由は、恐らくそんな理由からなのだろう。

 

 

 

「ほほ、ようやく"くりあー"出来たようじゃの、ゴールド」

 

 究極技を修得した二人の下に一人の老婆がそう言って現れる。

 彼らの、そしてその他全ての者の究極技の師でもある老婆"キワメ"である。

 

「……ま、まぁこんな修業、オレ様にかかればお茶の子さいさい完クリ余裕ってもんよ!」

「二月たっぷり修業に使った男の物言いとは思えないわね……」

 

 あえて余裕を見せる様に振舞うゴールドの姿に、クリスタルは肩を落としながらポツリと呟いた。

 ちなみにクリスタルの究極技修業はかれこれ一週間程前に既に終了している。

 

「ま、そう言うアンタも"クリア"の奴に比べればまだマシってものだね」

 

 キワメが"その名"を口にした瞬間、空気が変わる。ゴールドは余裕を浮かべた笑みを消し、クリスタルは口を噤む。

 

クリア(あやつ)はそもそも心構えからなっていなかった。"技量だけなら十分に条件を満たしていた"のに、その力を本気で引き出そうとはしていなかったんだよ」

 

 その先、その先の結末までは、あえてキワメは口にしない。

 

「まぁ人の調子にも波ってものはあるからね。クリアにとって不幸だったのは、あやつはその波のタイミングが悪かったって事だ」

「……そんな事、知った事じゃねぇんッスよ」

 

 当時を振り返る様に呟いたキワメの言葉に、ゴールドは間髪入れずに言った。

 

「別に俺もクリスも過ぎた事をどうこう言うつもりはねーし、その時のあいつ自身どんな心境だったかってのも理解は出来ねぇ……けどな」

 

 そう言ったゴールドの背後、座り込んだ彼の後ろから一匹のポケモンが姿を現す。

 黄色を基調とした比較的小型のポケモン、赤い電気袋が特徴的な電気鼠。

 "P"というニックネームのピカチュウ。そして同時に、クリアの数少ない手持ちポケモンの一匹でもあるポケモン。

 

「それでどうして、テメェのポケモン置き去りにする必要があるのかっつー話なんスよ……!」

 

 家族の様にポケモンと接して、自身も数多くのポケモン達と暮らすゴールドだからこその"怒り"がそこにはあった。

 ナナシマ襲撃の事件から約一週間後、異変に気づいたオーキド博士が石化した五人の図鑑所有者の前で見つけたものは、残された二対のモンスターボールと、中のポケモン達とジムの事を頼むとだけ書かれたクリアからの一枚の置手紙。

 ただそれだけを残して、その夜、チョウジジムリーダーは忽然と姿を消した。

 

「どうしてなのかは分かりませんが……」

 

 ポツリと、クリスタルが呟く。

 

「私もゴールドも、何故か今の状況が分からないクリアさんが、"仮面の男(マスク・オブ・アイス)"……ヤナギさんと重なってしまうんです……」

 

 仮面の男ヤナギ、かつての事件の際、自身の一匹のポケモンの為にその他のポケモン全てを道具の様に利用した男。

 その男の弟子なのだろうか、それともその時の彼と現状が似ている所為なのか分からないが、だが彼ら二人は、その男とクリアを重なって思ってしまうのである。

 "無くしたモノを取り戻したい"という、恐らくその時のヤナギと同じ事を思っているのだろうクリアを。

 そして、もしもその時のヤナギとクリアが同じ状況だと仮定したとして、

 

「だからもしも、もしもあいつが、こいつらポケモンの事を"道具"だなんて思っていたのなら……」

「……どうすると言うのかしら」

 

 不意にかけられた声にゴールドは一時言葉を中断させる。

 その場にいた三人が声のした方へ一斉に振り向く、急に集まった視線に一度静止し、そしてその女性は何事も無かったかの様に彼らの前に立つ。

 

「カンナさん!」

「えぇ、久しぶりねクリスタル、ゴールド、それにキワメさんも」

 

 クリスタルの呼びかけに、四天王カンナは微笑と共に応える。

 ナナシマ襲撃の際図鑑所有者達と共闘し、かつてはクリアやイエロー等と敵対した事もある女性。

 四天王とも呼ばれた屈指の実力者であるカンナは4の島を故郷とし、現在はその故郷を中心に活動をしていた。

 では何故彼女が再びきわの岬に現れたのか、その理由は――、

 

「……おう、誰かと思えば氷の姉ちゃんじゃねぇか……つー事は……」

「うむ……と、お前さんが再びここに現れたという事は……」

「えぇ、そうよ」

 

 刹那、カンナが短く言葉を吐いた直後だった。

 カンナの背後十数メートルの距離が、"一瞬"で凍りつく。

 凍える冷気が途端にその場にた全員を襲い、少しだけ身震いしたクリスタルが見つめた先で、

 

「えぇ、頼まれていた仕事が終わりましたので」

 

 透ける様な薄い空色の美しい体表、気品溢れ、それでいて見つめるもの全てを凍りつくさせる様な眼光。

 ポケモン"グレイシア"、ニックネームは"V"。

 クリアの手持ちの一匹でもあり、同時にクリア失踪時に置き去りにされたポケモンの内の一体である彼女、その姿を見るのはゴールドとクリスタルの両名も約二ヶ月ぶりとなる。

 

「この子自身も強くなりたがっていましたから、成果は期待以上です」

「そうか、済まなかったね。四天王カンナともあろうお前さんの手を借りて」

「いえ、貴女の頼みとなれば断る訳にはいきませんから」

 

 二ヶ月前の事件を通じて知り合ったカンナとキワメ、彼女等は同じナナシマ在住としての面もあってか気が合い、今ではこうしてそこそこに良好な関係を築いている。

 そしてクリア失踪時、行き場の無かったグレイシアのVの一時的な預かり手として、カンナに白羽の矢を立てたのも何を隠そうキワメだった。

 最初こそクリスタルが預かろうとも言っていたのだが、カンナは氷タイプのエキスパート、かつて敵対した相手とは言え、今回の事件でその蟠り(わだかま)りも無くなり、結局こうしてVは修業も兼ねられてカンナの元に預けられ、そして見事に彼女の凍技を吸収して帰ってきたのである。

 

「……それで、クリアがこの子達の事をもしも"道具"だと思っていたのなら、どうするつもりなの?」

「ん、あぁ、それは……」

 

 急に話を戻され、虚を突かれるゴールド。そんな彼の背中から、一匹の黄色い影が現れる。

 ポケモン"ピカチュウ"、"P"と名づけられたクリアの手持ちの一体。

 そしてこのPも同様に、今はクリアの手から離れ、ピカやチュチュ、ピチュ等の他の電気鼠達と共にとある修業を行っていたのである。

 ゴールドの背中から顔を出したPは、カンナに連れられたVを見つけると、久方ぶりの再会に喜びを感じたのだろうか、一緒になってじゃれ合い始めた。

 ゴールドやクリスタル等と共に"電気の究極技"の修業を行ったPと、カンナの下で基礎能力の向上を計ったV。

 そんな二匹の再会の様子を少しの間だけゴールドは眺めて、そして彼は何時のもの様な得意げな笑みを浮かべ、はっきりとした口調で言うのだった。

 

「先輩達の石化を解く以前の問題として、捻くれ曲がったあの野郎の根性を叩きのめしてやろーと思ってよ……へへっ、鍛えたこいつらと一緒にな」

 

 六月最後の日の夜。ジョウト図鑑所有者の二人と二匹のクリアのポケモン達はこうして戦いの準備を終える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホウエン地方ミシロタウン。どんな色にも染まらない町。

 コレと言って目だった特色がある訳でも無く、またそれが短所となりえる事も無い、自然豊かな場所。

 そんな地方の片田舎に構えられた一戸のポケモン研究所、ホウエン地方のポケモン研究家であるオダマキ博士の研究所に、彼ら二人の少年少女はいた。

 

「……それにしても"至急研究所に集合"って、君の父さん……オダマキ博士は僕達に一体何の用なんだろうね」

「うーん、あたしも父ちゃんからは特に何も聞いとらんけんねぇ……あ、でも最近どこか忙しそうにしよったよ?」

「うん、十中八九それが原因だろうね……まぁ何にしても直接用件を聞かない事には憶測のしようも無いのだけども」

 

 白い帽子を深く被った知的な少年と、青いバンダナを頭に巻いた活発的な少女。

 ルビーとサファイア、ここ最近ホウエン地方で起こったホウエン大災害時にも活躍したホウエン図鑑所有者の二人であり、この日二人は、唐突にオダマキ博士から呼び出され、今はオダマキ博士の研究所で待機中なのである。

 オダマキ博士の研究所、といってもそれは事実上、そのオダマキ博士の実の娘であるサファイアの実家も同様の様なものだが。その所為あってかサファイアは実にのびのびと父親であるオダマキ博士を待ち、相対的にルビーは平静を装いながらも内心、ほんの少しだけなのだが緊張した様子で椅子に座っていた。

 そうして待つ事大体数分位経った頃だろうか、

 

「いやぁゴメンゴメン、待たせたね二人共」

 

 言いながら白衣を身に纏った中年男性、サファイアの実の父でもあるオダマキ博士がドアのノブを回した。

 

「父ちゃん!」

「どうも、オダマキ博士」

 

 サファイアとルビーも彼の存在に気づき、彼ら二人と向かい合う様にオダマキ博士も腰を下ろした。

 

「さてと、何から話したものかな……」

 

 ゆっくりとした動作でルビーとサファイアの両名と向かい合う様に椅子へと座り、オダマキ博士はおもむろにそう切り出した。

 それから約四秒、考え込む様に口の前に手を置いて考え込み、

 

「……そうだ、ルビー君」

「?……はい、何でしょうオダマキ博士?」

「そう言えば明々後日、君の友人のミツル君……彼の姉の結婚式が開かれるそうだね」

「は、はぁ。確かにそうですが……その件と今回の呼び出し、何か関係でもあるのですか?」

 

 唐突に切り出されたオダマキ博士の言葉。その言葉はルビーの斜め上のものだったらしく、まさか彼もいきなり自身の友人の、それもその姉の話を持ち出されるとは予想していなかったのだろう。

 少したじろいだ感じでそう返すルビーに対し、オダマキ博士はルビーに合わせた目線を一度サファイアへと移し、そしてすぐにルビーへと戻してから、

 

「あぁ、いやまぁ結婚式と今回の件は直接的な関係は無いんだよ。関係あるのはその結婚式の会場、その式が開式される船……その行き先さ」

「船の……行き先? えーと、それって確か、カイナシティを出発して……」

「……"バトルフロンティア"の事、サファイア? 確か正式オープンは一週間後位だったかな」

「そう! それったい! バトルフロンティア、ポケモンバトルの最前線! ねぇルビー、オープンしたら一緒に行ってみよ?」

「……その事についてなんだが」

 

 "バトルフロンティア"、その施設の名が話題に上がった瞬間、特にサファイアを中心として自然と話の流れはそちらへと傾いた。

 ホウエン地方でもうじきオープンする新施設、世間の注目も高い所為かジム制覇まで遂げたサファイアは勿論として、普段ポケモンバトルに積極的にならないルビーまでもが僅かながらも興味を示している節がある。

 それを見越しての事なのだろう、バトルフロンティアの話題が盛り上がる眼前の若人達へと視線を定めたオダマキ博士は、真剣な眼差しのまま告げる。

 

「ルビー君、サファイア。君達二人にはそのバトルフロンティアで"ある人物"の"仕事"の手助けをして欲しいんだ」

「"ある人物"……? それは一体誰なんですかオダマキ博士?」

「"仕事"……? 一体どんな仕事ば手伝えばいいと?」

 

 漠然と言い放たれたオダマキ博士の言葉に、疑問の返事を漏らすルビーとサファイア、そんな二人に対しオダマキ博士は、カントーのポケモン研究者"オーキド博士"の言葉を思い出しながら、しかし"最も肝心な部分"だけを隠したまま言い放つのだった。

 

「"ある人物"とは"ホウエン第三の図鑑所有者"エメラルド。そして手伝って欲しい"仕事"とは千年に一度現れるという幻のポケモン"ジラーチ"の捕獲! 君達にはこのジラーチを捕獲する為に彼、エメラルドの助力を頼みたい」

 

 そこで一度一呼吸を置き、そしてオーキド博士から渡された一枚の写真を机の上へと置く。

 

「それは先日オーキド博士の研究所を襲った謎の人物の写真だ。見て分かる通り、複数のポケモンを相手にしても平然としている辺りかなりの手練れだ。恐らく、かなり危険な仕事を任せる事になるかもしれない」

 

 オダマキ博士の説明を聞きながら、ルビーは机の上の写真を手に取りサファイアと共に写真を覗き込む。

 男なのか女なのか分からない程全身を冷たい甲冑で包み、大剣を持った人物が番兵代わりのポケモン達をなぎ倒し、何かを手に取っている写真だ。

 

「だが今回ばかりは、"是が非でもジラーチを捕獲しなければならない理由"がある、そして勿論この写真の様な悪人にも渡す訳にはいかないんだ……協力してくれるか、二人共……?」

「……大体の事情は分かりました」

 

 言って、不意にルビーは写真を机の上へと戻した。

 そして不敵な微笑を浮かべてから、

 

「それじゃあまずは、その第三の図鑑所有者の助けをする為にも、幻のジラーチというポケモンの事について、もっと詳しく聞いても構いませんか? オダマキ博士」

「うん! それに結婚式ば途中で抜ける事になるやろうし、先生やミツル君達にもこの事ば伝えとかんとね! 」

 

 オダマキ博士自身、彼らの返しはほぼ予想通りだった。

 かつてホウエン大災害の時に活躍したルビーとサファイア、そんな二人の少年と少女が、オダマキ博士の言葉なんかに臆するはずが無いだろうと、彼自身も分かっていた事なのだ。

 それでも、オダマキ博士はオーキド博士の言葉を嫌でも思い出す。

 "図鑑所有者は戦いの運命と共にする者が多い"――その言葉を聞いた時から、オダマキ博士は自身の娘と友人の息子を戦いの渦中へと送り込む覚悟は出来ていた。

 覚悟が出来ていながら、しかしあえて脅す様な事を口走ってしまったのは、恐らく彼がサファイアという少女の父親だからなのだろう。

 

「ありがとうサファイア、ルビー君。じゃあまずは幻のポケモンジラーチ、"どんな願いをも叶える"というこのポケモンの説明から始めようか」

 

 七月二日正午。ホウエン図鑑所有者の二人の少年と少女は、こうしてホウエン大災害以来の戦いの運命へと、再び身を投じていく事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホウエン地方キナギタウンとサイユウシティの間、その洋上。

 主な行路は定期の船便のみというそんな場所に、"ポケモンバトルの最前線"とも呼ばれる施設はあった。

 オーナーエニシダの夢の結晶とも言えるその施設の名は"バトルフロンティア"。

 タワー、パレス、アリーナ、ファクトリー、チューブ、ドーム、ピラミッド――以上の七つのバトル施設と、それぞれの施設の主である七人のフロンティアブレーン達が待ち構える、バトル好きによるバトル好きの為の聖地。

 その注目度は建設段階の時点から少しずつ世間へと広まっていき、そして、マスコミ各位に初めて公開される一般公開一週間前というその日。

 "七月一日前日"のバトルフロンティア敷地内の盛況ぶりは既にオープンしているのではないか、と思わせる程の賑わいぶりだった。

 オープン前の開催セレモニーであるデモンストレーションバトル、記者会見、詰め掛ける記者達やバトルフロンティアに挑戦する為事前エントリーに訪れたトレーナー達。

 高まる期待、衆目多い大舞台で、そして一人の少年は強引に舞台へと躍り出たのである。

 

『オレはエメラルド。バトル大好きエメラルドでーす!』

 

 そんな陽気な掛け声と共に記者会見の場に突如として現れたのは、三日月型の金髪という独特な髪型をした少年"エメラルド"。

 バトルフロンティアを制覇する為に来たと豪語した彼の登場でせっかくの記者会見は滅茶苦茶に、当然オーナーのエニシダは両腕組みで怒りを露にし、更に何人かのブレーン達からはエメラルドのバトルフロンティア参加権を剥奪しようという声も上がったのだが、だが結局エメラルドは参加権の剥奪を免れた。

 理由は単純、エメラルドの登場が記者会見中の出来事であり、かつ彼の登場もかなり派手なモノであった為、マスコミ側が"パフォーマンスの一環"だと勘違いした事が原因だった。

 そうしてテレビ等で大々的に取り上げられてしまえば、バトルフロンティア側も引くに引けない。ここまで大々的に取り上げられてしまえば、それはもう"嘘でした"では済まなくなる。

 更にはそのマスコミの勘違いをも宣伝として利用しようと考えたオーナーエニシダの言葉もあり、結果的にエメラルドは参加権の剥奪を免れ、それと同時にエメラルドは"オープン一週間前"という空白期間を利用した催し物のゲストとしても迎え入れられる事となったのである。

 

 

 そしてその日、エメラルドのバトルフロンティア制覇の戦いが始まって三日目の事。

 一日目にバトルファクトリー、二日目にバトルチューブと順調に勝ち抜いたエメラルドが次に挑んだ施設、それはフロンティアブレーン"ジンダイ"の施設"バトルピラミッド"だった。

 レンタルポケモンのみを使い"知識"を試されるバトルファクトリーや"運"を試されるバトルチューブ同様、もしくはそれ以上かとも思われる程に過酷な戦い。

 連戦なんて当たり前、更には毎回毎に変化する地形マップに翻弄されながらも、エメラルドは遂にジンダイの下まで辿りつき、レジロック、レジスチル、レジアイスの三体のホウエン伝説のポケモンを操るジンダイを見事に打ち破る。

 

 ――が、問題はその後だった。

 

 バトルファクトリーのレンタルポケモンの強奪、及びフロンティアブレーン"ダツラ"への強襲。

 当然、疑われたのはその場において尤もイレギュラーとなる者、そしてレンタルポケモンの中に"紛れ込まされていた"ジュカインを手持ちに加えていたエメラルドだった。

 ――まぁ尤も、エメラルドへの誤解は完全にとは言えないがすぐに解ける事となったのだが。

 

 

 

「よし、じゃあ行こうか"ラティアス"、"ラティオス"!」

 

 夜が明けてすぐ、エメラルドは行動を開始した。

 彼の手助けをしてくれるむげんポケモンのラティアスとラティオス、二匹の伝説のポケモンのサポートを受けて、今彼は特製ブーツで波に乗って移動している。

 彼エメラルドが目指す先、それは勿論幻のポケモンジラーチ。彼が受けた図鑑所有者としての仕事。その仕事を完遂する為、エメラルドはジラーチを追って"アトリエの洞窟(あな)"という場所へ目指して進む。

 

 七月四日早朝。そしてその日その場所で、エメラルドは"二人の男"と出会う事となる。甲冑に身を包み剣を振るう男と、氷の仮面を被った槍を振るう少年という、"二人の敵"と――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 世間の注目集まる七日間、果たして勝つのは七人のフロンティアブレーンか、挑戦者(チャレンジャー)エメラルドか。

 そしてそんな熱気と歓声の裏、幕を開ける幻のポケモンを巡る戦い。

 どんな願いをも叶える幻のポケモン、それを狙う一つの巨悪、準備を終えていく図鑑所有者達。

 

 

 ――そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジョウト地方シロガネ山の最奥地、出現する野生ポケモンの高さから非常に危険度の高い場所として知られている場所。

 かつてその山に入り出る事が出来た者は極端に少なく、その中には図鑑所有者であるレッドやゴールド等も含まれる。

 確かに修業の場としては絶好の場所となる山、だがしかし、"約二ヶ月"もの間その様な過酷な環境に身を置くとなれば、それは恐らく正気の沙汰では無い。

 ――尤も言い換えれば、正気じゃなければ、有り得る話なのだろうが。

 

「……七月か」

 

 地面や壁にいくつも描かれた"正"の字、充電が切れたポケギアの代わりに描き出して幾日もの時が過ぎた。

 彼の記憶の中で、最も後悔したと思われる日。それか約ら二ヶ月もの月日があっという間に経過していた。

 

「行こうか。エース、レヴィ、デリバード……」

 

 呟いて、彼に付き従う三匹のポケモン達を見定める。少しの間眺めて、そこに"足りないもの"を少しの間だけ思い浮かべて、クリアはすぐに頭を切り替えて――そして"仮面の男(クリア)"は約二ヶ月の期間を経て行動を開始する。

 目指すはホウエン地方バトルフロンティア、対象は幻のポケモン"ジラーチ"、目的は自身の過去の失敗を帳消しにし、彼にとってかけがえの無い大切な者達の石化を解く事。

 その誓いを胸にした時、感触が、クリアの顔を覆うのだった。

 

 


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