ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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六十五話『vsサマヨール トーナメント』

 

 

 アトリエの洞窟で起こったジラーチを巡る戦いから一夜が明けた七月五日の朝。

 挑戦者エメラルドとフロンティアブレーン達との戦いが幕開けて早五日、既に四つの施設がエメラルドによって攻略され、その日はフロンティアブレーン"ヒース"のバトルドームが開場する日。

 そんな中、それなりに忙しい身の上の彼らはまだ朝も早い段階から、七人のブレーン達とオーナーエニシダはバトルファクトリーの一室に一堂に会していた。

 

「……という訳で、今日は"一般参加者や一般客"が多く訪れるバトルドームでの戦いだから、コゴミとアザミは一般客の誘導をお願いね」

「うぇ~、どうしてフロンティアブレーンのアタシ達が誘導係(こんなコト)を……」

「まぁそう言うな、ヒースのバトルドームは"トーナメント"、そうなれば当然エメラルド以外の一般参加者の出場が必要になる、そしてその為には我等ブレーンが彼ら参加者や一般来場者を守らなければいけないのは至極当然の事だろう」

「うぅー、まぁ分かってはいるんだけどさぁ……」

 

 エニシダから言い渡された本日の日程にあからさまな不満の声を漏らすコゴミ、そんな彼女を宥める様に言うジンダイに、コゴミもまた渋々ながら首を縦に振る。

 "バトルドーム"、全五(セット)で行われるトーナメント方式のバトル施設。"トーナメント"というバトル方式の都合上、今回ばかりはエメラルドを除いた一般参加者と一般の観客も、このバトルフロンティアへと招き入れる事が急遽決定した。

 流石にマスコミ各社、取材の記者達に永遠とコンピュータ同士のバトルを見せる訳にもいかない、というエニシダオーナーの発言の元の決定。元々は多くの観客の歓声の下行われるバトル施設の為、当然フロンティアブレーン達も嫌な顔等はしなかった。

 だがしかし、今現在この一般来場者への施設開放は同時に多大なリスクを抱える事にも繋がる。

 

「あのガイルとかいう鎧男と、仮面を被った謎の人物……蘇った"仮面の男(マスク・オブ・アイス)"か、あいつ等が大人しくさえしてくれればぁ……!」

 

 昨日彼ら六人のフロンティアブレーン、及びエメラルドを襲撃した二名の敵の名をコゴミは顔をしかめて恨めしそうに呟く。

 鎧の男"ガイル"と謎の仮面の人物、蘇った仮面の男(マスク・オブ・アイス)

 数年前、ジョウト地方並びにカントー地方全土を震撼させた巨悪、しかしその正体は当時のジョウト地方チョウジジムジムリーダー"ヤナギ"と正体自体は既に判明しており、また当のヤナギは事件後消息を絶っている。

 ならばそのヤナギが再び姿を現し、どんな願いをも叶える存在である"ジラーチ"を狙って再び動いたのでは無いか、という仮説が彼らブレーン達の間で立てられはしたが、その可能性は"ヤナギ自身、数年前の事件で目的は達成している"という事で限りなく低いという結論が下され、すぐに別の仮説が立てられた。

 

「……やはり気になるな、当時の仮面の男(マスク・オブ・アイス)の弟子、現チョウジジムリーダーの"クリア"……」

 

 立てられた仮説、そして最も可能性の高い人物"クリア"。

 リラの言葉に、他の六人のフロンティアブレーン達も首を縦に振って自身の意見の賛同を示し、またエニシダも、

 

「うん、恐らく……というか十中八九ジムリーダーの"クリア"で間違いないだろうね」

 

 あっさりとその可能性を肯定する。

 

「ダツラを襲った犯人……は例のガイルで決まりだ。当の本人もそう言ってる事だしね」

「えぇ、俺を襲いレンタルポケモンを奪ったのは間違いなく鎧の方(ガイル)です、これは紛れも無い事実……もっとも、分かる事と言えばこれ位ですが……」

「いいや、それだけ分かれば十分だ……それに、何よりお前の怪我が大した事無かった事が何よりの幸運さ、大事なオープン前だからね」

「……えぇ、すいませんエニシダオーナー」

「気にするなダツラ、それにガイルの目的はその内分かる事だろうしね、それより今は仮面の男……クリアの方だ」

 

 軽く頭を下げて詫びを入れるダツラにひらひらと片手を振ってエニシダは応える。

 今のダツラは七人のフロンティアブレーンの一人、彼なくしてはバトルフロンティアは成り立たず、オープンすらも危ぶまれる。

 故に彼らはそう簡単にリタイアする事は許されない、七人の内一人でも欠ければバトルフロンティア関係者全てに迷惑がかかり、それ以上に――ここまで精一杯頑張って、そしてようやくオープン前まで漕ぎ着けた自分が許せなくなるのだ。

 それが分かっているからこそ、ダツラはオーナーエニシダに頭を下げた。そしてエニシダもダツラがその事を分かっているからこそ、簡単に彼を許す事が出来た。

 七人のブレーンと一人のオーナー、その他多くの関係者達。

 それだけの人員が関わっているからこそ、これまでの全員の努力を無駄にしない為にも、彼らは全力を以って不穏分子の排除に取り掛かるのである。

 

「それでエニシダオーナー、何故ガイルよりも"クリア"の方が当面の問題だと?」

 

 仮面の男をクリアだと仮定して、リラはエニシダに話の続きを要求する。

 リラから催促され、エニシダは少しだけ思い浮かべる様に天井を見上げた後、

 

「……私が以前会った彼ならきっと間違いでも"誰かに殺意"を向けるという事は無かっただろうね」

「以前? つまりここ最近の間に、クリアが変わる要因があったのだと?」

「あぁ、そしてそれは恐らく彼の目的そのものだよ。いや、もしかすると逆なのかもしれないな……」

「逆?」

「あぁ、"変わった"のでは無く"戻った"のかもしれない」

 

 エニシダの言葉の意味を上手く理解出来なかったのだろう、リラ含め七人のブレーン全員が疑問の色を浮かべていた。

 だがそれも無理は無い。人を見抜く力を持つエニシダ自身、直に会ってようやく、かろうじて彼の"素質"に気づく事が出来たのだから。

 

(まるで"水平に保たれた天秤の様な存在"、それがクリアだった。尤もあの時は"隣にいた人物"の影響力が強かった所為もあって上手く計れなかった、もしかすると彼は"悪の素質"の方が……いや)

 

 そこまで考えて、エニシダは考えるをやめる。

 

(憶測での予想は止めとくか、そもそも仮面の男がクリアだという確かな証拠は無い事だし)

 

 結局は憶測、その憶測に頼りきっていては万が一その憶測が外れていた場合の対処に影響が出てしまう。

 故に今は、分かっている事実と可能性の高い予想から現状を打破する策を講じるしか手は無いのだ。

 

「では七人のフロンティアブレーン達よ。ひとまずは普段通りバトルフロンティアを通常運営し、もしもガイルが襲撃してきた場合は一般来場者の安全を最優先にしつつ一丸となってこれを撃退……もしこれが仮面の男の場合も同様に、ただ」

 

 ただ、ガイルの例とは違う唯一つの対処方をエニシダは最後に彼らに通達するのだった。

 

「もしも仮面の男の正体が"クリア"だった場合は言ってやるんだ……『お前の大事な者達を助けたくば協力しろ』ってね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「クリアさん?」

 

 唐突に掛けられた声に、クリアは内心焦りを感じつつ声の掛けられた方へと顔を向ける。

 

「あ、やっぱりクリアさんだ。お久しぶりです……って覚えてます、よね?」

 

 恐る恐るといった感じで訊ねてくる少年に、クリアは僅かに思考を巡らせ、そして戸惑い気味に返答を返した。

 

「あぁ、勿論だよ……ミツル」

 

 

 

 ミツルがクリアを見かけたのは偶然だった。

 バトルフロンティアに一時停泊した豪華客船"タイドリップ号"、その日その船上で行われるミツルの姉の結婚式の前準備が行われる中、気晴らしに船内の散歩をしていた時の事だったのである。

 仲の良い友達であるルビーや、その彼のガールフレンドのサファイアは大事な使命があるらしく、今は各々が師としているジムリーダー達と話し込んでおり、ミツルが割って入れる空気では無かった。

 そこで彼は肩に乗せたロゼリアと共に船のデッキへと向かい、ふと思い立ってフライゴンを外に出して船の屋根へと登ってみた。

 ――そこに彼がいたのだ。

 クリア。過去ミツルがホウエンの地を旅していた時に出会い、また空の柱でも共に修業をした仲間でもある先輩トレーナー、聞く所によればその後ホウエン大災害の解決にも一役買っているのだという。

 

「はぁ……」

「ん、どしたよミツル?」

 

 それから一度も会う事が無かった彼と偶然再会したミツルは、再会したクリアに確かな違和感を感じつつも話しかけ、そして自身の知っている彼であった事に今は安堵の息を漏らしている。

 

「いえ、クリアさんの様子がいつもと違ったので何かあったのかなと……だけど僕の気のせいだったみたいですね」

「……まっ、こんな大きなマントつけてりゃあ違和感バリバリだろうよ」

「あはは、でも何故か違和感が無いのは何ででしょうね」

 

 手を入れてないのか無造作に肩まで伸びた髪、彼の全身を覆うかの様な白いマント、確かに見た目だけでも彼を知っている者から見れば相当の違和感である。

 時折自虐気味に浮かべる微笑が気になるものの、それでも過去にあったクリアと今のクリアの同一性を確信してからミツルは不意に呟いた。

 

「そう言えば今日はイエローさんは一緒じゃないんですか?」

 

 ピクリと僅かにクリアの肩が震える、ミツルはその変化に気づかない。

 少しだけ間を置いて、いつもと変わらない口調でクリアは、

 

「……うん、今は、一緒じゃない」

「そうですか、それは残念です」

「……あぁ、凄く残念だな」

「……クリアさん?」

 

 気づくと、いつの間にかクリアは立ち上がっていた。

 ただ呆然とバトルフロンティアを眺めて、そして不意にクリアはミツルへと視線を向けて口を歪めて笑う。

 

「まぁ気にする事は無いさ、また今度会えば良いだけだからさ!」

「うん、はい! それもそうですよね!」

 

 クリアの笑みにミツルも笑顔で返し、クリアは再びバトルフロンティアへと視線を戻す。

 クリアは変わっていない、ミツルは確かにそう思った。

 過去、空の柱で共に修業したクリアと今のクリアに差異は無いと、本気でそう思った。

 ――その考えは概ね正しい。正しいが故に、ミツルは気づかなかったのだ。

 空の柱にいた時のクリアは、イエローという少女と離れ離れになった状態だった。

 そして今のクリアもある意味、イエローという少女と離れ離れとなった状態である。

 過去の時と似た境遇だからこそ、クリアの雰囲気は空の柱にいた時と似通ったものをかもし出していた。だからこそミツルは"変化が無い"と判断した。

 

「じゃあまたな、ミツル」

 

 そう言って落ちていくクリアにミツルは慌てて視線を合わせる。

 

(あれ?)

 

 空の柱で会ったクリアと今ミツルが会ったクリア、二つのクリアの雰囲気が似ているという事は、それは今のクリアが"空の柱にいた時の様な異常事態"に陥っているという事を意味する。

 過去のホウエン大災害、それと同等もしくはそれ以上の脅威、内面だけで無く外面までも変わるクリアの変化。ミツルに悟られない様必死に隠し通した、クリア自身の焦り。

 

(やっぱりクリアさん、様子が違った?)

 

 眼下で黒い竜が見えなくなる頃ようやく、その事にミツルは気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バトルアリーナは凄まじい熱気に包まれていた。

 それもそのはず、今行われているのは正真正銘本物のポケモンバトル。二人の生身の人間の、トレーナー同士の一対一の勝負。

 昨日まで行われていたエメラルドのバトルフロンティア制覇への挑戦は、フロンティアブレーンとの対戦以外は全てコンピュータとの対戦、そこに熱なんて帯びるはずが無いのは当然である。

 だが今は違う。

 挑戦者エメラルドやフロンティアブレーンの"ヒース"も混ざった数多くの一般参加者が参加するトーナメント、参加者と共に訪れた観客の熱も嫌でも高まる。

 

「さてと、俺の一回戦の相手は……っと、ポケモンブリーダーのトオル、使用ポケモンはドククラゲと……」

「よう、お前がエメラルド……だよな、この奇抜な格好は」

「ん?」

 

 当然エメラルドも他の参加者同様、同じ様にトーナメントを勝ち抜く為に会場内にいた。いつも以上の人気に少しだけ煩わしさを感じながら、今は選手席に戻っている途中だ。

 エメラルドの出番は一周目の第五試合目、つまりはその周の最後という事になる。

 だからこうして特に際立って目立つ事無く大人しく対戦相手の情報を眺めながら出番を待っていたのだが、そんな彼に声をかける者がいた。

 エメラルド自身、一足早くバトルフロンティアへの挑戦を許されたお茶の間の有名人、彼の名前を知っている事自体には何の問題も無いのだが、

 

「ふーん、本当に"仕事"と両立してバトルフロンティア制覇目指してんだな」

「……アンタ、何者だ?」

 

 初めは掛けられた声に対して無視を決め込もうとしていたエメラルドだったが、しかしジラーチ捕獲の"仕事"の話を出されれば話は別である。

 ジラーチの事情を知っている者は少ない。少なくとも唯の一般参加者は知り得るはずの無い情報だ。

 故にエメラルドは警戒心を極限まで上げて声を掛けて来た人物、赤を基調とした服装、金髪のフードを被った男を睨み上げるが、

 

「ク、クハハ! おいおいそりゃあいくら何でも警戒し過ぎってもんだぜ。っていや、むしろそれ位じゃなきゃいけねぇのか」

 

 途端に笑い出した男にエメラルドは一瞬呆気にとられた。

 味方なのか敵なのか、その判断がつかず呆けてしまうエメラルドだったがすぐに男は笑いを止めて彼へと向き直る。

 

「ククッ、悪い悪い。"俺が誰か"、だったな……俺はホカゲ、元マグマ団幹部だ。よろしくな"同僚"」

 

 

 

 

 

 

 

 

 バトルフロンティア某所。唯一人を除いて誰もいないその場所に彼はいた。

 

「なんなんだあの仮面は、あれほどの氷使いがいるとは聞いてないぞ」

 

 ガイル――ガイル・ハイダウト。全身を鎧で纏い、ジラーチを狙う謎の人物。

 昨日起こったアトリエの洞窟での戦いでは仮面の男クリアと、エメラルド及び六人のフロンティアブレーン達と三つ巴の争いを繰り広げた男でもある。

 今彼は"ある人物"から渡されたポケギアを手に、通話機能を用いて遠く離れた人物と会話をしていた。

 

『そうかい、そいつは恐らく以前ジョウトとカントーの地でロケット団の残党共と暴れた仮面の男(マスク・オブ・アイス)だね』

「ふん、馬鹿にするなよ。それ位の情報なら私だって知っている、私が聞いているのは何故その男が我々と同じタイミングでジラーチを狙っているかだ! もしやお前達、私に隠れて妙な動きをしているのでは無いだろうな?」

『"妙な動き"、ね。まぁ否定は出来ないが、だが私等はアンタ以外の誰かにオーキド邸のジラーチファイルの事は話して無いよ』

「フッ、どうだか。"私の願いを叶えた後のジラーチが欲しい"等と物好きな変人共め」

『何度も言ってるだろう、否定はしないと。だが気にはなるねぇ、蘇った仮面の男……ふむ、やはり手を打っておいて正解だったか……』

「……? 何を言っている?」

『いいやこっちの話さ、それに恐らく……フェフェフェ、もうじきアンタもこの意味は理解するだろうよ……じゃあそろそろ切るよ』

「おい話はまだ……チッ、切ったか、あの狸婆め」

 

 通話終了の文字と一定の電子音だけが鳴り響くポケギアを暫く眺め、ガイルは無造作にそれを操作した後懐へとなおす。

 その瞬間、バトルフロンティア全体が一気に活気付いていくのがガイルには分かった。

 七人のフロンティアブレーンと挑戦者エメラルド、それにオーナーエニシダ及び各関係者と謎の仮面の男とガイル、それだけしかいなかったはずのバトルフロンティアだが今はそれ以上の人の気配、もしくは闘気か。

 満ち溢れていくその感覚に僅かに身を震わせて、ガイルは不意に獰猛な笑みを浮かべる。

 

(ふん、どうやら一般の来場者や参加者も呼び寄せた様だな……ククッ、何を考えているかは知らんが、馬鹿な事を……)

 

「……(この非常事態に、一体何を考えていやがるんだあの連中は)」

 

 一瞬、それが当然の事だとガイルは錯覚しそうになった。

 自分の考えと全く同じ考えで発せられた言葉、それに違和感を感じるまで一秒、そこからガイルが適当なレンタルポケモンのボールを選び、サイホーンを外に出すまで二秒。

 そしてその三秒の間に、彼ら二人が自身のポケモン達を場に揃える事は造作も無い事だった。

 解き放たれたサイホーンに対し、彼ら二人の男女の内女性の方、彼女は自身のニャースに向けてただ一声、

 

「"ひっかく"」

 

 サイホーンの右足の部分、そこを指差しただ一声の命令、ただ一度のニャースの弱めの技でサイホーンは体勢を崩した。

 

「なっ……」

「驚く程の事じゃない、私はただそのポケモンの考えを読み取っただけだ、サイホーンの"今最も苦手としている部分"をな」

「そして俺も、トレーナーであるお前の思考を読み取ったに過ぎない、電話が切れた後のお前は"恐らくこう思っているのだろう"とな」

 

 大体二十代半ばか、もしくは後半位の年の男女だった。

 赤髪の女と黒髪の男、身や顔を隠す様に大きめのローブを身に着けた二人の男女であり、そしてその声を――聞き覚えのある声を聞いた瞬間、兜の下のガイルの顔色が変わる。

 

「……お前達は」

「"アオギリ"……いや今はガイルか、我々二人は"キクコ"様の命でここに来た」

「お前は"ジラーチの願い"、そして我々は"ジラーチそのもの"、利害は一致している、嫌でも協力して貰うぞ」

 

 ガイルの目の前でフードを脱いだ二人の男女、シャムとカーツは有無を言わせぬ様にそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだったんだアイツ?」

 

 バトルアリーナ選手席、他の選手達を押しのける様に座ったエメラルドは先程声を掛けて来た男"ホカゲ"の顔を思い浮かべながらポツリと呟く。

 バトルアリーナの廊下でいきなり話しかけてきて、"同僚"等という意味深な事を言ったかと思うと、何かを訊ねる前に急いでどこかへと駆け出してしまった男である。

 何やら『待ち合わせ』がどうとか聞こえた気がしたが、エメラルドはスルーを決め込む事に決めた。

 

(後でクリスタルさんに聞いてみよう)

 

 そう自己解決してじっくりと自身の出番を待つ。

 今彼が挑戦しているバトルフロンティア制覇という目標、ジラーチ保護の仕事と平行してまで行っている彼自身の趣味。

 ポケモン界の権威であるオーキド博士や、憧れの対象となるクリスタルからの仕事を疎かにしない程度に、ギリギリのラインを保った上でのこのフロンティア挑戦は言うならば唯のエメラルドの我儘だ。

 唯ジラーチを捕獲するだけならばわざわざフロンティアへ挑戦する必要は無い。一言オーナーエニシダに断りを入れればいいだけだ。

 オマケにジラーチ保護に費やせる時間をバトルフロンティアの各施設への挑戦に費やしているとなれば、むしろこの行為自体は彼の仕事の邪魔をしているとも言える。

 それでもオーキド博士やクリスタルが何も言わないのは、エメラルド自身の事を考えての事だった。

 自分のポケモンを一切持たないエメラルドが、良い方向に成長する為の夢への挑戦。ポケモンとの関わりに何かしらの変化があって欲しいとの期待、そして結果的に彼女等の想いが身を結んでか、エメラルド自身のポケモンに対する見方は変わってきていた。

 

(そろそろ出番か、ポケモンは……いつものこいつらだけど……)

 

 手に持った三個のモンスターボール。エメラルドはそこに入ったジュカイン、サマヨール、ウソッキーの三匹のポケモンを見つめて、また三匹もエメラルドを見返す。

 

(なんでだろうな、どんな相手でも勝てそうな気がしてくる。根拠なんて無いはずなのに)

 

 今までのエメラルドならそんな曖昧な理由でポケモンの選択等しなかっただろう。

 だが彼は前回のコゴミ戦で味わった。

 負けたと思った一戦、そのはずだったのに、"自身の応援"という訳の分からない切欠で勝ち取った一勝、これまでのバトルスタイルを見つめなおす切欠となった戦い。

 ポケモンの選択、持たせる道具、選択する技。この三つの要素で正しい選択をすれば勝てると思っていたポケモンバトル、そこに追加されたのは戦うポケモン自身の感情。

 未だ姿が見えないそのブラックボックスの正体を確かめる為にも、今日もエメラルドはこの三匹を選択するのだ。

 自身を最も慕ってくれている、手の中の三匹を――。

 

『第五試合、出場者は前へ』

 

 アナウンスに呼ばれ、エメラルドは席を立つと勢いよく飛び出した。

 彼の後を追うのはジュカイン、サマヨール、ウソッキー、エメラルドを慕う三匹のポケモン達。

 闘技場の上にエメラルドが立つ頃には対戦相手は既に準備が出来た様子だった。

 距離が離れ、帽子を深めに被っている所為もあってか表情が今一伺えない。

 

『試合開始!』

 

 アナウンスの言葉と共に、エメラルドの対戦相手が動く。

 何の変哲も無いモンスターボールを一つ掴むと無造作にそれを放り、中から一匹のドククラゲを外に出した。

 やけに生傷が目立つ強面のドククラゲ、一目で相当に強いポケモンだと理解出来る。

 

「ドククラゲか、ならいっけーサマヨール! 先手必勝"シャドーパンチ"だ!」

 

 まず動いたのはエメラルドだった。サマヨールの"シャドーパンチ"がドククラゲに直撃する。

 白煙を撒いて、サマヨールの"シャドーパンチ"がドククラゲの急所に入った事がエメラルドの眼からも一目瞭然、だったのだが、

 

「"ハイドロポンプ"」

 

 瞬間、白煙を吹き飛ばしたドククラゲの"ハイドロポンプ"がエメラルドのサマヨールを襲った。

 確実に急所に入った"シャドーパンチ"、かなりの体力を削ったはずの攻撃、それでもドククラゲが倒れなかった理由。

 それはこのドククラゲ積み上げてきた経験そのもの。何者の攻撃にも耐え切る不屈の闘志、"シロガネ山"で鍛えた折れない心、それだけだった。

 

「"れいとうビーム"」

 

 畳み掛ける様にドククラゲに指示を出すトレーナーの言葉に、エメラルドもすぐにサマヨールに指示を飛ばす。

 冷気の線がサマヨールへと届き、周囲の温度を著しく低下させる。

 

「交代だサマヨール、ジュカイン!」

 

 サマヨールに直撃した"れいとうビーム"、そこから生み出される効果"こおり"状態。

 サマヨールの全身を氷が埋め尽くすその前に、エメラルドは即座に頭を切り替え、ジュカインを前線へと出した。

 

「"まきつく"」

 

 だがエメラルドがポケモンを交代したからと言っても、ドククラゲの攻撃が止む訳では無い。

 今度はジュカインを"まきつく"べく、幾本もの触手がジュカインへと絡み巻き付いていく。

 "交代の不可"、恐らくそれが狙いだろうとエメラルドは考えた。

 ドククラゲが持っている"れいとうビーム"で確実にジュカインを仕留める為、そして"まきつく"単体でのダメージも狙った上での攻撃だと予想も出来る。

 

「……だけど"まきつく"のダメージはそんなでも無いよ」

 

 ニヤリと笑ってエメラルドは言い、その言葉にドククラゲのトレーナーはようやくハッとした様に気づく。

 焦げ目のついたドククラゲの体、状態異常"やけど"。先のサマヨールが打ち出した"おにび"、"れいとうビーム"の合間を縫って放たれたその攻撃はエメラルドの対戦相手も知らぬうちにドククラゲにヒットしていたのだ。

 

「オマケに"やけど"の追加ダメージもあるし、それに今度はこっちの攻撃だ……"リーフブレード"!」

 

 エメラルドの命令の直後、ジュカインの刃がドククラゲの触手を掻っ切る。

 音を立てて落ちたジュカインに巻きついていた数本のドククラゲの触手、それが地面に落ちるのとジュカインの刃がドククラゲに届くのは同時だった。

 ヒュン、と風を切る音が鼓膜をゆさぶりそして――、

 

『……ドククラゲ戦闘不能!』

 

 瞬間、歓声がバトルアリーナの会場を揺さぶった。

 崩れ落ちたドククラゲをボールに戻す対戦相手を眺めながら、この一勝にエメラルドはひとまず胸を撫で下ろすが、しかし油断も出来ない。

 数の上では確かにエメラルドは対戦相手のトレーナーより有利、だがエメラルドのジュカインとサマヨール、特にサマヨールはかなりのダメージを食らっている。

 実質一対一、まさか一戦目からこれ程ハードな戦いになるとは思っていなかったのだろう、エメラルドは額に流れた汗を拭い、次の相手の出方を伺うが――、

 

「……棄権します」

 

 決着は、対戦相手のそんな一言で、あっさり過ぎる程簡単についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 モンスターボールの納まったドククラゲの"レヴィ"はいつもと変わらない様子でそこにいた。

 先程のエメラルドとの一戦、まだまだ体力に余力は残っていたものの、クリアからの指示でレヴィはわざと倒れたフリをしていたのである。

 

「それで、偽名を使ってまでトーナメントに出てエメラルドと戦って、感想なんか無いわけ?」

 

 問いかけられた質問に対し、少しだけしかめっ面をしてクリアは質問の主へと向き直った。

 バトルフロンティアオーナー"エニシダ"、真っ黒なサングラスに体格の良い体型、アロハシャツと中々に目立つ格好をしているバトルフロンティアの実質的なトップ。

 今は幾重にも太いロープで身体を拘束されている為、それで無くても一目を引く姿をしている。

 

「……別に、唯の暇潰しですよあんなの。そんな事より、そろそろ決めましたかエニシダさん? "このバトルフロンティアにいる全ての人間を退去"させる決定は」

「アハハ、そんな事出来る訳ないでしょー」

「出来るはずですよ、仮にもオーナーなんですから」

「サラッと酷いこと言うね君、というか普通に素顔晒しちゃってるけど、いいの? その仮面?」

「つけてもいいですけど、そうなると今より少々手荒くなるかもしれません。それでもいいのなら仮面の男(マスク・オブ・アイス)になりますが」

「"仮面の男(マスク・オブ・アイス)"の後を継いだつもりかは知らないけど、似合わないから止めた方がいいと思うよそれ……ってストップストップ! 荒事禁止平和に解決しようぜ!」

 

 右手に持った氷の仮面、それを顔へと運び、ついでに氷の槍を左手に持ち直しているのを見てエニシダは慌ててクリアの挙動を止める。

 

「……なら、早く鶴の一声を」

「うーん、そうだなー、ボイスレコーダーじゃなければ調子戻るんだけど」

「それだと貴方真っ先に助けを呼んじゃうじゃないですか」

「うん、当たり前だろ」

 

 先程からこんな会話の繰り返しである。

 今から少し前、来場者等々の対応に追われるエニシダを秘密裏に拉致したまでは良かったのだが、そこからが問題だった。

 クリア的には、エニシダに無理矢理にでも来場者を帰して貰い、また他のバトルフロンティア関係者、フロンティアブレーン達、エメラルドまで全ての者をバトルフロンティアから追い出してくれさえすればそれで良かったのだ。

 だが断固として、エニシダは首を縦に振らなかった。

 

「悪いがクリア、こればかりは私も譲れない。私の夢は譲れないな」

 

 サングラスの下から力強い眼力でクリアを見上げエニシダは言う。

 バトルフロンティア、エニシダの夢の結晶。幻のポケモン、鎧の男ガイル等といった騒動に巻き込まれて尚決して延期にはしないバトル施設。

 今エニシダの頭の中にあるのはバトルフロンティアの成功ただそれだけだった。だからこそ、何度言われてもエニシダはクリアの言葉に承諾しない、そこだけはエニシダは譲れない。

 だがそれはクリアも同じである。

 クリアにもまた譲れない願いがある。その為に彼はバトルフロンティアのオーナーの拉致という暴挙に出た。

 

「いい加減にしろ、こっちは急いでるんだよ」

「フッ、強がってるのが見え見えだな」

 

 喉元に当たる冷たい感覚、クリアに氷の槍を突きつけられながらもエニシダは笑う。

 

「"石化した仲間を救いたい"からなら、そうならそうと他の者に協力を仰げばいいだろうに」

「……オーキド博士から聞いたのか? まぁ何にしても仲間が石化したのは俺の責任だ。だから今度は本気で助けようとしているだけだ。どんな手段を使ってもな」

「だけどそれって効率悪くない? どんな手段でもとるって言うのなら、それこそ僕のバトルフロンティアに貢献してくれればいくらでも協力してあげたのに」

「それだと……」

「"無関係な人達を巻き込む"、とかそんな事だろどうせ」

 

 考えを的中させられクリアの目が大きく見開かれた。

 

「大仰な事や偉そうな事を言っても、大した事じゃない。お前はただ怖がってるだけなんだよ、また自分の所為で誰かがいなくなる事を……ま、悪人は別みたいだけど」

「……ち」

「違わなくないだろ、だから私に言ってきたんだ。バトルフロンティアを延期する様に、いくつもある方法の中から最も人が傷つかない"私"という方法を選びとって」

 

 槍を持つ手が微かに震えた。

 立場は圧倒的にクリアが有利、少し手を押し出せばエニシダの言葉等、クリアは聞かなくてもよくなる。

 だが、動かない。

 

「それが答えだ。いくらお前が自身の中の"素質"に身を任せ悪ぶろうと、それで今までの仲間を頼ってきたお前が無くなる訳じゃない。まして過去の失敗のトラウマが消える訳でもな」

「……あ、ぐ……!」

「言い当てられて言葉も出ないか。本当はこんな遣り方じゃ駄目だとお前自身分かっているはずだぜクリア。だからこそお前はエメラルドと戦ったんだ、ジラーチ保護の仕事を請け負った彼の実力を確かめる為にね」

 

 突きつけられたエニシダの言葉の所為か、クリアの腕はいつのまにか宙ぶらりの状態になっていた。

 カラリと音を立てて氷の槍が床へと落ちる。

 

「なぁクリア、いい加減自分を騙すのは止めようぜ」

「なっ……!」

 

 まるでクリアの全てを見透かしているかの様なエニシダの言葉。

 それでも、そんなエニシダに反論する様にクリアが口を動かしかけた、その時だった。

 バトルフロンティア全体を揺るがす様な振動が起きたのは。次第に人々の叫び声が大きくなっていたのは――。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてバトルアリーナ屋上でガイルは邪悪な笑みを浮かべて呟く。

 

「ジラーチ、つーかまーえたー」

 

 


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