甲冑の男――ガイル・ハイダウトがジラーチを捕えた。
その一報から始まった騒乱はたちまちバトルフロンティア全土を覆いつくす。
至る所で戦火が広がり、バトルフロンティア関係者やトーナメント参加トレーナー、来場観客まで含めその場にいた全員が脅威の対象となった。
ガイルが奪ったレンタルポケモン、その全てが今、ガイルの手によってこのバトルフロンティアで見境無く猛威を振るっているのである。
「う、うわぁぁぁっ! な、なんなのコレ!? これもパフォーマンスの一環だとでも言うの!?」
「わっ……く、こなくそ! 向こうへ行け!」
「な、何がどうなってんだ、このバトルフロンティアで一体何が起こってると言うんだ!?」
突如として起こったレンタルポケモン達の襲撃は、当然何も知らない来場者達の想定外のものであり、またそれは同時にその場に大きな混乱を招く事も意味する。
一人は暴れるポケモンから必死に逃げ惑い、一人は小さいながらも抵抗し、一人はただ慌てふためく。
幾人もの人の声が連鎖し大きくなって、あわや大惨事かと思われたその時だった。
「"だいもんじ"!」
「"メガホーン"!」
「"ふぶき"!」
逃げる女性に襲いかかろうとしていたウツボットにボーマンダの"だいもんじ"が、決死の抵抗を見せていた男性を狙っていたサナギラスにヘラクロスの"メガホーン"が、現状理解が出来ず立ち尽くしていた人々を守る様に放たれたレジアイスの"ふぶき"が多くのレンタルポケモン達を無力化していく。
「今の内です! こちらの係員の指示に従って速やかに逃げてください!」
フロンティアブレーン。バトルフロンティアの頂点に君臨する彼ら七人がこの異常事態を放っておくはずが無い。
ヒース、コゴミ、ジンダイの三名がレンタルポケモン達を一時無力化した事を確信して、今が好機とアザミが数人のバトルフロンティアの係員達に指示を出し、来場者の避難を誘導する。
『ジラーチ、つーかまーえたー』
バトルアリーナの屋上でむざむざとジラーチを捕える瞬間を見せ付けられ、ガイルからそんな勝利宣言を行われたリラとウコンを抜いた五人のフロンティアブレーン達だったが、彼らはすぐに自身達のやるべき仕事へと専念する事にした。
何よりもまず、バトルフロンティアに来場してくれた人々を守る。それが彼らフロンティアブレーンが最優先で行わなければならない事。
――だがそれと同時にジラーチを連れたガイルをどうにかしなければならない事も事実だ。
故に、残りのブレーンであるウコンとリラの二人に状況を伝えるべくダツラは一人別れ、残りの四人で来場者の避難誘導をサポートしているのだ。
「全力で守りきるぞ! 我々のバトルフロンティアを、あんな悪党の思い通りにさせてたまるかっ!」
「……うん、うん。了解だ、それじゃあダツラはそのまま彼らと行動してくれ」
バトルパレスの一室で、机の上に置かれたポケギアと向かい合いながらエニシダはいつもの調子でそう言った。
電話の相手はフロンティアブレーンのダツラでありその彼から今現在の状況、ガイルがジラーチを捕獲したとの情報を伝えられている所だった。
そうして状況報告を受け、ポケギアの通話が切れた所で、背中に当たる冷たい感覚を確かに感じつつエニシダは言う。
「……だ、そうだよ。というか私もそろそろ皆の応援に行きたい所だから、背中に槍を向けるのを止めて、私の拘束を解いて貰えると助かるんだけど?」
返事は返ってこなかった。ただ小さく舌打ちと歯軋りをする音だけがエニシダの耳に届いた。
幻のポケモン"ジラーチ"。クリアがエニシダを拉致してまでも捕獲したかったポケモン、どんな願いでも叶える力を持ち、彼がどんな思いをしてでも叶えたかった願いを叶える唯一つの可能性。
それが今、競争相手の手に落ちたという報は、誰よりもクリアの心の深く突き刺さっていたのだ。
「……エニシダさん。ガイルはまだジラーチの願いを叶える力は使っていないんですよね?」
「あぁ、ダツラからの報告だとその様だね。奴は今この場で最も天に近い場所で願いを叶えるつもりらしいから……後早くこの縄解いて」
それだけ聞くとクリアは駆け出す。
「クリア! 縄!」
エニシダの声等今のクリアの耳には入らない、悲痛な叫びだけが廊下に木霊する。
(まだ間に合う。まだ間に合う、まだ間に合う……!)
後ろを振り返らず、最早仮面すらもつけずに白いマントを翻して、
「ッ……デリバード!」
そうしてバトルパレスから外に出てすぐに、周囲のざわめきを感じてクリアは即座にデリバードを外に出した。
瞬間、クリアの左腕に一筋の閃光が直撃する。
「ぐっ……"ずつき"だ!」
放たれたのは"でんきショック"、威力は小さめな技だがその分命中率が高い小技でもある。ズキズキと痺れる感覚を左腕に感じながらも、クリアはすぐにデリバードに指示を出し、攻撃を放ったエレキッドを迎撃した。
レンタルポケモンの襲撃、ガイルによって暴走させられたそのポケモン達の牙は当然クリアにも向けられる。
「チッ、来いデリバード! 一気に駆け抜けるぞ!」
先制を取ったエレキッドを皮切りに、十数体のレンタルポケモン達が血走った目で顔を出してくる。
その一体一体を相手にする事は今のクリアならば可能、だがそれだとどうしても時間が掛かりすぎる。
こうしている今にも、ジラーチの願いを叶える力はガイルによって利用され、以降その力が再度使えるという保障はどこにも無い。
――少なくとも、今のクリアはジラーチの力は"三度使える"という事を知らない。
「クソッ……デリバード"ふぶき"、"ふぶき"……"ふぶき"だぁぁぁ!!」
故に彼らは駆け抜ける。
幾重にも折り重なったレンタルポケモン達の波を抜けて。
凄まじい程の寒波を撒き散らせながら、ただ、ある一つの目的に向かって。
――そして、後に残されたエニシダは、
「……エニシダさん?」
「お、おぉ君は……!」
クリアが去ったすぐ後、彼が走り去った方とは反対側の廊下から現れた人物の顔を見て、途端に喜びの声を上げる。
凄まじい程の寒風の連打、相手の体力を奪わずとも無力化出来る状態異常"こおり"を引き起こす攻撃。
デリバードの背に乗って、クリアはバトルタワーまで一直線に進んだ。
何も相手ポケモンの全てを凍らせる必要は無い、大切なのは行動を防ぎ、自身への攻撃を中断させる事にある。
故にクリアはデリバードへと指示を飛ばす。遠くの敵には足、近くの敵には攻撃の基点となる手や口、これらを凍らせ、必要最低限の力で目的地を目指して――結果的にクリアの策は成功する事となった。
バトルタワーにたどり着くまで、数十余りのレンタルポケモン達と遭遇したクリアとデリバードだったが、彼らはこの一組だけで全ての敵をあしらいバトルタワーへと辿り着いたのである。
「ハァ、ハァ……」
しかし、いくら最小の労力で済んだとは言ってもクリアもデリバードも生物だ。バトルタワーへたどり着くまで全くの無傷という訳にはいかなかった。
技を放ちつつ最高速で飛ばしたデリバードは既に体力の限界で、またクリアも流石に全てのポケモンの攻撃を防げた訳では無い。
飛来してくるいくつかの技は、直撃せずとも彼の体力を少しずつ奪っていた。
服は既にボロボロでマントは半分に破け、仮面で保護していなかった顔にはかすり傷で血が滲み出ている。
だがそれでも、クリアは前だけを見つめる。
疲弊したデリバードは一旦ボールへと戻し、バトルタワーのその前、そこにいた二人の人物へと視線を合わせ口を開く。
「……何の用だ? ゴールド、クリスタル」
とあるフロアの扉前でルビーとサファイアの二人は鉢合わせした。
エメラルド、ダツラと共にガイルがいるバトルタワーの最上階、七十階層を目指していた彼ら二人だったが、二人が到着した頃には他二人の姿は見当たらなかった。
昇る途中で追い越したのか、はたまた追い越されたのか、真偽はとにかく全ては七十階のフロアへ入ると判る事である。
そうして恐る恐るとフロアへと入った二人を待っていたのは、数々の資料群だった。
バトルフロンティアを築き上げたオーナーエニシダのコメントや、各地方の地図やバトルフロンティアとホウエン本土を結ぶタイドリップ号の模型まで、様々な資料が展示してあるフロアであり、そしてその場所に、それはあった。
「……あ、ルビー!」
何かを見つけたらしいサファイアの声に、ルビーもそちらへと視線を向ける。
バトルタワーの最上階に飾られた数々の資料、その中でも一際目を引くそれに、サファイアは目を輝かせルビーもまた少しだけ目を見開いた。
「歴代図鑑所有者のコーナー、つまり僕らの先輩達か」
「あたし等もいつかこうやってここに載る様になるんやろうか? なんかテレくさかねルビー……あ、ほらルビー! イエロー先輩も載っとるよ!」
「本当だね。というかクリア先輩は載って無いのかな、ルネの時はゆっくり話も出来なかったし、どういう人か気になるんだけど」
「うーん……あれー?」
そこにあったのは"歴代図鑑所有者コーナー"と銘打たれた空間、過去の図鑑所有者達の記録を載せた台、そして五人の図鑑所有者達の石像。
嬉々として台上の資料のページを捲るサファイアの様子に、ルビーは微笑気味に一息ついた。
彼ら二人は一度、ホウエン地方ルネシティで二人の図鑑所有者に会っている。
チョウジジムのジムリーダーだと言う真っ黒な髪と瞳の少年"クリア"と、未発達で小柄な体型で黄色の髪と瞳の少女"イエロー"。中でもイエローとはマボロシ島で共に修業した事もあり、彼ら二人にとっても大切な人達と言える。
「あれー、なんでやろ、クリアさんの事どこにも載っとらんよー?」
「それは君の探し方が少々雑だからじゃないのかい、何にしてもこんな所で道草食ってないで、そろそろ別の場所も探ろ……」
言いかけた瞬間、ルビーはサファイアの前へと飛び出ながら勢い良く振り向く。
「フフフ、良い反応だ。気づかなければそのまま無防備な背中を狙い撃ちしていた所だぞ」
彼らが先程昇って来た階段の前、フロアのドアに立っていたのは二人の男女の姿だった。
全身黒のスーツで埋め尽くされた格好は周囲にどんよりとした重苦しい空気を生み、そんな中で眼前の二人の男女は冷たい微笑を浮かべたまま立っている。
そしてルビーは言葉を発した男性へと視線を向け、サファイアもまた女性の方へと注意を払い、その様子を見てからルビーは二人組の男女に言う。
「……何者だ、お前達」
「フッ、そうだな、"今は"ガイル・ハイダウトの仲間のカーツとシャム……って所かな」
「なっ、ガイルに仲間がおったと!?」
「驚く事じゃないだろ、現にお前達の目の前に立っているのだから……ね!」
「ッ、チャモ!」
言い終えると同時にペルシアンをボールから出して攻撃して来たシャムに対抗するべく、サファイアも
飛び出したペルシアンとバシャーモの二匹の"きりさく"が二、三度甲高い音と共に交差し、互いにトレーナーの元へと着地する。
「"かえんほうしゃ"!」
「くっ、"マッドショット"!」
ペルシアンが下がった直後、続く様に放たれたのはカーツのヘルガーの"かえんほうしゃ"だった。
対するルビーも自身の
そして四者のポケモン達が一度ずつぶつかった所で、不意にシャムはニヤリと笑って言った。
「フフ、今はどうにか凌いだが、だが次はこうはいかないぞ。お前達が後ろの五体の石像を守る様な戦い方をしてる限りな」
シャムの言葉にルビーもサファイアも悔しそうに歯噛みする。
彼女の言った通り、ルビーとサファイアは今の一撃は自身達の身を守る為、というより背中の石像を守る為に技の迎撃を行った。
もしも本気で相手を倒すつもりだったならば、今の攻撃はまず第一に避けて、その後攻撃を繰り出したポケモンへと攻撃を行う方がベストだった。
だがそうした場合、彼らの後ろの石像に攻撃は直撃する。それが嫌だったから、それを防ぐ為にあえてルビーとサファイアの二人はシャムとカーツの攻撃を相殺したのである。
――しかしそんな守りの戦いは、そう何度も成功しない。
「奴等はあの場所からは動けない! やってしまえヘルガー!」
「お前もだペルシアン!」
図鑑所有者達の石像を守る様に戦うルビーとサファイアの二人の方が、シャムとカーツよりも圧倒的に不利。
攻撃は最大の防御とも言うが、今の状況が正にそれだ。
ルビーとサファイアをその場に釘付けにするかの様な猛攻は、確実に二人の体力を減らし、またシャムとカーツへの攻撃を許さない。
「ぐっ……サ、サファイア! これじゃあ僕達の方が持たないよ! 仕方が無いけどここは一旦離れよう!」
「う、うん……仕方が、なかね……!」
バシャーモとラグラージの二体のポケモンで攻撃を受けながらそう言い合う二人の会話を聞いて、シャムとカーツの二人は笑みを深める。
ルビーとサファイアの二人は知らないが、シャムとカーツの目的は別に二人の少年少女を葬る事では無い。
むしろ更に大きな目的があったのだ。図鑑所有者としてまだ経験の浅いルビーとサファイアよりも、率先して狙わなければならない相手。
(さぁ、動け! その時が
――ルビーとサファイアが石像だと思い込み必死になって守っていた石像となった"五人の図鑑所有者達"、それこそがシャムとカーツの狙いだったのだ。
元はと言えば五人の図鑑所有者が石化した一番の原因はロケット団三獣士の"サキ"だ。そしてそのサキは裏で四天王のキクコと繋がりがあり、そのキクコを師事するシャムとカーツの二人が図鑑所有者達の石像化の事を知っていても何ら不思議は無い。
ガイル・ハイダウトという隠れ蓑を使ったキクコの陰謀、彼女が"彼女の目的"を果たす為、恐らく最大の妨げとなる初代図鑑所有者達、その抹殺――それがシャムとカーツがキクコから命じられた仕事だったのだ。
「サファイア、次のタイミングで飛び出すよ!」
「う、うん!」
ルビーとサファイアの二人が動けば全てが終わる。
「……三、二」
例えガイルとの争いに彼らが勝利しても、五人の仲間達を失えばそれはたちまち図鑑所有者達の敗北を意味する。
「……一!」
(勝った!)
だがしかし、ルビーとサファイアは知らない。まさか自身が守ってきた石像達が生きているだなんて夢にも思っていない。
ルビーとサファイアがそれぞれ別方向へと視線を逸らし、シャムとカーツの両名が"勝利"を確信した――。
――時だった。
「まだ動くな小僧共!」
唐突に掛けられた荒々しい叫び声にルビーとサファイアの動きがピタリと止まり、それに釣られて二人のポケモン達もその場からの移動を取りやめる。
一体何が起こったのか、その場にいた誰もがそう思った時、その答えは現象となって四者の目の前で起こった。
具体的に言えばシャムのペルシアンが右真横へと、カーツのヘルガーが左真横へと、つまりはそれぞれがぶつかり合う様に突き飛ばされたのである。
「なっ……」
「何が……!?」
気づいたら自身のポケモン達が戦闘不能に陥っていた、そんな訳の分からない状況に立たされたシャムとカーツは口々にそう呟いた。
一方のルビーとサファイアの二人もそうだ。
苦渋の思いで先輩たちの石像を見捨てる事を決意した直後、謎の援軍によって事なきを得たからである。
そしてそんなルビーとサファイア、カーツとシャムの視線の先には二体のポケモン達がいた。
一匹は燃える様な赤いポケモン、もう一匹は丸々とした青いポケモン。
ブースターとタマザラシ。
「よしよし良く耐えたぜお前等、なんせこの石像は何があっても壊しちゃいけねぇんだからな」
「ま、まさかマグマの……!」
「さて、今の攻撃から見てあの者達の目的は恐らくこの石像の様ですね……まぁ、私の"リーダー"が悲しむ様な事は絶対にさせませんがね」
「……ア、アンタは!」
サファイアに横に並び立つのはタマザラシを従えたスキンヘッドの男、ルビーの横に並び立つのはブースターを従えた赤いフードの男。
そしてそのどちらの顔も彼ら二人の図鑑所有者達には見覚えがあり、また同時にかつて敵対した者達だった。
「……何者だ、お前達……!」
唯一相手の素性を知らないシャムとカーツの二人は先程よりも数倍警戒の色を出して言う。
そして驚きの表情を見せるルビーとサファイアの二人の目の前で、その男達は獰猛な笑みを浮かべて口を開いた。
「元マグマ団幹部の"ホカゲ"」
「元アクア団幹部の"シズク"」
「今は訳あってこいつら図鑑所有者達の助っ人で、オーキドの爺さんから石像の護衛を依頼された者で……」
「……要するに、この方達の味方であなた方の敵です」
そうして、かつて敵同士だった者達は一つの目的へと向けて共闘の道をとる。
一話辺りの文字数、今回位が丁度いい気がする。
というか今までが多すぎた気がする今日この頃(小説情報を眺めながら)。