ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

67 / 81
六十七話『vsグレイシア 氷の仮面』

 

 

 遂にガイルとの最終決戦が始まった。

 幻のポケモン"ジラーチ"を捕獲したガイル・ハイダウトは"どんな願いでも叶える事が出来る"というジラーチの力を利用する為、バトルフロンティアの敷地内で最も天に近い場所である"バトルタワー"の最上階へと向かった。

 しかしそんなガイルの野望を良しとしない者達もすぐに行動を起こす。

 ジラーチ保護の任務を負ったエメラルドを筆頭としたルビー、サファイアのホウエン図鑑所有者達、現地バトルフロンティアを守るフロンティアブレーン達である。

 そして彼らは自然と二つの役割へと別れて行動を開始した。

 一つはガイルの解き放った暴走したレンタルポケモン達の鎮圧、及び来場者の避難の誘導。そしてもう一つは、事の元凶であるガイルを倒しジラーチを解放する事だ。

 結果、バトルタワーへ突入したのはエメラルド、ルビー、サファイア、ダツラの四名、リラを除く残りのブレーン達は来場者の身の安全を最優先に行動する事となったのである。

 

 戦力差は良く考えて五分五分だった。

 いくらエメラルド側に多数の実力者がいるとは言っても、ガイルには奪った大量のレンタルポケモン達がいる。ガイルはそのポケモン達を手足の様に扱う事が出来るのだ。

 更にガイルにはまだ手がある。

 彼は何らかの方法でブレーンの長であるリラを手中に収め、更に二人の助っ人を味方につけていたのである。

 その助っ人こそ、かつては仮面の男(マスク・オブ・アイス)ヤナギが幼少期から育て部下とした特別な才覚を持つ六人の内の二人であり、今は四天王キクコの部下であるシャムとカーツの二人だったのだ。

 彼ら二人はキクコから、石化し手も足も出ない状態であるレッド達初代図鑑所有者達の抹殺等を命じられ、密かにバトルフロンティアに潜入し、そしてガイルの仲間として偶然その場に居合わせたルビーとサファイアを襲った。

 戦闘はシャムとカーツが終始有利に事を運び、狙い通り、事情を知らないルビー等は自身等の身の安全の為石像を見捨てる決断を取る。

 だがそれこそが彼らの狙い、無抵抗の図鑑所有者達が悪の手に落ちる。その間際で、彼らは現れたのである。

 元マグマ団幹部と元アクア団幹部、ホカゲとシズク、ジムリーダー相手に互角に渡り合うほどの実力者。

 敵であればこの上なく厄介だが、味方になればこれ以上無い程に心強い男達は、そうして最高な程に絶妙なタイミングで盤上へと躍り出た。

 

 

 

 時を同じくしてバトルタワー正門前。そこには三人の人物達がいた。

 一人はゴールドと呼ばれる、帽子とゴーグル、それとビリヤードでボールを弾く時に使うキューを肩に担いだ姿が特徴的な少年。

 一人はクリスタルと呼ばれる、全力で重力に抗うツインテールと耳元の星型イヤリングが特徴的な少女。

 そしてもう一人は、半分程に焼け切れたマントで全身を覆った傷だらけの少年――クリアと呼ばれる、約二ヶ月程の期間行方知らずだったジョウト地方のジムリーダーの少年。

 

「何の用だ、ゴールド、クリスタル……今俺は忙しいんだ。つまらない用なら後にして貰おうか」

 

 クリアの言葉を聞いた瞬間、背中を伝う冷たい感覚にクリスタルは思わず身震いした。

 彼女が知ってるクリアという少年は、先輩達には頭が上がらず、彼女達後輩に対しては少しでも先輩らしく立ち振る舞おうとして余計な空回りをし、そして本人は隠してるつもりだろうが、イエローという少女を何よりも大切に想っていた少年だった。

 騒動に巻き込まれる運命の様なものを背負った図鑑所有者達の中でも、飛び切りトラブルに愛されているであろう少年。

 幸か不幸か、二ヶ月前の騒動で大切な者達を失った少年は、一目で分かる程の心の闇を持って彼女の前に立っていたのである。

 氷よりも冷たく、鋭く、そして脆い、そんな印象を与える程の変化。

 そんなクリアの姿は、かつて彼女等と敵対した存在、クリアの師であるヤナギのもう一つの顔、仮面の男(マスク・オブ・アイス)を彷彿させる。

 

「けっ、見ねぇ間に随分とイイ性格になっちまったじゃねーかよぉ"クリア"」

「……ゴールド?」

 

 睨む様に此方を見てくるクリアの姿に、少しだけクリスタルが臆したその時だった、不意にゴールドが呟いた。

 いつも通りの不敵な笑みを浮かべて立つその姿に、何故か理由の無い安心感がクリスタルの中に生まれる。

 

「単刀直入に言うぜ。図鑑の無い今のテメェは図鑑所有者じゃない"唯の人"だ、無関係な一般人はさっさと他の来場者に紛れて尻尾巻いて避難してな、邪魔なだけだ」

「……何だと」

「反論か、いいぜ聞いてやるよ、ただしそれは時間がある時の話だ。生憎とこっちは今余裕が無ぇ、だからつまんねぇ話なら後にして貰うぜ」

「……ッチ、少し見ない間に随分とイイ性格になったじゃないか"ゴールド"」

 

 ピクリとクリアの眉が動く。ゴールドの遠まわしの挑発に少しだけ荒立った声でクリアは言う。

 言って――クリアは自身のモンスターボールを二つ同時に開いた。

 中から現れるのはリザードン(エース)ドククラゲ(レヴィ)、クリアの手持ちの中でも特に強力な力を持つ絶対的なエースの二匹。

 

「……俺が優しい内に退けよ。嫌だと言うのなら力ずくにも通るぞ」

 

 そして氷の仮面が彼の表情を覆い隠す、一瞬にしてクリアの纏う空気が更に冷たさを増す。

 恐らく相当に修練を積んだのだろう、クリスタルの感じるクリアの威圧感は仮面云々を抜きにしても以前の比では無く、また一見でエースとレヴィの二匹の成長具合も見て取れる。

 クリアは本気で戦うつもりだ。ゴールドとクリスタルはクリアのその一言で十分にそれを理解した。

 だからこそ、クリスタルは戦う覚悟を決める。ゴールドも彼女の隣で微笑を浮かべる。

 クリアが仲間の彼女達と本気で相対する事が判る程、それだけクリアの感情が表に出る程に、彼が叶えたい願いの強さがひしひしと感じる事が出来た。

 だからこそ、そんなクリアを止める為に、彼女達二人"と二匹"はこの場所でクリアを待っていたのだ。

 

「あぁ上等だぜクリア! 通れるもんなら通ってみろってんだ!」

「クリアさん……必ず勝って、貴方の目を覚ましてみせます!」

 

 そして二匹は登場する。

 瞬間、クリアの顔に初めて劇的な変化が起こった。まるで予想外だったと自白するかの様にクリアの目は見開かれていた。

 彼らの願いは唯一つだけ、クリアも含めた"全員"が笑って明日を迎える事。

 ただそれだけの為なら、例え相手が旧知の中でも、一度として勝てなかった存在が相手でも不思議と勇気は沸いて来るものなのだ。

 

 

「さぁ出番だぜ、P!」

「お願い、V!」

 

 そしてかつてのクリアの仲間達は激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バトルタワー最上階、展示室のフロアで突如として現れた意外な助っ人の姿に、ルビーとサファイアの二人は困惑と驚愕の入り混じった表情を浮かべていた。

 

「ア、アンタはマグマ団の! い、一体どうしてこんな所に、まさかこの間の騒動に報復に……!?」

「フッ、バーカ違ぇよ。そりゃあ昔は色々あったが、まぁそれからまた色々あってな、今は訳あってオーキドの爺さんの使いでここに来てんだ、この五体の石像を何が何でも守ってくれってな」

「え……と、という事は、じゃああたし達の……」

「えぇその通りです。要するに、今回はあなた方の味方で、奴らの敵という事ですよ」

 

 ホカゲとシズク、共に元悪の組織の幹部。過去ホウエン地方でグラードンとカイオーガを目覚めさせ、ホウエン大災害を引き起こす原因となった経歴を持つ二人だったが、今回のこのバトルフロンティアで起こった騒動では、かつて敵対したルビーとサファイア、二人の少年少女の味方となった。

 それもこれも、全てはホカゲが言った通りである。オーキド博士からの依頼、石化し身を守る術を持たない五人の図鑑所有者達を守る為の処置。

 彼ら五人の図鑑所有者が石化する原因となったサキの逃亡、そこから連想される事の一つにサキによる無抵抗の彼らへの"報復"があった、だからこそオーキド博士はこの二人に今回の件を依頼したのだ。

 ナナシマ事件の際当事者だったホカゲと、クリア失踪の大まかな理由を説明されたシズク、石化の事情を知っている数少ない人物にして指折りの実力者であるこの二人へと。

 

「……本当に、味方……なのか?」

 

 しかしそうは言っても、ルビーはホカゲへの疑惑を払う事が出来ない。

 だがそれも仕方の無い事なのかもしれない。いくら今しがた助けられたからと言って、それが演技である可能性も拭えない。

 過去のホウエン大災害の決戦時、彼らの助力に転じたシズクやカガリと違って、ルビーの知るホカゲとは"マグマ団"のホカゲなのだ。一度明確な敵として戦い合った相手をそう簡単に"信じろ"と言う方が難しい。

 そしてそれは当然ホカゲもルビーの疑惑には気づいており、既に信頼を得ているシズク程簡単に彼らの信頼を得るのは難しいと考える――だがそれでも、

 

「あぁ本当だ、それだけは信じてもいい」

 

 それでもホカゲは言う。それでも、かつてホウエン地方を滅茶苦茶にした事件を"起こした側"の人間達は無防備な自身の背中を彼らに見せて言葉を紡ぐ。

 

「俺は一度このホウエン地方をぶっ壊す一歩手前までの事をしでかした、だがよ……」

「私も以降の行動でその罪の全てが許された訳では無いと思っています、しかし……」

 

 瞬間、ホカゲとシズクは同時に自身の手持ち達へと合図を送った。

 二人が眼前の敵二人、シャムとカーツへと同時に指を刺すと、予め決められた行動だった様にホカゲのブースターが炎を、シズクのタマザラシが氷の吐息(ブレス)を吐く。

 "ほのおのうず"と"こごえるかぜ"、炎と氷の波状攻撃がシャムとカーツを襲い、二人は大きく後退してその攻撃をかろうじて避ける。

 

『今はどんな事をしてでもこの場所を守りたい』

 

 二人の声が重なった。マグマとアクア、過去に組織の幹部を務めた男達の心からの言葉が室内に響いて、

 

「だからよ、ルビー……カイナの時は、正直悪かった、詫びとして今度は全力でお前等の援護に回ってやる」

「私も一度貴女とは交戦しましたね……すみませんサファイア、謝るのが遅れてしまって」

 

 二人の言葉が本当という物的な確証はどこにも無い。

 ましてホカゲに至ってはルビーもサファイアも改心の様を直接見たわけでは無い。

 ――しかし、

 

「……初めてです、こんな上から目線の謝り方をされたのは。というかルネで一緒に戦ったアクア団の彼とは違って、あなたはあの時はまだマグマ団の一員だったんですよ、普通に考えてあなたが敵である可能性は極めて高い……」

 

 それでも、

 

「だけど信じましょう」

 

 人の本気の言葉というものは大小差はあるだろうが人の心を動かす。

 そこに裏があるかどうかはひとまず置いて実際にホカゲはルビーを救った、彼らが一度は捨てた石像達はそうして守られた。

 そして今のホカゲの言葉である。

 ホカゲ自身はあまりにもあっさりとルビーの信頼を得る事が出来た事が不思議でならない様だが、ルビーはホウエン大災害の際、様々な修羅場を潜り様々な経験をした。

 その経験が生きたのだろう、彼自身気づかぬ内にルビーの本能が無意識の内にホカゲという人物を認めたのかもしれない。

 

「何故だか分かりませんが、どうしても僕には、あなたの言葉が嘘であるとは思えない、それに……」

 

 それに、と一旦言葉を区切ったルビーの背中に軽い圧力がかかる。

 

「私は初めっからシズクさんの事は信じとるよ! また助けてくれるとよね!」

「……えぇ、勿論です」

「サファイアがこう言っているのだしね……それに万が一には、僕がどうにかすればいいだけの事だ」

 

 ルビーの肩に手をやって、ひょっこりと顔を出したサファイアの言葉にシズクは少しだけ申し訳無さそうに応え、ルビーは苦笑気味に言った。

 そんなルビーの言葉に、ホカゲは一度ポカンと口を開いて呆けるが、すぐに立て直して、そして何だか可笑しそうに顔を俯けて笑うと、唐突にルビーの肩へと腕を回して彼の耳元に顔を近づけて、

 

「なるほど、例え俺が敵であったとしても、お前が俺に注意を払ってもしもの時は自分の力で対処すればいいと……全く、敵わねぇなぁ"愛の力"って奴には」

「……すいません、あなた今僕の敵に認定されましたけど攻撃していいですか、いいですよね?」

「おっと怒るな怒るな、大丈夫だ、隣の彼女には聞こえちゃいねぇ」

 

 小声で呟かれた言葉に割りと本気でホカゲに敵意を燃やすルビーに、少しだけ焦りながらホカゲは言う。多分何かフォローを入れ無かったら本気でルビーはホカゲを攻撃していた、そんな気がする程の気迫だ。

 

「許せ、別に冗談言うつもりじゃなかったんだがよ、ただ前にも一度こんな事があってな」

「前に一度?」

「あぁ、"そいつ"も彼女が現れた途端急に強くなりやがったんだ、欠けていた手持ちが戻って来た分の強さだとかそんなんじゃねぇ、今のお前みたいなどんな事があっても乗り切る事が出来る、って言うのか、まぁ大体そんな感じの強さだ」

 

 まるで訳が分からない、そんな顔をして聞いているルビーにホカゲはそれ以上の説明をしなかった。自身の負け戦の話をそう長々とする程、残念ながらホカゲはそこまで人間が出来ていない。

 

「さぁて、そろそろ長話も終わりにするか……よぉ、悪かったな待ってもらって」

「……あぁ、我等も少し状況を整理する必要があったからな」

 

 警戒はしていたが、それはさほど必要では無かったらしい。

 彼ら四人の男女が会話している間、どうやらシャムとカーツの二人も考えを纏めなおす必要があった様だ。

 シャムとカーツの二人が今回戦いの敵と設定していたのは各図鑑所有者とフロンティアブレーン、つまりはホカゲとシズクの参戦は全くの想定外、故にいくつか確認しなければならない事があったのだろう。

 だがそれもお終い、その場にいた全員が戦況の把握は済み、次の一手に出る時がやってきたのだ。

 

「じゃあそろそろ、再開(おっぱ)っじめようか!」

 

 そしてホカゲの怒号でその場にいた全員が、動く。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……強い)

 

 クリアは心の中で思わず呟く。

 今彼は旧知の仲であり、友でもある人物達、ジョウト図鑑所有者のゴールドとクリスタルと戦っている。

 しかもそのゴールドとクリスタルがパートナーとしているポケモン達は彼ら自身のポケモンでは無い。

 (ピカチュウ)(グレイシア)、共にクリアの大切で数少ない手持ちポケモン達である二体、そして彼が二ヶ月前に壊れたポケモン図鑑と共に置き去りにしてきた二体でもある。

 

「エースは"ほのおのうず"、レヴィは"まきつく"でまずは二匹を捕えろ!」

「させるかっ! "こうそくいどう"で逃げ切れ!」

「"あなをほる"で地中に逃れるのよV!」

 

 エースの炎を間一髪でPが避け、Vはレヴィの触手が届かない地中へと逃れる。

 息もつかせぬ高速戦、そして次の瞬間、

 

「"でんげきは"!」

「"スピードスター"!」

 

 エースの背後をとったPの電撃とレヴィの真下から顔を覗かせたVの星型の光線が炸裂する。

 

(……確かにPは早いが、エースとの模擬戦ではエースの迫力に負けていつも満足に戦えずにいた。Vだってそうだ、少なくとも昔のVだったならレヴィを仰け反らせる程の"スピードスター"なんて撃てやしない)

 

 更にPの"たたきつける"がエースの頭上へと落ちてエースはヨロめき、Vの"ふぶき"がレヴィの触手の半分程を凍り固めて使用不能にする。

 指示を飛ばしながらその様子を眺めるクリアは考える。

 

(少なくともエースもレヴィも、そして俺も本気だ。本気で戦って、その結果押されている……置き去りにしてきた二匹に)

 

 クリアは二ヶ月前にPとVを置いて行方を眩ませた。

 しかしそれはクリアがPとVの二匹に愛想を尽かせたから、という訳では勿論無い。

 正解はその逆、クリアの行動は全てPとVの為を思っての事だった。

 

(極限まで追い込むシロガネ山の修業に耐え切れないと思った、それに何より……"仮面の男(マスク・オブ・アイス)"を名乗る俺と一緒にいる事がPとVには辛くなると思った、俺の手持ちの中で誰よりも優しいあの二匹にとっては)

 

 エースは元はロケット団の手持ち、レヴィも野生の頃は強さを求めて辻斬り紛いの事をしていて、デリバードに至っては初代仮面の男の手持ちだった。

 クリアが手元に残した三匹とPとVとの違い、それは一重にポケモン達の過去にある。

 クリアが手持ちに残した加害者側の三匹と違って、PとVはむしろ被害者側、過去ロケット団の実験の対象となったポケモン達だ。

 故にだ。バトルフロンティアオーナーのエニシダを拉致し、そんな無抵抗な人間に刃を向けるまでに落ちたクリアの傍にいるには、優しい二匹は耐えられないだろうと、クリアはそう考えたのだ。

 

(だから手放した)

 

 一度人間に裏切られた二匹を形はどうあれもう一度裏切る。そんな行為をしてPとVがクリアの事を好きなままでいる保障等どこにも無い。

 

(それでも構わないと思った)

 

 例えクリアが嫌われたとしても、PとVの事はオーキド博士に頼んであった、悪い様にはされず、またクリアといる事で頻繁に遭遇する修羅場に立ち会う事も無くなる。

 

(なのに、お前達はまた俺の前に現れた)

 

 それでも二匹はクリアの前に現れたのだ。それも見違える程の強さを身につけて、クリアが心配していたかつての姿等微塵も感じさせない程に大きくなって。

 

(それも俺といた頃とは比べ物にならない程に強くなって……)

 

 エースとレヴィはクリアの手持ちの中で昔ながらの"エース"だった、ヤナギの残したデリバードも既に十分鍛えられていて、エースやレヴィとそう変わらない強さを持っていた。

 クリアの主力となる三匹、そんな三匹に比べて、かつてのPとVは少しだけ見劣りしていた。

 決して実力が低い訳では無い、体力的にも精神的にも唯エース達が強過ぎるだけ、そしてその力関係は永遠に変わらないもの。

 ――かつてのクリアはそう思いこんでいた。

 

「……ぐっ!」

 

 そして遂にPとVはクリアへと到達する。

 エースに浴びせた"でんじは"による"まひ"効果、レヴィには"こおり"の状態異常で一時その行動を不能にして、体当たりする様にクリアへと飛び込んだPとVはそのままクリアを押し倒した。

 

(……完敗、か)

 

 大の字になって倒れるクリアの頭上では、ゴールドとクリスタルがクリアの顔を見下げている。

 まるで不貞腐れた様なゴールドの顔と、クリスタルの心配げな表情が対象的で何故だか不思議な可笑しさがこみ上げてくるのをクリアは感じた。

 

「結局はその程度だったってこったな、クリア」

「……その様だな、悔しいが、負けてしまっちゃ何も言えない」

 

 何もかも諦めた様に脱力したクリアは言う。

 

「俺は、誰にも負けない様に鍛えたつもりだったけど、だけどこんな中途半端な所で折れてしまう様な強さじゃまだまだ駄目だな、こんなんじゃあまた失敗しかねない……それならいっそ、お前達に全部任せた方がまだ確率は上がるってもんだ」

 

 ナナシマ事件の際に五人の図鑑所有者達が石化してしまったのはクリアが弱かったから。

 大抵の人は否定するだろうがクリアはそうは考えない、少なくとも彼がもっと早く究極技を手に入れて戦力になっていれば違う結末が待っていたのかもしれないからだ。

 だからクリアは強くなった。

 どんな方法にも手を出そうと考え、実行した。

 だがそれでも、負けてしまっては意味が無い、弱さの為に後悔する事となったクリアはそうならない為に強くなったのだから。

 

「……もう俺は何も言わない、言う権利も無いが、これだけは言わせてくれ……」

 

 それも正面切っての正々堂々としたバトルで負けてしまったからには、最早クリアには手を引くという選択肢しか残っていなかった。

 

「……頼む、レッド先輩を、グリーン先輩、ブルー先輩、シルバー……それにイエローを救ってくれ」

 

 情けなく、惨めに、かっこ悪く、震える声でクリアは言った。

 自嘲気味に頬を引きつらせた彼の目尻から一筋の涙が落ちたのは、果たして後悔の為のものか、それとも自分を凌駕する程の強さを持った仲間の出現が嬉しいからなのか。

 大の字になってすっかり暗くなった大空を見上げる少年の言葉に、ゴールドとクリスタルは一度目を合わせると、クリアの頭の横へと手を伸ばす。

 どうやら何かを置いたらしく、クリアがそちらへ視線を向けると見慣れた球体と一つの機械が置かれていた。

 

「クリアさん、あなたの図鑑は壊れてもう使い物にならなくなっていたけれど、ブルーさんとグリーンさんの旧ポケモン図鑑がまだ残っていたの」

 

 クリアが心の中で浮かべた疑問を見透かした様にクリスタルは口を開いた。

 

「オーキド博士はクリアさんの図鑑からまだ無事だった起動の為のメモリーチップを取り出して、そしてブルーさんの旧ポケモンを作り変えた……そしてこれがそう」

 

 クリアの横に置かれていたのは二つのモンスターボールと見慣れた一つの図鑑だった。

 恐らくモンスターボールはPとVのものなのだろう、それ位はクリアでも分かる。

 しかし彼の横に置かれた見慣れたポケモン図鑑、見慣れたとは言っても、クリアの図鑑は壊れてしまってもうこの世のどこにも無く、また彼の視線の先にある図鑑はクリアが持っていた図鑑とは少し形が違う。

 その図鑑の形状は、今クリアを見下ろす二人の少年少女、ゴールドとクリスタルが持っているソレと全く同じ形状をしていたのである。

 

「イエローさんが四人目のカントー図鑑所有者だとするのなら、クリアさんは四人目の……」

「そこでストップだぜクリス」

 

 四人目のジョウト図鑑所有者、一度は手元から離れたポケモン図鑑を目の前に置かれたクリアは、ゆっくりとゴールドへと視線を合わせ彼の顔を見上げる。

 

「そこから先は言わなくても分かってるだろうよ……そんでその意味もな」

「……えぇ、分かったわ」

「……じゃあそろそろ行こうぜ、大事な後輩達の助太刀にな」

 

 

 

 それだけ言って、彼らはそのまま走り去って行った。今はガイルとの決戦の最中、これ以上の無駄話は不要と判断しての事だろう。

 後に残されたのはクリアとポケモン達のみ。

 仰向けに倒れたクリアと、その傍に立つPとV、いつの間にかエースとレヴィも傍まで寄って来ている。

 四匹とも何も言わない、ボールの中のデリバードも同じだ。

 待っているのだ、クリアの判断を、今ではすっかりとクリアの指示に従う様になったエースとレヴィ、そして一度は離れたPとVも今までと同様に、まるで二ヶ月間離れ離れになっていたトレーナーとポケモンとは思えない程の信頼の強さで。

 

 どれ程の時間が経っただろうか。

 一分かもしれないし一時間かもしれない、仰向けに倒れたままのクリアが時間の感覚を思わず忘れそうになったその時だった。

 

「……クリアさん」

 

 耳に届いた声に気づいてクリアは声のした方向へと視線を向けた。

 

「意外だね、君がこの場にいるなんて、一体どうしたんだ」

「……エニシダさんに全部聞きました、今このバトルフロンティアで起こってる事、クリアさんの事も」

「……そっか」

 

 驚く程あっさりとクリアは返答する。まるで自分は既に退場した役者ですと言わんばかりの対応に、クリアへと声をかけた少年は思わず疑問符を浮かべる。

 

「……行かないんですか? バトルタワー」

「……行こうとはしてたんだけどな、だけど弱い俺じゃあ足手まといにしかならないよ」

「そ、そんな事……!」

「あるんだよそれが、俺はそれで一度失敗したから!」

 

 反論の声をクリアは更なる反論で押し戻す。脳裏に浮かぶ"あの日"の光景に思わず強く唇を噛み締める。

 その時だった、海面から膨大な程の水が跳ね上がる。

 それもまるで生き物の様に動き、感じさせるエネルギー量は伝説のポケモンすら超えるのではないかと思わせる程であり、更に形取ったその姿はまさしく"カイオーガ"そのものだった。

 バトルフロンティア全体を巻き込むほどの大きさのそれは、流石に自然に出来たもの、とは言い難い。

 

「……まさかアレは」

「多分ジラーチの短冊が使われたんだと思います」

「……ま、まさかゴールド達は失敗して……」

「いえ、恐らく大丈夫だと思います。エニシダさんの話ではジラーチが叶える願いの数はジラーチの短冊と同じ数、"三つ"のはずですから」

 

 少年の答えにクリアは思わず上体を起こした状態で、ひとまず安堵の息をつく。

 一瞬、最悪の予想が彼の頭を駆け巡ったが取り越し苦労だったらしい。

 

「だけど、まだ安心は出来ない」

 

 だが少年はそんなクリアの安心をすぐに払拭した。

 極めて冷静に、今の現状をクリアへと伝える。

 

「行きましょうクリアさん、もしも敵に残りの短冊まで使われてしまっては……」

「……だけど」

「今動かないでいつ動くんですか!」

 

 普段、そんな大声を上げるタイプでは無い会話相手を見上げてクリアは瞼を大きくした。

 大声を上げた少年の方も、既に治りかけだが、しかしまだやはり完治していない持病の所為か少しだけ苦しそうに言う。

 

「こ、後悔するなら動いた後、ですよ……クリアさん」

 

 まずはそれだけ言って、三度大きく深呼吸をして、

 

「こんな僕でもそうして前に進めたんです。クリアさんならきっとどんな事だって出来ますよ……それに、周りを見てみてください」

「……周、り?」

 

 言われてクリアは周囲へと視線を向ける。

 混乱に陥ったバトルフロンティア、聞こえて来るのは戦闘音と、見えているのはフロンティアブレーンが戦う姿、上を見上げれば巨大な海の怪物が漂い、恐らく役者が全て揃ったバトルタワー七十階では壮絶な戦いが繰り広げられているはずだ。

 そしてクリアは気づく。

 遠くに目を向けず、彼の傍に意識を向けた瞬間、今まで自身を取り囲んでいたポケモン達の姿に。

 その全て、レヴィもエースもPもVも、ボールの中のデリバードだってそうだ。誰一人として戦意を喪失してはいなかった。

 全てのポケモン達は待っていたのだ、クリアの復活を。再び自身等に指示を飛ばしてくる司令塔の存在を。

 

「まだ終わってませんよクリアさん」

 

 ようやく"自身のポケモン達に気づく事が出来た"クリアへと少年は言った。

 

「戦いは終わってませんし、クリアさんのポケモン達はとっくに準備万端です、何があったのかは深くは問いませんがあなたが動けばポケモン達はすぐにでもついてきてくれます……後はあなた、だけ……なんです!」

「お、おい!」

 

 言い終える前に、少年は少しだけ苦しそうに胸を押えた。クリアは思わずそんな少年の肩へと手をかけて心配そうに少年の顔を見る。

 

「だ、大丈夫ですよ。昔程は苦しくありませんし、も、もう呼吸器も必要無い位なんですから」

「だ、だけどあんまり無理しちゃ……」

「……そう、ですね……クリアさんがいてくれたら、僕も無茶しなくて済みそうです」

 

 少年から放たれた言葉に、クリアは少しの間だけ動きを止めて放心した様に黙り込む。

 顔を下へと向けて、一度息を吐いてリラックスし、そして立ち上がった少年を見上げ観念したかの様に薄く笑うと、

 

「……ズルイな、そう言われると俺は嫌でも立ち上がらなくちゃいけなくなる」

 

 クリアがこんな所で燻っていた原因は自身の弱さにある。

 ナナシマ事件の際、究極技を修得出来ていない状態で事件に首を突っ込み続け、戦いに参加した挙句、彼は自分以外の大切なものの多くを失った。

 そのトラウマがクリアの行動を無意識の内に支配していたのだ。

 弱い自分が関わると最悪な事態となる、そんな考えがどうしてもクリアの頭の隅に引っかかり続けていた。

 

「さぁ、行きましょう"クリア"さん」

 

 だがそれも今までの事である。

 一度立ち上がってしまえばもう振り返る事は出来ない、再び戦場へ舞い戻る事を決意したのなら、最早迷う事すら許されず、唯一つの目的へと再び目を向けるしか出来ないのだ。

 そんな彼を動かしたのは、クリアにとっても予想外の人物だった。

 それは旧知の中の図鑑所有者では無く、またクリアのポケモン達も切欠の一つにしか過ぎない。

 

「……皆を、イエローさんを助けるんです!」

「あぁ、あぁ……ミツル!」

 

 差し伸べられた少年の手を掴んだ瞬間、久しく忘れていた"暖かさ"を感じて、クリアは思わず目を丸くして、そして何ともいえない心地よさに無自覚に微笑を浮かべてクリアは立ち上がる。

 背筋を伸ばして、仮面の男としてでは無く、一人の"クリア"として。

 立ち上がると同時にだった、クリアの顔元から氷の仮面が地面へと滑り落ち、クリアは思わずその方向へと手を伸ばして、

 

『単刀直入に言うぜ……』

 

 その瞬間、ゴールドの声が脳裏に蘇り、クリアは少しだけ視線と腕を動かして一度落としたものを取り戻す。

 その後すぐに、クリアは先のバトルの疲れを少しでも癒す為に外に出ていた四匹全員をボールへと戻しデリバードを召喚、ミツルもフライゴンを出して出発の準備を終えていた。

 ――後はもう、飛び立つだけである。

 

『イエローさんが四人目のカントー図鑑所有者だとするのなら……』

 

 クリスタルの声が頭の中で再生されて、そしてクリアは拾ったソレを、

 

『クリアさんは四人目のジョウト図鑑所有者なんです! だから……!』

 

 ゴールドとクリスタル、二人のジョウト図鑑所有者仲間から受け取った参戦の許可証を、"四機目のジョウトポケモン図鑑"を今度こそ絶対に手放さない様にとしっかりと握り締めるのだった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。