ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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六十九話『vsキルリア 七人の旅人』

 

 

「ふっ、何が"守る為の戦い"だ! 一度は墜ちた貴様等に、一体どれ程の物が守れると言うのか!」

 

 今は動かない石となった五人の図鑑所有者、彼らを守る様に前に立つホカゲとシズクの二人に向けて、アオギリは刃を向けて言い放つ。

 七月五日夕刻から続いているガイルとの決戦は既に日を跨ぎ、空には満点の星々が瞬いている。

 

「……おい」

「えぇ、分かっています」

 

 侮蔑の篭ったガイルの言葉だったが、売り言葉に買い言葉で易々と挑発に乗る程ホカゲもシズクも馬鹿では無い。

 

「我々の仕事は、あくまで"彼ら五人を守り通す事"。その守りを手薄にする事等しません」

 

 シズクの確認の言葉にホカゲは微笑で返した。

 確かにホカゲはアオギリに向かって威勢良く吼えたが、だからと言って積極的に攻勢に出るとは一言も言って無い。

 むしろ彼は確かに"守る為の戦い"と言った、"倒す為"では無く"守る為"、だからこそ彼らは何人たりとも石像達に手出しはさせない。

 それこそが、此度の戦いにおける彼らの"役割"なのである。

 

「ってぇ訳だガキ共! おいしい所は全部テメェらにくれてやっから、とっととこの時代遅れ野郎をぶっとばしやがれ!」

「……全く、相変わらずの上から目線ですね……だけど、言われなくてもやってやりますよ」

 

 しかし、だからと言ってアオギリをそのまま放っておく訳にもいかない。

 故に、彼らは眼前の少年少女達に託す。

 打倒アオギリ、この戦いを終わらせる役目はやはり、"図鑑所有者"と呼ばれる者達なのである。

 

「"だくりゅう"!」

「"ブレイズキック"!ったい!」 

「"リーフブレード"だ!」

 

 そして攻撃は一斉に。

 "ホウエン図鑑所有者トリオ"の三人、そのパートナーポケモン達、三体の合体技が放たれた。

 土ッ気の混じる蒼がウネリ、鋭い翠の刃と紅い閃光が並走し、ほぼ均等な技のエネルギーが混ざり高めあってアオギリへと向かう。

 ――が、

 

「無駄だ」

 

 一言、そのすぐ後で、アオギリは瞬時にその手に持った剣を一振りし、全ての攻撃をかき消し、更にその余波によってルビー等三人に衝撃波を浴びせる。

 "瞬の剣"、"ひかりのかべ"と"リフレクター"の能力を兼ね備えたこの剣は、アオギリを護る絶対強固な壁となっているのだ。

 

「くっ、やっぱ手強かね!」

 

 体勢を立て直しつつ呟いたサファイアの言葉に、ルビーとエメラルドもまた悔しさを噛み締めながらも心中で同意した。

 事実、彼らが対峙するガイルことアオギリは非常に強い。それこそ、過去ルビーとサファイアがルネの街でアオギリとマツブサの両名と対決した時よりも遥かに、である。

 三対一という数の上での優位を軽々と逆転してみせるアオギリの強さは本物であり、一筋縄ではいかない事は既に周知の事実、それ程までに今のアオギリはかつての時より強大となっているのだ。

 その事に若干の動揺を覚えつつも、ルビーはひとまず落ち着きを取り戻して冷静に周囲を見回してから――、

 

「ラティオス! リラさんとダツラさんを下へ!」

 

 ルビーがラティオスに叫び、ラティオスもまた、すぐにルビーの指示通りの行動に出た。

 フロンティアブレーンの二人であるリラとダツラ、アオギリの起こした行動によってその身体は既に限界寸前まで酷使され、更に先の大波の所為だろう、今はかろうじて意識を繋ぎとめてる様な状態に見える。

 よってルビーとラティオスはそんな二人をすぐに戦線から離脱させる事を選んだのだ。

 ルビーのその決定についてはサファイアやエメラルドも特に異論は無いらしく、離脱していく二人の人間と一匹のポケモンへと少しの間だけ視線を移し、すぐに再度アオギリへと瞳を向けた。

 

(これで一先ずリラさん達は安全だ。後はこの場にいる全員で打開策、を……?)

 

 一度の安堵の後、すぐに状況の確認を行ったルビーはすぐに違和感に気づいた。

 その場にいた人間、ルビーをはじめ、サファイアやエメラルド、ホカゲやシズク、そしてアオギリ。総勢六人の人間とそのパートナーポケモン達。

 一見すると役者は全て揃っている風に見えるが、忘れてはならない、今この場にいなければならない存在が見当たらないのである。

 幻のポケモン"ジラーチ"、事の発端、騒動の原因となったポケモンは、果たして今このフロアのどこに隠れているのだろうか――?

 

 

 

「良い眺めだ」

 

 アオギリの呟きでルビーはすぐに現実へと引き戻された。甲冑に身を包み、剣を手にするその男は窓の外の景色を眺めて邪悪な笑みを湛えた。

 

「クカカ、強大な力を我が物として見下ろす景色、この光景に比べれば、どれ程の絶景すら霞んで見える……」

 

 眼下に広がる悲鳴と騒乱。レンタルポケモンの暴走を鎮めようと奮闘するブレーン達と、必死に逃げ惑う人々を見下ろしたアオギリはかつてを思い出す様に言う。

 過去、ルネの上空から見たホウエンの全土。

 それすらも圧倒、圧巻する程の光景が、今アオギリの眼下では繰り広げられている。少なくともアオギリはそう思って、だからこそ笑みを隠し切れない。

 取るに足らない存在が必死の抵抗を見せる姿、そしてそんな彼らの抵抗を何の苦も無く押しつぶせるだけの"力"。その"力"があるからこそ、今アオギリの視線の先にはどんな景色よりも美しい光景が広がっている。

 例え彼に反逆するどんな者でも容易く潰せる程の"力"が――。

 

「最早何も望むまい、"欲しい力"は手に入った……後は、黙っていても手に入る!」

 

 そして次の瞬間、圧倒的な"力"の波が全てを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは紛れも無い、些細な偶然によってもたらされた邂逅だった。

 バトルタワー某所で、一人の少年と一匹のポケモンは無言で向かい合っていた。

 その周囲には数体の戦闘不能に陥ったレンタルポケモン達が倒れ、その近くではもう一人"緑髪の少年"が彼ら、一人と一匹のコンタクトを見届ける様に立ち尽くす。

 今現在、バトルタワー内部はアオギリの放ったレンタルポケモン達が闊歩する様な状況になっており、この状況も恐らくそこから来るものなのだろう。

 バトルタワー内部にいるアオギリ以外への攻撃、やはり今の暴走したレンタルポケモン達は、完全にアオギリの支配下に置かれているのだ。

 

「まさか、今更になって、こうも簡単に会えるなんてね……」

 

 ポツリとクリアが呟いた。その傍らでは一戦を終えた彼の四匹のポケモン達が一声も発さず少年、そしてその眼前のポケモンへと視線を向ける。

 

「……ジラーチ。どんな願いをも叶える事が出来ると言われるポケモン……」

 

 欲望に塗れ透き通った瞳がジラーチへと向けられる。

 捕獲したからといって、その瞬間からポケモン達が忠実な僕となる訳では無い。

 最早ジラーチへの興味を完全に無くしたガイルからの制止が無かった為、ジラーチは人知れず決戦の場を離れ、気の向くままに下層へと下っていた。

 そうして、どれ程下った頃だっただろうか。ジラーチの目の前に暴走したレンタルポケモン達が現れたのである。

 いくらジラーチが今現在ガイルの手持ちとなっているからと言って、暴走したレンタルポケモン達にそれが理解出来るはずも無く、ジラーチはその場で即座に襲われる事となった。

 だが丁度その瞬間、バトルタワーを昇ってきたクリアとミツルの二人と遭遇したのだ。

 彼らはすぐ様その場にいたレンタルポケモン達を無力化し、そして場面は今に至る。

 

 手を伸ばせば届く距離、誰よりも遅れていたクリアは、今誰よりもジラーチに近い場所にいるのだ。

 

「外の"アレ"は多分お前の仕業だろうけど、今ならまだ間に合うかな?」

 

 カイオーガに酷似した巨大な海の塊が一瞬窓に映り、クリアと視線を交わしたミツルは一度だけ頷いた。

 

「……頼むジラーチ。俺の願いはたった一つだけなんだ」

 

 そしてクリアは、まるで神に祈るかの様に地に膝をついて、

 

「イエローを……石になった俺の、俺達の仲間を元に戻してくれ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 カイオーガの形を模した巨大な海の魔物、それがアオギリがジラーチに望んだ力の形。

 当然、一部ではあるがそれは紛れも無く"大自然の力"によるものであり、バトルタワーのみならずバトルフロンティア全体すらも飲み込む程の巨大な波なのならば、それに攻撃されてタダで済む事の方が奇跡だ。

 先程までの"小手調べ"とは違う正真正銘の"本気"の体当たり、アオギリ以外の全てを洗い流すと言わんばかりの容赦の無い攻撃。

 波が引いた後に残ったのは、ぐったりと力なく倒れた五人の人間とそのパートナーポケモン達に姿だった。

 

「うぅ……」

「……ぐっ」

「……無事、か? サファイア……エメラルド……!」

 

 直後、どうにか身体を起こしたのはサファイア、エメラルド、ルビーのホウエン図鑑所有者の三人。そしてそのパートナーポケモン三匹。

 受けたダメージは大きいものの、幸い動けない程では無いらしい。とりあえずの喜びを覚えかけたその時、ルビーの瞳にそれは映った。

 自分達を守る二人の盾、その盾が倒れる姿。

 絶句するルビーに続く様に、サファイアとエメラルドもようやく事態に気づく。

 

「シズクさん……ホカゲ……なんで……」

 

 かろうじて意識を繋ぎとめる二人の大人達にルビーは呟いた。

 

「……言っただろうが、奴を止めるのはテメェらの役目だって……くっ、こ、こんな所で倒れられちゃ、迷惑だからよぉ……」

「……一度、ホウエンを救ったあなた方なら、きっとまた、同じ事が出来るはずですよ……」

 

 言い終えると、彼らはパタリと意識を手放す。彼らのパートナーポケモン達も同様だ。

 先程の大波の際、彼ら二人とそのポケモン達はわが身を省みずに即座に前に出て、そして彼ら三人と五人の石像を守る為の盾となった。

 そうする事で、彼らは三人のホウエン図鑑所有者に自らの運命すらも託したのだ。

 ルビー、サファイア、エメラルド、三人の少年少女の"次の瞬間"の為に。

 

「ヌゥ、しぶといものだな、かつてのルネシティ決戦の時と同じだ」

 

 しかしアオギリとて甘くも無い。

 

「だがこれで私の勝利は決まった様なものとなった。邪魔なゴミが二人消え、貴様等とてもはや抵抗する力も残っていまい」

 

 不敵な笑みを湛えるアオギリの言葉に、ルビー等三人は悔しげな表情を浮かべる。

 実際その通りだった。

 ルビー、サファイア、エメラルドの三人にホカゲとシズクの二人を足したとしても、それでもその力はアオギリの足元に届くかどうか。

 絶望的な程の力の差。全てはその一言に尽きる。

 アオギリが不意に右手を上げる。瞬間、複数の足音が彼ら三人の耳に届いた。

 音源を確認したサファイアの瞳に映ったのは、ハッサム、ドードリオ、ライボルト、キルリアの四匹。恐らくは今現在アオギリの手中にあるレンタルポケモン達であろう。

 

「では……さらばだジャリ共。せめてもの情けに一思いにやってやる」

 

 アオギリはそれだけ言って、振り上げられた右手が降ろされる。同時に、彼の呼びかけに応じた四匹のレンタルポケモン達が一斉にルビー等三人のホウエン図鑑所有者に飛び掛った。

 

「……くっ、MI()……」

「遅い!」

 

 飛び掛ってくるレンタルポケモン達に反撃するべくボールへと手を伸ばしたルビーだったが、だが矢張りそれはアオギリによって阻まれた。

 彼の肩に乗るアメタマの力によるものだろう、ルビーの指はボールへ触れる寸前で静止し、またサファイアとエメラルドの両名もルビー同様動きを封じられている様子だ。

 

「終わりだ」

 

 アオギリの勝利宣言が聞こえた。

 ハッサムの"メタルクロー"が、ドードリオの"ドリルくちばし"が、ライボルトの"でんげきは"が、キルリアの"サイコキネシス"が繰り出される。

 迫り来るポケモン達の攻撃に備え、必死に回避行動をとろうとするも、思った以上に身体の自由が利かない。

 万事休す。

 歯軋りの音がルビーの口元から漏れ、サファイアがギュッと目を閉じて、エメラルドは真っ直ぐと前を、迫ってくるレンタルポケモン達を見据えた。

 ――その瞬間、

 

「"ばくれつパンチ"!」

「"かえんぐるま"!」

 

 異なる二つの声が場に響き、二つの影、二匹のポケモン、ウソッキーとウインディが突如としてルビーとサファイアの眼前へと躍り出た。

 現れた二匹はすかさず何の躊躇いも無い一撃を、それぞれハッサムとドードリオの二匹に叩き込んだ。

 突然の事に大きく口を空けて唖然とするルビーとサファイア、またアオギリも予想外の事態に怪訝な顔を兜の下で浮かべた。

 技を出している最中、それも横からの奇襲である、当然それを防ぐ事は難しく、成す術も無くハッサムとドードリオの二匹は吹き飛ばされる。

 

「一体、これは……?」

「あ、あたしにもさっぱりったい……」

 

 訳が分からず疑問符を浮かべる二人の少年と少女。だがすぐにサファイアは思い出した様に、

 

「……エ、エメラルド! あたしらは何故か助かったけど、エメラルドだけ、今の攻撃ば食らっ……って?」

 

 突然現れた二匹のポケモンは同じく二匹のポケモンしか倒さなかった。

 ならば、エメラルド一人だけはモロに敵ポケモンの強力な一撃を食らってしまったのでは無いか。そんな予想がサファイアの脳裏を駆けて、ルビーもまた同じ予想をしたのだろう。

 彼女等二人は恐る恐るにエメラルドへと視線を移して、

 

「……あれ? 俺、どうなったんだ……?」

 

 彼ら二人と同じ様に、欠片も状況を理解出来ていないエメラルドを視界に捉えた。尤も、攻撃を受けた際の悲鳴が響かなかった時点で、思えば彼の無事は十分予想できたようなものなのだが。

 それからすぐに彼らは気づいた。

 

「あ、これ……」

「嘘……"でんげきは"が、止まっとる……」

 

 自身の置かれている状況をようやく理解したエメラルドが呟き、サファイアが驚きの声を発した。

 恐らくはエスパータイプの技の力によるものだろう。エメラルドに直撃するその寸前で、ライボルトの"でんげきは"がピタリと静止していたのだ。

 

「……ちょっと待って、今この場でこんな真似が出来るエスパーポケモンって……」

 

 何かに気づいた様にルビーは振り返る。

 

「……キルリア。お前が俺を助けてくれたのか……?」

 

 釣られ、エメラルドとサファイアもそのポケモンを見てようやく彼らは場を理解した。

 キルリア。敵だと思いこんでいたポケモンの助力によって、エメラルドはどうにか窮地を脱していたのである。

 "サイコキネシス"で"でんげきは"を完全に掌握しているキルリアは、一度エメラルドの方を向いて、ニコリと微笑んでから、勢いのついた全力の攻撃をライボルトへと浴びせた。

 自身の"でんげきは"に、更にキルリアの"サイコキネシス"のパワーが上乗せされた攻撃である。津波の様な電撃の波に弾き飛ばされ、ライボルトもまたハッサム、ドードリオと同じく行動不能へと陥った。

 

「……助かった……のか?」

 

 半信半疑の言葉をルビーが漏らした。助かった本人達すらも状況を把握出来ていないのである。

 ルビー、サファイアは突如現れたウソッキーとウインディに、エメラルドに至っては敵の手に落ちているはずのキルリアによって救われた。

 だがしかし、分からないのも無理は無い、彼らは、"彼ら"の到着を知らない。

 今この場で戦えるトレーナーは自分達三人だけ、そう考えていたホウエン図鑑所有者達の考えは、嬉しい形で裏切られていたのだ。

 

 

 

「よぉ、危機一髪だったじゃねぇかお前ぇら」

 

 声が聞こえた。彼ら三人、そしてアオギリでさえも声の方向へと同時に視線を向ける。

 

「ゴメンなさい。本当はもっと早く到着するつもりだったのだけど、ちょっと他の用事を済ませてて遅れてしまったの」

 

 足音が二つ聞こえ、二人の人物が姿を現す。

 一人は少年だった。ビリヤードのキューを肩に担いだ、鍔のついた帽子を被った少年。そしてルビーとサファイアがつい先程資料室で知った顔でもある。

 一人は少女だった。重力に逆らうツインテールとスパッツの少女。この少女もまたルビーとサファイアが先程知った人物の一人であり、またエメラルドにとってはある種特別な存在、そもそもの発端として、エメラルドをこのバトルフロンティアに送り込んだ人物。

 

「何者だ、貴様等」

「"何者"だぁ? 重っ苦しい鎧で正体隠してるテメェが言うんじゃねぇよ。ま、だからと言って名乗らねぇ程俺様は小っせぇ男じゃねぇ、よぉガイル、出来るもんならその耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれ!」

 

 ウソッキーが少年、ウインディが少女の下へと駆け寄って、そしてガイルの問いかけに応じた少年はニッと笑って宣言する。

 

「俺はワカバタウンのゴールド! そんでこっちがクリスタル! 俺達二人、そこの三人同様にテメェのチンケな野望を挫く"図鑑所有者"だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年は期を待つ。

 二人の図鑑所有者が巨悪の前に躍り出て、もう一人も既に、影からアオギリの隙を狙う為別行動をとっている。

 少年の傍には一匹のポケモンがいた。

 少年の願いを叶えようともしなかったポケモン、少し前の少年だったなら、駄々っ子の様にそのポケモンに当り散らしていたかもしれない。

 だが今の少年はそんな事はしない。最早そんな次元に少年はいない。

 まるで暗闇の中、飛び立つ為の力を蓄えるが如く少年とそのパートナーとなるポケモン達は息を潜めて、準備を進める。

 少しずつ、少しずつ周囲の温度が下がるを感じた。

 氷の槍(ランス)を持つ手に力が宿るのを感じた。ついこの間までの、自身の為ただ闇雲に振るうためでは無い、"仲間"の為の力が。

 少年は顔を上げる。準備は整った。

 "力を貸してくれ"と再会した少年と少女は言ってくれた。彼を支えた友人も全力を尽くしてくれると言った。ジラーチの願いを叶える役割を、きっと(エメラルド)は果たしてくれると自信を持って言った彼らを信じてみようと思えた自分がいた。

 それだけで十分。たとえ失敗しても、その失敗を取り戻してくれる仲間がいたのだ。

 ジラーチを抱いた腕を解く。不思議そうな顔を浮かべて、ジラーチは浮遊していく。

 それを見送って――そして、

 

 ――そして彼らの羽化は始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴールドとクリスタル。現れたのは二人のジョウト図鑑所有者。

 まるで破滅へと向かい行く流れを断ち切る様に現れた彼らに、アオギリは兜の下で小さく舌打ちを零した。

 

「……なるほどそのガキ共の仲間、図鑑所有者と言ったか……だが、私の野望を阻む者は誰であろうと容赦はしない……貴様等二人、無事に帰れると思うな」

 

 怨嗟の声と共に向けられた剣、しかしゴールドは立ち向かう様にアオギリを睨み返し、そして笑って、

 

「"貴様等二人"、ねぇ……」

 

 どこか含みのある言い方、その違和感に気づくとすぐに変化は起こった。

 向けられた敵意。それに気づいた瞬間、アオギリは背後へ向けて大きく剣を振るう。

 一切の攻撃を通さない剣撃の壁がアオギリへと放たれた"マジカルリーフ"を弾き、その周囲に無数の葉を舞わせる。

 そしてアオギリは憎々しげな声で、

 

「……なるほど、鼠は二匹では無かったという訳か……」

 

 どこからとも無く、コツコツと足音が聞こえた。

 一瞬の間を置いて、アオギリは一匹のポケモンへと視線を走らせる。

 先の三人のホウエン図鑑所有者達に対するレンタルポケモン達の襲撃、それを防いだのはゴールドの傍に立つウソッキーと、クリスタルの傍に立つウインディ。そしてもう一匹、仲間であるはずのライボルトを打ち倒したポケモン、キルリア。

 十二の眼から出る視線をその身に受けて、それでもまるで歴戦の勇士の様にキルリアは堂々とした態度を見せた。

 そして割れた窓からバトルタワー内部へと入った少年が、キルリアのトレーナーである少年がその横に並び立つ。

 影から光へと出たその顔、見覚えの有るその顔にルビーは他の誰よりも極端な反応を見せて、対照的に当事者である少年、ミツルは太陽の様な笑顔を見せてルビーを見た。

 

「……ルビー君。今度は僕も、君の隣で戦えるよ」

「ミツル君、どうして君が……!?」

 

 かけられた言葉、その声を一瞬ルビーは信じられなかった。

 それは本来ならばこの場にあるはずの無かった、彼がよく知る、彼の友人の声。

 今頃は船上にいるはずの少年。

 しかしその少年はずっとバトルフロンティアに留まっていた、留まって、クリアという少年を探し、そして共に行動していたのである。

 

「友達がピンチなんだ、僕なんかの力でも役に立つのなら、僕はなんだってするよ」

 

 そう言ったミツルは、かつてルビーが初めて会った時の彼とは似ても似つかない者となっていた。

 ホウエン大災害、そして今回のバトルフロンティアで起こった事件、この二つの事件が、彼に急速な成長を促したのだ。

 

「久しぶりだね」

 

 不意にかけられた言葉に、傷つき片膝をついたジュカインはピクリと反応を示した。

 過去、約半年前のホウエン大災害の時、一時的とはいえコンビを組んだ少年とポケモン。

 ミツルは少しの間だけジュカインを見つめて、そしてどこか安心した様な笑顔を見せると、

 

「……良かった。良いパートナーとめぐり合えたみたいだね、ジュカイン」

 

 恐らく一目姿を見ただけで彼はジュカインの今の状態が判ったのだろう。笑顔を見せたミツルに応える様に、ジュカインもまた咥えた枝を大きく一度揺らした。

 そんなやり取りを見届けた後、どこか訝しげな様子でエメラルドは、

 

「ちょっとアンタ、このジュカインの事知ってるの?」

「うん、少しだけ。だけど今は、君の方がこのジュカインの事を判ってると思うよ、それにその図鑑も、ちゃんと本当の持ち主の懐に収まって良かった」

「……お前、もしかして……」

「そこまでよ、二人共」

 

 クリスタルの横槍で、そこで会話は中断された。ガチャリ、という重苦しい重低音がフロアに響く、それまで沈黙を守っていたアオギリが痺れを切らしたのだ。

 

「……それで最後か?」

 

 首を約三十度程傾けてアオギリは言う。

 

「予想外の助っ人とやらはそれで最後か。ならばもう始めるぞ。待つのにも、そろそろ飽いてきた所だ」

 

 ゴクリと誰かが喉を鳴らした。

 それまで息を潜めていたプレッシャーが、再びアオギリへと放たれ始める。

 大量のレンタルポケモンを手駒にし、自身もまた強大な力を持って、更にジラーチの力によって出現させた"海の魔物"という怪物すら操る巨悪。その重圧が、まるで射抜く様に彼らの四肢の感覚を麻痺させてくる。

 

「……ほ、本当にもう別の助っ人は来ていないんですか?」

 

 微かな声でルビーがゴールドへと言った。

 ホウエン図鑑所有者三人の他にまだ仲間がいた。それは嬉しい。

 だがしかし、よくよく今の状況を振り返ってみれば、実はつい先程より少しだけ良くなった程度なのである。

 此方は六人、あちらは一人、プラスレンタルポケモンと海の魔物というエキストラ。まだまだ此方の方に分が悪い。

 先程まで正面切って戦っていた三人のホウエン図鑑所有者達は、今現場に到着したばかりのゴールドやクリスタル、ミツル達よりもその事を重々に理解しているのだ。

 

「……そうだな、今はもう、これだけしかいない」

 

 絶望的な一言がゴールドの口から発せられた。

 

「だけど希望はあるぜ、なんせ実の所、俺達以外の他の図鑑所有者の五人は……」

「もうここにいる、そしてそれは後ろの石像の事、その事ならもう知ってますけど」

「もうここに来て…………ってなんでテメェらがその事もう知って……ハッ! さては先に来てたおっさん二人が……!」

 

 得意げに話していたのが仇になってしまったのだろう。既に周知の事実である事を鼻を高くして話してしまっていたお陰で、余計な羞恥心がゴールドの中で生まれる。

 これが日常の風景の一部ならば、ここで誰かがそんなゴールドの痴態を笑う所なのだが、生憎今は戦いの真っ只中だ。そんな余裕は誰にも無い。

 だがしかし、今のゴールドの言葉の節に聞き逃せない一言があったのを、エメラルドは聞き逃さなかった。

 

「……希望は、ある?」

 

 繰り返されたその言葉に、真剣な表情を取り戻したゴールド、それにクリスタルとミツルも頷いた。

 

「あぁ、"あの五人を元に戻す"っつぅ最初の目的を今果たすんだ。そうすれば、図鑑所有者が全員揃えば、どんな相手だろうと敵じゃねぇ!」

 

 "石となった図鑑所有者の五人の復活"、それこそが彼らの悲願。今日までの戦いの意味。だが、

 

「ま、待ってください! だけど、ジラーチはもうッ……!」

「ジラーチなら、ここにいるよルビー君」

 

 ジラーチは既にどこかへと消えてしまった。受け入れがたいその事実をルビーが口にしようとした所で、ミツルの言葉が重なった。

 ルビー、サファイア、エメラルドの三人が驚きながらミツルを振り返り、そこに抱かれたジラーチの存在をしかと目撃する。

 それと同時に、ゴールドとクリスタルもまたジラーチを見て、そしてゴールドはミツルに確認をとる様に、

 

「……ってぇ事は、"アイツ"の準備は終わったみてぇだな」

「……そうみたいですね」

 

 "アイツ"とは誰の事かと、ルビーが疑問を口に出そうとした瞬間だった。

 

「フッ、今更ジラーチ(そんなもの)を持ち出した所で無意味だ! 図鑑所有者とやらよ!」

 

 アオギリの叫びがフロア中に木霊して、次の瞬間、巨大な悪意の塊が動いた。

 剣を振りかざし、複数体の従えた己のポケモン達と共に、彼ら六人を葬り野望を成就する為にとうとう攻撃を開始してきたのだ。

 

「くっ! 仕方無い、ならここは僕達六人でどうにかするしか……!」

 

 迫り来るアオギリ、身構えるルビー、サファイア、エメラルド。それに続く彼らのパートナーであるラグラージ、バシャーモ、ジュカイン。

 戦況が不利なのは百も承知。しかし黙ってやられてやる程彼らは潔くは無い。

 緊張を高めたルビー達、だがそんな彼らとは対照的に、ニヒルに笑って見せたゴールドは言うのである。

 

「……いや、それは違うぜオシャレ小僧!」

「何が違っ……オシャレ小僧?」

「"六人"じゃねぇ! "七人"だ!」

 

 瞬間、アオギリの姿が忽然と消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アオギリが落ちたのは一つ下のフロアだった。

 見上げた先には二メートル程の大穴が開いており、どうやらそこから底が抜けて落ちたのであろう。

 いつの間にこんな穴が、そう思った所で、よくよく思い出せば上でドンパチやってる間、下の音等拾えるはずが無い。という結論にたどり着いて、そこでアオギリは考えるのをやめた。

 ――やめて、自身の敵へと視線を定める。

 

「……そうか。まだ、お前がいたか……"仮面の男(マスク・オブ・アイス)"!」

 

 凍て付く様な凍気を纏ったマントと仮面の少年。アトリエの洞穴で一度はぶつかった相手でもある人物。

 一方の仮面の少年は、向けられた敵意に怯む事無く、不意に仮面に手をかける。

 外された仮面、彼はその仮面を無造作に放り、手に持った氷の槍で一突きした。

 瞬間、まるで少年と決別するかの様に、氷の仮面は粉々に割れて、いくつもの光の結晶が"ただの少年"の周りを無数に舞う。

 そしてただの少年は懐からおもむろに一つの赤い機械を取り出して、

 

「……そう言えば、自己紹介がまだだったな。ガイル、いやアオギリ……俺は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しずつ少しずつ、薄く薄く、そして厚く張っていく氷の床を眺めながら、ゴールドは口を開く。

 

「作戦でな。お前達三人にはこれから"修業"に入ってもらう、そんで俺とクリスがあの海の化物をかく乱して、ミツルには修業に身が入る様テメェらの護衛について貰うってー訳だ」

「そしてその間、あのガイルの足止め相手は……彼にやって貰います」

 

 クリスタルが告げた。"彼"、恐らくそれは彼らの視線の先で微かに映る仮面を付けた少年の事であると、事情を知らない三人はすぐに気がついた。

 "仮面の男"。強力な凍技を操り、かつてカントーとジョウトの二つの地方を震撼させた男にして、つい先日エメラルドとも一戦交えた人物。

 

「だ、だけどクリスタルさん……」

「大丈夫よ、エメラルド君」

 

 その事について、エメラルドが言及しようとした時だった。彼が言葉を言い終える前にクリスタルがその言葉を切って、

 

「今の彼なら、きっともう大丈夫。だって彼は、仮面の男である前に……」

「なんたってアイツは、ジョウトが誇る八つのジムの一つの、チョウジのジムのリーダーで……」

「そして半年前に一度、このホウエン地方を救ったトレーナーの一人……!」

 

 彼女に続く様にゴールド、ミツルがリレーの様に言葉を紡いで――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、"図鑑所有者"クリア。役目は……お前を倒す事だ」

 

 四機目のジョウトポケモン図鑑を手にして、一人の図鑑所有者は復活を宣言するのだった。

 

 




最近キーボードを買い直したのですが、思った以上にサクサク打ててビックリです。
後更新が無かった理由はただのスランプです。

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