ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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七十話『vsジラーチ 星に願いを』

 

 

「せ、先輩達の石化を解いてくれ! ジラーチ!」

 

 バトルタワーの天辺で、とある少年が願い星にそう願った。

 

 

 

 まるで宝石の如き星々の輝きを受けて、それは怪しくも揺らぎ映えた。

 ジラーチの能力によって生み出された"海の魔物"、カイオーガの形を成す巨大な海水の塊は、バトルフロンティア全域を我が物顔で蹂躙する。

 大地を削る様に猛り、唸りを上げて浸食する海の魔物に、暴走するレンタルポケモン達の脅威、逃げ惑う一般来場者達。

 正式の開幕を目前にして、オーナーエニシダの夢の結晶、バトルフロンティアという施設は非常に危機的な状況に陥っていた。

 

 

 

 

「……いつまでも、このバトルフロンティアで好き勝手はさせない!」

 

 しかし彼らとて、次第に沈みゆく自身等の夢の結晶を前にして、ただ手をこまねいている訳ではない。

 

「ライコウ、"かみなり"でここら一体の全てを鎮めるんだ!」

 

 一筋の雷が天地を駆けて、数体のレンタルポケモン達の行動を不能にした。

 ポケモンバトルの聖地"バトルフロンティア"、その頂点に君臨する六人、その六人こそがフロンティアブレーン。

 そして彼女こそが、その六人の中でもリーダー格を務める"才能"を司るタワータイクーン、ジョウトの伝説"ライコウ"とフロンティアブレーン"リラ"のコンビを前にして、立っていられる者などそうはいない。

 

 

 

 バトルフロンティア全域で、数々の知られざるドラマが生まれていた。

 後から合流したリラ、ダツラを含めた六人のフロンティアブレーン達、いや全てのバトルフロンティア関係者は、暴走するレンタルポケモンの鎮圧、来場者の避難誘導、そして海の魔物の影響下で生まれた水害に全力で対処する。

 彼らの想いが重なるその時、バトルフロンティア領域内で最も高い場所に位置するその場所でも彼らの戦いは繰り広げられていた。

 

「来やがれ怪物! テメェなんざこのゴールド様に指一本……ってマジでこっち来やがったぞチキショー!?」

「ちょっとゴールド、こんな時にふざけないで!」

 

 強大な海の魔物そのものと対峙するは二人のジョウト図鑑所有者、マンタインの飛行能力で空をかけるゴールドとネイティオに背中を預けるクリスタル。

 

(ラグラージ)(バシャーモ)へ、(バシャーモ)(ジュカイン)へ、(ジュカイン)(ラグラージ)へ攻撃する。一匹一匹が自分の苦手とするタイプの攻撃を受ける事で、修業の効率を上げるんだ」

「ちょっとエメラルド、何ボーッとしよっと? もう時間は無いんやけしっかりせんと!」

「あ、う……ん……」

 

 ルビー、サファイア、エメラルドの三人のホウエン図鑑所有者達は、バトルタワーのすぐ外に作られた、バリヤードのバリアー製フロアで究極技の習得修業を進める。

 彼ら三人の腕にかけられた三つの(リング)、その中に封じられた水、炎、草の究極技の修業。究極技の伝承を守る"キワメ"という老婆から、有事の際という事で特別に持ち出しの許可を貰った代物である。

 全力で修業をこなすルビーとサファイアだが、気づけばエメラルドが一人だけ、いまいち修業に身が入らない様子であった。

 

「どうかしたの、エメラルド?」

 

 エメラルドの様子の変化に気づいた人物、同じくバリアーフロア内で待機するミツルが、少し青い顔をしながらエメラルドに問いかけた。

 いくら身体の調子が上がったとは言っても、ミツルが元々病弱だったのは変わらない。そして彼の脆弱な身体は、まだ完全な健康体にもなりきれていなかった。

 尤も、だからこそ少しでも体力の回復が出来る"ホウエン図鑑所有者達の護衛"という役割に彼はつけられたのだが。

 

「……実は」

 

 ミツルに問いかけられ、そしてエメラルドは口を開く。つい先程の出来事、未だジラーチに願いを聞き入れられて貰えていないという事実を、自身の今までの経緯と共に――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いが始まって、一体どれだけの時間が経過したのだろうか。

 バトルタワー最上階、その一つ下のフロアでは、今のバトルフロンティア内で最も過激な戦いが繰り広げられていた。

 うめき声が聞こえた。アオギリは兜の下で頬を吊り上げる。

 

「ッ……"こおりのつぶて"!」

 

 クリアの脇下から現れたデリバードが放つ"こおりのつぶて"、しかし攻撃は標的に命中する事無く虚しく空を切った。

 赤に染められた剣を一払いして、素早くクリアから離れたアオギリはもう一度よく、クリアという人物を観察する。

 クリアは少年だった。まだ大人になり切れず幼さの残る顔立ち。氷の仮面を纏っていた時に想像した素顔とは、似て非なる感情的な苦痛に歪む表情。

 

 左肩の刺し傷を力強く抑えて、その傷の浅さにひとまずの安堵を覚えるクリアだが、しかしだからといって、今すぐに彼の圧倒的な程の劣勢がどうにかなる訳でも無い。

 彼の傍らで並び立つグレイシアのV、ドククラゲのレヴィ、デリバードの三匹もクリア同様にかなり消耗している様子だ。

 

「……この程度」

 

 アオギリの言葉がクリアの耳に届く。

 

「アトリエの洞穴の戦いなど単なる小競り合いに過ぎん。本気の私とお前の力量の差はこれ程までに圧倒的だ。なのに何故、お前は無意味に抗う?」

 

 事実、アオギリとクリアの状態は対象的だった。

 アオギリの強固な"鎧"は半端な小技を通さず、威力の高い大技を放とうものなら、彼の持つ最も厄介な武器である"剣"によってそれを返される。

 更に以上二つの武器に加えて、当然アオギリ自身の実力も相当に高く、彼の二体のトドゼルガと一体のアメタマ相手に、予想以上の苦戦をクリアは強いられていた。

 赤く染まった身体を強引に動かして、アオギリの問いかけ等意にも介さず、クリアは再び槍を振るう。

 対するアオギリも再度剣を地から天へと向けて振るった。

 一度の金きり音、次いで砕ける氷、槍の先端が宙を舞う。

 そして攻撃のモーションを終えて、無防備となったクリアへの追撃を続けるべく、上げられた剣が再び振り下ろされるもVの"れいとうビーム"が剣の進路を阻んだ。

 更に二体のトドゼルガの怒涛の様な"のしかかり"攻撃がクリアを襲い、デリバードとレヴィの二体で辛くもその巨体をブロックする。

 ――しかしそこでクリアの手数が尽きた。

 

「これで詰み(チェック)だ。"みずのはどう"!」

 

 アオギリと彼の肩のアメタマが微笑を浮かべて、そして身動きが出来ないクリア達に"みずのはどう"が直撃する。

 

「……元より碌な理性など持ち合わせておらんか」

 

 "みずのはどう"で吹き飛ぶ直前、その瞬間確かに見えた"クリアの微笑"を思い浮かべてアオギリは呟いた。

 一方のクリアは、技の直撃を受けながらも矢張り今まで通りどうにか足に力を入れる。いくら技の直撃を受けたと言っても、先程の攻撃はV、レヴィ、デリバードの他三匹も同様に受けていた、そうする事で一人にかかる攻撃の負担を出来る限り軽減していたのだ。

 勿論、それは偶然によるもの――では無い。

 

「……"何故無意味に抗うのか"……か。ふっ」

「むっ?」

 

 不意に聞こえた言葉に一瞬耳を疑う。どうやら今のは正真正銘クリアの口から発せられた言葉らしい。

 戦いが始まる直前、自身の名乗り以降は極端に口数が減っていたクリアが、突如笑みを零しながらアオギリのくだらない問いに答えたのだ。アオギリが訝しげな態度をとるのも仕方が無い。

 

「何を笑う? お前は今の自分の状況が分かっていないのか?」

「……あぁ、血だらけだな。確かに劣勢だ。身体のあちこちが痛む、今の一撃で俺の三体の体力も削れ切れてしまった様だしな」

 

 ふらつきながらもクリアは立ち上がる。

 立ち上がり、前を向くクリアの表情、そこにあるのは追い詰められた者の絶望でも、ましてや絶望のあまり気が触れてしまった者の笑みでも無い。

 アオギリにはクリアのその表情に覚えがあった。

 それもそのはず、その表情は今現在アオギリの顔を飾っているのと同じ表情――"勝利を確信している表情"なのである。

 

「そこまで理解しているか。ならば尚更解せん、たった一人……いや図鑑所有者の仲間だったかがいたな、だとしてもたった七人で私を倒すのは不可能だ……海そのものの力を持つ私に勝つのはな!」

 

 瞬間、天井に張り巡らされた氷が一瞬にして砕け散った。

 どうやらまたしても巨大なカイオーガの形をした"海の魔物"が彼らの上を通ったらしく、しかも今回はただ素通りしただけで無くクリア達のフロアに向けて体当たりの様な攻撃を行ったらしい。

 氷の天井は再生不可能な程に砕け去って海水に混ざり、穴の空いた天井からは止め処なく海水が注ぎ込まれ始める。

 

「クカカ、これでもう私の行動を縛るものはなにも無い! さぁ恐怖しよ絶望しろ! これが果て無き海の力! そして私の力だ!」

 

 今までクリアとアオギリをフロア内に閉じ込めていた氷の天井。生半可な攻撃ではすぐにでも再生してしまう"永久氷壁"と"瞬間氷槍"の合わせ技。しかしそれも巨大な"海の魔物"の前では意味を持たなかったのだ。

 まるで天を仰ぐ様にしたアオギリの不快な笑い声がフロア中に木霊した。

 海水はなおも止まらない。既にクリアの膝下程までに浸水していた。

 そして、圧倒的な力を見せつけ、己の優位性を再確認してふんぞり返るアオギリを前にして、しかしクリアは相も変わらない態度で、降りかかる海水に長く伸びきった髪と、微笑を浮かべた顔を濡らしながらも口を開いた。

 

「……だけど勝つのは俺達だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 エメラルドという少年は常に一人だった。

 早くに両親を無くし、幼いながらも様々な親戚の家を点々とした彼だったが、どこへ行っても少年は一人だった。

 低身長というコンプレックスがあった。それ故に周囲の者に馬鹿にされ、それ故にエメラルドはポケモンを拒絶した。

 それから暫くしてエメラルドは"クツ屋"と出会った。

 それはエメラルド以外の人達からは"カラクリ大王"と呼ばれる人物だったのだが、その人物との出会いがエメラルドの転機となった。

 ジョウト地方のとあるポケモン塾。

 エメラルド曰く"クツ屋"の紹介で入塾した彼がそこで出会った人物もまた、彼の運命を大きく変えた少女。ジョウト図鑑所有者の一人である"クリスタル"だった。

 "憧れ"て、他人の為に本気で頑張る彼女の姿に"尊敬"して。

 そんな少女から何でもいい、どんな事でも学ぼうと思いエメラルドが起こした行動はシンプルなものだった。

 クリスタル同様、オーキド博士からポケモン図鑑を貰って彼女の手伝いをする事。

 ――決心して、しかし物事というものは、そう容易くエメラルドの思い通りにはいかなかった。

 

 当時まだ八歳という年齢の問題、自身からポケモンに触れようとしないエメラルド自身の考え、いくつかの課題がエメラルドの前に立ち塞がって、しかし彼はそれを一つずつクリアしていった。

 ポケモン図鑑を持てる年齢になるまで、自身の持つ"ポケモンの出身地を見抜く"特技を伸ばしたり、バトルの技術を磨いたりとただひたすらに様々な修業して、努力に努力を重ねてそして彼はようやく、本当につい最近ポケモン図鑑を手に入れたのである。

 そしてエメラルドはバトルフロンティアに来たのだった。

 クリスタルという尊敬の念を抱く少女から、言い渡された指令を全うする為、そして何より自身の目標である"バトルフロンティア制覇"の為にも。

 

 

 

「……だけどやっぱり、俺にはこの辺りが限界だったみたいだ。ジラーチが第三の目を合わせてくれないんだから……」

 

 ルビーとサファイアという二人のホウエン図鑑所有者、自身の仲間と言えるだろう少年少女を前にして、顔を伏せながらエメラルドは言った。

 自身のつまらない話を終えて、それでも彼らはそんなエメラルドを認めてくれるだろう。少なくとも今エメラルドの前にいる二人はそういう人間だ。

 しかしそれでもエメラルドの心は晴れない。自身の使命を全う出来ない、それだけじゃない。

 今この場において、石化した五人の図鑑所有者(せんぱい)を救える可能性を持つ人物は、エメラルドを除いてこの場には誰もいないのだ。

 エメラルドの次にジラーチと接点を持っていた"クリア"という少年は無力だった。エメラルドもまたジラーチの第三の目を開く事は叶わなかった。

 

 しかし、彼らは未だエメラルドに期待している。今現在、クリアが捨て身になってアオギリの注意を引き付けているのがその証拠だ。

 だが果たして、一度は失敗した自分が本当にジラーチの目を開く事が出来るのか、そんな思いが、一度の失敗がエメラルドの心に靄をかけていた。

 

「……ちょっと待って、腕の(リング)が! この光もしかして!」

 

 ルビーの驚いた様な声でエメラルドは現実へと戻る。

 気づけばルビーの腕にかかったリングが、否ルビーだけでは無い、サファイアとエメラルド自身のリングすらも発光していたのだ。

 更にその光に当てられるかの様に、彼らのポケモン達からもまた湧き上がる様な力を確かに感じて。

 そして驚く程呆気なく、彼らの腕のリングが地面へと落ちて、

 

「やっ……」

 

 それと同時に、彼らは闇に包まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはクリアとアオギリの戦いに終わりが見えてきた頃だった。

 

「……ッ! マズッ、そっちは!」

「バリぴょん!」

 

 突然の"異変"に焦りを見せたゴールドに続き、すぐさまクリスタルが自身の手持ちであるバリヤードに命令を下す。

 クリスタルの叫びが響いてすぐに彼女のバリヤードは行動に移った。透明のエネルギー体で作った"バリヤー"を前後左右全てに張り巡らせ、五体の石像を守る。

 その直後だった、突如として巨大な"海の魔物"がバトルタワーに激突したのである。

 

「ふぅ、ホウエン図鑑所有者(あいつら)の方は……無事、みたいだな」

 

 突然にバトルタワーへの体当たりを行った"海の魔物"。その行動の真意は、十中八九アオギリにあるのだろうという事はすぐに分かった。

 先程まではただ無作為に暴れるだけだった"海の魔物"が突如として何か意図のあるらしき行動をとった、理由はそれだけで十分だった。大方アオギリと、そしてクリア自身をも閉じ込めている氷の天井を破る為の行動なのだろう。

 巨大な体積の怪物の体当たり、当然その余波もまた強大であり、押し迫る水圧という攻撃が五体の石像を襲ったが、それはクリスタルのバリヤードがどうにか防いだ。

 そして次に懸念されるのは、バトルタワーの側面に作られたバリヤー空間の中で究極技修業をしているホウエン図鑑所有者達だが、其方もまた無事な様でゴールドは一先ずの安堵を覚えて、

 

「ったく冷や冷やさせてくれるぜ。流石のあの大波でも、あれだけデケェ空間の制圧は出来なかったみてぇだな」

「いいえ、まだよ!」

 

 ゴールドとは対象的に未だ焦りを見せるクリスタルは真っ直ぐと目標へ向けて急降下する。

 一瞬、どうかしたのかとクリスタルの視線の先を追ってから、ゴールドもすぐに気を引き締めて彼女の後を追い、

 

「ネイぴょん"サイコキネシス"!」

「マンたろう"バブルこうせん"!」

 

 五体の石像へ向けて押し迫る大波、"海の魔物"の一部分に向けて攻撃を仕掛けた。

 バトルタワー側面にあるバリヤードによって作られた空間、そこに移動しているのはホウエン図鑑所有者とミツルの四人であり、五体の石像達は未だバトルタワー最上階のフロアに置き去りにされたままだ。

 故に、"海の魔物"の攻撃の余波を一番に浴びてしまっているのであり、"海の魔物"の攻撃の余波、加えて長時間の間空中にバリヤー空間を維持しているバリヤードもかなり消耗している様子に見える。

 このままではバリヤードの張ったバリヤーが解けて、五体の石像を大波が襲う。そう確信して、彼らはバリヤードに助力すべく急遽駆けつけたのだ。

 ――しかし、

 

「くっ! 駄目!」

「正面切っては、ちっとばっかキツィなぁ……」

 

 流石の彼らでも"海そのもの"を相手にするのは分が悪い。

 小技と素早い動き等で翻弄するならまだしも、ジラーチの願いで生まれた怪物とただの二匹のポケモンの力ではそもそも話にもならない。

 全力の攻撃を放ち続けるネイティオとマンタイン、そしてバリヤードが限界を迎えかけた寸前――その瞬間、

 

「RURU!」

「キルリア!」

 

 ゴールドとクリスタルの前に二体のキルリアが唐突に現れる。

 

「ゴールドさんクリスタルさん! すぐに二人をこちらへテレポートしますからポケモンをボールへ戻してください!」

「石像は僕のキルリアに任せてください!」

「っ……ホント、頼りになる後輩達だぜ」

 

 ルビーとミツルの声がフロアに響いて、ゴールドとクリスタルは瞬時にボールへと自身らのポケモンを戻した。

 瞬間、押し寄せてくる大波群。それらが彼らへ届く前に、まるで煙に様に彼らの姿が消える。

 テレポート。ゴールドとクリスタルの二人をルビーのRURU(キルリア)が、そして肝心の五体の石像はミツルのキルリアが同じタイミングで、波の影響が最も少ないバトルタワーの端へと瞬時に移動(テレポート)したのである。

 

「だ、大丈夫ですかクリスタルさん、ゴールドさん!?」

「えぇ、大丈夫よ。それにエメラルド君達も究極技、間に合ったみたいね」

 

 ようやく一安心といったところか。大波の脅威もひとまず去って、彼ら六人は再びバトルタワー最上階フロアに集まった。

 ホウエン図鑑所有者の二人は究極技を完成させて、ミツルも体調は万全な様子、ゴールドとクリスタルの二人もまだダウンはしていない。

 念の為、クリスタルのボールの中でバリヤードも力を発し続けている為バリヤー空間の維持の心配も無く、どうにか事は上手く運んでいる、誰もがそんな気がしていた。

 

 

 

「……コソコソと何をやっているのかと思えば、究極技の修業だと?」

 

 ゾクリと、背筋に悪寒が走る。

 

「笑わせてくれる……究極技、撃てるものなら撃ってみろ! さて、この海のどこにそんなものを当てるというのだッ!」

 

 六人全員が同時に振り向いて、彼を見る。

 そこにいた甲冑の男、アオギリを。その場にいた誰もが、兜の下のアオギリの憎々しい微笑を容易に想像する事が出来た。

 

「……それとも怖気づいたか。お前達"六人"全員でかかっても、私を倒す事など不可能だと感じて」

「……おいおいちょっと待てよ。六人? テメェの頭はスッカラカンか? もう一人いるだろうがよ、さっきまでテメェの相手をしていた……」

「仮面の男……おっと、確か"クリア"と名乗ったか、そうかやはり奴はお前達の仲間で間違いないのか……なら残念だったな、奴なら潰したぞ」

 

 今度こそ、本当の絶望が彼らを襲う。

 

「生死の確認などはしてはいないが……尤も、私にはどうでもいい事だ」

「ふ、ふざけないで! そんな適当な事……」

「適当だと? ならば確かめてみればいいが……しかしまぁ、私を追って本人が出てこない事で納得すべきだがな」

 

 クリスタルの叫びに対し、何でも無い事かの様に返すアオギリに対して、エメラルドは得体の知れない恐怖を覚えた。

 アオギリは自身に必要の無いものは何でも切り捨てていた。

 大量にいたレンタルポケモン達を駒同然に扱い、使えなくなったらそれまで、更には人一人の命に対してのこの興味の無さだ。

 アオギリにとって他者とは使い捨ての道具なのだ。そしてそれは人にも、ポケモンにも言える事。

 

「……僕が行きます!」

 

 そう言い残してミツルが消える。自身のキルリアのテレポートで下のフロアに向かったのだろう。

 

「ふん、例え生きてたとしても、とても動ける状態では無いというのに……無駄な事を」

「無駄……だと?」

「あぁそうだ、動けない駒など何の役にも立たんでは無いか、人にしてもポケモンにしてもそうだ。役立たずの道具など捨ててしまえばいい! ククッ、無様に私に負けたあの"クリア"の様なな……!」

 

 ゴールドの言葉に応える様に言い放たれたアオギリの言葉は、ゴールドだけで無くその場にいた五人全員の鼓膜を叩く。

 

「お前達の後ろの石像だってそうだ、動かないただの石の塊を後生大事にとっておいても仕方ない。邪魔なだけだ。現にお前達はその石像の所為でここまでの危機に陥っているのだからな」

「……テメェ」

「……そんな事は無い」

 

 不意に漏れた言葉に、その場にいた誰もが口をつぐんだ。

 言葉の主であるエメラルドは顔を一度伏せて、そして決心した様にアオギリへと向き直る。

 

「役立たずな人も、ポケモンもいやしない……」

「ふん、おかしな事を言う。所々で聞いていたぞ、お前は"ポケモンバトル"が好きなのであって"ポケモン"が好きな訳じゃない。ならば使えない役立たず(ポケモン)など捨ててしまって、新しい道具(ポケモン)を使った方がバトルもしやすいでは無いか」

「違う……俺が本当に好きなのは……本当に欲しかったのは……」

 

 額の宝石(エメラルド)キラリと光る。芯のある翠色の光がエメラルドの瞳に宿る。

 

「一緒に心を通わせる事が出来る仲間や友達、同じ思いを持って絆を結べる相手が……ずっと、ずっと欲しかった」

 

 そして人知れず、柱の隙間からジラーチが顔を覗かせた。

 

 

「俺は"ポケモンバトル"が好きなんじゃない! ポケモンが好きなんだ! ポケモンが好きな人が大好きなんだ! だから例え誰であったって、俺の好きな人達の事を馬鹿にする事は許さない!」

 

 

「……馬鹿め。ならばお前も……消えろ」

 

 エメラルドの渾身の叫び。それを聞いてアオギリは、つまらなさそうにエメラルドへ剣を向ける。同時に彼の肩のアメタマが"みずのはどう"を放った。

 すかさず防御姿勢をとろうとするエメラルド、だが瞬間に、その前に一つの影が落ちた。

 更に同時に、いくつもの機械音が木霊した。それは一つ、二つとその音の発信源を増やしていき、音の発信はエメラルドの手元、そして彼の前に降り立った人物の懐からも響き始める。

 そして人影の背に"みずのはどう"が直撃して、

 

「……アンタは」

「謝るのが遅れた、この前は悪かったな。図鑑所有者エメラルド」

「……お前、何故動ける?」

 

 エメラルドの唖然とする声が、人影の喜びに満ちた声が、アオギリの驚愕の声が重なる。

 "みずのはどう"の直撃を受けたはずの人影、少年はそんな一撃ものともしてない様な振る舞いを見せながら、相も変わらない不敵な笑みを浮かべてアオギリへと振り返る。

 機械音は、相変わらず増え続けていた。

 

「悪いな、昔から、死にかけるのには慣れっこなんだよ」

 

 その身体は傷だらけだった。

 至る所で血が滲んでおり、恐らく今この場において最も重症だと言えるだろう。

 常日頃の彼を知るゴールドとクリスタルでさえ、アオギリとの対決以前とのその変貌ぶりに驚きを隠せずにおり、ルビーとサファイアもまた同様に、なり始めた自身の図鑑を手に持ったまま目を見開いている。

 しかし、彼の異常性はそこでは無かった。

 少年、クリアはそんな傷だらけの状態で、恐らくは現在進行形で激痛に見舞われているであろうそんな状態で笑っていたのである。

 正気の沙汰では無い。きっと街でこんな状態でそんな笑みを浮かべていたら即病院行きだ。

 

「だ、大丈夫ですかクリアさん!?」

 

 少し遅れて、フライゴンに乗ったミツルがクリア同様上から現れる。

 

「ん、あぁ、大丈夫だいじょ……」

「ってうわぁ!? 全然大丈夫じゃないじゃないですかぁ!?」

 

 言葉の途中で、まるでギャグ漫画の様に頭から血を噴出して倒れるクリアを慌てて支えるミツル。果たしてどこまで本気なのか、完全にギャグ漫画の構図である。

 

「うんゴメンゴメン。ちょっと張り切り過ぎちまったよ、あまりにも、嬉しかったからさ」

 

 それは素直な感想だった。そしてこの時見せた笑顔もまた、ここ最近で最も柔らかなクリアの笑顔。

 そして十一の機械音が重なった時。物陰に隠れていたジラーチが姿を現して、ピシリ、という何かが壊れる音が響き――、

 

「……やっと、おかえりだ。みんな、そして……」

「……クリア……?」

「……おはよう。イエロー」

 

 ――そして奇跡は起こった。

 

 




今回で、終わる気がしたのですが、気のせいだったみたいです。
そしてイエロー、誕生日おめでとう!

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