ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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シント編
七十三話『vsギャラドス 動き出した闇』


 

 

「……へへ、かなり苦労したが、だがようやく捕獲したぜ」

 

 ジョウト地方三十二番道路。キキョウシティとヒワダタウンを結ぶその道の片隅で、一人の男が流れる汗を人知れず拭っていた。

 紺のジーンズと赤のパーカーの青年、長く伸びた金髪が顔の右半分を覆い隠しているのが特徴と言えば特徴か。

 元マグマ団幹部"三頭火"のホカゲ。悪の組織の幹部という経歴を持ちながら、改心後は過去幾度も図鑑所有者達への助力をしてきた男だ。

 

 ――さて、では何故そんな男がジョウト地方の道端で、一人"勝ち誇っている"のかというと、それは言葉のまま、彼が"勝利"したからである。

 よく見れば彼の周囲には、いくつかの焦げ後や残火などの戦闘痕が残されており、さらに彼自身も軽度ではあるが無傷という訳でもなかった。

 "その一体"を捕獲する為に、一体どれ程の時間を要したのだろうか。

 だが前述の通り、彼はこの戦いに勝利している。

 彼の手のモンスターボールの中に納まった一匹のポケモン、深い茶毛の四速歩行である大型ポケモンがそれを証明していた。

 

「伝説の"エンテイ"。こいつと共に、俺はまだまだ強くなれる……!」

 

 かつてホウオウによって蘇生された伝説の"エンテイ"。ジョウトに伝わる三体の伝説のポケモン、その一体にホカゲが興味を示したのは三年前の事だった。

 ホウエン地方のバトルフロンティアで彼が見た伝説、リラの操るライコウの凄まじい程の(パワー)にホカゲは圧倒され、それから程なくして、彼はこのジョウト地方でエンテイを求め始め、そしてようやく今日に至って、念願のエンテイを捕獲したのだった。

 ホカゲという男は常に強さを求めている、それ故の行動、例えを出すとするならば、今彼と一勝一敗の戦績となっている"どこぞの図鑑所有者"と戦う為の戦力としては、申し分ないだろう。

 

「よし、こうなりゃ今から奴のジムに殴りこんで……」

 

 エンテイのボールを一旦しまいながら、興奮を抑えきれない様子でホカゲが言いかけたその時だった、突如としてホカゲの身体が宙を舞う。

 後方からの衝撃、恐らくは"はかいこうせん"か、真偽は定かでは無いが攻撃を受けた事に間違いはないだろう。

 霞みいく意識の中、ボヤけ始めた視界の端で、ホカゲは対立する二人の人物の姿を見る。

 一人は長髪を逆立て、カイリューを引き連れた傷だらけの男、恐らくは先の一撃の犯人である。そしてもう一人は――、

 

(……あ、あれは……!)

 

 もう一人の人物、それはホカゲも見知った人物の顔だった。

 黄色の髪をポニーテールで纏めた少女、イエロー・デ・トキワグローブと名乗る少女の姿を最後に、ホカゲは遂に意識を失うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数週間後。

 広大な湖の前、荒れ狂う複数のギャラドスをその目で見据えて、一人の少年が腕を振るう。

 ゴーグルを首からかけた少年だった。うなじまで長く伸びた髪を一つに纏めた黒髪黒眼の少年、その傍らでは目を奪われる程に美しい、透き通る様な青のポケモンもいる。

 

「終わりだ。V、"めざめるパワー"!」

 

 クリアの命令直後だった。

 種族名グレイシア、"V"と呼ばれたポケモンが放つ"冷気を帯びた力の塊"、"めざめるパワー"によって、複数体のギャラドス達が次々と湖に沈む。

 ジョウト地方に点在する八つのポケモンジム。

 その内の一つ、チョウジシティのチョウジジムでジムリーダーを務める少年"クリア"は、その日、とある調査で"いかりの湖"へと赴いていた。

 

「ふぅ、ひとまずはこれで一安心だろ。ご苦労さん、V」

 

 "頭を冷やされ"、冷静になり湖の奥へと帰っていくギャラドス達を尻目に、クリアは労わる様にVの頭を撫で、Vもそんな彼に応えるが如く嬉しそうに小さく一度だけ声を上げる。

 

 

 

 バトルフロンティアで起こった幻のポケモン"ジラーチ"を巡る騒動、ガイル消滅から約三年程の月日が経った。

 過去幾度となく、絶え間なく様々な事件に関わってきたクリアだったが、そんな彼でも些か不気味と感じる程に、特に大きな事件が起こった訳では無い穏やかな三年という歳月。

 

 そんな中、クリアという少年にとって強いて特別と言える様な出来事と言えば、やはりガイル事件直後からエニシダがオーナーを務めるバトルフロンティアにおいて期間限定ながらも働いていたという事実だろう。

 "仮面の男"として行動していた際、迷惑をかけた分の代償――その罪滅ぼしとしての行動だったが、だがその期間、約十ヶ月という期間は些か長期過ぎたのだろう。

 

 ジョウトに戻って来たクリアを待っていたのは、ポケモン協会からの呼び出しと、有り難いお説教だった。

 そもそもナナシマ事件直後から、というよりホウエン旅行時も合わせればかなり長期に渡って、クリアはジムを留守にしていた事になるのである。

 幸い、今回はジムリーダー権の剥奪だけは免れたが、しかし次も同じという訳では無いらしい。

 今後は長期に渡るジムの放置を禁止、また今度の件でクリアはポケモン協会からあるお達しが出た。

 理事曰く――、

 

『クリア君、そんなに事件が好きなら君……どうせだ、このジョウト全ての事件に首を突っ込ませてあげようじゃないか』

 

 あまりの怒りから漏れた理事の笑み、その迫力に、クリアは思わず二つ返事で返してしまったという。

 詰まる所――"これから先ポケモン協会の声が一声かかれば、ジョウトの地で起こる様々な事件に対し、クリアは全身全霊を賭けてこれらに臨まなければならない"――という所なのである。

 無論クリアに拒否権など無く、それからというものクリアはポケモンポケモン協会に言われるがままに、小さいものではあったがいくつかの案件を解決に導いてきた。

 要は体のいい使い走り、便利屋の様なもの。そして此度の"いかりの湖"調査も、件のポケモン協会からの依頼だったのだ。

 

「結局、"ロケット団"の奴等は撤収した後だったな」

 

 去り際、クリアは不意に振り返り、そして悔しげな声でポツリと呟く。

 "最近ジョウトの各地で頻繁に目撃されるロケット団を調査せよ"、それが今回彼に宛てられた依頼の内容、そもそもの発端は、"ロケット団"と呼ばれる集団が秘密裏に復活を企んでいるという見解からだった。

 "ロケット団"、全身黒の団服に身を包んだ、"大地のサカキ"を首領(ボス)としたポケモン犯罪集団。

 それはこれまで幾度となく、様々な図鑑所有者達とぶつかりあった組織であり、その組織が再び行動を開始した恐れがあり、かつそれがジョウトの地で、というのならば放っておく訳にもいかない。

 故にクリアがポケモン協会から調査に駆り出されたのである。

 

 だが先程のクリアの態度から見て取れる通り、今回の調査で彼は思う程の成果は上げられなかった。

 目撃情報を頼りにいざ駆けつけて見れば後の祭り、やる事と言えば野放しとなり暴れるギャラドス達を静める事位、完全な取り越し苦労である。

 その事から、クリアは肩を大きく上下させて一度息を吐いてから、

 

「はぁ、"どこの世界"も悪人って奴は後を絶たねぇなぁ」

 

 揺れる木々をぼんやりと眺めて言葉を漏らした。

 

 

 

 さて、話は変わるが、クリアと呼ばれる少年にはいくつかの呼び名がある。

 "ジムリーダー"、"瞬間氷槍"、"ジョウト図鑑所有者"、"仮面の男"、"ポニーテール萌え"、"ロリコン"――いくつかは本人が否定しているが、しかしそれらの呼び名は概ね正しい。

 正しく、クリアという人物を現し、また周囲の人々もクリアという人物を呼び名通りに彼を認識して、それが"クリア"という少年の本質だと納得している。

 

 ――だがクリアには、本人以外誰も知らない秘密があり、さらに本人すらも知らない秘密があった。

 

 "別世界の住人"、そして"記憶消失"。

 クリアという少年は元々この世界の住人では無い、その原因も不明のまま、気がつけば此方の世界に倒れていた。

 そして同時に、彼には欠落している記憶がある、だがそれが何なのかは未だ本人すらも分からない。

 クリアがこの"ポケモンが実在する世界"の住人となって長く時が経つが、それらの事実が明るみになる事は未だに無く、またその予兆すら全くと言っていい程見せてなかったのである。

 

(だけど、今となっては、こっちがホントみたいになっちまってるけどな)

 

 ジムリーダーの証である"正規品のアイスバッジ"を握り締めて、クリアは心中そう呟いた。

 此方の世界に来た当初こそ、彼は密かに帰る方法を探そうとした、ポケモンの実力を高めていたのも元はと言えばその為だ。

 だがそんな考えも、時が経つにつれゆっくりと変化していった。

 

 それ程まで、考えが変わる程にクリアという少年にとって、こちらの世界で大切だと思えるものが出来すぎたのだ。

 図鑑所有者やジムリーダー、それら以外にも様々な仲間が出来た。さらに言えばクリアには消えた(ヤナギ)が残したジムがある。

 

 そして極めつけは、一人の少女と手持ちのポケモン達。

 脳裏に浮かぶは"クリアの手持ちのポケモン達"と"彼女の手持ちのポケモン達"に囲まれた、小柄で黄色のポニーテールを揺らした少女の笑顔。

 今のクリアには、これらを残して一人元の世界に帰る事など到底出来ないのである。

 

(まっ、元々向こうには残した親族もいない訳だし、育ての親(あの人たち)友人達(あいつら)には悪いけど、多分俺は……)

 

 ――機会(そのとき)が来ても帰らない。

 はっきりとした口調で放たれたクリアの言葉、その言葉を聞く者は彼以外には誰もいなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、帰ったのですかジムリーダー」

 

 チョウジジムに帰ったクリアを出迎えたのは、割烹着姿のシズクだった。

 元アクア団幹部"SSS"、そんな過去の姿とは似ても似つかない現在、だが妙に似合っているから何とも言えない。

 

「はい、見たとこ挑戦者は無いみたいですね、シズクさん」

「えぇ、手が空いていたのでジムの掃除でもと思いましてね」

 

 そう言って意気揚々と家事に取り掛かるシズクだが、この男、こう見えてもチョウジジムただ一人のジムトレーナーでもある。

 挑戦者のやる気や技量を図り、真にジムリーダーと相対する実力があるのかを裁定する役割を一人でこなすやり手のポケモン使いだ。

 テキパキとプロ顔負けの動きで楽しそうに家事をこなす普段の彼とは、まさしく別人の様である。

 

「相変わらず、凄いなシズクさん。俺なんて五分で飽きてしまうのに」

 

 手持ち無沙汰となったのか、自身のボールを磨きながら一人呟くクリアだったが、だが彼は夢にも思ってないはずだ。

 シズクがこれ程までに家事の腕を上げた、そもそもの原因がクリア自身にあるという事に。

 ナナシマ事件から姿を消した後から、バトルフロンティアでの滞在期間を経てジムに戻ってくるという長い期間の中、シズクは一人でチョウジジムを守っていた。

 挑戦者の挑戦を受けながら、広いジムを効率よく一人で掃除する術を覚え、その勤勉さ故に料理のレパートリーも増やして、その間ジムリーダー不在のジムを狙った不届き者の強敵達と知られざる激戦を繰り広げつつ、そして遂にシズクは到達したのである。

 

 "主夫"という領域、家事のエキスパート、『本当に彼は戦闘専門(ジムトレーナー)なのか』と知らない者を圧倒させる程の技量。

 

 勿論望んで手にした結果でない事は明白である。

 

 

 

「アチチ……はぁ、でもホンマこの辺りは寒いとこやなぁ、中は暖房効いてるのが唯一の救いやでー」

「で、お前はどうしてこんなとこで温んでんだよ……"アカネ"」

 

 そしてクリアは、さも当然、と言った様子で呑気にお茶でも啜る"アカネ"と呼ばれた少女に対して冷たい視線を送りつつ呟いた。

 

「うん? それは勿論、クリア! アンタとの勝負に決着を……」

決着(それ)ならもう三年前って昔に当についてるっての。天丼なんてつまんねーよコガネのリーダー」

「なんや久しぶりに懐かしい台詞(ボケ)かましてやってんに、乗らへんなんてチョウジのリーダーはホンマオモロないわー」

 

 ばっさりと彼女の言葉を切り捨てるクリアの様子に、大袈裟なリアクションでため息を吐くアカネ、だが両者の間に険悪な空気などは微塵も感じなかった。

 むしろその逆、どちらかと言えば仲の良い恋人同士にも見えるかもしれない。

 だが実際には、この二人に限ってその様な関係になる事は、絶対と言っていい程有りえなかった。

 理由は簡単である。

 彼女らの告げた"三年前"、つまりはクリアがジョウトの地に帰ってきた頃と丁度同じ時期に、クリアはアカネの前ではっきりと告げているのだ。

 

 自身が、"イエロー"という少女に好意を持っているという事を。

 

 そしてその時に、二人の少年少女は後腐れが無い様にと二人のバトルに決着をつけた。

 まるでこれまでの清算をする様な二人の少年少女の試合――そしてそれ以降は、二人は互いにジムリーダーとして相手を認め合って、今に至るのである。

 

 

 

「それで、本当の所はなんなんだよ。まぁ大方、協会の理事様辺りが絡んでそうだけど」

「あ、アハハ、やっぱバレてもうた?」

「当たり前だっての、じゃなきゃお前がわざわざコガネからこんなとこまで来る"理由が無い"だろう」

「せやね、ウチもそう思うわ」

 

 一瞬、ピリッとした緊張感が空気を震わすが、両者はあえてそれを黙認した。

 二人は今ジムリーダーとしてその場にいる、そしてそれは未来永劫変わる事は無く、両者ともその事を納得した上で現在に至っている。

 故に、互いに余計な詮索はせずに、あくまでも仕事上の関係として相手に接するのである。

 

「用件というのは他でも無い、クリア、アンタが理事から受けてる指令の事や」

「ロケット団の調査の事、だけど残念ながら進展はねーよ。後でそう報告上げるつもりだし」

「アホ、そっちはそやったかもしれへんけど、せやかてあっちは(ちご)うてるんや」

「……あっち?」

 

 怪訝な顔をしたクリアに、アカネは一度頷いて続ける。

 

「その時はウチも現場におって、多分だからウチがアンタに言伝を言う役になったん思う。数週間前、ポケスロン会場で"ワタル"って人のカイリューが暴れたんや」

「……ちょっと待て、"ワタル"だと? それはもしかして、"カントー四天王のワタル"の事か?」

「う、うん、シバさんがそう言うとったから、多分そやと思う」

 

 急に声のトーンが下がったクリアに不信感を抱いたのだろう、少しだけ戸惑った様子のアカネだったが、今の彼には彼女のそんな様子の変化など見えていなかった。

 忘れもしない、カントー四天王のワタルと言えば、それは過去クリアがイエローと共にスオウ島で彼が対決した相手だった。

 行方不明のレッドを探すという役目を負って出た"初めての旅"、まだ駆け出しだった頃の思い出と共に、ゴーストポケモンの脅威とに虹色の炎が記憶の隅から蘇る。

 

「シバさんが言ってた……という事は、その場にいたのはワタルのカイリューだけで、ワタルはいなかったって事だな」

「うん、突然現れたカイリューが暴れだして、そのカイリューのトレーナーのワタルは行方不明や言う話で、そんでゴールドがそのカイリューを鎮めて……」

「……ワ、ワタルの次はゴールドかよ、全く次から次へと……」

 

 アカネの口から次々と飛び出してくる知人の名前に、思わずクリアは頭を押えた。

 彼女の話によれば、その日アカネはゴールドをポケスロン会場に案内する様頼まれ、彼女もそれを承諾してゴールドに付き添ってポケスロン会場に向かったらしい。

 だがそこで、突如として暴れまわるワタルのカイリューの襲撃を受けるが、しかしそれはゴールドがどうにか解決したという事だった。

 

「シバ……今はジョウト四天王の一人か、ならそのカイリュー、確かに信憑性は高いな、それで今はそのカイリューはゴールドが預かってるんだな」

「うん、ゴールドもワタルに用がある言うてたから」

「用? ゴールドが、ワタルに?」

「せや、なんでも"あのオーキド博士の使い"として、"アルセウス"ってポケモンの事について教えて貰う事になってたらしいで……って、クリア? おーい、どしたんやー?」

 

 ヒクついた笑みが零れる、予想外過ぎるポケモンの存在に一瞬、クリアの頭の処理機能が追いつかなかったらしい。

 だが無理も無かった。

 "アルセウス"、それはシンオウ神話の中に出てくる創造の神、そして恐らくクリアが知る中で最も規格外のポケモンでもある。

 まさかジョウトの地で、伝説の中の伝説であるそんなポケモンの名が出てくるとは、流石のクリアでも予想外だったのだろう。

 

「い、いや悪い。ちょっと予想外過ぎる名前に放心した、続けて?」

「う、うん、それでゴールドはそのままエンジュの方に向かって、ウチはそのままコガネに戻って……で、ついさっき、今の説明含めたアンタへの言伝を頼まれたって訳や」

「あぁ、うん、大体納得した」

「それにしてもアンタまでもがそないに驚くなんて、余程のごっついポケモンなんやろうなぁ」

 

 危機感の欠片も無いアカネの言葉に、クリアは乾いた笑いを浮かべて、

 

「あはは、その程度のレベルならどれだけ平和か……それで、これが本題だけどポケモン協会からの言伝って奴、なんて伝言を任されてきたんだ?」

「うん、そんで理事は、今回の"クリアに依頼してる件"と"アルセウス"の件に関連性がある思うてるみたいでな、だからクリアに……」

「あぁ、もう分かったぞ、きっとそのアルセウスの件を調べろって事だな」

「……"相方"と一緒にな」

 

 アカネの言葉の後、一瞬の間、そしてクリアは彼女へと聞き返す。

 

「……へ、"相方"?」

「せやで、なんや理事が特別に手配したみたいなんや、"国際警察"の人が一人、近々アンタんとこに……」

 

 瞬間、来客を告げるインターフォンが室内に響き渡る。

 

「あ、いいですよシズクさん、俺が出ます」

 

 席から立って、家事を中断しようとするシズクに一声かけるクリア、そんな彼の様子を少しだけ眺めて、不意にアカネも立ち上がって、

 

「来たみたいやな、タイミング的にもバッチリや、ほなウチは帰ろか」

 

 言って、アカネは裏口へと足を運ぶ。

 用件は伝え終わったのだ。彼女がこの場に残る理由はもう無い、当然の反応である。

 無論、クリアにも彼女を引き止める理由は無い。

 

「……悪かったな、アカネ」

 

 だからこそ、一言クリアはそう告げて、

 

「……ふふ、お互い様やで、クリア」

 

 少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべて、アカネも彼にそう返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 コガネのジムリーダー、アカネが去って間もなく、クリアはチョウジジムの前で彼と会った。

 僅かに香水の匂いが漂う、黒のハットを深めに被った青年だった。適度に整えられた髪も瞳も深い黒で、濃いベージュのコートを着用し、その傍らには彼の相棒なのだろう"ニューラ"が佇んでいる。

 

「あなたが"協会依頼の件"の?」

「えぇ"はじめまして"、そちらはジムリーダーの"クリア"さんで間違いないですね?」

 

 ひとまず、互いに自己紹介を済ませる事にしたらしい。

 "国際警察"、それはその名の通り、一つの場所に縛られず世界を又に駆ける警察組織の通称である。

 どうやら今回の事はポケモン協会が今回の事件、クリア単独での短期解決は望めないと判断しての行動だった様だ。

 "ロケット団"、"行方を絶ったワタル"、そして"アルセウス"、確かに不確定要素が多すぎる事件、図鑑所有者ゴールドが動いていると言っても、楽観視できる問題では無い。

 

 故に、協会はクリアに助っ人をつける決定をつけて、そして彼を寄越したのである。

 

「私は"ホルス"、国際警察のホルスです。よろしくお願いします、クリアさん」

 

 国際警察の"ホルス"。差し出された手を握り返した、この時のクリアはまだ知らなかった。

 この人物の存在が、この"必然的な対面"が自身にとってどれ程重大なものだったのかを――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェフェフェ、アポロ達は"アルセウス計画"を始めてみたいだねぇ」

「その様です、ですが既に"カラレス"が動きました。奴には奴で"目的"があるみたいですが、そちらは問題ないでしょう……それで今後、どうなさるつもりです、キクコ様?」

 

 ジョウト地方のとある場所で、彼女達の密談は行われていた。

 キクコと呼ばれる老婆と、彼女を師とするサキと呼ばれるロケット団員である。

 

「"アルセウスを復活させ、三体の伝説を蘇らせる"、なんとも中途半端な作戦だ、ただ復活だけさせても、"崩壊"を招くだけなのにねぇ」

「……とすると、やはり創造された瞬間に、三体を捕獲してしまうのが無難かと……勿論、アルセウスも一緒に」

「確かに、それが一番理想的だが、だけど何事にも"不測の事態"は存在するもんだよ。それにね、最終的には"あの一体"さえ手に入ればこっちのもんなんだ。その為にも、何事も万全を期して望まないといけない。でないと……」

「"図鑑所有者"、勝利の女神は必ず彼らに微笑みますか」

 

 言葉の後、サキは確かにキクコが頷くのを目視した。

 サキとキクコ、彼女等は共に過去"図鑑所有者"と呼ばれる者達に自身の野望を阻まれた者同士だ。

 故に彼女等は知っているのである。"図鑑所有者"と呼ばれる者達が例えどんなに"子供"でも、決して侮ってはならないと。

 

「その通りだよ。"女神(やつ)"は決して、アタシら悪党には味方しない。必ず"図鑑所有者(あのこら)"が勝つ道筋を用意している」

 

 確信を持った言葉だった。それだけの理由、光景をキクコは今までに何度も見てきたのだ。

 "スオウ島"、"仮面の男"、"ホウエン大災害"、"ナナシマ"、"バトルフロンティア"、いずれも後一歩の所まで"図鑑所有者"を追い詰めて、だが全て、経過はどうあれ最後は彼らの勝利で終わっているのだ。

 

「なら私たちに出来る事は、なんだか分かるかいサキ」

「ンフフフ、私なら、"どんな道筋でも必ず勝てる"という状況を作り出します」

「あぁその通りだよ、その為に、今まで身を潜めて準備してきたんだ。今現在ジョウトにおける敵の数なら、アタシらの勝ちは揺るがない……アタシが言う"不測の事態"が起きない限りはね」

「なら期待しましょう。我々の勝利で終わる事に……」

 

 そう残して、振り返ったサキの背後を見つめながらキクコは心中呟くのだった。

 

(サキ、アタシらが本当に勝つ時ってのは、その"不測の事態"すらも凌駕した時だけなんだよ)

 

 これから起こるだろう"図鑑所有者"と"ロケット団"の戦い。その戦いの勝敗を見越した上でキクコは、その更に先を見据えた上で深く笑うのだった。

 

 




ホカゲさんが出落ちっぽくなってしまった。

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