ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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七十四話『vsニューラ 物語の裏側』

 

 

 四人目のジョウト図鑑所有者"クリア"が"ホルス"と名乗る国際警察の青年と邂逅を果たしていた頃、彼以外のジョウト図鑑所有者である三人にもそれぞれ異なる動きがあった。

 ゴールド、シルバー、クリスタル。三人のジョウト図鑑所有者達はそれぞれ別々の経緯で、此度の事件に関与する事となったのだ。

 

 

 

「ワタルさんは……やはりいないか」

 

 ジョウト図鑑所有者の一人"シルバー"はその日、久方ぶりに"うずまき島"のワタルの隠れ家を訪れる。

 ここ最近、またしても活発な活動を開始したと推測されるロケット団ついての情報を得る為に、単独での調査を開始していた。

 尤も、"仮面の男事件"以来の訪問となり、もぬけの殻となった隠れ家からは人の気配など微塵も感じられなかったのだが。

 

「もしもあの組織が、再び集まって何かを始めようというのなら、俺が阻止する。ロケット団だけは、この俺の手で……!」

 

 ロケット団、それはシルバーという少年にとっては呪いにも似た言葉であり、組織である。

 "大地のサカキ"、そう呼ばれるかつてのトキワジムリーダーにして、ロケット団首領も務めるその男は、何を隠そう彼の実の父なのだ。

 ナナシマ事件の際知る事となった"驚愕の事実"、その時からシルバーは、壊滅したロケット団残党の動きには逐一目を光らせていたのである。

 ――そして、件のロケット団の動向を探るべく、立ち寄ったワタルの隠れ家で彼は一人の人物と出会った。

 

「何奴」

「お前は……フスベシティのジムリーダー"イブキ"か」

 

 ジョウト地方フスベシティのジムリーダー"イブキ"。ドラゴンポケモンを主とする彼女もまた、同じドラゴン使いのワタルとは深い縁があったのである。

 邂逅直後は、張り詰めた緊張が空間を満たし、一時は戦闘にまで及ぶかと思われた。

 だがその時、イブキの口から告げられた"ワタルの失踪"という情報、その事に動揺しながらもシルバーは、まずは自身が敵では無いという事をイブキへと伝えようと試みた。

 だがそこでトラブルが発生する。

 突然、彼ら二人が謎の襲撃を受けたのである。

 ドガースの大群による襲撃――であったが、しかしその程度の戦力での襲撃は、歴戦の図鑑所有者であるシルバー相手には些か戦力不足過ぎるというもの。

 難なくドガースの群れを瞬殺したシルバーだったが、そこで彼は群れの中の一匹のドガースから、"赤い板"の様な用途不明の道具を手に入れる事となる。

 

「"サファリゾーン"、"プレート"、"アルセウス"……?」

「あぁ、ほとんど断片的にしか聞き取れなかったが、それが兄者との通信の全てだ」

 

 そして失踪直前にイブキの下に残されたというワタルからの通信、その内容である"サファリゾーン"、"プレート"、"アルセウス"という三つのキーワードを入手して、シルバーはタンバシティ西に出来た"サファリゾーン"へと急行する。

 

 

 

 一方、"だんがいのどうくつ"のロケット団アジトにも変化が訪れる。

 

「制圧エリア目標達成じゃん。俺が本気を出せばこの位楽勝ですから!」

 

 ロケット団首領"サカキ"親衛隊、そんな名ももう虚しい三獣士最後の一人"チャクラ"。

 ジョウトを始めとした、これまで各地で起こっていたロケット団による活動の主犯たる人物であり、ナナシマ事件以降、行方を晦ませていた彼だったが、ここに来て再び表舞台にその姿を見せる事となった。

 目的は勿論、"ロケット団復活の狼煙を上げる事"、その為にチャクラは必要な人材、物資などを一人でかき集め、ここまで来たのである。

 

「今更! 今さら誰が戻ったってもう俺よりデカイ面させませんから! 例えそれが、かつての首領"サカキ様"でも!」

「……それは違うんじゃないか。チャクラよ」

「だ、誰じゃん」

「かつて三獣士と呼ばれたサカキ様の親衛隊、その一人であったお前なら分かるだろう? やはりロケット団はサカキ様のもの、サカキ様あってのロケット団だという事を」

 

 突如として登場したアーボックの尻尾で締め上げられ、短い悲鳴と共に墜ちるチャクラ。そんな彼とは打って変わる様に、先程までチャクラがいた場所に四人の人影が現れ、そしてその内の一人が宣言する。

 

「サカキ様の意思を継ぐ者のみが司令塔となる事が許されるわが組織、よってここからは私たち四人、アポロ、アテナ、ランス、ラムダ……我ら四将軍が指揮をとる!」

 

 

 

 少しずつ異変の影が見え隠れし始めたジョウト地方、そんな中、とある理由から彼女もまたサファリゾーンを訪れていた。

 ジョウト図鑑所有者の一人"クリスタル"。その日は、彼女がボランティア活動を行っているポケモン塾の行事が、このサファリゾーンで行われる日だったのだ。

 それは、沢山の子供達や普段以上のハイテンションぶりを見せる彼女の母親らと共に、サファリゾーンへと足を踏み入れて間もなくだった。

 

「シルバー? シルバーなの!?」

 

 そこで彼女は、長年の間スイクンを追っている"ミナキ"と呼ばれる男と、そして同じ図鑑所有者のシルバーと予期していなかった再会を果たす。

 聞けばシルバーは、そこでロケット団の"ラムダ"という変装を得意とした男と相対したというのだ。

 プレートとアルセウス、消えたワタル、そしてロケット団、ナニカが動き始めている事を予感するには、十分過ぎる程の出来事。クリスタルが決心を固めるまで、そう時間はかからなかった。

 

「そういう事なら仕方ないぴょん。クリス、あなたも図鑑所有者の一人として……ううん、それ以前にあなたのお友達の為に力を貸してあげな!」

「ふむ、ならばこのスイクンハンター"ミナキ"も一肌脱ごう! 子共達の安心安全なサファリゲームは私たちに任せてくれ!」

 

 本来ならば塾の子供達の引率はクリスタルの役目、その任を進んで請け負ってくれた母とミナキに感謝の念を感じながら、クリスタルはシルバーと合流する事に決めた。

 

「そうだ、"プレート探し"をするというのならエンジュに"千里眼を持つ修験者"と呼ばれる私の親友がいる。彼を紹介しよう! ただその代わりと言ってはなんだが、スイクンの声を聞く事が出来るという君達の仲間の"瞬間氷槍"を今度私に紹介して……あ、こら待ちたまえ! 私のマントは鼻を拭くものではないぞ!」

 

 目的地はエンジュシティ、そこにいるというミナキの親友の"千里眼を持つという者"にプレート探しの件を依頼しようという事で、とりあえずの今後の行動指針はとれたのだった。

 

 

 

 オーキド博士からの依頼、そしてポケスロンでのカイリュー襲撃事件の果てに幻のポケモン"アルセウス"に興味を示した彼は、個人的な理由(舞妓はん見たさ)からここ暫くの間エンジュシティに滞在していた。

 ジョウト図鑑所有者の一人"ゴールド"。ただし彼もまた、ポケスロンでのカイリュー襲来から今まで、何もしてこなかった訳では無い。この数週間の間で、彼のポケモン達は来るべき戦いの為に特訓を重ね、特に顕著な例として、ゴールドの"エイパム"は"エテボース"へと進化していたのだ。

 そしてゴールドは、エンジュシティのジムリーダー"マツバ"と偶然的な邂逅を果たす。

 ミナキから"ポケモン図鑑を持つ少年に君を紹介した"、という報告を受けていたマツバは、ゴールドが垣間見せた"ポケモン図鑑"から、彼をミナキが紹介して訪れた人物だと勘違いしたのだ。

 

「君だったのか。話は聞いている、引き受けよう、ジムまで来てくれ」

 

 

 

 時を同じくして、エンジュシティを目指すシルバー、クリスタル一行に突然の襲撃者が現れる。

 

「初めまして、四将軍の一人"アテナ"と申しますの」

 

 アテナと名乗る女ロケット団の襲撃、それに対応したのはクリスタルだった。

 自身の手持ちポケモン達を出して応戦し、その間にシルバー一人でもエンジュシティへと向かわせようとする作戦。

 だがその作戦に意を唱えるとすれば、それは紛れもないシルバー自身。当然と言えば当然か、それは自身の事情に仲間を巻き込んだ挙句、危険な状況でクリスタル一人を置いて行こうという事なのだから。

 

 ――しかし結果的に、シルバーはクリスタルの意に従う事となる。知ってしまったからだ、プレートの持つ力の意味を。

 シルバーはサファリゾーンでのラムダとの一戦で、彼から更に二つのプレートを入手しており、その中の一つ、"だいちのプレート"を自身のドサイドンに持たせて技を放つ事で、プレートの力の意味を理解したのだ。

 "ポケモンの技の威力を急激に上昇させる道具"、そう理解したシルバーは一旦その場をクリスタルに預ける選択をとった。ロケット団の手にプレートが渡る前に、先に自身の手でプレートを回収する為である。

 そうして、アテナとクリスタルの戦いは次第に激しさを増していき、それはシルバーが去って少し経った、その後だった。

 不意に、クリスタルの頭上に巨大な影が現れて――。

 

 

 

 そしてエンジュシティ、エンジュジムで彼らは――ゴールドとシルバーの二人は再会するのだった。

 

「よぉ、変な(とこ)で会ったな、何事だ? ダチ公」

 

 

 

 

 

 

 

 

 数刻後、そして彼らもエンジュシティを訪れる。

 ジョウト図鑑所有者とロケット団、彼らの争いが活発化していく中、彼ら二人もまたエンジュシティに向けて進路をとっていたのだ。

 色違いの黒いリザードンから飛び降りる少年と、一匹のダーテングの肩からゆっくりとした動作で地に足をつける青年、図鑑所有者兼ジムリーダーのクリアと国際警察のホルスである。

 

「それにしても、随分と迫力のあるダーテングですね」

「ジムリーダーにそう言って貰えるとは恐縮です。一応、こいつとは手持ちの中で一番付き合いが長いですから」

 

 "エース"と呼ばれる色違いのリザードンをボールへと戻しながらクリアは言った。実際、贔屓目無しの言葉通りに、彼の眼前のダーテングは並々ならぬ雰囲気をかもし出している。

 そんなクリアの素直な賞賛の言葉に、ホルスは苦笑いを浮かべながらダーテングをボールへと戻し、交代にニューラを外に出すと、

 

「それに、それを言うならあなたのリザードン。氷タイプの専門だと聞いていましたが、中々どうして良く育てられてる」

「アハハ、ありがとうございます。まぁ専門だからと言って氷タイプしか育てないという訳でも無いですし。それにエースは文字通り、ウチの"エース"ですからね、実力は手持ちの中でも一、二を争う程ですよ」

 

 エンジュジムまでの道すがらの雑談。

 長い間共に戦ってきた自慢の手持ちポケモン、そんなエースを褒めたたえたその言葉が自身の事の様に嬉しかったのか、クリアはいつの間にか頬をほこらばせて答えていた。

 そして、そんなクリアを興味深そうに眺めて、ホルスは微笑を湛え目を細めてから、

 

「へぇ、興味深いですね。現役のジムリーダーがそこまで言うポケモン、一体どういう経緯で出会ったのか」

「……あー、あまり面白い話じゃないですよ」

「と、言いますと?」

 

 どうやら引き下がる気は無いらしい。クリアは少し迷った後、頭をかいてからその先を口にする。

 

「エースは元々あるロケット団のポケモンだったんですが、そのロケット団の男が捕まって行き場を失ってた所を、俺が引き取ったと」

「……なるほど。そうだったのですか。優しいんですね、クリアさんは」

「そんなんじゃないです。ただ当時、俺はエースにある種の仲間意識みたいなものを感じてた気がするんですよ」

「仲間意識、ですか?」

「えぇ、俺もあの時のエースも、自分の居場所がどこにも無い様な状態でしたから」

 

 記憶の山を掘り進んで、溢れてくるのは当時の光景である。

 当時のクリアはまだ"此方の世界"を訪れたばかりで右も左も分からない状態だった。当然通貨の一枚も無ければ、手持ちポケモンなどいるはずも無い。

 また当時を思い出しては自分自身に疑いを持ってしまう程に、クリアという少年の性格は今と比べるとまるで別人であり、彼自身もまた未熟であったのだ。

 そんな時出会った三匹のポケモン、思えば彼らが全ての切欠だったのかもしれない。

 (ピカチュウ)(イーブイ)エース(リザード)。彼らとの出会いがあったからこそ、クリアという少年は様々な経験を積んで今に至った。

 だからこそ、クリアはもう今の自身の状況に悲観的になる事は無かった。むしろ後悔など欠片も無く、自身の運命に感謝してる程である。

 

 尤も、それはまた彼ら三匹のポケモン達も同じだという事を、果たしてクリアは理解出来ているのだろうか。

 

「……そう言えば、あの時の残党員(あいつ)は今もまだ牢の中なのかねぇ」

「何か言いました?」

「あ、いえ独り言です」

 

 不意に漏れた言葉、その呟きに反応したホルスが此方に視線を向けて、クリアは慌てて手を振った。

 一瞬過ぎった不気味な予感、その事を目の前のホルスに話しても何にもならない。

 

 

 

「……と、そろそろジムに着く頃だと……え?」

 

 雑談も程ほどに切り上げて、目指した目的地が見えてきた所でクリアの足が止まった。同時にホルスの歩みも停止する。

 エンジュジム。千里眼を持つと言われるマツバがジムリーダーを務めるジョウト地方の公認ポケモンジム。彼らの目的地は確かにそこに現存していた。

 ――ただし、ジムの上半分が綺麗に消し飛んだ、そんな状態で。

 

「ひどい有様だ、恐らく被害にあってまだ間も無いですね」

 

 まだ煙が立ち昇る様子から察しての判断だろう。ホルスの言葉がクリアの鼓膜を揺るがして、同時にクリアは目を覚ますかの様に我に返った。

 白煙と瓦礫の山が乱雑したエンジュジム、その周囲の木々も同様の被害を受けた様子でジム同様に上半分が綺麗に消し飛んでいる。

 文字通り、滅茶苦茶である。

 更に気づけば、その周囲にはチラホラと傷ついた者達の姿も目視出来た。誰もクリアの知った顔ばかり、他のジョウトジムリーダー達である。

 

「シジマさん!」

「……む、クリア……か」

 

 その中の一人、力なく座り込むシジマへとクリアは声をかけた。

 タンバジムのジムリーダーであり、カントー図鑑所有者グリーンの師でもある彼であるが、その折り紙付きの実力者がこれ程までの負傷を負っている。

 その事実に、クリアは僅かながらの戦慄を覚える。

 

「こ、この状況、一体何があったんです!?」

「……巨大な、謎の巨大なポケモンが現れたんだ……」

 

 シジマへと尋ねたクリアへ返答したのは、彼らの横から飛んできた声、同じくジムリーダー、キキョウシティのハヤトの言葉だった。

 シジマ同様、その身体は既に限界近く、立っているのが精一杯に見える。

 

「謎の、巨大なポケモン……?」

「あぁ、圧倒的な力のポケモンだ。あっという間だったよ、ジムの上部と俺達全員が吹き飛ばされたのは」

 

 いつに無く弱々しい彼の言葉から、事態の深刻度が過剰な程にクリアへと伝わる。

 キキョウジムリーダー"ハヤト"、クリアはその父"ハヤテ"と過去手合わせした事があったが、今のハヤトはかつての彼の父と勝るとも劣らない実力を持っていたはずだ。

 同時に彼は現役の警察官でもある。そんな彼が、目の前で起こった重大事件を前にここまで意気消沈している姿を、クリアは初めて目の当たりにした。

 

「……と、所でクリア、そちらの彼は?」

「ん、あぁ、紹介が遅れた。彼はホルス、国際警察から派遣された人間だよ。俺が協会から受けてた"依頼の件"で来てくれたんだ」

「ホルスです。以後お見知りおきを」

 

 ハヤトから尋ねられ、クリアは慌てて簡単にホルスの紹介をした。ホルス自身もクリアに遅れる形で、手を前に軽く頭を下げて丁寧な挨拶を行う。

 

「そ、それは失礼しました。俺、私はキキョウ警察のハヤトです」

「えぇ、よく存じ上げてますよ、キキョウのジムリーダー」

 

 そう告げられたホルスの口ぶりから察するに、どうやら彼はクリア以外のジョウトジムリーダー達の事についても調査済みらしい。

 現にホルスはクリアが何かを言う前に、ハヤトがジムリーダーであるという事を言い当て、思い返せばマツバの下へ向かおうと提案したのも彼だった。恐らくシジマもまたジョウトのジムリーダーであるという事実も、既に把握済みなのだろう。

 キキョウ警察と国際警察、彼らのやり取りから目を背けてから、クリアは今一度半壊したエンジュジムへと視線を向けて、

 

「……それにしても、ジムを一瞬にして半壊させる程のポケモンか。まさか……」

「"アルセウスがこの場に出現した"、タイミング的にもその可能性が最も高いですね」

 

 まさか返答があるとは思っていなかったらしい。ビクリと肩を震わせたクリアの視線の先には、既に会話を終わらせたらしいホルスが佇んでいた。

 

「や、やっぱりホルスさんもそう思いますか」

「えぇ、これだけの破壊は並のポケモンでもそうはいかない。加えて、ジョウトのジムリーダーでも見た事が無いとされるポケモン、それも伝説級のもので今一番可能性があるのが……」

「"アルセウス"だけ、という事ですか」

「そういう事です」

 

 やはりというか、どうやらホルスはクリアと全く同じ予想を立てていたらしい。

 ジムを一瞬で半壊にして、ジムリーダー級の実力者の戦意も根こそぎ奪い取る程の力を持つポケモン、となればそれはやはり伝説級かそれに匹敵する程の力を持ったポケモンとなる。

 加えて、ジョウト地方のジムリーダー達でさえ見た事が無く、そして一番の理由として今一番話題に上がるそんなポケモンと言えば紛れも無く、最も可能性の高い予想は"アルセウス"しか考えられないのである。

 

「……"アルセウス"、それがあのポケモンの正体なのか?」

「断定は出来ないですがね……マツバさん」

 

 突如としてかけられた掠れた声に反応して、クリアは彼へと顔を向ける。

 恐らく今回の事件の最大の被害者とも言えるだろうエンジュのジムリーダー"マツバ"、その表情には疲労の色が一杯に広がり、顔には滝の様な汗が流れていた。

 

「ふ、そうか。"アルセウス"、それが今回の一連の騒動、そして君が協会から依頼を受ける原因となったポケモンか」

「……すいません。全てが後手に回ってしまいました」

 

 マツバの言葉は皮肉でも何でも無かったが、それでもクリアは謝罪の言葉を述べる。自身のジムが半壊したマツバにかける言葉は、それ以外に見つからなかったのだ。

 

「いや別に責めてる訳じゃない、ただ俺自身が納得しただけだ。君が追っていた、そしてゴールドとシルバーという二人の図鑑所有者までもが絡んだポケモンの正体についてね」

「……ゴールドとシルバー? マツバさん、ゴールドはまだ分かりますが、シルバーもこの件に絡んでいるんですか?」

「あぁ彼ら二人共、つい数刻程前までこの場にいた。俺の千里眼を頼ってな、ゴールドは探し人、シルバーは探し物の依頼だった。そして丁度その時、"アルセウス"が現れたんだ」

 

 そう言った後、マツバは近くにあった一本の木を指差して、

 

「そこの彼、ホルスと言ったか。あなたのニューラならあの木に記されたメッセージが読めるはずだ」

 

 マツバが指差した先の一本の木、そこには確かにポケモンによってつけられた爪あとが存在していた。

 ニューラやマニューラが樹木に残す爪あと、それは彼らニューラやマニューラ達が仲間に自身らの意図を伝える為のサインだ。その習性を利用する事でメッセージの送り主はジョウト全土に、自身らへの協力を他のニューラやマニューラへと伝えていたのだ。

 そして、そのメッセージの送り主こそ、ジョウト図鑑所有者のシルバーと彼のマニューラなのである。

 マツバに言われるままに、ホルスは自身のニューラに一声かけ、ニューラもすぐにそのサインを読み取って数秒後、ニューラは意味の把握を伝えるかの様に一度だけホルスに向けて頷いた。

 

「シルバーは今プレートと呼ばれるものを探している、俺の所に来た時には既に三枚所持していた、恐らくアルセウスに関わる重要な道具だ。そして肝心のアルセウスだが、ゴールドが追って行ったよ……」

 

 そこまで伝えて、マツバは一息つく様に再び腰を下ろした。どうやら相当身体を酷使してるらしく、これ以上は動く事も出来ないだろう。

 だがそれも当然と言えば当然だろう。今しがたマツバはシルバーの頼みで、千里眼を使いプレートを探したと言っていた。彼のその言葉が本当なら、未発見のプレートの数だけ、およそ十数か所もの場所を千里眼で視たという事になるのだ。

 その事に、多少なりとも罪悪感を感じながらクリアは、

 

「ありがとうございます、マツバさん。千里眼の使用は唯でさえ急激に疲労するという話なのに、それを十三箇所も……」

「気に……するな、そう思うなら、クリア、お前は一刻も早くゴールドと、合流して、アルセウスを止めてくれ……!」

「……はい。勿論ですよ」

 

 息も絶え絶えのマツバにそう告げて、クリアは固く拳を握り締めた。

 思っていた以上に深刻な事態、エンジュジムの半壊、ジョウトの地に下りたアルセウス、そして忘れてはいけないのが、今回の件には恐らくロケット団も絡んでいるという事だ。

 そもそもとして、クリアが受けた依頼の内容は"ロケット団の調査"だった。それが今となっては、幻のポケモン"アルセウス"を追う形となっている。

 ――その事からクリアは確信した。

 それは長年様々な事件に立ち会ってきた事によって培われた勘、その勘が言っているのである。このアルセウスの件には"確実"にロケット団が絡んでいると。

 

 

 

「だ、だがクリアよ、お前はどこへ向かえばいいのか見当はあるのか?」

 

 投げかけられた質問に、クリアは正直に否定の意として首を振って返す。

 黙っていても事態は好転しない。しかしだからと言って闇雲に突っ走ってもゴールド、アルセウスと出会う事はまず無いだろう。何せ広大なジョウトの地、その一つ一つを虱潰しに探していても時間が掛かり過ぎる。

 最も簡単な方法はマツバの千里眼――なのだが、それはマツバが健康な状態だった場合の話だ。今の疲労困憊なマツバに千里眼の使用を強要するのは酷というものだろう。

 さてどうしたものかと、クリアが本気で頭を悩ませかけた。

 ――その時である。

 

「"アルフの遺跡"」

 

 ホルス。国際警察の青年の声がクリアへとかけられる。

 

「私独自の情報網(ネットワーク)からの情報です。どうやら現在、"アルフの遺跡"で何か異変が起こっているらしく、恐らく無関係では無いでしょう」

 

 そう告げたホルスは静かに自身のポケギアを懐に仕舞って、

 

「エンジュのジムリーダー、アルセウスが向かった方向はどちらですか?」

「……そ、それは向こうの方角……アルフの遺跡の方向だ……!」

「決まりですね」

 

 裏づけが取れたと言わんばかりに、ホルスが微笑を少しだけ深める。

 一体どこからの情報なのか、クリアとしては些か気になる点ではあったが、しかし今は一分のタイムロスが惜しい所である。細かな点には目を瞑る事に彼は決めて、

 

「分かりました。急いで向かいましょうホルスさん、アルフの遺跡へ」

 

 そう判断して、クリアはマツバ達に視線を送り、クリアの返答が満足のいくものだったからだろう、ホルスの表情には笑みが浮かべられている。

 その後すぐに、クリアはエースを呼び出し、ホルスもダーテングを外に出して、そして大空へと舞い上がる。

 目指す先は"アルフの遺跡"、確かに"らしい"と言える場所だろう――。

 

 ――現に、彼らの予想は見事に的中していた。今しがた、丁度クリアとホルスの二人が飛び上がった直後頃に、アルフの遺跡の方でも大きな異変が起こっていたのだ。

 シント遺跡。七人の人物達を巻き込んで作られるのは、異空間への出入り口。

 事態は常に動いてのだ、クリアの知らない所で、最終局面へと向けて。

 そうして彼ら二人は、三人のジョウト図鑑所有者、そしてロケット団四将軍に大幅に遅れる形でアルセウスへと迫るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「むむむ、まさか着任前にこれ程の大事件に遭遇してしまうとは……」

 

 クリアとホルスが去った後のエンジュシティ、その町に一人の男が訪れていた。

 安物のコートを着用した中年男性、傍らに連れ歩くグレッグルと共に異様な雰囲気をかもし出しており、半壊したエンジュジムを目の当たりにして、驚きのあまりか思わず硬直してしまっている。

 だがそれもほんの数秒の事だった。

 凄まじい程の眼前の光景に、男はしばし熟考してから、そして開き直る様に半壊したジムへと歩を進め出して、そして観念したかの様に呟くのである。

 

「それもこれも、この"国際警察ハンサム"の性というものなのだろうな」

 

 




シント編は基本、原作の流れの裏であれこれしたりする構成となっています。
もしかしたら今までで一番短い章になりそうです。

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