ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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七十五話『vsコクーン 黒き輝き』

 

 

 アルフの遺跡。ジョウト地方に現存する古代の遺跡であり、シンボルポケモン"アンノーン"が多く生息するその地に彼はいた。

 ジョウト図鑑所有者ゴールド。

 図鑑片手に手持ちのポケモン達をフル投入して、そして彼は眼前に佇む巨大な影を見上げて唸る。

 

「全くよぉ……何でこんな事になっちまったんだ? アルセウスよぉ!」

 

 アルセウス。

 宇宙創造の神話を持つ幻のポケモンであり、此度の騒動の原因ともなったポケモンである存在。ゴールドは今まさに、そんなポケモンと真っ向から相対している状態にあった。

 エンジュシティに突如として現れ、エンジュジムの上部半分を無残にも吹き飛ばした後、アルセウスが行き着いた先はこのアルフの遺跡だった。

 目的の一切が不明なアルセウスの行動、その行動にどんな真意があるのか――などという事は今のゴールドには当然分からなかった。

 だが一つだけ、彼にも理解出来る事がある。

 ゴールドとアルセウスを包み込む様に張られた混沌とした球状の"領域"。その"領域内"で何かを訴えかけてくるアルセウスの様子からゴールドは察したのだろう。

 

 今、眼前のポケモンと理解し合う為に必要な事――それは正真正銘真っ向からのぶつかり合いであると。

 

 アルセウスというポケモンが"求めるもの"が何かまではゴールドにも当然分からない。だが、アルセウスとの戦闘がその取っ掛かりになるだろうという事を、彼は本能的に理解したのだ。

 例えばジョウト図鑑所有者の仲間である"クリスタル"という少女。

 "捕獲"という方法でポケモンの事を理解しようとする彼女の様に、ゴールドもまた彼なりの方法(やりかた)でアルセウスの感情を引き出そうというのだ。

 

「"ブラストバーン"!」

 

 ゴールドの自慢の相棒、バクフーンの"ブラストバーン"がアルセウスへと直撃する。

 ――が、しかしバクフーンの"炎の究極技(ブラストバーン)"などまるで効いていないかの様にアルセウスは微動だにせず、さらに直後反撃だと言わんばかりに、アルセウスは複数のエネルギー波をゴールドとそのポケモン達へと照射する。

 旅立った頃と比べると、見違える程に成長、強くなったゴールド――だがそれでも、彼とアルセウスと呼ばれる神話の中のポケモンとは、天と地程の力量(レベル)の差があるらしい。

 相対し実際に戦ってみて改めてその事を再認識させられる。ゴールドのポケモン達の全力攻撃はアルセウスにはほとんど効果が無く、逆にアルセウスが放つ攻撃はどんなものでも致命的な威力を秘めている。

 勝ち目など、火を見るよりも明らかだった。

 どう転んでも、ゴールドがアルセウスに勝てる見込みはゼロに等しいと思える。

 

 ――にも関わらず、ゴールドの眼から光が失われない事には理由があった。

 

「持ちこたえてくれ皆、あの野郎が……シルバーの野郎がここに来るまでは!」

 

 ジョウト図鑑所有者の少年"シルバー"。彼という一つの可能性を信じて、そしてゴールドは必死にアルセウスへと食らいつく。

 

 

 

 "プレート"と呼ばれるアルセウスと深い関連性を持つ道具、十六枚の"プレート"全てを集めきったシルバーは、途中合流したクリスタルと共にアルフの遺跡のゴールドの下へと急いでいた。

 ロケット団四将軍の一人"アテナ"との戦闘後、偶然にも現れたアルセウスを深追いして撃破されていたクリスタルと合流出来たのは偶然だった。

 アルセウスの事は一旦ゴールドに任せて、自身は"プレート"集めに回ったシルバーは、ジョウト各地に散らばった"プレート"を順調に回収し、いざアルフの遺跡へ向かわんとしていた所で、傷だらけの彼女を発見したのである。

 その後辿り着いたアルフの遺跡、そこで彼ら二人が見たものは、激しい戦闘があったのだろう既にかなり消耗した様子でアルセウスと相対するゴールドの姿だった。

 それも何やら不可思議な"領域"の中にゴールドは閉じ込められており、見れば"領域"も少しずつ地中へと現在進行形で潜っている最中である。

 ――この期を逃せば、ゴールドの下へと辿り着く事は不可能かもしれない。

 そんな予感から、シルバーとクリスタルの二人は、躊躇無く"領域"へと飛び込む――。

 

 そうして、彼らはアルセウスの作り出した"領域"という名の入り口(ゲート)からその場所へと足を踏み入れる。

 シント遺跡、ジョウトでもシンオウでも無い二つの地方を繋ぐ異次元。全て四将軍の思惑通りに事は進む――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、"領域"が完全に沈みきったアルフの遺跡でも動きがあった。

 

「ゴ、ゴールドがアルセウスと一緒に消えてしまった……!」

 

 一体のコクーンを連れた少年だった。彼はこのアルフの遺跡を長年研究してきたその道の第一人者であり、今回の騒動中もアルフの遺跡でのゴールドとアルセウスの戦闘を全て見ていた少年。

 ヒワダジムのジムリーダー"ツクシ"。

 ジョウトのジムリーダーの一人であり、アルセウスによるエンジュジム襲撃の直後から、成行きでゴールドと共に行動していた少年である。

 

「それにあの"ワタル"という人も、事態を収拾する為と言ってどこかへ行ってしまうし、僕はどうしたら……」

 

 無力感と焦燥感に駆られながら、とある人物の名と共にツクシは呟いた。

 ドラゴン使いの"ワタル"。かつての四天王事件の首謀者であり、善か悪かと問われれば迷わず"悪人"だと言える人物。

 しかしそれも過去の話、スオウ島での決戦後暫く、ワタルは世間から姿を眩ませて、今となってはむしろ図鑑所有者やオーキド博士といった人物達に、此度の危機を知らせてくる様な人間へと変わっていたのである。

 

 ――では何故、元々ポケスロン会場でゴールドと落ち合うはずだったワタルがこのアルフの遺跡にいたのか。それはやはり、ロケット団の暗躍によるものだった。

 ロケット団四将軍の一人"ラムダ"による卑劣な奇襲によって大きなダメージを受けたワタルは、暫くの間このアルフの遺跡で身を隠し、療養に尽くしていた。

 そこにアルセウスと共にゴールドが現れて、その事で彼は今現在の事件の概要を知る事になり、その後、自身のカイリューと共にどこかを目指して飛び出していったのであったのだ。

 

 全てはこの事件の収拾を図る為――恐らく、ワタルのその言葉に嘘は無いだろうとツクシは考える。

 その言葉を放った時のワタルの顔は真剣そのものであり、ましてやこの様な事態に冗談を言うタイプにも見えない。

 ならば彼が告げた通り、ツクシが特別何かをせずとも、良くも悪くも事態は動くはずだ。

 更に言えばアルセウスと共に沈んで行ったゴールドも、そう簡単に終わるとは到底思えない。彼も図鑑所有者と呼ばれるある種特別なトレーナー、例え相手が強大な組織一つでも、どうにかしてしまう意外性を秘めている。

 

「……だけど、僕だけこのまま何もせずにいていいのか……?」

 

 自問は言葉としてツクシを揺さぶる。

 いくらジムリーダーと言えども、ツクシは先のアルセウスによるエンジュジム襲撃の際、闘争心のほとんどを折られる程にアルセウスに恐怖してしまっている。

 むしろその光景を見てもまだ、アルセウスと相対しているゴールドの強靭過ぎる精神力がある意味異常とも言えるかもしれない。

 だがそれでもだ。

 傷つきながらも尚アルセウスに立ち向かうゴールド程とまでは言わないが、それでもツクシは思う――"自身にも何か出来る事はあるのでは無いだろうか?"と。

 

「いや"ある"はずだ、僕にも出来る事が……!」

 

 そして、その考えに行き着いた後の行動は早かった。

 ツクシの思いに呼応する様に、彼の連れたコクーンが繭を破る。

 

「無駄足になっても構わない、僕は僕に出来る事をするんだ!」

 

 進化したスピアーと共にツクシが目指す先はヒワダタウン近辺。万一の際二体のポケモン達の力を借りる為に彼は空へと駆ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 シント遺跡には二組のトレーナー達が入り込んでいた。

 一組はゴールド、シルバー、クリスタルの三名、ジョウト図鑑所有者と呼ばれる者達。

 そしてもう一組は四将軍と名乗る四人のロケット団幹部達であった。

 彼ら四将軍の目的はアルセウスを使ってシント遺跡にてあるポケモン達を創造する事、その為に彼らはジョウト図鑑所有者の彼らを利用していたのだ。

 アルセウスと心を通わせシント遺跡への道という名の"領域"を作る為にゴールドやクリスタルを、そして十六枚の"プレート"集めをシルバーに負担させる事で、彼らは最小限の労力でシント遺跡への侵入に成功したのである。

 

 僅かに積雪するシント遺跡、その内部にある"みつぶたい"、その中心にアルセウスは四将軍によって祀られていた。

 アルセウスと関係性の深い道具"プレート"。アルセウスのタイプを自由に変える能力を持つそれを、アルセウスを人質としてシルバーから奪い取った"アポロ"は遂に計画を最終段階へと移行した。

 彼らの計画の最終目標、即ち――伝説の創造である。

 創造ポケモンと呼ばれるアルセウスの能力を使用し生み出されるのは"ディアルガ"、"パルキア"、"ギラティナ"の三体。

 "時間"と"空間"と"反物質"を司る伝説達を統べる事で、ロケット団の復活を全地方に知らしめ更には首領(ボス)であるサカキの帰還を願う。

 それこそが彼らの真の目的だったのである。

 

 だが、そんな目的をそう易々と許す程、彼らとて甘くは無かった。

 ジョウト図鑑所有者と呼ばれる者達、ゴールド、シルバー、クリスタルの三名はコンビネーションを駆使して、創造途中の伝説達へと三位一体の究極技を当てる事に成功する。

 シルバーが敵を引き付け、その隙にゴールドとクリスタルが究極技の指示を出して四将軍の企みを阻止、かつ全ての"プレート"もアルセウスへと還る様誘導する。

 一見すると完璧とも思える作戦だった。

 だがそこに一つだけ、ただ一つだけ、誤算があったとすれば――伝説の創造は、"アルセウスの意思"によって行われていたという事だろう。

 

「ッ、伝説の三体がまた!」

「当然だ! 一度始まった創造がそう簡単に止まってなるものか!」

 

 驚愕の声を上げたゴールドに対し、アポロは自信に満ちた声色で言う。

 事実、アポロの言う通り、それが"誰の意思"にも関わらずアルセウスの伝説創造はそう簡単には止まらないのだろう。

 ――しかし、その事でアポロが得意気になるのはお門違いという所だ。

 

「なんっ!? ぐあぁ!?」

 

 瞬間、悲鳴と共にアポロの身体が宙を舞った。

 他の四将軍、更に三人の図鑑所有者達も含めて何が起きたのか一瞬理解出来なかった。

 それもそのはず、アポロは自身の手によって生み出した伝説"ギラティナ"によって、突如として吹き飛ばされたからである。

 

「な、何がどうなっていますのランス!? アルセウスも含めてあの四体はあたくし達の制御下に置かれてるはずでは!?」

「えぇそのはず、そう思っていたのですが……」

 

 アテナとランスの二人が困惑するのも無理は無い。

 彼らはつい先程まで、アルセウスを完全に手中に収めたと考えていた。だからこそ、アルセウスが伝説の創造を実行したと考えていたのだ。

 だが実際にはアルセウスは自身の目的の為に伝説の三体を創造した。その事を、創造ポケモン"アルセウス"が自身らの制御下などに置かれていない事を、彼らは今ようやく理解したのである。

 

「……ですが実際には違ったみたいですね。状況から見て、恐らくアルセウスは、あの三体を"アルセウス自身の意思"で創造したらしい」

「な、何故アルセウスがそんな事をするのですの!?」

「な、なぁそれって多分、アレの為なんじゃねぇのか……?」

 

 アテナの問いに答えたのはランスでは無くラムダの方だった。見れば彼はどこか怯えた様子で一点を指差している。

 何事かと、つられる形で其方の方向を向いたアテナとランス、そうして彼らが見たのは――伝説の戦闘だった。

 

「そんな……生み出されたディアルガとパルキアが……」

「……ギラティナと戦っている、だと……!?」

 

 掠れる様なクリスタルの言葉をゴールドが紡ぐ。

 少し離れた場所にいたジョウト図鑑所有者の三人も、その戦いの様子を驚愕の表情で眺めていた。

 ディアルガとパルキア、"時間"と"空間"を司る伝説の二体が、"反物質"を司るギラティナと激しい戦いを繰り広げ、その様子をアルセウスは天から静かに見下ろしている。

 異様な光景だった。三体の伝説が何故争っているのか、そして何故アルセウスがそれを静観しているのか、それら全ての疑問がこの場にいた人間全ての中に生まれる。

 ――直後だった。

 爆撃の様な衝撃波が、図鑑所有者と四将軍などという枠組み関係無く彼ら全員へと襲いかかる。目を開けてられるのもやっとの戦闘の余波の中、ゴールドは愛用のゴーグルをかけて戦いの行方に再度目を向ける。

 そして彼は視線の先で、一つの異変に気づいた。

 

「お、おいなんだありゃあ!?」

 

 ゴールドの叫びで、他の者達も周囲の異変にようやく気づく。

 恐らく彼らが伝説達の戦闘に夢中になっている最中で生まれ始めていたのだろう、繰り広げられる三体の伝説達の戦闘、そこを中心としていくつかの場所に"歪み"が生まれ始めていたのだ。

 グニャリと歪んだ空間、それは小さいながらも確実に広がりを見せ始めており、数も除々に増え始めていた。

 伝説達の戦闘が始まった途端、シント遺跡に現れた歪み。その歪みは一体何なのか――答えは意外にも早く出た。

 

「……マズイですよ、アレ」

 

 不意に、タブレット状の情報機器を眺めながらランスが口を開く。

 

「あの歪みを原因として、このシント遺跡という特殊領域のバランスが少しずつ崩壊し始めている。このままではいずれ……」

「ちょ、ちょっとランス!? このままではいずれ……ど、どうなると言うのですの!?」

 

 言いかけたランスに、酷く焦った様子のアテナが詰め寄った。

 だが彼女が焦るのも無理は無い、眼前で巻き起こる伝説の戦い、それに呼応する様に現れ始めた空間の歪み、更には先程から小さな地震までもが立て続けに起こり始めている。

 そして極めつけにランスは、四将軍の中でも情報処理等を担当するどちらかと言えばデスクワーク派の男である。

 シント遺跡の調査や分析を実際に行っていた男が顔を青くする様な事態、それ即ち何かしらの危機が今自身等に迫っていると、アテナは直感で感づいたのだ。

 

「このまま三体の戦いが続けば……」

「こ、このまま続けば……?」

 

 そうして、アテナに急かされる形でランスは、恐る恐るに口を開くのだった。

 

「シント遺跡の特殊領域が完全に崩壊し、恐らく僕達全員……いやそれだけじゃない、ジョウトとシンオウの二つの地方が……終わる……!」

 

 絶望が、広がる。

 ギラティナの攻撃で意識を失ったアポロを除いた全員がその言葉を耳にした。

 一瞬、今の言葉がランスの言葉の(ハッタリ)だという線も考えられたが、しかし現に顔を青くしたランスや、同じ表情をとるアテナやラムダの様子から察したのだろう。

 次第に三人の図鑑所有者達の顔色も悪く、しかし険しいものへと変わっていく。

 轟音が響く。

 シント遺跡全体が悲鳴の様な音を立てて、時折足元が大きく揺れる。歪みも少しずつ増殖し、広がっていく。

 

 混沌としたシント遺跡内部、そんな中まず最初に口を開いたのは、やはりという彼だった。

 

「けっ、なんだ簡単な事なんじゃねぇか」

「……ゴールド?」

 

 不意に不敵な笑みを浮かべたゴールド。絶望が加速する世界の中で、唯一笑みを浮かべた彼の名を訝しげな様子でシルバーは呼ぶ。

 アポロを除く全員の視線が彼へと集まる。

 規格外な少年少女達が多く集まる図鑑所有者と呼ばれるトレーナー群、その中でも群を抜いての"意外性"を持つ少年は、争う三体の伝説達を眺めながら、

 

「お前、ランスって言ったか? 要はよぉ、あの戦ってる三体を引き離してやりゃあ、崩壊なんて起こらねぇんだろ?」

「あ、あぁ……だがまさか、お前あの戦闘に参戦するつもりなんじゃ……!?」

「あぁ!? なーに言ってんだこのすっとこどっこい! そんなん"当然"だろうがよぉ!」

 

 当たり前だと、そう宣言したゴールドの言葉に、四将軍の三人は絶句するが、それも仕方無い。何せ眼前で繰り広げられる戦いは伝説達による文字通りレベルの違う戦い、その辺で行われる野良バトルとは一味も二味も違う危険なものなのである。

 故に、四将軍の三人はその選択を最初から放棄していた。むしろラムダに至っては内心でどうやって逃走するかを考えていた程だ。

 

「ふっ、やはりそれしか手は無いか」

「な、シルバーお前!?」

「えぇそうね、それに……ジョウトの皆まで巻き込まれると聞いてしまったら、どの道引くに引けないわ!」

「小娘、貴女まで……!?」

 

 そしてゴールドに続く様に彼らも意思を固める。

 シルバーとクリスタル、彼らもまたゴールドと同じ図鑑所有者であり、幾多の修羅場を潜ってきたトレーナー、恐らく例えこの場にゴールドがいなくても、同じ選択を取っていただろう。

 信じられない、そう言いたげな様子で彼ら三人の図鑑所有者達を見つめる四将軍の三人、だったが――不意にゴールドはそんな彼らの方を向いて、

 

「で、何呆けてんだよテメェら?」

「……へ?」

「"へ"? じゃねぇよ! 元はと言えばテメェらロケット団がやらかしちまった事だろうが! だからテメェら三人共、嫌でも協力して貰うぜ!」

 

 そう言って、とりあえずといった様子で一番身近にいたランスをひっ捕らえるゴールド。そんな彼に続く様に、

 

「全くロケット団と共闘なんて……でも確かに私達だけじゃ戦力的にも不安だし、"ロケット団のプライド"見せて貰うわね、アテナさん?」

「うっ……」

「逃げる事は許さんぞ、ラムダ」

「ぎゃ!?」

 

 かつて相対した際、"ロケット団のプライド"がどうと言っていたアテナに、クリスタルは皮肉めいた言葉をぶつけて精神的な退路を塞ぎ、シルバーはシルバーで今にも逃げ出しそうなラムダの首根っこをしっかりとマニューラに握らせていた。

 意識が無いアポロはこの際放っておいて問題無いだろう。どちらにしてもこれで六人、アルセウスはこれを傍観するものと一先ず考えて、一つの伝説に対して二人でぶつかればいい計算となり、たった三人で一対一の戦闘を行うよりは遥かに勝率は上がるはずだ。

 まぁ尤も、この男にはそんな計算などあるはずが無く。言葉の通りに彼ら四将軍にケジメを取らせたいだけだろうが。

 だがそれでも彼の一言によって、二つの地方の危機を前に彼らはこうして一時的に手を結ぶ事となった。

 図鑑所有者とロケット団四将軍、善と悪、本来ならば混じりあわない二つのグループ。かつてその二つが手を結んだのは、恐らく四天王事件におけるスオウ島での決戦が最初にして最後だっただろう。

 眼前で繰り広げられる伝説達の戦い、その様子に皆が多少なりとも畏れを抱く中、そんな中で彼は――図鑑所有者ゴールドは、堂々とした態度で開戦宣言を行うのだった。

 

「さぁ、祭りの始まりだぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリアとホルスの両名がアルフの遺跡に降り立つ頃、その場にはただの一つも人影などは存在していなかった。

 人の手が加わっていない、無人の古びた遺跡が立ち並ぶ空間。

 しかし、そんな何の脅威も感じさせない様な辺ぴな場所で、彼らは恐らく今日一番と言いえる程の緊張の色を顔中に広げて佇む。

 

「なんだ、あれは……?」

 

 エースの背から飛び降りながら、困惑の表情を浮かべてクリアが呟く。

 理由は簡単だった。そこに在ったのは、空中に歪み現れ出したいくつもの"亀裂"。アルフの遺跡を中心として、その周囲数キロ程まで、大小様々な謎の"亀裂"が生まれ始めていたのである。

 

「分かりません。ですがこの場所で、何かしらの異常が起こっているという事は確かでしょうね」

 

 ホルスの言葉に、クリアも言葉に出さずとも内心で頷く。

 事実、彼ら二人は知る由も無かったが、それは確かにとある事柄を切欠とした"異常"だった。

 ジョウトでもシンオウでも無い場所、"シント遺跡"。その場所で巻き起こった"伝説達の戦い"における余波こそが、今彼らの眼前で展開される"亀裂"の正体であり、今はまだ小さな綻びに過ぎない"亀裂"だが、だがこの"亀裂"が広がれば広がる程――つまりはシント遺跡における"伝説達の戦い"が激化すればする程、その影響は"亀裂"にも影響を与える事となる。

 その結果起こる事――それは二つの地方の崩壊。

 "亀裂"が広まれば広まる程、ジョウトとシンオウの地の時空が不安定となり、シント遺跡のある"領域"に引き摺られる様に二つの地方が崩壊する事になるのである。

 ――とは言っても、

 

「なぁホルスさん、これってやっぱり……」

「えぇ、十中八九、今回の事件に関係してるものでしょう。アルフの遺跡に人影が見当たらないのも、きっとその所為でしょう」

 

 その様な情報を彼らが知っているという事は当然無く、緊張感こそあるものの、別段急ぐ様子も見せずに、クリアは身近にあった最も大きな"亀裂"を訝しげに見やる。

 まるで適当な絵の具をパレットに零しグチャグチャに混ぜ合わせた様な、混沌とした配色の未知の領域。

 気軽に触れて良いものかすら怪しいその領域を前にして、彼はあるものを思い出す。

 

「それにしてもこの"亀裂"、似ている。"時空の狭間"に……」

「"時間の狭間"、というと時渡りポケモンの……あぁそう言えば、過去の"仮面の男事件"に、時渡りポケモンは深く関係しているのでしたね」

「えぇそうです、その際俺は一度"時空の狭間"に入った事があります……ですが」

 

 "時空の狭間"。時渡りポケモンのセレビィを代表とした特別な存在だけが自由に行き来出来る空間であり、過去、ただ一人の彼にとって大切な者を無くした場所。

 少しだけ懐かしい出来事、人物を思い出して、クリアは場違いな微笑を浮かべる。

 彼は過去、"亀裂"に近い現象である"時空の狭間"へ入るという経験をしていた。が、しかしそれはあくまで"虹色の羽"と"銀色の羽"という道具の効力によるものであり、その二枚の羽も今は彼の手元には無い。

 尤も――、

 

「だけど、これは"違う"。直感で分かる。確かに似ているけど、この"亀裂"は……"時空の狭間"じゃない」

 

 尤も、眼前の現象である"亀裂"と"時空の狭間"に似て非なるもの。

 それが直に"時空の狭間"に触れた者としてのクリアの意見であり、事実彼の推測は正しく、故に"虹色の羽"と"銀色の羽"の二枚が在ったとしても、状況を打開出来た訳では無かっただろう。

 彼が過去触れた"時空の狭間"とは"時間移動の為"のものであり、そして今回の"亀裂"はアルセウスが作った"空間移動の為"の為の"領域"の余波、故に"時間の狭間"と"亀裂"は確固とした別現象なのである。

 

「だけど、だとしたらこれは一体……」

「……これは私の推測ですが……」

 

 その時だった。

 ホルスが何かを言いかけたその時、クリアは不意に何かが頬をすり抜けていく感覚に襲われた。

 感じた限りでは風は然程吹いてはいない。

 不思議に思い、彼が自身の頬に手をやって見ると、そこにあったのは少量の砂だった。

 黒く怪しく輝く"黒色の砂"。無論、このアルフの遺跡にその様な目立つ砂は存在しない。

 

(これって……)

 

 嫌な予感がした。右手に付着したアルフの遺跡にはあるはずの無い"黒色の砂"、その砂を見た途端、言いし得ぬ不安がクリアの背中を這った。

 

「"時空の狭間"が別の"時間"に繋がるものならば、もしかするとこの"亀裂"は……別の"空間"に繋がるものでは無いでしょうか?」

「……別の空間、というと?」

「例えばこの世界のどこか、もしくは、あくまでも可能性の話なのですが……」

 

 言いかけた所で一度ホルスは言葉を詰まらせる。

 恐らく彼も半信半疑での言葉なのだろう。"可能性の話"と最初に告げて、僅かな躊躇いの姿を見せるのも、その可能性が極端に低い故の発言のはずだ。

 だがクリアは、ホルスの躊躇いの理由を理解すると同時に、恐らく次に飛び出るであろうその言葉を否定出来ないだろうとも考えながら、彼の言葉を待つ。

 そして、ホルスが一呼吸整えて口を開いた。

 その瞬間、得体の知れない何かが、"亀裂の中"からゆっくりとした動作で現れる。

 重い足音が遺跡に木霊して、クリアとホルスは一斉に振り向いた。

 そこにいたのは、纏う砂に加え体表までもが黒色に輝くポケモンだった。相当な力量(レベル)と見て取れる風格、その種族のポケモンとしては一回りも大きく風変わりな身体、そして、戦いに飢えていると言わんばかりの眼光。

 今にも暴れ出しそうな黒色のポケモンを前に、彼らとその傍らに立つ二匹のポケモン達は自然と戦闘態勢をとって、

 

「あるいはこことは違う……"別世界"!」

 

 輝く黒砂。

 通常色、色違いも含め本来ならば在り得ない配色のポケモン。

 その存在から、ホルスは確信を持って自身の言葉を放ち、そして黒色(いろちがい)岩竜(バンギラス)は凶悪な雄叫びを上げる。

 

 




 黒いバンギラスの元ネタ、知ってる人は知ってるポケモン漫画です。一応オマージュしたのは色だけですが。

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