ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

76 / 81
七十六話『vsバンギラス 悪と正義』

 

 

 日が落ちて。

 深く濃い闇と静寂が支配する夜、月明かりの下、けたたましい雄叫びがアルフの遺跡に木霊する。

 クリアとホルス、両者の前に現れた異色の"バンギラス"は異様な存在感を放ちながら、彼らへと鋭い眼光を投げかけていた。

 通常、バンギラスの体色は薄い緑を基調としたものであり、その色違いとなれば黄緑色に近い色合いのものとなる。

 

 ――しかしである。

 しかし、今彼らの眼前に佇むバンギラスには、そんな当たり前の法則は当てはまらなかった。

 

 全てを塗りつぶす闇の様な"黒"。唯一腹の一部分のみ赤の色が広がっているが、その他全ての体色は深淵の如き黒であり、特性"すなあらし"で生み出された砂粒の一つ一つまでもが、怪しく光る黒砂と化している。

 恐らく、この世界のどこを探しても見つからないであろうバンギラス。

 不自然に空いた"亀裂内"から現れた点から言っても、"その確証"は極めて高いと言えるだろう。

 この黒いバンギラスは"異世界"から現れたポケモンである――と。

 

 

 

 ジョウトの地を舞台としたアルセウスを巡る戦い。

 戦いの終着点となるシント遺跡でジョウト図鑑所有者の三人と、三人のロケット団四将軍が一時結託していた時、アルフの遺跡ではクリアとホルスの二人が未知との遭遇を果たしていた。

 "亀裂"という未知の事象から現れた異色のポケモンとの邂逅。

 未だかつて誰も為し得た事が無いであろう出来事を前に、ホルスは無言で自身のダーテングへと目配せして、クリアもまた何も言わずに真っ直ぐと黒いバンギラスへと視線を送る。

 

(もし……ホルスが言った言葉がもし本当だとしたら、こいつは俺と……)

 

 "同類なのかもしれない"、そんな予感がクリアの頭を駆け巡る。

 別世界、こことは違う別の世界、空間。その存在をクリアは身を持って証明している。そもそもクリア自身が別世界の出身であるのだ。恐らくこの世界の誰よりも、彼は異世界の存在を否定出来ない存在なのだ。

 そしてそんな彼だからこそ、悟る事が出来る。目の前にいる異色のポケモンは別世界の存在である――と。

 こことは違う。そしてクリアという少年が生まれ育った世界とも違う、第三の――否、無限に存在するであろう数々の異世界の内の一つ、そんな世界から、この黒いバンギラスはやって来たのだろうと。

 

 理屈では無く直感で、クリアは瞬時に感じ取ったのである。

 

 

 

「ッ! エース!」

 

 瞬間だった。

 叫ぶと同時にクリアは勢いよくジャンプして、完璧なタイミング黒い火竜(エース)が彼を乗せて飛び上がる。

 直後、突風が吹き荒れ、そして鋭利な石柱が地面から突き上がった。

 "ストーンエッジ"。突如として地面から飛び出た石柱は、エースに飛び乗ったクリアとダーテングの肩に乗ったホルスを間一髪で捉えきれず虚しく空を切る。

 

「ホルスさん!」

「問題無い、です……が」

 

 口元に右手を置いた状態でホルスが応える。クリア同様に彼もまた無傷で済んだ様子だ。

 だがしかし、安心なんて到底出来やしない。

 ピリピリとした緊張感が二人の肌へと伝わった。空気が振るえ、草木がざわめく。

 

「どうやら、事の次第はそう穏便にはいかない様ですね」

 

 押し潰されるかの様な威圧感を感じながら、振り出す様にホルスが呟く。

 岩と悪の複合タイプとはよく言ったものだ。これ程までに、それら二つのタイプを合わせ持つに相応しいポケモンもそういないだろう。

 黒いバンギラス、そのポケモンの印象を一言で言うならば――"破壊神"。

 例えばエースが"黒い火竜"ならば、このバンギラスは"黒い岩竜"。闇に溶け込み怪しい輝きを放ちつつ、本能のままに"ストーンエッジ"を放つその姿はまさしく"悪"そのもの。

 "導く者"、クリアは野生のポケモンとも比較的友好な関係を築く自信があった。

 しかしそれでも、目の前の黒いバンギラスに対して、彼はすぐに眼前のポケモンと理解し(わかり)合えるとは微塵も思えなかったのだ。

 

「"はっぱカッター"」

 

 そしてそう考えるのはホルスもまた同じ。

 先の仕返しとばかりに、複数枚の木の葉を黒いバンギラスへと撃ち込むダーテングと、その肩に乗ったホルスは既に目の前のポケモンを"敵"として認識している。

 倒すべき敵、果たして簡単にそう判断していいのか、クリアは一瞬だけ迷って、

 

「"ドラゴンクロー"だ、エース!」

 

 だがどちらにしても、この黒いバンギラスは初対面の人間に対して、何の躊躇も無く"ストーンエッジ"の様な強力な攻撃を放ってくるポケモンだ。

 "倒す"にしろ"捕獲する"にしろ、このまま放置という選択肢は存在しないだろう。

 "はっぱカッター"によって黒いバンギラスは防御姿勢を強いられたまま、そこにすかさずエースは"竜爪(ドラゴンクロー)"を叩き込む。

 その時、一瞬だけエースと黒いバンギラスの視線が交差して、

 

「くっ!」

 

 悔しげなクリアの声。"はっぱカッター"と共に吹き飛ばされたエースが空中で体勢を整える。

 先の一瞬、エースの"ドラゴンクロー"が黒いバンギラスへと届くその刹那、周囲全てをなぎ払う様に放たれた"あくのはどう"によってエースの攻撃は不発に終わった。

 完全に捉えたと思った一撃、そしてそれを防がれた事実――どうやら見た目の雰囲気以上に彼らの敵は強大らしい。

 一度だけ、クリアはホルスに目配せしてホルスも彼に応える。

 

「……いいでしょう。面白そうだ」

 

 クリアの意見にホルスも異議は無い様子だ。

 クリアが手に持った一個の"スーパーボール"、それで全ては伝わったのだ。

 倒すか、捕まえるか。二つに一つ、よって――、

 

「黒いバンギラス、気になる事は多々あるがまぁ、ここはセオリー通りにいかせて貰うぜ」

 

 よってクリアは、捕獲という方法を用いて黒き破壊神(バンギラス)の攻略を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時空が歪み、耳を塞ぎたくなる様な轟音が辺り一面に響き渡る。

 シント遺跡。ジョウトでも無くシンオウでも無い全く別の空間で、その戦いは巻き起こった。

 ディアルガ、パルキア、ギラティナ、三体の伝説のポケモン達による神話級の争い。その争いは時空を歪ませ、シントの地のみならず、その入り口となるジョウトアルフの遺跡周辺にまで影響を及ぼしていた。

 "異変"が起これば、それは直に"過程"を経て"結果"へと繋がる。

 "崩壊"という"結果"が起こるまで、時間はそう残されていなかった。

 

 

 

「いくぜ相棒! "ダブルアタック"!」

 

 故に彼らは、開始早々に全力を以って各伝説達へと対抗する。

 ゴールドとランス、シルバーとラムダ、クリスタルとアテナ。本来交わるはずの無い白と黒が、未曾有の危機を前に一時的とは言え手を結んだのである。

 二本の尻尾を振りかざし勢いをつけて放たれたゴールドのエテボースによる"ダブルアタック"。その攻撃は正確にディアルガの後頭部へと二撃を与え、更にそこから間を置かずして、

 

「そこです。"エアカッター"」

 

 ランスのズバッドによる"エアカッター"が乱舞した。嵐の様な風の刃が空を裂きつつディアルガへと降り注ぐ。

 余程戦いに集中していたのだろう。

 突然の横槍に攻撃を受けたディアルガは勿論、向かい合うパルキアとギラティナまでもが一瞬攻撃の手を弱め周囲へと注意を払おうとする。

 ――しかし、

 

「チッ、しょうがねぇ乗りかかった船だ! "えんまく"!」

 

 パルキアとギラティナが彼らに気づいた、その刹那。

 ラムダのドガースが噴出した"えんまく"、視界を奪う程の黒煙が唐突に周囲に立ち込めパルキアが一瞬動きを止めた。

 

「ふん、"アクアテール"」

 

 そしてその一瞬を、シルバーは決して逃がさない。

 彼のオーダイルが放った"アクアテール"がギラティナからパルキアを遠ざける様に弾き飛ばす。

 そしてそれに続く様に、

 

「"ソーラービーム"!」

「"ナイトヘッド"!」

 

 恐らくこうなる事を見越していただろう。

 あらかじめ光を溜めていたクリスタルのパラセクトによる"ソーラービーム"と、アテナのヤミカラスの"ナイトヘッド"がギラティナを捉える。

 だが流石に先の件で警戒されていたのだろう、攻撃こそ決まれど、ギラティナの場合はパルキア程上手く引き離す事は出来なかった。

 "ソーラービーム"と"ナイトヘッド"の攻撃を受け一瞬怯みはしたものの、ギラティナはすぐにゆっくりとした動作でクリスタルとアテナの二人を見やる。

 

「ぐっ、な、何なのこの圧力は……!?」

「け、気圧されては駄目よ、き、気持ちで負けてちゃ伝説の相手なんて到底できないわ……!」

 

 スイクンやルギア、ホウオウ。伝説との戦闘という過去の経験から来る言葉なのだろう。

 想像以上の威圧感から言葉を呑んだアテナへと、クリスタルは険しい顔つきで言う。

 そしてまた他方でも、

 

「……うっへぇ。な、なぁシルバーよぅ? 悪い事は言わねぇから今からでも脱出を……」

「断る。いいからお前は(パルキア)の注意を引く事に専念しろ、俺がその隙を叩く。それと、もしお前が逃げ出す様な素振りを見せたら……分かっているな?」

「……だよなー」

 

 襲撃者へと向き直るパルキアを前にして、今にも逃げ出したい、と顔一杯に語りかけてくるラムダに対しシルバーは平坦な口調で返した。

 

「理解に苦しみますね」

 

 そして、ゴールドとランスの二人もまた、伝説のディアルガと相対する。

 先程彼らが行った攻撃が嘘の様に、彼らの前に立つディアルガは平然とした様子で彼らを見下ろしていた。

 

「我々の勝率など満一パーセントにも満たない。なのに……」

 

 僅かに身震いをして、タブレット状の情報機器を手に持ったままランスは真横へと視線を走らせる。

 恐怖が身体の隋にまで伝わる。当然だろう、相手は生まれたばかりとは言え神話クラスの伝説だ。良い勝負は出来たとしても、勝つ事など不可能の近い。

 

「なのにどうして、君はそんな"眼"をしていられるんです……!?」

 

 恐怖が混じった驚愕の声、そんなランスの問いに彼は、ゴールドはいつもの様にニヒルに口を歪ませ不敵な笑みを浮かべて口を開くのである。

 恐怖に染まらない真っ直ぐな瞳を大きく開けて、ただ未来だけを見据えて。

 

「さぁな。大体俺達(こっち)は知ったこっちゃねぇーんスよ勝率(そんなもん)なんか。大事な事は"出来る""出来ない"じゃない、"やるか"、"やらないか"だろうがよ!」

 

 ゴールドの答えにランスは数秒の間だけ絶句する。

 しかしそれもほんの数秒の間の事だった。それから彼はどこか諦めた風にため息を吐いて、

 

「……はぁ、いいでしょう。どちらにしろ、我々は世界の全てを支配するロケット団です。故に我々が支配するべき場所が消滅する事など、断じてあってはならないのですから」

 

 ランスの言葉は恐らくラムダ、アテナの意も含まれての言葉だったのだろう。彼らもまた、それぞれの相手を前にして闘志を露にし始める。

 支配する為に守る、何と自分勝手な理由なのか。だがしかし、それがロケット団という組織なのでもあるのだ。それはかつてのスオウ島で、そんな信条から戦った男こそが、ロケット団の首領なのだから。

 

「へっ、そうこなくっちゃな!」

 

 理由はどうあれ目的が一致した。

 明日になればまた敵となる関係だが、それでも大切な場所を守る為、彼らは手を組むのである。世界の危機に立ち向かう為に。

 そんな思いを秘めてゴールドもまた、シルバー、クリスタルに代わって彼らロケット団に応えるかの様に返答して。

 

 

 

 そして次の瞬間、彼らは現実を目の当たりにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二つの"黒"がぶつかり合う。

 黒いリザードンと黒いバンギラス。二体の黒竜が激しくぶつかり合う。

 その合間を縫う様にチョコマカとダーテングが風や木の葉を操り黒いバンギラスを翻弄して、黒いリザードン"エース"が決定打を与えるべく空を舞う。

 アルフの遺跡で続く戦いは、熾烈を極めていた。

 "亀裂"の中、どこか別の世界から現れ出た黒いバンギラスの力、レベルはそれ程までに高かったのである。

 中、遠距離から攻撃しようものなら、特性"すなあらし"によって舞い起こった"黒砂"が黒いバンギラスを守る様に攻撃を防御して、近距離戦に持ち込もうものなら気を抜いた瞬間に重い一撃が繰り出される。

 正にパーフェクト、完璧(マックスレベル)に近いポケモンの姿がそこにはあった。

 

 

 

 そしてその戦いを、彼らは少し離れた場所から眺めていた。

 三人の男だった。その誰もが何かしらの業を背負った悪人、かつてカントーとジョウトの地に混乱を招いた三人である。

 

「加勢には、いかなくていいんですか?」

 

 その中の一人、ワタルと呼ばれる青年が口を開いた。

 かつて、カントー四天王を率いてポケモン達の理想郷を夢見て図鑑所有者達と対立した経緯を持っており、また同時に、此度の騒動をいち早く察知し早々に行動を開始していた青年だ。

 ロケット団四将軍のラムダからの奇襲を受け、このアルフの遺跡でとある男と共に身を隠していた彼だったが、先程までは必要に駆られてウバメの森へと赴いていた。

 そこで、彼は二人の人物と鉢合わせる事となったのである。

 

「……必要無いだろう」

 

 三人の中で最も小柄な人物が口を開く。

 そのすぐ傍では全身黒尽くめの男が彼らの戦闘を見下ろしていた。

 ロケット団首領サカキ。ジョウト図鑑所有者シルバーの実の父親であり、現在は行方不明扱いとなっている人物。何か思い当たる節でもあるかの様に、彼は黒いバンギラスと二人の少年と青年の戦いを見下げる。

 だがそれも僅かな間の事。

 

「我々には何よりも先に優先してやるべき事があるはずだ。"亀裂"も大分広がっている。その内に、あの黒いバンギラス以外にも規格外のモノが現れるかもしれん」

 

 小柄な人物はそう言った。ワタルとサカキも彼の言葉に同意するかの様に戦いに背を向ける。

 そうなのだ。黒いバンギラス程度の問題で、今彼らはこの場にいる訳は無い。

 少しずつ広範囲に広がり影響を与え始めている"亀裂"、その異常を正し、全ては文字通り"世界を救う"為に彼らは今動いているのである。

 異常の元凶たるシント遺跡。その場所へと踏み込む為に、彼ら三人はこのアルフの遺跡を訪れたのだ。

 

「それに、あれはあれで曲がりなりにも"私の弟子"だ。心配はいらん」

 

 そして彼らはシント遺跡へと進入する。

 ワタル、サカキ、そしてヤナギ。ジョウトとシンオウの消滅の未来を防ぐ為、今夜ウバメの祠からセレビィによって帰された一人の老人はそう言葉を残して"弟子(クリア)"に背を向けた。

 彼らが為すべき事を達成する為に、目の前の小事はクリアに任せて、消滅の危機を防ぐ為にその場を後にするのである。

 

(ふん、心配はいらん、か……まぁ奴の動きなど、所詮は大事の前の小事。今の俺には関係の無い事だ)

 

 そしてそれは勿論彼も同意だ。故にサカキは眼前の光景に何も口出しはしない。

 大きな"二つの悪意"を前にするクリアを尻目に、サカキは大きく歩み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らを襲ったのは、ただ圧倒的な力の差だった。

 ディアルガ、パルキア、ギラティナの三体によるもの――では無い。

 

「……くっ、ア、アルセウス……!」

 

 アルセウス。幻の創造ポケモンの名を、ボロボロの身体でゴールドは呟く。

 シント遺跡内部、三つ巴の状態となった三体の伝説達が囲む中、唯一人ゴールドのみを除いて、全ての者が倒れ伏していた。

 ランス、ラムダ、アテナ、クリスタル、シルバー。その全員が、先の不意打ちの如き一撃によって沈められたのである。

 "さばきのつぶて"、アルセウスが繰り出す最大級の攻撃。その攻撃によって、気絶とまではいかないまでもゴールド以外の全ての者が、決して少なくは無い痛手を負っていた。

 

「なんで、いきなり……」

「……簡単な事だ」

 

 虚空に呟かれた問いかけ、しかし意外にもその問いに返答する者がその場にいた。

 まさか返事が返ってくるとは思ってもいなかったのだろう、驚愕の表情でゴールドは声のした方を振り返り、そして更に驚愕の色を深める。

 シント遺跡、外界とは隔離された空間、そして今その場にいる人間というものは極限られた者達であり、その全てはゴールドの周囲で倒れている。

 ――否だ。

 全てでは無い、一人だけいたのだ。一人だけ、先までの彼らと伝説達の戦いに参加していなかった人物が。

 

「"私のアルセウス"が邪魔者共を一掃した。まぁ一つ取りこぼしがあったみたいだがね」

 

 そしてそれは、そんな彼だからこそ為し得た行いだった。

 六人の正と悪の人間達が世界を救う為に団結するという"人の進化"。その(さま)に心を開きかけつつあったアルセウスを気づかれない内に迅速に捕獲するという非情な行い、それを為しえる事の出来る唯一人の人物。

 

「だがこれで、この私こそが"神"! ディアルガもパルキアもギラティナもこのアルセウスも、そしてロケット団すらもこの私のものだ! この"アポロ"のな!」

 

 ロケット団四将軍の長、現ロケット団の実質的トップ"アポロ"。最後の最後で、(アポロ)という非情な現実がゴールドへと襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 埒が明かない。そんな考えがクリアの中で生まれ始めた。

 今彼が対峙する黒いバンギラス。戦い始めて暫く経つが、一向に動きが鈍くなる気配すら無い。規格外の体力が見え隠れし始めていたのだ。

 更に規格外なのはそれだけに留まらず――、

 

「"かえんほうしゃ"!」

「"タネマシンガン"!」

 

 エースから放たれた火炎と、ダーテングから放たれた種子の弾丸が黒いバンギラスへと迫るも、二体の攻撃は黒砂の嵐によって防がれる。

 黒いバンギラスの周囲に巻き起こる黒砂の"すなあらし"。それによって遠距離からの攻撃は実質的に無意味なものとなっていたのである。

 牽制や目隠しなどの用途に用いれても、いざダメージを与えるとなると全くと言っていい程期待出来ない。

 それ程までに、黒いバンギラスの操る黒砂は強力だったのだ。

 

「くっ、"アイアンテール"!」

 

 次の瞬間、激しい衝撃が地を駆けた。

 それはエースと黒いバンギラス、それぞれが放った"アイアンテール"がぶつかり合った衝撃、だが双方の威力は少しの差で黒いバンギラスの方が上らしく、エースは僅かに顔を歪めて一旦距離をとる。

 黒砂の"すなあらし"による絶対的な防御と高い物理戦闘力。

 眼前の黒いバンギラスの強大さ、レベルの高さにクリアは思わず冷や汗を流す。

 間違いなく、今まで出会った中で最強クラス、場合によっては伝説のポケモンすらも凌駕するのではないか、そんな予想すら、今のクリアには容易に立てられた。

 

「マズイですね、消耗戦になっては分が悪いですよ」

 

 ホルスの声にクリアも頷いて返す。

 思えば彼も、ここまで良く戦っている方である。現役のジムリーダーと肩を並べて戦える程の強さ、国際警察の名は伊達では無いらしい。

 

「えぇ分かってますよ。だけど、まずは……」

 

 そう言って、クリアは不意に一個のスーパーボールを黒いバンギラスへと放る。理由は無論、捕獲の為だ。

 ――だが、

 

「まずは奴に大きな隙を作らないと、ボールなんて到底当たらない……!」

 

 放られたスーパーボールが虚しく"すなあらし"の壁に弾かれるのを見て、クリアは歯痒そうに言葉を搾り出す。

 事実、彼は先程からずっとバンギラスにボールを当てるタイミングを見計らっているが、驚く程にそんな隙など、眼前のバンギラスは微塵も見せないのだ。

 第一に遠方からの数撃てば当たる戦法でボールを投げた所で、その全ては"すなあらし"によって弾かれるだろう。

 しかし、だからと言って黒いバンギラスに近づいたとしても、待っているのは激しい近接戦闘。

 エースに跨り、コンマ秒が命取りとなる指示を出しつつ捕獲に集中するには、残念ながらクリアは些か経験不足な面があった。

 

(……と言っても、俺って実は捕獲に関しては多分イエロー以下だからなぁ)

 

 そうなのである。忘れがちだがクリアという少年の手持ちはほぼ全て、捕獲以外の手段で彼の仲間となったポケモン達だ。

 唯一彼が捕獲したと言えるドククラゲのレヴィも、どちらかというと友情捕獲(ゲット)という側面が強い。

 故に、彼は恐らくどの図鑑所有者やジムリーダーよりも、捕獲が苦手だったのだ。

 さてどうしたものかと、思わず爪でも噛みたくなる気分になったクリアだったが、その時不意にホルスが口を開いた。

 

「……そうですね。確かに奴に大きな隙を作らないと埒が明かない……なら、私に考えがあります」

「え、本当ですか、ホルスさん?」

 

 どうやらホルスなりの作戦が一つあるらしく、ひとまずクリアも彼の言葉に耳を向ける。

 

「えぇ、ただしかなり危険な賭けですがね。クリアさん、良ければ次の瞬間、私と一緒に奴に突撃してください」

「突撃、ですか……?」

「はい、文字通り、防御を捨てて二人で奴に近づきます。勿論さっきまでの小競り合い程度のものでは無く、特攻覚悟の突撃で」

 

 特攻覚悟の突撃、それも防御を捨てて攻撃に全てを転じての自爆技。確かにその方法ならば、桁外れの強さを持つ黒いバンギラス相手と言えど隙を作るくらいは出来るかもしれない。

 だがそれは同時に、二人同時の特攻という事は即ち、どちらか片方を囮に使っての方法ともとれる作戦だった。

 一対一ならば確実に迎撃されて終わる――だからこその二対、黒いバンギラスが片方を迎撃している間に、もう片方が黒いバンギラスを沈め様というもの。

 なるほど確かに特攻である。

 防御を捨てての一撃となれば相手も本気で迎撃しなくてはならない、生半可な防御では打ち崩されてしまうからだ。故に黒いバンギラスも本気でどちらかを迎撃するだろうし、当然、結果そのどちらかは唯では済まないだろう。

 

「……今の私にこれ以上の有用策は無いです。勿論判断は、あなたの意思を尊重しますが」

 

 此方の意思を確かめるホルスの言葉、だが彼がそんな問いかけをした時には、クリアの中で答えは既に決まっていた。

 

「答えは……YESです。正直俺も、黒いバンギラス(あいつ)相手するには一度くらい死線を潜らないとと思っていましたから」

「……そうですか。では次のタイミングでいきましょう」

「了解です」

 

 そしてスリーカウントが始まる。

 例えるなら、今彼らが行おうとしている事は、身一つで燃え盛る炎に飛び込む様な所業、無事では済まない事を前提とした行い。最悪の事態すら想定出来る状況だ。

 しかしながら、そんな中でもクリアの心は自然と落ち着いていた。

 原因は一つ、例えの場合と違って、今彼は一人では無いからだ。

 短い付き合いながら、彼と共に戦うホルスは彼と拮抗した、否もしかするとそれ以上の実力を垣間見せており一定以上の信頼も出来る程の人物だ。そんなホルスと組んでの策ならば、まず失敗は無いだろうとクリアは自然と思えてしまうのである。

 そして、クリアが落ち着いていられる最たる原因はエース。此方の黒竜の存在。

 相手は強大だ。だが此方のパートナーだって負けてはいない。純粋に、ただ純粋にクリアはそう思って、自然と右手を胸の中央へとやった。

 

 

『お誕生日、おめでとう! クリア!』

 

 

 そう言って満面の笑みを見せた少女の顔が自然と脳裏に浮かんだ。

 大きな戦いの後、久方ぶりに再会した彼女から渡されたプレゼント。彼女らしからぬと言っては失礼か、無くさない様首から下げて服の内に入れている、小さな黒い石がはめられたペンダントを軽く握る。

 

 ――ワン、というホルスの声が耳に届く。

 その時不意に、自然と笑みが零れた。二つの笑み、エースとクリア、強敵との戦いを楽しむエースと、そんなエースに呼応する様に笑みを見せたクリア。

 今まさに、大きな戦いの決着の間際、そうして彼ら、一人と一体の心は重なり合って、

 

「今ですッ!」

 

 そして終幕の火蓋は切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めて、アポロが行った行動は極めてシンプルだった。

 ギラティナに吹き飛ばされた直後からの記憶の差異、現状の把握、そして大きな隙を見せるアルセウスの捕獲。

 捕獲自体は割りと簡単に事が運んだ、これでもアポロはロケット団四将軍を束ねる者、現ロケット団のトップなのだ。その実力は折り紙付きなのである。

 そして彼はすぐさまアルセウスに命じたのである。

 ディアルガ、パルキア、ギラティナと向かい合っている六人の始末を。自身の仲間の存在など、彼にとってはどうでも良かった。アルセウスが手に入った今、彼は仲間という存在に何の意義も見出せなかったからである。

 

「テメェ……いつの間に……!」

 

 声が聞こえた。ゴールドという少年の声、先のアルセウスの一撃で唯一倒れなかった者。

 彼の言葉が耳に入った瞬間、アポロは顔を歪ませ大きく口を開いた。

 

「フ、フハハハハハ! いつの間に? そうだな、いいだろう答えてやる。私はお前達六人が伝説の三体と相対した頃にはもう起きていたよ!」

「な……テメェ、じゃあ俺達の話しを……」

「あぁ聞いてたな、世界の危機なのだろう……で、だからどうしたというのだ?」

「……何を……」

「世界が壊れても、また一から創ってしまえばいいではないか。このアルセウスの力で!」

「何を言ってやがるんだテメェはぁぁぁ!!」

 

 ゴールドの咆哮と共に、彼のバクフーンが"ブラストバーン"を放つ。

 炎の究極技、とてつもない威力を秘めた一撃、にも関わらず、対したアポロは涼しい笑みを浮かべたまま、パチン、と一度だけ指を鳴らす。

 瞬間、"ブラストバーン"が忽然と消え失せた。

 

「何!?」

「フフ、これ位で驚いて貰っちゃ困る!」

 

 そしてアポロが言い終えた直後、再び"ブラストバーン"が姿を現す――ただし、ゴールド達へと放たれる形で。

 シント遺跡内部に悲鳴が木霊する。

 直後、プスプスとした音と、所々黒く変色した地面で、ゴールドはかろうじて立ち上がった。

 直撃だけは避けたらしい、が、それでダメージが皆無になった訳では無い。

 予想外の一撃、故にそれを避けるのも至難の技、既にゴールドの息は切れ切れとなり、立っているのもやっとの様子だ。

 

「何が起きたのか分からないという顔だな。フフ、説明してやろう、今のはパルキアの力だ」

「……パルキア、だと……?」

「あぁそうだ」

 

 得意げな顔でアポロは続ける。

 

「アルセウスを手中に収めるという事は、イコールそれは他の伝説の三体を手に入れたも同じ事、創造神には何人も抗えないからな」

 

 詰まる所、先程ゴールドを襲った攻撃はアルセウスによるものでは無く、空間を操るパルキアによるものだったという事なのである。

 パルキアの力で"ブラストバーン"のエネルギーを空間を曲げてゴールドへと向かう様にした。ただそれだけの事。

 そしてそれを可能にしたのが、アルセウスの力。ディアルガ、パルキア、ギラティナの三体を創造し、文字通り頂点の位置に君臨するアルセウスだからこそ、為せる技なのである。

 

「……待てよ」

 

 それだけの事実を前にして、それ程の絶望を前にして、その時ゴールドは思いついた様に呟く。

 

「じゃあつまり、アルセウスがいれば伝説の三体の争いを簡単に止める事が……」

「出来るな」

 

 即答だった。そしてその答えはゴールドが予想した通りのものでもあった。

 世界の危機、つまりは時空バランスの崩壊というものは伝説の三体が争う事によって起こりうる事態だ。

 故に、伝説の三体を操る術さえ持っていれば崩壊の危機は回避出来るという事であり、そしてゴールドのその予想は、確かに当たっていたのである。

 

「だが」

 

 ――しかし、

 

「別に止める必要も無いだろう」

 

 惜しむは伝説のコントロールを持っているのが、アポロという事だろう。

 アポロが興味なさげにそう言い捨てた瞬間、再びシント遺跡内部で地響きの様な轟音が鳴り響き始める。

 伝説の三体が、再び戦い始めた為の音だ。

 だが先の言動から、アポロのそんな言動をゴールドは予測出来ていた。故に彼は必要以上の動揺はしなかった。

 壊れたら創り直せばいい。自然とそんな言動が出来る相手だ、言っても無駄なのだろう。

 その代わり、彼はただ見上げる、アルセウスを、アポロを。

 キューを持つ手に、自然と力が篭るのを感じた。

 

「いいぜ、分かった。テメェの腐った考えは十分過ぎる程理解したぜ、だから今度は俺の考えを聞かせてやる!」

 

 いくつかの視線を感じた。アポロでは無い。恐らくシルバーやクリスタル、そしてもしかするとランス達他の四将軍達も今彼を見ているのかもしれない。

 ワカバタウンのゴールド。逆境の中でこそ輝く金色の意思を持つ少年を。

 

「いいか! 今からこの俺様がテメェのその腐った性根叩きなおして、そんでもってちゃちゃっとアルセウスも解放して、ついでに世界を救ってやらぁ!」

 

 言って彼は全速力で走り出す。全ての手持ちを外に出して、ポケモン達も彼に続く。

 

「フッ、出来るかな?」

「"出来る"、"出来ない"じゃない! 絶対に"やる"んだよ!」

 

 ゴールドの怒涛の走りを見ても、アポロの不敵な笑みが崩れる事は無い。

 次いで光が生まれた。アルセウスでは無い、ディアルガ、パルキア、ギラティナの三体だ。争いあいながら、ゴールドをはさみ込む形でそれぞれの技の準備が完了した合図だ。

 三方からの攻撃、後ろも、上にも下にも左右にも逃げ道なんて有りはしない。

 だがゴールドの足は止まらない、当然だ、元より今彼は前しか見ていない。ただ前だけを見て、アポロへと戦意の全てをぶつけている。

 

 

 

「ククッ、だがこれで、終わりだ! ゴールド! これでこれからは私の時代だ!」

 

 そして三つの光が一際大きくなる。アポロの声が木霊する。

 瞬間、三体の伝説達による"はかいこうせん"が放たれる。瞬時にゴールドのポケモン達が身構えて、シルバーとクリスタル、二人の絶叫が耳に届いたとゴールドが認識した瞬間――伝説の三体は大きく体勢を崩した。

 三体による三本の"はかいこうせん"が三本とも、僅かに軌道をずらして間一髪の所で虚空を切って地や壁を削いだ。

 

「なんだと!?」

 

 久方ぶりにアポロの顔に焦りの色が浮かんだ。

 無理も無い、今の攻撃は確実なはずの攻撃だったのだ。確実にゴールドという少年を盤上から叩き落したはずの攻撃だったのだ。

 それが何故外れたか。

 答えはすぐに明かされた。

 

「少し見ない間に、随分と偉くなったものだな。アポロ」

 

 伝説のポケモン"ギラティナ"のすぐ近くに彼はいた。リングマをつれた全身黒尽くめの男だった。

 

「な、何者だお前は!?」

「俺の顔を忘れたか?」

 

 攻撃の邪魔をされた事への怒りを露にしながら言ったアポロに、彼は一言そう言って、そして不意に帽子を取る。

 瞬間、アポロの動きが静止する。否アポロだけでは無い、同様に他の四将軍達、そしてシルバーまでもが動きを止めて驚きの顔を見せて、

 

「と、父さん……?」

 

 

 

 そして――そして彼らは登場した。

 ギラティナ、パルキア、ディアルガ、彼らはそれぞれ各伝説達に一撃を入れる形で戦いの舞台へと躍り出る。

 ロケット団首領にしてシルバーの実の父であるサカキを筆頭に、

 

「よもやアルセウスを手中に収めているとはな」

 

 パルキアの傍にはカイリューを連れたワタルが、

 

「ふ、相変わらずの勇ましさだな。ゴールドよ」

 

 そしてディアルガと相対するのはウリムーと共に"帰ってきた"ヤナギ。

 それはかつて"巨悪"と呼ばれた者達であり、そしてかれらの介入によって、戦況は著しく変化する事となる。

 戦いの図式は自然と出来上がっていた。

 ギラティナと相対するはサカキとリングマ。

 パルキアと相対するはワタルとカイリュー。

 ディアルガと相対するはヤナギとウリムー。

 そして、アポロとアルセウスと相対するのは、ワカバタウンのゴールドとその手持ち達。

 

 

 

 シント遺跡での戦い、アルフの遺跡での戦い。

 ――二つの遺跡で起こった戦いの決着は、すぐそこまで迫っていた。

 

 




まさかアポロがシント編ラスボスになるなんて、書いてて吃驚。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。