ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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七十七話『vsトゲピー 暗い真実』

 繋がりの洞窟を抜けた彼らは現場へと急行していた。

 

「おいお前、ツクシと言ったか? 今このジョウトで起きてる事件の終着点がアルフの遺跡ってのは本当なのか?」

「はい! 恐らく間違いないですホカゲさん。彼らはどこかへと消えてしまって、ワタルさんもどこかへと飛んで行ってしまいましたが……」

「チッ、まぁだがなんでもいい。今回の事であのワタルに貸しも作れた事だしな。さっさと事件解決して、クリアの奴にリベンジ戦を挑みに行くか!」

 

 ヒワダタウンのジムリーダー"ツクシ"と、ホカゲと名乗る元マグマ団の青年である。

 アルフの遺跡での異変を見届けた後、ツクシはすぐにヒワダタウンへと飛んだ。万が一に備えて、頼りになる彼らを迎えにいったのである。

 

「もしもの時は、頼むよ。ねぎま、ヤドンさん」

「……それにしても、まさかこいつらがクリアの元手持ちだったとはなぁ……」

 

 そう語るホカゲは、買い出しついでにヒワダタウンに彼が寄った時の事を思い出す。

 口に咥えた"いかりまんじゅう"を何の躊躇いも無く要求してきたこの二体が、実は彼がライバル視する少年が育てていたポケモンで、果てはヒワダの平和を守る守護ポケモンなどと言われても、全くピンと来ない。

 

 ――ヒワダタウンの子供たちの人気者である彼らだ。どちらかと言えば、"ヒワダのゆるキャラ"などと言い換えた方が彼ららしいのではないだろうか。

 

 道すがらそんな事を考えていたホカゲだが、彼の身体の数か所には未だに手当ての後が残っていた。

 それは彼がジョウト伝説のポケモン"エンテイ"を捕獲した直後の事、ワタルのカイリューによる"はかいこうせん"の流れ弾に当たってしまった事がそもそもの原因だった。

 その後の話で、今回の事件の事やワタルの正体などについて話されたホカゲは、今日この日までワタルや自身の怪我の手当てに専念していた。

 少なくとも以前の、マグマ団幹部時代のホカゲならワタルの事など放っておいて、事件にも無頓着だっただろう。

 目の前で悪が動くと言われて、形はどうあれそれを正そうと判断した。

 その心境の変化を、果たしてホカゲは自覚しているのだろうか――。

 

「そろそろつきますよ、ホカゲさん」

「あぁ分かったぜ、ツクシ」

 

 エンテイの背に乗ったホカゲは、そして間もなくアルフの遺跡に到着する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルフの遺跡とシント遺跡、二つの遺跡で繰り広げられる戦いにも終わりの兆しが見えてきた。

 アルフの遺跡ではクリアとホルスの両名が最後の賭けに臨み、シント遺跡でも事態の収拾を図るべく三人の男たちがゴールドを救う形で戦いに参入する。

 中でも一際目を引いたのは全身を黒で固めた男、リングマを連れたその男の顔を、ゴールド、クリスタルを除いた彼らは知っていた。

 

「と、父さん……?」

 

 シルバーの掠れた声が遺跡内部に木霊する。

 黒いハットを手にとり素顔を晒したその男は、かつてカントーを中心に暗躍した組織"ロケット団"の首領(ボス)にしてジョウト図鑑所有者"シルバー"の実の父親、行方知れずとなっていた"サカキ"その人だったのである。

 だが驚愕は終わらない。

 サカキだけでは無い、ゴールドをアポロの凶手から救った三人の内の一人、その一人には本来ならばこの場にいないはずの老人だった。

 チョウジジム前ジムリーダー"ヤナギ"。彼はかつて"仮面の男《マスク・オブ・アイス》"と恐れられ、そして時空のはざま"に消えて死んだと思われていたはずの人間なのである。

 そしてもう一人、かつての"四天王事件"の首謀者であり、また此度の騒動には前もって警鐘を鳴らしていた青年"ワタル"。

 

 彼らは、その誰もがかつては"悪人"と呼ばれた者たち。そして三人が三人、様々な形で少なからず因縁を持つ者同士だ。

 そんな彼ら三人が一時的とは言え肩を並べた事は、間違いなく奇跡と言えるだろう。

 ジョウトとシンオウ、二つの地方の危機。

 そして幻のアルセウスと伝説のディアルガ、パルキア、ギラティナを従えたアポロを前に絶体絶命と陥った彼ら三人の図鑑所有者とロケット団四将軍を救うため、"最恐の敵"は"最強の味方"となって戦線へと躍り出る。

 

 

 

「"父さん"……と言う事はこの人がシルバーの……」

「……父だ」

 

 確認する様に呟かれたクリスタルの言葉に、感情の籠っていない声色でシルバーが返した。

 彼の肯定の言葉に、クリスタルは静かに息を呑み、また僅かながらに複雑な表情を表す。

 シルバーの父"サカキ"は何を隠そう悪の組織"ロケット団"の首領、倒すべき敵、捕まえるべき悪である。

 だがそれと同時に、彼は同じ図鑑所有者の仲間であるシルバーの実の父親、それに加えて、今しがた彼はアポロの凶手からゴールドを救った恩人とも言える。

 ――その事実から、クリスタルは複雑そうな表情でチラリとサカキを横目で見る。

 

「いや、ちょっと待て。確かにそれも驚きだが……だが……」

 

 そんな中、今しがた三方向からの攻撃を受けたゴールドはある一点を見つめて呟いていた。

 まるで死人でも見つけたかの様な表情で、今までにない驚愕の色を顔一面に広げて、

 

 

「ワタルさん、それに……ヤナギ!? ど、どうしてここに!?」

 

 彼が驚くのも当然である。ヤナギはかつての戦いの後、世間一般からは行方不明扱い、そして事情を知る"一部の者たち"の間では既に亡くなったものだとばかりに捉えられていたのだ。

 

「話は後だ」

 

 だが大きく疑問の声を上げたゴールドに対し、ヤナギはあくまで冷静に返す。

 そしてすぐに、彼ら三人はまるで予め打ち合わせていたかの様に三者三様別々の方向へと目を向けて、

 

「まずは、この崩壊に導かれた運命を打ち崩す事が先決だ」

 

 瞬間、三つの場所でそれぞれ轟音が上がった。

 それはヤナギのウリムーがディアルガへと"ふぶき"を、ワタルのカイリューがパルキアへと"はかいこうせん"を、サカキのリングマがギラティナへと"シャドークロー"を放った衝撃。

 戦いに火蓋は、そうして切って落とされた。

 

 

 

「……ふっ、忘れはしませんよサカキ様。ですが、貴方の時代はもう終わりだ」

 

 世界を守る為の戦い。柄にも無く、それでいて彼らにしか出来ない戦いを始めた三人の悪人たちとそのパートナー、そしてそれを迎え撃つ三体の伝説たちを見つめてアポロは言う。

 

「これからは幻と伝説を従えたこの"アポロ"が、新生ロケット団を統制する! それ故に、幾度となく失敗を繰り返してきた"前首領"の貴方には消えて貰おう!」

 

 勝ち誇った笑みで、妖しい光がチラつく瞳をギラギラと輝かせて、アポロはかつての上司に向かって確かに叫んだ。

 唖然とする他の四将軍たちの視線の先で、彼は組織の人間として最も敬わなければいけない人物を見下す。不適な笑みを浮かべたそんな彼の心境は、きっと彼自身にしか分からない。

 

「ふん、言いたい事はそれだけか? アポロ」

 

 だがしかし、返ってきた言葉はそれだけだった。

 その言葉には罵倒された怒りも、その先の憐れみも感じられない。ただ淡々と、己のやるべき事の為、先だけを見据えた瞳でサカキはアポロを見上げて、

 

「俺はお前が何を叫ぼうが、何をやろうが気にはしない……だが!」

 

 その一瞬、その瞬間、ゾクリとした不快感がアポロの全身を駆け巡る。

 

「"ロケット団"はこの俺のものだ。誰にも奪わせはしない!」

 

 確かに、そして堂々と宣言して、サカキは再び意識をギラティナとの戦闘に集中させる。そして視線を外され、数秒して、ようやくアポロは気がついた。

 先の一瞬、その時彼は確かに畏怖した。そして感じた。

 "恐怖"――。かつて図鑑所有者と呼ばれる子供たちに幾度かの敗北を喫した一人の男に対して――確かな恐怖を。

 

「ランス、ラムダ、アテナ」

「は、はい!?」

 

 不意に、残りの四将軍たちへとサカキが声をかける。

 声掛けられた三人は縮こまり、緊張と少しの恐怖に顔を蒼白にさせている。

 だがそれも無理はない。今彼らの首領であるサカキがやっている事は、言ってみれば彼ら三人の尻拭い。よく調べもせずに安易に幻や伝説に手を出してしまった自身らの過ちの清算。

 さらに彼ら四将軍のリーダーと言えるアポロが先ほどサカキを罵倒したばかりである。

 一体どんな処罰を言い渡されるのか、否、そもそもこれからも自身たちをロケット団に置いてくれるのか。三者共、最悪の未来を予測してサカキの言葉を待つ、が――、

 

ギラティナ(こいつ)を外へ誘導するぞ、戦いの場としてこの遺跡は狭すぎる。お前たちも力を貸せ」

 

 言い渡された言葉の意味を、彼らは最初理解出来なかった。

 まず最初に行った事は"分析"。確かにサカキの言葉通り、遺跡内部は非常に狭く、さらに今戦っているのはサカキだけで無く、ヤナギやワタルもである。

 出来るだけ離れて戦ってはいるが、三体の伝説たちの攻撃の余波などが少しずつぶつかり合い、時空への影響が未だ出続けている。

 このままではジョウトとシンオウの滅亡はまだ避けられない運命だ。故に、万が一の衝突の心配がいらない広い場所、つまりは外へと伝説たちを誘導する。なるほど理解出来る。今こうしている間にも、ワタルやヤナギの二人が図鑑所有者たちにサカキ同様の声掛けをしている。

 ――さて、ではここが本題だ。

 今サカキは確かに彼らに"力を貸せ"と言った。それは詰まる所――、

 

首領(ボス)命令だ。早くしろ!」

「は、はい……! サカキ様!」

 

 まだ彼らを、ロケット団として認めている。そして同時に、少なくとも彼らの力を多少は信用している。そう捉える事が出来るのでは無いか。

 その事に気付いた時、ランスとアテナは二人同時にサカキへと返答した。

 まだ戦える。尊敬する首領(サカキ)の為――その喜びが、彼らロケット団員に再び力を与えるのだ。

 

「ラムダ、お前もだ。お前たちの処分は終わってから考えるが、なんならお前だけ、罰を重くしてやってもいいんだぞ」

「は!? は、はい! 分かってます分かっておりますよチクショー! どうせ俺はこんな役回りだサカキ様万歳ィィィ!」

 

 最後の方は恐らくヤケクソなのだろう。未だに顔を真っ青にして半泣きになっていたが、果たして真偽はどちらか。そしてランス、アテナに続く形でラムダもサカキの加勢に入るべく、自身のポケモンを出してギラティナと相対する。

 

 

 

 

 その様子を、アルセウスを傍らに置いた状態でアポロは歯ぎしりをして見つめる。

 

「くっ! 貴様ら、揃いも揃ってこのアポロを裏切りおって……!」

「ケッ、先にあいつら見限ったテメェがよく言うぜ」

 

 そこでアポロは気付く。

 一人だけ、三体の伝説たちの戦いに参加していない人間がいる事に。

 帽子とゴーグル、肩に担いだビリヤード用のキューが特徴的な、行く所来る所全てに"(そうどう)"を運ぶ図鑑所有者でも一二を争う問題児にして、"現状を覆す"という意味では最も"期待"が出来る少年。

 ジョウト図鑑所有者、ワカバタウンの"ゴールド"。

 

「オラ来いよアポロ、そんでアルセウス!」

 

 既に傷だらけだった。彼のポケモンたちも満身創痍だった。だがしかし、その誰もが"おや"同様に不適な笑みを浮かべていた。

 

「決着、つけようじゃねぇか……!」

 

 ニヤリと笑って、挑発する様に手招きをする彼のどこに勝算があるのか。それは相対するアポロにさえ、予想がつかない。

 今までの短時間の間に勝算が浮かんだのか。しかしそう簡単にこの状況を覆す程の勝算が浮かぶものなのか。ゴールドの真意が読めないアポロは、彼の真意を読み取るべく状況の把握に一時努める事にする。

 

「ゴ、ゴールド!?」

 

 その時だった。慌てた様子のクリスタルがゴールドへと駆け寄った。

 ディアルガと対峙するヤナギ。その助力をするクリスタルは、少しの間、戦いを手持ちポケモンの自主判断に任せてきたのである。

 

「あん? んだよクリス、俺の事ぁいいからお前は早くワタルさんたちの手伝いに戻れよ?」

「も、戻れってゴールド! まさかあなた一人で、あのアポロとアルセウスと戦おうって言うの!?」

「ったりめーよ! 俺は一度"やる"と決めた事は曲げねぇんだ」

「ダ、ダメよそんなの! そんな、一か八かの賭けみたいな事……いえ、むしろ賭けなんて成立しない。無謀過ぎるわ!」

「はぁ、あのよぉ、クリス……」

 

 少女は折れない。少年がどう言おうと、死地に向かうに等しい少年の行動を少女は必至に食い止める。

 一歩も引かない様子のクリスタルに、ゴールドはため息交じりに口を開く。

 

「つーかどっちにしろ、誰かがここであいつら止めなきゃいけねぇ……誰かがやらなきゃいけねぇんだ!」

「っ……そ、それなら私も……!」

「それはダメだ」

 

 決意を固めた少年の、それも筋の通った言い分に思わず少女は反論の言葉を失う。

 だがそれでも少女の中にはまだ、諦めるとう文字は無かった。

 神話級の幻の一体と、巨大組織の上級幹部の一人。

 そんな組み合わせを相手に、必要を感じ一人で戦おうとする仲間(ゴールド)の身を案じて、せめて自身も共に戦おうとする少女(クリスタル)だったが――だがそんな少女を止める者がいた。

 シルバーである。

 パルキアを外へと誘導するワタルの助力をする彼だったが、ゴールドとクリスタルのやり取りを見て一旦戦いから抜け出てきたらしい。

 

「今お前が抜けたら、ディアルガを誘導するヤナギの負担が増加する。それでジョウトとシンオウが崩壊すれば元も子も無い」

「シ、シルバー、だけどゴールドが……!」

「大丈夫だ」

 

 不安げな表情を見せるクリスタルとは裏腹に、シルバーの表情には微塵も焦りの色が見えず、むしろ別の心情すらも見て取れた。

 

「そいつは……俺の"友"は、やると言ったらやる、そして、負ける勝負はしない男だ!」

 

 何にせよ、シルバーはゴールドという少年にそれだけの"信頼"を寄せていた。

 "信じている"からこそゴールドに全てを託す事が出来るのである。

 そしてそれはまた、ゴールドも同じ――。

 

「……あぁ! 任せとけ、ダチ公!」

 

 "金色の心"と、"銀色の魂"。ゴールドとシルバー。全くもって正反対の二人の少年は、そして一度、互いの拳を突き合わせた。

 拳から、友の力が流れてくる様な感触。

 敵対から始まった友情だった。幾度となく衝突した、だからこそ、彼らは相手の事を自分の事の様に理解出来るのだ。

 そして、彼らのそんなやり取りを、クリスタルは右手を胸に置いて眺めていた。

 恐らく今の彼らのやり取りに少なからず何かを感じ取ったのだろう。そう感じ取ったシルバーは、そしてすぐに自身の役割へと戻っていく。

 

(……怖い。だけど……)

 

 彼女の恐怖は消えていなかった。ゴールドにもしもの事があったら――そんな不安がクリスタルの胸中に渦巻く。

 だが今は戦いの真っ最中だ。シルバーの言う通り、今クリスタルがディアルガとの戦いから抜ければジョウトとシンオウの二つの地方が再び崩壊の危険に晒されるかもしれない。

 

(私も……ゴールドを信じなきゃ……!)

 

 そう思って、身を震わし、目を固く瞑って、胸に置いた手に力を込めた。不安を掻き消す為に、少女は必至に自身へと言い聞かせた。ゴールドの勝利を、自身の役目を。

 ――その時である。

 

「……大丈夫だ。心配すんな」

 

 頭に、温もりを感じた。

 

「すぐにアポロの野郎をブッ飛ばしてよう、そんでアルセウスの心を開いてみせっからよぉ!」

 

 そして少女は思い出す。

 馬鹿で、無鉄砲で、お調子者の眼前の少年は、ここ一番の時に信じられない程の力を発揮するものだと。

 シルバー含めた五人の図鑑所有者が石化した時、同じくジョウト図鑑所有者のクリアまでもが失踪して、人知れず不安を覚えた少女の心を支えたのはこの少年の笑顔だった。

 そしてバトルフロンティアでの決戦では、少年の負けん気が他の者にも影響して、そして皆の心を一つにして、奇跡を起こしたのである。

 馬鹿で、無鉄砲で、お調子者だが――しかし誰よりも、頼りになる存在。

 その事を思い出した後の少女の心には、既に不安や、恐怖などは微塵も残っていなかった。

 

「……うん。信じてるわ、ゴールド……!」

 

 少女は幾度となく少年の笑顔に救われている。だから少女もまた、少年へと笑顔で返した。

 一粒の涙が輝く、"水晶"の様にどこまでも澄んだ笑顔で。

 そしてクリスタルはゴールドに背を向ける。

 もう言うべき事は何もない。

 次に彼と会う時は、全てが終わって双方共に無事な姿だと決まっているから――。

 

「……おーっと言い忘れてた事があったぜ」

 

 そうして走り去ろうとした彼女の背中に、思い出した様に少年は口を開いて、

 

「クリス、おめぇのその恰好よぉ……」

「ネイぴょん"おいかぜ"!」

 

 少年が言い終える前に少女は自身のネイティオを出して少年の口を封じた。

 言葉を妨害された少年が抗議の声を出すが、今の少女はそれどころでは無い。

 いつもとは違う、母親に半ば無理やりに着せられた服を隠す様に自身を抱いて赤面する少女は、ゴールドとは目線を合わせないで、

 

「な、なにを言いたいかは知らないけど……役目をちゃんと終えたら、聞いてあげる」

 

 それだけ言って、今度こそ彼女は自身の役目へと戻っていく。

 少女の言葉に、少年は一瞬だけ呆けるが、だが次の瞬間には持前の明るさを取り戻して、

 

「おーし! 山ほど聞かせてやっから生きて待ってろよぉー!」

 

 少女が向かった方向に叫んで、そして少年は自身の相手へと再度視線を向ける。

 どうやら相手もまた、改めてこちらを自身の相手として認識した様子である。

 

「ふむ、一体どんな策があるかと思ったが、だが思えばどんな策があろうと、私のアルセウスの前には無力。考えるだけ無駄な事だ」

「無駄かどうかは、戦ってから決めろってんだこのトントンチキが!」

 

 強大過ぎる相手を前にしても、ゴールドには負ける気などはしていなかった。

 むしろ、先ほどよりもさらに心に余裕が出来ていた。

 理由は勿論、二人の仲間たちの存在、ゴールドの帰還を信じた彼らの思いが、今のゴールドに敵に向かう力を与えてくれているのだ。

 追い風はゴールドに吹いていた。

 

「……では手始めにお前を倒して、そして他の者共もまとめて葬ってやろう」

 

 そしてアポロの宣言と共に、因縁めいた両者の決戦は始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今ですッ!」

 

 スリーカウントの終了直後、彼らは共に駆け出した。

 クリアとホルス、リザードン(エース)とダーテング、アルフの遺跡で起こった戦いに終止符を打つべく彼らは目標目掛けて突き進む。

 迎え撃つそれは、邪悪に満ちた笑みを浮かべて二人を視界に捉えていた。

 黒いバンギラス。"亀裂"の中から現れた未知のポケモン。激しい凶暴性と強さを秘めたこのポケモンの暴走を止める為、彼ら二人は決死の策に臨むのである。

 

「"アイアンテール"!」

「"きあいだま"!」

 

 エースの尾が鋼の力を帯びて、ダーテングの内輪に闘の力が集まる。

 挟み込む様に黒いバンギラスへと近づいた両者が行った行動、それはただ単純な同時攻撃、だが単純だからこそ、攻撃というものはそれ相応の威力を発揮する。

 例え一方が迎撃されても、もう一方の攻撃で確実に黒いバンギラスを倒すという算段、その狙いは確かに合理的だ。数の上での有利を利用しない手は無い。

 ただ例外的だったのはやはり、此方の有利性を遥かに上回る相手の特異性だったという事か。

 二手から来る攻撃、流れる様に水平に振るわれる鋼の尾と、外さない様に至近距離から放たれる闘の玉、それらの攻撃に対し黒いバンギラスが行った事はこれまた単純(シンプル)な事。

 

「くっ……!」

 

 クリアが小さな悲鳴を上げて、エースの身体が黒いバンギラスから遠のく。

 予想は真実に変わった。至近距離から放たれた"はかいこうせん"を直に受けて、背に乗せていた主を地面へ落として、自身も土の上を転がったエースは遺跡の一部にぶつかると、そのまま力なく倒れた。

 

「……だけどこれで……!」

 

 勝負の行方を見届ける為、懸命に上半身を起こしたクリアが見たもの。

 それは――、

 

「……チッ!」

 

 毒々しげに舌打ちをしながらこちらへ飛んできたホルスの姿だった。

 

「なっ……まさか、ホルスさん……失敗を……?」

 

 決死の策、その失敗という最悪の事態、その事実を突き付けられたクリアは、途切れ途切れにホルスへと問いかけるが、ホルスは彼の問いかけに答えない。

 ただ黙って、こちらを振り向く黒いバンギラスへと鋭い視線を向ける。

 地鳴りの様な足音、万策尽きたと表情で語るクリアの絶望の色を見て、黒いバンギラスは雄叫びを上げてクリアたちを睨む。

 その顔つきから分かる。例え戦えなくなったからといって、このポケモンは彼らを逃しはしないだろう。

 一体どんな世界で生まれ育てばそこまでの凶暴性と強さを身に着けることが出来るのか。そんな事を考えたところで、クリアには到底分かりえない事である。

 ゆっくりとした足取りでこちらへと迫りくる黒いバンギラスを見つめながら、クリアはおもむろに手持ちのボールへ手を伸ばすが、

 

(……いや、うちのエースでさえ届かなかったんだ。采配を誤れば誤るほど、まるで詰将棋の様にこちらの分を悪くする事に繋がる……!)

 

 あくまでも冷静に、彼は状況を整理して、次の行動の計画を念入りに立てる。

 

(レヴィとデリバードの二対で同時に……いや今の戦いの後だとどうしても勝ち筋が見えない! だからと言ってPとVはタイプ相性の点でも不利。それに……)

 

 だが、見えない。視線の先に佇む化け物の様な強さを持つポケモンを倒す術が、見当たらない。

 

(手持ちのポケモンが全て倒れたら、アウトだ……!)

 

 そして彼が最も危険視している事、それは当然といえば当然か、こちらの戦うポケモンが一体残らず倒れた時の事だ。

 これはゲームとは違う。そんな当たり前の現実が、クリアの肩に重くのしかかってくる。

 今行っている戦い(バトル)、それは彼がまだ小さい頃、ゲームでやっていたものとは訳が違う。野生ポケモンに敗北したその時、敗北の先に待つ未来が"目の前が真っ暗になった"程度で済む保障などどこにもないのである。

 それでもクリアという少年は、今までに幾度となく危険な賭けを平気で行ってきた。果たしてそれを"平気"と感じなくなったのはいつからか。

 ――恐らくそれは、かつてのガイル事件、バトルフロンティアでの決戦後の"ある切っ掛け"が原因なのだろう。

 黄色のポニーテールを風に揺らす、小さな少女の涙をもう二度と見ない為に、少年に死は許されないのだ。

 

(……よし、こうなったらレヴィの防御力に賭けて、その間に策を……)

 

 それは単なる時間稼ぎ、だが生き残る為なら例え小さな可能性にも賭ける。

 そう決心して、クリアがレヴィのボールに手を伸ばした――時だった。

 クリアは不意に驚愕の表情で目を見開く。

 ――ホルスが、笑ったのが見えたのである。

 

「……今だ」

 

 ポツリと呟かれたホルスの言葉、直後だった。

 黒いバンギラスの足元から、"なにか"が勢いよく飛び出して黒いバンギラスを襲ったのである。

 それはホルスが黒いバンギラスから離れる直前、逃げる様に見せかけて、知られず放っておいた一個のボール。

 ホルスはそのボールの中のポケモンに、最もベストなタイミングで現れる様に予め伝えていたのである。

 

「あれは!?」

「ルカリオ!」

 

 クリアが驚きの声を上げるのと、ホルスが飛び出したポケモン"ルカリオ"の名を呼ぶのは同時だった。

 

「"はどうだん"!」

 

 黒いバンギラスへと一打与えて怯ませた後、ホルスが言った直後にその背後をとったルカリオは、一瞬手のひらの先に力を溜めて――そして一気に放出した。

 決まった。黒いバンギラスが倒れる前に、クリアは勝敗の結果を悟る。

 背後からの"はどうだん"。いくら相手が"あの"黒いバンギラスと言えど、悪と岩のタイプを持つバンギラスに闘のタイプは極めて効果的だ。

 それに加えてその攻撃をクリアは完全に予期していなかった。そんな攻撃を、相手方である黒いバンギラスが予期できたとは到底考えられず、現にその奇襲は完璧な奇襲だった。黒いバンギラスは反撃はおろか身構える事さえ出来ていないだろう。

 そして最後に、とどめとばかりにホルスは倒れた黒いバンギラスへと近づき――、

 

「これで……」

 

 その手に持ったダークボールを黒いバンギラスへと放った。

 光を放ち、ダークボールへと入っていく黒いバンギラス、そしてボールは二、三度揺れて、不意にその動きを止める。

 あまりにも呆気ない幕切れ。先ほどまでの苦労が嘘の様な虚無感。

 唖然とするクリアの視線の先で、そしてホルスは勝ち誇った様に言うのだった。

 

「捕獲、完了だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦力差は圧倒的だった。

 

「ふっ、どうしたゴールド? 些か手ごたえが無さ過ぎるぞ?」

 

 アポロの声が聞こえる。自身の手持ちポケモンたちの必至の唸り声も同時に聞こえる。

 傷だらけの身体を引きずって、ゴールドは視線の先にアポロ、そしてアルセウスを捉える。

 相手方は全くの無傷だった。

 対してこちらは主力の五体が全て瀕死寸前、唯一まだ元気を残しているといえば、ポケスロンで共に競技に出るために連れてきたトゲピーの"トゲたろう"くらいか。

 その"トゲたろう"にも、今の戦いの最中彼は補欠を言い渡していた。

 トゲピーの進化条件、それはどれ程"おや"に懐いているか、つまりはポケモンとトレーナーがどれ程の絆を築いているかが鍵となっている。

 未だ進化し得ないトゲピーでは、アルセウスの心を開けない。

 そう判断して、ゴールドは早々に"トゲたろう"をボールに戻していたのである。

 

(……俺たちなら十分望みがあると思ってたんだけどよぉ)

 

 アルセウスから複数の閃光が生まれる。

 "さばきのつぶて"、一つ一つが究極技にも匹敵するかかの様な攻撃を受けながら、ゴールドはぼんやりと考える。

 

(いくら捕獲したばっかって言っても、反抗なんざいくらでも出来るはずなんだよなぁ、アルセウスがそれをしないってぇ事は、アルセウスの奴はもう人間を諦めてるって事なんだよなぁ……)

 

 捕獲したポケモンはトレーナーのポケモンとなる、それは確かに常識的な事だが、しかし同時に、捕獲されたからと言ってポケモンたちが素直に言う事を聞くとは限らない。

 例えば捕獲されたポケモンが、自身を捕獲したトレーナーに力量が足りないと判断すれば、彼らは自分勝手な行動を始め、最悪トレーナーの元から逃げ出してしまう事だって有り得る。

 そしてそれは、まだトレーナーと十分な信頼関係を築けていない頃、捕獲したばかりの頃に顕著に現れるのである。

 ――しかしである。

 しかし今のアルセウスに、その様子は見られない。

 一見すると素直にアポロの意思に従って、攻撃を繰り出している様に見える。

 だが見方を変えればどう見えるか。

 アルセウスを捕獲した途端に豹変し、サカキを罵倒したアポロ、そんなアポロの意思に同調する様に攻撃を繰り出すアルセウス。

 もしかすると彼らは本当は逆なんじゃないか。そんな考えが、ゴールドの中には浮かんでいたのだ。

 ――本当は、アポロがアルセウスを従えてるのでは無く、アルセウスがアポロを従えてるのではないかと。

 

(……そう考えてアルセウスの心を開こうとしてみたはいいが……まさかここまで拒絶されるとはなぁ)

 

 気付くと彼は地に伏していた。彼の五体の手持ちポケモンたちも同様である。

 アルセウスを説得し、この戦いを終わらせる。自分ならそれが出来ると、ゴールドは自惚れではなくそう思って彼らに戦いを挑んだのだが、その結果がこの様である。

 幼い頃からポケモンに囲まれて過ごし、ポケモンを"家族"と言う彼ならば、確かにそう思うのも無理はない。

 惜しむべきはアルセウスの人への感情、人を見限るほどに膨れ上がった負の感情の大きさが、彼の敗因だったのだろう。

 

「……だけど、諦めねぇからな」

 

 勝負は既に決していた。

 それでもゴールドは、決して後ろを振り返らない。背中を見せない。諦めない。

 相手だけを見据えて、自身の感情をアルセウスへとぶつける。

 

「例え俺一人になっても、アルセウス、お前の心を開いてみせっからよぉ!」

「ふん、一人になっても、か」

 

 ゴールドの渾身の叫び、それに答えたのはアルセウスの攻撃では無く人の声、アルセウスを傍らに伴ったアポロの声だった。

 

「おかしいだろう、お前は確か後一体ポケモンを連れていたはずだ」

 

 その表情に変化はない。今まで通りの憎々しい程に余裕を見せるアポロそのものだ。

 しかし何故か、ゴールドはその言葉にアポロを感じなかった。

 

「出せ! 最後の一体を! 私はその一体まで全てを葬って、先へと進む!」

 

 違和感の正体は分からない。

 だがどうしても、アポロのその言葉が、ゴールドにはアルセウスからの言葉(メッセージ)だと思えてしまったのだ。

 恐らくアルセウスとアポロの関係性に疑問を持つ以前だったら何も感じなかったはずだ。

 だがゴールドは既に疑問を持ってしまっている。

 アルセウスがただアポロに操られているだけでは無いと、確信にも似た予感を感じ取ってしまっているのだ。

 ならば――出すしか無いだろう。

 だがゴールドは思う。進化していない、ゴールドに懐いていない"トゲたろう"では他の五体の手持ちポケモン以上に、アルセウスの心を開かせるのは難しいのではないかと。

 

「……"トゲたろう"」

 

 それでもゴールドは"トゲたろう"を外へと出した。

 圧倒的な力を持つアルセウスを前に、懐いていないトゲピーを相対させる。それは一体どれ程絶望的な行いか、ゴールド自身ですら無謀だと思っている。

 だがアルセウスが彼の"トゲたろう"に何かを期待している――そうゴールドが思えている以上、無茶でも何でもやってみるしか無いのだ。

 

「……ふん、滑稽だな。てんでバラバラじゃないか!」

 

 あざ笑うかの様なアポロの、否――アルセウスの言葉。

 

「ゴールド、貴様は貴様の仲間から、どうやら何も学ばなかったらしいな!」

 

 そしてアルセウスが攻撃の準備を始めた。

 恐らくこれが最後の"さばきのつぶて"となるだろう。これ以上の攻撃を受けきる自身など、今のゴールドには無い。

 足が竦みそうになる程のプレッシャーの中、ゴールドはアルセウスの言葉を一度だけ頭の中で反復して、"トゲたろう"を見る。

 そしてそれはボールの中で彼らのやり取りを見ていた"トゲたろう"も同じくである。

 二つの視線がぶつかり合う。

 

『俺の"友"は、やると言ったらやる、そして、負ける勝負はしない男だ』

『信じてるわ、ゴールド……!』

 

 二つの声が重なった。二つの像も重なった。

 ゴールドが生きて戻ってくると、全てを終わらせて必ず"戻ってくる"と信じてくれた二人の仲間。彼らの影と自分自身の影をゴールドは照らし合わせる。

 果たして自分は、今目の前にいる小さなポケモンを、一体どれ程の信頼を寄せていたのか。

 そんな疑問が、不意に生まれた。

 二人の友は"信頼"してくれた。だからゴールドは今目の前の戦いに、全力で挑む事が出来、そして今となっても後悔だけはしていない。

 だが自分はどうだ。自分は"トゲたろう"の事を果たして"信頼"していたと言えるのか。

 そう考えた瞬間、ゴールドはハッとして、アルセウスへと視線を移す。

 

「……ふっ」

 

 その瞬間、アポロの口から笑みが零れる。

 それが一体誰の笑みなのか、今さらそれを考えようとは、ゴールドは微塵も思わなかった。

 

「……すまなかったな」

 

 そしてゴールドは、眼前の小さなポケモンへと口を開く。

 今までの記憶のフラッシュバックを心に浮かべて、どんな場面でも、"決戦"と言うべき場面で彼はいつも"トゲたろう"をチームから外していた。

 その事に――無意識の内に"トゲたろう"を信頼していなかった事を悔やみながら、ゴールドは改めて感じた自分の感情を吐露する。

 頼りにされない寂しさ、虚しさ。頼りにされた時の嬉しさ、心強さ。その両方を知っているゴールドだからこそ、自身の過ちにすぐさま気付いたのだ。

 心を開いていなかったのは"トゲたろう"の方では無く、トレーナーのゴールドの方。トレーナーが心を開いていないのであれば、ポケモンが心を開かないのも当然だろうと。

 

「今さらだがよぉ、トゲたろう」

 

 その時思い出された風景は、かつての仮面の男事件の時の事。

 一組のトレーナーとポケモン。

 完全に戦闘不能に陥ったかに見えた自身の(イーブイ)を諦めずに信じぬいて、結果、当時未知の進化を体現させた一人のトレーナー。

 ――"四人目"のジョウト図鑑所有者とそのパートナー。

 

「お前の力を信じるぜ。行って、アルセウスをぶっ倒してやれ。ぜってーだぞ」

 

 クリアとV。彼らは決して諦めていなかった。

 強大な敵を前にしても、互いの事を信頼し合ってたからこそ、彼らはその後の奇跡をなし得たのである。

 だから今度は、彼らの番だ。

 今さらではあるがようやく、ゴールドは"トゲたろう"に心を開いた。

 "トゲたろう"では無謀だと決めつけて一人で立ち向かおうとはせず、"トゲたろう"の力を"信じる"と彼は確かに言った。

 だから今度は、"トゲたろう"の番なのだ。

 走り出す。ゴールドの期待を一身に受けて、小さなポケモンは強大な敵に向かって走り出す。

 

「これで決める! "さばきのつぶて"!」

「ぶちかませぇ! "すてみタックル"だ!」

 

 次の瞬間、いくつもの閃光が瞬き、そしてアルセウスの"さばきのつぶて"が投下される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルセウスに襲撃されたエンジュシティ。半壊したジムの前で二人の男が顔を突き合わせていた。

 一人はハヤトと名乗るキキョウシティのジムリーダー、飛行タイプを主に扱う鳥ポケモンのエキスパートだ。

 対するは中年程の男性だった。安物のコートに袖を通したジョウトでは見慣れないグレッグルというポケモンを連れた男性、通称"ハンサム"と呼ばれる国際警察の人間である。

 

「まっ、待ってください! 今、なんと!?」

 

 慌てた様子のハヤトとは打って変わって、ハンサムは落ち着いた様子で彼にもう一度告げる。

 驚愕の、そして重要な真実を――。

 

「言った通りだよハヤト君。私が知る限りでは"ホルス"と呼ばれる国際警察は"存在しない"。そしてチョウジのジムリーダーと我々国際警察が落ち合う予定になっていたのは確かだが、しかしそれは私一人の事だ。私は基本単独で任務に臨むのでね」

「じゃ、じゃあ僕が出会った国際警察の人間は……」

「ふむ。その事なのだが……」

 

 身分証明の為に出した国際警察手帳を懐に仕舞って、ハンサムは顎を擦りながら言うのだった。

 

「君が会った人物とは、本当に国際警察の人間なのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルフの遺跡に辿り着いたホカゲが見たものは、有り得ない光景だった。

 あまりの奇妙さに、彼は一度は思考を放り出して、そして再度その光景を確認し、それが現実だと思い知らされる。

 そこにいたのは二人の人間だった。

 一人はクリアと呼ばれるホカゲもよく知る人物、その傍らでは傷ついた彼のリザードンが羽を休めている。

 だがもう一人は、ホカゲが一夜たりとも忘れた事が無い人物。

 

「あ、いましたね。クリアさん……って、あれ? もう一人は……」

 

 ツクシの言葉が、まるで遠い世界の事の様な気がした。

 だが彼は必至に現実に戻り、そしてエンテイの身体を軽く叩いて合図を出す。彼らの元に一秒でも早く辿り着く為だ。

 不意に、奴がこちらを見た。

 少しの間だけ、何かを考える様に目を細めてから、直後に頬を歪めた。

 凶悪な笑みが視界に入る。恐らく奴もこちらを思い出したのだろう。ホカゲの焦りが最高潮まで高まる。

 そして次の瞬間――、

 

「そこから離れろクリアぁぁぁ!」

 

 ホカゲが叫ぶのと同時に、奴は黒いバンギラスを召還する。

 

 

 

 

 

 

 

 再び、黒の岩竜がクリアの眼前に現れた。

 一体ホルスはどうしたと言うのか、クリアの背後を見つめたまま、微笑を浮かべて何故か再度黒いバンギラスを外に出したのだ。

 先の戦いで自身の主だと認めたのだろう。先ほどとは打って変わって大人しくなった黒いバンギラスをクリアが見上げた瞬間、声が聞こえた。

 

「そこから離れろクリアぁぁぁ!」

 

 懐かしい声だった。

 ホカゲと呼ばれる元マグマ団の、今では時折クリアに問答無用でポケモンバトルを挑んで来る様な戦闘依存症の男である。

 切羽詰まった彼の言葉に、クリアが疑問を感じて振り向こうとしたその時である。

 強烈な痛みが彼を襲った。

 一瞬、何が起きたのか分からず、クリアはただ茫然と青い空を見上げる。

 そんな彼を、合流したツクシが支えて、ホカゲがクリアと共に"攻撃"を食らったエースの容態を見ている。

 一体何が起こったのか。

 クリアがそう疑問に感じていると、答えは存外早く知る事が出来た。

 

「やれやれだぜ。俺としては、もうちょい楽しい楽しい相棒ごっこを続けてても良かったんだが、だが正体がバレたとあっちゃ諦めるっきゃねぇよな」

 

 豹変した仲間の姿がそこにはあった。

 先ほどまでの礼節を弁えた紳士的な立ち振る舞いはどこにも無く、まるで柄の悪い不良の様に、黒いバンギラスに寄りかかり独り言を呟いている。

 いくつもの疑問がクリアの中で生まれたが、彼はやっとの思いでその中の一つを絞り出す。

 まず最初に思った疑問、当然の問い。

 

「……ホ、ホルスさん……な、なんで……」

「……カッ! テメェいつまで勘違いしてやがるつもりだ。"ホルス"なんて国際警察はこの世のどこにも存在しねぇんだよ! 俺の名は……」

 

 至近距離からの"ストーンエッジ"の直撃で、途切れ途切れでしか紡げない言葉を何とか振り絞ったクリアだったが、そんな彼にホルスは乾いた笑いと否定で返した。

 

「……おいクリア、お前何を勘違いしてんのか知らねぇがこいつは……」

 

 そして次の瞬間、かつてホルスと名乗った男とホカゲの声が重なった。

 

「カラレス・ジ・フォルスダージ。トキワジム以来だなぁ、クリア……そんで"エース(リザード)"!」

「カラレスは……ナナシマ事件の時に、俺とカガリを襲ったロケット団だ!」

 

 




この話でシント編は終わる予定だったのですが、予定で終わってしまいました。
……流石に次話で終わると思います。
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