ポケットモンスターCLEAR   作:マンボー

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八十一話『vsグラエナ トキワグローブの少女』

 

 シンオウ地方某所。

 パシャリと、踏みつけられた水たまりから跳ねた飛沫が、激しく振りつける雨水と同化し、再び土へと染み込んでいく。

 その時、少年は"敵"に追われていた。

 

「……チッ、しつこい奴らだ……!」

 

 迫りくる黒球(シャドーボール)を間一髪で左に避けてチラリと後方を確認、少年は現状を把握する。

 現状少年を追って来るのは三人、その一人一人が四天王級かそれ以上の力を持った猛者たちであり、また話し合いによる解決も出来ない者たちであった。

 シャム、カーツ、そしてカラレス。

 それは、たった一人で相対するには、あまりにも絶望的な状況。

 

「ペルシアン、"はかいこうせん"!」

「ヘルガー、"かえんほうしゃ"!」

「終わりだ、やれ! グラエナ、"あくのはどう"!」

 

 少年は、迫りくる三つの放線状の攻撃を前にして、二つのボールを取り出したかと思うと、

 

「"あまごい"! 次いで"バブルこうせん"! 最後にありったけの"氷人形"を生成!」

 

 最早、"誰が"、"何を"の確認すら省略する。それ程までに状況は切羽詰っていた。

 繰り出されたのはドククラゲ、グレイシア、そしてデリバードの三体。彼らはボールから出現するとすぐに行動を開始していた。

 次の瞬間、少年と彼のポケモン周囲の豪雨が、一際激しさを増した。

 そして前方へと万遍なく放たれた"バブルこうせん"は技の相殺こそしないでも、"あまごい"によって増大した威力で確かに敵ポケモンの技の威力を弱体化させ、特別防御に特化した能力を持つドククラゲが残った技を全て受けきり耐える。

 最後にデリバードが無数の氷人形による"ダミー"を、彼らの周囲に出現させ準備は完了した。

 

(よし、この数センチ先も見えない程の豪雨と、目くらましのダミーがあれば何とか逃げ切れる……!)

 

 策は上手くはまった。

 既に少年の視界には敵三人の姿は見えないが、逆を言えばそれは相手も同じ事。更にかく乱の為、氷人形も複数フィールドに召喚してある。

 ドククラゲとグレイシアの二体をボールに戻し、デリバードをお伴にして走りだすのと同時に、背後で氷が砕ける音が聞こえた、恐らく敵が氷人形(ダミー)への攻撃を開始した合図だろう。

 しかし少年は振り返らない。

 "逃げるが勝ち"とは、まさにこの事。

 この時、彼は勝利を確信した。

 だからこそ一瞬、ほんの一瞬だけ、気が緩んだ。緩んでしまったのだ。

 

 そうでなければ、きっと――突如として彼の背後に現れた(ヤミラミ)に気づく事が出来たのだろう。

 

「――ンフフ。"呪い"……発動!」

 

 氷の様な声が聞こえた。

 その刹那。

 彼らの記憶に"痛み"が溢れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 イエロー・デ・トキワグローブという少女には不思議な能力がある。

 トキワの森から授かりし力、ポケモンの意思を読み取り、またその傷を癒すというものだ。

 その特徴から"癒す者"と呼ばれ、ポケモン図鑑所有者の一角に数えられる少女だったが、この時の少女の顔に、いつもの明るい笑顔はなかった。

 不安に満ちた、曇り空の下。

 少女の視線の先で静かに眠るデリバードの存在が、少女を不安に駆り立てるのだ。

 

「そう心配そうな顔するな。君の力で傷は癒えている。後は失った体力を戻すだけだ」

「はい……」

 

 かけられた気遣いの言葉に、イエローは力なく返答する。

 事実、デリバードの容体には危険なく、今は快復に向かっている。

 元から十分に鍛えられていたポケモンであり、イエローによって癒された後は、ただ眠って体力気力共に万全の状態になるのを待つだった。

 故に、少女の不安の要因は別にあった。

 傷を負ったデリバードのトレーナー、クリアと呼ばれる少年、その安否。

 手持ちのポケモンがこの状態なのだ。ならば、そのトレーナーは、現在どの様な状況下に置かれているのだろうか?

 

「状況から見て、十中八九なにかあったと、捉えるべきなのだろうな」

「はい……ヤナギさん、クリアが旅立つ前に受け取ったという"挑戦状"の差出人って誰なのか分かりますか?」

「いやクリアからは、シンオウ地方のジムリーダー、という事しか聞いていないな」

「そう、ですか。でも辿るなら、その挑戦状の差出人ですよね」

 

 クリアという少年が消息を絶って約一か月。そんな状況だからこそ、否が応でも少女の脳裏には"かつての事件"が蘇る。

 "四天王事件"と呼ばれる事件である。

 それは少女が図鑑を持つ者として旅立ち、またクリアという少年と出会う切欠ともなった、イエローという少女にとってはある種特別な"事件"であるのだが、思い起こせばその始まりとして、二つの出来事が前兆としてあった。

 一つはレッドという少年に届いた一枚の果たし状、そして二つ目はその後傷だらけの状態で帰還したレッドのピカ。

 現在と過去、二つの事件で類似する展開――関連付けるなという方が無理な話であった。

 

「それにしても今回の事件は、まるでかつての"四天王事件"の始まりをなぞらえているかの様だな」

 

 まるでイエローの考えを見透かしてるかの様に、絶妙なタイミングでヤナギが呟いた。

 

「……とすると、考えられる黒幕はやはり"キクコ"か」

 

 キクコ。イエローがその名を聞くのは、約一年ぶりの事だった。

 まだ記憶に新しい"シント事件"と呼ばれる騒動後、彼女はかつての四天王事件の首謀者だった男"ワタル"からその名と共に彼女らは忠告を受けている。

 これまで起こったいくつかの事件の裏に、キクコの存在が見え隠れしている、注意しろ。と。

 

「もしかすると、これはかつての四天王事件の続きなのかもしれんな……」

「……続きって……?」

 

 ヤナギと呼ばれた老人は、クリアの師であると同時に、ジョウト地方チョウジタウン、チョウジジムのジムリーダーである人物。

 そして、同時に過去に仮面の男(マスク・オブ・アイス)を名乗り、カント―とジョウトの二つの地方を震撼させた人物でもある。

 元はキクコと同じ、悪人という立場の人間。

 そんな彼だからだろう、ヤナギは表情を一切崩さず、少しだけ瞳を伏せて口を開く。

 

「四天王事件は君やクリアを含めた複数の者たちの活躍で解決した。ワタルらの野望を食い止めてな。だから、これはその続きなのかもしれんと不意に思ってな」

「キクコはまだ、諦めてないって事ですか? ポケモンの理想郷を……ワタルは、もう改心してるのに……」

「確かに件の事件の首謀者はワタルだったが、しかしだからと言って、キクコの信念がワタルに劣っているとは限らんだろう」

 

 確かに、ヤナギの言う通りならばキクコという人物が今なお裏の世界で生きている事にも説明がつく。

 彼女の"四天王事件"は、まだ終わっていない。

 それこそ、当時は実力やカリスマ性などの問題からワタルが計画の主導を握っていたとしても、その計画を裏で密かに進め最も尽力していたのは他でもないキクコだった。それは後にジョウト地方で四天王となったシバの証言からも裏付ける事ができる。

 ポケモンにとっての理想郷、その完成をカント―四天王の中で最も願っていたのがキクコだったとしても、なんら不思議はなかったのだ。

 

「一度罪を犯したからこそ分かる事もある。私も、ヒョウガを両親に再会させるという目的を果たしていなければ、今こうして君と会話している事もなかったかもしれない……そしてそれは、君も同じだろう?」

 

 そこでヤナギは右に顔を向ける。その先にいた"シズク"という青年に意見を求める為に。

 

「……えぇ」

 

 シズクもまた、神妙な面持ちで答える。

 

「私は、クリアさんとの戦いで一つの"答え"を得ました。だからこそ、私は私がやるべき事を見つけ、また居場所を見つける事ができた。だから(クリア)がいなければ、今も亡き総帥(リーダー)の意思を継いでいた可能性も十分にあり得ます」

 

 それはかつて悪に染まった者だからこそ分かる境遇であった。

 彼らは自身らの行為が世界から見れば"悪"だと理解していた、しかし同時に、その行為が"正しい"とも思っていたのだ。

 正義とは、一人一人違うもの。結局はそれだけ。

 そこに違いがあるとすれば、その正義が他人を不幸にするものか否か、それ位のものなのだろう。

 

「……さて、これ以上仮定の話をしても仕方あるまい」

 

 脱線しかけていた会話をヤナギは強引にレールに戻し、そして彼は横たわるデリバードへ目を向けたかと思うと、

 

「ここから先は、"当事者"に語って貰うしかないだろうな」

 

 そう、ヤナギが発した直後、その視線の先でむくりと起き上がる一つの影があった。

 無論、やはりそれはデリバード。

 病み上がり故か未だ気怠そうに青い顔をしているが、それでもデリバードは無理に体を起こしイエローに(こうべ)を差し出してきのである。

 

「え、でもデリバードはまだ……」

「大丈夫だ」

 

 体調が万全ではない――そう言いかけたところで、イエローの言葉はばっさりとヤナギに切られて、

 

「これは元々私のデリバードだ。そうそう柔な鍛え方をしてはいない……!」

 

 そんな何処か誇らしげなヤナギの言葉を聞いて、意を決して、そしてイエローはゆっくりとデリバードへ手をかざす――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは深い森の中だった。

 そこにいたのは十二か、十三くらいの年の、黒いシャツと黒いズボンで身を固めた全身黒づくめの少年だった。

 生い茂る草々が太陽の光を極端に遮断し、ジメジメとした湿度の高い場所にはキノココが、また一本の木の枝の上ではナマケロが寝ていた。

 彼はその場所を知っている。

 "トウカの森"。

 まだ旅立ったばかりの彼はその森で迷い、もうかれこれ四時間は同じ場所をぐるぐると回っているのだった。

 いい加減気が滅入り、体力の底も見え始めている。苛々とした感情が内から沸き上がり初め、不意に少年は足元にあった石ころを蹴り上げる。

 

 ――それがいけなかった。

 

 ガサリという音を立てて近場の茂みに落ちた石ころには気にも留めず、少年がその場を後にしようとした、その時である。

 グルル、という獰猛な鳴き声が聞こえたのは。

 

『ッ!』

 

 咄嗟に後ろを向いた少年の視線の先にいたのは一体のグラエナだった。

 その頭部は少しばかり腫れており、またその激しい怒りを露とした様子から、その原因はすぐに察しがついた。

 どうやら先ほど少年が蹴り上げた石ころが運悪くグラエナの頭部に直撃してしまったらしい。

 身に覚えのない突然の奇襲に、眼前のグラエナはこれでもかと言う程に犬歯を見せて威嚇していたかと思うと、直後に高らかにグラエナは一度の遠吠えをする。

 するとどうだろうか。

 周囲に感じた獣の気配と、その事実確認後、少年は自身の顔が見る見る青ざめていくのを感じた。

 

 約十体程だろうか。

 それだけの数に囲まれた少年は、まさに絶体絶命のピンチ、という奴に陥っていた。

 まず、話など通じる相手ではなく。

 また彼の手持ちも、

 

『タ、タネボー!』

 

 レベルの低い一体のタネボーのみ。

 藁にも縋る思いで自身のタネボーをモンスターボールから出してみるも、勿論タネボーの方もまだろくに経験値を積んでない駆け出しトレーナー最初のポケモン。

 当然、身を震わすしかないようである。

 ジリジリと、グラエナ達は少年とタネボーに近づく。

 少年はタネボーを抱えたまま、そうして、絶叫と共に駆け出して――。

 

 

 

 それから三十分後、急な天候の変化により、トウカの森に雫のシャワーが降り注ぐ。

 冷たい雨が倒れた少年とタネボーを濡らし、赤い液体が雨と共に地面へと吸収され、それと同時に一人と一体の体温を急激に奪っていく。

 グラエナの集団に襲われた彼らは、それから十数分間、グラエナたちの気が済むまで痛めつけられたのだった。

 結局、朦朧とする意識の中で少年はタネボーをボールの中に戻すことが出来なかった。

 怖かったのだ。自分一人だけになるのが。

 

 ――あぁ、俺、死ぬのかな……。

 

 痛みの所為か、心細さの所為か。そんな疑問が不意に少年の脳裏を掠める。

 雨は、いつまでも降り続いていた。

 

 

 

 それからどれ程経っただろうか。

 一分か、一時間か。時間の経過が分からない程に頭が真っ白となっていた少年は、やがて自身の手元からタネボーがいなくなるのを感じた。

 

『……はい、これでこの子はもう大丈夫! 次は君の番だね!』

 

 誰かの声が聞こえた瞬間、そこで少年は意識を手放す。

 

 

 

 次に少年が目を覚ました時、彼は身体中に巻かれた包帯と鼻孔をくすぐる薬の匂いをすぐ様感じ取った。

 

『あ、起きたみたいだね』

 

 彼に声を掛けたのは彼よりも年上の一人の女性だった。

 長い金髪を後ろで一つに束ねた女性である。彼女はやけに優し気な瞳で少年を見つめたかと思うと、次ににっこりと笑みを浮かべて、

 

『うん。その様子なら君も大丈夫そうだ。良かったね』

 

 どうやら、自分は彼女に救われたらしいと。彼がそれを認知するまで数秒の時間がかかった。

 

『あ、ありがとう、ございます……あなたが、助けてくれたんですよね……?』

『フフッ、いいよ気にしないでこの位。それより、まずは自分のポケモンの心配をしてあげて』

『ッ! そうだ! タネボー!?』

 

 跳ねる様に少年は飛び起きて、すぐに自身の唯一のポケモンを探すも、目的のポケモンは意外と近くにいた。

 起きた直後で感覚が鈍っていたのだろう。よく見ると、タネボーは彼の膝元で安らかな寝息を立てていたのだった。

 

『今は疲れて眠っているみたいだから起こさないであげてね。そしてあなたも、タネボーが起きたらすぐに病院に行くんだよ? 森の出口までの簡単な地図を描いておいたから』

 

 ホッと一安心する少年の姿に安堵したのか、そして女性は立ち上がり、おもむろにスケッチブックを取り出したかと思うとそこから一枚破り取って少年に手渡してきた。

 本当に、至極簡単な道筋が描かれたページを受け取り、本当にこんな地図が役に立つのかと、そんな僅かながらの不安感を覚えながらも、

 

『あ、あの、ありがとうございます。この事もそうですけど、俺たちを助けてくれて……』

 

 しかしながら、地図が役に立つかはともかくとして――救われた恩は大きい。

 少年は、生来受けた借りは必ず返すと決めている。そんな性分である。

 故に、地図を受け取った彼はすぐに、

 

『あの! 恩返しをさせてください! 何でもしますから!』

 

 と、提案するも、

 

『うん。いいよ気にしないで。それじゃあ悪いけど、私はもう行くね。実はあまり時間ないんだ』

 

 即答でかわされてしまった。

 そこに少年の感謝の意を少しでも汲み取ろうとする意志はゼロである。何とマイペースな女性か。

 尤も、少年の信条など眼前の女性にとっては何の関係もなく、本当にただのお人好しで彼女は少年を助けたのである。最初から、自身よりもずっと年下の男の子に見返りなど求めていない。

 故に、少年がそれから何かを口にする前に、女性は一足先に森を抜ける為に歩み出す。

 元々彼女に時間はあまり時間を持て余してはいなかった。

 これからすぐに、カイナシティへと向かい船に乗ってカント―地方へと帰郷せねばならなかった。その為の理由があったのである。

 

『ッ……じゃあせめて、名前だけでも!』

『私は"――"』

 

 その時、既に少年と金髪の女性とではかなりの距離が開いていた。

 加えて、その瞬間吹き抜けた一陣の風の悪戯により、少年はその女性のファーストネームを見事に聞き逃してしまう。

 それでも、彼は確かに聞いた。その後続いた、ラストネームを。

 

『"――トキワグローブ"よ。じゃあまたね、黒い少年君!』

 

 それが、"トキワグローブ"と名乗る女性と出会った最初で最後の時だった。

 それから少年は数年間、その女性を探して回ったが、結局彼女と再会する事は最後まで叶わず、そんな彼女と同じ名の地があると知ったのは、それからまた五年後の事だった。

 "トキワシティ"。

 その地を訪れた少年は、そこで一つの転機と出会う。

 少年の道を決定付けた大きな転機に。

 

 

 

『フン、久方ぶりにジムへ戻ってきたはいいが、やはり何の収穫もないな』

 

 それが、少年が聞いたある男の第一声だった。

 トキワシティにあるポケモンジム、"トキワジム"。そこで見た試合に、少年は釘づけとなった。

 それはトキワのジムリーダーと挑戦者のジム戦。偶然それは見る機会を得た少年は、身が震える思いだった。

 そこにあったのは、圧倒的な程の力。

 かつて自身の力量不足で惨めな思いをした少年は、五年間の旅でかなりの実力をつけたと思っていた。

 否、思い上がっていた。

 上には、上がいたのだ。

 少年がトキワのジムのジムリーダーを訪ねたのは、それからすぐの事だった。

 

 彼は後に知る事となる。彼が憧れた強さを持つ者が"サカキ"と呼ばれる悪の組織の首領(ボス)だと。

 だが、それを知っても尚、少年はサカキの配下に下る事を止めなかった。

 何故か? 決まっている。

 かつての時、タネボーをボールに戻せなかったのは彼自身が弱かったからだ。

 そして彼のタネボーが呆気なく倒されたのも、それも彼のタネボーが弱かったからだ。

 

 弱いままでは、何も為しえない。

 自分の命や、信条を守る事さえ叶わない。

 彼は彼の信じた道を進むために、強さを求めた。そしていつしか、彼はどんな状況においても我を通せる程の"強者"を目指す様になった。

 例えそれが、"正しい道"ではないとしても、そんな彼を正す者は、彼の傍には誰一人として居はしなかったのである

 

 故に、少年はそれまでの全てを捨てた。

 

 故郷も、名前も、今までの人生の全てを。

 借りを返すべき相手はもうどこにもいない。だからこそ彼はこれまで培った全てをかなぐり捨てて、サカキの下で更なる強さを身に着けたのである。

 そうして後に残ったものは。

 漠然と求めた強さの果てに彼が手に入れたものは、圧倒的な程の強さと、強さと共に肥大化していったプライドだけとなっていた。

 

 そして(かこ)を失った男は、"カラーレス"――"カラレス"と名乗る事となる。

 

 

 

「……チッ、なんで今更昔の夢を……」

 

 起床早々、カラレスは苛々しげに舌打ちをして身体を起こした。

 先ほどまで自身が見ていた夢、それはこれまでの自分自身の人生の追体験であり、またそこで出会った彼らとの縁をカラレスは既に絶っている。

 ロケット団首領であるサカキとの繋がりもまた、同様に。だ。

 果たして何故彼は今更になって過去の体験を夢で見たのか? そこに何かの意味、もしくは原因があったのだろうか?

 そう考えた所で、カラレスはすぐに原因に思い当たった。

 そう言えば、彼は昨夜、形式上は"仲間"と言える女性"サキ"からとある情報を聞いていたのである。

 

 図鑑所有者"イエロー"のフルネームを。"イエロー・デ・トキワグローブ"という名を。

 ポケモン図鑑を持つ集団である図鑑所有者と呼ばれる者達、その中に、"イエロー"という少女がいる事はカラレスも事前に知りはしていたが、しかしそのフルネームまではつい先日まで彼も知らなかった事だった。

 いや、もっと言えば興味がなかった。と言うべきか。

 

「起きたのか。カラレス」

 

 聞き覚えのある声に、カラレスは不機嫌そうな顔のままそちらへと顔を向ける。

 そこにいたのは、二人の男女だった。

 "シャム"と"カーツ"と呼ばれる者達。元々は仮面の男と名乗る者の配下だったが、今では完全に事実上彼らのボスことキクコの忠実な僕である二人だ。

 

「チッ、朝から何の用だ。まさかまた"ラティオス"が暴れたとか言うんじゃねぇだろうな」

「いやその事ではない。そしてその心配ももう無い、ラティオス"ならもう完全に我々の"コントロール下にある」

「あぁ? じゃあ一体何の用だ」

「我々が大手を振って動く時がきた。という事だ」

 

 彼の粗暴な態度にも最早慣れているのか。シャムは淡々とした受け答えで要件だけを彼に告げる。

 

「図鑑所有者に手を出した以上、奴らの仲間が必ずこのシンオウ地方へやってくる。貴様は手筈通り、"最も厄介な三人"を排除に向かえ」

「……ハッ、わざわざ(クリア)に構わなくても、どうせテメェらがラティアス取り逃がした時点で全面戦争は免れねぇんだ」

 

 嘲笑うかの様に言って、そしてカラレスは静かに身支度を始めた。

 悪態こそつくものの、だからと言って彼が自身の役目を放棄する理由はどこにもないからである。

 今現在、キクコから下された指令とカラレスの目的は生憎と一致しているのだ。

 

「だが安心しろ。"カント―図鑑所有者の排除"、お望み通りやってやる。当然、やり方は俺流でいかして貰うがな」

「フン、好きにしろ」

「ククッ、これでようやく、あの時の借りを返せるってもんだ」

 

 カラレスという男は、それがどんな形で作られたものであれ、借りは必ず返す男だ。

 クリアという少年が原因で一度警察に捕まった事については、その後しっかりとシント事件と呼ばれる事件の中で彼に借りを返した。

 かつて彼を襲ったグラエナの群れにも、当然彼はその数年後再びグラエナの群れに挑み、そして彼らのリーダー格であるグラエナを捕獲するという形で事を終わらせた。

 そして今度は、彼が警察に捕まる事となった、いや彼を警察に差し出したとある人物へと"借りを返す"為に向かう。

 

「トキワジムでの借り、忘れたとは言わせねぇぞ……マサラタウンの"レッド"……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そしてイエローは、僅かに震える手をデリバードの頭上からゆっくりとした動作で引く。

 

「その様子から察するに、分かった様だな」

「……はい」

 

 役目を終えて、再び横になり瞼を閉じるデリバードを眺めながら、イエローは肯定の意を示して、

 

「ヤナギさんの推理は当たっていました……」

 

 能力使用後、襲い来る睡魔の魔の手を頭を払う事で押しのけながら、少女はデリバードを通して得た情報を口に出す。

 

「クリアを襲ったのは、やはりキクコとその一味です。彼らがそう呼び合うのをデリバードがちゃんと見ている。それに、ボクがウバメの森で戦った二人もその場にいました」

「……とすると、シャムとカーツの二人か?」

「はい。間違いないと思います、加えてクリアが言っていたカラレスという男の人に、元ロケット団のサキ……そして、グリーンさんから聞いていたキクコの姿もありました」

「という事は、やはりクリアさんは出先で彼らと対峙したという事ですか……でも一体何が……」

「ボクが覗いたのは戦闘中のデリバードの記憶だけです。前後で何があったのかまでは分かりません……だけど、確かにクリアは彼らと対峙して、そしてすぐに勝ち目がないと悟り、デリバードに"このジム"を目指す様に言ってます」

「まさか……シンオウ地方から遥々、ですか?」

「えぇ、ボクも無茶だと思います。でもどうやらクリアは、"キクコがシンオウ地方で暗躍している"という事実を何としてでもボク達に伝えたかったみたいです。そしてデリバードは追手のシャムとカーツの追撃を振り切り、どうにかここまでたどり着いた」

 

 以上がボクが感じ取った全てです、とイエローは話を締めくくった。

 後に残ったのは、今まで以上に重たい空気と沈黙。結局、クリアに関する追加の手がかりは得られず、"未だかつてない脅威"だけが手に取る様にはっきりとした形で見えただけだった。

 事態は、予想よりも遥かに大きい。

 それがその場にいる誰もが感じた、共通意識だった。

 そんな中、やはりと言うべきか、初めに声を発したのはイエローだった。

 

「ヤナギさん、ボクは今すぐにでもシンオウ地方に出発します。そして、ボクがクリアを助ける! デリバードの記憶の中のクリアは、凄くボロボロだった。じっとしてられません!」

 

 その目には決意の炎を揺らして。過去、四天王事件の時と同様の瞳で。

 かつては、憧れだった者を助ける為。

 今度は、明確な好意を寄せる者を救う為に。

 

「……これは、また暫くはジムを休業するしかありませんね」

 

 そして、そんな彼女の思いに同調しないシズクではない。

 彼にとってもクリアは大切な、恩人の一人なのである。彼の為ならば、彼はこの星の裏側にだって喜んで行くだろう。

 だが、そんな彼ら二人とは反対に、ヤナギはあくまでも冷静に少しだけ瞼を閉じて思惑したかと思うと、

 

「駄目だ」

 

 一言。

 その一言で、彼らの決意をヤナギは真っ向から否定した。

 

「なっ、ジムリーダーはクリアさんの事が心配ではないのですか!?」

「ヤナギさん!」

 

 即座に抗議の声が上がるがそれも致し方ない。イエローとシズクにとって、ヤナギの否定の言葉はそれだけ予想外なものであったのだ。

 そして、そんな彼女と彼に視線を向けた一人の老人は、

 

「心配に、決まっているだろう……」

 

 まずヤナギは自身の心中を正直に吐露した。彼もまた、イエローやシズク同様にクリアの身を案じている。

 それを最初に伝えた事で、彼ら三人の思いは一つであるという事を眼前の二人に示したのである。

 そうする事で、ヤナギは彼ら二人に自身の言葉を冷静に聞けるだけの余裕を与えたのだ。

 

「"シズク"よ。君には今回、チョウジジムを任せたい。我々が消えて、ジムがもぬけの殻となる事は極力避けたいのだ」

「……それは、つまりヤナギさんがイエローさんと一緒に……?」

「いや、私は少し野暮用があるのでそれは無理だ」

「じゃあ、ボクが一人で……!」

「それは絶対に駄目だ。敵の強大さを考えて、君一人だけで行かせる訳にはいかない」

「っ……なら、ボクは一体どうすれば……!?」

 

 ヤナギの言葉の正しさは、誰であろうイエロー自身が一番理解しているはずだ。

 だからこそ、恐らく今のイエローは無力感と焦燥感に苛まれているだろう。

 しかしだからと言って、何の策もなくイエローをシンオウ地方へ向かわせる訳にはいかなかった。

 もし、その結果イエローの身になにかあった場合、それこそヤナギはクリアに会わせる顔がない。

 

 だが、だからといってクリアを探しに行かない訳には――当然いかないのだ。

 

「なに、私は別に君のシンオウ渡航までを否定したつもりはない」

 

 ヤナギの言葉に、イエローはピクリと肩を震わせて反応する。

 

「私たち以外の"頼れるもの"が君に同行すればいい。ただ、それだけの話だ」

「ヤナギさん達以外……? でも、それは一体……」

 

 ――誰? 少女がそう発そうとした時だった。

 一陣の北風が、彼らの前に現れる。

 

 

 

「"彼"ならば非常に頼りになる。"彼"が力を貸してくれるというのならば、私は君を信じて送り出す事ができる」

 

 ――さぁ、後は君の役目だ。イエロー。そんなヤナギの言葉がイエローの耳に届く。

 

 

 

 "彼"は北風と共に現れた。

 その身体は水の様に透き通った、雄々しくも美しい"青"の姿。

 そしてイエローは、その"ポケモン"とかつて出会った事があった。

 その時は、少女に忠告を伝える為だけにそのポケモンは駆けてきた。だが今回は、どうやら"別の用件"で"彼"は再び彼女の前に姿を現したらしい。

 

「もしかして、ボクに力を貸してくれるの? "スイクン"」

 

 そんな少女の問いかけに、最後に残ったジョウトの伝説は静かに首を縦に振るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこへ行こうというのかしら?」

 

 凛とした少女の声に、少年は思わずビクリと身体を震わせて、ドアノブへの伸びた手を思わず引っ込める。

 恐る恐る振り返ると、やり、そこには仁王立ちで立っている少女が一人。

 黒いゴシック調の服で身を包んだ、どこか冷たい雰囲気を漂わせる十代前半と思しき少女である。

 

「……たはぁ、また失敗か」

「……いい加減諦めなさい。そんな身体で出て行っても"死ぬ"だけよ」

「と、言われてもね、俺は元来大人しくしてるのが苦手な質でね。ついつい考えるより先に行動してしまうのさ」

「そう……それなら私が何度でも貴方を止めるわ」

 

 揺らぐ事のない意志の強い目、そんな瞳で見つめられそう言い放てられると、流石の彼も素直に従うしかない。

 ため息一つを残して、彼は"まるで黒い(いばら)の様な紋様が浮いてる身体"を引きずり、大人しくベッドへと戻る。

 

「死にたいのなら勝手に死ねばいい……」

 

 不意に、そんな冷たい言葉が彼の耳に届いた。

 

「だけど、あたしの目の届く範囲で死ぬなんて……絶対に許さないから」

 

 それは安易に死ぬなと言っている様なものではないか? なんて言葉は、少女から立ち込める怒気を孕んだ雰囲気故に口が裂けても言える訳なく、彼も仕方なしと言った具合にベッドに横たわり仰向けになって、

 

「……だが実際、そろそろ限界だぜ」

 

 瞳を閉じて、ポツリとそう呟く。

 

「療養も確かに大事だが、だからといってヤツラは待っちゃくれない。それに……」

「……離れ離れになったポケモンたちが心配なのね」

「あぁ、デリバードは見送る事が出来たが、Pとは途中で逸れてしまったからな。無事だといいんだが……」

 

 彼が言いたい事は少女も百も承知だ。

 少女が初めて彼と出会ったその日に、事の重大さは痛い程に理解している。

 

「だから俺も、いつまでもじっとしてる訳にはいかないだろ」

「それは、そうだけど……」

 

 だが少女は、同時に敵の強大さも理解出来ているつもりだった。

 そして、眼前の彼の今の非力さも。

 

「だけど、あなたはまだあの人達と出会ってはいけない」

「分かってるさ。俺の事は"死んだ"と思わせておいた方が色々と都合が良いからな」

「それだけじゃないわ。あなたにかけられた"呪い"はまだ完全に解呪出来てない。はっきり言って、今のあなたじゃ足手まといになるだけよ」

 

 呪い――その言葉が放たれた瞬間、彼は苦笑気味に自身の両手へと目をやった。

 先の戦いでつけられた黒い棘状の模様、それはまるで鎖の様に彼の全身へと続き、事実それは彼の自由を大きく制限している。

 初めは身体を動かすのもままならなかった。

 いや、それどころか、命の危険さえもあった。

 それを、少しずつ、少しずつ呪いを"解呪"して、今では通常の日常生活を送る程度の行動はとれる様になっている。

 しかし――、

 

「分かってる、呪い(こいつ)は俺を縛る鎖だ。呪いが完全に消えない限り、俺はまともにモンスターボールも持てやしない」

 

 戦闘捕獲等々、ポケモンを扱う際に必ずと言っていい程手にするモンスターボール。彼にかけられた呪いは、そのモンスターボールを手に取ると、途端に耐え難い程の激痛が走るというものだったのである。

 故に、彼はこの一か月、まともにモンスターボールにすら触れてはいない。

 ポケモンを出す際も、眼前の少女やもう一人に代行して貰ってる程なのだ。

 

「分かってるのなら大人しくしておく事ね。表だって動けない以上、常時からぞろぞろとポケモンたちを外に出して動く事も出来ないでしょう」

「やってみなくちゃ分からないと思うが……いや、確かにそうだな。うん」

 

 ギロリと向けられた眼光に、彼は即座に言葉を訂正する。

 だが今の発言からも分かる様に、やはりこの男はまだまだ諦めきれないでいる様である。少女の悩みは尽きない。

 

「ま、そう心配しなさんな。命の恩人の忠告を蔑ろにする程礼儀知らずじゃねぇよ俺は」

「……ふん、どうだか」

「はは。相変わらず手厳しいな。"マイ"は」

 

 頬をポリポリとかきながら、そう言って苦笑を浮かべる男に対して、そしてマイと呼ばれた少女は呆れた様にこめかみに右手を当てて言うのだった。

 

「あなたにはこれ位言わないといけないって分かったからでしょ。ねぇ、"クリア"」

 

 発せられた名前、クリア。

 行方知らずとなっていた少年は、シンオウ地方のとある場所にて、来たるべき時に備え今はゆっくりと身体を癒す。

 

 

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