宙に投げ出された身体が地に落ち、衝撃が全身を襲う。
しかしながらも残った理性で、可能な限り衝撃を殺して転がり体勢を正そうとする。
それは想定通りにはならなかったが、背中が木の幹にぶつかったことでどうにか支えを得て立ち上がることができた。脳が揺れているせいで立っているだけで精一杯といったのが現状か。
治癒魔術で体の各所を補修して、未だぐらつく視界で遠くにある瓦解し始めた屋敷を見る。
自分が行った巨岩落としと大魔術の嵐によって既に崩壊寸前だったのが、今の攻防で完全に崩れ始めたのだろう。
何百年も存在し続けていたはずの屋敷は、あっけなく豪快な音を立てて崩落していく。
その下には崩壊の原因の一人が居るはずだが――――不思議と死んだとは思えない。吸血鬼があの程度で死ぬとは思えないし、ましてやアレは別格だ。
この程度で死ぬならばそもそも私が数百メートルも吹き飛ばされてこんな状態になることはないだろう。
「最後の最後にあんなものを相手にすることになるとは……ついてないなぁ、もう」
右手に黄金剣を、左手に赤色剣を携えながら愚痴を漏らす。
今まで何度も苦労してきたが、まさかここまでの大玉が潜んでいたとは。正直もう逃げたい。
が、それはできないだろう。
相手が許してくれそうにないし、先に喧嘩を吹っ掛けた以上やられたまま帰るというのは――――少し悔しい。
下らない意地だろう。笑ってくれて構わない。
だけど、こちらにも譲れない意地があるのだ。人間としての意地が。
「――――身体欠如補強――――完了
――――全身魔術強化――――完了。
――――思考速度倍化――――完了。
――――全行程、終了――――行くぞ」
数百もの魔術回路全てが駆動し大量の魔力を生み出していく。その魔力を全身に纏い、その上で更に身体強化の魔術を行使し、身体能力を極限まで向上させる。
当然こんな力任せな芸当、長時間も持たない。全力まで稼働させている魔術回路は持って精々五分程度。それ以前に肉体的な負担によりもっと短くなる可能性がある。
――――だからどうした。
限界が何だ。
激痛が何だ。
そんな物今までに何度も経験してきている。そんな物を代償に『勝利』を掴めるならば安いと言う物だろう。
「ふ――――ッ!!!」
足裏に魔力を集中し、ジェットのように噴射。それだけで私は前に一歩進んだ時点で音速を越える。
「ぐぁぁあああ――――!!!」
体が軋む。突然の急加速で骨という骨が折れそうになる。
それでも耐える。耐え続ける。死ぬわけでは無い。死なない。死んでたまるか。千切れそうな筋肉を魔術で修復し、弾ける毛細血管から発せられる痛みという肉体のブレーキを無視して突貫を続ける。
「アハハハハハッ!! 生きていた! そう、それでこそ私も本気を――――」
「うるっせぇぇえええええええええッッ――――!! ダイナミックエン○リィィィィイィィィイイイイッ!!!」
瓦礫を突き破って表へ出てきた吸血鬼の鳩尾に、魔力放出と身体強化の全力加速を乗せた跳び蹴りを叩き込む。
グチャリ、と蹴りを繰り出した右足からそんな感触が伝わってきた。内臓の八割が破裂した音だ。
「ァガ、ハ――――ッ!?!?」
「吹っ飛べェ!!」
超音速の跳び蹴りが炸裂して、ミルフェルージュは魔眼を使う暇さえ与えられず崩壊した屋敷の瓦礫を粉々にしてもなお勢いが殺せないほどの速度で吹き飛んでいった。
ベイパーコーンを生じさせ、ソニックブームをまき散らし、たまたま存在していた断崖絶壁に叩き付けられて巨大なクレーターを作ることでようやく停止する。真祖といえどもかなり堪えたのか、血反吐をまき散らしながらもミルフェルージュは動かない。動けない。超音速で壁に叩き付けられ、全身くまなくミンチ肉へと変えられているのだ。再生するにも時間がかかるだろう。
更に今は昼。真祖といえども多少の弱体化は免れない。
追撃するための絶好のチャンスが出来た瞬間であった。
でも私は動かなかった。
否、動けなかった。ミルフェルージュを蹴り飛ばした右足の骨が粉々になってしまっていたのだ。
「ぐぅぅぅぉおおおああぁぁああぁぁあああッ…………!!!」
半端では無い痛みに悶えながら魔力を右足に集中し強引な修復を開始する。しかし強引すぎるが故に、その修復は痛みを伴う物であった。傷ついた肉が独りでに蠢き、骨が動いて何度も擦れる――――想像を絶する痛みに泣き叫びそうになりながらも、黄金剣を杖代わりにして立ち上がる。
「――――
告げる。それだけで十数個もの魔法陣が同時展開された。
過程をすっ飛ばしたように見えるだろう。だが違う。単純に――――待機させたまま『放置』していただけなのだ。ただ一歩手前で、わざと留めていた。
それを一歩進ませた。それだけで、魔術は完成する。
必要な魔力ならば既に支払っている。銃の様に、既に弾薬は装填されているのだから、後は引き金を引くだけで発動する。
この技には凄まじい集中力を要される。一瞬でも待機させた魔術に対して気を抜けば、その瞬間魔力は暴走を始め爆発する。それを服の裏に仕込んだ触媒などで負担を減らしながら、全身をズタボロにされようとも全力で耐えて見せた。
だからこそ可能な絶技。
人外の精神力を要求される裏技。
「行っけぇぇぇぇぇええええ!!!」
Aランクの魔力砲の一斉掃射。単純な威力ならば山一つ消し去ってもなお余りある物。
青色の魔力は狙いすました個所へと叩き込まれられようとする。直撃すれば真祖であろうがひとたまりもない。死は避けられても多大な損耗は避けられない――――ッ!!
「―――逸れなさい!!」
一言で全ての魔力弾が
そこら中に土煙が上がり、周囲一帯が見えなくなる。
計算が狂った。まさか予想より早く回復を完了させるとは。
貴重な切り札を早くも一個切ってしまった事に軽く後悔しながら、風の魔術で煙を晴らす。
そして晴れたそこには――――
――――誰もいなかった。
「しまった……っ!」
敵を見失ってしまった。戦場に置いて一番の失点対象なそれをしてしまったと歯噛みする。
顔を顰めながらも冷や汗を流しながら索敵を続ける。まだ一分経っていない。
吸血鬼といえどここから短時間で逃げ切るほどの高速移動をするには、何かしらの痕跡を残さざるを得ないはず。それ以前に真祖というプライドを塗り固めた様な存在が人間を相手に『逃亡』するなどあり得ない。それこそ、人間だったころの明確な理性でも残さなければ。
膠着状態のまま、数十秒という時が経過する。それが酷く長い時間のように思えて、垂れる汗が異様に冷たい。
何処だ。
一体何処にいる――――。
「ここにいるわよ?」
「何――――!?」
上を見上げる。
――――同時に、太陽が『墜ちた』。
昼間だったはずの景色が、真夜中になっていた。
理解できない事象で脳がパンク寸前になる。一体何がどうなっている、と問いかけても、答えを知る者はあの吸血鬼以外に存在しないだろう。
空に黒い翼を広げて、天使の様に佇む彼女以外には。
「あらあら。気づいていないの? ここは、この森は『私の領域』よ? 何百年も支配し、操作し、整えてきた霊脈の集約地。大規模な『魔術』を行うには十二分すぎるほどの場所」
大規模な結界。確かに霊脈の集約地であるならば型にはまらない弩級の魔術行使は可能だろう。それに何百年も前からその結界を組み立ててきたのならば、その分結界の完成度はより完璧な物へと近づいて行く。
それこそ、世界を塗り替えられるほどに。
「
膨大な魔力と複雑難解な術式を使った強引な世界の
星の表面に走る霊脈が内包した膨大な魔力が尽きぬ限り存在し続ける、吸血鬼にとって最高の環境を自動的に整える夜の結界。これで『太陽が昇っている』というアドバンテージが強制的に排除された。
これによりもともと低かった勝機が更に低くなる。ぶっちゃけ泣きたい。逃げたい。
そんな衝動を押し殺し、修復が完了した右足で地を踏みミルフェルージュを睨みつける。
「奥の手その二。切らせてもらうよ」
そちらが本気を出してきたのならば、もうこちらも出し渋ってるわけにはいかない。
私は左手に持った『
「ふふ、何をするつもりなのかはわからないけど、抵抗するなら喜んで迎え撃つわ。…………天へと広がれ、黄金の光よ」
ミルフェルージュは空を見上げ、魔眼の力を以て空に幾つもの魔法陣を出現させた。
幾つもの黄金の方陣が夜空を埋め尽くし、その光が太陽の様に輝き照らす。されど振りかざすは破壊の極光。触れた物を粉々にするだろう巨大な暴力の光。
それを見ても私は動じない。今更そんな物が何だ。今の私を驚かせたければ流星群でも降らせてみろ。
赤色剣を握る力を強める。
十年前に作り上げた対吸血鬼用の武装。それがこの剣、『
そう。何人もの吸血鬼を屠ってきたとはいえ、元は錬金術もどきの技術により作り出されたただの魔術礼装であった。――――大量の死徒の血を啜る前までは。
合計千人以上の死徒を斬り捨て、その血を吸ってきたこの剣は今や内包する神秘が宝具並へと昇華してきている。きっかけは何人目かはわからないが、百年以上を生き長らえた死徒の血を何度も大量にその身に取り込んでしまったこと。それを原因にこの剣は変質し始めた。
吸血鬼に取って己の『命』そのものである『血』に眠る歴史、記憶、経験――――それらすべてを、この剣は『勝手』にその身の中に『閉じ込めた』。
千人も吸い続けた。千人もの記憶と経験を内包した魔剣。
それを称えて、私は『
――――『
北欧神話で、一度抜けば返り血を浴びるまで鞘に収まらないという魔剣の逸話は奇しくもこの赤い剣と似通っていた。故にその名を授け、この剣はそれを己の名とした。
最初こそ皮肉で付けたものなのだが、さすがに自我の様な物が名前を付けたことで芽生えたのは驚愕の限りだった。
神秘殺しの魔剣はその時誕生し、今に至るのだ。
千人斬りを果たした赤き剣。今こそその真価を表す。
内包した
「真名解放。目覚めなさいな血の獣、好きなだけ獲物の血を吸い尽くしなさい――――『
刀身の表面から、血が溢れ出す。
それは一瞬にして私の足元を濡らし、それでも止まらず広がり続ける。森全てを血で浸そうとするかの如く。
十秒断たずに一帯が血の池と変貌した。
だが、血が広がっただけでは終わらない。血の池から生き物の手足が、顔が、体が、血の色に染まった異形共が姿を現し始める。
吸血衝動そのものを具現化した獣ども。敵の血を吸いつくすまで、こいつ等の暴虐は止まらない。
「行け!!」
『ウォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!!』
何十種類もの雄叫びが混じり合い、猛獣共が夜空に佇む黄金の姫君へと襲い掛かる。
その様はまさしく百鬼夜行。魑魅魍魎共が一つの得物に群がる景色は、悍ましく醜くしかし壮絶。
獰猛な牙が広がる口を広げる。
ただの小娘ならばそのまま噛み千切られておしまいだ。だけど、そうはならない。
「降れ、幾条の光!」
瞬間、獣たちは空から降る魔力砲によって、その全てが血の池へと叩き落される。
その射線上には私も存在していたが、すぐさま血によって作られた障壁によって守られることにより事なきを得る。
予定通りだ。最初からこれが有効打になるなど思っていない。これが効いていれば私の苦労は何だったのだと言うしかなくなる。
これは『賭け』だ。
私の考えが正しいならば、勝利への道が見えてくる。逆に違うならば、私は此処で終わる。
命がけの大博打。
実に楽しいではないか。
「こんなもの? 期待外れね」
「勝手に言っててよ。…………ッォォォォオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
体中の魔力回路を奮起させ血の池全体に魔力を垂れ流す。
水の魔術を使い、『
血が柱となって天に昇る。
今度は一部では無い。――――空を包み隠す勢いで至る所から血の刃が、獣が、絶え間なく生まれていく。
全方位からの攻撃。避ける場所など何処にもない。
「ッ――――!」
初めてミルフェルージュが苦悶の表情を見せる。
そして彼女は背から伸びる翼を動かして回避行動を取った。直ぐに魔眼を使わず、一番密度の薄い部分に魔眼で隙間を作り離脱。その後すぐさま上空に跳び上がり、辺り一面が見える高度まで登り――――今度こそ血によって作られた造形物を全て叩き伏せた。
息を上げる吸血鬼。流石に彼女でもアレを消すのは手こずったらしい。忌々し気な視線を向け乍ら、ミルフェルージュはゆっくりと高度を下げ、およそ数十メートル離れた場所でぴたりと止まった。
あそこでも十分殺害可能圏内なのだろう。
こっちも似たようなもんだが。
「……ああ、やっぱり」
そんな呟きに、ミルフェルージュがピクリと肩を震わす。
その呟きが不愉快だと言わんばかりに。
「何が、やっぱりなのかしら」
「その魔眼のことだよ。色々『試して』ようやく理解した」
「へぇ。では、教えてもらっていいかしら?」
「時間があるなら喜んで」
挑発気味に言っても彼女は全く動かない。
本当に時間を作ってくれたのだろう。律儀な吸血鬼だ。それとも何か別の策でも練っているのか。
まぁ、なんにせよやれることはやらせてもらうが。
「まず『運命を置き換える』能力って言っても、そこまで自由に置き換えられるわけじゃない。たぶん一定範囲の確率から選んで使っているのかな。制限が無ければそれこそ世界を書き換えられる『根源』並にヤバい代物だからね、その眼」
まず一つ。あの魔眼は置き換えられる運命に一定の基準が存在している。もしそれが無ければ『存在しない』という可能性と入れ替えれば即座に私は消えているだろうから。本人が面白くないなどの理由で使っていない可能性もあるが。だがそんな魔眼を持っているならば、フランスなどにずっと留まっている理由にはなりえない。
「そして次。その魔眼には効果範囲が定められている。そうね、例えば――――目に見える範囲でしか効果を示さない、とか」
二つ目。効果範囲が限定されている。まぁ、魔眼全部に共通する特徴なんだけど。それでも見えない物にまで効果を発揮するほど出鱈目な代物でないことが分かっただけで十分だ。流石にそこまでぶっ飛んだ代物ならば私は抵抗を諦めている。
「で、三つ目。その魔眼、能力の代償に大量の魔力が必要になる。小規模の置換なら少量の、大規模なら大量の。さっき私を吹っ飛ばす前に『相応の魔力を消費する』って言ってたからね。証拠に、さっき私の全方位攻撃を叩き潰すときに少しだけ息が上がってたし、急激な疲労も見れた」
三つ目。能力行使に相応の魔力を消耗する。小さい事柄であれば消費は小さい物に留まる。だが先程の、私の繰り出した大規模攻撃を潰す程のものであればかなりの魔力を消費する。可能性の置換による魔術行使も、恐らく『過程』を飛ばしただけで相応の魔力を使っているはずだ。
「そして最後。――――既に存在する物を無にはできないし、無から有を創り出すこともできない。どう、あってる?」
最後の四つ目。有無の操作は不可能。入れ替えることはできるだろう。だが何もない所から何かを『創る』のは不可能。何もない空間から大量の魔力を作り出すことはできないし、逆にどんな小石であろうとも『無かった』ことにはできない。できるのはあくまで『入れ替える』だけ。
万能なようで全く違う。神の如き力のように見えて、実態はただの
確かに『黄金』の魔眼としては相応しい強力な能力だと言えるだろう。しかし、所詮はそれだけだ。神の権能でもなければ説明できないような不思議な力でもなんでもない。
『絶対』とも言えない、ただ可能性を弄り回すだけの悪戯だ。
「……それが分かったから、どうだというの?」
「こういうこと。――――
低威力の鋭い風が静かに放たれ、空に浮かんだミルフェルージュの頬を掠る。
切れた頬からは少しだけ血が垂れた。だが死徒の再生力によりそんな傷程度は一瞬で元通りになってしまう。
元より仕留めるつもりで放ったわけでは無いのだが。
「何の、真似かしら」
「認識できない物、見えない物に対しては使えない。貴方が見るのは『見えるもの』の『可能性』だけ。……それじゃあ、反撃しましょうか!!」
高速で魔術式を構築し、『不可視の攻撃』に関する魔術全てを限界まで展開する。
背後に現れる数十もの魔法陣。即席で構築したせいで精度はたかが知れているが、足止めだけならばこれで十分。
「舐めてくれないで。魔法陣が見えていれば――――」
「ハッ。さっき知ってるって言ったばかりでしょーがっ!!
「ッ――――視界を封じて……こんな物すぐに!?」
初歩的な魔術で一瞬だがその視界を風を使って歪ませることで正確な視覚情報を認識不能にする。それだけで一時的にだが魔眼の効力を封じた。だが所詮は初歩の魔術。いくら裏技を使っているとはいえ、Aランクの魔術を易々と行使できるミルフェルージュの手によって一瞬で解除される。
だがその一瞬で事足りる。
「
目に見えない風魔術の一斉掃射。不可視の刃が、砲弾が、たった一瞬だけ硬直したミルフェルージュの全身を穿ち、引き裂く。
「ああああああっ!!」
悲鳴を上げながら、ミルフェルージュは全身をズタズタにされて地へ落ちる。
仕留めるならば今こそが絶好のチャンス。私は地面に突き刺した『
「――――ッッッォォォォオオオォォォォォオオオオオオオオオオ!!!!!」
左腕に魔力を集中し限界値までまで極限強化。結果左腕が異様に膨張し、着ていた衣服の左腕部分がが弾け跳ぶ。皮膚の下で蠢く血管。赤熱する筋肉。肉体的限界を越えた証拠を次々と突き付けられるが、ことごとくを無視し、腕が引きちぎらんばかりに引き絞り切る。
「死ぃぃぃぃぃぃいいいねぇぇぇぇぇぇええええええェェェエエエェェェエッッッ―――――!!!!!」
爆発的な膂力を以て繰り出される剣の投擲。
投げられた剣は一瞬にして音速を超越し、空気を赤熱させ、空間さえ裂かん勢いで吸血鬼へと突進する。
常識外れの速度で進む剣は、例え城壁であろうとも粉々に出来るだろう威力を秘めていた。真祖であろうとも、直撃すればその体は血煙になるであろう。『
ミルフェルージュはそれを本能で理解し、目を限界まで見開く。
そしてその言葉を紡ぐのだ。
「――――逸れてッ!!」
魔眼に捉えられた『
軌道をずらされた赤熱する『
それでも、それが起こす衝撃波までは打ち消せなかった。
強烈なソニックブームに叩き付けられ、ミルフェルージュの体は壁に向付けたゴムボールのように吹き飛んだ。
その姿にもはや真祖の威厳など微塵も無く、彼女は何度も地面を跳ねて大木の幹にその肢体を叩き付けた。
「くは、あ、ぁは」
彼女の目や口から血が漏れる。真祖の身体といっても疲れ知らずというわけでは無い。肉体的なダメージこそ無制限に修復されるが、精神的なダメージはどうあがいてもゼロにはできない。更に言えば彼女の持つ膨大な魔術回路が既にオーバーヒートを起こしている。
真祖だろうとも魔術回路、魔術師にとっての内臓を直すのは時間を要するものであり、焼き切れる寸前の魔術回路が無理くり修復されていく際に起こる痛みもまたミルフェルージュの精神を蝕む。
それに対して私はもう片方の手で握る黄金剣を掲げる。
選定の剣の贋作品。しかしながらその性能は一級品。私という担い手と共に築き上げた経験と時間はこの剣を限定的ながらも聖剣級にまで昇華させている。
当り前だが、全力の一撃を食らえば真祖でもただでは済まない。瀕死ならば確実に葬り去れるだろう。
「は、ハッハッハッハッハッハッハッハ!! …………嗚呼、これが、死の危機。初めて、初めてよ。何もかも」
「真名、解放」
「貴女に出会えて、本当によかった。今まで生きてきた数百年間、一度も感じることのできなかった刺激を与えてくれた。本当に、感謝してもしきれない。……だから、せめてもの手向けとして」
「葬り去れ、星の極光」
黄金の剣が私から魔力を際限なく吸い上げていく。そして吸い上げた魔力を、己の光へと転換し、夜世界を照らす。黄金の光が、太陽の如く黒き世界を塗り替えていく。
「全身全霊――――最後の一撃をッ――――!!」
ミルフェルージュが両目を開き、両腕を前に突き出す。
腕から舞い散る青き電撃。魔力回路を暴走同然の状態で酷使しているのだ。焼き切れてそのまま自滅してもおかしくないほどの危険な行動。
だが彼女には『眼』があった。
失敗を成功にすることのできる、可能性の目が。
漆黒の魔法陣が何個も重なり合っていく。欠けたパズルのピースをはめ込むように、それらはまるでそのために存在していたかのように完璧なる重複。
出来上がったのは砲台だった。
その完成度は今まで見たことも無いほどの代物だ。私の魔術が見劣ると確信せざるを得ないほどの。
全て。彼女は、あの真祖の吸血鬼は全てを出し切るのだろう。
きっと、この贋作剣の一撃を叩き返せるほどの。
それでも私はその場で動かない。
恐れていないわけでは無い。諦めたわけでもない。
単純に、敬意を評しているだけだ。
彼女の執念に。
彼女の信念に。
彼女の心情に。
それに、なんだ。
あそこまで完璧だと――――正面から打ち砕いてみたいと思ってしまうではないか――――!!
心の底からの笑みを浮かべ、私は剣を振り降ろした。
「『
「『
黄金の星光と漆黒の星光が触れ合う。
――――空間が弾け跳ぶ。軋みを上げる。悲鳴をまき散らす。
あまりの破壊の散布に体中の骨がピギリバギリと不審な音を立て続ける。だが踏みとどまる。両足を地につけ、一歩でも下がってたまるかと歯を食いしばる。
先程の投擲で左腕は現在修復中。しかし聖剣使用に伴い治癒に使える魔力は限定され、速度が落ちている。
だから耐える。左腕が使えるようになるまで。
「ぐぅぅぅぅッ………!!」
片手で支えられるほど、黄金剣の一撃は甘い物では無い。
今にも二の腕から先が折れ曲がりそうになり、それを今まで培ってきた経験と勘を駆使し奇跡的に耐えて続けている。それでも腕が震える。血管が弾けて顔に血が飛び、頬を濡らす。
「うぅぅぅっぉおぉぉぉぉおおおおおおぉおぉぉおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
それでも諦めない。腹の底から全力で声を出し、気合とわずかに残った魔力を限界まで酷使した。
耐える。
耐える。
耐える。
耐える。
耐える。
――――そして、勝利への道が開いた。
ピクリと、左手が動き始める。
「セェェェイヤァァァァァァァアアアアアア――――ッ!!!!」
腰に吊り下げた
振る。その動作だけであっさりと黒い閃光は消え去る。
同時に凄まじい脱力感が我が身を襲う。一瞬でブラックアウトしそうな精神を唇を噛んで目覚めさせ、地を踏み残った力全てを使って駆ける。
「ク――――は、ハハハハハハハハハハッ!!! 嗚呼――――」
思考に罅が入る。
あと一歩。
あと一歩だ。
体を動かせ。口を動かす気力を使って腕を一ミリでも前に進ませろ。
動け。動け動け動け動け。
「―――――――――――ッ!!!!!」
声にならない絶叫を出し――――私はついに、左手を振り下ろした。
白銀の剣は、確かに黄金の吸血鬼を切り裂く。
肩から脇腹へと深く切り裂き、その心臓を呆気なく両断せしめたのだった。
再生は不可能。超濃度の神秘を凝縮した剣に勝る神秘は存在しない。
肉体を保つための血がとめどなく流れていくというのに、目の前の吸血鬼は酷く穏やかであった。
安心していた。その言葉が似合うほどに、その顔は笑っていたのだ。
聖母のような優しい、そんな笑顔。
今までは想像さえできなかった表情が見えて、今度こそ私の思考は真っ白に変わる。
「…………貴女の、勝ちよ」
くすりと、ミルフェルージュは小さく笑い私の頬に手を当てる。
その力はとても弱く、しかしだからこそ儚さを感じてしまう。
「とっても、いい体験をさせてもらったわ。凄く、良かった」
「う、ぁ…………が、はっ」
膝から崩れ落ちる。
もう、限界だ。ボロボロの肉体は既に立つことすらできなくなっていた。
でも――――私、頑張ったよね。
だから、少しぐらいは――――。
「さようなら、可愛い勇者さん。私から送る最初で最期の餞別…………どうか喜んでくださいな」
それが気を失う寸前に私の聞いた、最後の言葉だった。
◆◆◆◆◆◆
私は、元はただの町娘だった。
少し他人より美しく、男性に好かれるだけの人間。それが何の運命か、真祖に変わり果てていたのだから、世界とはよくわからない。
…………そうなった原因はわからない。寝て起きていたら、家族や知り合い、見知らぬ人たちの亡骸がミイラのように干上がって、私の目の前に積まれていた。それが吸血衝動に負けた自分の仕業だと理解するまで、一体何年、何十年かかっただろうか。
自分が生まれながらの化物だと、信じたくなかった。
何故。何故私が。
誰にも向けられない憎悪を世界へと吐きながら私はただ血を吸い続けた。
化物だと言われても、仕方ないじゃないか。抑えられない。血を体が求めてしまう。この忌々しい衝動に、私は拾ってくれた家族さえ巻き込み、死に追いやった。
絶望した。自殺も試みた。
体を刺せども刺せども治り続けて、首をつっても苦しいだけ。
崖から身を投げ出せば、痛いだけで死なない。
死にたかった。
こんな自分が嫌で嫌で――――でも、単純な死じゃない。
人間として、生を終えたい。
私を人間として見てくれる人に殺されたい。
そんな我が儘で一体いくらの人間が犠牲になったのだろうか。
後悔もしている。
罪悪感もある。
だけど、それでも――――理不尽に化け物だと突き付けられ、大好きだった人間としての生活を奪われたことへの恨みがそれを打ち消してしまっていた。
今、死にゆく自分を見てようやく知った。
自身がどれだけ哀れで愚かな存在か。救えない、笑えない。どうしようもなく身勝手な娘だ。
だけど、最後に出会えた。
私を化け物と蔑んでも、決して見下していなかった。対等な『敵』として、私を見てくれる人に。人の身にして努力を積み重ね、やがて化け物へと身を墜とした私でさえ打倒する者に。
その姿に、その生き様に―――私は光を見た。
きっと、この人こそが「生きるべき存在」なのだと。人々に希望を与える、そんな存在。
故に魅せられた。自分の物にしたいと思った。
だがそれは許されない。この光は万人に向けられて始めてその価値を示すのだから。
だから、自分にできることはその光を少し強めるだけだ。
闇に生きる自分がその光を掴むことは、許されない。闇へと身を墜とした自分には、この光は強すぎる。
「……もう少し、早く出会えたら。なんて、思ってしまうわね」
倒れた彼女の頭を、自分の膝に乗せながら私は未練がましく呟く。
もう少し、せめて数百年ほど早く出会えていたら、自分が邪道に堕ちることはなかったのではないか。そんなあり得ない「もしも」を思い浮かべながら、私はクスリと笑う。
私はできる限りの治癒魔術で彼女の体を癒し、そしてその肉体をより強く『置換』ながら、残った魔力全てを使い彼女をこれから訪れるであろう試練に立ち向かえるように強くしている。
前までは見えなかった彼女の『運命』も、死の間際に立ったことでようやく見え始めた。うっすらとだが、自分が生と死の境界に立ってしまった事で、本来見えない物も見える様に変質してしまったのだろう。いや、『昇華』と呼ぶべきか。
当然、脳にかかる負担はこれまで以上。今もなお私の脳は悲鳴を上げている。苦痛と引き換えに、強力な能力を得た。
それを良しととらえるかは個人の問題だろうが、少なくとも今の私に取っては喜ばしい物であった。
ようやく、彼女を知ることができたような気分になれたから。
それに、彼女は私に勝利したのだ。勝者にはしかるべき報酬が与えられなければならない。そしてこれが、自分が彼女にあげられる精一杯の報酬。勝者には誉れある金の杯を掲げてもらわねば。
例え、その運命の先が暗雲に包まれていようと。
それでも彼女は、最後に自分の光を掴めるだろう。そう、私は信じている。
「ああ、もう時間があまり残っていないわね…………。ねぇ、もし私たちが敵同士じゃなく、もっと素敵な場で出会えていたなら…………」
その体が少しずつ灰へと変わり、風に流されていく。
血をすべて失った。ならばその先の運命は死あるのみ。だが不思議と私の中には後悔はない。
最期にこんな素敵な出会いがあったのだから。
だけど欲張りね。
身に余る出会いに、こんな事を思ってしまうなんて。
「……友達になれて、いたのかしら…………ふふふ、柄にもないわね、私――――――――」
不意に、膝の上の彼女が笑ったような気がした。
それを見て私もつい笑顔を浮かべ――――そして最後の灰が空に散っていった。
訪れる限界突破イベント。オンゲ風に例えるならレベル上限解除。カンストしていたレベルが更に上がるぜ!
例えるならこれ↓
決戦前・アルフェリアLv99/99
↓
決戦後・アルフェリアLv120/999
これはチートですわ(白目)
追記・指摘されていた部分をちょこっと修正。
・・・オリジナル設定って本当に扱いにくいね。
追記2・指摘された場所を修正しました。