Fate/argento sister   作:金髪大好き野郎

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お待たせしました。

今回はアルフェリア視点です。なので話があんまり進みません。ちょっと進みますけど。今回は裏話の様な物です。

それではどうぞ。

追記
ミスを修正しました。


第二話・出会いは鮮烈に

 瞼を開く。

 目の前には何の変哲もない平和な光景。

 緑の広がる草原と静かに流れる小川、色とりどりの花が地面から顔を出し、まさしく平穏その物を形に映し出したような光景が広がっていた。

 一言でいえば、理想郷。誰も争わない平和な世界。

 

 だが、変化も無い。

 

 悠久な平和を約束された代わりに一切の変化を許さない理想郷は、今日もまた変わらぬ姿を私に見せてくれる。

 それをいつも通り面倒くさそうな顔で眺め、私は小さく欠伸をした。

 

「ふぁぁあ~~~~~…………あー、寝た」

 

 私は白いネグリジェ姿で緑の草原の上で横になって寝そべっている。周りには大量の本。その量は数千数万を超えるが、それらすべてを私は長い時間をかけて読破してしまった。

 何せ此処――――隔離された英霊の座ではそれしかやることが無いのだから。

 

 大蜘蛛との大決戦を経て、私は英霊の座に招かれた。知名度や信仰の存在のおかげだろうか。何にせよ私は見事抑止力の傀儡になってしまったのだった。殺された奴に従う気分と言うのは中々複雑だ。

 

 しかし私が少々特殊だからか、抑止力は英霊の座から私を隔離した。要するに特別個室という名の独房にぶち込んだのだ。更に厳重な封印を幾重にもかけて。まるで不発弾を取り扱う様な対応だ。ある意味その例えは間違っていないだろうが、いい気分はしない。

 

 それでだ。他の英霊に会いに行くこともできなければ誰も来ることのない隔離世界の中では、座から引き出した知識を本にして読みふけることしかやることが無かった。唯一の娯楽で私は体感的に数十年を過ごし、殆どの知識を読破してしまったのでそのまま眠った。千五百年ぐらい。

 どんだけ寝てるんだと突っ込みたくもなるが、本当に何もないのだ。なら眠るしかあるまい。

 

「……まさか千五百年経っても、全然変わらないとは」

 

 そして私はこの世界に対して酷く呆れを覚える。

 まさか千五百年経過しても全く光景が変わらないとは思わなんだ。時間が止まった世界のようで、とてつもなく気味が悪い。

 どれだけ綺麗な光景だろうが、どれだけ平和な世界だろうが――――何も変わらない世界と言うのは、余りにも可哀想だと感じる。

 

 

「――――飽きた」

 

 

 改めて言葉に出すとその感情が一気に溢れ出し始める。

 

 そう、飽きた。飽きたのだ。こんな光景数百回も見たし、平穏などもう飽き飽きだ。ましてや一人で何十年も退屈な世界の中を過ごす生活など、もう耐えられない。

 抑止力も何時か元の場所に戻してくれるだろうと楽観していたにしろ、堪忍袋の緒も切れるというやつだ。

 

 千五百年も人を閉じ込めて何もされないと思っている馬鹿に少しお仕置きしてやらねばなるまい。

 

 それに、私の時間感覚が確かならもうすぐ第四次聖杯戦争が始まる。

 記憶が確かならばアルトリアは聖杯戦争に参加するだろう。私が死んだ後の顛末を見れば、恐らくアルトリアは後悔を背負ってしまっている筈。それを晴らすために、過去を改変するために参戦する。

 できるなら、私はそれを取り払いたい。

 原因である私が言うのも、烏滸がましい話だが。

 

 とはいえ、私は半分神霊扱いされているので出るに出られない。更に言えば魂の要領もデカすぎて器に入りきらない。それこそ反則技でも使わない限り、私が聖杯戦争に呼ばれることは無いだろう。

 

 今からその反則技を使うのだが。

 

「それじゃあ、この退屈な世界とお別れしましょうか―――――――ッ!!」

 

 纏ったネグリジェが吹き飛び、魔力で構成された戦闘鎧(バトルドレス)が私の身を包む。それは平穏な世界に出来上がった一つの異物。『平和』を象徴する世界が許容しない『武』であり、排斥すべき対象。

 世界が私の鎧を消しに襲い掛かる。発生する圧倒的な圧力。普通の人間では魂さえ潰れて世界から消えかねないほどのそれを――――私は酷く退屈そうな顔で眺めた。

 

「邪魔」

 

 裏拳一発。それだけで私を包んでいた圧力がガラスが割れるような音を立てて壊れた。殆ど力任せの技であったが、それだけで神秘の圧力は容易く霧散する。

 忌々しい世界の排斥力が一時的に消えたのを確認し、私は力を込めた拳を振り上げた。

 

「――――んじゃ、砕けてねェッ!!」

 

 莫大な神秘を凝縮した一撃が世界に叩き込まれる。

 地面では無く世界そのものを揺るがした拳はいとも簡単に空間を割り、世界に隙間を空けた。

 私を閉じ込めることだけを目的にした世界はその瞬間防衛機構を発動。中に居る拘束対象()を捕まえるためにあらゆる力が動き始め、平和な世界に真っ黒な泥が流れ込んでくる。

 

 そしてその泥は、ゆっくりと人型を模っていく。

 

 形作られたのは英雄だった。

 時には戦争で名声を上げ、時には国を救い、時には国を滅ぼした――――千差万別の英雄たちを模した人形は数百、数千、数万と数を増やして真っ黒な武器を片手に私を囲んでいく。

 

「……………抑止力は、私を捕まえるために星の自滅機構まで利用するのか。まぁ、妥当な判断だろうね。――――無駄だけど」

 

 今の私は神剣を持っていない。と言うより今の私は武具の所有を認められていない。何せここは英霊の座。魂だけを保管する倉庫の様な場所だ。魂に武器を持たせるわけがない。

 それでも私は笑みを崩さない。

 元から武器など必要ないのだから。

 

 力を込めた拳を振る。それだけで数百の英霊もどきが塵に還る。

 持っている魂の密度が違うのだ。外見は立派でも魂がスカスカな人形と、超高密度の魂を所有する私では比較するのも烏滸がましい。いわば小石と巨大隕石を比べるようなモノ。本当に私を止めたければ神霊でも連れてこなければ話にならない。

 

 私は数千数万の敵を蹴散らしながら、周囲に目を配って『ある物』を探していく。

 先程の一撃で生じたであろう世界の『隙間』を。

 あれさえ見つければこの有象無象を相手にする必要は無くなる。それに仮にも抑止力の作った機構。倒しても倒しても減ることは無く、むしろ増える一方だろう。無限POPのトラップにわざわざ付き合ってやるつもりは毛頭ない。いくら魂だけの状態だろうと、精神的な疲労は溜まるのだから。

 こんな下らない遊びはさっさと終わらせる。

 

「――――見つけた」

 

 空間上に存在していた微かな空間の綻びを見つけ、私は道中の英霊もどきを蹴散らしながら早急に地を駆ける。あまり時間は無い。流石の私でも抑止力に直接干渉されれば身動きが取れなくなる。

 ものの数秒で目的地点に到達した私は、すかさず魔力を込めた拳を空間の綻びに叩き付けた。

 広がる割れ目。震える世界。

 人一人が通れそうなほどの穴が空間上に生じる。

 

「流石私。完璧」

 

 自画自賛の軽口を叩きながら、私はそのままその穴に飛び込んだ。

 

 無限に広がる幾何学模様で埋め尽くされた、深海の様な世界。幾多もの魂を保管している絶対不可侵領域である英霊の座に久々に身を投じた私は、視線を周囲に巡らせて目的の物を探していく。

 聖杯が作る現世に繋がる穴を。

 

「うーむ、何処にあるんだろう……? 面倒だし、こっちから穴開けようかな……」

 

 サラッととんでもないことを言っているが、事実空間に穴を空けること自体大して苦労はしない。問題はそれを通れるかどうかであり、私には空けることはできても通路を通り切るまで維持するのはかなり難しいだろう。それに、触媒も指定座標も無い以上どこに召喚されるかわからないからランダム召喚。ついでに言えば世界に存在をつなぎ止めるための楔も存在しないので、耐えられて精々二日三日。その後に消えれば、またこの座に戻る羽目になる。

 そして戻ればまたあの退屈な世界に閉じ込められる。それだけは御免被りたい。

 

「……お、あったあった」

 

 ほとんど偶然であるが、何とか空間に空いた穴を見つけることができる。穴からは微かに魂を引きこむ力が残っており、これが英霊の魂を納める『器』への入り口だと気づいた。

 そしてここで問題が発生する。

 

 穴が、小さすぎた。

 

 いや正確に言えば、私の魂が大きすぎた。この穴を通るには余りにも魂の大きさも質量も桁違い過ぎたのだ。これでは穴を通ることはできない。

 

「はぁ……仕方ないか。分体を作って、切って削って、っと…………」

 

 自分の魂の一部を切り離して、培養して、それでも穴を通るには少し大きすぎるから何度も削って微調整して――――ようやくギリギリ(・・・・)穴を通れる大きさの魂が出来上がる。

 魂と言うのはあやふやな概念ではあるが、かなりデリケートな代物だ。少しでも欠ければ少なくない影響を『入れ物(肉体)』に与えるし、下手に手を加えれば二度取り返しのつかない事態になる可能性もある。勿論私が今やった魂のスケールダウンも実を言えばかなり危険な行為と言えた。

 それでも全神経を集中して自分の魂のコピーを完璧な状態で縮小させたのだった。

 

 例えるならA3サイズの紙を質量そのままでA5サイズにした様な物だ。わかりにくいかな? もっとわかりやすく言うなら、人間の心臓を機能を保たせたまま鼠に移植できるほど小さくしたような感覚だ。そう言うと今の私の行為がどれだけ常識外れなのかが理解できる。自分でも今呆れているところだ。

 

 まぁいいや。さっさとやることをやろう。

 

「ふんぬっ…………! き、きつっ…………むごごごごごごごッ…………!!」

 

 中々穴に入り込まない魂を力任せにねじ込みながら、ハッと気付く。

 抑止力がようやく私の脱獄に感づいた。不味い、急がねば。

 

「入れ! 入って! 入ってください! マジお願いッ…………!」

 

 ギュッギュッ――――ポン。

 

 そんな軽やかな音と共に私の魂の分体は穴を通った。これで後は魂の方が勝手に何とかやってくれるだろう。後は私が隠れるだけだ。……え? 魂はデリケートなのにそんなアバウトでいいのかって? いいんだよ。気にするな。多少乱暴に扱ってもノープロブレム。キニシナーイキニシナーイ。

 

 ジョークはその辺にして、割とマジで不味い。あれだけ派手に暴れたのだ。今度は自由意識さえ封じられて最深領域に必要時まで封印される可能性がある。それを防ぐためには、多少危険だが抑止力に直ぐには修復できない損害を与える必要がある。

 武器は一切なし。使えるのは私の体だけ。あちらは億を超えるであろう軍隊。

 

 ――――やれやれ、今度の戦いは苦労しそうだ。

 

 軽く拳を合わせて小さなため息を吐き、私は目の前に群がってくる黒化英霊たちに向き合う。

 かかってこいと言わんばかりに。

 

「来なさい。そう簡単に倒れると思わないことね…………!!」

 

 抑止力がこちらに干渉を取りやめるまで、一体何体の英霊もどきを倒せばいいのだろうか。少なくとも万や十万どころではないのは確かだろう。

 で、それがどうした。

 無尽蔵の軍隊と一人の無双は向き合う。

 

 ――――二度と家族に出会える機会を失うかもしれないのだ。ならば、勝つしかないだろう。

 

 家族との再会。それだけを気力の糧として、私は不敵に笑う。

 

 

「行くぞォォォオオオオオォォォオオオオオッッ!!!」

 

 

 黒き軍隊と白銀の少女は激突した。

 座が震撼する。

 

 此処でまた、新たな決戦が始まった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 目が覚める。

 オリジナルの分身としてスケールダウンされた魂に自我が灯り、同時に状況を素早く把握して私は急いで開かれた通路の中を進んで行く。力が少々足りないせいで魂を使って手足も形成できず、火の玉状態ではあるがそれでも気合で進んで行く。

 

 先程も言ったと思うが、私は第四次聖杯戦争に参加するつもりだ。理由はいくつかあるが、一番大きいのはアルトリアの考えを正す事、あとは大災害の発生を未然に食い止めることだろうか。実を言えば現世を満喫したいというのもあるが、やっぱりアルトリアの「歴史を変える」という考えを改めさせるのが一番の理由だ。

 

 確かに、私も「もしみんなでブリテンで平和に暮らせていたら」なんて思ってしまう事は何度もあった。千五百年は寝ていたとはいえ、それでも起きていた数十年間は何十回もそんな「もしも」の事を思っていたりしたし、実際それが実現したらどれほど幸せなことかと考えている。

 

 それでも、私の物語は終わった。

 

 既に積み上げてしまった物を「気に入らない」という理由で壊し、その上に存在する数多の物語を壊すわけにはいかない。自分一人が世界に居るわけでは無いのだから。一人のエゴで全員が頑張って作り上げた『歴史』を破壊するなど、とても私にはできそうにない。

 

 だから私はその上にまた新たなものを積み上げるべきだと考えている。

 過去が変えられないなら、未来を変える。

 もうあのブリテンで暮らすことはできないけれども、もう一度『家族全員』で過ごすことはできる。そのための聖杯だ。我が儘な望みではあるが――――もう一度あの暮らしをしてみたい。普通の家族の様に。王でもなく、騎士でもなく、『人』としての皆と暮らしたいのだ。

 

 それが、此度の聖杯戦争で私が聖杯に掛ける望みである。

 

 ……問題は、聖杯が『この世全ての悪(アンリ・マユ)』汚染されているという事なのだが。

 

(まぁ、何とかするしかないか……)

 

 いざとなれば『神子殺しの聖槍(ロンギヌスの槍)』を見つけて聖杯の代用品にするだけだ。そっちの方が難しい気もしなくもないが、アレは現代にまだ残っているので比較的マシな手段だろう。

 

 今考えても仕方ないことは後で考えるとして――――まずは聖杯から令呪をぶんどる(・・・・・・)か。

 

 自分の魂を聖杯が用意した器に入れ身体を形成。それと同時に、その器を介してシステム中枢へ干渉開始。

 芸術的なほどの複雑怪奇な術式を傷つけない様に掻い潜りながら、私は令呪分配機能に干渉した。

 

 この時点で既に神代の魔術師でも不可能な芸当を披露しているが、これは肉体と言う枷が無いから出来る芸当だ。魂と言う霊的状態であるからこそ、肉体の負担を無視して普通なら脳が焼き切れてもおかしくないような所業が可能となった。

 

 余談はさておき、私はささっと一人分の令呪を聖杯から剥奪。その後感知される前に聖杯のシステム介入を終了させて器の中に戻ると、無色の魔力の塊が三つほど目の前で浮かんでいた。

 これこそが令呪の元となる物だ。これ程濃密な魔力をここまで小型化させるとは、現代の魔術師も中々侮れない。

 

(さて、後はこれを誰に預けるか、ってことだけど…………うーん、下手な二流に預けても私を動かした時点で干からびるだろうし、かといって一流は頭の固いアホ共ばっかだし)

 

 特にこの器がキャスタークラスの物である以上、高度な魔術師であればあるほど衝突は大きくなるだろう。他のクラスにすればいいだろうっていう声もあるだろうが、たまたま見つけた穴がこの器に繋がっていたのだ。こればかりは運の問題としか言いようがない。

 

 いや、私の場合はクラスによるステータスの差がほとんどないから、戦うだけなら特に問題は無い。問題はマスターとの関係が一番こじれそうなクラスであるという事だけだ。相性的には一般人染みたマスターの方がいいにもかかわらず、本領が発揮できるのは一流の魔術師とだけ。中々シビアなクラスである。

 

 しかも私は燃費が悪すぎて、一回戦うだけでも一般人であれば体がミイラになりかねないと来た。自前で保持できる魔力を使っても、二回戦闘できればいい方だろう。これでは戦う以前の問題だ。

 だから私は一流の魔術師で無ければまともな運用は不可能。だが一流であればあるほど堅物なのだから実に嫌になる。

 一応、拠点に魔力を蓄えるという手段もあるが、霊脈から吸い取るだけでは時間がかかるし、いずれ限界が出るだろうし、かといって一般人から吸い取るのは遠慮したい。生前何万人も殺してきた自分が言うのも変な話だが、無関係の奴を巻き込むのは流石に気が引ける。

 

(はぁ…………どこかに一流並の魔力量で、感性がまともで、良い付き合いができそうな奴はいないだろうか。ムーンセルならお見合い式で簡単に見つかっただろうに……。冬木式ってホント不便)

 

 というかサーヴァントの方からマスターを選ぶというのが、そもそも冬木の聖杯戦争では前代未聞の所業であるのだが。これはいわば反則を通り越した何かだ。本来ならばマスターの方がサーヴァントを選ぶはずが、その立場が逆になっている。普通は出来ない。何せ魂の状態で自我を保つほどの輩はそうそう居ないからだ。

 こうやって独白できているのは、ひとえに私の魂の密度が他とはケタ違いだったからだろう。おかげで千年近くも意識をスリープさせなければならなかったし、先程器に入るとき苦労したので、そこまでいいことだらけでもないけど。

 

(…………ん?)

 

 脳裏に一瞬電流が走る感覚。

 何かを感じた。こう、なんか――――運命的な何かを。いや、違うけど。

 

 地球上の霊脈を辿って優秀そうな魔術師が集まるイギリスのロンドンにある時計塔に、私の求める人材はあった。見た目は東洋系と西洋系を混ぜ込んだような青年。ハーフなのだろうか。

 まだ若いというのにまさか魔術回路が百以上備わっているとは。これは将来が楽しみな逸材だ。

 

(…………人格がわからない以上何とも言えないけど、この子なら私を使っても耐えられるかな)

 

 本音を言えば最低でも回路は三百欲しかったが、神秘の薄れた現代でそれを言っても仕方のない事だろう。

 

(しかし……本当に巻き込んでいいものやら……)

 

 一方的に令呪を押し付けて魔術師同士の殺し合いに参加させる――――私のやろうとしていることはいわばそう言う事だ。余り褒められたものでは無い、というより『悪い事』なのだろう。それは重々承知している。

 

 しかし私の直感が告げているのだ。

 此処で降りたらとんでもないことが起こると。

 勿論ただの勘を理由にこっちに全く義理も縁も借りも無い青年を巻き込むつもりはない。善意に漬け込む気もまた、無い。

 

(……………………できるなら、事前に話し合いたいところだけど)

 

 だがそれはできない。此処は座と現世の間。いわば世界の隙間。当然長くいられる場所じゃないし、現世への干渉は、これでもかなり無理をして行っている物だ。度が過ぎれば抑止力に『分体()』の居場所を感づかれる。そうなれば拘束は免れまい。

 いや、手段はある。令呪を介しての念話。かなりリスキーではあるが、理論上は可能だ。だが、その時点でもう引き返すことはできなくなる。

 

 少々罪悪感に胸を圧迫されながらたっぷり一時間以上悩んだ果てに、私はついにその青年へと干渉を始めた。

 霊脈を通じての令呪の付与。初めて行うので成功するかどうかはわからなかったが――――とりあえず令呪を与えることには成功した。

 何もかもが初めてだから、本当にハラハラする。

 それでも一度の失敗が何を呼び込むかわからない以上、私は今まで以上に慎重に、少しずつ着実に干渉を続行する。

 

 その作業は、何時間にも及んだ。

 堅実な作業のおかげで後少しで安定した召喚が可能となり、それさえ完成すれば後は繋がった魔力経路からゆっくりと念話で対話するだけ――――

 

 ――――パチリ、と音がする。

 

(しまっ――――気づかれた!!)

 

 今ので抑止力に居場所を悟られた。不味い。間もなく拘束の力がやってくる。捕まる前に早く事を済ませなければ――――!

 

(霊脈を介して魔術回路干渉……ああクソッ、術式が乱されてるッ! 抑止力めっ…………正常手順での起動は無理かっ……! 仕方ない、外部干渉での強制起動っ…………よし出来た! 魔力経路が少々不安定だけど、こっちも可能な限りサポートをしながら、近くにあった召喚陣に転移を――――っぐ!?)

 

 何かに首を掴まれる感覚。息苦しさを覚えながら、それが抑止力による拘束だと理解する。

 まだ半日どころか五時間程度しか経っていないのに、もう駆けつけてきやがった。という事は外に居る私のオリジナルは見事に抑えられてしまったというわけか。武器も無しに数時間も戦い続けたのだから称えるべきだろうが、正直後三分ぐらいは稼いでほしかった。作業に時間をかけ過ぎていた私も悪いんだろうけど……!

 

(く、っそ…………こんの、ぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!)

 

 首を掴んでいた拘束を力ずくで振りほどき、私は前に向かって走る。どこが前か後ろかもわからないが、とにかく走り続けた。

 抑止力本来の力なら、十分の一以下にまで縮小された魂などすぐにでも拘束できるはず。それができないという事は――――あっちの私に痛い目に遭わされたか。

 それを理解して、ますます気力が湧いてくる。

 あっちの私が頑張ってくれたのだ。こっちの私も頑張らなくてどうする。

 

 令呪は渡した。魔術回路も起動して術式と繋いだ。

 後は本人が呼びかけに答えてくれれば、それで契約は完了する。

 

 そして、今私ができるのは抑止力の束縛から逃げ続けるという時間稼ぎのみ。

 

(――――ッ、期待はできないけど、だけど…………!)

 

 魔術師なら聖杯戦争について多少知っているかもしれない。当然、その中身が殺し合いだということはとっくに理解しているはずだ。そんな物に喜々として参加するほど狂っているのが魔術師であるが、悩んでいた数時間、あの青年を見ていて思ったのは『感性は一般人並』という事だ。

 つまりこんなバカげた茶番に参加するわけがない。

 多少相性が悪くとも、少し頭の固い奴を選んでおけばよかった――――そう後悔していたその時、声が聞こえた。

 

 

『来い――――――――キャスター!!』

 

 

 予想だにもしなかったその言葉を聞いて思わず唖然とし――――ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 どうやら、乗り掛かった舟は降りない豪胆な性格のマスターを引き当ててしまったらしい。

 拳を突き出し、空間を割る。その先は私に応じてくれたマスターの居る場所。

 しかし抑止力の拘束が手足を縛る。

 あと一歩、それだけ踏み出せばいいはずなのに進めない。

 

 だけど私は諦めなかった。

 

 望むものを手に入れる。その欲望を力に変えて、縛りつけられた身体を前へと進ませる。

 

「邪魔ッ、するなァァァァアアアァァアアァァアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」

 

 体に絡みついた鎖を力任せに引きちぎる。

 これだけは『抑止力(お前)』に邪魔させない。させてなる物か。一度ならず二度までも、邪魔をされてたまるか。もう、容赦はしない。

 

 一度目は諦めた。そして、後悔した。

 

 だから、もう二度と後悔などしたくないから。二度目は――――

 

 

「絶対に諦めない――――ッ!!!」

 

 

 全ての拘束を振り払い、私は一歩を踏み出した。

 それだけで、全ての柵が吹き飛ぶ。

 

 

 ――――世界を、越えた。

 

 

 気が付けば、私は薄暗い地下空間らしき場所に居た。

 綺麗に整頓されていたであろう本棚や魔術用の実験器具は私が現界した衝撃でグチャグチャになっており、つい顔を引きつらせてしまう。

 外部干渉での強制召喚をしたツケだろう。確実に。

 

 部屋を散らかしたことに少々申し訳なくなりながら、私は正面で尻もちをついてこちらを見上げている黒髪の少年を見据える。

 

「サーヴァント、キャスター。召喚に従い参上しました」

 

 そして私は、一度は言ってみたかったお決まりの台詞を決めた。

 

「問います。貴方が、私のマスターですか?」

 

 初めて決まった名台詞に心を躍らせながら――――外見は冷静に取り繕いながら――――私は聖杯戦争開始の合図を告げた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「――――と、まぁ私から言えるのはこれだけですね」

「…………………」

 

 場所は変わって、私とマスター(仮)は屋敷のリビングにあるソファで対面していた。

 あの薄暗いじめじめした場所で長い話をするのは気が引けるし、何より私がグチャグチャにしてしまったせいでまともに座れる場所も無かったせいだろう。

 

 そんなことはさておき、場所を変えた私は事情の一部を説明した所だ。かなり掻い摘んではいるが、重要部分は隠さず話した。後は、これで彼が聖杯戦争への参加を決めるかどうかの問題だ。

 

「……成程。つまり、俺はアンタに『選ばれた』ってわけか」

「そう言う事になるのでしょうか? あ、気を悪くしたなら謝ります」

「いや、いい。凄腕の魔術師に優秀と言われたんだ、悪い気はしないさ。……ただ、俺の意見が度外視されているのは少々イラついたがな」

 

 当然だ。目の前の青年からしてみれば普通に暮らしていたのに魔術師同士の殺し合いのパーティー参加状、しかも受け取り拒否・参加拒否不可能のデスゲームに引き込まれたのだ。文句を言わない奴はただの馬鹿か気狂いだろう。そういった意味ではこの青年の感性は正しいと言える。

 

「はい。なので今から貴方の意見を聞くのです。遠慮せずに言ってください。襲い掛かったりしませんので」

「そうか」

 

 そう言うと青年はティーカップに入れたお茶を一口すすり、どこか思い悩んだような瞳で口を開いた。

 

「正直、迷ってる。参加するかどうか。だがアンタの召喚を受け入れたのは紛れも無く俺の意思。あそこで本気を出せば、アンタを追い返すこともできた」

 

 彼の言葉は真実だ。彼ほどの潜在力の持ち主ならば、本気で抵抗すれば十数秒私からの干渉を弾けただろう。当然その十秒があれば私は抑止力に完全拘束されていた。

 それをしなかったという事は、少なくとも召喚を受け入れたという事だ。

 だからと言って参加するつもりがあるかどうかは別であるが。

 

「だからどこかで『責任』を感じてるんだろうな。――――こんなバカげた召喚をさせたんだ。聖杯に託す望みも、それほど強く願うことなんだろう。何を願おうが、別に気にしないが……アンタは、少なくとも『悪い願い』は抱いちゃいない。勘だが、そう思えた」

「まぁ、そうですね」

 

 もう一度家族と暮らしたい。

 英雄が抱くには、少々小さい願望な様な気がしなくもないが。……いや、英雄では無い。

 

 私は――――料理人だ。うん。ちょっと腕っ節が強い料理人。…………セ○ールかな?

 

「なら、できれば叶えさせたいって思いはある。だが……如何せん、まだ実感が薄い。万能の願望機とか、サーヴァントとか、魔術師同士の殺し合いとか。たとえ話だが、いきなりデスゲームの事を聞かせられて『参加しますか?』って言われて、アンタならどうする?」

「断ります」

「……即答かよ。まぁ、概ねそう言う事だ。願いは叶えさせてやりたい。だが馬鹿なリスクは背負いたくない。俺は名誉とか栄光とか富とか名声とか……興味ないんだ」

「? でも、叶えたい願いぐらいはあるのでは?」

「――――――――無い」

 

 青年は葛藤するような声音で告げる。

 そしてその眼は酷く、濁っていた。

 

「今まで生きてきて、自分が『本当にやりたい事』を探し続けてきた。だが、今まで一度も見つけられなかった。せめて魔術師の到達点っていう『根源』を目指そうとしても……興味が無いからな。結局は『魔術使い』止まりでこの様さ。俺が『生きたい』って思うのも、答えを見つけたいから。生にしがみ付く理由は、そんな理由だよ」

 

 自分が何を願っているのか。ただひたすらその答えを求め続けて、彼は生きている。

 まるで言峰綺礼のような存在だ。決定的に違うのは、彼は『破綻者(外道)』では無いことだろう。濁っていても、その瞳の奥には微かな暖かさが存在していた。

 

 要するに、こいつはいい奴だ。そもそもこんな見ず知らずのゴーストライナーの願いを『叶えさせてやりたい』と言う時点で、十分良識人であることが分かる。

 

 少し問題なのは、そんな彼が自分の生に意味を見出していないという事か。

 

「えっと、つまり自分が何をしたいのかさっぱりわからないって事でしょうか?」

「要約すれば、そう言う事になるな」

「その、一応聞いておきますけど、貴方この国の外に出たことはありますか?」

「は? 無いが、それがどうした?」

「……恋愛経験は?」

「無い、と思う。というか、必要ないだろうそんなの」

「……友人は?」

「居ない。一人で十分生きられるからな」

「……趣味は?」

「一応、毎日鍛錬を欠かさず……なんか、怒ってる?」

「……………………」

 

 何というか、呆れた。人生楽しんでないというか、楽しむための努力さえしていないとは。

 馬鹿なのか? それとも天然なのか? 意外と当たりなマスターを引けたと思ったら、完全無自覚系天然馬鹿のマスターを引き当ててしまうとは。

 私の幸運値は飾りなのだろうか。

 

「マスター?」

「……はい、あの、何でしょう」

 

 

 

 

 

「貴方は馬鹿ですかぁ――――――――――――――――――――――ッッ!!」

 

 

 

 

 

 気づいたらマスターの頭を叩いていた。手加減はしたが、それでもサーヴァントの筋力。突然の行動に対応すらできなかったマスターは激痛に頭を押さえて、痛みのあまり唸り声を上げている。

 

「ぐ、ぉおぉ…………ッ!? な、何を…………!? 襲わないんじゃなかったのか……!?」

「襲ってません! これは『助言』です! ――――いいですか、貴方はやりたいことを探していると言っていますが、この国から一歩も出ていない時点で『探している』ことにはなりません! ていうか恋人どころか友人すらないってどういうことですか!?」

「面倒事の種は植えない主義だ」

「植えないと何も見れないでしょーがッ! その『面倒事』とやらに貴方の求めている物があるかもしれないでしょう!?」

「…………あ」

 

 マスターは今気づいたかの様な声を出した。

 ああ、今わかった。

 こいつ天才だけど馬鹿だ。大馬鹿だ。

 

「ていうか趣味が鍛錬って……一応聞いておきますが、それに楽しみを見出していますか?」

「いや、義父の言いつけでやってるだけ――――」

「――――ああ、もう。駄目だこの人」

 

 友人どころか趣味探しすらしていなかった。流石の呆れも一周回って達観の心を芽生えさせ始める。

 

「な、何か、駄目だったのか?」

「全部ですよ全部! まさか今の今までずっと魔術にのめり込んでて他の事すっぽかしたりしていないでしょうね……!?」

「…………確かに、魔術に少し集中しすぎていたような」

「……はぁぁぁ」

 

 楽しむための日常を組み立てようともせず、のめり込んでいた魔術も楽しまず――――何というかこのマスターは、全部が『中途半端』だった。

 一般人の感性を持つ者が魔術師として育てられれば、こうなるのかもしれない。ある意味こいつは間桐雁夜と言峰綺礼をミックスして出来た様な奴だった。

 要するに……視野が狭すぎる馬鹿だ。

 

「…………もういいです。聖杯戦争への参加は、また今度話し合いましょう。今話し合っても結論は出そうにありませんしね」

「そ、そうか。じゃあ、お前はこれからどうするんだ? 俺の答えが決まるまで、何もしないわけじゃないだろ?」

「ん、そうですね。折角現代にこうして顕現できたんですし、街でも観光しようかなと」

 

 千年以上経過したとはいえ、こうして故郷に戻れたのだ。すっかり風変わりした故郷の景色や文化を楽しむというのも、気分転換に良いだろう。

 あ、でも服が無いな。どうしようか。通販でもしてみようかな…………でもパソコン無いかも。

 

 そんなことに頭を悩ませていると、ティーカップの紅茶を飲み干したマスターは「あ」と何かに気付いたような顔をした。まさか何か忘れものでもしたのだろうか。財布か? それともレポート?

 

「そう言えば、自己紹介がまだだったな」

 

 そう言われれば、まだ互いの名前を知らない状態だ。事情の説明を重要視していたので、すっかり忘れてしまっていた。名前も知らないのでは、互いに良い信頼関係も築けないだろう。

 未だに痛むのか、マスターは頭を擦りながら手を差し出した。

 握手、だろうか。

 

「ヨシュア。ヨシュア・エーデルシュタインだ。歳は今年で18になる」

「…………はい、よろしく。ヨシュア」

 

 私もその手を握り返す。これで、理想的な信頼関係に一歩近づけたかもしれない。

 次は私の番だ。真名とは英霊を象徴する物。それを明かすという事は、私なりの信頼の証である。

 微笑を浮かべながら、私は自身の名を告げた。

 

 

「アルフェリア・ペンドラゴンです。よろしく」

 

 

 そしてそれを聞いたマスターは――――ヨシュアは、固まった。

 

「…………………………え?」

「? いや、アルフェリア・ペンドラゴン、と」

「…………あの、『戦神』の? 『勝利の戦女神』、『天上の料理人』、『救国の聖女』と言われた、あの?」

「何ですかその二つ名……?」

 

 ぎこちない様子で、ヨシュアは震えていた。

 見るからに焦っている。顔からは冷や汗を流し、手は異様に硬直して、目線が泳いでいる。

 もしかして私の伝承は、どこかおかしかったのだろうか。

 例えば全裸で暴れていたとか……ないな。ないない。あったら書き綴った奴を八つ裂きにする。

 

「……とりあえずお疲れの様ですし、今日はもう休まれてはいかがでしょうか?」

「ソウスルコトニシマス」

 

 カタコトになりながら、ロボットの様な硬い動きでヨシュアは素早く部屋を去ってしまう。

 後には、ただ気まずい空気が流れていた。

 

 ……私、何か悪いことしたのかなぁ? いや、頭叩いちゃったけどさ…………。

 

 一人ソファに腰掛け、延々と朝が来るまで私は頭を悩ませるのであった。

 

 

 

 

 




自力で抑止力の拘束をぶち破り、劣化コピーとはいえ英霊数万体以上と素手で渡り合う・・・なんだこれ(汗

というわけで聖杯戦争編二話でした。話あんまり進んでないけどね。次回からまた動き始めます。
たぶん、今週中には投稿できると思う。・・・・たぶん。

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