Fate/argento sister   作:金髪大好き野郎

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今回は閑話みたいなものです。それでもOKと言う方は楽しんでみてねー!

・・・正直四時間程度で仕上げられるとは思わなんだ。二日ぶりに書いたのに凄く速筆すぎて自分でも「何だこれ」って思いましたよ。

でも次回から期待しないでね!絶対だからね!振りじゃないよ!?

追記

ちょっとミスがあったので修正。

追記

支援絵を頂いたので四次編一話目に張りました!ぜひ見ていってください!


第五話・復讐鬼と赤騎士の目覚め

 ――――アインツベルン家。

 

 日本の冬木にて行われる『聖杯戦争』のシステムを構築した『御三家』が一つにして、かつて第三魔法と呼ばれる人の身に余る奇跡を扱った一族であり、物質の錬成と創成を得意とする錬金術を修める歴史ある家系である。

 

 その本拠地はドイツのどこかにある森。

 隠蔽や認識阻害の魔術によって結界が施されたその場所は、例え衛星カメラでも捉えられない絶対の領域。許された物にしか足を踏み入れることができない聖域の中には、一つだけ巨大な城が存在していた。

 

 数百年以上前に建てられたであろうこの城の中、酷く冷たく陰鬱した場所――――本来ならば神聖な気で満ちているであろう礼拝堂で、二人の男女は『とある作業』を行っていた。

 

 空いた空間に水銀で、魔法陣を作っている。

 

 それは何も知らない者からしてみればただの奇行にしか見えないが、これは魔術師、更に言えば聖杯戦争に関わる者にとっては重要なファクターの一つ。とどのつまり召喚陣である。

 何を召喚するかと言われれば、聖杯戦争で最も重要な要素であるサーヴァント。遥か昔、その名を大陸に轟かせた英傑の魂――――その分体を召喚するための儀式。

 これが彼らが万能の願望機たる聖杯を手にする為の第一歩だった。

 

「――――こんな簡単な儀式で構わないの?」

 

 雪の様な白い髪と肌に、新鮮な血の様に赤い双眸を持った美女――――アインツベルンが作りし人造人間(ホムンクルス)、アイリスフィール・フォン・アインツベルンは、『英霊の召喚』という偉業の実現としては余りにも簡素すぎる召喚陣に拍子抜けして、そんな声を出す。

 

 その声を聞いた隣に居る東洋系の男性――――彼女の夫である衛宮切嗣(えみやきりつぐ)は微笑を浮かべながら説明した。

 

「……実際にサーヴァントを招き寄せるのは術者じゃなくて聖杯。僕はマスターとして現れた英霊をこちら側の世界に繋ぎ止め、実体化できるだけの魔力を供給しさえすればいいんだよ、アイリ」

「へぇ~、知らなかったわ」

「アハト翁は君に最低限の知識しか与えていなかったようだからね。無理も無いさ」

 

 水銀の魔法陣を完成させると、切嗣は一旦方陣から離れて置いてあったファイルを再度確認する。

 これは切嗣がFAXで受け取ったマスターたちの情報。それらを纏めて対策法などを書き込んでおいた紙媒体の束である。

 

 判明したのは五名(・・)

 

 一人目は遠坂家の五代目当主であり魔術師として卓越した技巧を持つ、遠坂時臣(とおさかときおみ)

 火属性の宝石魔術を扱う、典型的な魔術師の鑑とでも言える者。魔術師としての実力はその絶え間ない努力により支えられており、相手にするならば油断は許されない手ごわい敵だ。

 

 二人目の間桐家からは、一度は家を捨てて出家したはずの落伍者である間桐雁夜(まとうかりや)

 一年前まではルポライターとして活動していたが、聖杯戦争の開催時期が近づいた途端帰還して魔術師に仕立て上げられた者。実力としては、あまり警戒しなくても大丈夫だろうと判断する。

 

 三人目は外来の魔術師であり時計塔の『君主(ロード)』の一人、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。

 風と水の二重属性を持ち、経歴からも読み取れる通り様々な分野で成功を収めてきた魔術師としては(・・・・・・・)此度の聖杯戦争で最強ともいえる強敵と言える人物。

 

 四人目は聖堂教会に属していた”第八”の代行者、言峰綺礼(ことみねきれい)

 三年前に教会を離れて遠坂に師事を受けるが、令呪を授かったことで離別――――が、切嗣はきな臭いと感じ、裏で繋がっていると推理している要注意人物の一人だ。当然、単純な戦闘能力でも代行者であったが故に並外れた物だろうから警戒すべき者である。

 

 そして――――五人目。

 

「……ヨシュア・エーデルシュタイン、か」

 

 五人目はかつて宝石魔術の礎の一つであったエーデルシュタイン家が第十一代目当主、ヨシュア・エーデルシュタイン。

 

 齢十八にして数々の偉業を打ち立てた才児であり、養子でありながら三桁を越える魔術回路を保有する『異端』。

 どんな者でも魔力を貯蔵できる『魔晶石』の開発、防御系魔術式の効率化、ゴーレム作成の簡略化と量産化の確立、魔力が100%伝達する新素材の発見――――その開発・発見の数々は魔術世界を十年以上進歩させたと言われている。

 特に金属の扱いについてはアインツベルンにすら迫るとも言われるほどの鬼才。間違いなく強敵だ。強いて言うなれば実戦経験の無さが弱点になるだろうが。

 

「知り合いなの? 切嗣」

「いや、知り合いというより……この子の父親と面識がある、と言えばいいのかな」

「え?」

「彼の父親、十代目とは少しだけ話したことがあってね。いい思い出では、ないけどね」

 

 そう、切嗣はヨシュアの義父であるヨハネスと少なからず面識があった。

 当時の魔術界隈でも『変人』と言われていたヨハネスは理由は不明だが度々紛争地帯を歩き回り、気まぐれに現れては紛争を収めて去っていくという奇行を幾度も繰り返しており、更に言えば魔術協会からの依頼で封印指定の魔術師の捕縛・抹殺さえしていた。

 

 つまり簡潔に言えば切嗣の同業者ともいえる。

 

 仕事でダブルブッキングをして鉢合わせした挙句戦闘になったこともあり、それは両手の指で数えるほどしか無かったが、切嗣はその度に苦い思いをしてきた。

 

 魔術世界で『魔術師殺し(メイガス・マーダー)』として恐れられた衛宮切嗣の切り札『起源弾』ですら仕留めきれず、何度も敗北を味わわされた相手。

 

 齢60前後の老体にも拘わらず、切嗣に負けず劣らずのアクロバットを噛ました挙句いつの間にか獲物を横取りして、最後に高笑いしながら逃げられた光景は今でも切嗣の頭を痛ませる。それが凡そ六回も繰り返されたのだから、苦い思い出にもなる。

 

 正直本気で殺し合いを繰り広げたら、勝てる自信は無かったと断言できる。こちらが本気で殺しにかかったのに、それをお遊び感覚であしらわれ一度たりとも殺気を向けられることが無かった。

 はっきり言って切嗣にとって先代エーデルシュタインは『二度と会いたくない相手』だった。つい数年前、老衰で亡くなったと聞いて胸をなでおろす心境であったのは言うまでもない。

 

 しかし義理とはいえその息子が出てくるのだから、苦い顔もしたくなる。

 

「――――だけど、今回は僕が勝たせてもらう」

 

 ただの一度たりとも勝利を掴めなかったが、今回ばかりは勝たせてもらう。切嗣はそう宣言した。

 何せ『最強のカード』を呼び込める聖遺物を手に入れることができた。そう思いながら切嗣が視線を向けるのは、祭壇に設置された黄金の鞘。

 

 千五百年前に存在していた、かの騎士王が持っていた鞘――――『全て遠き理想郷(アヴァロン)』。

 

 本来の持ち主が持てば不老不死の恩恵を授ける最高の聖遺物である。

 それはコーンウォールにて埋蔵されていた一品をアインツベルンが探し出し、こうして最高のサーヴァントを招き寄せるための触媒である。しかも持ち主からの魔力供給さえあれば他人の傷すら癒せる代物。

 

 現代の魔術師ならば無様を晒してでも手に入れたい至高の鞘は、千五百年も前のモノだと言うのに傷一つ無い。その栄光は何時まで経っても不朽であるかの如く。

 

 つくづく世の中不思議だらけである、と切嗣は小さく笑った。

 

「それじゃあ、召喚を始めようか。離れていてくれ、アイリ」

「ええ。始めて頂戴」

 

 妻の後押しを受けながら、切嗣は召喚陣の前に立ち令呪の刻まれた右手を突き出す。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」

 

 パキッ。

 

 そんな小さな音が切嗣の脳裏に響く。その不快感に耐えながら切嗣は己の持つ魔術回路を起動させ、魔力を召喚陣へと送り込んでいく。

 瞬間、起こるエーテルの奔流。

 それを間近で叩き付けられ、吹き飛びそうな体を押さえながら切嗣は詠唱を続けた。

 

「降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 一句述べるたびに切嗣の顔に脂汗が浮かんでくる。

 何故? と切嗣は考えを巡らせた。今果たそうとしているのは己の願い――――恒久的世界平和の実現のための一歩。なのに何故、本能が悲鳴を上げている?

 

 ――――今すぐやめろ、と。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 繰り返すつどに五度。

 ただ、満たされる刻を破却する」

 

 手足が震える。口元が引き攣る。

 理由もわからないまま、切嗣は持てる全ての理性でそれを押さえつけ詠唱を絞り出し続けた。

 

 それが何を呼ぶかも、理解できず。

 

「――――告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

 誓いを此処に」

 

 ついに思考が白に染まる。

 

 ――――何故?

 

 そんな考えで切嗣の頭は埋まっていた。

 理由不明の恐怖感。誰にもわからない恐怖の原因。それがこの先(・・・)にあるのではないか、切嗣はそう思考を巡らし始めた。

 

 ――――だから、止めるのか?

 

 九年も待った。

 世界を平和にする、もう血を流さないようにさせる。その信念のもとに九年間も耐えてきた。自分に許されない幸せを。

 だからこそ、此処で終わらせる。

 今ここで人類の流血を止めさせる――――歯を食いしばり、切嗣は前を真っ直ぐ見据えた。

 

「我は常世総ての善と成る者、

 我は常世総ての悪を敷く者。

 汝三大の言霊を纏う七天」

 

 

 ゾワリ、と切嗣の全身を得体のしれないナニカが包む。

 

 

 それでも、彼は止めなかった。

 

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――ッ!!」

 

 

 

 発生するエーテルの爆風。

 逆巻く風と眩い雷光が礼拝堂を包み――――晴れた時、『それ』は召喚陣の上に立っていた。

 成功した。間違いなくそう言っていいだろう。

 現れたモノが纏う気は、現代では絶対に見れないだろう神秘。

 

 

 ――――だがその質は余りにも黒過ぎた(・・・・)

 

 

 薄汚れた銀色の鎧と真っ黒なドレスの上に漆黒の外套(マント)を着込んだ、白髪の少女。

 普通ならば見惚れてもいいだろう美貌を放つ少女だが、切嗣とアイリはその背に悪寒を走らせた。

 

 その眼が、余りにも絶望に濁り過ぎていたのだから。

 

 どす黒い威圧を放ちながら、その少女はやがて口を開ける。

 

「…………お前が私のマスターか」

 

 凛とした声、しかしその声に込められたのは紛れも無い憎悪。それが切嗣らに向けられたものではないと知っていながらも、二人はあまりの威圧感に言葉を失う。

 そのまま数秒経ち、返事が来なかったことが不愉快だったのか――――その少女は真っ黒な剣を右手に作り出す。

 

「な――――」

 

 驚愕の声を上げる切嗣だったが、黒い剣の切っ先が突き付けられたことで言葉が詰まった。

 召喚早々、剣を向けられるとは思わなかったのだろう。思う方が、可笑しいのだが。

 

「――――二度は言わんぞ」

 

 その場全てを押し潰す威圧を放ちながら、少女は苛立った感情を隠しもせず声に乗せて切嗣に言い放った。

 混乱が極まって一周回り、冷静になり切嗣は静かに両手を上げて返事を返した。

 

「そ、うだ……僕が、君のマスターだ」

「……そうか」

 

 返事を受けて何事も無かったかのように少女は黒い剣を消し、そのまま押し黙った。

 様々な感情に襲われる切嗣であったが、今ようやく復活したアイリスフィールが『とある質問』をしたことで少しずつ冷静になっていく。

 その質問は、極めて簡単なもの。

 

「あ、あの……貴女が、アーサー王なの?」

 

 たった、それだけの質問。

 

 

 それだけで少女はこの場全ての生命を殺さんばかりの殺気を放った。

 

「ッ――――」

「ぁ――――」

 

 あまりの殺気に肺が押し潰されたかのように錯覚して、二人ともその場で崩れ落ちた。

 一級品の英霊が放つ全力の殺気。数々の紛争地帯を潜り抜けてきた切嗣といえど一秒たりとも持たないほどの濃密な殺気は例外なく全ての者に叩き付けられ、アインツベルン城の周りにいた鳥や野生動物の類は全て逃げ出す有様。

 

 その後五秒ほどで、少女は虚ろな笑い声を出しながら殺気を収める。

 

 もう既に切嗣たちは戦場帰りの兵士のように疲れ果てていたのだが。

 

「すまない。その名(・・・)が実に不愉快だったのでな。つい殺気を出してしまった。謝罪しよう、マスターと……その伴侶か? ……まぁ、どうでもいい」

 

 呆気からんとした様子で少女はやっと質問に対する答えを述べ始めた。

 

「確かに私はアーサー・ペンドラゴンと呼ばれた存在だ。だが……二度とその名で呼ぶな。マスターであろうが首と胴体が二度と繋がることが無いと思え。私を呼ぶときはクラス名を使え、マスター」

「あ、ああ。承知、した」

 

 震える心を全力で収め、切嗣はどうにか返事をすることができた。

 そうしなければまたあの殺気を当てられるのではないかと恐怖したが故に。

 

「では、私のクラスを言って置こう。先程の様に、失言されては双方共に困るだろうからな」

「え? えっと、貴方はセイバーじゃ――――」

 

 どうにか精神を持ち直したアイリスフィールがそう言おうとするが、その言葉に重なる様にアーサーと呼ばれた少女は告げる。

 

「――――私はアヴェンジャー(・・・・・・・)だ」

「…………ッ!?」

 

 告げられた事実にアイリスフィールが喉を詰まらせたような声を出す。

 アヴェンジャー。俗に言うエクストラクラス。

 第三次聖杯戦争にてアインツベルンが反則紛いの裏技を使い呼び出したクラスでもある。

 念のためにアイリスフィールは切嗣にステータスの確認をさせて――――そのステータスが軒並み高いと言われて、彼女はどうにか胸をなでおろした。

 

 一先ずの不安は去った、といった感じだろう。

 

「で、だ。マスター。敵は何処だ」

「……いや、聖杯戦争は日本で行われる。ここはまだドイツだから、直ぐに移動の用意を――――」

「――――敵がいないのに私を呼んだのか? 貴様は?」

 

 酷く冷たい声音で、アヴェンジャーはそう言った。

 はっきりと存在する『不快』の感情。しかし今回ばかりは感情的になり過ぎたと反省したのか、アヴェンジャーは呆れ顔になりながらも礼拝堂のベンチの腰掛ける。

 

「準備ができたら呼べ。それと、私は特殊な事情があって霊体化ができない。移動には物理的な手段を使うしかないが、構わないな?」

「……了解した」

「ならいい」

 

 会話を叩き切って、アヴェンジャーはそのまま押し黙った。

 先程感じられた異質な気配は既に無く、後に残る静寂が忌々しいほど暗い空気を演出する。思わず喉が固まりそうになりながらも、切嗣は『最終確認』として問いを投げかけた。

 英霊が聖杯に掛ける願いを。

 

「アヴェンジャー、お前が聖杯に掛ける願いは何だ」

「それを言う必要があるか?」

「令呪を使うぞ」

「…………わかった。言おう」

 

 小さく舌打ちしながら、アヴェンジャーは渋々といった様子で答えを口にする。

 

 

「国のために家族を捨て、全のために一を切り捨て――――最後には全のための一として切り捨てられた小娘()を歴史から――――アーサー・ペンドラゴンという王を抹消する。そして、アルトリアとしての生をやり直す。それが私の願いだ」

 

 

 頭を鈍器で殴られたような衝撃が切嗣を襲った。

 その言葉に嘘は無い。無かったからこそ、切嗣は目の前が真っ白になる感覚を味わう。

 

 全のために一を切り捨てる。

 

 それは、切嗣が九年前までしてきた行動そのもの。

 そしてその行動の成れの果てが――――今、彼の目の前に存在していた。

 

 絶望に染まり切った双眸。

 疲労で色が抜けきった正気の欠片も感じられない髪。

 殆どの感情が欠乏している無表情。

 

 それが切嗣にはとても哀れに思えて――――そしてそれが自分が行く道の果てだと知り、膝を折りそうになる。

 

「きっ、切嗣!?」

 

 咄嗟にアイリスフィールがそれを支えることで事なきを得たが、切嗣は顔のいたる所から脂汗を滲ませていた。

 脈拍は不安定になり、感情はミキサーでかき回されたように揺れている。それが、今の彼の状態であった。

 

「――――成程、貴様も『そう言う類』か」

 

 感情の消えた声で淡々と、アヴェンジャーは言葉を出す。

 切嗣にとってそれは、死刑執行人の言葉のように思えて、一つの言葉だけでも彼の心を抉る武器となっていた。それを知ってか知らずか、アヴェンジャーは膝を折った切嗣を見下ろし続けている。

 

「なんだ、何か言ってほしいのか」

 

 いつの間にかそんな目をしていたのだろうか。切嗣は言われてようやく何かを請う様な視線をアヴェンジャーに向けていたことを悟る。

 だが帰ってくるのは、望んだものでは無かった。

 

「……イカロスという男の話を知っているか? 彼は蝋で作った翼で空を飛び――――その傲慢さゆえに、太陽に近づきすぎて落下死したらしい。実に馬鹿な男の話だ。……つまりだ」

 

 

 その声は、何処までも冷淡で、残酷で――――無感情だった。

 

 

「自身に過ぎた理想を背負えば、碌でもない最期を迎えるということだ。――――私の様にな(・・・・・)

 

 

 告げられた答えは、切嗣を絶望に染まらせるには十分すぎるものであった。

 後に残る静寂は、ただただ重く全ての者に圧し掛かる。

 

 少なくともこの場に希望と呼べるモノは、ありはしなかった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 死臭――――それが満ちている地下室で、オレンジ色の髪を持った青年は鼻歌混じりに手に持ったナイフを回しながら、眼下にて口を塞がれて体を振るえさせて怯えている少女を眺める。

 どうしてそんな状況になっているのか、と聞かれれば、こう答えるしかない。

 

 青年、その名を雨生龍之介(うりゅうりゅうのすけ)。今現在冬木市を騒がせている連続殺人事件の、犯人。

 その鮮やかすぎる手際で何十人もの人間を猟奇的に殺害し続けた、生粋の気狂いである。

 

 そして、そんな彼の目の前で怯えている子供――――肩まで伸びた鼠色の髪に整った顔立ちを持った齢10にも満たないであろう少女。その名は、氷室鐘(ひむろかね)。冬木市市長の氷室道雪(ひむろどうせつ)の娘である。

 何故市長の娘である彼女がこんな所に居るのか。答えは実に簡単。

 

 誘拐だ。

 

 龍之介は基本的に『美学』を持って殺人をする。美しければ美しいほど、彼はその美しさを己の芸術へと変えるために常日頃『マーキング』をしに街を出歩いているのだ。

 つまり、氷室は殺人鬼に目を付けられた。

 そして夜中こっそりと遊び感覚で家を抜けだした彼女を見かけた龍之介が、殆ど神業に近い手際で誘拐を実行し、今に至る。

 

 手足と血が入ったバケツに度々足を突っ込みながら、古書片手に足で魔法陣を作る龍之介。彼もこういったことは初めてであり、斬新な気持ちで傍目から見れば奇行にしか見えない所業を喜々として執り行っていた。何事も初めて取り組むと言うのは楽しい――――少なくともこの殺人鬼は今の状況を目いっぱい楽しんでいるのは、その笑顔からして察せるだろう。

 殺人鬼相手に『奇行』など言っても無意味此処に極まれりであるのだろうが。

 

閉じよ(みったせー)閉じよ(みったせー)閉じよ(みったせー)閉じよ(みったせー)。繰り返すつどに五度――――アレ、四度? まぁいいか。もう一回もう一回♪」

 

 鼻歌混じりに呪文を言いながら、彼は足で魔法陣を描いて行く。

 

 本当なら儀式と言う物はもう少し集中してやるモノなのだろうが、気分屋の龍之介はそんなことお構いなしにお気楽調子で続けていく。そもそも彼は魔術の存在すら知らないのだから、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。もし魔術師が見たら憤慨確実な光景ではあるが、それ以前に児童誘拐を実行している時点で一般人でも憤慨確実だろう。

 

 だが、此処には龍之介と氷室以外に誰もいない。

 精々――――殺人鬼の姉の死体が血痕と共に無残に転がっているだけだ。

 

「―――――ッ!! ―――――――ッッ!!」

「はい、閉じよ(みったせー)閉じよ(みったせー)閉じよ(みったせー)閉じよ(みったせー)閉じよ(みったせー)。よし、これで五度。オッケーオッケー。おーわり!」

 

 お気楽な調子を崩さず龍之介は魔法陣を描き終え、残った血はとりあえず壁にぶちまけてみる。これが予想外に決まったのか、龍之介はご機嫌な様子で氷室の方を振り向いた。

 その氷室は、完全に泣き腫れた顔で龍之介を見ていた。まるで怪物でも見るような目で。

 

「君さー、悪魔ってホントに居ると思う~?」

「ッッ――――!!」

「あっはっはっは、まぁ喋れないから言えないよね。でもほら、俺ってさ、テレビとかで悪魔って呼ばれてたりするんだよねー。でもさ、それってホントに悪魔が居るなら、すっげー失礼だと思わないかい?」

「ッ――――! ッッゥゥゥ――――――!」

「わぁお、すっごい元気。これは作りがいがありそうだなぁ~。んで、話の続きだけど、俺が殺した人間の数なんて、夜の繁華街にダイナマイト放り込めば余裕で越せるじゃん? 高々殺し方程度で悪魔だなんだと騒がしいったりゃありゃしない。ま、悪魔でも全然構わないけどね。うん、スゲー響きいいし。でーもー、本物の悪魔に比べたら、俺なんてやっぱり人間の範疇なわけよ」

 

 縛られた手足をじたばたと振りまわす氷室を、まるで癇癪を起した子供を眺める親の如く優しい目で見る龍之介は喜々として意味のわからない事を語り始めた。氷室はそれがとても理解できず、だからこそ震えを止められなかった。

 

「つーわけで、今からこの雨生龍之介、悪魔を召喚したいと思いまーっす! あ、君は生贄役ね。本音を言えば俺が色々試したいんだけど……ま、悪魔が出てこなかったらそうするってことで。オッケー?」

「ッッッ――――――!!?!?」

「アレー? 首振らないのー? ま、前置きももうメンドイし、ちゃっちゃと始めましょうかね」

 

 笑顔のまま龍之介は魔法陣の前に立ち、古書を見ながら適当に台詞を言い放った。

 有無を言わぬ舞台の進行。優美さの欠片も無いその行動は氷室にとっての死へのカウントダウンであり、唐突にカウントを始めたことには絶句するしかない。

 

「えーっと、ヨクシの輪より来たれ、テンビンの……うわ、かすれてる。もー、肝心な時につっかえないなぁー。……んじゃ、いつも通り自分の手で始めましょうか。まずは……そうだね。ふくらはぎの皮でも剥いで見ようか。君の脚はどんな風になってるのかなー♪」

 

 儀式失敗などには目もくれず、龍之介は振りまわしていたナイフを再度握り直し、空いた左手で氷室の頭を鷲掴みにする。もう逃げられない。待っているのは残酷で凄惨な死のみ。

 その事実を突きつけられて、氷室は双眸から涙をまたあふれさせる。そんな死に方は嫌だ。こんな所で誰にも知らされず死ぬのは嫌だ。

 彼女の感情を目から読み取ったのか、龍之介は嗜虐的な笑みを浮かべてナイフを彼女の白い脚へと――――

 

 

「――――ん?」

 

 

 ふと変な気配を感じて龍之介の手が止まる。

 振り返ってみれば、先程彼が描いた魔法陣が朱い光を帯び始めていた。そんな非現実的な光景を目の当たりにして、つい龍之介は硬直してしまう。

 

 風が湧く。

 赤い光が充満し、強烈な旋風が部屋を掻きまわし始めた。

 

 そして――――巻き起こる衝撃波は周囲に存在した塵を残らず吹き飛ばして光で部屋を包む。

 

 光が晴れた時、魔法陣の上には『それ』が立っていた。

 白を基本色にして所々に赤を散りばめられた全身鎧を着こんだ人物。それは白銀の刀身を持つ剣を片手に、龍之介の眼前に現れたのだ。

 今までは何処にもいなかったはずなのに突然ここに現れた。そんな超常現象を見て龍之介は感情の昂りを感じ、輝く瞳でその全身鎧の人物を見る。

 

「――――あぁ?」

 

 だがその鎧の人物からはどう聞いても怒気が含まれているとしか思えないほどの重低音の声が出てくる。

 当然だ。召喚されたと思いきや、壁床天井ほとんどが血まみれの死臭臭い場所に叩き出されたのだ。不機嫌にもなる。ならない奴はそれこそここに居る連続殺人鬼ぐらいだろう。

 

「んんん~~~~~~COOOOOOOOOOOOL!! すっげぇナニソレ超カッケー!! アンタ誰だ? もしかして悪魔? マジモン? あ、声女っぽいからまさかサキュバス?」

「……なんだ、テメェ」

「あ、俺雨生龍之介っす。フリーターの連続殺人鬼やってます。よろしく」

「――――令呪は無し、っと。マスターじゃねーな、お前は」

「え?」

 

 鎧の人物は龍之介の肩を掴んで退けると、その奥に居る少女を見据える。

 そして縛られた腕を確認し「ああ」と小さく呟いた。それが何なのかは龍之介には理解できなかったが、とにかく彼は何か面白そうなことをやってくれるのかという期待に満ちた目で鎧の人物を見た。

 

「一つ、聞きたいことがある」

「え? なんすか?」

「このチビ、お前はこれからどうするつもりだ?」

「ん~? 悪魔さんが手ぇ出さないなら、適当にバラシて――――」

 

 そこで龍之介の言葉は途切れた。

 いや、止めざるを得なかった。

 

 首と胴体が離れてしまったのだから。

 

 それを起こしたであろう鎧の人物は手に持った剣を振り抜いた姿勢のままで呟く。

 

「お前が死んだ理由は四つ。一つ目は俺をこんな糞みたいな場所に呼び出したこと。二つ目はマスターに危害を加えようとしたこと。三つめは俺を悪魔呼ばわりしたこと。四つ目は――――俺を女呼ばわりしたことだ。四つも条件満たしてんだ。恨むんならテメェを恨みな」

 

 剣についた血を振ることで払いながら、鎧の人物は静かに氷室の拘束を外していく。

 氷室は状況が完全に理解出来ず、茫然とした顔で鎧の人物を見ていた。いきなり現れたかと思いきや自分の窮地を救ってくれたのは、理解できているのだろうが。

 それでもこんな状況を子供に理解しろと言う方が無茶すぎるだろう。

 

「よっし。何とか無事みたいだな、マスター」

「ま、ます……?」

「その反応は……やっぱ正規のマスターじゃねぇって事か。まぁいいや。パスはちゃんと通ってるみたいだし」

「あ、あの」

「ん? どうした?」

 

 狼狽えながらも声を出した氷室は、鎧の人物に問いを投げる。

 

「お、お名前……聞いても、いいですか?」

「俺の名前か? ふふん、よく聞け。俺は名高き騎士王アーサー・ペンドラゴンの息子であり、救国の聖女アルフェリア・ペンドラゴンの姪! そして今回の聖杯戦争で最優のクラスであるセイバーに選ばれた超強力サーヴァント!」

 

 ポーズを決めながら、そのかぶっていた兜を放り投げて――――彼女は高らかに名乗りを上げた。

 

 ――――そしてその顔は、凄まじいまでにドヤ顔だった。

 

 

「――――円卓の騎士モードレッドとは俺の事だ! ……フッ、惚れてもいいんだぜ?(キリッ」

 

 

 それを見た氷室はこう思ったらしい。

 

(あ、この人馬鹿だ)

 

 その予想はある意味的中しているのが何とも言えないものであった。

 

 

 

 




はい、というわけで念願のアヴェトリアとモーさん導入。モーさんはほぼいつも通りだけど、アヴェトリアさん、もはや原形留めてない件について。どーすんのこれ・・・?

あ、ステータスの方にアヴェトリアとモーさんのステ更新しておきますのでそちらも楽しんでみてねー。

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