Fate/argento sister   作:金髪大好き野郎

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ま・た・せ・た・な。

今回はランスロットについての補足とアサシン導入、あとモーさん回だよ!前半シリアスだけど後半ギャグだからね!覚悟するがよい・・・!(・ω・)

ついでにステータスも更新しておきますので、YOROSHIKU。

追記

誤字修正しました。


第七話・間違いと後悔

 雁夜の治療が終わるころには、もう日は落ちてすっかり暗くなっていた。

 時刻にして午後10時。良い子ならもう寝る時間だろうが、私は生前三日三晩寝ずに過ごしたことがあるのでまだまだ気力が満ち溢れている。サーヴァントに睡眠は不要であるので当り前だが。

 

 しかし私の目的はまだ終わっていない。と言うよりこれからが本題と言っていいだろう。

 

 私はその目的を果たしにとある人物を探していく。幸い、魔力の経路(パス)が繋がっているので居場所はすぐに特定できた。

 一度家の外に出て、少し強めに跳躍。一跳びで私は二階建て一軒家の屋根へと着地する。

 

 その屋根には、黒甲冑を着込んで星が光る夜空を黙々と顔を上げて眺めている者が悲壮を背に佇んでいた。

 此度の聖杯戦争でバーサーカーとして召喚されたサーヴァント――――ランスロット。彼は何を思ってか、一人孤独に空を見上げている。

 

 ランスロットはすぐさま私の存在に気付くと、呻き声を上げて立ち去ろうとする。

 が、私は素早くその首根っこを捕まえて拘束した。此処で逃がすほど私は甘くないのだ。

 

「……ランスロット」

「A,Aaa……!」

 

 彼は私の顔を見ると、何かを諦めたように肩の力を抜いてその場に座り込んだ。

 少しだけ罪悪感はある物の、これも彼のためだと割り切って私は令呪が刻まれた右手を突き出す。

 

 強く念を込め、静かに告げる。

 狂気に身を落とした彼を、正気に戻すための呪文を。

 

「令呪を以て命じます――――その身の狂気を取り払いなさい」

 

 令呪による強制的な狂化の解除。それはクラスの枠組みからサーヴァントを引き抜くという荒業だ。それができるのはひとえに令呪という膨大な魔力の存在を利用し、新たな『器』を作り出したからに他ならない。

 

 その命令は一画の令呪を消費することで無事適応され、ランスロットの纏っていた黒い靄が取り払われていく。また兜の隙間から覗ける瞳には少しずつ理性の光が灯り始めていた。

 問題なく狂化を解除出来たことを確認し、私はランスロットの隣に腰を下ろす。

 

 無言だった。

 

 何を言えばいいのかわからない。久しい再会だと言うのに、流れている空気はただただ重かった。

 だが、無理も無いだろう。ランスロットからしてみれば私は『何もできず見殺しにした者』であるのだから。むしろ気が重いのはランスロットの方だ。私の場合は、そんな彼にどんな言葉をかけていいのかわからないだけ。

 

 どちらにせよ、何か会話を切り出さねばこのまま日が昇るまでこんな状態が続くだろう。

 流石に、それは私も耐えられない。

 

「兜、外してよ。ランスロット」

「…………」

 

 返事は無かった。だがランスロットは私の言葉に従い、かぶっていた兜を脱ぎ外す。

 すっかり憔悴した顔が、そこにはあった。

 後悔と無念、絶望と激怒を詰め込んだような顔だ。誰かが見ればこの世の終わりでも見た者の顔だとでも例えるだろう。

 

「ねぇランスロット……私の助けは、迷惑だった?」

「ッ――――――――!!」

 

 初めて、彼の顔が歪む。

 それを見て安堵したと同時に、嘆いた。

 彼はそこまで、後悔を重ねて過ぎてしまったのかと。

 

「断じて、あり得ません、そんなことは……ッ!!」

「じゃあどうして、そんな顔をするの? 私があなたを島の外に出す手段を与えてしまったから、貴方は後悔しているんでしょう?」

「それは違う! 貴女を、救えなかったことを……私は後悔しているのです……っ」

 

 舌を噛み切りそうなほどに悲痛に満ちた声で、ランスロットは告げた。

 その胸に秘めた後悔の源泉を。

 

 私を救えなかったという、苦悩を。

 

「……仕方ないよ。アレは、人の身では届かない存在。貴方じゃ立ち向かっても、無駄死にするだけだった」

「だからこそ、ですよ……アルフェリア。手が届かなかったからこそ、後悔しているのです……! 私だけではありません。ガウェインも、トリスタンも、ギャラハッドも、ベディヴィエールも――――皆、苦しみました。貴女に全てを任せねばならなかった、己が身の未熟さを」

「けどあれは――――」

「私はっ!! 貴女をこの手でお護りしたかった……! もし、この身一つで貴女を救い出せたのならば……もし、私があなたを救えるほど強くなっていれば、狂気になどに身を任せていなかった! ……これは、自分への戒めなのですよ。アルフェリア」

 

 自嘲するように、彼は笑った。それは喜びから来る物では無い。自分の不甲斐なさを恥じる笑い。

 それが私はとても痛ましくて、唇を血が出るほど噛み切ってしまう。

 

「……私は完璧な騎士などでは無かった。従え忠義を捧げるであろう主の妻と不義をした挙句、波乱の時期になると知っていたにも関わらず、それを見捨てて逃げてしまった。助けられなかった貴女に、助けられる形で。……円卓最強? 嗤ってしまいますよ。愛する女一人すら己一人で護れず、王を裏切り逃げたのです。最低ですよ、人としても、騎士としても」

「もうやめてよ、ランスロット。貴方は」

 

 

「――――貴女に何が分かると言うのですッッ!!!」

 

 

 励まそうとして伸ばしかけた手が、その怒号でピタリと止まる。

 

 その顔を見るのは、初めてだった。

 いつも謙虚で整ったランスロットの怒りに歪んだ顔を見るのは。

 つまりそれは、生前ですら見せなかったほどの表情。

 

 それほどにまで、彼は激情を抱いているのだ。

 

「貴女は強かった! 自分が護りたいものを己が手で護れるほどに! そして私は、弱かった……! 誰かの手を借りねば何も護れぬほどに! そんな私の気持ちが貴女に理解できるはずない!」

「わ、私……は」

「…………くっ、は、ハハハハハハハハハハハハハハッ!! ああ、実に、愚かしい。己の未熟さからくる怒りを、他者に、あまつさえ恩人に向けるとは……私も、墜ちたものです」

 

 自虐に満ちた顔でランスロットは静かに立ち上がり――――生前の愛剣である白き剣、『無毀なる湖光(アロンダイト)』を右手に実体化させる。

 瞬間、私の背中に悪寒が走った。

 気づいた時には、既にランスロットはその白い刃を自身の首に近付けて、

 

 

「さらばです、アルフェリア。私は、貴女に従える資格など無い」

 

 

 そして一振りの聖剣の刃が、彼の首を斬る――――寸前、私の平手打ちがランスロットの頬を叩いた。

 小さな嗚咽が、私の喉から漏れだし始める。

 頬に熱い滴を伝わせ、私は叫んだ。

 

「馬鹿……ッ!! なにやってるのよ!!」

 

 初めてだった。

 涙を流しながら誰かを叩くのは。だけど我慢できなかった。

 自分のせいで彼が死んでしまうことなど、許容できるはずもなかった。

 

 だから私は――――初めて、自分のために誰かを叩いた。

 

 それがとても苦しくて、後悔した。

 でも今だけ私は、ひと時の激情に身を任せてしまう。

 

「私がッ……私が一番嫌いなのが何なのかわかってるくせにっ!! 何目の前で死のうとしてるの……! 何勝手に逃げようとしてるのよッ!! ふざけないでよこの馬鹿ぁっ!!」

 

 力の籠ってない拳で、彼の胸を叩いた。

 

 ああ、馬鹿だな。私。

 

 悪いのは私なのに、なんで彼を責めているのだろう。

 

「アル、フェリア……」

「…………そ、っか。あぁ、こんな気持ちだったんだ。私は自分の勝手で、大切な皆を、こんな気持ちにさせたのか……これは、知った風な口もきけないね」

 

 涙を流しながら、私はコツンと額をランスロットの鎧へと当てる。

 

 自分がどれだけ無責任なことをやってしまったのか、今ようやく理解した。

 私が居なくなって、悲しむ存在が存在するのだ。そして彼らには、とてつもなく悲しい思いを、させてしまった。これでは、彼らに合わせる顔が無いではないか。

 

「……申し訳ありません、アルフェリア。私は、馬鹿な真似をしてしまった」

「ううん……私もだよ。全く、自分がどれだけ周りを見ずに好き勝手やっていたのか……ホントに馬鹿。過去に戻って自分を殴り飛ばしたいぐらい」

 

 結局私は、誰の気持ちも知ろうとせず好き勝手していただけの小娘だったのだ。

 自分が強いから、自分の望みをかなえられるからと、「大丈夫だから」と無理やり自分の意見を押し通す我が儘娘。そう自覚し始めると、自滅願望が少しずつ膨らみ始める。

 

 だが、それは駄目だ。それは、逃げだから。

 

 生きることから逃げるな。

 贖罪することから逃げるな。

 

 もう彼を、家族を、悲しませたくないから。

 

 

 

 生前では考えられないほど泣き続け、数時間後にようやく落ち着きを取り戻した私はランスロットと共に夜空を見上げていた。

 こうしていると、自分のちっぽけさが理解出来て不思議と落ち着くのだ。

 自分の悩みなどあの星の海原に比べれば、ずっと小さい物なのだと。

 

 そして、先程の自分の醜態を思い出しては赤面している。

 馬鹿なことをやってしまったと。今更恥ずかしさで悶えてしまってるのだった。もうちょっとやりようがあっただろうに何激情に身を任せてんだ私は、と。

 なんだかんだで心を立ち直らせながら、ふと私は一つの事を思い出した。

 

 生前の親友の一人の結末についてだ。

 

「…………ねぇ、ランスロット。ギネヴィアはどうなったの?」

 

 伝説に記されていないギネヴィアの最期。

 私は親友として、それがとても気になった。もし悲しませたまま逝かせたのならば、ランスロットの鳩尾にキツイ一撃をぶちこむと決意し、静かに激情の籠った拳を握る。

 ついでにその一撃で先程の記憶も曖昧にしておきたい。

 

「ギネヴィアは……幸せに逝きました。孫に囲まれて、大層幸せな顔で」

「へぇ――――え? 孫?」

「はい。孫ですが」

「…………そっかー」

 

 突然明かされた驚愕の事実ではあったが、親友が幸せに逝ったのならば文句は無い。

 あの子はあの子なりに、自分の幸せを掴めたという事なのだろう。

 

 ランスロットも、できればそうして欲しかったのだが。それは、少し強欲が過ぎるか。

 

「……貴方は、幸せだった? 彼女と一緒に暮らせて」

「はい。それは間違いありません。あの人と結ばれて幸せだったことは、決して悔やむべきものでは無かった。それだけは、断言できます。――――私は彼女と添い遂げられて、幸せだった」

「――――うん。じゃあ……私の助けも、無駄じゃなかったんだね」

「……はい」

 

 無駄じゃなかった。

 確かに私は身勝手で、周りを見なかった馬鹿だっただけど――――それでも、全てが無駄だったわけじゃない。

 戦友と親友が、幸せに暮らせたのだから。決して、無駄では無かった。

 それが少しだけ、私の心を潤わせた。

 

「私は……一度は主人を裏切ってしまった狂犬です。アルフェリア、それでも私を仕えさせると言うならば――――この身全てを、今一度貴女に捧げましょう」

 

 ランスロットはその顔に生前の様に聡明さを取り戻させて、音を立てずに膝をつき私に頭を下げた。

 それがとても彼らしい行動で――――つい小さく笑ってしまう。

 

「ふっ、ふふふっ」

「? わ、私は、何か粗相をしてしまったのでしょうか……?」

「いや、違うよ。なんか、貴方の真面目さは変わりないなあって。別に蔑んだわけじゃないから安心して」

「では」

「――――家族だから」

「……?」

「貴方と私は家族なんだから、助け合うのは当たり前。貴方が私を助けるならば、私も貴方を助ける。それじゃあ、駄目かな」

 

 私の言葉にランスロットは目を丸くして――――さっきの私と同じように、急に噴き出した。

 

「ふっ、ふははは!」

「な、なによ! 笑うことないでしょ!」

「いえ。貴女はこんな馬鹿な男でも、『家族』と言ってくださるのかと。……ええ、貴女らしい」

「……そう、かな」

「はい。貴女は身内には底なしに、優しい人です。だからこそ皆が貴女を慕いました。貴女はブリテンにとって、全てを優しく照らす太陽だったのですから」

「太陽か……うん、そうかもしれないね」

 

 少し照れくさいが、太陽と例えられればそうだったのかもしれない。

 皆を優しい日照りで照らし包む、そんな存在――――自分で考えていて、少しだけ恥ずかしくなる。

 

「湖の騎士ランスロット、全身全霊で貴女様の願いを成就させます。誓いを此処に」

「承りました……共に、勝利を」

 

 黒い甲冑越しに、私は彼の手を握った。

 とても冷たかったが――――それでも、彼の心は温かかった。

 

 星の下で、私は二度目の主従を結ぶ。

 

 己の願いを叶えるため。

 

 

 

 

 

 

「あ、それとアルフェリア。踵落としの時にチラッと見えたのですが、これから寒くなる時期なのにミニスカートに薄地の黒下着はいかがなものかと――――」

「死ねゴラァッ!!」

「――――ぐはぁっ!?」

 

 

 

 夜空に黒い流星が流れた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 冬木教会内にて遠坂家五代目当主、遠坂時臣は困惑していた。

 いつもならば常時掲げている信条である『余裕を持って常に優雅たれ』の元に行動をしている彼であるが、流石にその知らせには顔を歪めて動揺せざるを得なかったのだ。

 

「――――間桐邸が、火事だと?」

「はい。部下に確認を取らせました。間違いはありません」

 

 そう重々しく告げるのは聖堂協会所属であり此度の聖杯戦争の監督役――――そして遠坂と裏で協力関係を結んでいる言峰璃正(ことみねりせい)。余りの予想外の出来事には、幾多の危機を乗り越えてきた歴戦の戦士である彼とて苦悶の表情を浮かべざるを得なかった。

 

 火事が起こった間桐邸は数百年に渡りただ一度たりとも外敵の侵入を許しても生きて返すことのなかった魔術要塞。それが一晩にして消し炭に変わった。幸い飛び火による山火事にはならなかったものの、合図を待たずにどこかの陣営が事を起こしてしまったと言うのは予想の斜め上を通り過ぎる事態だ。しかも面倒なことに痕跡の欠片すら残っていない。

 

 その手際から魔術師のサーヴァントであるキャスターの仕業なのだろうが、証拠は無いし何より居場所がわからない以上接触も難しい。

 

 聖杯戦争開始の合図を待たずにこの惨状なのだ。正式に開始されたらどうなることやらと、時臣と璃正は暗い表情を浮かべる。

 

「神父、霊基盤の反応は確認できましたか?」

「……現在脱落が確認されたクラスは皆無。恐らく間桐陣営はどうにか逃げ延びたのかと思われます」

「そう、ですか。……そう、か」

 

 口を押えて、ひとまずと言った様子で時臣は胸を撫で下ろした。

 彼は今、元とはいえ我が子であった遠坂桜――――否、間桐桜の事を考えていた。養子に出し、互いに不干渉の条約を結んだ中とはいえ己の娘。その身を心配することに抵抗は無かった。

 

 調べによれば、未だ死体は発見されていないようなので、娘である桜は死んでしまったというわけでは無いのだろう。だが、突然住処を失ったとなれば安定した生活もできまい。ならばいっそ少しだけ手助けを――――とそこまで考え、時臣は頭を振る。

 

 既に桜は養子。間桐とは可能な限り接触しないという盟約に従い、それはできないと断じる。

 

 ただ我が子を助けるだけなのに、父親では無く魔術師としての感情を優先するのがこの遠坂時臣という者だ。父親と魔術師としての感情を併せ持つ歪な者。

 魔術師と一般人の感性を一緒にすること自体が愚かしいことではあるのだが。

 

「――――父よ」

「む、綺礼よ。無事戻ったようだな」

 

 音も無く教会の裏口から入ってきたのは感情の無い顔を持つ青年。名は言峰綺礼。父である璃正と同じく遠坂と協力関係を結んだ者にして――――サーヴァント、アサシンのマスター。

 右手に存在するいびつな形の令呪がその証である。

 

「それで、何か追跡できそうなものは」

「申し訳ありません。一通り調べてみましたが、やはり痕跡らしいものは発見できず。……アサシンにも周囲二キロに渡って散策させてみましたが、残念ながら」

「ふむ、アサシンがキャスターに洗脳されたという事は」

「……実体化しろ、アサシン」

 

 綺礼がそう唱えると、教会の隅で黒い靄が膨れ上がり形を成していく。

 

 現れたのは――――黒衣に身を包んだ十代ほどの少女。

 それだけならばただの参拝客として片づけられたのだろうが、顔に付けた髑髏の面とその身に纏った異質な空気がそれを許さない。

 

 彼女はサーヴァント。英霊と呼ばれる「到達者」。人智を越えた動きを人の身で至った正真正銘の超人である。姿が少女のものだろうと、その身体能力は元代行者であった綺礼ですら凌ぐだろう超越者だ。

 

 そんな彼女であるが――――凄まじく不機嫌そうな様子であった。

 

 当然だろう。召喚されて直ぐに『味方に触れてはならない』、『許可なく宝具を全力使用することを禁止する』という命令を令呪まで使われて強制されたのだから。

 そう言う事で、彼女はマスターである綺礼とは劣悪と言っていいほどの関係になってしまった。

 とはいえ、召喚されて五分足らずで綺礼を殺しかけてしまった彼女も彼女であるが。

 

「この通り、問題はありません。心配は無用かと」

「ならば綺礼よ、お前は予定通り全陣営の情報をアサシンに集めさせることに集中してくれ。可能な限り見つからぬようにな。戦闘も極力避ける方が良い」

「了解しました、父よ。それではまた後程」

 

 短く言葉を終えて、綺礼はアサシンを霊体化させた後に速足で教会を立ち去る。

 幾ら監督役の子息とはいえ綺礼はマスター。完全中立区域である教会に入ること自体、あまり勧められたものではないのだ。……それ以前に、監督役が別のマスターと協力関係を築いていることが異常ではあるのだが。

 

 遠ざかっていく自分の息子の背中を見届け、璃正は小さくため息をついた。

 これから起こるであろう波乱に不安を募らせ、それでも己に任された役目を果たすための踏ん切りだ。

 

 きっと、色々苦労を重ねていくのだろう。

 

 たださえ白い髪が更に真っ白になって行きそうな勢いである。

 

「時臣君、英雄王の様子は」

「依然変わらず。かの英雄王は、此度の戦争にあまり乗り気ではないようです。『つまらん世界だ』、と」

「…………英雄王の考えることだ。我々では到底理解出来まい理由だろう」

 

 心労の種が複数あると言うのは実に複雑だと二人は嘆息した。

 

 そもそも御しきれないサーヴァントを召喚した方が悪いと言えば悪いが。

 

「中々、思い通りに事が進まない物です」

「……時臣君、世の中思い通りになることの方が少ない。少しずつ、努力していこうではないか」

「ええ。その通りです、璃正神父」

 

 がっしりと、二人は互いの手を強く握り合った。

 同じ苦労人として、色々思うところがあったのかもしれない。その心労の原因は半分ほど自業自得なので、事情を知っている者が見たら冷たい目で見られるのが落ちだろう――――がしかし、纏った悲壮感はこれ以上ないほど同情心を誘う物があった。

 英雄王が見たらきっと爆笑しだすに違いないと言えるほどに。

 

「……? なぜ、私は笑みを浮かべている……?」

 

 因みに二人のその姿を見た綺礼は人知れず黒い笑みを浮かべていたとかなんとか。

 

 彼の愉悦が目覚めるのは、そう遠くない話なのかもしれない。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 その頃、氷室宅。

 人形が詰まった子供部屋でピョンピョンとベッドの上を跳ねる金髪野生児(モードレッド)は凄まじく現代を満喫、もといエンジョイしていた。

 遥か年下であるだろう氷室鐘が呆れるほどに

 

「うおーっ! ベッドやわらけぇー!」

 

 十歳にも満たない子供より子供しているモードレッド。どうして彼女が実体化し、あまつさえ可愛い絵柄のパジャマを着て「ヒャッハー」と騒いでいるのかは少々説明が必要だ。

 

 モードレッドは鐘を助け出した後、腰を抜かした彼女を抱えて氷室夫婦の住宅まで赴いた。

 

 当然全身鎧姿に己の娘が抱えられているという絵面を見せられ、狼狽した氷室夫婦は「要求は何だ!」と何か違った方向に勘違いしてしまうなど一波乱あった。が、鐘の事情説明と説得によりどうにか誤解を解いて、そのまま流れでモードレッドは此処で居候することになった。

 

 一応モードレッドは表向きには「観光で来たが財布を無くして途方に暮れていた外国人」という設定になっている。そうでもなければ色々怪しすぎる。いやそのままでも十分怪しいが。

 それでも娘を救ってくれた恩返しということで、氷室夫婦は深い事情は聞かずモードレッドを受け入れたのだった。

 

 色々アバウトな気がしなくも無いが、最近は連続殺人事件などで物騒になってきている冬木市の外に年端も行かなさそうな少女を放り出すのは、やはり気が引けたのだろう。

 

 その殺人鬼はその年端も行かなさそうな少女がぶった切ってしまったわけなのだが。

 

「…………モードレッド、そろそろ説明してくれないかな」

「うおー! すげぇ跳ねるー!」

「……駄目だこれ」

 

 そして、今に至る。

 

 初めてパジャマを着てベッドに横たわった彼女は、予想以上に柔らかかったベッドをこれでもかというほど堪能していた。もうなんというか、子供だった。子供以上に子供だった。

 おかげで鐘も精神的な大人の階段をスキップで昇る感覚を味わっている。本人は全然嬉しくないだろうけど。更に殆ど不本意な形で反面教師を直視する羽目になり、鬱を越えて悟りの境地に片足を突っ込みかけているのは本人も知らないだろう。

 

「――――ふぅ、いい汗かいたぜ。……ん? どうしたマスター? 元気ないぞ」

「……誰のせいだと思う?」

「さぁ?」

「……………」

 

 もしかしたらモードレッドは脳味噌が抜け落ちているのではないかと考え始めた鐘。まさかの即答に何と反応を返せばいいのかわからず、鐘はそのまま無言モードになってしまった。

 

「冗談だよ。で、何が聞きたいんだ?」

「聞いていたじゃないっ……。ま、まぁいいや。とりあえず、聖杯戦争ってのは一体何なの? 昨日聞きそびれちゃったけど……」

「えーと、何でも願いが叶うスゲーコップを奪い合うデスゲーム」

「……コップ?」

「ああ。コップ」

「…………貴女に説明を求めた私が馬鹿だった」

 

 凄まじくいい加減な説明ではあるが、間違っていないのが何とも言えない。

 

 そのまま鐘はモードレッドの半端なく直線的な説明を自己解釈しながら聖杯戦争についての知識を蓄える。それは三時間程続いただが――――その内容のほとんどがストレート過ぎて解釈に時間がかかったのは言うまでもないだろう。

 しっかりと正常な解釈を成し遂げた鐘を称えればいいのか、それとも直球すぎる説明で理解させたモードレッドを褒めればいいのか。

 

「――――要するに、何でも願いが叶う『聖杯』を求めて、各地から集った『魔術師』が殺し合う儀式。でいいんだよね」

「そうそう。人に説明するとか初めてだったけど、意外と筋は悪くないな! やっぱ姉上の姪だからなー、俺。うん。出来て当然だな!(キリッ」

「…………」

 

 鐘の目が死んでいく。人は短時間でここまで目を死なせることができるのかと、専門家が見たらきっと驚くだろう。何の専門家かは知らないが。

 

「でもモードレッド、私は『魔術師』じゃないよ? なのにどうして貴女が召喚できたの?」

「あー? そりゃー、アレだろ。『実は先祖が魔術師でした』とかそんなんだろ。魔術回路なきゃ召喚すらできやしねぇんだし。送られてくる魔力も結構質がいい。隠れた才能ってやつだな」

「そうなのかな……」

 

 あまり納得はできないが、理解出来る話だ。

 両親は魔術師という風体でもないし、隠し事が苦手なタイプだ。両親が魔術師だというならば、身近にいる鐘が一度たりとも見たことが無いのはおかしいのだから。その可能性は低いだろう。

 だから先祖が魔術師か、それに関わる何かをやっていたならば辻褄は合う。実感は薄いが、鐘は一先ずそう納得することにした。

 

 しかし聖杯戦争については別だ。

 

 聞けば、殺し合いの儀式と言うではないか。子供である鐘でも、人殺しがいけないことだと言うのは嫌でも理解できた。何せ一日前にそれを趣味の様にやってのける殺人鬼を見たのだから。

 

「モードレッド。ごめんなさい、私は――――」

「参加したくないなら別にいいぞ?」

「……え?」

 

 その言葉に鐘は硬直する。

 万能の願望機を得られるチャンスを、自分から捨てると言ったのだ。彼女はそれを求めて遥々こんなところまで馳せ参じたはずなのに、一歩間違えれば惨殺死体になっていただろう自分の恩知らずな我が儘を、彼女はあっさりと受け入れてしまった。

 

 鐘の中に戸惑いはあれど、喜びは無かった。

 自分が何を言ったのか、よく理解しているのだから。

 

「だけど私は、貴女に助けられたのに……」

「そりゃ目の前で子供が殺されかかってんなら誰でも助けるだろーよ。俺は俺がやりたいようにやっただけだ。恩義なんて感じなくても気にゃしねぇよ。だからあんま自分を責めんな、マスター」

「……ごめん、なさい」

 

 涙を両目に浮かべながら、自分の薄情さに鐘は震える。

 なんて厚顔で恩知らずなのだろう、私は。彼女は何度も自分を責める。自分の命を助けられたのに、その命すらかけられないとは。なんて我が可愛さ。

 

 それを見てモードレッドは――――鐘の髪をワシャワシャと撫でまわした。

 

「ふぇっ!? モ、モードレ――――あうぁ~!?」

「だーかーらー、マスターは子供のくせに考えすぎなんだよ! 少しは他人に甘えろっての、ったく!」

「あ、頭が~! 頭がぁ~!」

 

 ぐわんぐわんと揺らされた頭を押さえながら、鐘はモードレッドを見る。

 邪気の無い、純粋な目は見るものを引き付ける魅力を放っていた。しかしそれは魅了の類では無く、本人の気質から来るもの。それを見た鐘はその気高さに胸を震わされ、無意識に息を呑み込ませる。

 

「つっても、参加する気が無いからと言って誰にも襲われないわけじゃない。座からの情報によれば、現代の魔術師ってのは子供すら殺せる外道らしいからな。こういう時こそ教会に助けを求めるのが一番だろうが……やめた方がいいかもしれねぇ」

「ど、どうして?」

「勘だ。なんかきな臭い。裏で色々繋がってる気がする。勘だけど」

「えー……」

 

 かなり適当な理由でモードレッドは教会への助力を蹴り、しかし迷いのない目でニカッと笑った。

 きっと、鐘を不安がらせないための彼女なりの気遣いだろう。

 そこまで深く考えているかは怪しい所だが、それでも鐘はその笑顔を見て少なからず元気が湧いてくる。やはりこういう不安な空気が流れている時は、眩しい笑顔が一番効くのである。

 

「ってわけで、俺がマスターを守ってやるよ。それが一番だろ?」

「え? モードレッドは、それでいいの? 本当に? 私、戦えないよ……?」

「戦えないから守るんだろ? 俺の信条は『弱きを守り強きを挫く』。俺はサーヴァントである前に騎士だからな! マスターみたいな子供は喜んで守ってやんよ!」

 

 そこら辺の男顔負けの情熱をぶつけられ、鐘は女同士のはずなのについ赤面して近くにあった大きなぬいぐるみに顔を埋めてしまった。

 こんなセリフを邪気も無く真っ直ぐぶつけられれば、言われた方が恥ずかしいと言う物だ。

 

「? どうした、マスター? 顔が赤いぞ? 熱か?」

「……モードレッドのせい」

「はっ? え、いや、俺なんもしてないだろ!?」

「――――貴女のせいなんだから、ちゃんと看病して」

「な、なんかよくわからんが……ま、いっか」

 

 事態をよく理解できていないらしいモードレッドだが、鐘がふらつく体を預けてきたので細かいことを考えるのを放棄した。それでいいのかモードレッド。どこかの経験値世界の人格をトレースしてないか。

 

「えーと、こういう時はどうするんだ? …………むっ! 添い寝しかないな!」

「――――は?」

「大丈夫だ! 俺も病気になったとき姉上と添い寝したら大体完治したんだ。間違いない!」

「な、何なのその謎理論……!?」

「大丈夫だ。ちょっと熱いけど直ぐに良くなるから。暴れんなよ……暴れんなよ……」

「ま、待って、まだ心の準備が――――」

「おりゃー! 大人しく抱き枕にされろマスターっ!」

「それただの貴女の願望じゃないっ――――わぶっ」

 

 氷室家は今日も平和です。

 

 

 因みにその夜、正式に聖杯戦争の開始合図がされたらしい。

 セイバー陣営がそれを気にも留めなかったのは、言うまでもないだろう。

 

 これでいいのか聖杯戦争。

 

 ――――たぶんよくない。

 

 

 

 




いやぁ、幸せな光景だなぁ・・・これがあと少しでぶち壊されるのかぁ・・・楽しみですね(黒笑

――――待て、しかして(愉悦を)希望せよ。

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