Fate/argento sister   作:金髪大好き野郎

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お待たせしました。

今回の内容は戦闘後の話の様な物です、話自体はそこまで進んでないというね・・・まぁ、次回もそこまで進みませんけど。ていうか次回は番外編ですけど。二日目のプロットがまだ未完成なので、お茶濁しというやつです。

それでは、どうぞ。

※十三話・十四話は改定版です。改定前の方を見ていた方は申し訳ありませんが、前話から見ていただければ幸いです。

追記
誤字を修正しました。


第十四話・皆の眠りは此処で

 俺は現在、凄まじい頭痛に襲われていた。

 ようやく聖杯戦争一日目の戦いが終わり安堵しかけていたところ、追撃をかけるように問題事が連続して行ってきているのだ。もしかすればこちらを心労で殺すつもりなのかもしれない。実に言い作戦だ―――などと冗談を浮かべて心を落ち着かせながら、俺は少しずつ状況を整理する。

 

 今重要なのは三つだ。

 

 まず一つ目。セイバー、モードレッドのマスターである氷室鐘の身柄についてだ。

 当初は保護者を呼び、そのまま家へと帰そうと思ったが――――残念なことに、駆けつけた彼女の両親から丁重に保護の依頼を受けてしまった。当然、育児放棄などでは無い。ちゃんとした理由がある。

 

 氷室の父親である氷室道雪が最近物騒になってきている冬木を安静にさせるために明日から奔走すること。そして母親である氷室鈴はそんな冬木市に在住しているせいで実家からいったん戻ってくるように言われたことで、結果的に彼らは鐘の面倒を見ることができなくなってしまった。

 

 なら母親の方が実家に連れて行けばいいのでは? と思ったが、実家の方が鐘を良く思ってないらしく、ストレスがたまる環境に置くよりは見ず知らずの子供の世話をしてくれたこちらに置く方が得策だと考えたようだった。

 

 いくら都合があるとはいえ、今日知り合ったばかりの外国人に娘を預けるのはどうかと思ったのだが――――彼らは真剣だった。娘の笑顔を見て、こちらを信頼してくれたのだ。ならば、その期待に応えるのが筋だ。彼らの真摯な頼みを断るほど、俺も外道ではない。

 

 アルフェリアや他の者たちもそれに同意見であり、俺も下手に魔術防壁や侵入者撃退用の罠すら仕掛けていない場所に鐘を置くのは危険だと判断して、結果的に鐘は冬木が落ち着くまでこちらで預かることになった。

 

 見てわかると思うが、これ自体は特に問題では無い。むしろ状況理解のために引っ張ってきただけだ。世話を見る子供が一人増えただけなのだから問題ですらないだろう。問題は、二つ目と三つ目だ。

 

 二つ目――――突如来訪した金髪紅眼の美女。アルフェリア曰く、墜ちた真祖である『魔王』の存在だ。最早これ一つだけで腹いっぱいな問題なのに、更に後が控えているのだから頭を痛ませずにはいられない。

 

 真祖、吸血種の中の、吸血鬼の一種。その中でも最も特異な存在だ。似たような存在である死徒とは異なり、生まれながらの吸血鬼、つまり先天的な吸血種である。またの名を、星の触覚。霊長を律するために創られ、ヒトを律するものならばヒトを雛形に、ということで精神構造・肉体ともに人間の形をしているが、分類上は受肉した自然霊・精霊にあたる人の形をした正真正銘の化物である。

 

 更に非常に高い身体能力を持つ他、精霊種として『空想具現化(マーブル・ファンタズム)』が可能。そして星という無限のバックアップを持つ。これだけ並べれば真祖という存在がいかに特異なのかが理解できるだろう。そして極めつけに本物の「不老不死」と来た。

 

 そして、彼女はその中で「吸血衝動」――――人の血を無差別に吸いたくなる魔神の如き欲求に負け、衝動を抑えていた力を解き放ち、その尋常ならざる力を100%発揮できる『魔王』。人間では太刀打ちできず、同じ真祖でも吸血衝動に縛られていては対応できないほどの強さを以て猛威を振るえる存在だ。

 

 そんな存在が目の前で優雅に紅茶を啜っているのだから、自分の頭がおかしくなったのかと頭を抱え込んでしまう。

 

「――――『宝具人間』?」

「ええ、そうよ。厳密には人間じゃないから……『宝具真祖』って言えばいいのかしら?」

 

 と、長々と話していたが、それは飽くまで『生前』の彼女の事だ。今の彼女は、厳密には真祖であって真祖では無い。

 

 彼女は一度死んだ。不老不死である彼女は、アルフェリア・ペンドラゴンという超越者の手で死を与えられ、その魂を彼女の宝具である『紅血啜りし破滅の魔剣(ダーインスレイヴ・オマージュ)』に吸収されて長き時を過ごし、ついには薄まった自我を取り戻した。魂が色濃かった影響か、他に取り込まれていた死徒の魂を吸収して自我を確立したらしい。何と出鱈目だろうか。

 更に言えば、土壇場で血液による肉体再構成までやってのけたのだから、どんな言葉を言えばいいのかわからない。

 

 故に、その肉体は既に真祖であって真祖であらず。大量の死徒の血液――――膨大な神秘を濃縮したそれを使い、限りなく真祖であった頃の肉体を再現した『(肉体)』に『入れ物()』を入れただけの存在。それが確かならば、彼女はもう生命体ですらないのだろう。その肉体は血液で『再現』しただけの物なのだから。

 

 だから彼女は生前と比べて二割程度の力しか行使できない。

 曰く、持っていた魔眼は弱体化して効果範囲が縮まり、元々適正の低かった『空想具現化(マーブル・ファンタズム)』に至っては使用不可になっているらしい。なので今では精々サーヴァント一、二騎相手にするだけで精一杯、との弁だ。

 

 それでも、人間にとっては脅威以外の何物でもないが。

 

「だから特性上あの子の命令に逆らえないから、別に警戒しなくていいわよ? そもそも今の私には吸血衝動が存在しないし、血を吸うメリットなんて皆無よ皆無。そうギラギラされると、居心地が悪いわ」

「そうか……それは、すまなかった」

 

 深いため息をこぼしながら、ヨシュアは頬杖を突きながらソファで寝ている四人組(・・・)を見る。

 アルフェリア、桜、氷室、そして――――擬人化した(・・・・・)、アルフェリアの騎竜を。

 

 本物のプラチナの様に美麗な長髪。まだ幼げさが残っているが、整った顔つき。雪のように白く感触が良さそうな美肌。凡そ十歳ほどの少女が、アルフェリアに寄り添っていた。

 それだけならばただの子供として片づけられただろうが――――頭から突き出ている二本の角と鱗の生えた長い尻尾がそれを許さない。

 

 アレは、紛れも無くアルフェリア・ペンドラゴンの愛騎であり、共に戦場を駆け抜けた相棒である竜王、その名はハク。またの名を『約勝の銀竜(ヴィクトル・ドラコーン)』。

 

 歴史上では彼の大英雄ジークフリートと死闘を繰り広げたファフニールや世界崩壊級の大戦争『神々の黄昏(ラグナロク)』を生き延びたニーズヘッグ以上の竜だと言い伝えられ、その開いた顎から吐き出される白銀の極光は一晩にして大陸を焼き払うとまで恐れられた竜。そして同時に、伝説の大英雄をその背に乗せ国を守った守護竜としても名を馳せ、『聖竜』とも言われている文句なしの最強クラスの竜種だ。

 

 事実、世界の裏側に飛ばされたのちに全ての幻想種を腕っ節だけで叩きのめし、頂点に至っている――――そう、擬人化した彼女(・・)自身が言っていた。

 

 なぜそんなことになったのかは、少し長い説明が必要となる。

 

 竜種――――現代においてはそれこそ人が出入りしない秘境でしかお目にかかれない最上級の幻想種。ついでに言えば現代に残っているのは低級竜種以外存在しない。ハクの様な超最上級など、既にある程度の神秘を許容できなくなった世界により世界の裏側に弾き飛ばされてしまっている。

 つまり此処、現在に存在するハクは世界にとっての異端以外何物でもない。色濃すぎる神秘ゆえに排除する必要が出てくる。要するに、ハクには常時世界の裏側へと押し戻す力が働くのだ。

 

 ハクのような最上級クラスの幻想種ならある程度抵抗はできるが、出来たところで激しい苦しみを代償に幻想種にとっては何の価値もない現代に居残ることだけだ。メリットもクソもない以上、苦しまずに世界の裏側に行くのが道理。――――だがハクにとってはかつての主人、例えそれが分体であろうがいるだけで現代に留まる価値が生じてくる。

 だが世界はそれを受け入れない。だからハクには常に世界からの引き戻しが掛かっている――――何の対策もしないならば。

 

 一つだけ、どんな上位の幻想種でも現代に留まることができる方法が存在する。

 世界は色濃い神秘を許容しない。ならば――――漏洩する神秘を抑えればいいのだ。体から流出する力が原因ならば、その力の流出を抑えればいいという事。

 当然ながら、容易なことでは無い。それは人間に取って常に息を止めて生きろと言っているのと同じだ。

 

 しかしそれを覆す方法があった。

 

 人化の術――――体の形状を収縮させ、それに伴い神秘流出の表面積を少なくするという裏技が。

 

 どんなに質が濃くても、流れ出る量が少なければ結果的には神秘の流出は少なくなる。

 そして流出量を抑えたことにより、アルフェリア特性の神秘殺しのアミュレットを付ければあら不思議、世界からの引き戻しが一切かからなくなった。もちろん竜形態に戻れば力は再発するが、それでも日常生活への支障を消す程度は出来たのだ。

 

 ――――だが、ここでひとつ重要な問題が出てくる。

 

 まず、竜王ハクの性別が、『(メス)』だったこと。

 

 

『アルフェリア様、見てください! ちゃんと人になれました!』

 

『――――え? ……あの、ハク。貴方、雌だったの?』

 

 

 まさか飼い主も性別を把握してないとは思わなんだ。把握していたら何も服を用意していない状態で人化の術など使わんだろう。いや、雄でもそれはそれで問題だと思うが。見ている子供に悪影響だ。

 

 ともかく、全員が見ている前で見事に真っ裸幼女に変身したハク。居合わせた雁夜やランスロットがギョッとしながらも反射的にその体を凝視しようとし――――それぞれ桜と氷室からの金的ックを食らってダウンした。俺は運よくアルフェリアに目隠しされただけで済んだが。

 

 因みにその二人は今でも股間を抑えてビクビクしており、うわごとの様に「違うんだ葵さん。俺は別にロリコンじゃ……」とか「待ってくれギネヴィア、エレインっ……私は決して幼児性愛者では――――くっ、石を投げないでくれギャラハッドォッ……!!」と呻いている。ランスロット、お前サーヴァントなのに夢見るんだな。

 

 で、だ。問題なのは――――ハクがそんな姿なのにもかかわらず、頑なに服を着ようとしないことだ。竜種に衣服の必要性を問えるわけもないのだが、十人中十人が見惚れるほどの美少女の素っ裸を見せられるこちらとしては精神衛生上キツ過ぎる。

 

 今こそ毛布に包まって見えてはいないが、このままだと裸で外出しかねないので実に頭を痛ませる要因となっている。何とか服を着せねばこちらの社会的信用が永劫に息を止めることになってしまうのだから、焦りもするよ。

 まあ、つまりなんだ。家に住み込んだ幼女が裸で出歩きかねない状況だというのが三つめの重大事項という事だ。

 下らない? じゃあお前は家に住む幼女が勝手に裸で出歩いて問題ないと?(威圧)

 

 ……まぁ、色々思いこんではいるが、現状一度に色々なことが起こり過ぎて頭の処理が追いつかない状態だ。勿論全部一気に消化できるとは思っていないので、ゆっくり解決していこうとは思うのだが……やはり心労が溜まる。

 

「――――そういや、ミルフェルージュさん」

「……ルージュでいいわよ。長いでしょ?」

「じゃあルージュ。率直に聞くが――――お前はアルフェリアに、恨みは持っているか?」

 

 気を取り直して、今確認すべきことを俺は目を鋭くしてミルフェルージュを睨みながら問う。

 彼女は、かつてアルフェリアに殺された存在。恨みを抱かない可能性がないわけでは無い。むしろ大きいだろう。だから、突然裏切る可能性が存在する以上確かめるべきだ。

 警戒しすぎかもしれないが、此方は一切の不安要素は許さないスタンス。例えこちらに友好的に接してこようが、確かめることは確かめるべきなのだから。そこに一切の手加減も、油断も、同情も許されはしない。

 

 

「――――無いわよ?」

 

 

 しかしすぐさま出てきたのはそんな呆気ない即答返事。

 流石に想像の斜め上過ぎて、ついあんぐりと口を開けたまま俺は固まってしまった。

 

「な、何でだ? お前はあいつに、殺されたんだろ?」

「殺されたことがが必ずしも恨むことに繋がるってわけじゃないって事よ。私に取って、彼女に殺されたのが生涯最後の『救い』だった。だから感謝する理由はあれど、恨む理由なんて皆無よ」

「……殺されたことが、救い?」

「――――私はね、自覚のない真祖だったの。自覚がない故に、吸血衝動を抑える意識も無意識程度だった。当然、直ぐに吸血衝動に負けて、育ての親や知り合い全員をミイラに変えた」

 

 その過去を聞いて、思わず息を詰まらせる。

 彼女はつまり――――抵抗すらまともにできず、己の愛する者達を手に掛けたと言ったのだ。人間として育てられ、まともな感性を持つ者がそんなことを強いられて、まともで居られるはずがない。

 

「何度も自殺しようとした。でも忌々しいことに真祖は不老不死。誰かに殺されようとしても――――私は強すぎた。鋭い刃は肌に掠り傷すらつけられず、猛る炎は身を焦がすこともできず、同じ真祖が相手でも気が付いたらこっちが殺していた。死にたくても、死ねなかった。だから私は狂ったふりをした(・・・・・・・・)。それがあの時の私が最後にできた抵抗。化物のフリをして、欠けそうな心を何百年も保たせながら、いつか自分を倒してくれる勇者を延々と待ち続けた」

 

 空になったティーカップを皿の上に置きながら、彼女は微笑みを浮かべて隣のソファで眠るアルフェリアの顔を見つめる。己を討った、勇者を。

 

「でも悲しいかな。私は『人間として』殺されたかった。化け物と罵られながらじゃない。対等な『敵』として、私を蔑まず、同情もせず、単純な『強敵』として見てくれる人間に。心の成長を止めた私が最後に願う我が儘は――――見事に、彼女が叶えてくれた。互いに全力を尽くし合い、殺し合い、その末に彼女は勝利をもぎ取った。あの時の高揚感は、今でも忘れられないわ」

「……死ぬのは、怖くなかったのか?」

「少し、ね。でも、それ以上に……これ以上罪を重ねる方が、ずっと怖かった。そういう意味では、忌々しい吸血衝動が消えたこの体は最っ高よ。――――もう、自分の無意識で人を殺さなくてもいいんだから」

 

 人間の心を持った吸血鬼――――きっと彼女はそれなのだろう。

 己の意思に従わない化物の体を持ち、故に誰かを傷つけることに恐怖し、それでも壊れない様に化物の様にふるまった人。その壮絶な人生を聞いて、半ば無意識に苦い顔を晒してしまった。

 それを見たミルフェルージュは何を思ったか、「ふふっ」と小さく噴き出してクスクスと笑う。

 

「……なんだよ」

「いえ、今のを聞いて早々に警戒心を解くとは思わなくて。貴方も、あの子に負けず劣らずのお人よしね」

「……あの天然と一緒にしないでもらいたいがな」

 

 気恥ずかしさで顔を背けながら、俺はちらりとアルフェリアを見る。

 安らかな寝顔だった。サーヴァントは夢を見ないはずだが、何故だろうか。今の彼女は、きっといい夢を見ているのだと思ってしまう。

 

 

「うへへへへへへぇ…………姉上のミルク――――美味(うま)しッッ!!!」

「おじさん虫が一匹……おじさん虫が二匹……うぅん」

「…………モードレッドは……猫、いや、犬……? ランスロットさんは……虫……」

「あ、葵さん……そ、そんな養豚場の豚を見るような目を――――あ、なんかいい、かも……ッ!」

「違うんだギネヴィア、エレイン、ギャラハッド……! 私がアルフェリアに向ける感情はそういうものじゃ……! いや確かに昔は恋慕を抱いていた時期もあったが今は――――ちっ、違う! 決して不倫などでは……!」

「アルトリアが一人……アルトリアが二人……アルトリアが三人……!! アヴァロォォォォォォォォンン!!」

「ア、アルフェリア様、いけません、そんな……私と貴方は主従で……あっ、でも、貴女様になら――――」

 

 

 ……誰か、この混沌とした空間を改善する方法を教えてください。

 

「慣れれば楽になるわよ」

 

 そうかもしれない。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 遠坂時臣は現在、青白くなった顔で私室の窓から見える青い月を眺めていた。

 その顔は何処か生気は無く、目も完全に死んでいる。元からかもしれないが、少なくとも今の彼に救いや心の安らぎなど存在しなかった。

 

 聖杯戦争第一夜で行われた戦闘での事後処理――――それはたった一日目からの被害にしては、余りにも大きすぎた。

 

 倉庫街全壊。この時点で既に隠蔽は最難関に達しているというのに、アヴェンジャーというイレギュラークラスとキャスターの戦闘がかなり多くの人間に目撃されたことにより既に完全なる隠匿は不可能レベルになっていた。

 更に、明らかになる敵の戦力。それはあまりにも、残酷な情報であった。

 

 判明したキャスターの真名――――アルフェリア・ペンドラゴン。その出身地であるイギリス本国の一部では神的存在としても信仰をされている他、現代の文明に大きな影響を与え、このような東端の島国にも名が知れ渡っている間違いなく超級クラスのサーヴァント。

 

 曰く、その一太刀は島を割った。

 曰く、その存在は数十万の侵略者を悉く斬り伏せた。

 曰く――――星を断った。

 

 そんな出鱈目な逸話ばかりなのにもかかわらず、そのほとんどが多くの文献に記されており、最初の逸話に至っては現物が残っているときた。今では『ペンドラゴン海溝』と言われ、その深さは12,092m。ぶっちぎりの世界で最も深い海底凹地である。

 しかも冗談の様な話だが――――その海溝は『直線』。何か巨大なものに斬られたような滑らかな断面で、調査班は「まるで鋭い刃物に叩き切られた様だ」と評していた。それがアルフェリア・ペンドラゴンという大英雄の存在の実在をほのめかしたのだから、一時期騒ぎにもなったほどだ。

 少なくとも、アレは自然に作られた物では無い。ついでに言えばその周辺からは良質の魔術鉱石が採掘されやすく、魔術世界の進歩にも役立っていることからその存在は既に魔術協会の一部でも信仰対象にされているほどだ。

 

 その名を出したアヴェンジャーの言葉が確かならば、キャスターは間違いなく此度の聖杯戦争でトップの脅威度を誇るという事になる。

 否定するにも彼女の戦闘を見れば鼻で笑い飛ばすこともできなくなったのだから、実に笑えない。

 

『――――時臣君。聞こえるか、時臣君』

「……璃正神父?」

 

 机に置いた通信用の術式が刻まれた宝石が仄かに輝きを灯し、そこから老齢の神父――――聖杯戦争監督役であり、協力者である言峰璃正の声が聞こえてきたのを確認し、時臣は宝石を手に取って返事を返す。

 

「どうしました。まさか、何か問題が……?」

『いや、そう言うわけでは無い。単純にこの決定は君に知らせるべきだと判断してね。――――二日目に置ける一時戦闘全面禁止令と、アヴェンジャー、ルーラーについてだ』

「……聞きましょう」

 

 陰鬱した気持ちを切り替え、時臣は真剣な目つきで宝石を睨む。

 彼とて魔術師。公私の切り替え程度なら今の状態でも難なく行える。ガリガリと削られた心を鋼にしながら、時臣は協力者からの言葉を待つ。

 

『まずは一日目の被害からだが……直ぐに聖堂教会の者たちが事後処理に取り掛かったが、恐らく数時間程度で隠しきれる物では無い。それは、理解出来ているね?』

「はい、勿論です。神父」

 

 被害というのは勿論倉庫街が八割も吹き飛んだことだ。最早聖堂教会の優れた事後処理班でも、たった数時間程度で処理しきれる被害では無い。死力は尽くしているのだろうが、あの戦いの目撃者も多数いることから完全な隠蔽は最低でも一日は掛かるだろうと時臣は予測する。

 事実、その通りであった。

 

『事後処理は恐らく長時間を要するだろう。どうにかルーラーの協力を得られたから数時間ほど早まるだろうが、流石に我々でも数時間程度ではどうにもならないのでね。一旦事態を落ち着かせるために、二日目は戦闘禁止令を敷くことにした。他のマスターへの連絡は明日の朝に行う予定としている』

「了解しました。……しかし、ルーラーが協力してくれるとは」

『彼女は中立役。一般人への被害は避けたがっている様子だ。今回の協力は『市民への余計な混乱を生ませない』という利害の一致に過ぎん。今後も協力体制を続け、そちらを支援させるように誘導するのは無理に近いだろう』

「……有用な戦力が増えれば、と思いましたが。残念です」

 

 各サーヴァント用の令呪を二画ずつ所有しているルーラーの利用価値は高い。駆使すればわずか一日で聖杯戦争を終結させることも可能だろう。だが、相手は中立役。聖杯に選ばれた中立役の英霊だ。生半可な策では逆にこちらにペナルティが掛けられかねないことから、下手な行動は厳禁。しかし味方に付けられれば勝ったも同然。

 その魅力は、時臣を悩ませるには十分だった。

 

「では最後に神父、アヴェンジャーについてとは」

『――――あのサーヴァントは脅威であり、危険でもある。今後一般人への被害が及ぶ可能性が高いことから、後に討伐令を下す予定だ。爆発するかもしれん爆弾を見逃すわけにもいかないだろう』

「ええ、確かに」

 

 強力な宝具を一切のためらいもなく解き放つような精神性。どう考えても危険極まりない。放っておけば冗談でもなんでもなく収拾不可能な事態になる可能性が高い。だからこその討伐令。全てのマスターにアヴェンジャーの駆除を依頼するのだ。

 しかし参加しているのは魔術師。等価交換の法則に従い、相応の報酬が無ければ欠片は動かないだろう。勿論、時臣も例外では無い。

 

『正式な発表は三日目の正午ほどに行う。報酬としては、討伐した陣営に令呪一画。共同して倒したのならば、協力した陣営全体に一画ずつ配布する予定だ。――――時臣君、これはまたとない機会だ。令呪が四画あれば英雄王といえど御せる可能性が高くなる』

「それは……名案ですね。わかりました。どうにか英雄王を説得して見せましょう」

『うむ。では、また後日会おう』

 

 その言葉の後、宝石から輝きが消えた。それを見届けた時臣は小さなため息をしながら宝石を戻し、令呪の刻まれた右手を掲げて念じる。

 

「――――英雄王よ、聞こえますか」

『――――なんだ時臣。挨拶もなく我に声をかけるなど、首を撥ねられる覚悟はできているのだろうな?』

「不敬を理解し申し上げます。先程教会からの連絡により、アヴェンジャーの討伐令が下されました。アレは貴方様の庭を荒らす害虫でございます。どうか、ご英断を」

『……アヴェンジャー、だと? ……ちっ、あの汚らしい小娘か。興が乗らん。他の者どもに任せて放っておけ』

 

 念話にて脳内に聞こえる英雄王――――ギルガメッシュの声は酷く冷めた物だった。興味のないモノのためにわざわざ出向きたくない、という意思が滲み出ている。それでも、と時臣は汗を流しながら声を飛ばす。

 

「英雄王、ですがアレは間違いなく強力なサーヴァント。貴方様で無ければ討伐は難航するでしょう」

『フン、何を根拠にそんなことが言えるのだお前は。此度の聖杯戦争に集った英霊はどれも一級。たかが腕の立つ小娘一匹程度、我が手を出さずとも放っておけば勝手に消えるだろう。それとも、なんだ。――――時臣、お前は何か別の企みでもあるのか?』

「ッ――――」

 

 図星。策略が一瞬で言い当てられたことで、時臣の喉が詰まった。

 それをどう捉えたのか、ギルガメッシュは愉快に笑う。滑稽な道化の反応を楽しむように。

 

『ハッハッハッハ! 時臣よ、貴様――――この我を舐めているな? まさか貴様程度の考えを、この英雄王が見抜けぬとでも? 実に笑える考えだ。思わず腹がよじれてしまったではないか!』

「っ……英雄王よ、どうか――――」

 

 

『くどい』

 

 

 冷ややかな声で、ギルガメッシュは時臣の言葉を断つ。

 その言葉には静かな殺気が込められていた。そんなわずかな殺気でも、時臣はまるで心臓を鷲掴みにされたような気分になり、顔から血の気が消えていく。

 

『この我を舐めた挙句、言い訳か? ハッ、臣下の礼を取っている故一度だけ見逃すが――――次は無い。それでもこの温情を無視し、次に不敬な態度を取ったのならば』

 

 ニヤリと、目に見えない英雄王が笑ったのを時臣は肌で感じる。

 

 

 

 

『――――貴様の一族郎党、一人たりともこの世に残らないと思え』

 

 

 

 

 それが、今夜に置けるギルガメッシュの最後の言葉だった。

 重い空気に身を押し潰されながら、時臣は顔を覆って椅子の背もたれに寄りかかり、天井を仰ぐ。

 

「……ままならないものだな」

 

 深いため息を吐きながら、時臣はそのまま意識を深い意識の海の底に沈めた。

 

 

 

 

 

 

 薄暗い教会――――本来なら中立領域になっているはずの言峰教会の地下にて、ギルガメッシュは上質なワインの入ったグラスを揺らしながら一人薄く笑う。

 まるで、得物を見つけた獣のように。

 

「ハッ、時臣め。あそこまで愚かだと、清々しいほどの道化に見えるな。まぁ良い。今あのような奴に下す刃など一本たりとも存在せぬのだからな」

 

 揺れるワインを喉に流し込み、満悦の笑みでギルガメッシュはあの姿を思い出す。

 

 この世にある宝石を全てかき集めても尚届かぬだろう美麗な白銀の髪。雪のように白く、柔らかそうな肌。光に照らされれば万物を魅了するだろう銀眼。これでもかというほど整えられた黄金比の肉体。――――全てが彼の御眼鏡に適った絶世の美女、キャスターのアルフェリア・ペンドラゴンの姿を。

 

 一度見ただけで彼の溢れんばかりの怒りを収め、財の八割を捨て去っても『欲しい』と感じた女性。ギルガメッシュは久々に心からの笑みを浮かべて、不敵に小さく笑う。

 

「まさか、あのような存在が我の後に生まれたとはな。――――いや、生まれさせられた、と言えばいいか。神々も残り滓の力を使って愉快なことをする。故に、お前たちが生み出したもの、この我がもらい受けよう」

 

 その態度は何処まで行っても傲慢。

 だが彼はそれを一切崩さない。これが彼にとっての王であり、王だからこそ取れる姿勢。全ての裁定者であれと願われて創られた彼だからこそ許される行動。

 

 人類最古の英雄王は高らかに笑う。

 

 この世に二つとない宝物を見つけたが故に。

 

 

「さぁ、アルフェリア・ペンドラゴンよ。お前は、この我に慢心を捨てさせることができるか?」

 

 

 英雄王は独り、そう呟いた。

 

 

 

 

 




次回投稿予定の番外編は、前に感想で言われた「アルトリアの義姉であるアルフェリアと実姉であるモルガンの関係」です。ぶっちゃけそこまで二人の関係性書いてないからね。・・・いや、書いてすらなかった。うん、まぁ、気になる二人の関係が遂に次回明かされる! ということで。

・・・勘のいい人ならもう予想がついてるかもしれませんが。

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