Fate/argento sister   作:金髪大好き野郎

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前回が色々説明不足だったので急遽制作。朝っぱらからぶっ通しで書き続けたせいで頭が痛いぜ・・・!

今回はアダムさん以外の黒幕登場回です。誰なのか想像ついた人はいるのかな?いたらスゴイネ(´・ω・`)。

因みにアダムさんの外見はマルドゥック・スクランブルの老けて頭ボサボサのディムズデイル・ボイルドをイメージしてます。渋い老人キャラです。ほら、リゼロのヴィルヘルムさんとかカッコいいでしょ?そんな感じだと思う。


第二十一話・三者の怪物

 崩れた岩盤と鍾乳洞がガラガラと音を立てて詰み上がっていく。辺りを漂う粉塵の量は明らかにただ事ではない事が起こった証拠であり、事実大空洞は崩落寸前にまで追い込まれていた。それでも尚原形をとどめているのは、大空洞の中一人立っているアダムの魔術による結果だろう。

 彼は『偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)』の爆発が起こる寸前、大空洞の中に存在する大聖杯を守る様に魔術障壁を展開した。どうにか展開は間に合い、大聖杯自体には傷一つ存在しない。だが、障壁を張ってない部分は悲惨なまでに崩れている。Aランクの対軍宝具の大爆発だ。むしろ鍾乳洞が沈下して大聖杯ごと地下に埋もれてないだけ奇跡と言えるだろう。

 

 アダムは服についた埃を払いながら、治癒魔術で体にできた傷を塞ぐ。傷口から溢れ出ていた黒い泥は止まり、彼の体中を駆け巡る。その泥は『この世全ての悪(アンリマユ)』。人類の『悪』という感情の集合体。普通なら体内に取り込んだ時点で発狂死しても可笑しくないソレを、彼は苦悶の表情一つ浮かべず受け止めていた。

 

 しかし実態は、やせ我慢だった。いくら人類最古の人間とはいえこんな物全てを体内に収めるなど苦行を通り越した何かだ。腕は動かすだけで全身に激痛を走らせ、頭の中では無数の呪詛が反響している。その上で彼は尋常では無い精神力と目的を達成するための忍耐力で耐えていた。

 

 人であれと作り出されたにもかかわらず、行っているのは人以上の所業。どんな英雄でもすべて取り込んでしまえば歪んでしまうそれを身に収めているにもかかわらず、彼は自分を曲げずに堪え続ける。

 

 己が渇望のために。

 

「……大聖杯に異常は無いな、ユーブスタクハイト(・・・・・・・・・)

 

 呼びかけに応じる様に大聖杯周辺の空間が歪み、白髪の老人が姿を現した。

 

 氷結した滝を思わせる白髭を手で扱きながら、その老人――――ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンはアダムを睨む。彼こそアインツベルン家八代目当主にして延齢に延齢を重ね、二世紀以上を生き長らえている人間と呼ぶことが躊躇われる妄執の怪物。落ちくぼんだ瞳に関わらず、その眼光には一切老いが感じられない。

 伊達に御三家の一つを二百年も統べてないという事だ。

 

「―――問題無い。貴様の防壁のおかげで大聖杯には綻び一つありはしない」

「了承した。では引き続き大聖杯の調整を続けろ。万が一にも不調が存在した場合、我々の願望は無へと潰える」

「そんなことは重々理解している」

 

 人間の会話とは思えないほど重圧の飛び交う威嚇合戦。

 この二人は『味方』という関係では無く、あくまで『協力』という関係に収まっているので当然ともいえるが、もし一般人が傍に居たのならば口から泡を吹いても可笑しくないぐらいの重々しい空気だ。見てるだけで息が詰まるとはこの事か。

 

 そんな重圧の中、ボコボコとある個所の地盤が盛り上がってくる。やがてその個所には穴が開き、そこから大量の蟲が這い出てきた。見てるだけで人間としての嫌悪感を燻られるようなその光景を見ても、老人二人は全く動じない。

 

 這い出てきた蟲はやがて人の形を模った。そして蟲の集合体が霧に包まれると――――晴れたそこには禿頭も手足もミイラのようにしなびた、妖怪と見間違うほど醜悪な見た目の老人が立っていた。

 何を隠そう。その者は――――アルフェリアの剣に本体を貫かれ、死んだはずの間桐臓硯。彼は以前と変わらぬ姿で何事も無かったかのように健在していた。

 

「呵呵呵呵呵呵々! 何時見ても貴様らの会話は重苦しくて仕方ないわい。少しは張り詰めた気を緩めたらどうじゃ? 原初の人間とアハト翁や」

「余計なお世話だ吸血鬼。貴様に指図される筋合いなど無い」

 

 姿に似合わず陽気な声で臓硯は言葉を放つも、二人の様子は依然変わらず。むしろ眼光がさらに鋭い物へと変じた。火事場に何ガソリンを振りまいているのだろうか、この妖怪は。

 

「それより、召喚の準備は整っているのだろうな」

「ふん、勿論じゃ。そうでなければこの場所になど来ておらんわ。だが少々問題があってな、該当するクラスのサーヴァントの霊核が無ければ成功率が大幅に下がる」

「ならば私がどうにかしよう」

「ほう。アダムよ、何か策でも?」

「無ければ発言などしない」

 

 威圧するように、アダムは低い声音でそう告げた。それを聞いた肩をすくめた臓硯は愉快気に「ククク」と湿った声を喉から漏らす。大の大人でさえ押し黙る重圧を身に受けて余裕を見せているのは、流石間桐の当主というべきか、五百年も生きていれば人間ここまで肝が据わってくると言うべきか。

 

「まあよい、儂は儂でやらせてもらう。異存は無いな?」

「計画に支障が出ないのならば好きにしろ」

「ただし、下手な真似をするならば――――」

「わかっておるわ。騒ぎはなるべく起こさんよ。――――あのキャスターに少々痛い目を見てもらわなければ、気が済まんがな」

 

 憎々し気に臓硯は呟いた。

 

 彼は死んだ。確かにアルフェリアの手により本体を破壊され、一度死んだのだ。そして――――予備の本体に魂を移すことでどうにか存命出来た。燃えた屋敷のなかでしぶとく生き残った虫たちを取り込み、どうにか生き長らえることができた。

 

 アダムに『万が一のため』と進言され予備の本体を作ったことがここで役に立つとは、と臓硯は原初の人間の観察眼に感心しながら、同時に己を一度は殺したアルフェリアへと憎悪を燃やす。結果的に生きていたとはいえ、殺された以上恨みは必ず晴らす。そう己に言い聞かせ、臓硯は不気味な笑みを浮かべた。

 

「では一時の別れだ。気が満ちた時、我々は再度この場所で落ち合うだろう」

「呵々、仕込みが裏目に出ないと良いな? アハトよ」

「貴様が言うか、マキリの妖怪」

 

 解散の時だというのに、やはりこの三者は終始いい雰囲気を醸し出さない。この者らに仲良くしろという方が無理だが。原初の人間に、五百年生きた妖怪に、生きた石板の様な老人。何一つ噛み合わない彼ら――――しかしそんな彼らでも共通するモノは存在している。

 

 聖杯に望みを託しているという事が。

 

 

「――――我が身の不老不死のために」

 

 

 間桐臓硯は理由も忘れた不老不死を望み、

 

 

「――――第三魔法、天の杯(ヘブンズ・フィール)の成就のために」

 

 

 ユーブスタクハイトは手段と目的をはき違えた神の業を望み、

 

 

「――――世界の浄化、人類史の再生のために」

 

 

 アダムは腐敗しきった人類史の破壊と再生を望む。

 

 

 自身の望みを告げた三者は無言で踵を返し、その場から霧のように消え去る。

 その跡地には、影一つ残っていなかった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 言峰綺礼はとあるホテルの一室に滞在していた。

 彼は裏では遠坂時臣の協力者として動いているが、表では敵対関係。故に誰かにその姿を悟られるわけにはいかず、こうして遠坂邸から遠く離れた高級ホテルにて寝泊まりをしているのだった。

 

 そして今の綺礼は自身のサーヴァント、アサシンと視覚を共有し目の前の光景を観察していた。

 謎の大爆発によって崩れた円蔵山。まさかサーヴァントも連れずに行動していたマスターたちを追跡した末にこんな光景を拝めるとは思わなかったと綺礼は内心呟く。騒ぎが起こらないはずの二日目の夜こんなことが起こったのだから驚きは倍増だ。

 

 これをどう報告すべきか、と綺麗が悩んでいるとアサシンから念話での連絡が入ってくる。

 

『――――マスター。気絶したマスターを発見しました。どうしますか』

 

 それを聞いて、綺礼は考える。

 二日目は戦闘禁止令が出されている。なのでサーヴァント・マスター共に戦闘は禁じられており、もし違反すれば何らかのペナルティが課せられるだろう。――――違反が発覚すれば。

 誰にも見られなければ、違反は違反で無くなる。証明する者が違反を行った本人しかいないのだから。

 

 もし戦況を有利に進めるなら、マスターの排除は視野に入れるべきだ。今回の聖杯戦争で出そろったサーヴァントはどれもが大英雄級。正面からでは勝ち目はあやふやになる。故に魔力の供給源たるマスターを殺害し、現界するために必要となる魔力の供給を断つ。そうすれば幾ら強力なサーヴァントでも消滅は免れない。

 

 だが言峰綺礼は信仰深い信者である。嘘は許されない。嘘とは罪であり、罰せられるべき悪徳。ならば綺礼はマスター暗殺を行った場合、素直に自白し何らかの罰を受けるべきだろう。

 

 が、それでは遠坂陣営が不利になってしまう。事実を隠すにもマスターの暗殺だ。自然と容疑はアサシンへと集まっていく。ならばどうする――――そう考え、綺礼はとある方法を思いつく。

 監視していたマスターは二人いた。ならば、押し付ければいい。その方法が思いついた途端、綺礼は無意識に笑みを浮かべた。

 

「……? 私が、笑っている?」

 

 笑みを浮かべるようなことでは無いだろうと、綺礼は自分が笑ったことに疑問を浮かべる。

 今自分がしようとしているのは責任の押し付け。それこそまさに『悪』の所業。いくら師を補助するためとは言え笑っていいことでは無い。なのに、自分は笑ってしまった。

 

 これはどういうことだ、という思いを押し殺しながら、いつもの無表情に戻った綺礼はアサシンへと指示する。

 

「――――アサシンよ。迅速に、そのマスターを暗殺しろ。だがもう一人のマスターは生かせ。いいな?」

『……了解しました』

 

 アサシンの返答に、綺礼はまたしても笑みを浮かべた。

 どす黒い、黒い笑みを。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 朦朧だった意識が少しずつはっきりとしていく。

 

 指を動かせば反応が帰ってくる。体の各部の反応を確かめ、俺は自分の五体が満足――――脱臼した右腕は少々不自由だが――――なのを確認して顔を上げた。

 目の前に広がったのは円蔵山の森林。大聖杯へと向かう途中で飽きるほど見た光景だった。どうやら俺は無事に危機から脱出できた様だ。しかしそうすると何故気絶していたのかがよくわからないのだが……。

 

「えーと、確か俺は……」

 

 ケイネスの魔術礼装『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』による高速移動で、俺たちは早期に鍾乳洞を抜けられた。だがその直後謎の大爆発が起こり、俺たちは爆風で吹き飛ばされて――――

 

「そうだ、ケイネス先生!」

 

 ようやく思い出した。協力者であるケイネスも同様に吹き飛ばされたのだった。

 気づいてすぐに俺はよろよろと立ち上がり、周囲を見渡した。周りには誰もいない。きっと別方向に吹き飛ばされてしまったのだろうと考えた俺は、痛む右腕を抑えながら歩き出す。

 

 山の一部分が崩れるほどの爆発だ。きっと騒ぎを聞いて直ぐに人が駆けつけてくる。その時発見されれば、面倒事は避けられない。故に早期に離脱が必要だ。

 そんな状況である以上俺はケイネスを見捨てて逃げてもよかったが――――彼がいなかったら確実に死んでいた。ならばその恩は返さなくてはならない。痛みを殺すために歯を食いしばりながら、俺は脱臼した右腕を無理矢理元の位置に戻した。痛むが、まだ我慢できる。

 

 右腕に治癒魔術を施しながら一分ほど辺りを探した頃だろうか、何やら不穏な感覚が背筋を流れる。

 何というか、誰かに見られているような――――

 

 

「――――――――ッ!!」

 

 

 咄嗟に首をひねる。瞬間、首筋近くを黒い短剣が通り過ぎた。

 振り返れば体のラインが浮き出た黒衣を身に包んだ、白い髑髏仮面の少女が立っていた。様子からどうやら俺が短剣を避けたことに驚いて固まっている様だが、わざわざ相手が体勢を立て直す時間を与えるわけがない。

 

魔術回路、起動(ACCESS)!!」

 

 全身の魔術回路を起動。最初からフルスロットルで回路を駆動させ、疲労で気の遠くなりそうな頭を唇を噛み切った痛みで強制的に起こし術式を組み立てていく。同時に腰のポーチから直径三センチ程度の金属球を取り出す。それに魔力を流し込むと内包された質量が解放され、一瞬で拳大の金属球へと変化。これで準備が完了する。

 

 俺は持った金属球を魔力で適度な高さに浮かべ、治癒魔術で強引に修復し魔力で強化した右拳を振りかぶる。

 

Framea,penetratio(槍よ、貫け)!!」

 

 振りかぶった拳を全速力で金属球へと叩き付けた。瞬間拳の加速と魔力が金属球へと伝わり、金属球は槍へと即時変形。雷撃を散らしながら音速を越える砲弾となって、アサシンへと飛翔する。

 

「っ……!!」

 

 アサシンはそれを背中をのけぞらせることで回避する。金属の槍はそのまま奥へと過ぎ去り、木を何本か貫通しながら破壊するだけに終わった。そしてアサシンは背をのけぞらせた勢いのまま後方へと腕の力だけで飛び上がり、牽制として短剣を投擲。

 短剣を地面を転がることで避けながら、俺は走る。

 

 サーヴァントに物理攻撃は効きにくい。例え魔力を流した武器とでも致命打は与えられないだろう。それに先程のは相手が動揺していたから可能だったことであり、普通ならば攻撃を放つ前に回避行動に入られている。そもそも素の身体能力からして差があるのだ。正面から戦えばこちらの敗北は確実な物となる。

 

「――――逃がさない」

 

 背後から声が聞こえる。それを聞いて背中に氷柱を突っ込まれたような悪寒を覚えながら俺は全力疾走を続ける。

 息が荒くなる。肩が上下する。いくら鍛えていると言ってもこんな悪地で走り続けていれば当然の帰結だ。それでも、背後からの悪寒は止まない。足を魔力で強化し、時速40Km以上で走っているというのに全く差が広がらないどころか縮まっているのは、やはり追いかけてきているのがサーヴァントという現実を突きつけてくれる。

 

 ヒュン、と小さな風切り音が耳に届く。直ぐに身を捻ろうとするが――――もうすでに短剣は右足の脹脛に深々と付き立っていた。激痛で足から力が抜け、そのせいでバランスを崩した俺は走った勢いのまま転がる。

 近くの木の幹に体が叩き付けられる。飛びそうな意識を必死で保ちながら、俺はポーチから幾つも金属球を取り出して宙に放る。

 

Fence,tractus(柵よ、広がれ)!」

 

 放られた金属球が肥大化し瞬時に変形。何度も枝分かれし、俺を囲むように何層もの柵が出来上がる。感性と同時に甲高い金属音が何度か響き、柵に弾かれた短剣が地面を転がるのが見える。しかし全く安心できない。何せもう、アサシンのサーヴァントは柵の前に立っていたのだから。

 

 アサシンが柵を掴む。強度的には象に踏まれても平気なように頑丈な作りにしているが――――どう見てもアサシンの触れた個所の金属は溶けていた(・・・・・)

 

「嘘だろオイ……ッ!?」

 

 金属を溶かすのはよほど強力な酸性の液体しかありえない。つまり今のアサシンは手に強力な酸を纏っている。一瞬で金属すら解かせる強烈な代物を。恐らく宝具の類なのだろう。

 しかも恐ろしいことに、効果が生じていたのは手だけでは無かった。

 アサシンは金属の柵に体を押し付け――――そのまますり抜ける様に進んでくる。触れた個所から金属が溶けていっている。全身に酸を纏っていなければそんな光景は訪れない。悪夢だと思いたかった。

 

 ついにアサシンが全ての柵を抜け、目の前に現れた。

 死を覚悟する。いや、受け入れなければならない。もう対抗手段は無い――――

 

(いや、令呪がある……!)

 

 できれば使いたくはなかったが背に腹は代えられない。俺は直ぐに令呪を使ってアルフェリアを呼ぼうとして口を開く。

 

 だが、もうアサシンの顔は目の鼻の先にまで近づいていた。

 令呪を使用する暇など、無い。

 

「…………ごめんなさい」

「……え? 何――――」

 

 何故謝るのか、そう言おうとした。しかし、それは止められた。

 止められた。

 

 

 

 

 

 アサシンの接吻(キス)によって。

 

 

 

 

 

(……………………………………………………は?)

 

 柔らかい感触が唇から脳に伝わる。よく感覚を研ぎ澄ませば、体勢の関係上ほぼ全身をアサシンのサーヴァントと触れ合わせており、何というか少女特有の柔らかい肌の感触が感じられて――――とても、不味かった。色々な意味で。主に男の尊厳的なモノが。

 

 たっぷり十秒もそんな状態が続いただろうか。ハッと我を取り戻した俺はすぐさまアサシンの肩を掴んでくっついていた体を引き剥がす。一体何が目的でこんなことをしたのかわからないが、とにかくこの状態がずっと続くことが不味いのは確かである。正直男としての本能がこの行動に抵抗しかけたが、理性で封じた。

 

 とりあえずどうしてこんな奇行に走ったのかを聞いて――――

 

 

「…………嘘」

「はい?」

 

 

 こんな事をやらかした当事者であるにもかかわらず、アサシンも「何が起こっているのかさっぱりわからない」といった風の茫然とした顔を浮かべていた。もう何が何だかわからなくなる。誰か説明してくれ。

 

「お前、一体何を―――んッ!?」

「ん……………」

 

 二度目の接吻。何だ、何がしたいんだ。何が起きてる。

 混乱のあまり脳がオーバーヒートし、視界は朦朧となってわけがわからない。唯一感じているのは口の中で踊る柔らかそうな肉の鼓動――――

 

(って舌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――ッッ!!?!?!?)

 

 舌入りだった。何でですか。俺が何をしたって言うんですか。

 普通の青少年なら泣いて喜ぶかもしれないが、俺には惚れた女がいる。いるんだ。だから耐えねば。間違えても傾倒しないようにしなければぁぁっ……!! きっとこれもアサシンの策略なんだ。俺を手御目にしてアルフェリアを取り込もうとかたぶんそんな感じの作戦だから気を許すな! アサシンなんかに負けたりしない!

 

「ん……はぁ、ん、ちゅ…………スキ…………」

 

 スタァァァァァァァップ!! ドクタースタァァァァァァァァップ!!! ざっけんなチクショウ! どうしてこうなった! どうして敵に追い込まれた末にこんなドロッとした何かをやらかしてるんだ俺は! 早く、早くこの牢獄から脱出せねばァァァァァァァッ…………!! このままでは「アサシンには勝てなかったよ……」なんて洒落にならない状態になってしまう…………ッ!!

 

 先程と同じく体を引き剥がそうとするか悲しいかな、前回より凄く……固いです……。引き剥がせねぇぞチクショウが! 考えてみれば人間がサーヴァントに勝てるわけなかった!

 

「っはぁ……もっと、触れて……触れ合って…………」

「待っ、ちょ、おま――――」

 

 アサシンの手が服の隙間を縫って生肌に触れてくる。暖かいです。ハイ。ってそうじゃねぇ!! でも抵抗できねぇ! ――――あ、詰みました(察し)。

 

 涙目で色々なことを悟り、達観気味に俺は空を見上げた。

 

(…………月が、綺麗だなぁ)

 

 完璧な現実逃避を決め、俺はそのまま目を閉じた。きっとこれは悪い夢だと、空しい考えを抱きながら――――

 

 

 

 

「――――Scalp()!!」

「っ…………――――!?」

 

 

 

 

 顔色を変えたアサシンがその場から跳び引く。直後アサシンの居た場所を水銀の鞭が一閃し、ついでに俺が背を預けていた木の幹を真っ二つに切断していった。

 この見た目と切れ味は間違いなく、ケイネスの魔術礼装『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』。そしてそれを使えるのはただ一人――――ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。

 

 俺は水銀の鞭が飛んできた方向に振り向いた。

 多少ボロボロの姿ではあったが、確かにケイネスはそこに居た。今だけは、俺は彼がとても頼もしい教師に見えてしまった。

 

「まったく……見つからんと思っていたら、まさかアサシンのサーヴァントと交戦していたとはな。よく生き残ったものだ。此処は私に任せて逃げるがいい――――と言いたいのは山々だが、私もかなり疲弊していてね……。立ちたまえ、ヨシュア・エーデルシュタイン。共に迎撃するぞ」

「了解……ッ!」

 

 少しだけ体の所々が痺れてはいたが、立てないほどでは無い。俺は残った体力を使い、体に鞭打ち立ち上がる。

 それを見たアサシンはよくわからないが顔を赤く染め、光悦とした表情で短剣を構えた。まるで運命の人を見るような瞳で俺を見てくるのは本当に何故だろうか。正直に逃げたい。貞操的な意味で。

 

「初めて……見つけた。私に触れても、大丈夫な人……。捧げたい、あぁ、捧げたい……私の身も、心も……」

「……ヨシュア君、一体私の見ていない間に何をしたらこうなったのだ?」

「そんなもん俺が聞きたいですよ!?」

 

 一方的に襲われた(二重の意味で)ことしか覚えてないよ。どうしてあんな色々危ない人みたいになったのかは俺が聞きたい。俺が何をしたよホント。

 

 俺たちとアサシンはそのまま膠着状態に入る。手を出せばそこで戦闘は始まる。勝率は五分五分。

 張り詰まった空気が肺を圧す。十月にもかかわらず汗が頬を伝い、地面へと滴る。そして俺はごくりと固唾を呑み、右手を掲げて叫ぶ。

 頼もしい相棒を呼ぶ合図を――――

 

 

「来い、キャス――――」

 

 

 ――――叫ぼうとしたが、吹き飛ばされた(・・・・・・・)

 

 アサシンでは無い。突如空から光線が地面を穿ち、爆発したのだ。おかげで俺は台詞を最後まで言えず吹き飛ばされ、地面を転がる。もう今日何度目になるかわからない。

 痛む頭を押さえながら空を見上げると――――赤いドレスを纏った、金髪の美女がそこに居た。背中から鳥の様な黒い魔力の翼を生やし、天からの使者の如くこちらを見降ろしている。

 

 その女性には見覚えがあった。元真祖にして宝具真祖――――ミルフェルージュ・アールムオルクス。

 

 拠点で留守番をしていた彼女は呆れた表情で俺をじっと見据えていた。

 

「――――どうやら、無事の様ね」

「ル、ルージュ!? どうしてここに……?」

「あんな爆発が起これば嫌でも駆けつけるわよ。で……そこのサーヴァント、動かないでよ。今楽にして――――」

 

 ミルフェルージュが視線を向けた瞬間には、もうアサシンは姿を消していた。霊体化して戦線を離脱したようだった。数でも質でも劣っている以上、賢明な判断だろう。

 

 

『必ず、また会いに来ますから……』

 

 

 そんな台詞が耳元でささやかれたような気がするが、気のせいだ。きっと。

 

 とにかくこれで本当に危機は去った。ようやく安心できると理解し、俺は肺に溜まった熱い空気を抜く。今日は休戦日のはずなのに、いつもより疲れた。早く拠点に帰って休みたい。

 

 いや、その前にやることがあった。

 

「ケイネス先生。約束の令呪を――――」

「いらん」

「……えっ?」

 

 帰ってきたのは『拒否』。予想外の返答に俺は困惑を覚える。

 報酬は令呪。聖杯戦争において金を積んでも得られるかどうか怪しい、魔術師に取っても研究し甲斐のある神秘の塊だろうに。そう思って、俺は問う。どうして断ったのかを。

 

「どうしてですか?」

「等価交換の法則に反しているからだ。今回貴様が得られたものは無い。ならば私だけが何かを得るのは道理に反している。確かに令呪は魅力的だが……道理に反してまで欲してはいない」

 

 引き合いに出されたのは魔術師にとって当然の等価交換。誰も何も得られなかったのに、自分だけ何かを得るのは『不公平』だと、彼は言いのけた。

 

「私には私の矜持(プライド)規則(ルール)がある。それを傷つける真似は他人が許してもこのロード・エルメロイが許さない。アーチボルト家の誇りに掛けて、私は私を曲げない。曲げた時、それは私が魔術師として死んだことを意味する。……誰にも譲れない物はあるのだよ、ヨシュア君。理解できたかね?」

「……はい」

 

 男としても、魔術師としても譲れない物がある。今回はその結果だと、俺は納得することにした。まだ心残りは残っているが、本人が断っているのだ。無理に押し付けても駄目だろう。

 

 ケイネスは言うべきことを言い切った後、無言で踵を返す。

 そして後ろを向いたまま、去り際の言葉を告げた。

 

「――――次合う時は敵同士……楽しみにしているぞ、ヨシュア君」

 

 それだけを言って、彼は立ち去ってしまった。本当に、次合う時はもう敵同士なのだろう。彼の事は特別好きというわけでは無いが……それでも、味方に付けられないのが少しだけ残念に感じた。教え子として、少しだけ恩義を感じているのかもしれない。

 

 空から降りてきたミルフェルージュがそれを見てげっそりとした顔をしていたせいで、気分がぶち壊しになったが。

 

「……男って、よくわからない生物ね」

「女も似たようなものだろ」

「そんな物なのかしら」

「そんな物だよ。……たぶん」

 

 男女の本質などわかるわけがない。完璧な第三者の視点を持つ者ならばともかく、人の意見には多少なり主観が入ってしまう物なのだから。理解できるのは、きっと神のような存在だけだろう。

 

 疲れ果てた身体をふらふらさせていると、遠くの空から白い影が見えてくる。鳥、にしては少し大きいような――――いや鳥じゃない。アレは、竜。白い竜だ。

 

「ヨシュアー!」

 

 その白い竜の上でブンブンと手を振っている一人の女性。流れる様に美しい銀髪と銀色の瞳は間違いなくアルフェリア。見間違うはずがない。よく見れば他の面子も竜の背中に乗ってこちらへと飛んできている。俺を心配して皆で来てくれたらしい。

 

 俺も笑顔で手を振り返そうとして右腕を上げ――――『ソレ』に気付いた。

 

「……………………え」

 

 無意識にそんな呟きが漏れる。

 だって、当り前だろう。それほど信じられない光景だったのだから。

 

 

 右手から黄金色の結晶が生えていた。

 

 

 いや右手だけでは無い。右腕全体から結晶は服を突き破る様に生えていた。しかも肌の表面からではなく内部から生えたせいか、右腕は今血だらけになっている。なのに、痛みはない。

 俺ただ茫然と、それを見続けた。

 

「ッ――――ヨシュア!?」

 

 体を一瞬だけ浮遊感が襲う。

 気づけば俺は仰向けに倒れていた。手足が動かせない、瞼すらビクともしない。コンクリートの中に沈められたように、指一本すら動けなくなった俺は、

 

「ヨシュア! 返事を――――しっかり――――――――」

 

 誰のモノかもわからない声を聞きながら、意識を泥沼の底に沈めることしかできなかった。

 

 

 二日目の夜が、今終わる。

 

 

 

 




悲報:蟲爺生きてた。しぶといッッ!!
続報:アインツベルン、本格的に直接介入始めた模様(切嗣達には内緒)。

これに更に麻婆も加わる予定です。アレ・・・ちょっと黒幕陣営強くねぇ・・・?


静謐ちゃんカワイイ。

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